UNDER ZONE
神羅時代
14になる年の初春──俺は、ソルジャーになるために、故郷を出立した。
神羅に入社して、士官学校に入学。
士官学校で半年ほど基礎を叩き込まれたら、残り半年はほとんどが実習となる。卒業した後、すぐに一兵卒として使えるように、実務経験を叩き込まれるのだ。
基礎講義は問題なく終了し、実務講義期間に入ってすぐ、これから1ヶ月の研修期間があると言われた。その研修期間の後に、初任務──とは言っても、モンスター退治に向かった一般兵の後ろで、伝達や庶務をこなし、戦地の雰囲気を味わうだけの「研修の延長」のようなものに過ぎなかったが。
いくつかミスはしたものの、なかなか順調な滑り出しだったと思う。
その後、簡単な通常警護任務や書類作成補助任務などの、アルバイトでも出来そうな任務が幾つか続き、教官にも褒められることが増えた頃──、とあるミッションで初めて、ソルジャーの後方支援の職務に就いた。
とは言っても、まだ士官学校の実務経験を終えてもいない「研修生」たちが参加するミッションだ。それほど難しい任務ではない。単に徒歩で丸1日はかかる目的地まで行って、そこに巣食っているモンスターを退治するだけの──一般兵なら難易度Bランクの、けれどソルジャーに取ったら、朝飯前の楽な任務。
本来なら、ソルジャーが出て来るような難易度ではなかったのだが、ちょうどソルジャー達が暇を持て余していたのと、仕官生たちに一度はソルジャーの後方支援を実務で勉強させたいと言う教官の考えから、そのミッションは遂行されたのだった。
仕官生とは言えど、ミッションに参加している間は、一兵卒とほぼ同じ扱いを受ける。戦闘時には、危険だと判断したら真っ先に撤退をさせられるという位置にいるだけで、死を免れるわけではない。
実習期間のうち、2,3ヶ月も経過すれば、自然と脱落者なり死亡者なりが名前を連ねはじめる。
肉体的な疲労と、精神的な苦痛。
そんなものがピークに達しはじめた頃──士官学校側は、それを見越したかのように、彼らが憧れ、目指す場所にある「ソルジャー」と組む簡単な任務を、彼らに寄越す。
それは、例年繰り返されていることらしい。
言われて見れば、ちょうど半年ほど前に、士官学校の寮で、半年先に入社した先輩達が、ちょうど実務期間を半分過ぎた当たりで、興奮した面持ちで、「ソルジャーと仕事した!」と言っていたことがあったような気がした。
「それ」が、士官学校の狙いだと、分かっていても、なお、本物の魔晄の瞳を持つ、立派な体躯の──まるで自分たちとは雰囲気の違うソルジャーを前にして、仕官生が興奮しないはずもなく。
しかもなおかつ、そんな仕官生の「子守」をすることになったソルジャーは、基本的に「面倒見がいい」のが通例で。
気付けば、二泊三日のミッションの途中──最初の休憩時間は、街中のおばさんたちの井戸端会議場かと思うような光景が、広がることになっていた。
3rdソルジャーの名を持つ二人組みのソルジャーは──仕官生たちは、基本的に三人一組で行動をするが、ソルジャーは基本単位が「二人」なのだそうだ──、子守を引き受けただけあって、なかなか面倒見がいい。
自分たちが胡坐を掻いて座る周囲に座った一般兵や仕官生たちを前に、朗らかに受け答えをしている。
その様子を遠目に見ている限り、とても「ソルジャーと一般兵」の休憩時間には見えない。
まるで子供を引率している先生みたいだ、と、クラウドはどこか他人事のように、その光景を見つめた。
すぐ傍では、自分と同じように、あの輪の中には入っていけない同僚たちが、ぽつん、と座って羨ましそうな目で円座を見ていた。
その彼らの、ヨダレを垂らしているように見えるあからさまな表情を見て、クラウドは、キュ、と形良い唇をゆがめた。
──俺も、あんな顔して見てるのかな?
