SIDE:クラウド
「ソルジャー支援訓練」というものがある。
一般兵がソルジャーと一緒に訓練をすると言うものだ。
基本的に、ソルジャーは、単体やソルジャー同士で組んで任務に及ぶことが多いが、一般兵と共に行動することも少なくはない。
そういう時に、ソルジャーは大して困りはしないのだが、一般兵はそうはいかないのが常であった。
ソルジャーの、常人離れした肉体能力に、意識が追いついていかないのだ。
ソルジャーが大物を相手していたり、前線で敵の霍乱作業をしているときなどに、後方支援をしなくてはいけない──というのに、銃を撃つことも、マテリアを放つことも出来なかったりすることが、多々あるのだ。
それというのも、信じられない動きをするソルジャーに、どうしたらいいかわからず、畏怖を覚え、物陰で身動き一つ取れなくなってしまうからだった。
初めてソルジャーと共に戦線に出た一般兵は、10割方、使い物にならない──というのが現状だった。
簡単な任務くらいなら、後方支援を担当する一般兵が使い物にならなくても、なにら問題はない。
ソルジャーが一人で、すべてを片付けるからだ。
けれど、後方連絡や伝達事項が必要になることも──他の陣営と連絡を取り合わなくてはいけない状態になったときに、それを担当する者が、呆けていて仕事にならないのでは意味がない。
時に、ソルジャー一人で戦うには多すぎる敵と遭遇したときは、銃などで支援をしなくてはいけないのに、それすらも出来ないのでは、問題外。──己の身くらいは己で守ってもらわなくては困るのだ。
そして、己の身を守るための「領域」を、きちんと推し量れるようにならなくては、ソルジャーと共に戦場には出れない。
ソルジャーの「間合い」を普通の一般兵と同じだと思い、うっかり間合いに踏み込んだ一般兵が、「必殺技」に巻き込まれて死亡してしまうというケースも──哀しいかな、多かったりする。
そんな、神羅の誇るソルジャー達の、頭を悩ませる現状を、少しでも何とかしようと──一般兵に成り上がると同時、兵士たちに課せられる訓練というのが、「コレ」なのだ。
早い話が、「お前らが尊敬しているソルジャー達と一緒に訓練をして、ソルジャーというものを、頭と体に叩き込め」というわけである。
クラウドも、初めてこの訓練を受けたときは、前線のずっと後方で、尋常じゃないソルジャーの戦いぶりを、ただ見つめていることしか出来なかったものだった。
年に3回行われる支援訓練の、最初の二回くらいは、そんな感じだった覚えがあった。
まるで映画でアクションシーンを早送りしているような、そんな情景に──とてもじゃないが、あんなソルジャーの動きに付いていって、ソルジャーに当たらないように敵に銃を撃て、なんて……できるはずがない、と、心からそう思ったのを覚えている。
結局、3回目の訓練で、「ソルジャーに当てないように銃を撃つ、のじゃなくって、ソルジャーの存在を気にせず撃っていいんだな。──どうせソルジャーのほうから、避けてくれるんだから」という結論に達することになる。
そんなわけで、クラウドと組んだソルジャーは──主に訓練の相手は、ザックスばかりだったが──、いつも、
「っおまっ、だから、俺、ここに居るのに、なんで俺目掛けて撃つかなぁっ!?」
「しょうがないだろ、ザックスが立ってるところが、そのモンスターの急所なんだから。」
「しょうがなくないだろーっ、クラウドーっ!? 俺が、クラウドの愛の弾で死んじゃうだろーっ!?」
「それくらいでソルジャーが当たるだけないだろ。っていうか、愛なんてこもってないし。」
「ひどっ、クラウド、酷いぜっ!? 俺、傷心ハートになっちゃうかも……っ。」
「なってもいいけど、とりあずそのモンスターは倒してからにしてくれ?」
「ちょっ、マジで酷いです、クラウドさんっ!? もしかして俺、用済みっ!? 新しい男に乗り換えるのねぇぇっ!」
どきゅんっ!
