SIDE:タイニーブロンコ
エアリス達がコレルに着いたのは、彼女がミッドガルを出て5日目の夕方のことであった。
久しぶりに再会したバレットは、ちゃんと両腕もついていて──そして、近所の可愛い女の子のマリンを、ちょっと怪しい目で見ているおじさんだった。
「バレット、それじゃ、まるで、ロリコンだよ?」
影からこっそりとマリンを見守るバレットに、思わずエアリスがそう忠告するくらい、怪しかった。
「ばっ! 何を言ってやがるんだ、エアリス!
いいか! このすぐちょっと後に、マリンは……っ、マリンは……っ!
だから、ちょっとでも変化がないように、見守ってやってるんだっ!!」
力説して両腕を振る癖は、昔──いや、今から言うと未来か──と、何も変わってはいなかった。
そんなバレットに、思わず、ふふ、と笑みを零して、エアリスは懐かしく再会する面々と、語り明かして一夜を過ごした。
そしてそのあくる朝──迎えに来たタイニーブロンコに乗って(このときに、「タイニーブロンコって、空を飛べたのね!」と言ったら、シドが仏頂面で「あんときゃ、壊れちまったから飛べなかっただけで、ちゃんと整備したら、山くらい越えれんだよ」との返事が返って来た。でもさすがに、飛空艇くらいの高度は出ないので、アイシクルエッジに行くのは無理らしい)やってきたシドと一緒に、一路、ニブルヘイムを目指す。
狭い機体の中に、四人と一匹がぎゅうぎゅうに詰められて、 運転席に座るシドだけが、涼しげな顔でタバコを吹かしてる。
後ろの席――「未来」の旅の時には、二人が並んで座るくらいでちょうどよかったシートには、大の男二人に両肩を押されるようにして座るエアリス。
薄い鉄板とガラス越しに聞こえる、プロペラの轟音と風の音。
コスタ・デル・ソルまでの船旅とは、すごい違いだ。
そのうるさい音が支配する中、両隣の男二人の渋い表情とは全く異なる満面の笑顔で、エアリスは膝に抱き上げたレッドXIIIの毛皮に顎をうずめてグリグリと顔を動かす。
「あーっ! あとちょっとで、ティファに、会えるんだねっ!」
窓から外を眺めては、そわそわと肩を揺らす。
やおら、ぎゅ、とレッドXIIIの体を強く抱きしめては、
「苦しいよ、エアリス。」
「あ、ごめん、ごめん。」
困ったような声の苦情を貰い、慌てて手を外す。
それでも落ち着かなげに、右を見て左を見て、地図を広げる。
すると今度は、狭い中でウンザリ顔をしていたヴィンセントが、自分の顔の前に来た紙切れを指先で弾いて、
「エアリス。」
一言、溜息交じりに名を呼ぶ。
「あ、ごめんなさい。」
あわてて、こっそりと地図を閉じるエアリスに、バレットとレッドXIIIは目線を合わせて、やれやれと肩を竦めあう。
地図の影から、こっそりと右と左を見やる彼女に、操縦桿を握っていたシドが、呆れたようにタバコを噛み締める。
「エアリス、ちょっとは落ち着けや。
ティファは逃げたりしねぇぞ。──セフィロスと違ってなー。」
最後に一言、軽口のように付け加えて、ニヤリ、とシドは後部シートのど真ん中に座るエアリスに流し目をくれてやる。
「……確かに、セフィロスは逃げたよね。」
うん、と頷いたのは、エアリスじゃなくてレッドXIIIだった。
ゆぅらりと尻尾を揺らして、ぺしぺし、とその先でバレットのごつい太ももを叩く。
「追いかけんのも、大変だったぜ。」
「あれは、セフィロスコピーだったが、な。」
懐かしい、と目を細めあってみるものの、実際は──「今」からしてみたら、それらはすべて、10年近く後の出来事だ。
