「ルクレッツィア……っ、あんた、本気で言ってるの……っ!!?」
叩きつけるように叫んで、彼女は、掌だけを覆う特殊な皮手袋に覆われた手で、拳を作る。
指先が白く染まったその手に、どれほどの力が込められているのかわかっていた。
ルクレツィアと呼ばれた娘は、栗色の髪を掻き揚げながら、コクリ、と一つ頷く。
「もちろん──本気よ。」
「──……っ、ば……っ、かなことを……っ!!」
声にならない──そんな憤りを表情に露わにして、娘はキリリと唇を噛み締める。
かと思うや否や、バッ、と背後を振り返り、壁際で表情をなくして佇む男の方へと視線を向けた。
「先輩! 先輩からも何か言って下さいよ……っ! 先輩はいいんですか!? ルクレツィアが、あんな……あんな実験の対象になっても!!」
「あんな実験」──喉が裂けるかと思うほどに叫んだ彼女に、男は無言で視線をあげた。
その瞳に宿る、痛々しいまでの光を認めて──その目に宿る、絶望にも似た色を認めて、彼女は、ヒュ、と息を呑んだ。
そうして──戸惑うように、少女は瞳を瞬き、男と──ルクレツィアと、交互に見つめる。
それは、まるで異世界に居る人間を見るかのような──理解しがたい者に突き当たった人が見せる目に似ていた。
そう──【セトラ】を見つけたのだと、そうガスト博士が言ったときに、宝条が見せた顔も、あんな顔だった。
だから、ルクレツィアは、ことさらあでやかに、彼女を安心させるように笑った。
その笑顔と、俯く男の顔とを交互に見比べた後、ギリ、と少女は拳を握り締める。
「私だけが……知らなかったと……そういう、こと──……なの?」
戸惑うように交錯視線の中に、嫌悪にも似た感情が宿っている。
「ルクレツィアもガスト博士も……宝条博士も、それから先輩も! ヴィンセント先輩も、知ってたっていうんですか!!?」
「────…………。」
ツィ、と視線をずらすヴィンセントに、少女の顔がカッと真っ赤に染まったのが見えた。
ヴィンセントの、ゆがんだ瞳に宿る自己嫌悪の表情の意味を、ルクレツィアだけは見間違えることはない。
けれど、彼女は違うだろう。
目の前の幼い──まだ、世の中の暗い部分など見たこともないだろう……タークスに所属するには、まだいといけないとすら言えるような少女は、ぐぐ、と拳を握りこむことしかできないようだった。
「セシル、落ち着いてちょうだい。
これは私が望んだことなの。だから……私以外の誰にも、止める権利はないわ。」
──あぁ、お願いだから、セシル、ヴィンセント。
そんな顔をしないでちょうだい?
貴方達が、私の体のことで、決断で、そんな風に苦しそうな顔をするのは、とても痛いわ。
とても悲しいわ。
──……「私」が、貴方達にとって、とても大切な人のように、見えるでしょう?
優しい声色で、そう首を傾げて覗き込みながら──困ったように笑うルクレツィアに、セシルと呼ばれた少女は、堪えきれなくなったように、叩き付けるように叫んだ。
「──しんっ……じられない……っ!!!」
唇をわななかせた後、部屋から飛び出して行ってしまう。
その背を見送り──ルクレツィアは自分の口元に苦い色が浮かび上がるのを止められなかった。
「ルクレティア……。」
低く名を呼ばれて……けれど振り返らずに、ルクレティアは先ほどセシルがたたきつけた机を、そ、と掌で撫でる。
「そんなに……信じられないかしら?」
口元に浮かぶ笑みが自嘲じみていると、自分でも思った。
けれど、それ以外の微笑みを浮かべることなどできなくて──ルクレツィアは、言葉を重ねる。
「──……こんな形でもいいから、あの人の子供が欲しいと……そう思う私は、そんなに浅ましいのかしら?
