「兄さん」の仮宿に、自分達にとって貴重な「力」となる──星の力の欠片『マテリア』を探しに行ったはずの末の弟が、待ち合わせ場所に現れた瞬間。
思わずカダージュは、秀麗な眉を寄せて、低く呟いていた。
「……ロッズ、ソレは何だ?」
不快そうに鼻の頭にまで皺を寄せて、見下すように顎を上げて問いかけるカダージュの、色素が薄い故に、さらに冷たく見える眼差しを受けて、思わずロッズはビクリと肩を揺らした。
細く繊細な輪郭を持つ兄達に比べて、醜いアヒルの子のようにがっしりした体躯を持つロッズは、強面に似合わぬ繊細な心を示すかのように、背中を微かに震わせながら──それでも、腕に掻き抱いた大切な宝物を守るように、ギュ、と両腕に力を込めた。
とたん、ミシリ、と、手の中で脆い何かが音を立てたように感じて、慌ててロッズは指先から力を散らす。
──つい数時間前に、首を掴んだ女に向けた力加減で、「宝物」に触れては、壊してしまう。
そのことを、彼はその数時間前に学習したばかりだった。
「子供は僕達が集めてくると──そう言わなかったか?」
ス、と目を細めて問いかけてくるカダージュの声が、一段と低くなる。
その隣で、ヤズーがヒョイと肩を竦めて、知らないよ、というように薄い唇に笑みを刻むのもみえた。
けれどロッズは、無言で腕に抱えた子供を持ち上げたまま、応えようともしない。
カダージュはそんな末の弟に、ムとしたように鼻の頭に皺を寄せたが、それ以上何も言うことはなく、呆れたような長いため息を零した。
「……まぁ、いい。子供の数は多ければ多いほど、いいからね。」
意味深に微笑みながら、チラリと──自分たちに付いてきた不安と期待に満ちた表情をしている子供達を見てから、カダージュはゆっくりとした足取りでロッズに近づく。
そして、彼が大切に抱いている少女の顔を覗き込み、額にかかる前髪を、指先でツイと避けてやったところで──ピクン、と、片方の眉を跳ね上げた。
「────……ロッズ。」
「…………っ。」
低く、うなるようなカダージュの声に、びくんっ、とロッズの肩が跳ねる。
その仕草が、何もかもの答えを物語っていた。
作戦が上手く進んでいて上機嫌だったはずのカダージュの声の変化に、ヤズーがいぶかしげに視線をくれる。
「カダージュ、どうかしたの?」
かったるそうに首を傾げて問いかけてくるヤズーの声に応えず、カダージュは気絶したように目を閉じている少女の頬に指先を押し当て──グ、と指先を埋める。
「僕達は確か。」
押し込められた指先に触れる、暖かで柔らかな感触を味わいながら、カダージュはゆっくりと視線をあげて──なぜか視線をさまよわせるロッズの瞳を、ひたり、と睨み上げた。
「星痕症候群の子供を……かあさんの息吹の宿った子供を、集めてくるって、言ったよねぇ?」
「……………………っっ──。」
ねっとりと、体中にしみこむように声を低く囁けば、ロッズの肩は見ておかしいほどに跳ね上がる。
その仕草を見て、ヤズーはことの顛末を知った。
──というか、これで分からなかったら、バカだろう。
「はっ! バッカだねぇ、ロッズ。」
ヤズーはせせら笑うように鼻を鳴らして笑った後、顎を逸らしてロッズを見下ろす。
叱られたかのように首をすくめたロッズは、ぼそぼそと聞こえにくい小さな声で、なにやら呟く。
「…………でも、マリン、マテリアを持ってた……。」
「……へぇ?」
ぼそぼそと零しながら、ロッズはマリンを抱えた腕から見える場所に埋め込んでおいた紅い宝玉と翠の宝玉とをカダージュに見えるように軽くあげた。
それを認めて、カダージュは双眸に宿った冷たい光を収め、逆に興味深そうにあどけない表情で眠る少女の顔を覗き込む。
「兄さん」が、世界各地で見つけたマテリアをたくさん持っているというのは、カダージュたちも知っていた。だからこそ、ロッズに「兄さん」の住処に行くように指示を出したのだ。
そのロッズがマテリアを持ってきたのは当然だけれど──、
「それじゃ、ロッズが持ってきたマテリアのほかにも、この子がたくさんのマテリアを隠している可能性があるということかい?」
それは面白いと、目を細めてチラリと唇を舐めたカダージュに、ロッズは無言でマリンの顔に視線を落とすだけだ。
