うでまくら











 くるくると髪の毛の先を指先に巻きつけながら、ふと見下ろした先に、真っ二つに割れた毛先。
 それを認めた瞬間、秀麗な眉をキュと寄せて、栗色の髪の娘は下唇を尖らせた。
「あ、枝毛、できてる。」
「え、どこ? 切ってあげる。」
 つぶやいた瞬間、打てば響くように隣から指が伸びてくる。
 その指先に向けて、指に巻きついた自分の髪先を示すと、本当ね、と言う声と共に、鋏が伸びてくる。
 切れ味のいい鋏で、チョキン、と枝毛が切られて、先に行くにつれて金色に近くなっていたそれは、ほかの髪にまぎれて見えなくなる。
「うーん、やっぱり、ちょっと髪、切ったほうがいいかなぁ?」
 最近、毛先が荒れてきたみたい、と、再び指先にくるくると髪を巻きつける娘に、隣に座っていた黒髪の娘が首をかしげて答える。
「そんなに荒れてるようには見えないわよ? さらさらでしっとりしてるし、キレイなものじゃない。」
「見た目はそう見えるだけ。ほら、見て、ティファ。
 ここにも枝毛!」
 キュ、と眉を寄せて、また見つけた枝毛を突きつけながら、エアリスはプクリと幼い仕草で頬を膨らませた。
「──あ、ほんとね。」
 爪を切っていた手を止めて、再びエアリスの髪先を覗き込んだティファは、持っていた鋏でパチン、とそれも切ってやる。
 はらりと零れ落ちたエアリスの髪を指先でつまみあげると、テーブルの上に広げていたティッシュの上に落とした。
 それから再び、持っていた鋏で爪を切りそろえ始めながら、ティファは、隣で真剣な表情で新たな枝毛を捜している親友に一瞥をくれる。
「髪を切る前に、先にトリートメントを変えてみたらどう?」
 それだけキレイに伸びたのに、切るのはもったいないわよ、とティファは唇の先をあげて笑う。
 枝毛を撲滅するために切ろうと思うと、今よりも10センチは短くなってしまう。
 エアリスほどの長さになると、「たかが10センチ」かもしれないけれど──それでもやっぱり、もったいない気がした。
 黒髪のティファにとって、キレイな栗色のエアリスの髪は、ひそかな憧れなのだ。──エアリスにとって、烏の濡れ羽色のようなティファの髪が憧れであるのと同様に。
 だから、できれば「切る」以外の方法を薦めたいと、ティファは軽く首を傾げながら、刃先を小さく揺らす。
「ほら、旅をしていた時だって、戦闘でぜんぜん手入れする暇がなかったときがあったじゃない?」
「砂漠の中と海の上!」
「そう! あの時なんて、髪はばさばさになるし、砂嵐でバチバチするし、もう最低だったわ!」
 思わず、それ以上髪が乱れないように、三つ編みにしたものね、と、しみじみため息を零すティファに、エアリスは応えるように軽やかな笑い声をあげる。
「クラウドの髪、すずめの巣になってたよね。」
 あれはある意味、一見の価値があった、と──楽しげに喉を鳴らせて笑うエアリスに、ティファも苦い色を刻んだ笑みを浮かべて、そうねぇ、と笑った。
「もうあのときは、切るしかない! ──ってみんな思ったけど、ほら、コスタ・デル・ソルに売ってた限定トリートメントでなんとかなったじゃない?」
「うんうん、アレ、すごかったよね。」
 鋏で丁寧に爪の形を整えながら笑うティファの言葉に、エアリスは顔をあげて、コクコクとうなずく。
 それから、うっとりとした目で少し薄暗い天井を見上げながら、
「あそこの化粧水、よかったよね。」
「売ってるものは高かったけど、その分だけ品質がよかったものね。
 もう少しして、あそこまでのルートができたら、クラウドに頼んで仕入れでもしてもらおうかしら?」
「あ、それいい! ぜひそうしてもらって、ティファ! わたし、バラ水がいいなぁ〜。」
 ぱん、と両手を合わせて喜ぶエアリスに、ティファは鋏をテーブルの上において、鑢をとりあげながら、肩をかすかに震わせて笑う。