──……あぁ……浅ましいのでしょうね?」
あの子には分からない。
純真なほどまっすぐで、いたいけで、幼くて──そんな、幼い子供には、決して分からない。
「……ルクレツィア……っ。」
小さく悲鳴めいた叫びをあげるヴィンセントに、暗い笑みを浮かべて、彼女は振り返って、前髪を掻きあげた。
その瞳に宿るのは、貪欲とも言える──彼女の闇の感情。
それを宿す瞳がキラキラと輝くことはないけれど、それでも──その情欲に濡れた瞳は、ひどく綺麗。
「宝条が、この世界のどこを見ていないのも知っているわ。
あの人が求めている約束の地が、何を示しているのかも、私は分かってる。」
それでも、好きなの。
──そう言えたのは、ほんの数ヶ月前のことなのに。
なのに、今……ルクレツィアは、その言葉を喉から絞り出せなくて、乾いた笑みを浮かべながら、己の下腹部へと手を当てる。
「でも、それでも──……この子が……この子が、私とあの人を繋ぐ力になればと──そう思うのよ。」
自分の声に宿る響きが、ひどく暗いことに気づいて、ルクレツィアはクシャリと顔を歪めて、テーブルの上に視線を落とす。
「ルクレツィア……赤ん坊は、望まれて生まれてくるべきだ。」
搾り出すように──低く、ヴィンセントが呟く。
その声は暗く……なんだか泣きそうに聞こえて、ルクレツィアは彼へと視線を向けた。
ヴィンセントは、顔を俯けて──震える拳を握り締めている。
「それは……間違ってる…………君は、間違っている…………君も、宝条も、ガスト博士も……っ!」
言葉が進むほど、苛立ちにか悲しみにしか、声が震えるヴィンセントの、握られすぎて白く見える拳を見つめながら、ルクレツィアは、自分のおなかを撫でる。
無性に何かを堪えて拳を握りたくなるときは、こうして己の腹に手を当てるようにしている。
そうすれば、少しだけ……幸せな妊婦になっているような気持ちがするから。
回りの誰が何を言おうとも腹の中の子供だけは、「生まれたい」と、そう言っているような気がして──、撫でながらふとルクレツィアは、口元に笑みを浮かべる。
自分の柔らかで繊細な手に重なるように、少しだけ節ばった男の手が思い浮かんだ。
「ねぇ、ヴィンセント? でもね、あの人……私のおなかを撫でてくれるのよ? 早く生まれておいでって、そういって……撫でてくれるの。」
その手の動きに重ねるように、己の手を動かせば──じん、と胸が温まるような幸せを感じられる。
「ルクレツィア……っ!」
叫ぶ彼の言葉にルクレツィアは顔をあげて──薄く微笑みを乗せる。
ジン、と目頭が熱くなるのは……幸せだから。
自分の下に跪いて、大切そうにおなかを撫でる彼のことを思い浮かべるだけで、女冥利につきると──そう、思っているから。
「私、幸せよ? ……女としても、科学者としても。
……本当に、幸せなの。」
「…………ルクレツィア……なら……ならどうして君は…………っ。
…………君は、…………泣いてるんだ………………っ。」
グ、と、強く握られたヴィンセントの拳を見つめながら──「幸せだからよ」なんて……うそ臭いセリフは、どうしても口から零れることはなかった。
その扉の前に立って、彼女は小さく息を飲み込んだ。
コンコン、とノックをするけれど、答えはない。
──いつものことだ。
この屋敷にいる2人の博士は、自分の世界に埋没すると、まるで反応を返しやしない。
慣れた様子で、腰のフックから鍵の束を取り出し、間もおかずに扉の鍵を見つけると、少女はそれを鍵穴に突っ込んだ。
カチリとドアノブをまわして開けば──まだ昼日中だと言うのに、カーテンも閉めきった薄暗い部屋の中で、男が1人、液体の入ったビーカーを明かりに透かして、なにやらブツブツと呟いていた。
こちらに気づいていないのは間違いない。
「……ガスト博士はどちらに?」
ひっそりと──驚かせないように声をかければ、男はチラリとこちらへと視線をくれる。
「ん、あぁ……セシルか、研究中は入ってくるなと言ってるだろうが。」
けれど、そう口の中でモゴモゴと呟いたかと思うと、彼はフイと視線を逸らして、再びビーカーの中に視線を落とす。
彼の前のテーブルの上には、ロートが突っ込まれたままの三角フラスコに、ガラス棒が突っ込まれたままのビーカー、試験管立てには色の違う液体が入った試験管が埋まっている。
彼らの警護の1人としてココに滞在して数ヶ月になるが──毎日のように見ていても、これらが何の意味があるのか、サッパリ分からない。
セシルは、溜息を押し殺しながら、宝条の意識をこちらに向けるために足を一歩進めた。
「ガスト博士に、ミッドガルから速達が届いているんです。
ガスト博士はどちらに?」
問いかければ、宝条はチラリと視線をあげて、鼻の頭に皺を寄せて答える。
「ガスト博士なら、そのへんに散策中だ。」
興味なさげな態度で、そのままツイと視線をビーカーの中に戻し、
「それよりも、このウィルス、なかなか興味深くてな。──セシル、お前はそこから近づくなよ。感染してもしらんぞ?」