「その冗談、寒いから、二度と口にするなよ、ザックス。」
そんな漫才かと思うような会話を繰り広げながら、大物モンスター相手に戦うのが、良くあった。
内心、そうやって遠慮なく銃を放ちながら──そのすべてを避けることが出来るザックスの能力の高さに、軽い嫉妬を覚えながら。
けれど、あの時は──そう、畏怖と共に、魔晄を浴びさえしたら……自分もそうなれるんだと、思っていたのだけれども。
今は、違う。
今はどちらかと言うと、魔晄を使わず、強くなりたいと思っている。──そうして、それを使わなくても強くなれる自分を知っている。
何せ、一緒に旅をしていた仲間たちは、誰一人として、魔晄に浸かっては居なかったのだから。
そうしていても、みな、強かった。
特に、誰とは言わないけれど、誰かさんは、華奢な腕一つで巨大なモンスターを持ち上げて投げつけることが出来るほど──強かったわけだし。
だから、今は、少しでも訓練に出たり任務を受けたりして、レベルを上げて行きたいと、そう思っている。
「……だから、まぁ──、訓練に参加するのは、嬉しくないわけじゃないんだけど。」
この時代のクラウドにとって、初めて受ける「ソルジャー支援試験」。
──その、訓練の対象のソルジャーは、相性などで上層部が決めるらしいのだが。
「……俺、この訓練で、ザックスと同じ班に配属されるんだったっけ……。」
クラウドは、一週間後に迫ったソルジャー支援訓練の手引きの書類を前に、柳眉を顰めて呟く。
ザックスとの出会いがどんな形だったのか、正直、まるで覚えていなかったのだが、書類に書かれたザックスの名前を見た瞬間、思い出した。
そもそもの切欠は、この「ソルジャー支援訓練」だったのだ、と。
あの時は、コレが初対面で。
初めて間近で見るソルジャー相手に、緊張をしている新米たちの顔を、チラリと一瞥した後──ザックスは。
そう、ザックスは、よりにもよって、緊張で少し青ざめていたクラウドの前に立つと、ニッコリ人好きのする笑みを浮かべて、
「女の子がいるなんて知らなかったな〜、ど、顔合わせの後、一緒にお茶でも?」
思わず、寮でしてきたように、条件反射で握った拳を叩きつけかけて──軽くザックスに避けられ……その後は、ひたすら、ザックスが話しかけてきても、「任務中ですから」と逃げとおしたのだ。
次に会ったのは、翌日の食堂。
もしかして自分を探しに来たのではないかと思うくらい、食堂に入ってくるなり、真っ直ぐにクラウドの元に来て、当たり前のような顔で目の前に腰掛けて、また一言。
「この間は一緒にお茶できなかったからさ。何飲む〜? いやいや、別に彼女になってくれなんていわないから♪」
そこですかさずココアの入ったカップを投げて逃げたのが二度目。
──もう、ここまでやってしまったら、いくら優しい人でも、絶対にクラウドを怒っているに違いない。
そう思ったから、クラウドは、とにかく、ザックスを避けて避けて避けまくることにしたのだ。
ところが、三度目の正直というか。
今度は、先輩兵士たちに、女顔をからかわれて──思わずカッとなって殴りかかったところを、返り討ちにあった。
そんなところに、やってきたのがザックスだった。
──そこから、「ともだち」が始まった。
後は、気づいたら一緒に居たり、一緒にバカやったり、時々ケンカしたり。
「……………………ともだち、に、……なりたくないわけじゃ、ないんだ……。」
書面を見下ろし、クラウドは、クシャリ、と顔をゆがめる。
1度記憶のヒモを解いてしまえば、14の時から2年間──あのニブルヘイムの日まで、この神羅ビルで一緒に居た日々が、走馬灯のように蘇った。
ぎゅ、と胸を締め付けられるような感覚に、クラウドは何かを堪えるように唇を噛み締める。
そう──トモダチになりたくないわけじゃないのだ、決して。
それどころか、出来ることなら、もう一度彼とトモダチになりたいとすら思っている。
でも。
彼は、優秀なソルジャーで。
駆け足で1stソルジャーに駆け上がったほどの、優秀な人で。
俺さえ庇わなかったら。
『なぁ、クラウド。ミッドガルに戻ったらさ、一緒に、何でも屋、やらねぇか?』
『クラウド、クラウド……、ごめん、俺──ここまで、みたいだ……。
最期まで、おまえ……守ってやれないや…………。』
『──……クラウド、お前、今……何か、言った、か……?
