夢見丘 10









SIDE:エアリス
 




 コスタ・デル・ソルの外でヴィンセントと合流を果たしたエアリスは、人里離れたところで岩陰に隠れていた赤い尻尾を発見した。
 ひらり、ひらり、とリズム良く揺れるその尻尾には、とても見覚えがあった。
「あ。」
 記憶よりも小さく細い感じのするそれを、思わず指先で指し示したエアリスを、チラリ、とヴィンセントが見下ろす。
 エアリスは、そのまま視線をあげて、目元を緩ませて彼に確認するように小首を傾げれば、ヴィンセントも声にしないまま、コクリと頷いてくれる。
 それが答えだと分かって、エアリスは、ほろりと破顔すると、タッ、と地面を蹴って駆け出す。
 ひらり、ひらり、と揺れる尻尾は、まだエアリスの存在に気づかない。
 まだかなー、と、暇をもてあましているのは、確認しなくても分かった。
 最期に会ったときには、地面に触れるほど近い場所で、うなだれるように尻尾の炎が揺らめいていた。
 けれど、今は、尻尾に炎は宿っていない。
 柔らかそうな赤い毛並みに、獰猛に見える模様も薄く色づいているだけ。
 たった数年しか違わないのに、まるで子猫のようだと、──子猫と呼ぶには、大きい獣だったが──エアリスは、弾む足音をそのままに、ふふふ、と忍び笑いを零した。
 とたん、その声が聞こえたのか、さすがに近づきすぎた足音に気づいたのか、ぴくん、と尻尾が跳ね上がった。
 あ、気づかれた。
 そう思うと同時、尻尾しか見えなかった岩陰から、ぴょこん、と一対の耳が飛び出た。
 ぴくぴく、と動く耳が妙に可愛くて、ふふふ、と先ほどよりも大きな声で笑い声が零れた。
「!」
 ぴょんっ、と、岩陰の向こうで立ち上がったのか、顔が見えた。
 人とは違う、細長い鼻先の──。
「レッドXIII!」
 久しぶりに見たその姿に、嬉しくて、声が自然と零れた。
 駆けながら、抱きしめる準備をするように両手を真横に開けば、向こう側に立ち上がった四本足の獣が、はっ、とするように目を見開く。
 あどけない幼げな表情が、その両目に満面の笑顔のエアリスを映し出す。
──瞬間、
「エアリスっ!!!」
 歓喜の声をあげて、身軽に彼は岩場の上に飛び上がった。
 ぴーん、と尻尾が空に向けて真っ直ぐに立った。
 そして、彼もまた、岩場を後ろ足で蹴りつけると、一っ跳びで草地に足をつける。
 勢いをつけて地面に降り立つと同時、土が小さくえぐれ、草の切れ端が後方に舞う。
「エアリス、エアリス、エアリスーっ!」
「レッドXIII!」
 せわしなく──まるで、名前を呼び続けていないと、目の前の少女が消えてしまうことを怖れるかのように、赤い獣は全力で駆けながら少女の名を叫ぶ。
 その、記憶にあるよりも少し幼い感じのする声に、エアリスは込み出てくる笑みを堪えることなく、彼の名を呼び返す。
「エアリス! おかえり、エアリスっ!」
 ダッ、と。
 一気に短くなった距離を、最後の一跳びでゼロにして。
 レッドXIIIは、泣きそうな声で、少女の体に飛びつくように抱きついた。
「キャッ!」
 勢い良く突っ込んできたレッドXIIIの体を、しっかりと受け止めるつもりだったけれど、思った以上に重く激しい突進に、エアリスは背中ごと後ろに倒れ掛かる。
 視界には、目を閉じた──涙を堪えているのか──ままのレッドXIIIの顔が、いっぱいに……その後ろに、青空が見えて。
 あー、倒れちゃう、かも。
 エアリスは、暢気にそんなことを思いながら──それでも、なんだか楽しくて、笑い声を零したまま、フワフワの毛を靡かせるレッドXIIIの体を、ぎゅ、と抱きしめた途端。
 どすん、と──背中に当たった衝撃は、なぜか、優しく柔らかだった。
「レッドXIII、嬉しいのは分かるが、もう少し手加減をしてやれ。
 エアリスが倒れるだろう。」
 すぐ頭の上から聞こえる、低い心地よい声。
 地面を離れたと思っていた足は、いまだ草の上にあり──エアリスの体に抱きつくようにして全体重を圧し掛けているレッドXIIIの暖かい体も、きちんと腕の中にあると言うのに。
 どうして、倒れてないの、かな?
 不思議に思いながら、顎をそらして、チラリと空を見上げれば。
「ヴィンセント! 支えて、くれてたのっ?」
 漆黒の髪に包まれた、病的な白い頬の輪郭。──苦笑を映した赤い眼が、エアリスとレッドXIIIを見下ろしていた。
 ……そう気づいて見れば、確かに、エアリスの腰の辺りに、レッドXIIIのものとは違う手の平が、支えになっているようだった。
「ほら、レッドXIII、少し離れろ。そうしないと、エアリスが立てないだろう。」
 静かな声で、ヴィンセントがレッドXIIIを促す。
 その冷静な声に、ぐす、と──泣いていたかのように鼻を鳴らしたレッドXIIIが、ゆるりと尻尾を揺らす。
 名残惜しそうに、エアリスの腕に顔をこすり付けて、においつけのような仕草をした後、彼は昔のように──思い返すのも懐かしい、あの頃のように、ちょこん、と、エアリスの前に座り込む。
 そうすれば、レッドXIIIの視線は、エアリスの膝よりも少し上くらいになった。
「うん、ごめん、エアリス。おいら──あえて嬉しかったから、夢中で……。」
 すまなさそうに、しゅん、と耳を垂れるレッドXIIIに、エアリスはフルリとかぶりを振る。
 ありがとう、と、支えてくれていたヴィンセントにお礼を言って、1歩前に進み出ると、レッドXIIIの前にしゃがみこむ。
 そうすれば、ぴん、と、レッドXIIIの耳と尻尾が立った。
 エアリスは、柔らかな微笑をレッドXIIIに見せると、両手を伸ばして、そ、と彼の体を抱きしめる。
 柔らかな毛並みの、獣の匂い。
 少し尖ったひげが、くすぐったくて痛い。
 そんなレッドXIIIの首筋に、すり、と頬を寄せれば、同じようにレッドXIIIも首を傾げるようにエアリスの首元に鼻をこすりつける。
 くすぐったい思いで、ふふ、と笑って。
 エアリスは、そ、と目を閉じて、
「……ただいま、レッドXIII。」
 ──「未来」の時から、二年と少し前に。
 朝霧の中、行ってくるね、と眠る仲間たちに声をかけたその時に──再び会えた時に言おうと思っていて……そうして、二度と呟くことが出来なくなった言葉を。