そう思った瞬間、羞恥とも苛立ちともつかない感情がムクリと鎌首をもたげて、クラウドは苦々しげに感情を飲みこまずにはいられなかった。
ここに残っているのは、認めたくはないが、ほぼ「同類」たちばかりだ。
あの中に入りたくても、気弱で人見知りをするが故に、入っていけない「弱虫」たち。
本当は自分もあの中に入りたくてしょうがないのに、自分からは入っていけない──誰か自分たちに気付いて、「こっちへおいでよ」と声をかけてくれないかと待っているのだ。
でも同時に、ソルジャーの傍に行くのが、怖いのだろう。あの魔晄の瞳を見たいと思うけれど、怖い。だから、自分では近づけない。
そんな気弱な感情を抱いて、二の足を踏む彼らと、一緒にされたくはなかった。
ソルジャーには、興味がある。
聞きたいこともあるし、彼らの戦い方を少しでも近くで見て、盗めることがあれば盗みたいとも思っている。
けど、と、クラウドは溜息を押し殺しながら、円座を組んで、尊敬の眼差しを受けているソルジャー達を、小さく睨みつけた。
────けど、ああいう光景は、キライだ。
あの中に混じるなんて考えるだけで、虫唾が走る。
決して、あの中に入るのが怖くて二の足を踏んでいるわけじゃない。
ただ、あの中に入るのが、本気でイヤなだけだ。
だって……見覚えが、ありすぎる。
特に今回は、ソルジャーの一人──背の高い男は、クラウドの思い出をジクリと突付くような髪の色をしている。
サラサラと柔らかそうだった彼女の髪とは、髪質はぜんぜん違うけれど、それでも──……おんなじ、黒。
さらにその上、ソルジャーは基本的に私服が許されているので、同じ制服に身を包んだ兵士達の中で、ことさら男の姿は良く目立った。
姿も形もぜんぜん違う。
なのに、どうにもその光景は、デジャブを覚えずにはいられなかったのだ。
──真ん中に立つ、すらりとした華奢な手足。
円座の中心で、硬めの黒髪を独特のスタイルで決めた、ガッシリとした体格の青年。
──回りにいる少年達に比べて、数段良い質のワンピース。
クラウドと同じ色の制服に身を包む神羅兵の中で、良く目立つ私服姿。
──太陽の下で、綺麗な面差しに浮かぶ、明るい笑顔。
野性味のある精悍な面差しを人懐こい笑みに染めて、回りの少年達から笑い声を引き出している。
「────……。」
見れば見るほど、似ていないはずなのに、故郷の村での光景を思い出させる。
どうやら、自分で思っている以上に、あの故郷での自分への扱いは、トラウマになっているらしい。
──まぁ、いい。
ソルジャーと一緒に戦闘に参加する機会は、何もコレが最後ではないはずだ。
仕官生でなくては、今ほど無邪気にソルジャーに質問をしたりすることは出来ないだろうとは思うが──それはある程度のお目こぼしの範囲内だろうから──、それでも、あと数ヶ月もすれば、俺は、ソルジャー候補生になる。
今の段階で、士官学校を卒業した後、ソルジャー候補生の試験を受けるのに、何も不安はないだろうと、教官からも言われている。
ソルジャー候補生ともなれば、ソルジャーと接する機会も一般兵よりもグンと高くなるし、ソルジャーのことで何を質問しても、大抵は許されるはずだ。
だから、わざわざ今、聞くほどのことでもない。
自分にそう言い聞かせて、クラウドは自分でもわざとらしいと思うほどの仕草で、担いでいた荷物の中に手を突っ込んだ。
すぐ近くから聞える笑い声に、どことなく苛立ちを覚えながら、水筒を取り出し、一口水を含んで喉を潤す。
喉を通り抜けた水は、生ぬるくて、どこか気持ち悪く感じた。
──まるで、飲み下せない過去の残影のようだと、……遠く、思う。
もうすぐ2ndソルジャーになるのだと、ニヤリと口元を笑って言った黒髪の男の名は、ザックス。
目的地に到着するまでに襲われたモンスターを、軽々とバスターソードで凪ぎ飛ばし、クルリと剣を回して快活に笑った。
辺りに立ち込める血なまぐさい匂いに、グゥ、と喉の辺りに競りあがってきた物を覚えた新兵未満たちに向けて、明るくて陽気で人懐こい笑顔を浮かべて、
「さ、さっさと先を急ぐぜ。次のヤツが、血の匂いにつられてくるからな。」
そう、なんでもないことのように軽やかに笑う。
その言葉に、真っ二つに刻まれたモンスターの屍骸を、恐る恐るの様子で覗き込んでいた仕官生たちは、ハッとしたようにザックスを見上げた。
一般兵たちと同じように揃いの「マスク」を被った仕官生たちは、見た目は色違いの一般兵のように見えるが、立ち振る舞いや態度が、ぜんぜん違う。
そんな子供じみた彼らを一瞥して、ザックスは思わず漏れそうになる苦笑じみた笑みを、無理矢理飲み下した。
──俺も、二年前までは、あんなんだったのかね?