ごめん、な……──俺、も……、なに、も……………………。』
『ミッドガル、に、俺、……やくそ、く──……、あ……、ス……。
………………ク、……。』
「──……っ!」
記憶になかったはずの「声」まで、ありありと蘇ってきて、耐え切れず、ぐしゃ、と、クラウドは紙を握りつぶす。
ぐ、と目を閉じて、眉間に強く皺を寄せて──クラウドは、そのまま自分の腕に額を押し付ける。
「──させない。」
木の幹に寄りかかったままのクラウドに──動けず、何もできない、人形のようなクラウドに向かって、必死で近づいてこようとした赤い血にまみれた人。
逆立った黒い髪は、血でしんなりとしおれていて。
いつも健康的な色をしていた肌は、青白く──土気色にすらなっていた。
「絶対に……っ、そんなこと、……させない──……っ。」
悲鳴のように小さく叫んで──クラウドは、唇を噛み切りそうなほど、強く、唇を噛む。
そうしないと──今にも、悲鳴が零れてしまいそうだった。
絶叫を、零してしまいそうだった。
俺と、トモダチにさえ、ならなかったら。
彼はもしかしたら、生きて、笑っていたかもしれないのに。
「──……させない。」
小さく……小さく呟いて、クラウドは、薄く瞳を開く。
その目には、決意の色が強くにじみ出ていた。
絶対に、させない。
二度と、彼を巻き込んだりなどしない。
一番いい方法は、ザックスにソルジャーになってもらわないこと、だけれど──すでに彼はソルジャー3rdになっている。
だから──巻き込まないためには、彼と親しくならないことが一番だ。
「絶対に──失ったりしない。」
クラウドは、暗い光を双眸に宿して、低く呟く。
ザックスと親しくさえならなかったら、あのニブルヘイムの任務に、自分が同行することはない。
アレは元々、あの当時、特に際立ったことのなかったクラウドが、参加できるような任務ではなかったのだ。
けれど、ザックスが──クラウドがニブルヘイムの出身であることと、セフィロスにあこがれていたことを知っていたから、同行する一般兵に推薦してくれたのだ。
ニブルヘイムのことに詳しい人間が一人ほしいからと、そう言って。
けれど、本当は「詳しい人間」が同行しなくてはいけない任務だったわけではない。
友人であるクラウドへの、ザックスの「おせっかい」だったわけだ。
──そうして、それが、すべての始まりだった。
俺が、ニブルヘイムに行かなかったら、セフィロスはティファを殺していたかもしれない。
でも──ザックスは、俺を庇って死ななくて済んだだろう。
魔晄で正気を失ったクラウドを庇いながら、ミッドガルへ向かっていたから……だからザックスは──……。
「──……。」
クラウドは、眉を顰めて、そ、と手の平に顔をうずめた。
瞼の裏に蘇るのは、断片的な記憶でしかない。
あの時のことを思い出そうとしても、正気を失っていた自分の中には、ほんの欠片のような記憶しか残っていないのだ。
実質、どれくらいの月日をザックスと旅をしていたのかも、分からない。
重荷でしかない荷物を抱えて、ザックスがどれほどの月日を歩み、隠れ、戦ってきたのか──傷を負っていたのか、それすらも覚えてはいないのだ。
「…………くそっ。」
短く吐き捨てて、クラウドは浮かんだ感情も記憶も、何もかもを頭から振り払うように、堅く目を閉じて深呼吸を繰り返す。
──大丈夫、大丈夫だ。
「繰り返したりはしない──、きっと、皆、守ってみせる。」
自分に言い聞かせるように、己の手の平に呟いて、クラウドは祈るように両手を組み合わせた。
支援訓練の集合場所は、神羅本社ビルの近く──社員寮からほど近い正門の前だった。
