────……ィィ…………ン──……キィ…………キ……ィ……ン
耳鳴りが、する。
ざわめきのような、金属がこすれあわされるような、そんな音。
その声の欠片の中に、触れ合ういくつもの声が聞こえたような気がした。
親しい人達の、良く知る声。
「クラウド。」
そのいくつモノ声が呼びかけてくるのに、答えようと口を開いた瞬間、ごぼっ、と──口の中に水が溢れた。
息が──できなくて。
溺れそうだと、そう思って。
足掻いて見開いた視線の先で、キラキラ光る水面の向こう側で。
「星」が、──……きらめいていた。
SIDE:クラウド
ジリリリリリリリ──……っ!!
耳に痛いほどの目覚まし時計の音。
今日は運び屋の仕事がなかったから、目覚まし時計なんて設定しなかったはずだ。
なのに間近で叫ぶ音に──古びた時計のような姦しさを出す音に、眉間に皺が寄った。
寝ぼけた記憶を探ってみても、今日は出かける用事はない。
──あぁ、もしかして、デンゼルが早起きしようと思って、時計を仕掛けたのか?
それなら、
「──……デンゼル……早く止めろ……。」
うるさい、と、口の中で続けながら、うっすらと瞳を開く。
その目に飛び込んできたのは、見慣れた自室の天井ではなく──それよりももっと間近に見えた、古びた木の、板。
「──……!?」
驚いて目を見開くと、一瞬で眠気が吹き飛んだ。
脳裏に浮かんだのは、つい先日の高揚した気分が残る戦いの記憶。
まさか、寝ている間にどこかへ運ばれたのかと、一瞬の危惧を抱きながら、とっさに視線を横へ向ければ、
「ストライフ、起きたならとめろ。」
聞き慣れない声が、間近に聞こえた。
はっ、と身を起こして見上げた先──天井に板が横たわっているおかげで、ずいぶんと狭い視界の外に、どこかで見たような顔の少年がかがんでクラウドの枕元にあった時計を止めていた。
日に焼けた肌と、少しコケタ頬に散るそばかす。
クルンと巻いた赤茶けた金色の髪と、へーゼル色の瞳。
その顔に覚えがあって──遠い昔の記憶の中に、チラリと掠める顔があって。
クラウドは、呆然とその顔を見上げて、
「……──アイル?」
まさか、と、──まだ夢の続きを見ているのかと思いながら、その名をつむいだ。
すると彼は、怪訝そうな顔でクラウドを見下ろすと、
「まだ寝ぼけてるのか? ストライフ? お前、今日は早朝演習があるんだろ? 急げば?」
そっけない言葉でそう告げると、時計を止めた腕を引っ込めて、そのままクルリと踵を返す。
かく言う彼は、また眠るつもりなのか、あふ、と短く欠伸をかいて、クラウドが寝ているベッドの向かい側にある二段ベッドの下に、潜り込んだ。
その二段ベッドにも覚えがあった。
──いや、そうじゃない。
この部屋は……。
そう思いながら見回した中は、大きさはセブンスヘブンの二階にある自分の事務所兼自室程度の広さ──けれど、あそこよりもずっと物がひしめいていて、自分のスペースといったら、ベッドの上だけで。
体を起こして、呆然と視線をあげれば、枕元でけたたましい音を立てていた目覚まし時計が、日付と時刻を刻んでいた。
時刻は、早朝5時。
まだ起きるには早い時間だけれど。
「──……早朝、演習……?」
これは、夢?
──いや、夢のはずだ。現実のはずはない。
なのに、思考も頭もクッキリと冴えるし、忙しなく聞こえる胸の鼓動に、クラウドは混乱したまま、見覚えのある──記憶を掘り起こした奥底で眠っていたはずの記憶と一致する、枕元を睨みつけた。
身体を横たえるだけのスペースに、清潔なシーツと毛布、タオルの巻かれたマクラに、ベッドの頭上に作られた小さな自分のスペースに置かれた娯楽用の本──バイクと銃の使い方、バスターソード、それから、毎月ちゃんと読んでいた神羅の社内広報。
その上に、自分のスケジュールの一覧が張り出されている。
さらに枕元ちかくにおかれたPHSは、今クラウドが使っているはずのものよりももっと旧式で、厚くて重くて……大きくて。
「どういうことだ?」
混乱する頭を抱えて、クラウドは時計の日付を見やった。
そこに刻まれた日付けを見た瞬間──ザッ、と、頭の中から血の気が引いた。
「……──19……?」
頭から始まる数字自体が、ありえない。
それは、10年近くも前の日付で。
そして、記憶を思い出すこともない。
見回した小さな四人部屋と、ベッドサイドのスケジュールとPHS。
夢と言い切るには、あまりに細部が細かくて、クラウドは頭痛を覚えて頭を抱えた。
ジェノバの──セフィロスの罠か?
