任務失敗













 士官学校を一年で卒業して、すぐに受けたソルジャー候補生試験の結果は──惨敗。
 いや、その表現は全く正しくはない。
 ソルジャーになるために──セフィロスのようになるために、必死で身につけたさまざまな技術や成績は、クラウドの血となり肉となり、ソルジャー候補生試験の模擬テストでは、合格範囲を上まっていたのだ。
 ソルジャー候補生にならなければ、ソルジャーへの道は閉ざされる。
 それが分かっていたからこそ、クラウドは必死で勉強したし、自主訓練もしてきた。
 ソルジャー候補生になったからといって、必ずソルジャーになれるわけではないが──それでも、ソルジャーになるためには、候補生の試験に受からなくてはいけない。
 だから、士官学校の卒業が内定したその足で、勇みこんで申込書を提出したのだ。


 ソルジャー候補生試験 受験番号 B-002367 クラウド・ストライフ


 手ごたえは十分あった。
 ソルジャー試験が受けられる人間というのは、希望する人間の中でも一握りだ。
 任務成績はもちろんのこと、普段の訓練態度、実技、知識──さまざまな今までの功績を認められて、試験を受ける資格が与えられる。
 そんな競争率の高い試験の中、クラウドは射撃も、剣技も、体術も、筆記も──一番難しいといわれるマテリアテストですら、他の受験生達に比べたら発動も容易かく行うことができた。
 だから、表に出すことはなかったけれど、自信は──あった。
 あと1ヵ月もすれば、ソルジャー候補生として、ザックスやあのセフィロスの居る世界へ飛び立っていけるのだと……、そう、思っていた。
 なのに。
 手元にきたメールには、残酷な一言が記されていた。





『受験番号 B-002367 魔晄テスト:不適合』





 他のどれの成績が悪くても、また出直すという手がある。
 ソルジャー候補生試験は、何度でも受けなおすことができる。
──たった一つの、不適合を除いては。
 クラウドは、その……3人に1人の割合で出る、「魔晄不適合者」だったのである。
 こればかりは、月日も訓練も立ち向かえない。
 これは、生まれながらの細胞組織そのものと、本人の心の奥底の問題なのだから。
 魔晄との相性は、訓練や繰り返し与えることで慣れが起きるというものではない。
 だから、この結果が自分の前に出たということは。



「……残念ですが、あなたがソルジャーになる可能性は……限りなく、0に近い。」



──そういう、こと。

















 ソルジャー試験に落ちたからと言って──ソルジャーになれない体だと判定されたからと言って、そのことで神羅カンパニーを辞めさせられるわけではない。
 特にクラウドのように、「魔晄テスト不適合」という理由だけで落選した人間は、逆に試験に落ちてからのほうが、いそがしい日々を送ることが多い。──一般兵としての昇進の道を歩ける実力があるとみなされるからだ。
 幹部候補は無理でも、それなりの昇進を歩む実力があると、認められているということに繋がるからだ。
 だからクラウドは、ソルジャー試験の落選通知の後くらいから、他の一般兵に比べたら、荷が重い任務が与えられることが多くなった。
 年若いうちから、将来性のある子供に、任務慣れさせようという魂胆なのは、聞かずとも分かった。──任務の裏にある「意図」に気づくこともまた、必要なアビリティだ。
 二等兵というクラウドの現在のレベルでは与えられないような、少し難しいレベルの任務をいくつかこなし、ますますクラウドは「上」から認められていった。
 そうなればそうなるほど、与えられる任務の重要度は増すばかりで──失敗は許されない任務を与えられ、そのたびにパーフェクトにこなしてきたつもりだった。
 けど。

「クラウド! 聞いたぜっ、この間のアレ。お前、すっげぇな?」

 任務をクリアし、帰還するたびに当たり前のように向けられる笑顔。
 明るい……はじけるようなザックスのソレに、だんだん、笑顔を返すのが辛くなってきたと感じたのは、いつ頃からだったか。
 機密性の高いミッションに関われば、それに関わったことが伏せられるのは通例──何度かソルジャーと一緒の任務もこなしてきたが、それにザックスは関わることすらなかったはずだ。
 なのに、任務が終われば、当たり前のように──まるでクラウドが与えられた任務の内容を知っているかのように、目の前に現れて、苦労をねぎらい……そして、「誉める」彼。
 その彼の存在が、チリリと胸に痛みを感じ始めたのは、いつ頃からだったか……はっきりと覚えてはいない。
 けれど、これだけははっきりと分かっていた。
 胸の中にあるわだかまり──それは、「ザックス」がソルジャーである限り……そして自分が、ソルジャーになれない限り、決して抜けない「棘」なのだと。










 出会った当初、3rdソルジャーだったザックスは、先の昇進で2ndソルジャーになった。
 このまま行けば、次の昇進で1stになるのも夢ではないと──異例の最年少の昇進に、回りはそんな噂で持ちきりだった。
 ソルジャーの癖に気さくで明るいザックスは、一般兵の間でもとても人気があって──あんな風になりたいと、誰もが憧れるようになっていた。

──でもあいつ、プライベートは最悪だぜ?