集合時間は、0900。
寮の食堂で朝食を採り、支援訓練の要綱に書いてあった通りの荷を詰め込んだ、小さな動きやすい荷物を片手に──神羅の一般兵の誰もが身につける、顔も背格好も隠れる服装とヘルメットを身につけて、寮の外に出る。
周りを同じように歩いている一般兵達も、同じような格好だ。
ただ、クラウドと同じように正門前に向かっている面々は、他の一般兵達と違い、制服は新品同様でくたびれてはいないし、汚れもついていないし──何よりも、少し動きにくそうにして挙動不審に見えるため、新人とすぐに見て取れた。
けど、ヘルメットをかぶっているので、それが誰なのかも分からない。
──なんてすばらしい制服なのだろう
と、クラウドはこのとき思った。
過去の自分は、「こんなヘルメット……」と、格好悪さにブツブツ文句を垂れることすらあれど、感謝することも、褒めることもなかった。
確かに、攻撃からも身を守ってくれるし──そこそこ防御力はあるけれど、視界は悪いし、暑苦しいし、特にこれをかぶって乗り物なんて乗った日には、「死ね」といわれているようなものだと、心底思ったものだった。
このヘルメットが活躍したのは、過去を思い返すに、ただの一度だけ。
ニブルヘイムで、ティファと顔をあわせなかったという、あのたった1度だけだった。
その成果がしっかりと実っていたのは、後にティファの口から聞くことになり、それに伴うさまざまな誤解も解けたのだが──まぁ、それは「今」はまだ起きていないことだから、さておき。
「これをかぶっていれば、ザックスに顔を見られる心配もない。」
よし、と、クラウドは満足げに頷き、他の面々同様、足早に正門の前へと向かった。
後は、とにかく、ザックスが見ている前で、ヘルメットを取らないようにするだけだ。
何がどうなってるのかは分からないが、すでにクラウドはザックスに興味をもたれてしまっている。
ザックスはあくまでも「女」だと思っているようだが──これが男だと知ってしまったなら、余計に興味を持つに違いない。
そうなってしまっては、ことは面倒なのだ。
──ザックスと、関わりたくないわけでは、ないのだけれど。
もう一度笑いあって、もう一度一緒に遊んで、もう一度……。
そう、思う気持ちがないわけではないのだけれど。
「──……。」
フルリ、と、クラウドはその考えを頭から振り払うようにかぶりを振った。
ザックスと仲良くなるのは、いつだって出来る。
問題がすべて終わってからでも、出きる。
だから──せめて今は。
関わらないほうがいいだけ、なのだ。
そう思うと同時、チラリと頭の片隅を掠った「不安」に、クラウドは唇を一文字に結んだ。
ありえないことではない。──そう、ザックスが「生きて」いることが出来たら、ありえないことではないのだ。
クラウドたちが将来、神羅と敵対する立場になったときに。
ザックスやセフィロスと──斬りあわなくてはいけない状況だって。
「──あぁ……。」
吐息を零して、そ、とクラウドは胸に手を当てる。
呼吸が苦しくなったような気がして、奥歯も噛み締める。
エアリスやティファが居てくれたら、「考えすぎよ、クラウド」だとか、「そうならないために、動くんでしょっ」とか叱咤してくれただろうが、二人はココに居ない。
それどころか、クラウドの心を浮上させてくれる笑顔の持ち主も、今はミッドガルには居ないのだ。
その行方を求めるように、クラウドはソロリと眼差しを空へと向ける。
澄んだ青い空のその向こうで──今頃、エアリスとティファは、再会しているのだろうか?
