SIDE:ティファ
まず、やらなくてはいけないこととして、ティファは町の人々に話を聞くことから始めた。──そしてココが、紛れもなく自分の主観であるところの「9年前」であることを確認した。
それから次に、自分だけがあの戦いの記憶を持って「ここ」に居るのか確認するために、差しさわりのない人間として「クラウド」に手紙を出すことにした。
神羅時代のクラウドの電話番号は知らないが、差出先ならば、彼の母に聞けばすぐに分かった。……もっとも彼女は、「ティファ」が、クラウドの住所を聞くことに不思議そうな顔をしていたが、人付き合いの悪い自分の息子が、となりの家の少女に淡い恋心を抱いていたのを知っているから、詳しい事情を聞くこともなく、教えてくれた。
後は、クラウドからの返事を待って──それから、どう行動するかだ。
神羅兵への手紙は、検閲があるってシドやバレットから聞いたことがあるから、クラウドからの返事は時間がかかるだろう。
いや、そもそも……返事が来るかどうかも怪しい。一応、誰が見てもおかしくないように──けれど、今から9年後の記憶を持っている人間ならすぐに分かるように文章を書いたつもりだけど、それが本当にクラウドに通じているかどうかには、不安が残った。
それでも、今の自分がやれることはこれくらいしか思い浮かばなくて──ティファは、手紙を出してから今日まで、ボンヤリと……ジリジリと過ごすしかすることがなかった。
今のティファには、懐かしいニブルヘイムを満喫している余裕はない。
自分が置かれた状況が、ライフストリームに落ちたときと同じ──ジェノバやセフィロスに騙されていないと、どうしても言い切れないからである。
特に、つい先日、カダージュたちなんていう銀髪三兄弟に会った記憶があるから──その危惧は、日々ティファを浸食していった。
このまま、ジ、としているのは不安だ。
特にニブルヘイムは平和で、退屈で──懐かしい気持ちよりも先に、不安ばかりが先に立つこの状況下では、考えが不安な方向にばかり行ってしまうのを止められなかった。
クラウドからの手紙が帰って来たとしても、それが本当のクラウドからのものとは限らない。
──できれば直接会いたい。
会って、話して……「ここ」にいるのは、私だけじゃないんだって、証明してほしい。
「……会ったら……本当のクラウドかそうじゃないか……分かるのに。」
あの時とは違って──旅の間、目の前に居るクラウドが本当の幼馴染のクラウドなのか、今の私は、分かる。──分かる自信はあるのに。
なのに……クラウドに会えない、会いにいけない──今の幼い自分では、ニブルヘイムからミッドガルなんて、あまりにも遠すぎて。
胸元に手をあて、ギュ、と目を閉じながらティファは、今の自分に出来ることを、必死で探した。
探していないと、一人ココに取り残された不安に──もう「今」は居ない懐かしい人たちに囲まれていても、ティファは「たった一人ぼっち」だ──、さいなまされて、頭がどうにかなってしまいそうだったからだ。
とにかく、コレが罠なら、何かが起きるかもしれないと、ニブルヘイムの村の中をうろうろすること三日。
クラウドの手紙を出し終えた後、ただ待ち続けるのが、いい加減苦痛になってきたのは、四日目の朝だった。
「──今、ニブルヘイムに居るのは私だけなんだし……今のうちに、セフィロスが狂っちゃった原因とも言える書物とか、魔晄炉とかを壊しておくって言うのも、手よね。」
魔晄炉の爆破なら、経験もある。
──ただ問題は、その爆破に使った爆弾が、ニブルヘイムでは手に入らないって言うだけで。
猟銃ならあるんだけどなぁ、と、父の部屋に置かれている銃を羨ましげに見つめても、素手で戦う格闘家だったティファには、銃は使えない。
とてもうまく使える人間が、ニブルヘイムの幽霊屋敷に居ることは居るが──か弱い13歳の娘の腕で、あの神羅屋敷の中に居るヴィンセントを無事にたたき起こすことが出来るとは思えない。
「技とかなら覚えてるんだけど──体が付いてこないわよね。」
そう思いながらも、そこで行動をやめてしまうティファではなかった。
考えるうちに、クラウドから手紙の返事が来たとしても来なかったとしても、どっちにしろ行動を起こさねばならないことを、早々に結論づけていた。