その表情がクシャリと歪んだのを見て取り、ヤズーが少し離れたところから、楽しげに高らかに声をあげた。
「なんだよ、ロッズ、また泣くのかっ?」
嬉々として揶揄する声に、泣いてない、と即座にロッズは答えたものの、その語尾が掠れていたのは聞き間違えようもなく──。
カダージュは何を考えているのか分からない表情で首をかしげた後、
「……ロッズ、なんでその子を連れてきたのか、ちゃんと教えてくれるか?」
やんわりと優しい声音でもって、そう、言った。
ドサ、と──花びらが舞い散る中、指先が落ちた。
ヒュッ、と息を呑んだマリンの目の前で、意思のある強い光を宿していた目が、瞼に閉ざされ──生理的な涙で濡れた睫が、揺れていた。
けれど、それも一瞬。
すぐにその体は、ピクリとも動かぬ状態で、花畑の上に投げ出された。
それを認めて、マリンは恐怖と苛立ちが混じった気持ちで、グ、と下唇をかみ締める。
ガタガタと震え始める膝を叱咤して、マリンは必死に涙がにじみ出そうになる目に力を込めて、倒れ伏したティファの目の前に立つ男を睨み付けた。
「……そーんなところにあったのかよ。」
男は、にらみ付けるマリンが見えているのか見えていないのか。
色素の薄い双眸でマリンが両腕で抱える美しい宝玉を見つめて、今にも舌なめずりしそうな表情で、ニィ、と唇をゆがめた。
その表情に覚えがあって、マリンは思わずジリ、と後ろに後ず去る。
男が、こういう顔をするときは、碌でもないときだ。
マリンは、ティファにそう言い聞かせられていたし、実際、こんな顔をした男が目の前に現れて、良い気持ちをしたことは一度もない。
幸いにして、大事に至ることは今までなかったけれども──と、マリンは背中が震え上がるような危機を感じながら、チラリ、と花畑の上に突っ伏したまま、ピクリとも動かないティファに視線を当てる。
先ほどまでは──目の前の男が入り口から現れるまでは、まるで絵画のようにキレイな場所だと思っていた。
もう3年以上も昔──「お花のお姉ちゃん」のお母さんの所で、毎日のように読んでいた本の中に出てきた、美しい美しい場所。
本の中では、美しい場所には天使や女神様が住んでいて、幸せばかりがあるのだと、そう言っていたけれど。
壊れた屋根から差し込む柔らかな光。
むせ返るような花の香。
両腕に抱えた美しい宝玉は、日の光を浴びてキラキラと不可思議な光を放っている。
──まるで夢のような光景なのに。
「……──ティファに、何、したの。」
今、この現実は……悪夢のようだ。
ジリ、と、後方に下がりながら、マリンは震える声で男をにらみ付ける。
そんな彼女に、男はヒョイと片眉を跳ね上げて、
「俺が何もしてねぇのに、襲い掛かってきたから、ちょーっと相手してやっただけだろ?」
「ちょっと、で──ティファがやられるはずない!」
男の口元に浮かぶ笑みを払拭させるかのように、マリンはリンと叫んだ。
そしてそのまま、踏み出してくる男から逃げるように、椅子を回り込んで彼から距離をとる。
ジリジリと後ろに逃げながらも、視界の片隅にはティファの──動かない女の姿を捉え続けて、マリンは、泣きそうに唇をゆがめた。
今にもその場にうずくまり、泣き叫んでしまいたい気持ちを堪えていられるのは、ティファやクラウドに適わないまでも、マリン自身が修羅場を何度か経験してきているからだ。
そして何よりも、「ティファは絶対に大丈夫」だと、自信を持っているからだ。
エッジに住む人たちも、そして目の前の男も知らないだろうけれど、ティファは3年前の戦いの「英雄」だ。
クラウドやマリンの父達が武器を持って戦った中、唯一、その肉体を武器として戦った……武器がない状態で戦わせれば、パーティ内で1番強いと、シドやバレットに言わせたほどの「実力者」なのだ。
だから、最近なまってきたと言ってはいたけれど、そのたびにこの廃墟に来て、廃墟を片付ける手伝いという名目の元、「普通は機械を使って壊す」瓦礫の山を、素手で壊していた──、そんなティファが。
「あなたがティファに、なにか変なことしたんだっ!!」
簡単に、やられるはずがない。
たとえ、守るべき人間がココに居たために、大技が使えなくて手加減をしていたのだとしても。
隙をつかれて油断をしてしまったのだとしても。