いや、時差の関係がある。ニブルヘイムは今は、まだ深夜のはずだ。
だから、昨日の夕方にコレルに到着したと言うエアリスは、まだ寝ている時間かもしれない。
そう思えば、そうか、とクラウドは思った。
自分にしても──エアリスやティファたちにしても、「今日」が、一つ目のターニングポイントなのだろう、と。
今夜辺り、自分とユフィとリーブを抜いての、これからの詳しい策が相談されるに違いない。
「──……今日の結果報告と同時に……、これから、どうしたらいいのか──相談してみようかな。」
そんなことをポツンと思って、クラウドはゆっくりと視線を地上に戻したところで。
目の前に近づいてきていた正門前に、自分と同じような格好をした新人一般兵達が、ゾロリと並びかけているのを発見した。
「──っ!」
まずい、もう集合時間かっ! と。
慌ててクラウドは小走りにヘルメットと制服集団の中に駆け込み、十数人の人ごみの中に紛れ込んだ。
──いつもなら、小柄な体型と輝く金髪、そして目立つ風貌のおかげで、注目されすぎるのだが、ヘルメットのおかげでそんなこともなく。
ごく普通の神羅兵の一員として、風景に溶け込むことが出来たのであった。
────が、しかし。
物事は、そう上手く行くわけではない。
時刻はきっちり、0900。
神羅本社ビルの正門の外側にずらりと並ぶ、一般兵のピカピカの新人たち。
正門の内側に向けて整列する彼らの前に、まさにその「内側」から姿を見せたのは、たった3人。
今回のソルジャー支援訓練を担当するソルジャー3rdたちの姿だった。
それを認めた途端、さすがに兵としての自覚があるのか、ザワメキは生まれなかった物の……そこかしこで、ごくり、と息を呑む気配があった。
ただの一般兵に過ぎないクラウドたちは、まさにこの場が、「初めてソルジャーと合間見る」シーンだったからである。
そう、クラウドも「過去」、この日を夜も眠れぬくらいに心待ちにし、当日は朝も早くから起き出し、ヘルメットで見えなくなるというのに、一生懸命髪をセットしたりしたものだ。
あの頃の自分を思い出し、苦笑めいた笑みをヘルメットの内側で浮かべたところで──ふと、クラウドは過去の記憶を鮮明に思い出した。
そう──あの時、自分は、「もしかしたらセフィロスさんも来るかも!」なんていう、ありえないことに、こっそり期待を抱き、ピンピンとあっちこっちに跳ねるチョコボ頭を、必死にセットして。
冷静に考えたら、たかが新人の一般兵の訓練ごときに、神羅の英雄が出てくるはずがないのだが、あの時は本気で、「訓練前の挨拶」とか言うのに出てくるかもしれないと思っていたのだ。
そんな、懐かしくも気恥ずかしい記憶の中に、クラウドのイヤな予感を煽る映像があった。
あまりに昔の記憶だったため、「セフィロスは居なかった」という覚えしかなかったが、こうして現場になってみて、思い出す。
「全員揃っているな? では、今より、ソルジャー支援訓練を行う。」
偉そうに胸を張って朗々と告げるソルジャーは、20代後半くらいの男。
その左右に、残り二人が立ち、揺れる青い双眸をこちらに向けている。
それを見上げながら──他の面々と同じように、ピクリとも動かないように気をつけながら、クラウドは今しがた思い出した記憶に、たらり、と汗を流さずには居られなかった。
そうだ──そうだった。
「今回のソルジャー支援訓練は、一人のソルジャーに対し、一班が支援を行うという形式で行う。
担当ソルジャーは私を含め、ソルジャー3rdの3名が就く。
先に渡してあった要綱にあるとおり、A班は私、B班はザックス。」
そこで、ザックスが名を呼ばれると同時に軽く右手を挙げる。
名前を名乗る代わりに、自分がそうだと言う意思表示だ。
「C班はティグの前に並び直せ。」
説明する中央の男の言葉が終わると同時、一般兵が緊張感一杯に、自分の担当ソルジャーの前に、あたふたと並び始める。
クラウドもその波に飲まれるように──隠れるように意識的に動きながら、ザックスの前に並び始めたほかの人間の間に紛れ込んだ。
クラウドは、ザックスが担当ソルジャーであるB班だ。