なんか変な感じだよな、とバレットは頭をガリガリ掻く。
その腕に押されて、エアリスは体をグラリとヴィンセントに傾がせながら、
「だって……、早く、会いたいんだもん。
ずっと、ずーっと……会いたかったんだから。」
小さく唇を尖らせて──そうしながらも、こみでてくる笑顔を押さえきれずに、ニッコリと微笑む。
ふふふ、と、本当に嬉しそうに薔薇色の笑い声が零れるのを後ろに聞きながら、シドはヤレヤレと苦笑を滲ませる。
「──あー、ごっそーさん。」
気の入ってない声で、そう呟いた。
ほんとこの二人、仲がいいったりゃありゃしねぇ、とぼやくシドに、無言でヴィンセントが相槌を打つ。
そんな風に呆れた風を装いながらも、シドもヴィンセントも、自分たちの口角が上がっているのは、自覚していた。
何を言っても、どんな表情を作ったとしても──結局は、エアリスが嬉しそうに笑っているのが、嬉しくてしょうがないのだ。
あんな運命を歩んだ娘だからこそ……彼女が、あの頃のように笑っていてくれるのが──それを再び見守ることができるのが、本当に嬉しいのだ。
「昼過ぎには、着くんだよ、ね? 一緒に、御飯、食べれるかなー? あ、でも、時間的には、オヤツ?」
ニッコニコと嬉しそうな顔で、レッドXIIIのフカフカ頭を撫でながら呟くエアリスの目線が、ふらりと彷徨って窓の外に向けられる。
そ、と優しげに細められる双眸を認めて、ヴィンセントは小さく眉をあげた。
二人と一緒に旅をしていたクラウドが、げんなり顔で「常に疎外感を感じる」と言っていた意味が、良く分かった気がした。
普通なら、両手に花と例えられるはずなのに、どうしてもそう思えないのは、ティファとエアリスが仲がよすぎるからだろう。
これにユフィが加われば、姦しい三人姉妹そのものになるのだ──この狭い機体の中に、「三人姉妹」が一人しかいないことを、心からヴィンセントは歓迎した。
と同時に、ティファが乗るなら、自分は遠慮して降りることにしようと誓う。
「おー、そうだな。オヤツの時間に間に合うかどうか、ってとこだな。」
ま、最低でも夕飯には間に合うぜ、と、続けるシドに、レッドXIIIがピョコンと耳を立てて顔をあげる。
「ティファのごはん食べるの、おいらも久しぶりだ。」
ペシペシ、と再び尻尾でバレットの太ももを叩く。
バレットはそんな腿を、くすぐったい、とポリポリと掻いて、
「俺たちゃ、神羅屋敷に泊まるんでいいのか?」
さすがに、「今まで」ニブルヘイムから出たことがないはずのティファに、こんなおっさんの知り合いが外に居て、更に父娘二人暮しの家に泊まらせるのは、おかしいだろ、と。
未来の世界ではカワイイ盛りの娘を持っていた父親らしく、そんなことを零すバレットに──デンゼルを住まわせていたときに、そういえば、しょっちゅうティファに電話していたとか言っていたな、とシドとヴィンセントは頭の片隅で思い出す。
「んま、そーだな。おっと、エアリスはもちろん、ティファの家に泊まんだぜ?」
「うん、もっちろん。」
聞くのも野暮だと言いたげな全開笑顔で即答するエアリスは、大きく頷いた後──はっ、としたように顔を強張らせる。
「あ、で、でも、ティファの家、泊まるって、ことはっ。」
「ことは?」
「ティファのお父さんに、挨拶、しなきゃいけないんだよねっ!?」
「そりゃそーだろうな。」
何せ、泊まらせてもらうんだから。
そう当然のように頷くバレットに、そうだよねっ、とエアリスは拳を握って同意する。
「どうしよう……、私、ちゃんと、挨拶できるかな?