 はじめて、口にした。

 途端。
「──……っ。」
 クラウドに会ったときも、出なかったはずの物が、ぽろり、と、零れた。
 目頭が熱くなる瞬間もなかった。
 閉じた目の端から、ほろり、と、自然に零れていった。
 ほろほろと、頬を伝わるソレが、空気に触れて冷たいと感じた時に、涙なのだと気づいたくらい──自然な涙だった。




 ──あぁ、そうだ。




 私は、「ここ」に…………ほんとうは、ずっと。






 帰ってきたかったんだ。






 エアリスは、レッドXIIIの毛並みに顔をうずめて、そのまま、ほろほろと涙を流し続ける。
 この時間軸にやってきて。
 クラウドに会って。
 ティファと連絡を取り合って。
 ヴィンセントと出会って。
 そうしながらも、まだ、実感というものは──正直、沸いていなかったのだと思う。
 まだ自分の体は、「未来」のライフストリームに居て、都合のいい夢を見ているのではないかと、そう心の中で思っていたのかもしれない。
 未来を変えたい。
 そう思う気持ちは本当だ。
 せっかく過去に来たのだ。──変えられるものなら、変えて見せたい。
 この数ヶ月、ずっとそう思い続けてきて、そのために行動をしてきたつもりだったのだけれど。
 根本的なところで、私は、止まっていたのかも、しれない。

 おかえり。

 レッドXIIIが当たり前のように告げたその言葉が──無性に胸に響いた。
 ただいま、と答える言葉が、口に出た瞬間……この上もないくらい、胸を締め付けた。

 ──そう、私、帰ってきたかったんだ、ずっと。

 この場所に。
 クラウドが居て、ティファが居て、ヴィンセントが居て、レッドXIIIが居て、バレットが居て、シドが居て、ユフィが居る。
 あの時だって、みんなは、ちゃんと、居た。
 私も、ライフストリームではあったけど、皆の傍に、居た。
 それでいいのだと、思っていた。
 ライフストリームで、皆を待ってる、から。
 何も寂しくは、ないのだと。
 そう、思っていた。