「良く言うわね。」
ふん、と鼻を鳴らして、それでも手にした試験管を揺らし続ける娘に、宝条はビーカーの中を覗き込みながら、気のない返事を返す。
「ぅんむ?」
「ルクレツィアに、あんな得体の知れないものを植えつけておいて、良く言うって言ったの。」
冷徹な──冷ややかな氷のような響きを宿す声で辛らつに言い切ったと同時、宝条が跳ねるように顔をあげた。
そんな彼の仕草に、薄ら寒い笑みが口元に浮かぶのを感じながら、「あなたでも人間らしい感情が残っているのね」と、そう笑ってやろうかと顔をあげたと同時。
バッ、と──手の中から、試験管を奪われた。
「触るなと言ってるだろうがっ。」
一瞬の後、セシルは驚いたように目を見開き──それから、呆れたように溜息を一つ。
呆れと、さげすみを混ぜた中に、ほんの少しの絶望と悲しみを感じながら、フルリと頭を振った。
「こんなの見て、何が分かるって言うのかしら?」
部屋の中には、そんな得体のしれないビーカーや試験管が溢れている。
中に何が入っているかなんて、「助手」の名目でココに立ち入っているセシルにすら分からない。
コレが何なのか分かるのはきっと、目の前の宝条と、ガスト博士くらいのものだろう。
そんな嫌悪を滲ませたセシルの言葉に、宝条は宝物を見せ付けるような笑みを浮かべて、ビーカーの中に宿った青い光をウットリと見つめる。
「約束の地に導いてくれるセトラを作るんだ。──わたしの手でな。」
陶酔じみたその言葉に酩酊する気持ちは、同じ科学者として分からないでもない。
分からないでもないけれど──、たくさんの人々を苦しめたウィルスの抗体を作り上げ、人を救うのとは、まるで異質な「これ」に、そんな気持ちを抱く宝条には、生理的な嫌悪すら抱いた。
ブルリと体が震えるのを感じながら、子供を見つめるような目でビーカーの中を覗き込む宝条を、どこか遠くに感じながら、セシルは目を伏せた。
──いいえ、いいえ。
この男は、実の子供ですら、そんな目で見たことは一度もない。
「……──どうして…………。」
「うん?」
気づいたら、ぼんやりとしながら、唇を割っていた。
宝条は、セシルの問いかけに目も向けないまま、それでも先を促すように応えを返してはくれる。
──ただ、それだけかもしれないけれど。
「どうして、精子を提供したの?」
声に震えが宿らぬように、ただ茫洋と問いかけながら、ごくんとツバを飲み込み、セシルはゆっくりとやつれた風体になった男を──、
「……………………父さん…………………………。」
父を、見上げた。
久し振りに口にする「セシルだけが許された呼びかけ」に、けれど宝条は答えることなく、ビーカーの中を緩く揺らして、ことん、とそれを机の上に置いた。
そのまま違う試験管に手を伸ばそうとする男に向けて、セシルはグッと拳を握る。
「父さん……!」
「自分の実験には、自分の身を提供するのが一番被害が出なくてすむ。」
悲鳴じみた呼びかけに、面倒そうに口を開いた宝条は、淡々とそう告げた後──一瞬、言葉を詰まらせて、
「──アレの口癖だった。」
ちくり、と、痛みが走ったような切ない声色で、そう続けた。
途端、セシルははじけるように瞳を閃かせた。
「自分の身!? ルクレツィアの体でしょう!?」
「彼女が望んだことだ。」
当たり前のように淡々と帰ってきた返事に、カッ、と頭に血が上った。
視界が真っ赤に染まるかと思うような強烈な眩暈を堪えて、ギリリと奥歯を噛み締めながら、吐き捨てるように叫ぶ。
「──……っ、その……人の気持ちを使っているのは、どこの誰!?」
分かっているくせに、と、叫びたくなった。
あなたは、分かっている。
ルクレツィアが自分のことを憎からず思っていて、だからこそその方法を選んだのだと言うことを。
涙すら滲んできそうな悔しさと激昂に、爪先が掌に食い込むほど拳を握り締めた。
そんなセシルを背にしながら、宝条は試験管とビーカーを持ち上げて、中身を透かし見ながら呟く。
「母体が必要だった。
人工授精では、どうにも上手く行かないんだ。
だから、アレはただの母体だ。ビーカーのようなものだ。」
「違うわ! 体外受精であっても、あの命の父と母は、あなたとルクレツィアだわ!」
だから──そんなことは言わないでと、泣きそうな気持ちで叫びながら……どうしてこの人には、「ひと」の叫びが聞こえないのだろうかと、癇癪を起こしたくなった。
セシルの叫びが聞こえたのか、それとも他の何かに触発されたのか。
ふと宝条は顔をあげて、ビーカーから視線を外し、白い頬を紅潮させる娘に目を当てた。
「あれが命? お前も面白い表現をするな、セシル?」
せせら笑うかのような言葉に、カッ、とセシルは目を見開く。
彼女の、澄んだ青い瞳がかすかに潤むのを見て、宝条は知らず指先を彼女の頬へと伸ばした。
白皙の頬に散る朱色と、その中潤んで輝く青い瞳が、
「──……セリシアに似てきた……。」
────パンッ!