思わず誰にともなくそう呟いて、彼は剣を鞘に収めると、さて、と目的地の方角を見上げた。
綺麗な青空は、いつの間にかその色に陰りを生み、もう少しすれば西の方角に傾いた太陽が、茜色を灯し始めるに違いない。
思ったよりも早いなと、眉を寄せたザックスに気付いたのか、彼の左腕を、トン、と相棒が叩いた。
「ザックス、今日は『ねんね』どもの野営訓練も込みだって……覚えてるか?」
言いながら、ス、と細められた魔晄の目に、あ、とザックスは口元をゆがめた。
思わず、しまった、と浮かべた表情に気付いたのだろう。相棒の青年は、やっぱりな、と言いたげに溜息を零すと、ザックスの耳元にだけに聞える声で更に続けた。
「ミッドガル近くでの野営訓練では、なかなか早かったらしいが、どこまで鵜呑みにしていいかわからねぇ。
だから、できるだけ野営設置は早めに行おう、って──出発前に、だーれが俺に言ったんだったっけ?」
「……俺デス。」
ジットリ、と見上げてくる相棒の言葉に、ザックスは軽い口調で答えて、ヒョイ、と肩を竦める。
「ったく、いつまで経っても、野営の指示を出さねぇと思ってたら、やっぱり忘れてたのかよ。
もういい加減、時間切れじゃないのか?」
ソルジャー達だけならば、野営設置と言っても、それほど大したことをするわけではない。
適当な場所を見つけて、そこに焚き火を作って、飯の準備をするだけだ。
魔晄で強化された体には、冷え込む季節の冷える夜といえど、寝袋が必要なわけでもない。剣を掴んだまま焚き火の回りに座り込んだ体勢で寝るのが基本だ。
──もっとも、一般兵が一緒の時には、それなりにテントを設置したり、寝袋を用意したりするわけだが、それでも、太陽が茜色に染まってからでも、十分間に合うはずだった。
……一緒にいる連中の「野営訓練」もかねてさえ、いなければ。
「あー……と……テント設置に、通信機器設置もするんだったか?」
「本営設置訓練だからな。今からでも時間ギリギリだろーが。
……ったく、俺はココを拠点にしようと思って、モンスターどものケツ叩いて追い返しただけだってぇのに、お前ときたら、思いっきりぶった切っちまって。」
言いながら、相棒はチラリと自分の肩越しに背後を振り返る。
少し早足になるソルジャー達に、必死で着いてこようとしている仕官生三組──合計9名は、マスクで顔が見えないまでも、いい加減疲れが出てきたような様相だ。
この体でテントを設置して、通信機を設置していたら……日が暮れるまでにすべての準備を終え、夕飯にありつけるかどうかすら怪しい。
「あー……たかが二泊程度で、拠点設置なんて、普段しねぇからな……ウッカリしてたぜ。」
ガリガリ、と乱雑に髪をかき混ぜるザックスに、お前がウッカリしてるのはいつものことだろ、と辛らつな言葉を投げた後、相棒は乱暴な手つきでザックスのケツを叩いた。
「そのウッカリの責任とって来い。」
余計な言葉を続けなくてもいい。ザックスはその一言だけで、相棒の言いたい言葉を感じ取って、はいはい、とやる気無く頷いた。
ったく、しょうがないなぁ、と彼が思っているのは、一目見て分かった。
そのまま、のろのろと先に立って歩きだすザックスに向かって、
「さっさとしろよ! 俺が飯をくいっぱぐれたら、お前のピッチから、メモリー全消去してやるからな!」
怒鳴りつけた途端、ザックスの逆立った髪の毛が、ビビンッ、と激しく空に向けて突き立ったような気がした。
「冗談だろっ!? 俺があれだけ溜めるのに、どれだけ苦労したと……っ!」
「そう思うなら、とっとと野営地探しに行って来いっ!! 焚き火の中にくべるぞ、おらっ!?」
わざわざ振り返ってまで叫んでくれるザックスに向かって、思いっきり怒鳴りつけると、途端に彼は、わざとらしい仕草で額の横手に手の平をつきつけ、
「イエッサー!!」
「アホッ!」
思わず叫び返した相棒の突っ込みを耳に入れず、ザックスはそのまま、ダッシュで前へ向けて駆け出していった。
その、ヒラヒラと揺れる後れ毛のような髪を、呆れたように見ながら──あぁ、ソルジャーにはこんなアホばっかりだと思われなかったらいいがと、青年は背後を振り返った。
そして、唖然と目を見張っている一般兵と士官生向けて、人懐こいように見える笑みを浮かべて、
「さ、俺たちも急いでアイツを追おう。追いついたら、すぐにテント設備にかからないと、日が暮れるからな。」
頼りになる先輩面で、いけしゃあしゃあと、もっともらしくそう言ってやった。
野営設置は、ミッドガル周辺でも何度か実施で訓練をしたことはあった。
今回の二泊三日のミッションでは、仕官生である自分たちが本番の野営設置をやると聞いて、ソラで言えるほど復習もしてきた。
──にも関わらず、随分手間取った。
ミッドガル近くで設置訓練をした時のようにスムーズに行かないことは、前もって分かっていたはずなのに──設置場所に「杭の跡」がなく、「平らではない」上に、風が常に方向を変える……という、ごくごく当たり前の自然環境下では、これほどまでに拠点の設置がしづらいものなのかと、舌打ちせずにはいられなかった。
それでも、小さなミスや失敗を繰り返し、完璧とは行かないだろうが、仕官生たちだけで、設置を完了させることは出来た。──ただし、ミッションリーダーである3rdソルジャー・ザックスに、仕官生の代表が報告を終える頃には、東の空に星がいくつか瞬いていた、が。
報告を受けたと同時、ザックスはノンビリと空を見上げ──先ほどまで西の空に残っていたオレンジ色の残り火が消えたのを確認して、にやりと口元に笑みをはく。
「なんとか時間ギリギリってぇとこだな? 及第点か。」
腰に手をあてながら、ん? と小首を傾げるソルジャーに、びくん、と仕官生たちが身を震わせるよりも早く、
ゴツンッ。
「何言ってんだ、ザックス。誰のせいでこんなにギリギリの時間になったと思ってるんだ。」
ザックスの頭に、握り締めた拳がぶつかった。
殴りつけた拳を、そのまま自分の腰に当てたもう一人のソルジャーは、そのままザックスをギロリと睨みつける。
「うぅ……俺のせい?」
「お前のせい。」
わざとらしい態度で、しゅん、と肩を落とすザックスに、当たり前だろ、と言いたげに口をゆがめる青年。
その相棒の冷たいまでの一言に、はいはい、すみませんでしたね、と、謝罪の感情がまるで篭っていない言葉で答えた後、ザックスは改めて仕官生たちをグルリと見回す。
「ま、これだけの時間で設置できたら、上等、上等。んな身構えなくても減点はしねぇから、安心しろ。
それよりも、腹減っただろ?」
にっかり、と明るく笑う男の言葉に、ハッ、と仕官生たちの顔に緊張が走る。
テントと通信機を設置した後、火を起こして夕食の準備を済ますまでが、自分たちに与えられた「命令」だったのだ。
その、ザッ、と青ざめた顔に走った、これで仕事が終るわけじゃなかったのだという暗い色を見て取って、ザックスは軽く笑ってみせた。
「あぁ、いい、いい。お前ら、疲れてるだろ?
