「ね、クラウド? 今度の仕事なんだけど……。」
言いながら、ティファはレポート用紙に書き込んだ自分のメモを指差し、クラウドの左隣に立つ。
クラウドはそんな彼女の手元を覗き込んで、あぁ、と短く応えを返し、指でその用紙の一箇所をトンと叩いて、
「これなら、3日後の予定になってるから、その前に……。」
「わかったわ、それじゃ、明日連絡しておく。OK?」
首を傾げるようにして自分を見上げてくるティファに、クラウドはかすかに口元に笑みを登らせて、頷く。
そんな彼に、ティファもニッコリ笑い返して、ヒラリと身を翻してレポート用紙に「明日連絡」と走り書きして、それを千切って「クラウド専用仕事ボード」に貼り付けた。
それを見ていたマリンが、大きく目を見開いて、カウンターから身を乗り出して、
「ねぇ、クラウド!? 今度は、コレルに行くのっ!?」
期待をしているような目で、指を伸ばす。
カウンターの中でティファに押し付けられた洗い物をしている最中だったクラウドは、マリンの小さな指先に、クイ、と袖口を引っ張られて、無言で顔を上げる。
「あぁ──3日後だがな。」
その答えに、ますますマリンは目を輝かせると、カウンターに備え付けのスツールの上に膝立ちになって、クラウドに向けて身を乗り出すと、
「それじゃ、クラウド! 私も依頼してもいい?」
「……バレットにか?」
ニッコリ笑うマリンの顔を見下ろして、クラウドはすぐに見当がつくと言いたげに口元に笑みを刻む。
そんな彼に、もちろん、とマリンは頷くと、
「あのね、もうすぐお父さんの誕生日なの。
だから──、届けて下さい。」
「あぁ、分かった。」
お願いするように上目遣いでねだる娘に、クラウドは小さくクスクスと笑みを零して、頷き返してやる。
それくらいのことはお安い御用だ。
ただ、マリンが望んでいるように誕生日当日に……ということができないのが、残念といえば残念だが──まぁ、バレットとて、誕生日当日にクラウドの顔を見て「おめでとう」と言われるよりは、マリンからの誕生日プレゼントを受け取って、無理矢理仕事を一段落させて、誕生日に駆け足で帰ってくる──ほうが、楽しいだろう。
というか、絶対にそうさせてやろう。
密かにそんなことをクラウドが企んでいるとは気づきもしないで、マリンは嬉しそうに笑った。
「それじゃ、……ね、クラウド?」
クイクイ、とマリンはクラウドの服の裾を引っ張って、自分の方へ体を向かせる。
なんだ、とそっけない口調で問いかけてくるクラウドに、うん、と笑って、
「もう少し……うん、そこ。」
さらにクラウドにかがむように促して、すぐ目前に近づいてきたクラウドの端正な面差し──その滑らかな頬に、チュ、と軽く音を立ててキスをした。
「──マリン?」
パチパチと、驚いたように目を瞬くクラウドの睫が長い。
それを間近に認めて、マリンは照れたように頬を赤く染めて笑った。
「報酬は、これで足りるかな?」
「────……マリン……どこで覚えてきたんだ、そんなこと。」
呆れたように眉を寄せるクラウドの袖を離して、マリンは元のようにスツールに腰掛けると、そのままカウンターで頬杖をついて、
「ユフィおねえちゃんが、報酬はコレでするんだって言ってた。」
「…………俺たち以外にするなよ、それ。」
どこかウンザリした顔でそう零すクラウドに、マリンは笑いながら、はーい、と返事をする。
そんなマリンを見てから──ん、と返事をして……あぁ、と思い出したように付け加える。
「それから、バレットがいる前では、大盤振舞をしないように。」
「はーい。」
クスクスクス、と笑い出すマリンに、同じようにクラウドも笑う。
そんな風に楽しそうにカウンターごしに笑いあう二人を、すこし離れた場所から眺めていた人影が一つ。
セブンスヘブンの店内にある、すこし大きめの観葉植物──自然がずいぶん戻ってきたとは言えど、まだこんな用途で使えるような植物はなく、人工のものである──の影に隠れて、彼はこっそりとその様子を伺っていた。
「……笑ってる…………。」
カウンターの中には、窓から差し込む日差しに金色の髪を輝かせる青年。
スラリとした背丈の、戦士にしては細身の体は、それでも体にピッタリとした服のおかげで、しなやかな筋肉が付いているのが見て取れた。
彼こそが、あの恐慌にあった世界を救った「英雄」の1人である。
しかし、遠目に見ている分には、まったくそんな気配はしない。
すこし前までは、笑うことすら忘れてしまったかのような感じだったけれど、今では、周り人が笑えば、釣られたようにほんわりと笑うことが多くなった。
その笑顔を、観葉植物の影からシゲシゲと観察していた青年は、緩く首を傾げて顎に手を当てた。
サラサラとうっとおしいほどに柔らかな髪が、彼の白い頬と視界を覆う。
鈍い銀色の髪のカーテンにさえぎられた視界の向こうで、クラウドはマリン相手に、柔らかな視線を向けていた。
しかしその柔らかな視線も、彼が今浮かべているかすかな笑顔も、青年に向けられたことはなかった。
それを不思議に思いながら、彼はますます首を傾げる。
クラウドの笑顔は綺麗だ。
その笑顔を、こうして遠目に見ているのは、芳しくない。
正面切って睨まれたことはあるし、辛そうな顔を見たこともある──けれど。
笑いかけられたことは一度としてない。
そのことを思い出しながら、青年は、うん? と反対側に首を傾けた。
「──どういうことかなぁ? ねぇ、兄さん?」
顎に当てた指先を、そのまま唇に当てて呟いた途端、彼は、ハッとしたように眼を見開いた。