それでも、ティファが──、あのティファが、たった一撃で倒れるなんて、ありえない、と。
マリンはマテリアを強く握り締めながら、男を睨み付け続ける。
マリンの強い眼差しを受けて、男は不機嫌そうに眉に皺を寄せた。
病的なまでに白い皮膚を持った男は、けれど屈強な肉体を持つが故に、まるで弱弱しい感じはしない。
キラキラと差し込む光に鈍く輝く銀色の髪。面倒そうな表情でチラリとマリンを見て、それから彼女が抱えるマテリアを見据えて、男は大股で足を進めようとした、瞬間。
──コツン、と、ブーツの先で、マテリアがコロリと転がった
男は今それに気づいたようにそこを見下ろし──ニィ、と、口元をゆがめて笑う。
その姿が、記憶の中の何かに触れた気がして、マリンはさらに数歩後ずさる。
それと同時、視界に移っていたはずのティファの姿が花に埋もれて見えなくなって──胸がざわりと揺れた。
慌てて立ち位置を右にずらせば、白い花と葉に埋もれたティファの黒い髪がチラリと見えて、ホ、とした。
男は、自分が蹴り付けたマテリアがころころと遠ざかっていくのを見送った後、視線をマリンに戻した。
目の前には、笑う膝を必死に堪えた幼い少女。──か弱い彼女が抱える大量のマテリアを奪うのは、至極簡単だ。
マリンにとっての「二歩分の距離」を一気に詰められて、マリンはビクンッと肩を揺らした。
そして彼女は、手にしていたマテリアを一つ掴み取り、男に向けて投げつける。
男の意識がティファに集中していたときは、投げたマテリアは男の体に当たったが、今回はそう上手くいかなかった。
男は投げられた魔法マテリアを難なく片手でキャッチして、それをクルリと手の中で回して見せた。
マリンはそれを見て、キュ、と唇をゆがめる。
抱えたマテリアの数は、マリンの方がずっと多い。
だから、──有利なのは、マリンの方のはずなのだけれども。
実を言うと、マリンは、マテリアの使い方をまるで知らなかった。
マテリアというのは、バレット曰く「星の子供」で。
「星の子供」であるマテリアには、星と同じくらい不思議な力が篭っていて、クラウドはこのマテリアを使って炎や雷や氷を呼び出したと言っていたし、大きな獣を呼び出すこともできたとも聞いている。
何度か握らせてもらったけれど──そして今も抱え込んでいるけれど、マリンはマテリアをどうやって使ったらいいのか、まるで分からない。
投げて相手にぶつけても、マテリアはその中から炎や氷を出してくれるわけでもなければ、ぶつかった男が痛みを覚えた様子もない。
まだ子供に過ぎないマリンが、使い方を間違えて大惨事にならないように、誰も使い方を教えてくれなかったのだ。
──だって、まさか、こんなピンチが起こるなんて、誰も思わなかったのだ。
マリンはマテリアを強く握り締めて握って、視界の隅に映るティファを強く意識した。
マテリアの中には、回復呪文というのが入っているのがあって、それを使えば、傷を癒すことも出来るし、麻痺や気絶を回復させることもできるとも聞いていた。
回復マテリアがどれなのか、マリンにはまるで分からなかったけれど──それでも、このマテリアでティファを回復させて、彼女に渡せば、この場はなんとかなるはずだと……そう信じていた。
自分が、これさえ使いこなせれば──そうしたら、なんとかなるのだと。
でも。
使い方が、まるで分からない。
ギュ、と下唇を噛み締めて、こみ上げてくる絶望感を必死に押し隠そうとするマリンに、
「お前が持ってても、そりゃぁ、宝の持ち腐れだな。」
目の前の銀髪の男は、唇をゆがめるようにして笑った。
そうして、マリンに見せ付けるように、彼女が投げつけたマテリアを指先で摘んだ。
この男はマテリアの使い方が分かっているのかと、ハッと目を見開いたマリンの目の前で。
ズ、と。
男は、自分の腕の中に、ソレを埋め込んだ。
「──ひっ……っ。」
思わずマリンは喉で悲鳴をあげて、ずさっ、と後ろに後ずさる。
目の前で見たことが信じられなくて、動揺のあまり、抱えた腕の中から数個のマテリアが零れる。
こつん、コンコン……と、跳ねて飛んでいくマテリアの行方を見る余裕もない。
ただ愕然と目を見開いて、男の腕の中に消えたマテリアを──透けるように明かりが漏れるソレを、凝視することしか出来なかった。