 でも、本当は。

「あったかい、ね……レッドXIII。」

 生きているこの体でしか、感じ取れないそのぬくもりを。
 ほろほろと、流れる涙の、暖かさと冷たさを。
「エアリスも、あったかいよ。」
「……ぅん。」
 嬉しそうに、すんすん、と鼻を鳴らすレッドXIIIの声に頷きながら──エアリスは、声も殺さず、嗚咽を零す。



──私、やっぱり。
 手放したくなんか、ないよ……。




 たとえ、定められた運命に背くことになろうとも。
「……がんばろうね、レッドXIII、ヴィンセント。」
「もちろんだよ!」
「当然だ。」
 私の──私たちの未来を勝ち取るために。










「そう言えば、レッドXIII、今は宝条に捕まって、ないんだから……。」
 少し赤くなった目元を擦りながら、エアリスは小首を傾げてレッドXIIIを見下ろす。
 あの時には、レッドXIIIの体に、消えることのない刻印が刻まれてしまっていた。
 けれど、今、彼の体には何もない。
 今から数年後──2年後か3年後に、レッドXIIIは神羅に捕まり、宝条の元で研究対象にされてしまうのだ。
「ナナキ、──って呼んだほうが、いいのかな?」
 刻印もないのに、レッドXIIIって呼ぶのは、おかしいよねぇ?
 レッドXIIIと会うまでは、そうしないといけないと思っていたのに、会った瞬間、吹っ飛んでしまっていた。
 今更だけど──と、照れたように笑って尋ねるエアリスに、レッドXIIIはブンブンと頭を振る。
「そんなことないよ! 今のおいらの体は、そりゃぁ、確かにナナキ以外の何でもないかもしれないけど、でも、レッドXIIIって言う名前も、大事なんだ。」
「そうなの?」
「……。」
 うん、と頷いて、レッドXIIIはエアリスとヴィンセントの先に立って歩き出す。
 ユラユラ尻尾を揺らしながら向かうのは、西の方角──これからコレルまで、数日の徒歩旅になるのだ。
 本当は、コレルから車を運転して迎えに行く──とバレットが言い張っていたのだが、エアリス自身が、モンスターと戦って経験値を溜めておきたい、と断ったのである。
 何せ、ティファはニブル山で、ずいぶんと荒稼ぎをしているようなことを言っていたし──シドは、タイニーブロンコを使って、遠くの方まで勘を取り戻しているみたいだし。
 バレットも、ゴールドソーサーに行ったりしていたみたいだし。
 ヴィンセントに至っては、この大陸中をイロイロ移動して、当時の勘をほとんど取り戻したようだし──何せ、他の面子に比べて、彼だけは肉体年齢なんていう枷が関係ないのだから。
 そうして考えると、自分は、ミッドガルの中の、雑魚レベルの敵を相手に、チマチマとレベルを上げるのが精一杯。
 もう少し、強い敵と戦って、レベルを上げたいと思っても、不思議はないではないか。
 このままでは、全員で集合した後、迷惑をかけるのは目に見えて分かっているし。

──それに、もしかしたら今回。
 ニブルヘイムのジェノバを、叩くことになるかもしれないのだから、余計に。

 思わず眉間に皺を寄せながら、前を歩くレッドXIIIの尻尾を見つめていたら。
 不意に、レッドXIIIが、ひょい、と顔だけ振り返る。
「レッドXIIIって名前は、皆と会えた名前だろう?
 それで、みんなと一緒に旅をして、みんながたくさん呼んでくれた名前なんだ。
 だから、おいらは、レッドXIIIって名前も大切だし、好きだよ。
 前にも言ったと思うけど、みんなが呼んでくれるなら、どんな名前でも、おいらは構わないよ。」
「……なるほどな。」
 ふ、と、口元に笑みを刻んで、納得したようなヴィンセントに、エアリスも釣られるように微笑んだ。
「それじゃ、レッドXIIIって、そのまま、呼ぶねっ。
 それが一番、呼びなれてるもの。」
「うんっ。」
 ぴょこぴょこと、嬉しそうに揺れるレッドXIIIの尻尾を見ながら、エアリスは、大きく息を吸って──ミッドガルでは決して見れなかった、綺麗な青空を見上げた。
 旅のさなか、何度も見上げた美しい青空だけど。
「──……やっぱり、みんなで、一緒に見る空が。
 一番綺麗、だね。」