わー……今から、心配に、なってきちゃった。」
ドキドキする、と胸に手を当てて頬を上気させるエアリスに、バレットは腕を組みながら、うんうん、と頷く。
「確かに、気になることだよなっ!」
「もっと早く気付いたら、よかった。
そしたら、いい挨拶、考えてきたのに〜。」
やっぱり、ティファのお父さんには、いい印象を持ってもらいたいもの。
キリ、と真摯な顔でそう告げるエアリスに、運転席のシドは、もう何を突っ込んでいいのかわからず、口を噤んでおくことにした。
ヴィンセントはというと、昔、エアリスが言っていたようなことを聞いたことがあったな、と窓の外へと思いを馳せ──あぁ、そうだ、と思い当たったことに微妙に顔を歪めた。
「今」から、更に20年以上前──まだミッドガルでタークスをしていた時に、20歳ソコソコの新人の娘が、彼氏の家に行くのだと言って、同僚の先輩に相談していた内容が、ソレだった。
つい、どんな些細な情報も逃さない自分の脳みそに、自重が零れた一瞬だった。
「あっ、そうだ、バレット。ちょっと、練習台に、なってくれる?」
にこ、と可愛らしい笑顔で見上げるエアリスに、バレットは、いかつい顔をニヤリと歪ませて、おお、いいぞ、と言いかける、が。
「いや、それは止めとけ、頼むから、な?」
すかさず運転席から──娘さんを嫁に下さい、だとか、彼にはいつもお世話になってます、だとか言う、こっ恥ずかしいシチュエーションを思い浮かべたシドから、嘆願が零れた。
尻がかゆくならぁ、と続けるシドに、どうしてー? とエアリスが軽く頬を膨らませる。
「俺の耳が耐え切れねぇ。」
「なに、それっ!」
やってられねぇ、と言うように首をゆったりと左右に振るシドに、意味がわからない、とエアリスはクレームをつけながら運転席に向けて手を伸ばす。
そうして、シドの首を絞めようとしたところで、ふとその手を止め、代わりに横手から彼の顔を覗き込む。
数年後と大差ない無精ひげを生やした──けど、あの当時よりも髭の色艶はいいようだ──シドは、あん? と横目でチラリとエアリスを見下ろす。
それに促がされるように、
「ねぇ、シド。ティファ、元気にしてた?」
エアリスは、小首を傾げるようにして問いかける。
するとシドは、その彼女の問いかけに、呆れたようにタバコの煙をゆっくりと吐きだした。
「さっきも言っただろ? 昨日の夜に会った時は、元気だったぜ。」
何度同じことを聞くんだ、と問い返すシドの言葉には応えず、エアリスは彼が背を預けているシートの端に手をかけて、軽く身を乗り出す。
「寂しがって、なかったかな? ほら、ティファは一人だったでしょ?」
ティファ、しっかりしてるようで、寂しがりやだから。
そう切なげに眉を寄せるエアリスの言葉には、
「いや、俺もシドも、顔を出してたが。」
というか、ヴィンセントに至っては、ティファに叩き起こされたのだが。
彼女は、確かに優しくて繊細なところのある娘だが、あのクライシスの最中、精神的にも随分と成長した。
そのことは、ライフストリームの中からだとは言えど、エアリスだって知っているだろうに、と。
そう思ったヴィンセントに対し、
「ニブルヘイム、寒いし──風邪とか、引いてないかな?
あ、ミッドガルの喉飴、美味しいの、あったのに──買ってこれば、よかったかなぁ?」
ティファに、って、たくさんお土産買ってきたけど、そういうのは買ってこなかったなー、と、ちょっと寂しそうな表情で呟くエアリスに、ヴィンセントは苦笑を滲ませる。
嬉しくて、楽しくて、楽しみでしょうがない──再会したときから、ずっとそんな様子だったエアリスが、初めて見せる不安そうな表情。
それを見下ろして──少しだけ目を伏せて、けれどすぐに口元に笑顔を乗せて、
「どうせなら、来る途中で、コスタ・デル・ソルやコレルで、何か買ってきたら、よかったかなぁ。」
ね、と、緩く首を傾げながら──特にコスタ・デル・ソルには女性向けの良質の商品がたくさんあったのに、と続ける。
ヴィンセントは、そんな彼女のつむじを見下ろした。
「土産だとか、そんなものよりも──今のティファにとって、一番嬉しいのは、エアリス、お前が無事に到着することじゃないのか?」
「──……っ。」
驚いたようにエアリスは顔をあげて、間近に見える顔色の悪い整った容貌を見つめた。