「はいはい、いつになるかわからないけど、ちゃーんと言っておきます。」
 ゆっくりと爪先に鑢をかけながら──人差し指の辺りで一瞬動きを止めたのは、料理しやすいように爪先を丸めるか、それとも「攻撃性を重視」して尖らせるか、逡巡したからだ。
 しかし、すぐに気を取り直して、ティファは爪先を丸くするために鑢を動かせ始めた。
 「昔」と違って、今、目の前に「敵」がいないのか、というと──それはウソになる。
 ちらりと視線をあげれば、テーブルの向かい側に見える人影に、ため息すらつきたくなる。
 けれど、昔とは異なり、今の「敵」は、ティファが油断しているからと、問答無用で攻撃を仕掛けてくる相手ではない。
 どちらかというと、気を抜けば、作っていたケーキやクッキーを掠め取っていく類の──そう、ネズミみたいな存在だ。
 そんな彼ら相手に、攻撃を仕掛けることはあるが、その場合は両手がふさがっているため、足で蹴ったり引っ掛けたりがほとんどだ。
 爪先で「補助ダメージ」まで考える必要はないだろう。
 今はどちらかというと、マリンやデンゼル達の世話をするときに、彼らの肌を傷つけてしまうことを危惧するべきなのだ。
「いつになるかわからないって──そう言えばティファ、クラウド、いつ帰ってくるの?」
「んー……今回は、ちょっと遠くまで届け物があるって言ってたから、あと2、3日は帰ってこないんじゃないかしら?」
 頬杖をついて、ティファが爪に鑢をかけるのをぼんやりと見ていたエアリスが、ふと思いついたように尋ねれば、彼女はちらりとカレンダーの日付を確認してからそう言った。
「あと、2、3日。
 ……コスタ・デル・ソル、寄れるかな?」
「方向が違うの。残念。」
 首をかしげて問いかけるエアリスに、明るい笑い声を零しながらティファが答える。
 その返答に、なーんだ、残念、と──口ほどに残念には思っていないような表情で、ぺたりとエアリスはテーブルに頬をくっつけて、柔らかな笑みを浮かべた。
「クラウドったら、はったらきもの〜、だね。」
「そうね。仕事があるなら全部受けてくれ、だもの。
 そのうち過労で倒れるんじゃないかって……。」
 ちょっと心配なのよね、と、淡い微笑を浮かべて、ティファは整え終えた爪先に、ふぅ、と息を吹きかけて、鑢をテーブルの上においた。
 そのまま電灯に掲げるように指先を明かりに透かして、手のひらを裏に表に返したティファは、うん、と満足したように一つ頷く。
──そこで。
「──クラウドが最近ココにいないのは、そのせいか。」
 テーブルの向かい側から、低い美声がひっそりと問いかけてきた。
 空気を割ることなくひそやかに聞こえてきた問いかけに、ティファはちらりと眼を向けて、
「そうね、下手をすると、届け先から帰らずに次の届け先を10件くらい梯子してるのよ。」
「えっ、クラウド、そんな無理して、ご飯、ちゃんと食べてるのかな?」
 しょうがないわよね、というように小さく吐息を零すティファに、エアリスが驚いたように眼を見開く。
「それは大丈夫だと思うわ。前と違って、今はちゃんと──生きようというつもりがあるみたいだから。」
 ふふ、と笑って、ティファは自分の指にはまった指輪をクルリと回して、それに軽く唇を押し付ける。
 そんな彼女の動作に、エアリスは目元を緩めて微笑むと、
「そ。ならいいんだけど。
 でも、あんまり無茶、しないように言ってね?」
「ええ、もちろん。
 次に帰ってきたら、問答無用でベッドに押し付けるつもりよ。
 もし、寝るつもりがないって言っても、ガツンと一発落としてでも寝てもらうわ。」
 遠慮なく、と、右拳を軽く握り締めて、下から上へアッパーをかけるような仕草を見せるティファの姿に、おおー、とエアリスは感心した声をあげる。