 ──この空の向こうに、ずっと会いたかった人たちが、いる。









SIDE:レッドXIII





 コスタ・デル・ソルからコレルへと続く洞窟へ向かう旅の途中──一番目の野宿の最中。
 エアリスと合流した一日目は、タークスの追っ手を警戒して、足早に先を急いだ。
 ヴィンセントやレッドXIIIは別として、エアリスは「あのとき」と比べて、幼く華奢すぎるため、長距離の移動は体に負担がかかるだろうと思っていたが──いざとなれば、ヴィンセントとレッドXIIIが交互にエアリスを背負って先を急ぐるつもりだったのだが、強行軍に近い状況でも、エアリスは決して弱音をはかなかった。
 けれど、さすがに疲れたのか、野宿の準備を終えたとたん、エアリスはレッドXIIIの暖かな体を抱きこみ、そのまま寝てしまった。
 ごろん、と草原に横になって、エアリスの頭を柔らかなおなかに乗せながら、レッドXIIIはヒラリと尻尾を揺らす。
 すぐ間近に見える、あどけなく幼い寝顔をさらすエアリスを見下ろしながら、すぅ、と柔らかく目を細めるレッドXIIIに、焚き火の向こうからヴィンセントが話しかける。
「どうやら、タークスの追っ手は、完全にエアリスを見失ったらしいな。」
「これだけ離れてたら、エアリスの匂いも残ってないだろうしね。」
 くんくん、と鼻先をエアリスに近づけるレッドXIIIに、だろうな、とヴィンセントは口元を緩めて笑う。
 その目元も、寝ているエアリスを見る時に、ふ、と柔らかな色を宿す。
「少し、無茶をさせたかもしれんな。
 レッドXIII、ケアルは持っているか?」
「うん、あるよ。かけたほうがいいかな?」
「おそらく、足にマメが出来てると思うんだが──夜中になれば、熱を持つだろうな。」
 パチパチとはぜる炎に薪を放り込みながら、憂うように目を伏せるヴィンセントに、それは大変だと、レッドXIIIは、ぱたり、と尻尾を地面に伏せる。
「ケアル。」
 ぱぁぁ、と柔らかな光が漏れでて、エアリスの体を包み込む。
 その光が彼女に吸い込まれるのを見て、レッドXIIIは再びエアリスの様子を伺うように顔を寄せた。
 ぺろり、と柔らかな額を舐めれば、エアリスの口元が緩んで、柔らかな笑みを刷いた。
「いい夢見てるかな。」
「さぁな。」
 ぱたぱた、と楽しそうに揺れるレッドXIIIの尻尾を見やり、ふ、とヴィンセントは口元に笑みを刻む。
 そんな彼を見返して、レッドXIIIは首を傾げる。
「ねぇ、ヴィンセント。明日も今日と同じ速度で移動するの?」
「いや、タークスを撒ききったみたいだからな。──明日はもう少しゆっくり進むつもりだ。」
「それなら良かった。エアリス、何も言わなかったけど、つらそうだったもんね。」
 旅慣れていたあの当時ならとにかく、今のエアリスに今日のような強行軍を二日連続で強要するのは無理だろう。
「あぁ、そうだな。──だが、仕方ないだろう。
 今から俺たちの存在をタークスに知られるわけにはいかないからな。」
 何よりも──と、ヴィンセントは顔をあげて、星空が満天に輝く空を見上げる。
 今から数年後の自分は、長く棺おけの中で眠りについていたため、世情にまるで詳しくはなかった。クラウドたちと出会い、彼らを通して現状を教えてもらったくらいだ。
 けれど今は違う。
 今は、積極的に大陸を回り、ある程度の情報を入手している。
 ──今の神羅タークス主任が誰であるのかも、知っている。
 あの男に、自分がこうして「存在」していることを知られると、この先動きづらいことになるだろう。
「ふーん、そっか。」
 ひらりひらりと、レッドXIIIは尻尾を揺らしながら、ヴィンセントの言葉を額面どおり受け取る。
 そんな彼をチラリと見下ろして、ヴィンセントは、ふ、と口元に笑みを浮かべる。
「そう言えば、レッドXIII、コスモキャニオンの方はどうなってるんだ? ──あっちの方の調べは、できているのか?」
 あっちの方、と、ひそやかな声音で問いかけるヴィンセントに、ぴくんっ、とレッドXIIIは尻尾を立ててみせる。
「うん、うーん……どうかな。」
「なんだ、ずいぶんと曖昧だな。
 俺が調べた情報によると、動き出すみたいな感じだったが?」
 「前」は、眠っていたときにすべてが起こり、すべてが終わってしまっていたから、これから起きる展開がどうにも分からない。
 だからこそ、「前」のときもコスモキャニオンに居たレッドXIIIに、調べるようにお願いしたと言うのに……「アバランチ」のことを。
「あ、うん、なんかそれっぽくて、武器とかそういうのを集めてるって言うのは、前にヴィンセントに言ったとおりなんだけど。
 ……なんていうか、あのリーダーの人が、ね。」
 ぱたん、ぱたん、と、尻尾を左右に揺らしながら、レッドXIIIは歯切れ悪く、うーん、と再び唸る。
 そんな彼に、ヴィンセントは先を促がすように小さく顎でしゃくった。
「うーん、おいらの気のせいならいいんだけど、なんか、普通の人と、違うんだよね。」
「──……違う?」
「うん、そう。匂いが、ちょっと変っていうか。
 もしかしたら、あの人も、セフィロスコピーなのかなー?」
 でも、ジェノバの匂いとは、ちょっと違うような気がするんだよね、と。
 うーん、と、前足の間に鼻をうずめて、もがもがと言葉にならない言葉を放つレッドXIIIに、ヴィンセントは鼻の頭に皺を寄せて──す、と視線をあげて、遠く地平の果てを見据えた。
 何かの記憶を探るように、ヴィンセントは眉を引き絞る。
 この時代に「戻って」きてから。
 今度は、クラウドではなくティファに叩き起こされてから、今まで。
 長い夢を見ていたのだと思っていたことが、実は夢ではなくて、本当に現実に起きていたことだと──今の時間軸からだと、遠い未来にあたるのだけれど──、ティファに拳つきで説明されてから、今までずっと。
 ヴィンセントは、情報を整理し、今の段階で分かることとできることを調べようと、約1ヶ月もの間、神羅屋敷の書物に埋もれていた。
 その間に見た情報が、ヴィンセントの頭の中をチラリと掠める。
 それは──宝条の残した、研究メモと研究の成果のメモであった。
 未来に関知していた以上の罪を、彼は多く犯していた。
 そうして……「今」から先、「未来」に、彼がクラウドに倒されるまで、その罪は増え続けているはずだった。
 宝条が、ひいては神羅が犯した罪は、想像以上に多い。
「──……俺達が、それの後始末をするのは、どうにも業腹だが……。」
 それをしなくては、未来は、そう簡単には変わらないのだろうな、と。
 ヴィンセントは、そ、と睫を伏せて、焚き火の明かりの影で眠る少女に視線を走らせた。
 健やかに眠る少女は、自分が良く知る娘のソレよりも、幾分幼く、いといけなく映った。
 彼女のこの姿を──この声を、再び見聞きできるなど、一体誰が想像しただろうか?
 彼女の未来を失わせないためにも……何一つとして、取りこぼすわけには行かないのだ。
──そう、何一つとして。
 ぐ、と、心を固めるように、薪を握る手に力を込める。
 そのための戦いが……ニブルヘイムに着いたその瞬間から。