両目を見開いて、軽く唇を開いて、彼女はパチパチとせわしなく瞬きを繰り返すと、
「……そ、かな。」
「そりゃそうだな! ティファは、みんなに会いたがってるだろーぜ。」
小さく……零れるように呟いたエアリスに、間髪入れずにバレットが同意する。
エアリスはそれに、視線を落として──押さえ切れない柔らかな笑みを浮かべると、そっか、と、口の中だけで呟く。
レッドXIIIはそんな彼女を見上げて、不思議そうに首を傾げる。
「エアリス?」
「ん? ううんっ? なに、どうしたの、レッドXIII?」
すぐに、パッ、とニコニコ笑顔に切り替えるエアリスは、今見せた幸せそうな笑顔とは、少し違うような──けれど、滲み出る嬉しさは前と変わらないような気がして、パタパタと尻尾を振ったまま、レッドXIIIは首を振った。
「ううん、なんでもない。
早くティファに会えるといいねっ。」
「うん! そうだね。──私も、早く、ティファに、会いたいな。」
双眸をシドが見つめている外の景色へと飛ばして、
「ね、シド? 後、どれくらいでニブルヘイムに、着くの?」
身を乗りだすようにして、シドの肩口から彼の顔を覗き込む。
タバコの煙を吐き出しながら、シドはチラリと東方へと視線を飛ばし、おお、と頷く。
「もうちょっとだな。ほれ、あの山がニブル山だ。」
そろそろ麓に家並みが見えてくるんじゃないか、と。
シドがそう続けるよりも早く、
「えっ! どれどれっ!?」
「ぐえっっ!? エアリス、痛いよっ!?」
慌てて身を乗りだすエアリスの膝の上で、前方のシートに体を押さえつけられる形になったレッドXIIIが、ジタバタともがく。
その小さな獣の後ろ足に蹴りつけられて、いてぇっ、とバレットが悲鳴をあげて足を振り上げれば、その足先がタイニーブロンコの壁にぶつかって、がごんっ、と機体が揺れた。
「きゃーっ! ちょ、シド、倒れるっ、倒れちゃうーっ!」
「んぎゅっ、エアリス、おいらの上に乗ってるよぅぅーっ。」
「ぐあっ、レッドXIII、暴れんなってっ! 俺の頭に当た……っ。」
「…………苦しんだが。」
途端に、後部シートに乗っていた面々が、左右に激しく揺られて、もつれあってダンゴのようになる。
「おわっ!? こらっ、てめぇら、重量ギリギリなんだから、暴れんなよっ!」
慌てて、左に傾きかけた機体を戻しながら、シドがシートごしに怒鳴れば、足をバレットの肩に、頭をヴィンセントに抱えられるような体制になってしまっていたエアリスが、そのままの格好で、ごめんなさい、と両手を合わせた。
「ちょっと、興奮しすぎちゃった、みたい。」
ペロリ、と舌を出して愛らしく謝るエアリスに、ったく、とシドは小さく舌打ちすると、
「はしゃぐのもいーけどよ、ニブルヘイムに着いてからにしてくれよ。」
「はーい。」
首をすくめるようにして返事をしたエアリスは、ヴィンセントやバレット、レッドXIIIに謝りながら、元の場所に座りなおす。
一息ついて、再び改めて見えてきたニブル山を、今度はヴィンセントの体越しに眺める。
「わー……なんか懐かしい。
──って、あれ? なんだか、緑が、多いような?」
記憶にあるニブル山は、もっと荒野のようだった覚えがある。
それは、もちろん、魔晄炉のせいだったのだけれど──魔晄炉が壊れた後も、荒野のままだったはずだ。
野山のエネルギーを奪うのは簡単でも、それを回復させるのは難しいからだ。──たった二年では、草が生えるかどうか、程度にしか回復しなかったのだ。
10年近く魔晄炉でエネルギーを吸ってるかどうかで、こんなに違うのか、と、複雑な思いでエアリスがそう呟けば、
「どれ?」
「って、ダメだよ、バレット!」
バレットがニブル山を見ようと、身を乗り出して体を右側に傾ける。
それを、慌ててレッドXIIIが止めた。
「バレットが来ちゃったら、バランス崩れて傾いちゃうよーっ!」
危ない危ない、と、前脚で必死に押し留めよとするレッドXIIIに、そういやそーだな、とバレットは元の位置に戻る。
エアリスは、それを後ろに一瞥して、再びヴィンセントの膝に乗り上げるようにして窓の外をマジマジと眺めた。
「……この緑、このまま、残したい、ね。」
「──あぁ、そうだな。」
ミッドガルに居るエアリスは、元々光りがあまり差さないピザの下で生活している。
