ダレデモ イイ













 ミッドガルに浮かぶ星は、天上じゃなくって地上で輝いている。
 ニブルヘイムで、空を埋め尽くすほどの星明りよりもずっと間近で、ずっと鮮やかに……色とりどりに輝く星は、最初のうちはあまりの綺麗さに唖然としたものだけれど、慣れてくれば、ただ雑然としたうっとおしさを感じた。
 冷えた空気の中で、白い息を吐いて毎日のように見上げた星空は、今はとても遠い。













 ニブルヘイムで、クラウドはいつも村八分だった。
 だから、「ともだち」なんて、ずっと、いなかった。
 誰かと星を見上げた記憶は、ミッドガルに来る前に、給水塔の上でティファと一緒に見上げたのが、最初で最後。
 母親ですら、夜になると疲れたように早々にベッドにもぐりこんでしまったから、一緒に星を見上げてくれることはなかった。
 ミッドガルに来てからは、どれほどビルの高層階に上ろうと、見えるのは地上の星ばかりで──地面よりもずっと空に近づくほどに、地上の星明かりがまぶしくて、空の星が見えないのは、どういうことなんだろうと思っていた。
 時々、夜中に目が覚めて、何気なく見上げた星は──ざわめくほどにたくさんの星は、ぜんぜん見えなくて、時々それが寂しいと思うことがある、なんて……言ったことすら覚えていなかったのに。
「お前、ミッドガルじゃ星が見えないって言ってただろ?」
 バイクのエンジン音がする中、彼はミッドガルの地上の星を背に追って、快活に笑ってくれた。
 まさか、覚えていたとは思わなくて、大きく目を見張ったクラウドに、男は皮手袋の先を口で食んで脱ぎ去ると、日に焼けた指を空に向けて突き出しながら、
「さすがに、降るような星──ってわけには、行かないだろうけどなぁ。
 俺の田舎とお前の田舎……ニブルヘイムだったか? そこじゃ、どっちのほうが見える星は多いんだろうな?」
 ミッドガルのプレートから連れ出された荒野──乾いた大地と遠くに見える森の中、バイクを飛ばして走った男が、片目を瞑って笑った。
 ニブルヘイム出身だと、初めて会った時に言ったような覚えあったけれど……覚えているなんて、まるで思わなかった。
「ザックスは、……ゴンガガ、だったっけ?」
 驚きと喜びと戸惑いを、一瞬の沈黙で飲み込んで、クラウドは俯きかけた顔を、ゆっくりと彼に向けた。
 バイクのライトが、何も無い地面を照らし出している。白色灯の灯りが目にまぶしく感じて、緩く目を細めれば、ザックスがそれに気付いたのか、小さく笑って、キーを回してエンジン音を消し去る。
 それと同時に、周囲が暗闇に包まれた。
 バイクの灯りに照らし出されていたザックスの顔も見えなくなって、クラウドは一瞬、びくん、と肩を揺らしてしまい──自分のそんな仕草に、軽い苛立ちを覚えて唇をゆがめた。
 けれどザックスは、クラウドのそんな仕草に気付いていないのか、のんびりとヘルメットをバイクに引っ掛けながら、腰をシートに押し付けるようにして、顎を上げる。
「そう、ゴンガガ。カエルのから揚げが名物かなー。」
 軽口を叩くような口調で言葉を震わせて笑うザックスにつられたように、
「────……うちは、ニブルウルフの毛皮かな。」
 小さく、ぽつん、と呟いた。
 ザックスはそんなクラウドに驚いたように小さく目を見張ったが、暗闇に包まれていたため、クラウドは気付かなかった。
「……そっか、ニブルヘイムは、寒いからな〜。」
「うん。」
 小さく頷いて、クラウドはザックスの居る辺りから視線を逸らして、遠く──バイクで駆け抜けてきた町を見た。
 ミッドガルプレート。
 上下に二層構造になっているそこは、上も下も……暗闇の中で、強烈に存在感を訴えている。
 瞬くネオン、輝く白熱灯、踊るように見えるのは警備用のスポットライトか。
 ミッドガルの周辺の夜空には、星の明かりは一つも見えない。
 そこから遠ざかるほどに、ぽつん、ぽつん……と星の数が増えていき、クラウドとザックスが立つ真上辺りは、三等星くらいまで輝くように見えた。
 西の空の方に、傾いた月が見える。
 あれがなかったら、もう少し星も見えたのだろうか?
「寒くないか、クラウド?」
「平気。──このくらいなら、慣れてる。」
「そっか? 俺は、一晩もたないなぁ。」
「ソルジャーなのに?」
「気分の問題なの。」
 不思議そうに見上げれば、彼は首を竦めるようにして笑った。
 暗闇に慣れてきた目に、半歩隣に立つザックスの顔の輪郭が見えて、クラウドは目を細めるようにして彼を見上げた。
 その瞳が、かすかな光を発している。
──魔晄の瞳。
 ……俺が、いつか、持つ、色。
 少しだけ眩しげにそれを見つめた後、クラウドは短く息を吸って──止めて。
 それから、ゆっくり、ゆっくりと息を吐きながら、空を見上げた。
 空には、満天の、星。
 ニブルヘイムで、小さな家の小さな窓から見上げた星よりもずっと小さく。
 幼馴染の少女と約束を交わしたあの夜よりも、ずっと輝きも小さく。
 特別綺麗な星空ではなかったけれど。