だって、そんな──ありえない。
腕に抱えたマテリアは、しっかりとした質感も重みもある。決っしてシャボン玉や湯気のように薄い物じゃない。
それを──自分の腕の中に取り込ませるなんて。
「──へぇ、こりゃいいな。」
男は、マリンが見たこともない光景に目を見開いて凝固しているのに気づかず、マテリアを飲み込ませた腕をブンと軽く振るった。
腕の中から淡く発光するそれを、舌なめずりするかのような表情で見た後、愉悦に満ちた笑みを口元に浮かべる。
「……──っ。」
唇をわななかせて、マリンは腕の中のマテリアをギュゥと抱きしめようとして──、
「……っ!!!」
ハ、と、一つの事実に気づいた。
腕に抱えたマテリアは、投げても、祈っても、「父さん」が言うような力を発現することはなかった。
そして、目の前の男は、迷うことなくマテリアを自分の腕の中に取り込んだ。
それが、示すことは。
「──ぃ……っ。」
ゴトゴトゴトンッ。
とっさにマリンは、両腕に抱えたマテリアを放り出すようにして、両腕を放した。
放さずにはいられなかった。
思いついた考えが頭の中にこびりついて、怖くて、怖くて──ガタガタと指先と膝が笑うのを止められないまま、マリンは恐怖を滲ませた双眸で、開いた両腕を交互に見やる。
日に焼けていない白い腕。手首から肘へと続くライン。──そのどこにも、マテリアと同じ光はともっていない。
──腕の中に、マテリアは入り込んでいない!
それを確認して……ほ、と、状況も忘れて安堵のため息を零したところで。
カツン。
「……──っ!?」
ブーツが鳴らす足音に、ハッと顔をあげたマリンが見たのは、転がったマテリアを掴みあげるロッズの姿だった。
しまった、と、慌てて足元に転がったマテリアを再びかき集めようと両腕を伸ばしたところで。
ロッズが拾い上げたマテリアを無造作に左腕に埋め込むのが見えた。
音もなく腕の中に吸い込まれるマテリアに、マリンは背筋がゾクリと震えるのを感じて、知らずブルリと大きく身震いした。
そんなマリンの眼差しに向けて、ロッズはヒラリと無骨な指先を向けたかと思うと、ぞんざいな口調で呪文を呟いた。
「──スリプル。」
マリンにとっては意味のわからない呪文の名前。
それが男の口から放たれたかと思うや否や、目に見えて分かる光がキラキラとマリンの全身にまとわりついた。
慌てて腕でその光を振り払おうとするが、光の帯はマリンの体をグルリと囲んで、腕と体をすり抜けていく。
「──……っ!?」
それでも必死に振り払おうと両腕を振り回すが、光が消えるどころか、クラリ、と──視界が歪んだ。
あ、と。
小さな悲鳴をあげようと口を開いたはずなのに、喉を通るのは空気ばかり。
クラリと眩暈を覚えて、歪んだ視界が真っ暗になって。
ダメだ、と。
そう思うのに。
「さっさとマテリアを渡してりゃ、怪我しなかったんだぜ、お嬢ちゃん?」
からかうような口調で低い笑い声を零す男の声を最後に、マリンの意識は、コトン、と途切れた。
*
「…………………………………………で?
イライラしたカダージュに睨まれながら、マリンを連れてきた状況を説明し終えたロッズに、カダージュは片眉を大きく跳ね上げて問いかけた。
「で? ……って??」
ロッズは、カダージュが何を問いかけているのか分からない様子で、首を傾げながらカダージュを見上げる。
そんな察しの悪い弟の眼差しを受けて、はぁ、とカダージュはイヤミったらしく長いため息を零した。
「ロッズがその少女と会ったいきさつは分かった。お前がマテリアの奪還に成功したのも分かった。
けど、僕はね、どうしてお前が、その娘を連れてきたのかって聞いてるんだけど?」
語尾が少し跳ね上がったのはやはり、順調に進んできている計画に不穏分子が入り込んでしまったせいだろう。
星痕症候群のない子供が1人混じっていたくらいでは、計画に支障はないと思うが──今聞いた話から考えるに、どう考えてもロッズが抱きかかえている少女は、「兄さん」の知り合いだ。
しかも、下手をしたら「兄さん」の「娘」かもしれない少女だ。
そんなものを連れ出して──人質にでも取るつもりだったのか? 現状、そんなものはチリとも必要としていないのに?