今、あいつらが火を起こしてスープの準備してるから。」
クイ、と彼が親指で指し示した先で、仕官生たちのお目付け役として着いてきた一般兵たちが地面に座り込んでいた。
その仕草から、火種をつけているのだと知って、困惑の表情を浮かべあう学生達に、気にするなと、ザックスは安心させるように笑いかけてやる。
「夕飯の後は、見張り当番があるだろ? 見張りでくたばられちゃ困るからな、それまではゆっくり体を休めとけ。」
──どうせ今にも倒れそうだろうが、と。
からかうわけでもなく、スルリと口にして、ザックスは更に続けた。
「ま、少し休んで、立ち上がる元気が出たやつから、コッチに来い。見張り当番の順番を説明するからな。」
それから、隣に立つ自分の相棒のわき腹を突付いて──このままココにいては、仕官生たちがゆっくり休めないと分かっているからこそ、一般兵たちが囲む焚き火の方へと連れ立って歩いていく。
相棒は、そんなザックスをチラリと見上げた後、
「お前も、それっくらいの気は配れるんだねぇ〜、いや、驚いたよ、ホント。」
「抜かせ、俺はいつだって女の子には優しいぜぇ?」
「オンナにだけだと思ってたって言ってんだよ。」
肩を突付きあうようにして、軽口を叩きながら、揃ってテントの正面へと歩いていく。
その背は、すぐに回りに立ち込める闇色にぼやけて行った。
そこでようやく、仕官生たちは、自分たちの周りを覆う空気が、すっかり夜の色を纏っているのに気付いた。
昼夜を問わず明るいミッドガルに慣れていた仕官生たちは、見通しの良かった草原が、すっかり暗闇に包まれているのを認めて、誰にともなくブルリと悪寒に背筋を震わせた。
そのまま、不安に駆られるように周囲を見回せば、テントの方角に──先ほど二人のソルジャーが立ち去った方角に、明るい炎の色が見えた。
一般兵が夕食の支度のために炎を灯したのだろう。
暗闇に包まれた中に、ぽっかりと浮いたように明るい色が見えたそれが、自分たちの心に巣食った恐怖を一瞬で振り払ってくれるものに見えて、仕官生たちは、鉛のように感じる手足を無理矢理動かして、足を引きずるようにして焚き火のほうへと歩き出した。
全身が、ドッと湧き出るような疲れを訴えていた。
テントや通信機を設置する間、ずっと身につけたままにしていたマスクすら重く感じて、彼らはそれを拭い取り、乱雑にポケットの中に突っ込んだ後、ゆっくりと、ゆっくりと焚き火に向けて歩き出した。
背中から覆ってくるような夜の冷え込みが、そのまま牙を剥いてきそうな気がして、彼らはすこしでも急いで火の方へと──上官たちが居るほうへと歩こうとして。
ふ、と、背後を振り返った。
仕官生の誰もが火の方へと歩き出す中、未だマスクを被ったままの生徒が一人、ぽつんと先ほどまでと同じ場所に立ち尽くして、空を見上げていた。
ダラリと降ろされた腕の感じからしても、彼も自分たちと同じくらい疲れているに違いない。
だから、少しでも早く、火の元へ行って休むべきだろうに──、そう思って、今回の仕官生の中でも一際小柄な少年の名を呼ぶ。
「……ストライフ、どうしたんだ?」
少し大きく出したつもりの声は、けれど疲れのためか、ひどくぎこちなく掠れて聞えた。
けれど、しん、と静まり返った周囲を思えば、十分過ぎるほどに聞えたはずだ。
実際、声をかけたすぐ後、彼はゆっくりとこちらを振り返り、一瞬の沈黙の後、
「────……あぁ。」
まだ声変わりしきっていない幼さが残る声で、そう答えた。
けれど、答えたわりに、そのままソコを動く気配はない。
つられたように空を見上げるが、すっかり闇の色に染まった夜空には、輝く星が光っているだけだ。
一際大きな星が、ぽつんと頭上で3個、輝いている。
視線を戻してみるが、ストライフ──クラウドは、ただ無言で空を見上げているだけで、それ以上何かを言う気配はなかった。
彼に声をかけた少年は、なんとも言えない表情を浮かべた後、クラウドをそのままに、クルリと踵を返した。
見張り当番は、夜も早いうちから夜更けまでと、明け方から朝までに別れることになった。夜更けから明け方までの、一番睡眠時間が取りにくい時間帯は、一般兵が担当する。
そして、その丸一日を通して、ソルジャーのどちらかが、必ず見張り当番に参加することになっていた。
つまり、最低でも2時間は、ソルジャーのどちらかと一緒に見張り当番をすることになるのだ。
──なるほど、コレが、「半年先の先輩達」が「ソルジャーと一緒に仕事した!」と喜び騒いでいた原因かと、クラウドは冷静に判断した。
クラウドの見張り当番は、0時から午前2時までの2時間。
一番眠気が襲ってくる時間帯でもあり、同時に、昼間の温かさが嘘のように寒さが舞い降りてくる時間帯でもあった。