慈しむように──そんな時だけ、ビーカーや試験管に向けるときよりもずっとずっと人間らしい、柔らかで愛しげな光を宿す表情と視線と声を振り払うように、セシルはその手を叩き払った。
払う拍子に触れた指先が、ジンと痛い。
熱くて、痛くて──胸の中が、ジクジクと啼いた。
「父さん……っ、あんた……何、考えてるの……っ!?」
叩いた手のひらをギュと握り締めながら、セシルは目頭が熱くなるのを止められなかった。
目元に盛り上がった熱い液体が、睫を濡らし、頬を滑り降りていくのを感じながら、ぼやける視界の向こうにいるはずの「父」に向かって叫ぶ。
「こんなことしても、母さんは帰ってこない……っ!
母さんは死んだの! もう、還らないの!!!」
そんな──子供ですら分かっているようなことを、どうしてまだ、父は諦められないの?
そんな。
「約束の地は、ライフストリームが溢れているんだそうだ、セシル。」
満足したような笑みを浮かべて、目の前で泣き叫ぶ子供をまるで見ることもしないで。
「そんなの──……っ!」
夢に生きるような、バカなことを言う。
目をギュッと閉じて、ポロリとこぼれる涙が、頬を伝ううちに冷たく凍えるようになるのを──……、
「人はライフストリームに還るというなら──セシリアもそこに居るとは思わないか……なぁ、セシル?」
「────…………っっ!」
セシルは、絶望と共にかみ締めるしかなかった。
*
「……母さん?」
呼びかけられて、竈に火を灯していた彼女は、目をあげないまま幼くあどけない声に答える。
「なぁに、クラウド?」
ふぅ、と筒に向かって息を送り込めば、小さな火種が見る見る大きくなっていくのを認めながら、自分の元にオズオズと近づいてくる気配を背後に感じながら、今は近づいちゃダメよと言い置いて、体を起こした。
ボッ、と燃え盛る炎に満足した笑みを浮かべながら振り向いた先で、
「おやまぁ、クラウド! なんだい、あんた、その格好は。」
自分譲りの金色の髪を、ぴんぴんと跳ねさせた息子は、クチャクチャになったクモの巣や埃を全身に纏わせて、大事そうに何かを抱えていた。
女はそれに呆れた顔で近づきながら、纏っていたエプロンで薄汚れた息子の顔をグシャグシャと拭いてやる。
「あんた、一体どこにいたの? こんなになっちゃって!」
人見知りをする息子が、滅多なことがない限り家の中から出ないのは分かっていた。
クモの巣はとにかく、埃まみれになるということは、十中八九、物置と化した屋根裏にもぐっていたと言うことだろう。
そう予想した女の思ったとおり、クラウドは上目遣いに母を見上げながら、
「やねうら。」
小さくぽつんと答える。
女はそれに破顔してみせながら、小さい子には宝物の宝庫のように思えるソコから、クラウドが持ち出した物に視線を落とした。
そして、うっすらと埃が積もる紙の束を認めて、ギクリ、と肩を強張らせた。
この家に──ストライフ家に嫁に入ったときに、処分したと思っていたその束を、呆然と見つめる母の前に、クラウドはグイとそれを突きつけた。
色あせた表紙に、色あせた写真。
クラウドが捲れば、十数年前のニブルヘイムの光景が写っている。──決してもう、見る事が叶わない……そして、女が見る事を否定した世界が。
動きを止めて、口をポカンと開けたままの母に気づかず、クラウドは紙の束を──写真の束を、母の目に差し出した。
「ねぇ、この写真、だぁれ?」
色あせた、セピア色とも言えるほど色あせた手紙。
大切に保管せずに、放り出しておいたせいで埃が糸のように粘りついて汚れた──写真。
それを見た瞬間、彼女は喉が小さく鳴り、吐き気がこみ上げてくるのを覚えた。
もう十年以上も経っているのに、未だに生理的な嫌悪を覚える自分にも、吐き気を覚える。
