FF7本編時間軸:ニブルヘイムにて

「思い出話」















 5年前に焼失したニブルヘイムの村──神羅によって「再生」され、雇われた人々が住む……平穏に見せかけられた村。
 その村の風上に、5年前の火事でも焼失されなかった屋敷が、ぽつんと建っている。
 その屋敷の中で、クラウド達は、これから長い付き合いになるだろう一人の男と──出会った。

「……ヴィンセント。ヴィンセント・バレンタインだ。」

 棺おけの中から身を起こした男は、青白い肌と対照的なほど黒い髪をしていた。
 ざんばらな髪を古びた赤い布で押さえ込んでいるつもりのようだが──その端から零れ出た髪が、彼のやつれた感のある頬を覆っていて……正直、動き出さなかったら、ただの死体だと思っていた、というのは、この屋敷から出た後、仲間達にティファとエアリスが語ったことである。
 男は、起き上がりながら、ふと自分の目元まで落ちてくる髪に気付いて顔を顰めた。
 そしてその髪を指先で跳ね上げながら、ぞんざいな仕草でフルリと顔を振う。
 そうして、彼はそのまま顔をあげて──……、自分の棺おけの前に立つ三人の姿を認めて、視線を険しく顰める。
 自分を起こしてくれた来訪者は、年若い三人の若者だった。
 中央に一人──金の髪を逆立てた青年。際立つ青い眼が印象的だった。
 その左右には、年頃の娘が二人。
 片方は活発そうな印象を与える漆黒の髪と褐色の瞳。
 もう片方は、育ちのよさそうな亜麻色の髪と翡翠の瞳。
 どちらもタイプは違うが、同じくらいに美人だ──さらに言うならば、中央の金髪の青年も、美人である。
 この三人が同時に立っているのは、圧倒的な圧力があった。
 ヴィンセントと名乗った男は、その迫力ある美人三人を見比べ──いや、見比べる以前に、目の前の金髪の青年に、視線を奪われた。
 と同時、眠る前に経験した幾つもの「初体験」が、めまぐるしいほどに脳裏で交錯する。
 久しぶりに見た人間がコレだとは──と思うよりも早く、ヴィンセントが表情を無くした顔で驚愕しているなどとは思いもよらず、娘二人はお互いの顔をチラリと見交わすと、うん、と頷いた。
 声には出さないまでも、二人は分かっていた。
 このままだと、クラウドは何が起きているのか分からないまま彼を見ているだけだろうし、初対面の彼もそうらしい。
──まったく、世話の焼ける。
 そんなことを肩を竦めたり片目を眇めたりして伝え合った後、フイにピンク色のワンピースを身につけた娘が、一歩、前へ踏み出した。
「こんにちは、わたし、エアリス。」
「私はティファ。ティファ・ロックハートよ。」
 まずは自己紹介だ。
 とにかく、最低でも、自己紹介して挨拶さえすれば、相手は挨拶を交わしてくれる……と、思う。
 そのつもりで進み出て、ただ立ち尽くしているクラウドの左右を囲むように立って笑いかけると。
 表情を無くした顔だったヴィンセントの容貌が、かすかな驚きを宿したのが、初対面の彼らにすら分かった。
「ロックハート……そこのロックハート氏か、……もしかして?」
 緩く首をかしげる姿は、まるで子供のようで、思わずエアリスは片手を握り締めて、もう片手でクラウドの背中に隠れながら、緩く振った。
 ティファもそれをチラリと眼の端に認めて、同じようにクラウドの背に隠れるように片手で、グッ、と親指を突き出す。
 そうしながら、顔には少しだけ困ったような笑みを貼り付けて、
「そう、だけど──……なんで?」
 ヴィンセントに問いかける。
 ──まぁ、彼がココにいるということは、どれくらい寝ていたのかは知らないけれど……多分、ティファやクラウドが生まれる前のニブルヘイムを知っていると見て、間違いないだろう──おそらく。
「──……と、いうことは、お前とティファ──だったか? あんたは、兄妹か?」
 顎に手を当てて、考えるような仕草で問いかけるヴィンセントの台詞に、三人は思わず目を見張り──、
「く……クラウドと、ティファが……兄妹……っ!?