体は泥のように重く、あまりの疲弊具合に吐き気すら覚えるほどだったが、体が欲するままに体を休めてしまっては、見張り当番の時に目が覚めない。
そう思ったからこそ、クラウドは焚き火から少し離れた場所で、最初の見張り当番の3人の同僚が、嬉々としてザックスに質問をしているのを、ぼんやりと見ていた。
後ろから見えるザックスの横顔は、火の明かりに照らされて、ほのかに赤く見える。
こうしてみていると、戦士らしくたくましい体躯だとは思うが、それだけだ。
聞えてくる笑い声も、おちゃらけた口調も、とてもではないがクラウドが想像していたソルジャーの物とは思えなかった。
耳を澄ませば、浮かれて声が上ずった同僚たちの、たわいない質問の声。それに答える朗らかで柔らかなザックスの声。
それに混じって、パチパチと焚き火がはぜる音がする。
膝を抱えて背を丸めながら、クラウドは小さく溜息を零した。
このままボンヤリしていれば、眠気が襲ってくるのは分かっている。だから本当は、あの中に混じって、くだらない話にでも耳を傾け、参加するほうがいいのだと言うことも。
実際、クラウドが一緒に見張り当番をすることになっている少年は、ちゃっかりザックスの隣に席を陣取っている。
それに──焚き火から離れたココは、少しばかり、寒い。だから、眠くなって目が閉じようとしても、寒さに意識が冴えるから、ちょうどいい。
はぁ、と吐いた息が、マスクさえ被っていなかったら、白く空気の中に溶けて行きそうだと思った。
ミッドガルの夏は、とても暑い。アスファルトが熱を吸い込み、もあんとした熱気を漏らすからだ。
だから、クラウドはどことなく本気で、ミッドガルの冬も暑いのだと思っていた。──いや、暑いまで行かなくても、ニブルヘイムのように冷え込むことはないはずだと。
けれど、ミッドガルも冬は寒いらしい。
まだ秋口だというのに、昼間の温かさが嘘のように、冷えた空気が舞い落ちてきているから──もしかしたら、ミッドガルでも冬には雪が見れるかもしれない。
ニブルヘイムのように積もることはないだろうとは思うけれど。
寒さに冷たくなった瞼を落とせば、冷えた風が襟元とマスクの隙間から肌に触れた。
小さく身震いして膝を抱き寄せると、瞼裏に、故郷の光景が浮かび上がった。
昼間の休憩時間に思い出したものと同じ光景──数人の少年が、中央に立つ少女を囲む輪、そこから外れた自分。
──今の俺と同じじゃないか。
自嘲じみた笑みが口元に浮かんだ、その瞬間。
フッ、と、襟元に当たる風が、止まった気がした。
と同時、
「──……こーら、こんなところで寝てると、風邪引くぞ。」
頭の上から、声が降ってきた。
先ほどまで、焚き火の近くで聞えた声だ。
ハッとなって顔を上げると、マスクの向こう側に、人懐こい笑顔を浮かべた男の顔があった。
焚き火の明かりを背に負って、かすかな逆光で表情は良く見えない。けれど、彼の口調と雰囲気から、しょうがないな、と言った風に笑っているのは感じ取れた。
明るくて、陽気で、同じ任務に就いただけの一般兵士にも、仕官生に過ぎない自分たちにも、気さくに話しかける──俺とは、正反対の、男。
「テントの中に入らないなら、お前もコッチに来いよ。」
クイ、と指で焚き火の輪の中を指し示す男に、クラウドは一瞬戸惑い──それでも、頭を振った。
頭を振った後で、慌てて言い訳のように口を挟む。
「いえ……自分は、ココで結構です。
──暖かいところに行けば、寝てしまいそうですから。」
小さくボソボソと答えると、彼はクラウドを覗き込もうとしていた体をそこで止めて、腰に手を当てて、首をかしげた。
「お前ら、今日は随分頑張ったから、疲れてるだろ? そんな時に寒い中に座ってると、タチの悪い風邪を引き込むぜ?」
「……寒いのには、慣れてますから。」
呟くように答えながら──おせっかい焼きのソルジャーに、早く行ってくれと心の中で願った。
ソルジャーの体越しにチラリと焚き火の傍に視線をやれば、そこに座っていた三人がこちらをいぶかしげに見ているのが分かった。
その彼らの視線が、ザックスに声をかけてもらいたいがばかりに、自分だけ焚き火の外に座っていたのじゃないかと──そう穿った見解をもっているような気がして、クラウドはキリ、と唇を噛み締める。
けれどザックスは、そんなクラウドを見下ろして、立ち去るどころか、口の下に指を押し当てた後、
「──ま、いっか。」
勝手に納得したように頷いて、クラウドの腕を掴んだ。
「ほら、来いよ。お前らに風邪引かれて体調崩されたら、明日の俺らが大変なの。お前も、明日のミッションに同行できずに、ココで俺らの帰りを待つのなんてイヤだろ?」
「……──。」
片腕一本で、ヒョイ、とクラウドの体を起き上がらせ、ザックスは座っていたときよりもこじんまりとして見える体を覗き込む。