その「時」のために、今からすこしでもレベルをアップして、鍛えておくべきではないのか、と。
──戦う手段を身につけ、このニブルヘイムから外に出る……強いては、クラウドたちと合流する手段を見つけなくてはいけないのではないだろうか、と。
「──……そう言えば、ニブル山に、オーバーソウルがあったわよね。」
ポツリ、と呟いて──そうだ、これから2年後の自分は、ニブル山でモンスター相手にすこしなら戦えていた。
今は、あの時ほど体は頑丈ではないけれど、でも、技術の知識やリミット技は、「持っている」。
たかが2年の差なら、知識と技術で、なんとか補えるかもしれない──ニブル山程度のモンスターなら。
「……たとえレベルが低くても……武器とアクセサリーで何とかなるものだし……。」
腕を組んで、自室の窓から見える「死の山」を仰ぎ見る。
ニブル山にいるモンスターの生態系も、弱点も、今のティファは良く知っている。
力及ばなかったとしても、──逃げ切る自信は、ある。
マテリアがないのは心もとないが、よろず屋にポーションくらいなら売ってるだろう。
モンスターを倒しながら、ギルを溜めて、ポーションを買って──、クラウドから手紙が来たら、ロケット村まで「旅行」しよう。
そうすれば……「シド」に会える。
それに、ロケット村の店には、マテリアが売っていたはずだ。
そこでマテリアを手に入れれば、自分ひとりでも「ヴィンセント」を起こせるかもしれない。
シドが記憶があろうとなかろうと、ヴィンセントだけは巻き込むことができる。
ティファもまた、クラウドと同じように彼を巻き込むことだけは、最初から決めていた。
「コスモキャニオンまで行くのは、さすがにパパが許してくれないだろうしね。
よし、とりあえず、ニブル山で鍛えて、頃合を見計らって、『友達のところに泊まる』とでも嘘を付いて、ロケット村に行ってみよう!」
──ティファ・ロックハート。ただ今「見た目は13歳」。
彼女は幼い頃、母に会いたい一心でニブル山に登ったことがある……とても、行動的な美少女だった。
それは、十数年経っても、まるで変わることはないのである。
自分が見知っている体よりも一回りは小さい体──細い手足。
にも関わらず、家にあった革手袋を嵌めた手も、歩きやすい革のブーツから繰り出す脚も、攻撃力という点においては、あの当時となんら遜色がないような気がした。
──いや、さすがに攻撃力自体は、レベルが20くらい下がっているように感じはするけれど……当時のレベルを考えると、十二分に強い部類に入る。
「──……強さを残して、体ごと若返ったって感じかしら?」
なんとなく釈然としないものを覚えながらも──気配でモンスターの殺気を感じて、逃げるよりも攻撃を仕掛けた方が、ずっと楽に進める。
しかも、ほとんど、一撃で倒せるし。
さすがに飛んでいる敵を倒すには、マテリアが必要だから、走って逃げるけれど──相手が攻撃してきたら、その瞬間を狙って瞬殺できるくらいの素早さも身についている。
殺気や攻撃に目や精神が反応しても、体まではついてこないだろうと思っていた予測に反して、体はあの時以上に軽く──その理由をティファは認めたがらないあろうが、胸の大きさが原因である──、軽やかに動く。
あまりにもらくらくとニブル山を攻略できてしまう状態に、
「これって、反則技じゃないのかな……。」
思わずノンビリと、腰に手を当てて考えてしまうくらいだ。
あまりにもサクサクと進みすぎる状況にふと気づけば、南中に太陽が昇っている時間帯であるにも関わらず、すでに山の頂点を過ぎて下りに入っている状態。
右手に嵌めたオーバーソウルの具合を確かめながら、ティファは左右を見回してから──背中に背負ったリュックを肩から下ろした。
ピクニックに行ってくると父にウソを付いて出てきたため、リュックの中にはお手伝いさんが作ってくれたサンドイッチが入っている。
正直な話、最初の戦闘が終わるまでは、このリュックの中身を口にする余裕なんてあるのだろうかと思っていたが──そこらの岩に腰掛けて、ゆっくりとご飯を食べる余裕があるのは……どういうことだろう。
「体は旅慣れてないはずなのに、どうしてかラクラク歩けちゃうのよね〜……。」
これも、体はなれてなくても、知らないうちに身に付いた「コツ」か何かがあるためなのかしら?