思い出すのは、カダージュと呼ばれた青年の体に降臨した、白銀の「英雄」の姿。
彼は、クラウドを見下ろしてこういった。
──思い出にはならんさ……。
その言葉の意味を、クラウドは考えるように俯いて──それから、のろのろと顔をあげた。
これは、夢? 幻? あいつの──ジェノバの罠?
ふらりと、ベッドをきしませながら床に降りると、シンと静かな空気の中に、幾人もの男の体臭が混じった、なんとも言えない匂いが充満していた。
四つのベッドのうち、自分以外の三つのベッドは埋まっていて、そこからは寝息が聞こえる。
同室の少年達──同じ治安維持部門に属する見習い兵で、一緒に一人前の兵士になるために勉強している最中。
どういうことだと思いながら、フラリと窓辺に近づき、薄いカーテンをシャッと開く。
その外には。
もうすでに無いはずの、ミッドガルの神羅ビルが、そびえ建っていた。
夢ならいつか覚めるはずだと、制服に着替えて、顔を洗う。
その洗面台に設置された鏡で見た自分の顔は、もう10年も前に見飽きた──なんでこんなに母親に似た女顔なんだろうと、睨みつけてきた顔が映っていた。
寝起きでボサボサの髪を手櫛で軽く整えて、鏡の中でこちらを見ている顔を、呆然と見つめた。
まだ子供らしい丸みの消えていない頬。ふっくらとした唇。母親譲りの金色の髪と、大きな青い瞳。
見慣れた色彩だけれど、瞳の色が違う。
この三年ほどの間に見慣れた目は、魔晄の色を纏っていた。──けど、今のクラウドの瞳は、小さい頃から見慣れてきた自分の天然のものだ。
深い澄んだ湖の瞳の色。
たぶん、と、クラウドは自分の華奢な身体を見下ろして、心の中で呟く。
ライフストリームに落ちたとき、バラバラになったクラウドの心をティファが集めてくれたときも、クラウドは子供の姿をしていた。
あの時と同じような現象なのだろうか?
──でも、寝る前は、本当に何もなかったのだ。
仕事から帰って来て、ティファが店を閉めるのを手伝って、デンゼルと一緒に風呂に入って、マリンがおやすみのキスをねだるのに、戸惑っていたら、ティファが笑いながらマリンとデンゼルの頬と額に、ついでのようにクラウドの頬にもキスをした。
それになれない顔をするクラウドに、マリンとティファは呆れたように視線を交わしながら、「クラウドはダメね〜。」と言いながら、女同士仲良く去って行った。
それを呆然と見送るクラウドに、まだまだだなぁ、なんてデンゼルがヒョイと肩を竦めて──そうだ、去り際に彼は、「そのままだと、俺が先にティファをとっちゃうぜ」なんて軽口を叩いていた。
──そういえば、あのセリフは、どこまで本気なのだろう? デンゼルはてっきり、マリンが好きなのだと思っていたのだが……──。
そんなことを半ば本気で考えながら──クラウドは、もう一度鏡の中の自分の顔を睨みつけた。
何が起きているのか分からない。
けど。
「……動かないと、目は覚めないのかな……やっぱり。」
ライフストリームの中で、自分を自分で集められなくて待っていたのではなく。
今度も自分で動かなくちゃ。
そう小さく呟いて──クラウドは、ぴしゃん、と自分の頬を叩いてみた。
その頬に痛みが走った瞬間に──……もしかしたら本当は、これが夢ではないことを、うっすらと自覚していたのかもしれない。
SIDE:ティファ
「……──あれ?」
目が覚めた瞬間、まずティファが抱いたのは、困惑だった。
目を覚ましたと思っていたけど、覚めてなかったのだろうかと思いながら、ゴロリと寝返りを打って、もう一度目を瞑る。
それから、ぎゅ、と強く目を閉じて、掌を握り締めて──これが現実の感触であるのを確かめてから、彼女はもう一度目を開いた。
視界に移るのは、白い壁。
まずその時点で、ありえない。
「うぅ──何? もしかして、昔良く読んだラブストーリーとかでありがちな展開?」
例えば、寝ている間に恋人が自分を運び込み、起きてみるとどこかのホテルのスイートルームとか。
──いや、あのクラウドがそんなことを出来るはずがない。
即座にその可能性を否定しながら、むっくりと起き上がると、少し肩が軽いような気がした。
その違和感に気づかないまま、ティファはグルリと当たりを見回す。
そして──目を、見張った。
慌てて布団を蹴飛ばすようにベッドから起き上がり、部屋の中央に立つ。
寝る前に見た光景とは、まるで違う部屋。
広い部屋の中には、遠い昔に見慣れた──懐かしいものばかり。
それは、「再建されたニブルヘイム」とは違う……確かに、自分の部屋だ。もう燃えてなくなり、二度と見ることが叶わないもの。
机の上には、ティファと父親と母親の写真。