諭すような言葉にも、返事をしないクラウドに、しょうがないな、と呟くと、仕官生にとっては死活問題に関わってくる「命令」を、口にした。
「お前がこのままココにいるって言うなら、俺が上官命令でもって、明日のミッションの同行は許さん。体調不良のために待機だ。」
「──……なっ。」
果たして、その命令の効果はあった。
驚いたように顔をあげるクラウドに、ザックスは、
「困るだろ?」
ニヤリ、と笑みに歪んだ口元を見せた。
かと思うと、そのまま呆然としているクラウドの腕を強引に引いて──その強引な力に、まだ兵士ですらないクラウドが到底適うわけもなく。
あっという間に、焚き火を囲んでこちらを見ていた同僚たちの前に引きずり出され、空いてる席にポンと腰掛けさせられる。
憮然と口元をゆがめる間もなく、火を挟んだ二つ隣に座ったザックスから、ヒョイ、と毛布の塊まで寄越されて、
「お前、脂肪のたくわえとかなさそうだから、ソレ被っとけ。寝そうなら、とにかくコーヒーだ。それでもダメなときは、抓るか叩くかだな。」
「………………イエスサー。」
色々言いたいことはあったが、ソルジャー直々に連れてこられた以上、移動するわけにも行かない。
クラウドはしぶしぶ分厚いとは言えない毛布を広げて、それを肩から掻けた。
そうすると、思っていたよりも自分の服が冷えていたことに気付いた。もしかしたら、夜露で少し濡れているかもしれない。──この辺りは、随分冷え込むのだと、クラウドは頭の中のメモに書き留めておく。今度遠征か何かでこの地方を訪れた時に、役に立つ情報のはずだ。
素直に毛布を頭から被ったクラウドに満足した表情を浮かべたザックスは、ついでとばかりに手元の薪をパキンと手折り、火の中に放り投げながら、
「あぁ、それから、他のヤツラにも言っとくけどな? 寝たくなったら俺に言えよ? ちゃーんと責任もって、拳骨落としてやるから。」
「ええーっ、ひどいですよ、ザックスさんっ!」
「どうせなら、俺が見ててやるから寝てろ、くらい言ってくださいよーっ!」
途端、上官のソルジャー相手に言う言葉ではないだろうと思うような軽口が、随分リラックスしたムードの同僚たちから零れる。
ザックスはそんな小僧どもに、快活に笑って見せながら、
「俺も仕官兵だったときは、寝こけたら拳骨貰ってたんだよ。お前らだけ特別扱いなんてズルイだろ?」
「えーっ、ザックスさん、見張り当番の時に寝てたんですか!?」
「おう。もー、見張り当番終ったらさ、目が腫れてて、寝てんだかおきてんだかって感じでよ〜。」
ドッ、と笑い声が周囲に広がるのを一拍待って、たまんねぇぜ、と続けて自ら笑う。
そのままザックスは、近くに置いてあった保温容器に手を伸ばして、そこに入っている少し前に入れたばかりのコーヒーを、カップに注ぎ込む。
そして少し首を傾げて思案した後、その中に適当に砂糖とミルクを入れてクルリと一混ぜしてから、
「ほら、冷え切ってるだろ? これでも飲んでろよ。」
毛布を肩から被ったクラウドへと、長い腕を差し出した。
思わずマスクの中で目を丸くさせたクラウドは、自分の前に差し出された湯気の立ったコーヒーを見下ろし、火の明かりで見えたそれがカフェオレ色をしているのを認めた。
少し鼻の頭に皺を寄せたが、思っていた以上に体の芯まで冷え込んでいるのに気付いていたクラウドは、遠慮なくソレを受け取ることにした。
冷え切って体温をなくした指先に、カップの温かさが、ジン、と染みる。
「……ありがとうございます、サー。」
呟いた声は、どこかかすれていて、クラウドは喉につっかえる声の感触に眉を寄せた。
──風邪、手遅れだったかも。
「サーって言うのは、よしてくれねぇか? 他の奴にも言ったんだけどさ、ザックスって呼んでくれ。」
軽い口調で笑って、ザックスは自分の分もとカップを取り上げて、そこにドボドボと濃いコーヒーを注ぎ込む。
口に含めば、口内に苦い味わいが広がり、続いてえぐい後味が残る。
まったく、砂糖とミルクを入れないと呑めない味だよな、いつ飲んでも。
ザックスはチラリを目線をあげて、先ほど自分がコーヒーを渡した相手を見れば、渡したソレを飲むつもりを起こしてくれたらしく、ゆっくりとマスクを外すところだった。
律儀に任務中だからと、うっとおしいだろうマスクを、真面目に寝るときと食べるとき以外は外さない仕官生たちに、小さく笑みを零しながら、ザックスは闇夜に輝くクラウドの金色の髪を一瞥する。
写真で見るよりも、昼間の休憩時間中に見たときよりも、彼の白い肌と金色の髪は、闇の中でこそ際立つようだ。
その白い面が宿す表情は硬質的で──けれど、だからこそ、整った顔を印象的に見せた。
彼が、そろそろとカップに口をつけるのを見ながら、ザックスは自分のカップを一気にあおる。