なんて意味のない人質だろう!
「マリンがマテリアを持っていたから、連れてきた。」
そういうことかと、納得したように頷いて話してくれたロッズに、カダージュは頭痛を覚えたように眉を寄せ、ヤズーは背後で腹を抱えて大爆笑してくれた。
カダージュも揃って大笑いしたい気持ちになりながら、フルリとかぶりを振ったところで。
「あはははは! なんだよ、ロッズ! お前、ほんっとバカだなぁっ!
人間ってのは、体の中にマテリアなんか持ってないんだぜ?」
──いや待てヤズー。今、問題になってるのはそういうことじゃない、と、そう突っ込んでくれるようなまともな智略を持った人間は、残念ながらこの場には居なかった。
「それくらい知ってるさ。」
ムッとしたようにロッズが拗ねた響きの宿る声で反論すれば、ヤズーは肩を揺らして笑いながら、上半身をけだるげに揺らしてロッズを見下す。
「だったら、なんでその子を連れてくる必要があるのさ? だって、お前が持ってきたマテリアだけで──十分、役目は果たしてるんだぜ?」
言いながらヤズーは、ロッズの足元にあった麻袋を顎でしゃくる。
ロッズがマテリアを詰め込んできた麻袋の中には、マスタークラスのマテリアがどっさりと入っている。
自分たちの能力と機動性から考えれば、多すぎるくらいのマテリアだ。
「その子は、百害あって一利なし。──邪魔な存在だね。」
ハッ、と、鼻でせせら笑ってみせるヤズーの言葉に、カダージュは反論も肯定もすることなく、さて、と小首をかしげた。
ロッズが、どうして彼女をここに連れ帰ってきたのか、答えは分からない。
倒した女はそのまま教会に捨て置いてきたと言うのだから、その少女も同じように捨ててこればよかったのに、とも思う。
「このままだと、兄さんがその子を取り戻しに来るかもしれないね……。」
目を細めて──兄さんは、僕達の邪魔をしているから、と、囁くように呟けば、びくん、とロッズが肩をこわばらせた。
「兄さんが来るのか?」
「人間とはそういうものなんだろう?」
興味なさそうにロッズに応えたあと、カダージュは何かを考えるように空中に視線をさまよわせた。
そんな彼を見上げて、ロッズは泣きそうな顔で腕の中の少女を見下ろす。
自分の無骨な腕の中に抱かれた少女は、小さくて、華奢で、柔らかくて──そしていいにおいがした。
サラサラと揺れる髪が、白い頬を覆い、閉じた瞳の下に、ほんのりと隈も浮いて見えた。
両腕にマテリアを抱いて、マテリアから放たれた淡い光に白い頬を染めて、キッと自分を睨みつけていた少女。──その、強い眼差しに見つめられた瞬間、ゾクリと背筋に何かが走ったのだ。
真っ直ぐに強い双眸。
その光は、「生まれてから」一度も、見たことがない、初めて目の当たりにした色だった。
ただ、真っ直ぐに。
怯えと恐怖を滲ませながら、それでも必死に自分を見つめるその瞳は、とてもキレイだった。
抱えていた腕を少しずらして、ロッズは未だ眠り続ける少女の瞼を、ソ、と指先で触れた。
ぴくん、と動いた彼女の頬に、一瞬動きを止めるけれど、瞼が動かないのを見て取ると、薄く柔らかく……そして暖かな瞼を、指先で優しくなぞる。
この下に、彼女の強い眼差しが眠っている。
自分を睨みつけ、マテリアをなげつけて──恐怖と絶望の中、最後の最後までロッズを睨みつけた「猛者」の瞳が。
「……起きないかな。」
自分が眠らせた張本人だということを棚にあげて、ロッズはそんなことを呟きながら、マリンの小さく暖かな体を大事そうに抱え続ける。
本当は、連れてくるつもりなどなかったのだ。
カダージュたちにそう吐露すれば、「だったらなんで連れてきたんだ」とロッズよりもずっと良く回る舌で攻められるから、あえてそのことに口を噤んでいた。
そう、本当は、彼女を連れてくるつもりはなかった。
マテリアを持っていて、女を倒した自分の顔を見ているから、だから、証拠隠滅のために連れてきたんだ──なんていう言い訳は通用しない。それならロッズは、倒した女も一緒に連れ帰ってこなくてはいけなかったのだ。