「ティファ、たっのもしーぃ。」
「いえいえ、エアリスほどではありません。」
 テーブルの向こうの銀髪の男が、怜悧な美貌に渋い色をにじませたのにも気づかぬ様子で、ティファとエアリスは楽しげに軽口を交し合う。
 そんな二人の会話が一段落するまで待って、男は再び口を開いた。
「クラウドは疲れているのか?」
「────……、そうね。とても疲れていると思うわ。」
 何を言うのかと思ったら──という視線を男に向けた後、ティファは爪を切った後片付けを始めながら、口元に皮肉めいた笑みを浮かべる。
 浮かべてはみたものの、その皮肉が相手の男に通じるとは思っていないので、その先もきちんと口に出してあげることにした。
「何せ、仕事は大繁盛で遠距離に継ぐ遠距離の移動をしてるし。
 そんな休む間もないくらい忙しいのに、たまにココに帰ってくれば、どこぞの銀髪3兄弟が兄さん兄さんって纏わりつくし、さらにそれがなくなったかと思うと、その親玉がしがみついて離してくれないし?」
「わー、クラウド、気の休まる暇、ないわね〜。」
 わざわざ語尾を跳ね上げて、ね? と微笑んでみせるティファを援護するように、エアリスもわざとらしい仕草で、小首をかしげる。
 二人から、息の合った皮肉をぶつけられた男はと言うと──無言で、ス、と色素の薄い双眸を細めた後、
「……なるほど、つまり、クラウドは安らぎに飢えているということか。」
 くっくっくっ、と──いつ聞いても悪役の親玉にしか聞こえない笑みを零して、納得したように笑い始める。
 そんな不気味な、顔と体だけはほかに類を見ないほどの美丈夫に、ティファはため息を零しながら、カタンと椅子から立ち上がる。
 ティッシュをクシャクシャと丸めてゴミ箱に放り投げながら、
「何か飲む、エアリス?」
「うん、ティファ特製のブレンド紅茶一丁!」
「お砂糖付きね?」
「ブランデーもね。」
 くすくすと笑みを零しあいながら、二人は再び男を無視することにしたのだが──、ティファがカウンターの中に入ったところで、
「エアリス。」
 テーブルの向こうから、男が気障に決まったスタイルで、頬杖を付きながら、見とれるばかりのキレイな微笑を浮かべながら、エアリスに呼びかけてくる。
 とろけるような甘い音色で呼ばれても、ドキリともしない自分に、ちょっぴり残念な気持ちを抱きながら、エアリスはテーブルの上で手を組み、その上に顎を置いて、柔らかに微笑み返しながら、
「なぁに、セフィロス?」
 ティファが紅茶を入れてくれるまでの暇つぶしに、ちょっと彼の相手をしてやろうと思った。
 ニコニコニコ、と笑顔で笑いかければ、テーブルの向こうに座っていた銀髪の男──セフィロスは、無駄に美形な顔に壮絶なまでの微笑を浮かべて、
「聞きたいのだが、長く仕事に出た後に安らぎを感じるのは、どんなときだ? お前は、恋人に何を求める?」
 まるでエアリスを口説いているかのように、甘い雰囲気を垂れ流して聞いてくる。
 エアリスは、その甘い雰囲気をキレイに流しながら、そうねぇ、と首をかしげる。
──この際、誰が誰の恋人なのだと突っ込むのは、無駄なことなので、一切しないのが正しい生き方である。
「私、長く仕事に出るってこと、ないからわかんないけど──。
 5番街スラムに居たときに、お花のお客さんが、帰ってきたときに、奥さんの笑顔を見ると、ホッとするって言ってたかな?」
 まじめに答えながら、少し視線をさまよわせて──そういえば、私が旅の最中に、安らぎを感じたのって、どういうときだったかしら? と考えてみる。
「笑顔か。」
 なるほど、と、セフィロスが笑みを深めてみせると、
「あなたの笑顔は公序良俗違反でわいせつ罪だから、安らぎは与えられないと思うわよ、セフィロス。」