昔は、セフィロスが居なくてガッカリしながら、押し出されるようにしてザックスの目の前に並ぶハメになったが、今回は意識して、数人を前にした、一番目立ちにくい場所を陣取る。
何せあの時は、一番前であったおかげで、移動中、しょっちゅうザックスに話しかけられて、ほとほと困ってしまったからだ。
仲が良くなったのは、あの時からだと思う──たぶん。
「では、A班から順に出発する。後のことは、担当ソルジャーに従うように。以上!」
リン、とした声が響くと同時、3列に並び終わった兵達が、一斉にそろってビシリと額に手を当てて敬礼する。
ザッ、と音が立ちそうなその仕草に──まだ少しぎこちなさが残るそれに、それでもA班のソルジャーは満足した笑みを見せると、そのまま視線をザックスとティグに向け、兵には聞こえない【声】で何事か指示した。
──そう、本来なら、ソルジャーにしか聞こえない声音で話されているはずだというのに。
『今回の訓練は、皆初めてのヤツラばっかりだからな。
最初に必ず、実力の差を見せしめとけ。──そうすりゃ、大抵は怯えて言うことを聞くかんな。』
その、先ほどまでの、リンとした威厳すら感じさせる声とは違う、軽い口調のそれ。
ソルジャーの実力を知らぬ「身の程知らず」な一般兵が、余計な動きをして自ら傷を負わせないためにも必要な【デモンストレーション】をしろという、ナイショの話というヤツだ。
『中には、血気盛んな若造も居るからな。目立とうとして、余計な動きをした挙句、自爆しないとも限らねぇ。
ソルジャーの間合いだけは、体に叩きつけるくらいに覚えさせとけ。──多少の無茶はしてもいいかんな。』
続けて耳に飛び込んでくるA班のリーダーであるソルジャーの声に、クラウドは頭を抱えたくなった。
彼らが使っている「声音」は、犬笛のようなもので、普通の人間には全く聞き取れない──もしくは、風の音が聞こえる、程度の感覚でしか受け止められないはずだった。
にも関わらず──今、聞こえた「声」は、しっかりと言葉として認識することが出来た。
ありえないことである。
「今の俺……、魔晄に浸かってないのに……。」
精神体が覚えている「知識」や「コツ」は別として、体自体は、普通の人間の体のままだ。
にも関わらず、ソルジャー達が使う特殊な声が聞こえるって言うのは、どうなのだろう?
もしかして、自分で思っていないだけで、精神がずいぶんと魔晄に侵されていて──汚染された魔晄が、この体にまで染み出てきたのだろうか?
そんな、ありえないことまで思った瞬間だった。
「わりぃ、待たせたな! B班の諸君っ!」
ザックスの朗らかな声が──こっちはきちんとした人間の言葉で、響き渡った。
ハッ、と顔をあげてみれば、人好きのする笑顔を浮かべた青年が、右手をヒラリと閃かせて笑っていた。
「俺が、今日、君たちを引率する、ザックス・フェア、ソルジャー3rdだ。よろしくな!」
にかっ、と笑う顔は、どこか幼く見えて、B班の面々に親近感を覚えさせた。
クラウドと共に列に並んでいた面々は、ザックスの明るい笑顔と声に、緊張して強張っていた肩から、すとん、と力を抜いた。
逆にクラウドは、グ、と腹に力をこめて……今からが正念場だと言うように、奥歯を噛み締める。
とにかく──ザックスに見つからないように。
とにかく、目立たないように──……っ!
「ってことで、んじゃ、まず最初に自己紹介でもしてもらおうかなー?」
コリコリと頭を掻きながら、ザックスは懐から紙を取り出す。
一番最前列に立っていた兵士は、それが事前に自分たちにも配られていた今回の訓練の要綱だと言うことが分かった。
「えーっと、俺の班は6名か。」
今ココで見ているのかよ、と、思わず誰もが口に出して突っ込みそうになったが、彼らはそれを無言で心の中に仕舞いこんだ。
その気持ちを、クラウドは良くわかった。
「過去」、ザックスの目の前に立ったときに、自分も半目になりそうな気持ちで、そう思ったからだ。
けれど、やっぱり当時も口にすることはなかった。
何せ、相手はソルジャーだ。
しかも自分たちの班長だ。
口答えなんかしようものなら──どうなるか分かったことではない。
「んじゃ、とりあえず──そーだな。」