 ザックスさんって良いよな、と誰かが零すたびに、クラウドは渋面顔でそうそっけなく忠告する。
 休みのたびに女をナンパするためにスラムに降りていくし、本社ビルに行く目的は受付のカワイイ女の子目当て。
 早朝訓練の最中にバッタリ会ったと思えば、大抵女物の香水の匂いがする。
 そう言って、アアはなりたくないと、生真面目にクラウドが言えば、友人達は、笑って「お子様」クラウドに向かって答える。

──ソルジャーをほうっておく女なんていないさ。

 ソルジャーになれば、女にもモテるし、憧憬の対象になるし、未来の先行きも明るくなるし。
 良いことばっかりで、俺もソルジャーになりたい、と誰もが口を揃えて言う。
 そういわれるたびに、クラウドは胸の中の、表現できないような棘が大きくなるのを感じた。
 それをなんというのかは、まだ分からない。
 形がハッキリとしないモヤモヤしたものは、いつも胸の中にあるけれど、それを何というのか、分からない。
 けど、ただ、モヤモヤして……時々、息苦しくなる。
 その感情をもてあまして──この感情が、なんと名の付くものなのかは知らないけれど……わからないけど。
 それでも、口に出せるような綺麗な物ではないことだけは分かっていた。
 どす黒い……負の感情に属することだけは、分かっていた。
 だから、いつもそれを表に出さないように──無表情になるのは得意だったから、クラウドはザックスに会うときにも、その感情だけは胸の奥の引き出しに仕舞うようにしていた。
 見た目の友人付き合いが何か変わるわけではなかった。
 時々一緒にご飯を食べて、休みが合った日は、バイクで遠乗りに出かける。
 ザックスにバイクの運転の仕方を教えてもらって、今度二輪の免許を取ろうと決めた。
 ザックスとの「トモダチ付き合い」の距離は、相変わらず一定のまま。遠のくこともなければ、縮まることもなかった。
 ただ、ザックスが2ndになってから、ますます忙しくなってしまったため──そしてクラウドも、機密関係の任務が舞い込むことが多くなり、一週間くらい会わないこともあるようになった。
 それでも──何も思いはしなかった。



──彼、が。

 1stソルジャーに昇進したのだと、友人から聞くまでは。



 胸の中の靄が、一気に深まった気がした。
 そんな大事なことを、なぜ、ザックスの口からでもなく──神羅の広報でもなく……他人から聞かなくてはいけないのだろう?
「やっぱり、1stソルジャーともなれば……俺たち下級兵相手はしてられないってことかなぁ?」
 最近、一般兵の食堂に来ないよな?
 そう零したルームメイトの青年の呟きに、クラウドは何も答えを返すことができず、目の前に残されたままの食事を見つめることしかできなかった。
 ザックスと最後に会ったのは、もう1ヶ月も前なのだと……今更ながらにそんなことを気づく自分は、バカなのだろうかと思う。
 2ndに昇格したときは、クラウドの元までやってきて、衆目の面前でクラウドを抱き上げてグルグルと回して、体当たりで喜びを表現してくれたものだけど。
 ──2ndと一般兵の差も大きいけれど、1stと一般兵の差は……もっと大きいということなのか?
 どうして、友人の昇進を、他人の口から聞かなくてはいけないのだろう?
 親友だと思っていたのが自分だけだったのだとしても──それでも、「ともだち」なんだから、せめて電話でも、一言あってもいいんじゃないか?
 そんな思いがグルグル頭を巻いていて──なんだか、惨めになった。
「クラウドは、知ってると思ったんだけどなぁ……。」
 完璧な無表情の仮面をかぶって、食が進まくなったトレイを片付けようとしたクラウドに向かって、はぁ、と溜息交じりに呟く同僚の言葉に、ザクリと胸をえぐられたような気分になった。
「さぁ……? 俺、最近、ザックスと会ってないし。」
 スプーンを置いて、苦い味しかしないコーヒーを飲む。
「そっか。最近、ザックスさん……ソルジャーの人と良くつるんでるみたいだしなぁ?」
 ガックリ、と肩を落とすルームメイトが、クラウドを訪ねてくるザックスの「脚色しているようにしか思えない話し」を、とても楽しみにしていたことを思い出しながら、クラウドはヒョイと肩を竦めた。
 何気ない動作で、まるで中身の減っていないトレイを持ち上げると、
「じゃ、俺、今日から任務に入るから、しばらく部屋に帰れない。」
 そう言って、何気ない素振りでそのテーブルを立った。
──これ以上そのテーブルに着いているのもイヤだったし、これ以上ザックスの名前を聞くのもイヤだった。
 何も考えず、ただ、1人になりたいと……そう思った。