 すかさずカウンターの中でお湯を沸かしていたティファから、突っ込みがとんだ。
「何っ!? 公序良俗違反でわいせつ罪だとっ!? 俺は一度も裸で道路に立ったことはないぞっ!?」
「あははは、ヤだなぁ、セフィロスったら。
 道路に立ったことはなくても、しょっちゅう上半身裸だったじゃない。」
 思わずガタンと椅子を蹴散らして抗議したセフィロスの言葉は、明るく笑うエアリスの言葉にあっさりと叩き落された。
「そうよ、エアリスの言うとおりじゃない。
 そんな猥褻物の笑顔に心癒される人なんていないわよ。」
 ティファはこちらに背を向けて、棚の中からカップを取り出しながら、セフィロスの抗議を一瞥もしない。
 そんな彼女たちに、セフィロスは不機嫌そうに眉を寄せたが、「安らぎ」についてまだ聞かなければいけないことがあったため、しぶしぶと椅子に腰を落ち着けなおした。
「──では、俺がほかに何の安らぎをもたらせるというんだ?」
「うーん、そうねー、……旅の最中に、私が、安らぎを感じたの、は……。」
 唇に指先を押し当てながら、エアリスは当時のことを思い出すように、そ、とまつげを伏せた。
 戦いの毎日、まともに寝ることもできなかった日々。
 汚れた体と、全身の倦怠感。気を張ることばかりで、精神的にもずいぶんくたびれていた。
 なのに、神経だけがとがって、星のざわめきがいつも耳に届いた。
 おっとりと笑って、大丈夫と言って──それでも、胸の中の不安は、いつもどこかで巣食っていた。
 そんな毎日のあの時。
 同じように、眠れなくて、宿の部屋で寝返りを打った瞬間に、薄闇の中で、眼があった。
 暗闇に浮き上がる、ティファの白い面。
 ぱちぱちと眼を瞬きあって──それから、クスリと笑って、いくつか言葉を交し合うこともあれば、無言で手を伸ばして、互いの手を握り合って眠ったこともあった。
 ささくれた精神が、そうやって誰かのぬくもりを感じることで、ホ、と一息つくような──そんな、安らぎ。
「そうだ、ね。
 人肌を、感じたとき、かな。」
 思い出すように目を閉じれば、一緒にすごした幾夜もの不安の日々が、すぐに脳裏を駆け巡った。
 子供のように指先を絡めあって寝たこともある。
 雨が降り続いて寒くて眠れなかったときは、二枚の布団を重ね合わせて、体温を分け合うように眠りあったこともあった。
 ──あぁ、そう、眼を閉じれば、互いの呼吸がすぐ近くに聞こえて、互いの鼓動が、本当にそばで聞こえて。
 あの時は、泣きたいくらいの安堵を覚えた。
 鼓動をもっと近くで聞きたくて、目を閉じて、頬を寄せて──。
 そこまで思い出した瞬間、うん、とエアリスは微笑みを持って、セフィロスに顔を向けていた。
「そう、やっぱり、一番安らぎを感じるのは、人肌を感じたとき。
 ティファに、ぎゅー、って抱きしめてもらって、胸枕で寝たとき、かな?」
 ガチャガチャガチャっ……!
 自信満々で微笑んだ瞬間、なぜかカウンターの中から、激しい食器がこすれあう音がした。
「え……、アリス……っ!!」
 取り落としそうになった食器を救済したティファが、顔を赤らめて顔をあげて叫ぶが、エアリスはどうして彼女が顔を赤くしているかわからなくて首をかしげる。
 そこに、
「……胸枕か……。」
 話を聞いていたセフィロスが、無言で自分の胸を撫でさするのを認めた瞬間、自分がとんでもないことを進めるところだったのに気づいた。
「えーっと──……でも、セフィロスの胸で寝ても、安らぎは感じない……と思うよ。」
 ちょっと考えた後、本気でそれを実行しそうなセフィロスに、にっこりと笑顔で駄目出しする。
 内心、その広い胸に安堵を感じる人は居るに違いないけれど、クラウドがセフィロスの胸を枕にして安らぎを感じるかどうかは、また別の話だ。
 ──うーん、いや、もしかしたら、感じる、…………かも?