何よりも、あのときはそんなことは何も考えていなかった。
ただ、マリンが落としたマテリアを拾い集めていて……彼女の下敷きになったマテリアを見つけたから、それを取ろうと娘の腕を無造作に引き上げて。
生まれて初めて触れた「人」の細さとぬくもりに、びっくりした。
暖かな体温なんてものに、初めて触れて、気持ちが悪いと腕を取り落とした。
そして、マテリアをまた下敷きにしてしまったことに気づいて、コレに触れるのはイヤだから足で少女の体を引っくり返そうとして。
──気づいたら、その小さなぬくもりを、抱き上げていたのだ。
「起きないかな、早く。」
小さく呟いたロッズの言葉は彼の口の中だけに消える。
初めて触れたぬくもり、初めて触れた人の体。
気持ち悪いはずなのに、どうしてか触れていることがひどく心地よいと思える。
手放したくないと思える。
腕の中の少女は、目が覚めたら、自分を見て何を思うだろう、何を叫ぶだろう、何を──……。
そう思えば、なぜか背筋から頭めがけて、ゾクゾクした震えが走った。
「何にしろ、浚ってきてしまったものは仕方がないね。
兄さんが来る前に、さっさと儀式を始めようじゃないか。」
まったく──余計なことをしてくれる。
カダージュは、言外にそんなことを呟きながら、少女を見下ろしているロッズをチラリと見やって、ため息をたっぷりと吐き捨てた。
そして、頭を軽く振ると、気を取り戻してヤズーと共に集めてきた子供達の元に向かって歩き始めた。
ヤズーはそれに気づいて、ロッズの足元の麻袋を担ぎ上げると、
「僕は別に、兄さんがやってくるならくるで、一緒に遊べるからいいんだけどね。」
ふふふ、と上機嫌に笑いながら、袋の中から紅いマテリアを1つ取り出して、うっとりと笑いながら、それを自らの腕の中にはめ込んだ。
淡く光るマテリアの輝きに、ますます嬉しそうな笑みを貼り付けたヤズーは、肩越しにチラリとロッズを振り返ると、
「ロッズ、その子の面倒はお前がきちんと見るんだよ。」
僕は知らないからね、と。
軽やかな笑い声をあげて、そう言い残していった。
──マリンが目を覚まして、悲鳴をあげながらロッズの頬を張るまで、あと、5分。
+++ BACK +++
む、消化不良です。
DVDで、ティファを倒した男にマリンが連れ去られる理由も分からなければ、古代種の都でマリンがロッズの足に隠れている理由も、マリンだけが「お客様」扱いされてる理由も良くわからなかったことから、妄想→発展した話。
なんですが、あまりに「ロッズVSマリン」対峙シーンをリアルに考えすぎたおかげで、馬鹿みたいにロッズが「マリンに一目ぼれ!?」的展開を書くのを忘れてましたv っていうかそういうムードに持っていけませんでしたv えへvv
ロッズの性格を忘れてしまったので(←失格)、ロッズ視点だけは避けよう、と思ったせいとも言います。
でも、けっこう萌えだと思うんだけどなぁ。
最初はマリンが持ってるマテリアに目をつけただけのはずなのに、マリンに触れて、初めて人の「体温」に衝撃を受けるロッズ。でもその衝撃内容を自分で良く分かっていない(笑)
彼はマザコンなので(断言)、実はちょっと、女の体温とか人肌とかに弱いという設定でお願いします。
で、「カダージュたちが子供を集めてるって言ったし」と、ついついマリンを連れ帰ってしまうわけですが、
「集めてる子供は星痕症候群の子供だって言ったのに、覚えてないの? これだからロッズは。」
と、ヤズーにせせら笑われてしまうわけですね〜。
で、カダージュは、状況を聞いて、「マリンは絶対クラウドに関係のある子だ。そんなもの浚ってきた挙句、関係ありそうな女を倒してほうってきたとなったら……確実にクラウドがココをかぎつけてやってくる」と一瞬で判断して、早速子供達を取り込む作業に入るわけですね〜(笑)
……っていう、裏事情みたいなのが書きたかったんですよ、本当は。
ちょっといたりませんでしたね……。
……箇条書きにしといたほうが、収まりよかったかもしれません……。