だから、10年後の世界と、今の世界が、どれほど違っているのかなんて、目の当たりにすることはなかった。
けれど──こうして、魔晄炉のある地区を見ると、あぁ、と、溜息を零さずにはいられないのだ。
「そのために、俺たちゃ、これから戦うんだろーが。」
「ああ、そうだぜっ! 俺もマリンの未来のためにも、やらなきゃならねぇっ!!」
「おいらだって、がんばるよっ!」
エアリスの呟きを聞きとがめたシドが、あったりまえだろーが、と言えば、打てば響くように仲間達が意気込み良く宣言する。
そんな面々を、エアリスは懐かしい気持ちで見回しながら──うん、と、大きく頷いた。
今から、何が出来るのかは、まだこれから話し合わないと分からない。
けれど──、きっと、未来は開ける。
だって、……みんなが、いるんだもん。
「──って、あっ! ね、シドっ! あれ、ニブルヘイムじゃないっ!?」
窓の外を眺めていたエアリスが、不意に声も高らかに前方を指差す。
山と山の谷間の隙間──チラリと見えた草原の中に、ぽつんと屋根のようなものが見えた気がした。
霞んだ霧のような中に沈むソレを指差して──あぁっ、見えなくなっちゃった、とエアリスはますます窓辺に張り付く。
そんな彼女に、シドは苦笑を滲ませると、
「もうちょい待て。この山を越えたら、もうニブルエリアだかんな。」
そうしたら──すぐに、ニブルヘイムも見れるさ。
そう続いた彼の言葉に、エアリスは窓から視線を移して、うん、と嬉しそうに笑った。
SIDE:ニブルヘイム
ニブルヘイムの入り口の門を抜けて、ティファは荒く吐き出した息を整えながら、東方の空を見上げる。
タイニーブロンコは、飛空艇ほどの高度を保つことはできないので、北東にあるコレルから少し南よりの低い山岳地帯を飛び越えてやってくる。
だから、機体は門を出て左手側に見えるはず。
そう思いながら──先ほど給水塔の上から見た機体を目で探せば、すぐに青空にキラリと耀くプロペラ機を見つけることが出来た。
パッ、と笑顔をほころばせて──まだ豆粒のようにしか見えないタイニーブロンコに向けて、手をあげる。
自分から豆粒にしか見えないということは、あちら側から見える自分は、もっと小さい──それこそ粉のようにしか見えないかもしれない。
手を振っているなんて気付かれないかもしれないけれど、ドキドキとせわしなく打つ鼓動に、何かせずにはいられなかったのだ。
両手を振って、上気する頬をそのままに、ティファはどんどん大きくなって行く機体を瞬きするのも惜しんで見つめる。
だんだんと音が近づいてきて──とうとう機体のフロントガラスの中に、人影が映っているのが見えるくらいの位置まで来た。
そうなったら、もう押さえ切れなくて──遠く響く轟音に向けて、ティファは両手を振り回しながら叫ぶ。
「シドーっ!! エアリスっ!!」
ピョンピョン飛び跳ねて叫べば、ガラス向こうがティファの目に映るくらいの距離になった。
目を細めれば、シドらしい人影が、ヒョイと手をあげているのが分かった。
気付いたんだ、とティファは笑みを零して、ゆっくりと旋回動作に入り始めるタイニーブロンコを目で追う。
そうしながら、視線は後部シートが見えるガラス窓に注がれた。
そこに、エアリスが居る。
「──……っ。」
顎をそらして見上げた空の上。
太陽の光りを浴びて耀く尾羽──透明なガラス窓の向こう側に居るだろうその人を思って、必死の思いで目を凝らす。
あの──記憶の中にしか居ない人の、白い肌や、亜麻色の髪が、チラリとでも見えないかと、振っていた手を下ろして、きゅ、と握り締めて見守る。
息をすることすら押し殺して、目線に集中させたところで──あぁ、
「……え、あ……リス……っ!」
その人影が見えた瞬間、ティファは、歓喜の声をあげていた。
黒い髪を持った男の──ヴィンセントがこちらを見るその隣に、ペッタリと窓に張り付いた、記憶の中に存在するひと。
遠目すぎて──あまりに遠目すぎるというのに、ティファはその幼い面差しを、はっきりと認識することが出来た。
思わず、じん、と目頭が熱くなる。
ぐるりと旋回するタイニーブロンコを体ごと追いながら、その場でティファは自分を見下ろすエアリスに両手をあげる。
「エアリスっ!!」