 ちょっぴりそう思ったが、エアリスはそれは顔に出さずに、にっこりとさらに続ける。
「だって、セフィロスの胸板、硬いから、枕には不向きだよね?
 ティファのは、やわらかくて、ふかふかで、すごく寝心地がよかったです、ご馳走さまです。」
 最後の一言は、ティファの方に顔を向けて、両手を合わせてお辞儀をしてみせれば、ティファからイヤそうな表情が飛んできた。
「……エアリス、それ、嫌がらせにしか聞こえないわ……。」
 はぁぁ、と重いため息を零して、ティファは指先を額に押し当てる。
 それから、フルフルと力なく頭を振るティファに、エアリスは反対側に首をかしげると、
「ほめてるのに……。」
「褒めてません。」
 わざとらしく上目遣いに見上げるエアリスの視線をばっさりと切り落として、ティファは沸き始めたヤカンをコンロから取り上げ、ティーポットの中に湯を注ぐ。
 ふわりとあがった湯気に笑みを零して、再びヤカンを火に戻せば、少し間をおいて、シュンシュンとヤカンが沸き立ち始めた。
 ティーポットの中のお湯をカップに注いで、空になったポットの中に、ティースプーンで掬った紅茶の葉を入れた。
 鼻先で香るかぐわしい香りに、口元が緩むのを覚えながら、ティファは少し首をかしげて──チラリと、エアリスと同席しているセフィロスを見上げた。
 考えたのは一瞬。
 しょうがないなぁ、とため息を零して、ティースプーンで3杯分の紅茶の葉を入れた。
 シュンシュンと音を立てるヤカンを取り上げて、少し上から勢い良くお湯を注ぎ込む。
 中でフワリと葉が巻き上がったのを見てとめて、ティファは蓋をして、その上から少しだけお湯を注いだ。
 砂時計をひっくり返しながら、さて、お茶請けは何にしようかと、小首をかしげた瞬間だった。
「では、エアリス、ティファ。」
 腕を組んで、気難しそうな顔をしていたセフィロスが、重々しい声で口を割る。
 ふ、と、その声につられるように視線をあげれば、セフィロスはその双眸に、真摯な光を宿してエアリスとティファの二人を交互に見据え──、
「胸枕が駄目なら、どこで枕をしたらいいんだ。」
 とぼけたことを言ってくれた。
──というか、その話、さっきの胸枕を否定したところで終わったわけじゃなかったんだ………………。
 思わず眼を半眼にしてしまったティファに対して、エアリスはセフィロスの言葉に、うーん、と悩みはじめる。
 両腕を組んで、それは難しいね、と首まで傾げてくれる始末である。
 このままでは、またとんでもない「安らぎの記憶」を掘り出してきそうだと、ティファはフルフルとかぶりを振ると、自ら話題を提供してあげることにした。
 安らぎの記憶──というのが正しいかどうかはわからないが、最近、マリンとデンゼルがお気に入りの「お昼寝場所」というのがある。
 そもそも初めは、ティファが二人の耳を掃除するのに提供したのがきっかけだったのだが、二人はそれがことのほか気に入ったらしく、そんなに耳垢が溜まっているわけでもないのに、耳掃除をしてくれと、何度かねだりに来たことがあった。
 ──そしてそのまま、寝てしまうのだ、ティファの膝の上で。
 そのことを思い出して、ふふ、とティファは小さく笑った。
「そうね、膝枕なんてどうかしら? これなら、セフィロスでもできるんじゃない?」
「膝枕?」
「あ、そうね、それいいわね。」
 眉を寄せたセフィロスがすかさず反応してくれて、エアリスもぱふりと手を叩いて同意を示してくれた。
 でしょう? ──と、ティファは笑いながら、冷蔵庫の中から昨日作ったばかりのタルトを取り出す。
「膝枕か……なるほど。
 それでクラウドは、気が安らぐのか?」
 ふむふむ、とうなずくセフィロスに、エアリスはにこやかな微笑を浮かべたまま、小首をかしげる。
 脳裏に、セフィロスに膝枕をしてもらっているクラウドの姿を思い浮かべて、考えること数秒。
 無言で視線をセフィロスに戻し、テーブルの下に隠れて見えないセフィロスの足を思い出してみる。