 えっ、ええっ、そ、そうだったの、ティファっ!? クラウド!?」
 驚いたように手の平を口元に当てて、エアリスが飛び上がらんばかりに驚く。
 そんなエアリスに、こちらも慌ててティファが顔の前でぶんぶんと両手を振った。
「ま、まさかぁっ! そんな話、聞いたこともないよ! ね、クラウドっ!?」
「あぁ……俺もティファも血はつながってない──はずだ。」
「はず!? って、もしかして、もしかしなくても、異母兄妹……、なんて、ことも、あったり──するっ?」
「ってクラウドぉっ! なんでそんな微妙な言い方するの!」
 怒ったように豊かな胸を揺らして、ティファが下から覗き込むように叫ぶと、クラウドはそんな彼女に一歩後ろに下がる。
「いや、だってニブルじゃ、たいてい村の人同士で結婚するから、さかのぼったら、だいたいが血縁じゃないか。」
「なーんだ、それじゃ、結婚も、できるじゃ、ない。」
 ちぇ、と、舌打ちすら聞えそうな態度で、エアリスは残念そうに顎を上げて首を傾ける。
「せっかく、ライバル、減ると、思ったのに、な。」
「エアリス〜っ!」
「あははははっ。」
 もうっ! と、軽く握った拳で、わざとらしくティファがパンチを繰り出す振りをすると、エアリスは笑いながらそれを避けて、痛いよ、ティファ〜、なんて楽しげな声をあげる。
 クラウドはそんな風に、相変わらずところかまわずじゃれあう二人を一瞥した後、ふたたびヴィンセントに視線を移した。
「あんた、ロックハートさんを──ティファのオヤジさんを知ってるのか?」
「知っている。だからお前たちが兄妹なのかと聞いたのだが……そうか、彼は、諦めたのか。」
──あんな女に惚れこむ男なんて、物好きな彼くらいのものだと思ったのに。
 なるほど、と、無表情に納得するヴィンセントに、ますますイミが分からなくて、クラウドは柳眉を顰める。
 苛立ちにつま先がかすかに揺れた。
「だから、何に話だ?」
「お前の母親は、ユリア・ストライフではないのか?」
「──だったら何だ?」
 やはり彼は、自分たちが生まれる前のニブルヘイムのことをしっているようだ。
 そうあたりをつけて、なるほど、とティファが、顎に手を当てて、一人納得する様子を見せるのに、エアリスが、なになに? と顔を覗きこんでくる。
「私とクラウドが生まれる前は、このお屋敷、神羅が使ってたらしいから──この人、その時の人に間違いないなー、って思っただけ。」
 ──まさかバカ正直に、自分の父が昔クラウドの母に懸想して振られているなんて言ったら、エアリスはきっと笑いながら、「親子二代なんだ」とからかってきそうだ──最近、シドの影響を受けてきたみたいだし。
「ふぅ、ん?」
 どこか納得したような、納得していないような仕草で首をかしげるエアリスに、とにかく、そういうことなの! と無理矢理納得させて、ティファは改めてヴィンセントを見やった。
 棺おけの中から立ち上がった彼は、思っていた以上に背が高い。
 ティファもエアリスも──クラウドも一緒になって彼を見上げる。
 ヴィンセントは、マジマジとクラウドの顔を見ながら、
「──あの女の遺伝子は強いな。
 一瞬、男に性転換したのかと思ったぞ。」
「────……はいぃ?」
 何を言われているのか分からなくて、クラウドは軽く眼を見開く。
 その前でヴィンセントは、緩くかぶりを振る。
「いや、なんでもない。
 ただ、お前の母親には、とても世話になった。
 その礼はしなくてはならないだろうな。」
「世話?」
 一人ごとのように呟いたヴィンセントの言葉に、首を傾げて尋ねる
「世話って……クラウドの、お母さん?」
「そうだ。」
 頷きながら、ヴィンセントは歩き出そうとして──フラリ、と足が傾いだ。