窓の向こうで、エアリスがパッと明るく笑ったような気がする。
表情が分かるくらいの距離にまで、近づいてる。
彼女の存在が近い。──手紙や電話よりも、ずっと近くに、彼女が居る。
じん、と胸が熱くなって、目頭が熱を持ったような気がした。
エアリスは、ヴィンセントを押しのけるようにして、ガラス窓に両手をついて、ティファを見下ろす。
視線と視線が絡み合うには、まだ距離がある──なのに、二人は自分たちが互いを見ていることが、分かった。
エアリスの体が小さく跳ねて、彼女の手が横に振られる──と同時、その手の先が見事にヴィンセントの顎にヒットして、エアリスが慌てているのが見える。
それを認めて、ティファは片手を振り続けながら、ふふ、と笑った。
泣きそうな顔で、くしゃり、と顔を歪めて、
「…………、エアリス……。」
もう一度、自分が待ち焦がれていた人の名前を呼ぶ。
タイニーブロンコは、大きくニブルヘイムの上で円を描き、そのままゆっくりと降り位置を定める。
ティファから少し離れたあたりの上空でホバリングした機体からは、耳を襲う轟音と、激しい風が吹き荒れる。
髪が痛いくらいに後方になびき、何も聞こえないくらいの音に、頭がジンと痺れる。
普通なら必死で足を踏ん張るところなのだろうが、ティファはその風をうけて平然と立ち──フロントガラスの向こうに見えるシドを見上げる。
ここに降りる、とジェスチャーで示すシドに、ティファはコクリと頷き、タイニーブロンコの着陸の邪魔にならない位置まで下がった。
少し左よりに下がったのは──そちら側が、エアリスが覗き込んでいた窓があった方向だからだ。
タイニーブロンコが着陸したとき、きっと彼女は、こっち側の扉から降りてくるだろうと、思ったから。
シドはティファが邪魔にならない位置まで下がったのを確認して、降下に入った。
ゆっくりと──待っている側からしてみたら、じれったく思うくらいにゆっくりと、タイニーブロンコが降りてくる。
バラバラバラ──と、「今」に来る前に乗ってきたときよりもうるさく感じる音に、両手でしっかりと耳を塞ぎながら、目だけはしっかりと窓の方に当てる。
けれど、さすがに着陸態勢に入ったせいか、エアリスが覗き込んでいた窓には、ヴィンセントの横顔が見えるだけで、ティファが求める少女の姿はなかった。
中央に座っているのだろうが、シドの座っているシートのせいで、彼女の影は全く見えなかった。
知らず、ぐ、と唇を噛み締めて、ティファは自分の目の前に──背丈ほどの位置まで降りてきたタイニーブロンコを睨みつけるように見つめた。
シドは間近に見えた彼女に、にぃ、と笑ってから片目を瞑ると、操縦桿をぐ、と握り直す。
そして、ゆっくりと──波打つ草原の上に、タイニーブロンコの機体を下ろす。
最後まで気を抜かずに、完全に地面に触れたところで、よし、と笑みを広げる。
後部シートに座ったエアリスがソワソワしているのを知りながら、──そして、タイニーブロンコの外で待つティファが、今にもこっちへ走り出しそうなのに気付きながら、シドはそれでも焦ることなく、一つ一つの停止動作を行った。
まもなく、ローターの回転がゆっくりと止まり、エンジン音も切れ──今にも飛び出していきそうなエアリスと、待ちきれずにこっちに向けて走ってきたティファとを認めながら、
「よっしゃ、着陸成功。ごくろーさん。」
ぼん、と、タイニーブロンコの扉のロックを解除してやる。
とたん、それを受けたヴィンセントが、タイニーブロンコの扉を内側から開いてやったところで、エアリスは、
「シド、ありがとうっ!!」
シートベルトを放り出すようにして外し、ヴィンセントの膝を乗り越えて、空中に身を踊りだす。
「──エアリスっ!?」
まさか、飛び出すとは思わなかったヴィンセントが、慌てて彼女の体を抱きとめようと手を伸ばした──が、しかし。
その必要は、まったくなかった。
「ティファっ!!!」
「エアリスっ!!!」
まるで意思が通じていたかのように──彼女が何をしようとしていたのか、最初から打ち合わせていたかのように。
当たり前のように、ティファの姿が外にあった。
ティファは迷うことなく、自分の両手を広げて、飛び込んできたエアリスを受け止める。
「おー、おー。タイミングのよろしいことで。」