 上着のヒラヒラとズボンのせいで、はっきりと見たことはなかったが、確か、あの足は。
「……駄目ね。」
 思い出した瞬間、眉を寄せてエアリスは断言していた。
「だってセフィロスの足、やわやわのふにふにじゃ、ないものっ!!」
「膝枕は、ふにふにじゃないといけないのか?」
 真剣な顔で問い返すセフィロスに、当然よ、とエアリスはうなずく。
「ザックスだって言っていたわ。男に、膝枕、してもらうくらいなら、床で寝ていたほうがずっと安らぐって!」
「まぁそうね……良く考えてみたら、セフィロスに膝枕してもらって、クラウドが安らぐはずがないわよねー…………。」
 冷蔵庫から取り出したタルトにナイフを入れながら、エアリスの表現はどうかと思うものの、それは確かだろうと、ティファは同意を示す。
 どちらかというと、そんなことを企もうものなら、膝枕ではなく果し合いになるのは必須、眼に見えて分かっている。
 安らぐ云々の話以前の問題だ。
──というよりも、セフィロスがクラウドを安らがせるって……到底無理なんじゃないかしら?
 絶対、町一つ吹っ飛ぶほどの大事になるに違いない。
「ならば、男でもできるなんたら枕というのはないのか?」
 セフィロスは渋い表情で、自分のガチガチと筋肉で固まった太ももをポンと叩く。
 全身がしなやかな筋肉で覆われている自分の体を自慢に思えど、不満に思うことなどただの一度もなかった。
 だが今は、手のひらに帰ってくる慣れた感触が、ひどく物悲しかった。
 しょんぼりと肩を落とすようにうつむくセフィロスの姿に、母性を刺激されたのか、エアリスは再び腕を組みなおして、そうねぇ、と首を傾けた。
「あそこなら、ふかふかのやわやわだと、思うけど。
 ……クラウド、イヤがるかな……ねぇ、ティファ?」
「………………どこのことを言っているのかわからないけど、イヤがると思うわよ。──というか、エアリスだってイヤでしょ、それは。」
 砂時計の砂がすべて落ちたのを見計らって、ティファは無言で紅茶を注ぎ始めることにした。
 今のエアリスの台詞に関しては、これ以上の突っ込みは一切しないことにして。
 しかし、そんなティファの言葉に、エアリスは得たりとばかりにニコニコっと微笑む。
「アハハハ、やだ、ティファったらv ちゃんとどこのことか分かってるじゃないのvv」
「……ノーコメントっ!!」
 紅茶の最後の一滴まで注ぎ終えたポットを、ゴトンッ、と音を立ててカウンターに叩きつけながら、ティファはエアリスのからかう声を遮ると、腰に手を当てて、ふぅ、と吐息を零す。
「──だいたい、どう考えてもセフィロスにはクラウドを休ませることなんてできない……、ん、いいえ。
 クラウドを休ませたいって言うなら、やっぱり、普通に寝てもらうのが一番だと思うわよ。」
 言いかけた言葉は、セフィロスから漂ってきた妖気を感じ取った瞬間に、矛先を変えた。
 キレイな紅色の紅茶が入ったカップを盆に乗せて、ティファはカウンターをぐるりと回りこんで、エアリスたちのテーブルへと向かった。
「普通に寝てもらうのでは、俺がクラウドに安らぎを提供する時間がないではないか。」
 憮然とセフィロスが訴えるのを適当に聞き流しながら、ティファは彼の前にも紅茶とタルトを置いてやりつつ、
「それなら、いつものよーに、クラウドの布団に一緒にもぐりこんで、朝まで暖めてあげたらいいんじゃないの?」
 軽口に過ぎない言葉を、皮肉交じりに──そう、時々セフィロスを初めとする銀髪四人組は、「寝ているクラウドに気づかれることなく、いかにして彼の布団にもぐりこみ、朝まで共に寝ることができるか」という競争をしていたりする。今のところ、セフィロスが下位を大幅に引き離しての独走状態──、そう言えば。
「あ、それなら〜♪ セフィロス、もぐりこんだついでに、腕枕、してあげたらいいんじゃないかな〜?」
 ティファの手ずから紅茶を受け取ったエアリスが、にっこり笑いながらそんなことを提案してくれた。
「ほら、腕枕なら、男の人の、専売特許だし?」
「あぁ、腕枕。そうね、それならちょうどいいかも?