目の前のこのガキどもも、あと少しすれば、このマズイコーヒーを飲めば、「あぁ、遠征に来たんだな」って思うようになるのかね。
味わわないように一気にコーヒーを飲み込んだザックスは、チビチビとコーヒーを啜っているクラウドに、もう一度笑顔を向けて見せた。
「マズイと思うけどさ、目は覚めるし、あったまるだろ?」
いつまで経っても硬質的な表情しか浮かべないクラウドを、和ませようとして叩いた軽口だったが、クラウドは無言で視線を上げただけで、チロリとも笑いもしなかった。
──明るい光の下でなら、クラウドが困った色を瞳に浮かべているのが分かったかもしれないが……なんて反応したらいいのか分からない、表現に乏しい子供の表情が見て取れたかもしれないけれど。
残念ながら、クラウドのその些細な表情の変化を読み取れるほど、この場に居る人々はクラウドとは親しくなく、また、クラウドもそれを求めているわけではなく。
結局、クラウドは焚き火を囲む仲間に加わったものの、会話には一度も参加することはなく──その夜のソルジャーとの会話は、クラウド以外の3人とザックスとの間で、すべて終ってしまった。
ミッション中、特別に接触があったわけじゃない。
先を立って歩くソルジャーの後を、必死で歩くほかの同僚達と一緒に歩いて。
時々、ソルジャーが「支援の練習に」と言うので、モンスター相手に何度か銃の引き金を「引かせてもらった」。
陽気で口の軽いザックスは、行きも帰りも、モンスターとの戦いの最中も、良く喋った。
あまりに喋りすぎて、時々彼の相棒であるソルジャーから、鞘に入ったままのバスターソードで突っ込みを貰っていたほどである。
けれど、そのザックスのおかげで、緊張の続く行軍が、気楽なピクニックのようなムードになった。──いいような、悪いような、と呟いていたのは、同行していた一般兵の言葉だ。
ザックスが話をするのは、クラウドではなく、クラウドの同僚である少年達だ。
もくもくと足を進めるクラウドにも、時々話を振ってくれたけれど、口が重く硬いクラウドは、気の利いた答えを返せるわけでもなく、「はい」や「いいえ」くらいしかまともに返した記憶はなかった。
そんなクラウドに、同僚達はいつものことだと言いたげに、話すだけ無駄だとザックスに告げていた。
そのたびに、クラウドがマスクの下で唇を噛み締め、拳を握っているのに気付いてか気付かずか、ザックスは気を悪くした様子もなく明るく、「お前、真面目だなぁ」と笑った。
そんなザックスの態度が、いつものまわりの人とは違って、興味がそそられなかったわけじゃない。
けれど、気さくなザックスは、ほんの1日ほどで仕官生たちの信頼を集め、2日目にはもう、クラウド以外の仕官生たちに囲まれていた。
その光景が、前日の休憩時間にも感じたデジャブそっくりで、クラウドはますますザックスたちから距離を置くことになった。
ミッション中、クラウドはザックスと特別に接触があったわけじゃないのだ、本当に。
最初の一泊時に、コーヒーを手渡された──ただそれだけの接触だ。
そんなクラウドよりも、他の仕官生たちのほうが、ずっと彼の記憶に残っているだろう。
だから、ミッションが終れば、自分の存在など、もう彼の頭には残らないと思っていた。
もし、彼が何かの拍子に、自分が付き従った仕官生の研修の件を思い出すことがあったなら、その光景の中に、自分の存在などないに違いないと──クラウドは、ずっとそう思っていた。
でも。
「よっ、クラウド。隣、いいか?」
──一般兵用のまずくて安くて、量だけは多い食堂の一角。
どうしても甘みよりも苦味を感じるシチューを、グルグルと掻き混ぜて──でもやっぱり、金払って買ったものだから、最後まで食べたほうがいいよな、と、密かに無表情に悩んでいたクラウドに、明るい声がかけられたのは、あのミッションから、一ヶ月が過ぎた頃だった。
神羅に入社して、10ヶ月。あと2ヶ月ほども、真面目にこなせば、問題なくソルジャー候補試験が受けられる──そんな時期だった。
この頃になると、クラウドに話しかけてくる人間は、まるでいなくなっていた。
人との接触になれていないクラウドは、ニブルヘイムにいるときと変わりなく、最初の段階から躓いた挙句、その後の挽回方法も分からないまま──今の今まで来てしまったからだ。
寮の同室者や実践で組むパートーナーたちとは、ほどほど無難にやっているつもりではあるが、それでも彼らからしてみたら、クラウドは「他人よりも親しい程度」の付き合い。
食堂でクラウドを見かけたら目や手で挨拶をしてくれはするものの、わざわざ一人で食べているクラウドの横に座りに来ることはない。──彼らには、クラウドよりもずっと仲がいいトモダチがいるからだ。
そのことを悲しいと思ったことはないけれど、回りが楽しそうに話しながら食べている声を聞いていると、少しばかりむなしい気持ちを覚えてしまうことは、何度かあった。