呆れたように、シドが自分の運転席の扉を開けながら、エアリスの飛び込みの衝撃を押し殺すように、彼女を抱きとめながらクルリと一回転するティファに口笛を吹いた。
軽やかに舞ったエアリスのスカートの裾が、ひらり、と彼女の細いふくらはぎを覆い、エアリスはストンと草原の上に足をつける。
そして、エアリスとティファは、間近で顔をあわせあい──互いに上気した頬を見詰め合った。
「……ティファ。」
「エアリス。」
微笑あう互いの顔は、まぎれもなく、記憶にあるもの。──けれど、覚えていたソレよりも、幼い容貌に、切なげに目を細める。
触れた手も体も、あの頃よりも小さくて細くて──でも、その体を抱きしめる自分の体も、細くて、小さくて。
何を言っていいのか分からないまま、エアリスは再びティファの肩先に顔をうずめるようにして、彼女に抱きついた。
「ティファ、ティファ……っ、………………。」
手の中にあるぬくもり。
いいたいことは、たくさんあった。
話したいことも、たくさんあった。
また会うために別れたあの日、再会したらきっと話そうと思っていたこと──結局それを果たすこともなく分かれたあの日。
ライフストリームの中で、ティファやクラウドや、みんなの傍に寄り添いながら──一人じゃないと実感しながらも、それでも抱えた寂しさ。
色んな感情がない交ぜになって──抱きしめる暖かなぬくもりに、エアリスは、唇を震わせて目を閉じた。
再会したら、もっと明るく笑い飛ばそうと思ってた。
また、会えたね、って。そう言って──離れていた月日も関係なく、あの頃のように打ち解けて話せるのだと、信じていた。
なのに──今。
ただ、ティファの体を抱きしめることしか、できない。
唇から、言葉が、出てこない。
今、口を開いたら、出てくるのは、きっと嗚咽だ。
「…………ティファ…………っ、…………っ。
……ただいま…………、ティファ…………っ!」
会いたかった。
また会えた。
そう言いたかったのに──あぁ、本当は、この言葉は、ティファには言わないつもりだったのに。
なのに、気付いたら、そう言っていた。
「──エアリス…………っ。」
抱きしめた腕の中で、ティファの体が震える。
それに、少しの不安を覚えながら、エアリスが彼女の体を離そうとした瞬間──ギュッ、と、強い力で背中ごと抱きしめられた。
「てぃ、ファ……っ。」
「…………エアリス、エアリス…………っ。」
そのまま、片手で後頭部に手を当てられ、逆らう間もなく頭ごと抱えられる。
鼻先に香るティファの匂いに、エアリスは彼女の服を、きゅ、と握り締めた。
「エアリス、…………あり、がとう……。
…………帰ってきてくれて、ほんとに……っ、あり、がとう…………っ。」
ぐす、と。
ティファが鼻を啜る音が聞こえて、はっ、とエアリスが目をあげれば、彼女の顎先に滴る透明な雫が見えた。
ぽとん、と、エアリスのすぐ真横に落ちる涙に──震えるティファの声に、そこに宿るたとえようのないいとしさに。
あぁ、と、エアリスの喉も震えた。
必死で堪えていたはずの涙が、熱くなった目頭からこみ上げてくる。
喉が潤み──なのに、乾いているように震える。
「ティファ……。」
かすかに身じろげば、ティファは手の力を緩めてくれる。
そこで改めて、彼女の顔を見つめれば、ティファは、鼻の頭をかすかに赤く染めて、涙を流しながら、笑っていた。
「おかえり、なさい──…………っ。」
ずっと──会いたかった。
そう、囁かれて。
エアリスは、たまらずティファに抱きついて、その頬に頬を寄せながら、
「私、も──会いたかったよ、ティファ。」
声を押し殺すことなく、歓喜の涙を零した。
To Be Contenude
一旦、ここで区切りがいいので、区切ります。
もう少し再会シーンは感動的にしたかったんですけど……;
エアリスが、ティファに対して少し迷ったり悩んだりしているのは、好きだからこそ、不安になるっていう乙女心です。
予定を立ててるときは、それで一杯なんだけど、実際会う直前になると、もし、自分ばかりが会いたかったらどうしよう、だとか、そんなマリッジブルーみたいな気持ちがあるのが乙女ってやつなのですよ。
──っていうのを、もう少しうまく入れてあげたかったかな。
まだ神羅屋敷の相談会までたどりつけてないので、もう1話増えます。