そんなことを呟きながら、ティファは手近な岩に座って、リュックの中からサンドイッチを取り出した。
小さな水筒を隣において、サンドイッチを膝の上に乗せながら──背中は岩壁で、左右は良く見渡せる場所。
これならどこからモンスターが襲ってきてもすぐに分かるし、背中をとられることもない。
サンドイッチに食いつきながら、ティファは小さく吐息を零して、ニブル山から見下ろせる光景に目を細める。
記憶している山は、いつも閑散としていて──魔物の気配ばかりが濃厚で、まさに「死の山」といった雰囲気だった。
小さい頃の自分にとっては、ココは【母が眠る地】で、今から二年後の自分にとっては、腕試しの場所。──そして、運命が拓いた地。
「後で、魔晄炉の方にも寄っていこう、かな。」
ボンヤリと昼の日差しの中に照らされたニブル山を……自分が記憶あるよりもずっと緑が多いような気がするその世界を見つめて、ティファは懐かしい味のするサンドイッチを飲み込んだ。
「……全体化のマテリアを取って……そうだ、マスターにした後に売れば、結構、いい金額になるのよね……、あれ。」
伊達に旅の最中にパーティの財布の紐を握っていたわけではない。
今の世界が同じ価格で売れるかどうかは分からないが、それでも「マスターマテリア」は高価であることには変わりない。
あれを売れば、ココからミッドガルまでの旅費になるんじゃないだろうか? ──それも、13歳そこそこのか弱い娘が1人で旅をしても大丈夫な安全なホテルに泊まって、さらに物価の高いミッドガルでもホテルに数日は滞在できるような、旅費に。
そうしたら、クラウドに会える。
会って、話して──これからどうするのか、話し合う。
そう思えば、なかなかいい案だとおもった。
パクリとサンドイッチの最後の一口を口の中に放り込みながら、ティファは空を仰ぐ。
「よしっ、それじゃ、とにかく当面は、モンスターを倒して倒して倒しまくるしかないってことね!」
横に投げ出していたオーバーソウルを取上げながら、それを右手に嵌めて、ガツンと空を叩く勢いで右腕を繰り出し、やってやるかと、口元に笑みを広げた。
あの頃と違うニブルヘイムを見るのは辛かったけれど、あの頃と同じニブルヘイムを見るのは──もっと辛い。
だって、「これ」が、いつか無くなることだということを、今の私は知っているから。
でも。
……いつかなくならないニブルヘイムにすることが、本当にできるというなら。
「……努力は、絶対、惜しまない。」
何があっても、セフィロスを止めてみせる。
何があっても、神羅の政権を止める。
──犠牲が少しでも少なくなるように、二度と同じ道を歩まないように。
うん、と、寒々としたニブル山の光景を目に焼き付けながら、ティファはそう誓い、岩の上に置き去りにしたリュックを背に背負って立ち上がった……その瞬間。
ブゥゥー……ン…………
どこかで聞いたような音がした。
モンスターかと、仁王立ちしたまま鋭く辺りに視線を向けるが、殺気も気配も感じない。
代わりに、広い空間に響き渡るような音は、ますます大きくなっていった。
それは、頭上から──北の方角から聞こえてくるようで、ティファは頬にかかる髪を振り払うようにして空を仰ぎ、高く澄んだ青い空を滑空する色あせた赤色の「それ」を認めた。
「──……っ!? タイニーブロンコ……!?」
驚愕に喉が痺れ、息が詰まった。
大きく目を見開いたティファの目の前を、ソレは悠々と南へ──ティファがココに来るまでに辿ってきた道のりを軽々と乗り越えて、跳び退っていく。
ぶぅん、と耳に遠く残る音を残して去っていく機体を見送ったティファは、タイニーブロンコにしか見えなかったソレが、紛れもなくニブルヘイムに着陸するつもりだと認めて、きゅ、と掌を握り締めながら──こみ上げ来る感情を堪えきれずに、破顔してみせた。
「……みんな──来てる。」
胸の奥から湧き立つような感覚に、知らずブルリと背筋が震えた。
その震えが、喜びなのか、見えない未来への畏怖なのか──ただの武者震いなのか……まだ、分からなかったけれど。
それでも、今、できることが目の前で大きく広がったような気がした。
そして彼女は、キュ、と唇を真一文字に引いて、笑みとも決意とも判断つかない表情を浮かべると、ダッ、と、元来た道を引き返すために走り出した。
────ニブルヘイムのロックハート家に、『月刊セフィロスで、文通相手を探していた【セフィロスファン】のティファ・ロックハートさんへ』と、意味深な文面から始まるミッドガルの花売りの少女からの手紙が届くのは、この数日後のことである。
To Be Contenude
ティファが行動を開始編。
実は前々回の終わりで、クラウドがザックスに拳をヒットさせたのは、クラウドのスキルが丸々残っているから……という設定が、ようやくココで……(笑)
なので、クラウド・ティファ共にレベル70くらいで、エアリスはレベル35くらいの強さで考えてやってください。