 一歩大きく足を踏み出し、昏倒することは堪えたが、長い眠りから無理矢理目覚めたばかりの頭がしびれているような感じがする。
 そんなヴィンセントに向かって、エアリスが嬉々として足を踏み出した。
「ねぇ、ヴィンセント! と、いうことは、あなた、クラウドの、小さい頃、知ってる? クラウドの、お母さん、知ってるの?」
 キラキラキラ、と翡翠の瞳を輝かせて、「好きな人の情報は、少しでも手に入れよう!」と頑張る乙女の眼差しで、彼を見つめる。
 熱っぽいほどの眼差しで見つめられて、ヴィンセントは何が何だか分からないままに、ゆっくりと眼を瞬き──ん、ぁあ……と、微妙な相槌を返した。
「エアリス──何を……っ。」
 なぜか慌てた様子のクラウドを、後ろからガッシリとティファが羽交い絞めにして、
「クラウドのお父さんのことも、知ってたりする?」
 止めさせようとしたクラウドの動きを止めて、ティファもキラキラと眼を輝かせる。
 女の力と見くびるなかれ、ティファは、グラマラスでまだ幼さを残る容貌に反して、素手でモンスターと渡り合える美少女なのである。
 そのティファに、がっしりとつかまれてしまっては、クラウドもそうそう抵抗はできない。もとより彼は、この幼馴染に、本気で抵抗はできないのだから、仕方がない。
「いや……ユリアが結婚したことすら知らん。知っていたら、お前たちが兄妹かと聞くことはないだろう?」
「でも、クラウドのお母さんのこと、知ってるん、だよね!?」
 緩くかぶりを振るヴィンセントに対して、エアリスはキラキラと目を輝かせたまま、彼の揺れるマントを摘む。
 その期待に満ちた目に、ヴィンセントは怯むように顔をゆがめる──なぜこの娘は、こんな期待した眼で俺を見るのだろう? まったく理解できない。
「知っては、いるが──。」
 鼻の頭に皺を寄せるように考えながら──あぁ、そうか、彼らは確か、自分を目覚めさせた直後に、セフィロスを追っているとか言っていたなと思い出す。
 セフィロス。
 その名は、眠る前にも呼んだ覚えがある。
 愛しいルクレツィアの生んだ子にして、まだ親の庇護が必要なほど幼かった少年。──けれど利発で、たった3つに過ぎないというのに、マテリアを使いこなすことすらできた……宝条は、ひどく喜んでいた。
 そして、彼をミッドガルに連れて行くと言い……それに反対した自分は、宝条によって眠らされ、このザマだ。
 あれからどれくらいの月日が経ったのかは正確にはわからないが、それでも。
 宝条のつれていた研究員の腕の中で、静かな眼をしていた子供の行く末がどうなったのかは────たぶん、あのとき、自分が危惧していたままだったというのは、当たっているだろう。
 見ているしかできなかった……自分。
「──……ユリア、は。」
 彼らはきっと、セフィロスのことが知りたいのだろう。
 そう思いながら、ヴィンセントは目の前の青年達が生まれる前の──自分が眠る前の時へと思いを馳せる。
「良く、オムツを替えに来てくれたな。」
 ふと口をついたのは、見回した部屋の片隅に、オムツを纏めて入れておいた箱が見えたからだった。
 そうだ、棺桶の中にオムツを入れておいたら、彼女がそれを見て、「子供の情操教育に悪い!」と叫んで、箱を持ってきてくれた。あの日からオムツは、あの箱の中に入れることになったのだ。
 そのことを思い出したヴィンセントの台詞に、思わずクラウド、ティファ、エアリスの三人は、ギョッとした目でヴィンセントの腰を睨みつけた。
「……お、オムツ。」
 呟かれた呆然とした台詞の意図に気付かず、うむ、とヴィンセントは頷く。
「そうだ、オムツだ。