「……始まるんだな。」

 突然、ボソリとヴィンセントを、驚いたようにレッドXIIIが見上げる。
「ヴィンセント……。」
 焚き火の炎の照り返しを受けて、青白い頬が赤く染まっている。
 その彼の双眸に宿る決意の色に、レッドXIIIも、キュ、と顔を引き締めた。
 何が始まるのか、なんて、問いかけることはなかった。
 そんなこと、聞くまでもなく分かっていた。
 今から──ニブルヘイムに到着したら。
 コレルで待っているバレットと、タイニーブランコ付きのシドと合流したら、もう、止まれないのだ。
 後は、自分たちが望む未来に向けて、走り出すしかないのだ。





──そう、エアリスを、救うために
  世界を、救うために




 できるかな、なんて、言うわけにはいかなかった。
 しなくては、いけないのだ。
 ヴィンセントが見ていた視線の先を辿るように、レッドXIIIも、ゆっくりと夜空に向けて顔をあげると、
「…………クラウドとユフィ、一人で、どうしてるかなぁ……。」
 ニブルヘイムには合流しない仲間達のことを思って、答えの出ない呟きを、そ、と零すのであった。









To Be Contenude






やっぱりニブルヘイムに到着しない面々。

いいの……どうしても、「おかえりなさい」が書きたかったの!!!

本当は、ティファに言わせるまで、とっておくつもりだったのですが(^^)、レッドXIIIが言うのを、止められなかったのです。
なので、ティファに言わせて感動ひとしお、はなくなりました、……がっくりです……。


さ、次は真面目に、クラウドとザックスの真の再会編書かないと、話が進まないや(←本当だよ)