「赤ちゃんと知らない人。
これ、クラウド?」
問いかけながら、クラウドは写真の中央にいる、白衣を着た男の腕の中に抱かれているタオルに包れた赤ん坊を指差した。
セピア色の写真の中では、その赤ん坊の髪の色などまるで分からないのだろう。
見て分かるのは、その赤ん坊の肌が白くて、クラウドのように色素の薄い髪であることくらいだ。
クラウドの金色の髪を見下ろせば、彼は興味の中に期待とかすかな恐怖を宿して、女を見上げていた。
それは、父の顔を知らぬ息子が、自分を抱いている男が父ではないかと、そう望む瞳であり──同時に、先ほどの母の表情に、恐れを抱いた息子のソレでもあった。
「……違うわ。」
女が力なくフルリとかぶりを振れば、クラウドは大きな目をさらに大きく見開いて、写真と母の顔を交互に見やった。
──なら、どうして。
どうしてココに、誰のものかわからない写真があるのかと。
不安に瞳を揺らしたクラウドに、「これは私なのよ」とウソを付くことはできた。
でも。
まっすぐに不安そうに自分を見上げるクラウドの、純真な瞳に、ウソや隠し事はできない気がして、女は小さく自嘲じみた笑みを浮かべた。
「それは──……それはね、クラウド。」
「うん。」
こくん、と、一度喉を鳴らして、女は十年ぶりに見る写真の中の男たちを見下ろす。
あの時、あの屋敷で──閉じられた屋敷で。
「母さんの……家族になるはずだった人よ。」
小さく口元に笑みを刻んで、女はその自嘲じみた笑みを消した。
指先で「父」に抱かれた小さな赤ん坊。まだ目も開けていないその赤ん坊を取り巻くのは、男ばかりで、女の姿は一つもない。
クラウドはそれを不思議そうに見下ろしながら、
「クラウドは?」
「クラウドは居ないの、まだ、生まれてないから。」
「じゃ、母さんは?」
「母さんも居ないわ。──一緒にいるのを、やめちゃったから。」
なんて言っていいのか、ためらったのは一瞬。
彼女は、クラウドの髪を指先で撫でながら、遠いあの日を思い返すように目を細めた。
何も言えなかった。
赤ん坊を抱いている男が、クラウドにとって何になるのか。その赤ん坊が、クラウドや自分にとってどういう存在なのか。
──何か言えるはずがない。
だって自分は結局、この赤ん坊が生まれたときには、ミッドガルに逃げ帰っていたのだから。
彼らがミッドガルに来るまでの間、ずっと。
あれから目を逸らして、生きてきたのだから。
「……………………止められなかったから、母さん、辛くて、逃げちゃったの。」
聞かせるつもりで呟いた言葉じゃなかった。
けれど、クラウドのまっすぐに自分を見上げる瞳を見ていたら、懺悔のような気持ちで声が零れていた。
「──……だから、バチが当たっちゃったんだわ。」
「母さん?」
「……………………私は、そうやって逃げたの。
だから。」
泣きたい気持ちで、女はクシャリと顔を顰めると、クラウドの小さな体をギュッと抱き寄せた。
そのフワフワ揺れる金色の髪に顎を埋めながら、
「だから、クラウド。
お願いだから──……あんたは、どうか、強く生きて。」
小さく、小さくその耳に囁いた。
この場所で──この息苦しいまでの場所で、自分も息子も、強く生きることなどできないと……本当はそう、分かっていたけれども。
それでも。
「いつかあの子が一番苦しい時に、側に立って支えてあげられるような──強さを。」
そう祈らずには、いられなかった。
+++ BACK +++
こういう設定もなかなか萌えると思いました(大笑)。
この場合、ヴィンセントがクラウドの父親って言う設定でもぜんぜんOKかなー、と思う今日この頃。
……「大人」の罪を償うのは、いつだって、【子供】なのだと。
結局、父と同じことをしている自分に、嫌悪と吐き気を飲み下すばかり。