 それでも。

 目に痛いくらい、その星空は脳裏に、焼きついた。














 俺、ともだち、いなかったから。
 ともだちって何なのか、わかんなかった。
 ともだちが、何をするものなのか、わからなかった。
 ティファとは違うのかな?
 他の村の人間と違って、ティファだけは俺を「クラウド」と呼ぶ。
 他の誰かが「クラウド」と呼ぶときは、いやな気持ちになるのに、ティファのときは違った。
 ティファが呼ぶ声は、母さんが俺を呼ぶ声よりも柔らかで暖かくはなかったけど、いやな気持ちになることはなかった。
 ミッドガルに来てからは、いやな気持ちになる呼び方か、何の感情も宿らない呼び方しかされたことがなかった。
 でも、ザックスの呼ぶ声は、それとも、母さんのものとも、ティファのものとも違う。
 これが、「ともだち」ってこと?
 ザックスは、俺を一人の人間として扱う人。
 俺を見て、笑って、手を振って、軽口を叩いて、次はどこに遊びに行く? と聞いてくる。
──なぁ、ザックス? あんたは、当たり前のように俺の腕を引いて、俺を連れ出して……俺の同僚達が半年以上も前に経験していることを、教えてくれた。
 あんたは、知らないだろうけどさ。
 俺、「彼女とデート」とかそれ以前にさ。
 「だれか」と──「トモダチ」と出かけるのすら……、あんたと一緒に出かけたのが、初めて、……なんだぜ?


















 明るくて陽気で面倒見が良くて、女の子には特別優しいけれど、男にも程ほどに優しくて。
 強くて格好よくて、笑った顔が気さくで、後輩の面倒見もよくて。
 だからザックスの回りは、いつも賑やかだ。
 彼に呼び止められて、そこまで一緒に行こうと歩き出した渡り廊下を歩いているだけで、彼は喋る傍ら、ふと顔をあげては、
「あっ、ジョーゼーフッ! この間の音楽チップ、コピってくれた?」
「マイク、お前さ、今度のミッションでオレと一緒じゃん?」
「なぁなぁ、ミレンヌにさ、今度の飲み会、10日にならねぇか聞いてくんねぇ?」
 一言二言、必ず誰かと話して笑う。
 一緒にご飯を食べたりすると、もう最悪だ。
 クラウドはそういうのが苦手だから、人が集まりすぎると、こっそりとその輪の外に逃げて、そのまま遠巻きにすることが多かった。
 彼は、本当にトモダチが多い。
 付き合いの程度がどれほどなのかは分からないけれど、浮かぶ笑い声も明るい笑顔も心の奥底から楽しそうで。
 羨ましいと、思う。
 ソルジャーとしての目標は、当然、銀の英雄セフィロスだ。
 けれど、人間としてなら──人としての目標は、ザックス、……なんだと思う。
 だから、彼が「トモダチ」だと言ってくれる間は、ザックスの傍に居て、彼のいいところを見習ってみたいと思うのだけど。
 あいつの雰囲気や、あいつの話術、あいつの表情筋の豊かさは、到底真似はできないって、一緒にいて一時間で思い知った。
 生まれて初めての人間のトモダチは、とても表情豊かで、強くて、優しくて、女好きだ。
 会話の半分以上が女の子。
 そのことに呆れることも何度かあったけど、ザックスとの会話は楽しい。
 一週間に一度、顔をあわせるかどうかの付き合いしかなかったけれど、ザックスはそのブランクを感じさせないくらい、笑って、拗ねて、からかって。
 そうやってザックスの感情に振り回されて、クラウドは知らなかった──知ろうとしていなかったたくさんの感情を知った。
 そんなザックスとの会話になれはじめたら──自分の感情を、表に出す方法を知り始めたら、いつの間にか、「トモダチ」が増えていた。
 ちょっと親しい他人程度の知り合いも、一緒にいる「友達」になっていた。
 朝起きて、おはようの挨拶を交わした後、別々に行動していた同室者と一緒に部屋を出て、そのまま食堂で一緒にご飯を食べる。
 昼、一人で食堂で食べてると、訓練でパートーナーを組む少年が、「隣いい?」と聞いて座る。
 今まで遠巻きに見ていた人たちとも、普通に声を交わせるようになった。
 ──普通とは言っても、クラウドの主観の「普通」なので、常識からしてみたら、少しばかり不器用な会話なのだが。
 それでもクラウドにとってみたら、すごい進歩だ。
 ニブルヘイムやミッドガルに来た当初は、あれほど苦労していた人間関係が、どうしてこうもトントン拍子で進んだのだろうかと、首を傾げていると、友人達は口を揃えてこう言う。

「なんかクラウド、雰囲気が柔らかくなった。」

 雰囲気が柔らかくなったという意味は、分からない。
 それがどういうことなのか……何が自分の中で変わったのかなんて、分からない。
 けど、これだけは分かる。
 俺が変わったというのなら、それは、初めてのトモダチが、ザックスだったから。
 彼が、笑って、手を引いて、殻の中に閉じこもっていた俺を、引きずり出してくれたから。
 殻に空いた窓から見える外を羨ましがっていただけの子供の殻に、扉を作って、ノックしてくれたから。

 だから。

 オレにとって、ザックスは「特別」。
 新しくできた「友達」よりも格が上の、「親友」。






 でもさ。







 俺は、トモダチの中で、ザックスが一番親しい友達だけど。
 一週間に一度、顔をあわせるかどうかの俺は、ザックスにとっては、そうじゃない。
 ザックスの「たくさんの友達の一人」に過ぎない。
 そんなの、はじめから分かっていたことだけど。
 それでも、少しだけ、欲張りにこう思う。










「友達じゃなくて、親友って……呼べたらいい。」











+++ BACK +++