──でも、どうしようもなくて。今更、どうにも挽回できなくて。どうしたらいいのかも分からなくて。
そんな状況下だったからこそ、頭の上から朗らかに降ってきた言葉に驚いたのは、他の誰でもない、クラウド自身だった。
「──……っ?」
慌てて顔を上げた先──クラウドが返事をするよりも早く、相手は丼が三つも載ったトレイをテーブルに上に置きながら、大きな音を立てて椅子に座り込んだ。
そうしながら、自分の胸元ほどしかないクラウドの頭を見下ろして、
「ここの食堂の飯って、安くて量は多いんだけど、味がイマイチなんだよな〜。
お前、何がオススメ?」
スプーンを取り上げながら、にっぱりと笑顔を浮かべて問いかけてくる。
その顔は、紛れもなく──つい、一ヶ月ほど前のミッションで初めて会ったソルジャー……ザックスだった。
彼の姿が一般兵の食堂にあることも驚いたが、先ほどかけられた声が本当に自分宛てだったことに、もっと驚いた。
クラウドはゆっくりと目を瞬き──それから、自分の前と、自分の横を見比べた後、
「……俺?」
ひどく当惑したように、問いかけた。
そんなクラウドの動作に、男は快活に笑って、
「そうそ、クラウド=ストライフ仕官生、君だ。」
わざとらしい仕草と声で、そう指摘した。
まるでミッション中のような言い草よりも、クラウドが驚いたのは、彼が自分のことをフルネームで覚えていたということだった。
なんて答えたらいいか分からなくて──どちらかというと驚きばかりが先に立って、クラウドは隣の男をマジマジと見上げた。
日に焼けた肌、凛々しい眉、快活に笑うと頬骨が浮き出る、精悍な容貌。
そして何よりもひきつけられるその目は──薄くぼんやりと、青色に輝いていた。
そんなふうに、驚くばかりのクラウドの顔に、ザックスは気分を心外したように片眉を器用に揚げて見せた。
「何? もしかして俺のこと、覚えてないわけ? ほら、一ヶ月くらい前にさ、ミッションで一緒したじゃーん?」
お軽い口調で首を傾げる彼に、クラウドはハッと我に返って──はい、と、一つ頷いた。
「はい……覚えています、サー。
ただ……俺のことを……覚えていたとは、思いも寄らなかったので。
失礼しました。」
ペコリ、と軽く頭を下げると、ザックスは、んー、と曖昧に笑って、
「ザックス。」
クラウドの顔を、下から覗き込む。
「──……は?」
他人にこれほど近くから覗き込まれることになれていないクラウドは、とっさに頭を後ろに下げて、真下に見える彼の魔晄の目を見下ろす。
戸惑いの表情が自分の顔いっぱいに浮かんでいるとクラウドは思っているが──けれど、実際、クラウドは目元がかすかに揺れただけで、全くの無表情だった。
ザックスはそんなクラウドに、苦い色を見せて笑うと、
「だーかーら、ザックスだってば。
覚えててくれたんだったら、俺がサーって呼ぶなって言ったのも覚えてるだろ? ん?」
首を傾げるように覗き込むザックスの顔が、楽しそうにからかうような色に染まっている。
その顔は、あのミッション中も何度か見かけたが──彼がそれを向ける対象は、いつも自分以外の誰かだったはずだ。
「俺、は……仕官生ですから。」
戸惑うように、ぼそぼそ、と口の中で呟くと、ザックスは何を言うんだか、と言ったように笑った。
「俺たち、トモダチだろ?」
ニ、と笑った顔には、何のてらいもない、ただ純粋な言葉と色がにじみ出ていて。
クラウドは、その聞きなれない言葉に、ただ戸惑い、眉を寄せずにはいられなかった。
この少し後、クラウドは知ることになる。
ソルジャー・ザックスは、同じ任務で同じ苦労として、同じ目で前を見た人なら、その相手は「トモダチ」なのだそうだ。
だから、あの時、たった一度の──それもミッションとも呼べないような任務を一緒にこなしたクラウドも、ザックスにとっては、「トモダチ」なんだと……そういうこと。
それを誰だったかの口から聞いて……だから、お前が特別にトモダチなわけじゃないんだと、たたきつけられるように教えられて。
そんなことだろうと思ったと、──随分と彼は、「ともだち」という言葉のハードルが低い男なのだと、どこか苦く思った。
──「ともだち」ってさ……何種類、あるのかな?
彼の言葉を受け止める俺が、彼に抱いている「ともだち」の重さと。
彼がニッコリ笑いながら、友達だと言う「ともだち」の重さは。
──ひどく、違うような、気がしたから。
「あのさ──あんたにとっては、なんでもない一言だったと思うけど。
俺……トモダチ、なんて、言われたの。
…………はじめて、だったんだ………………。」
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