聞いているこっちが、気が抜けそうな声で、ザックスはそう呟くと、一列に並んで立っている訓練兵達を見やった。
その視線をヘルメットの上から受け手、クラウドは、ごくん、と喉を上下させる。
そう、クラウドは知っていた。
この後に、ザックスが何と言うのか……思い出してしまっていた。
「顔と名前を覚えてぇから、おまえら、ヘルメット脱いでくれよ。」
あっけらかんとした口調で告げられた内容に、あぁ、と。
クラウドは、絶望にも似た気持ちで溜息を零したくなった。
ヘルメットを、脱げ、と。
そう言われてしまったら、従わざるを得ない。
「は……はぁ。」
ザックスの目の前に立っていた兵が、間の抜けた声を上げるのに、班長は笑顔で頷く。
「やーっぱ、一緒に任務する以上は、顔合わせくらいはしておかないとなー。」
あっはっはっは、と笑うザックスに、はぁ、と気のない返事をした兵士は、それでも、自分のヘルメットに手を当てて、ゆっくりと頭から引きぬいた。
他の五人が、それぞれヘルメットを脱ぎだすのを見ながら──クラウドは、小さく嘆息して、自分もまた己の顔を隠していたヘルメットに手を当てた。
脱ぎたくない。
本当に、脱ぎたくない。
せめて、これが後1年ほど後だったら、話は違ったかもしれない。
ザックスは、電車の中で痴漢に会っていたクラウドのことなど、すっかり忘れていたかもしれないし──クラウドもクラウドで、エアリスやティファたちと合流して、一つでも問題を解決していたかもしれないからだ。
けれど、「今」が「今」であることに変わりはなく。
せめて、ザックスが何も気づいてくれなかったらいいな、と。
クラウドが、無駄以外の何物でもないことを思いながら、ヘルメットを脱いだ──その瞬間、
「……あ、れ……?」
予想の違わず、列の一番前から、不思議そうな声が飛んで来た。
クラウドはその声が誰のものなのか、考えるよりも早く分かっていた。
何よりも──自分がヘルメットを脱いだ途端、ピンと飛び跳ねた髪に、視線が痛いほど当たっている。
ソルジャーの癖に、これほどあからさまな視線を向けてくるって──一体、どうなんだ。
そう思わないでもなかったが、クラウドはそれに気づかないフリで、ヘルメットを片手に抱えて、ゆっくりと目線をあげた。
途端、カチン、と視線がかち合う。
「──君は……。」
驚いたように、ザックスの両目が見開く。
その双眸に、自分の憮然とした顔が映っているのを確認して、クラウドは目礼するように軽く頭をさげる。
「…………クラウド・ストライフです。」
自己紹介しろ──という先のザックスの言葉を受けての名乗りに、へぇ、とザックスが目を瞬く。
「そっか……兵士だったんだ。」
へぇ、と、感心したようにザックスは顎を撫でる。
そんな彼に、クラウドは軽く眉を寄せたが──何も言うことなく、直立不動でザックスの続く言葉を待つ。
他の班隊員たちは、どうやら知り合いらしいザックスとクラウドに──どちらかというと、ソルジャーと知り合いだという一般兵に、興味が引かれたように、体勢をそのままに、チラチラと視線を走らせる。
「そっかー、兵士か。
そりゃー、見つかるはずないよなぁ。
俺、てっきり、これだけのカワイコちゃんだから、受付かタークスだろうと思ってたもんなー。」
あははは、とザックスは軽く笑い飛ばす。
その単語の中に出てきた「カワイコちゃん」と言うセリフに、クラウドは片眉を跳ね上げる──が、やはり口に出しては何も言わない。
これがもし、すでに知り合った後なら、問答無用でど突き倒すところだが、とりあえず今は上官と下士官。──正しくは、下士官なりかけ。
とてもじゃないが、拳を振り上げるわけにも、ローキックをかますわけにも行かないので、殊勝にも黙っていた。
ザックスの言葉に──「カワイコちゃん」と言うセリフに、他の五人の班員達も、チラリとクラウドの顔を盗み見る。
その顔が、うっすらと赤く染まるのはなぜだろうとか、なんで皆が食い入るように見つめているのかだとか──そんなことは、今のクラウドには分からなかった。
ただ、分かったのは。
「そっか、兵士だったのか……って、アレ?