 そして、その足で向かった任務で。
──「失敗は許されない」任務で、クラウドは、致命的な失敗を犯した。







「クラウド・ストライフ二等兵。一週間の自宅謹慎を命じる。」
「……イエッサー。クラウド・ストライフ二等兵、寮の自室にて、一週間の謹慎を受諾いたします。」

















 ザックスと友達付き合いをするようになって、クラウドは休みの日に神羅の施設の外に出ることを覚えた。
 彼が乗るバイクの乗り方を教えてもらって、無免許でこっそり走らせたこともある──ザックスが言うには、クラウドは「筋」がいいらしいので、士官学校を卒業したらバイクの免許を取ろうと、密かに心の中で誓っていた。
 そして──今、免許証を持っていないことが、とても残念に思う。
 こういう気分のときは、誰かと一緒に居たくはない──どころか、誰もいないところに行って、ひとりぼっちになりたいと思った。
 残念だったな、なんていって、肩を抱きしめて慰めてほしいわけではない。
 がんばればきっと……なんて、気休めにしか過ぎない言葉がほしいわけでもない。
 ただ、一人になって、この胸を渦巻く感情と、対面したい……、ただ、それだけなのだ。
──その場所というのが、ルームメイトが任務や訓練で出払った後の自室しかないって言うのは……冗談にしかならないと思ったけれど。
 それでも、1人、ぽつんと部屋の中にいると、それなりに混乱した心境も落ち着くように感じた。
 ベッドに背を預けて、床に直接座り込みながら──ぼんやりと、くすんだ天井を見上げる。
 任務に失敗したのは、当たり前だと思った。
 だって、胸の中がグルグルしていて、全然──そう、全然、任務に集中できていなかったのだ。
 通常の任務だったら、それでもミッションをコンプリートできていただろう。
 けど、今回の任務は、そういうわけには行かないものだった。
 ──本来なら、失敗は死で償ってもらおうと、そう言われても仕方がないものだった。
 そして、その任務の失敗の大きさのあまり……しばらくは、デスクワークが中心になるだろうと、直属の上司からも言われてしまっていた。
 デスクワークなんて──一番苦手な部類だ。
 足を抱き寄せて、コツン、と額を膝にくっつけた。

「……俺、なんでまだ神羅にいるんだろう……?」

 ソルジャーになれないのに、どうして神羅にいるのだと聞かれても、クラウドには答えられなかった。
 故郷にいる人間に逃げ帰ってきたと思われたくないからか? ──いや、それは無いことはクラウドも良く知っていた。
 ソルジャーになるまで帰らないと、母や幼馴染に誓ったからか?
 それは、ある──けれど、それを言ってしまったら、一生村に帰れないことになってしまう。
 だから、そうじゃない、それだけじゃない。
 ミッドガルに居たからって、何かが変わるわけでもないし、何かがあるわけじゃない。
 正直を言うと、ソルジャーになれないことが断定されてしまったのだから、このままココから逃げてしまいたい気持ちだってある。
 だって、ソルジャーになれないのに、なんでこんなところに居なくちゃいけないのだろう?
 ソルジャーになれないのに──こんなところで、こんな風に残ってるのって、格好悪い。
 でも。
 このまま逃げ帰るのも、怖いし、格好悪い。
 だから、どうすればいいのか分からなくて、ただココに居ることを選んだ。
 士官学校を卒業したら、下等兵として神羅の軍隊の兵隊として働くことになる。
 その道を進むのが、一番、楽で。──楽じゃないけど、それが一番、当たり前で。
 ソルジャー試験に落ちた人間なんて、その神羅兵の集団の中には、当たり前のように居たから、だから。
「──……慰めあうのなんて、冗談じゃない。」
 それじゃ、故郷に居たときに見ていたあいつらと同じじゃないか。
 そう吐き捨てるのと同じくらい、思い知らされる。

 俺──なんておごっていた人間だったんだろう、と。

 打ちのめされた衝撃に、なんだかどうでもいいような気がしていた。
 なぜココに残ってるんだと聞かれたら──ソルジャーになれないのに、どうしてここにいるのだと聞かれたら。
 多分俺は、首を傾げるだけで答えはしないだろう。
 口に出来る答えはたくさんある。
 取り繕った答えは幾つもある。
 ザックスには、「諦めたつもりはない」と答えた。
 ルームメイトには、「せっかく馴れて来たんだから、いけるところまでいってやる」と答えた。
 故郷では出来なかった友達もいる。親友──だと俺が思っている相手だっている。
 そんな、すごく居心地がいいわけではないけれど、居ることに疑問を覚えない程度には慣れた、このミッドガルのピザの上で──このまま暮らしていくのもいいんじゃないかって、楽な気持ちで思う自分が居る。
 でも、ここに残ろうと思ったのは、楽だからだとか、ソルジャーになるのを諦められないからだとか。
 本当は、そういうんじゃなくって。
──ただ。
 目指してきた目標が、フイに陰って見えなくなって。

 どうしたらいいのか、分からないから──……。

 だから、ココにいる。













──────あぁ……──……俺、…………それだけ、なんだ………………。

 それだけ、しか……ないんだ…………?














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