 クラウドの枕はもともと固めだし、セフィロスの筋肉二の腕でも全然大丈夫なんじゃないかしら?」
 ティファもそれに頷いて、エアリスの隣に腰掛ける。
 手に取ったカップに口を近づけながら、
「そうね、腕枕って言うのがあったわね。」
「うんうん。腕枕なら、胸、近いから、鼓動も聞こえて、安らげるよね。」
 そっかそっか、と、ティファもエアリスもニコニコ、と笑みを交し合って、答えが出たことに満足するように紅茶に口をつけた。
 そして、芳醇に香るその味と香りに、ほぅ──と満足げな吐息を零す。
「おいしい〜v やっぱり、3時には午後の紅茶よね〜。」
「ティファ、来月から、カフェ開いても、やってけるよ〜。」
 タルトをつついては口に入れて、幸せ、とふにゃりと美貌をとろけさせる二人は、そのままいつものように、たわいのない日常のあれこれにと話を弾ませ始めた。
 ──すっかり、「何枕」が、どこから来た話なのかを忘れさって。
 姦しい女性というのは、少し前にした話題なんて、サラリと流してしまうものなのである。
 しかし、当然ながら、話のネタを提供した人物は、そうではなかった。
 ティファに差し出された紅茶とタルトを、彼は黙々と機械的に口に運びながら、
「……つまり、朝まで腕枕ということか……………………。」
 クラウドが帰ってくる3日後の夜、実行しなくてはいけないことを、心に強く刻み込んでいた。










 ──そしてこの日から4日目の朝。
 屋根を突き抜けるかと思うほどの衝撃が、新生セブンスヘブンに走ったのは、当然といえば、当然の結果であった。
 









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このお話は、皆様の想像力が試されるお話です……(笑)。


ごく普通に会話をしているティファやエアリスやセフィロスもどーかと思うのですが(でも書いてて楽しい♪)。
頻繁にクラウドに迷惑をかけにきている銀髪三兄弟と親玉って言うのも心引かれますよね♪(笑)


もちろんこの後、セフィロスは想像通り、無駄に男前な色香を放って、上半身裸でクラウドのベッドにもぐりこみ、枕をペイとベッドの下に投げ捨てて、腕枕して一晩過ごすんですよ(微笑)。
クラウドは朝、びっくりして蹴落として叫んで枕元の剣をつかんで必殺技目覚まし……、みたいな感じ。
さらに極悪なことに、ティファはこのことを予測していて、デンゼルをその日だけは、自分の部屋に避難させてたり…………(笑)。




……あ、なんか今、枕元のクラウドに向かって、カダージュたちが「兄さんはいつも、デンゼルとは一緒の部屋で寝てるよね。……兄さん、僕たちとデンゼルと、いったい、どっちが大切なの……っ!」と泣きつく(おそらく前日、そういう感じのメロドラマをエアリスやティファと一緒に見たと思われる)いうシーンが思い浮かびました。
そういう、意味のわからないシーンも大好物です(大笑)