でも、確か、まだ女性兵士って募集もしてなかったはずだよな?」
──ザックスが、いまだにクラウドのことを女だと勘違いしてた、ということだった。
フルリ、と、クラウドは自分の手が震えるのを感じた。
けれど、その衝動は必死で押さえ込まなくてはいけない。
そう、押さえ込まなくてはいけないのだと、クラウドは自分に言い聞かせる。
「……サー・ザックス。
失礼ですが、どなたかとカンチガイされているのでしょうか?」
低い声で──なるべく男らしい低い声で告げて、クラウドは真っ直ぐにザックスを見詰めた。
その、キリリと男らしい面差しと眼差しに、ザックスはすぐに間違いに気づくに違いない、と──そう思っての行動であったが。
クラウドは、20歳過ぎて、さすがに女と間違われなくなった頃と、混同していた。
更に付け加えて、自分の成長期の只中の顔が、どれほど美少女めいていたのか──全く自覚がなかった。
「あれ? んじゃ、もしかして君……、そっくりの双子のお姉さんとか妹さんとか、いたりするのかな?
俺、前に会ってるんだけど、聞いた事ないかなー?」
もし良かったら、紹介してくんない? ──なんて。
とても任務直前の──いや、正しくは任務はもう始まっている──ソルジャーが言ってはいけないようなセリフを口にして、ザックスは笑う。
ぴくん、と眉の辺りが引きつったのを感じながら──それでもクラウドは、ひきつった微笑を口元に登らせた。
「サー、ザックス。
私には、兄弟はおりません。──もし、以前に貴方がお会いしたというのが、とある駅のことでしたら……おそらくそれは、私かと思われます。」
「えっ、じゃ、君は──……。」
ぽかん、と口をあけて、目をパチパチ瞬く男の顔に、一発ぶち込みたくなった。
「自分は、陸軍第二小隊歩兵隊に属しております。」
仏の顔も、三度まで。
これでクラウドの性別を理解できないようなら──これ以上バカなことをほざくなら、一発で済ませるつもりはなかった。
もう、他のソルジャーの手前だとかそんなのは関係ない。
頭に血が上りかけて、目の前が見えなくなりそうな怒りを覚えながらのクラウドの低い声に、ザックスはぽかんとした顔を、慌てて引き締めた。
ジロリ、と睨みつけるように見上げれば、
「あ、いや、悪い!
そっか、あははは! そんなに別嬪さんだから、俺はてっきり、女の子だと思ってたぜ。」
彼は、少しだけ引きつった……けれど、ひどく魅力的な笑顔で、自分の勘違いをアッサリと認めた。
「わりぃわりぃ。そりゃ、殴られてもしょうがねぇよな!」
顔の前で手を縦にかざして、悪かった、と謝罪をくれるザックスには、まるで悪気はなかった。
そんな軽い……言うなれば、あっけらかんとした笑顔に、クラウドは途端になんとも言えない表情になった。
言いたいことはたくさんあった。
けど──なんていうか、
「──……はぁ。……そうだな、あんたは、いつも……こうだったよ……。」
ザックスのそんな無邪気な顔を見ていると、なんだか、身構えていたこちらがバカなような気がしてきて、どうしようもなくなるのだ。
──そう、「昔」から、そうだった。
はぁぁ、と溜息を零して……まぁ、それでも。
「これで誤解が解けたんだから、とりあえず、俺を探すようなことは無くなるから……それでいいか。」
そんなことを思いながら、頭を下げて謝るザックスに、問題ありません、と告げてこの話を強引に終わらせてみた。
──のだ、が。
当然、この出会いが、ここで終わるはずもなく。
気づいたら、このソルジャー支援訓練の間中、常にほぼ隣に配置され、あーでもない、こーでもないと、くだらないザックスの世間話を聞かされるに至り。
更に、任務終了時には、寮の部屋番号と会社支給のPHSの番号を聞かれ──。
……アレ? と、気づいたときには。
「俺達、友達だよなっ!!!」
なんだか、「過去」を思い出させるようなデジャブが来ちゃったような、満面の笑顔のザックスに、肩を抱かれてそう宣言されている最中だったとか、どうとか。
「…………アレ?」
──これ、どうしたらいいんだろう……?
途方にくれながら、クラウドは、空を見上げることしか、出来なかった。
To Be Contenude
アレ、もう1個入るはずだったんだけど、入らなかったです。
うーん、また1つ話が伸びるのでしょうかvv(笑)
クラウド視点で書いているので、このときのクラウドの「美少女さ加減」が説明で入れられないのが残念です。
ヘルメットを取ったときのクラウドの美人さんっぷりを書きたかったです。
……そのうちリベンジをはかります(笑)