 そして良く、オムツ一丁で外に出ると、怒ってマントを巻きつけてきたものだった。」
 夏であろうとも、ニブルヘイムの夜は寒い。
 にも関わらず、まだ眼もまともに開けてないような赤ん坊に、オムツ一枚にするなと、何度言えばいいんだと、叫ばれたことも記憶に新しい。
 いやだって、着替えがすべてヨダレやミルクで汚れてしまってないんだと、そう訴えれば、世にも便利な「よだれかけ」というものの存在を教えてくれた。
 もっと早くその存在を教えてくれれば、1日に5枚も6枚も着替えさせることもなかったというのに。
 そう懐かしんでしみじみと呟くヴィンセントの背後で、ティファが捕まえていたクラウドの腰を肘でつつきながら、
「ちょっとクラウド……っ、裸でオムツ一丁って……この人、危なくない?」
「クラウドのお母さん、変な人と、知り合い、なのね…………。」
「え、いや、でもまだ知り合いと決まったわけじゃ……っ。」
 ひそひそひそ、と額をつき合わせて相談し始める三人に気付かず、そうだ、とヴィンセントは扉の外に眼をやって、新たな事実を思い出す。
「そう言えば、高い高いをしてもらったこともある。」
「た、高い高い……──っ。」
「ところが、力が入りすぎて、天井にぶつかってそのまま床に落ちてしまった。──あの時は、耳が痛いくらいに泣いたな──……。」
 しみじみと語られる口調に、エアリスがクラウドの腕を掴み、
「クラウドのお母さん、あの人、高い高いなんて、できるの?」
「俺も初めて知った……。大人の男を高い高いなんて出来るのは、ティファくらいだと思ってた。」
「やだっ、クラウドったら! いくら私だって、バレットは出来ないわよ!?」
「え、ティファ、それじゃ、クラウドだったら、できる?」
「って、エアリス……っ。」
「そうね……うーん。」
 何を言い出すんだと眼を軽く見開くクラウドに対し、ティファは顎に手を当てて上から下までクラウドを見定めると、わきわきと両手を合わせて、
「できる……、かな。ちょっとやってみてもいい、クラウド?」
 両手を広げて、首を傾げて尋ねてくる。
 そんなティファの腕から逃れるように、ざっ、とクラウドは後ろに後ざすると、
「冗談じゃない。」
 ブルブルとかぶりを振ってくれた。
「つまんないよ、クラウド。
 ──あ、ね、ティファ。それじゃ、私、どうかな?」
「エアリスだったら軽いから大丈夫。天井までぶつけられるよ。」
「うーん、ぶつけられて床にべちゃ、は、困る、かな。」
 軽い口調で笑いながら、さっそくやってくれと言わんばかりに手を広げるエアリスに、よし、とティファがその細い腰に手を回す。
 かと思うや否や、
「高いたかーい。」
 本当に始めてしまったティファに、エアリスが、キャァッ、と、とても楽しげな笑い声を零す。
 そのままクルクルと回り始める、まるでどこかのカップルのような二人に、クラウドは自分の眉がへの字に下がるのを理解した。
 理解しながら。
「……勝手にしてくれ…………。」
 手の平で顔を覆いつくした。
 その視線の先では、
「ああ、そういえば、ミルクを作ってもらったこともあったな。
 最初に哺乳瓶の使い方が分からないといったら、哺乳瓶で飲ませてくれてな……──。」
 ヴィンセントが、まだ思い出したことを語ってくれていた。
 そして、その声が耳に入れば入るほど。
「………………かあさん……………………。」
 今は亡き母の昔の交友関係に、涙が出てきそうになって、クラウドは壁に腕を押し付けて、ガックリと首を落とすしかできなかった。












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