ヒラヒラ舞うカーテンと、最近のおきにいりの帽子が衣紋掻けにかかっていて。
それから。
「──まさか……っ!」
窓に近づいて、閉めきったカーテンを開く。
開いた窓から見えるのは──隣のクラウドの家。
そのクラウドの家の庭先に、金色の髪をした人が出て、鶏にえさをやっているのが見えた。
──生まれた頃から見慣れた……当たり前の光景。
でも、今のティファにとっては、当たり前のはずがない光景。
「クラウドの……お母さん……っ!!?」
まさか、と思う。
そんなはずはない、と。
けど、遠目に見えた金色の髪をした女性は、ふと顔をあげて──それから、ティファがこちらを覗いているのに気づいて、にこりと笑って頭を下げる。
そのまま彼女は、またなんでもないことのように鶏にえさをやり始める。
まさか、と──こんな上からじゃ分からないと、ティファは慌てて踵を返して、パジャマ姿のまま駆け出した。
自室の扉を開いて、めまいがするほど懐かしい自宅の家の匂いと雰囲気に、足が止まった。
そんなティファへと、
「どうした、ティファ。──なんて格好をしてるんだ。
お前はもう14になるんだぞ? レディらしく、着替えてから出てきなさい。」
階下からかけられた懐かしい……二度と聞くことはないと思っていた声に。
ティファは、喉が詰まり──それから、泣き出したい気持ちで、掌で口元を覆った。
何が起きているのか、分からない。
分からないけど──分からないからこそ、恐くて。
知らず知らずのうちに、彼女は小さく助けを呼んでいた。
「クラウド………………っ。」
SIDE:エアリス
気づいたら、懐かしい部屋の中で、花の匂いをいっぱいに嗅いで目を覚ましていた。
──あれ? 目、覚ます?
その行為に疑問を抱きながら、ムクリと身を起こせば、体の端が少し重い。
あれあれ? 重い??
その懐かしいような感じのする感触に、エアリスは小首をかしげる。
「おかしいなぁ……、昨日は別に、ザックスを追いかけたりもしてないのに。」
うぅん? と小首をかしげていると、部屋の外でノックが鳴った。
とっさに、はぁい、と返事をすると、間をおかずドアが開いて、そこから懐かしい人が顔を出した。
とたん、エアリスは、思わず、うっ、と声に詰まりそうになった。
いうなれば、無条件に謝りたくなったというか。
だって、エルミナに大丈夫だと言って飛び出したのは、──もう、3年近くも前のことになるか。
その時には、まさか、だって──こんな大事になるなんて、思ってもみなくて。
結局、彼女とは、あの別れが最後になった。
大切な大切な養母。
彼女が、自分が死んだと聞いて、泣いて、泣いて──それでも気丈に笑って、「あの子は自分の意思のままに生きたんです」と笑ったその顔が、今でも忘れられない。
だって、とても大切な人。
小さかったエアリスを大事に育ててくれて、エアリスに大切なことを教えてくれた。
エアリスは確かに最後のセトラの民だったけれど、でも、それよりももっと……、根っこに近いところで、エルミナの娘だったのだ。
そのことを、今更ながらに痛感して──あぁ、わたしも、まだまだだなぁ、と思いながら、エアリスはベッドの上で体を乗り出して、母に向けて、何か口にしようとした途端。
「おはよう、エアリス。
今日も教会に行くんでしょう? お弁当を作ったの、持って行きなさい。」
まるで昨日もおとついも──ずっと一緒に暮らしていて、ずっと一緒にあっていたような、普通の口調。
思わず毒気を抜かれて、きょとんとしたエアリスに、エルミナは小さく笑った。
「なぁに、エアリス? もしかしてまだ夢の中? 早く顔でも洗って目を覚ましてらっしゃい。そうしないと、お花に悪いことしちゃうかもしれないわよ。」
クスクスと笑いながら告げるエルミナの顔を見ながら、エアリスはちょっと考えて、それから、うん、と頷いた。
「夢を……見てたみたい。
長い……長い夢。」
そう答えながら──彼女は、チラリと顔をあげて、そこにある鏡面に写る自分の顔を認めて、あぁ……と、心の中で呟く。
養母の顔が、記憶していたのよりも若い気がすると思っていたら、鏡に映る自分の顔も、ずいぶんとあどけない。
首を傾げながら──……そうしながら、エアリスは、心の中でぽつんと呟く。
──わたし、寝る前に、ライフストリームで何か、したかなぁ?
考えてみたけれど、覚えはなかった。
To Be Contenude
「やり直し」の話。
なぜ今更こんなことを書くのかと思いきや、単に思い浮かんだから(ごーん)。
思いつきは常にそんなものです。
そして、同じ書くなら、目指せオールキャラ。