長く煙るような睫をしばたかせ、天命を受けたかのように──ある意味、ライフストリームからの電波を受けたような顔で瞳を見開くと、
「そうか……そういうことなんだね、母さん……。」
どこかうっとりとした顔で呟く。
それから、首をフルリと緩く振って、顔にかかる髪をパサリと払いのけると、そのまま彼は腰でリズムを取りながら、カウンターへ向けて歩き出す。
それと同時、すぐにその気配に気付いたクラウドが、ハッ、とこちらを睨みつけ──先ほどまでマリンに向かって浮かべていた微笑を払拭した顔つきで、ジロリと青年を睨みつけてきた。
「……カダージュ……。」
ひくく呟かれ、呼ばれた名前に、カダージュは、にぃ、と唇を歪めて笑う。
「あ、カダージュだ。」
そんなカダージュの出現に、驚いた様子もなく──そしてクラウドほど毛嫌いするような表情を浮かべることもなく、マリンが当然のように顔をむける。
そのまま彼女は、ニッコリ微笑んで、ヒラヒラと手を振ると、カダージュの後ろを覗き込むようにしながら、
「今日はロッズはいないの? 今度来たら、デートしてあげる約束したの。」
「……マリン、初めてのデートは、もう少しまともな相手にしろ。」
頭痛を覚えたような顔で、さりげにひどいことを溜息交じりに呟くクラウド。
「違うよ、クラウド。私の初めてのデートの相手は、ヴィンセントだもん。」
ふふん、と少し顎を逸らして、自慢げに眼を細めるマリンの台詞に、クラウドはショックを受けたように眼を見開くと、少し離れたところでレジのお金を計算していたティファの方を見やった。
「────……ティファ…………。」
途方にくれたようなその声を受けて、ティファは頬杖を着いたまま顔をあげると、
「いいじゃないの、これ以上ないくらいの安全パイで。」
本日の黒字帳を計算している場所から眼もあげずに、そう断言してくれる。
そんな風に言われるヴィンセントも哀れといえば哀れだが──、ヴィンセントの年齢からすると、マリンはかわいい孫娘のようなものなのだろう。
カタカタ、と小さく音を立てながら電卓を走らせるティファに、クラウドは複雑な表情を見せた後、マリンを見下ろす。
「とにかくマリン、ロッズと出かけることがあるなら、デンゼルかザックスは連れてけ。」
「えぇー?」
「それがイヤなら、ダメだ。」
バレットよりも口うるさい父親のようなクラウドの言葉に、マリンは少しすねたように唇を尖らせて、ティファの方へと視線を当てる。
ティファは、そんな彼女の視線に気付いて、電卓を叩いていた手をそのままに、少し考えるように首をかしげると──小さく、溜息を一つ。
「……ね、クラウド?」
首を傾けるようにして、クラウドを見上げる。
その言葉にしみこんだ声音に気付いて、クラウドは洗い物をしていた手を止めて、そのままの体勢でティファの方を見やる。
ティファは、しょうがないなぁ、と言いたげな笑みを口元に浮かべると、
「わかってるんでしょ?」
ねぇ? と、促すように笑う。
そのティファの柔らかな微笑みに、クラウドは柳眉を寄せるけれど、楽しげに目元を緩めるティファの瞳を認めて、諦めたように小さく溜息を零した。
それから、不承不承といった表情を貼り付けて、
「……マリン。」
「うん。」
「行くなら、昼間、人が多いところだぞ。」
「うん。」
「遅くなる前に帰って来い。」
「……クスクス……うん。」
まるでお父さんみたいだと、クスクスと喉を鳴らせながら、マリンが頷く。
そんなクラウドの様子に、全くもって「お父さん」みたいだと、ティファも軽やかに笑った。
「もう、クラウドったら、心配性なんだから。
いいじゃないの、どうせロッズだって、何もできないんだし。」
あっさり。
ごく当たり前のことのように言ってのけるティファに、マリンがさらに楽しげに笑い声をあげる。
クラウドはそんな彼女に、それでも──分かっていても、心配なものは心配なんだと、溜息を零す。
そのクラウドの仕草に、ティファは微笑ましく目元を緩めて……3年近く前に再会したときは、何もかも「興味ない」と冷めた顔をしていたけれど、今は執着して心配するものが出来て。
その感情の矛先が少し鈍かったり、過剰だったりするところもあるけれど──いいことだ。
「──ティファ……。」
何かあったら困るんだと、眉を寄せるクラウドから、帳簿に視線を戻して、ティファはペンを取り上げてノートに昨日の売り上げを書き込みながら、
「ところでカダージュ? 遊びに来るなら、ちゃんと入り口から入ってね、って、前にも言ったと思うんだけど?」
なんでもないことのように、三人が軽口を交し合う間、じ、と待っていた青年に向けて言葉だけを向ける。
クラウドを「兄さん」と言ってはばからない三兄弟は、良くセブンスヘブンに勝手に遊びに来る。──うち末っ子らしいロッズは、マリン目当てのようだが。
一応気を使って普通に入り口からやってくるエアリスやザックスと違い、銀髪の四人は、問答無用にそこらに湧いてくれるから困る。
一度、彼ら三人の父親なのではないかという疑惑がある男が、クラウドのシャワー中にシャワールームに出現したらしい出来事については、ティファもマリンもエアリスもザックスも、「わざとだろう」という意見を押し通す。──ちなみに余談ではあるが、その事件で、クラウドが狭いシャワールーム内にも関わらずリミット技を繰り出してくれたおかげで、シャワールームは現在も故障中である。
そのことを頭の片隅でチラリと思い出しながら──いつになったらシャワールームの改装が出来るくらいにお金が溜まるのかしらと、溜息を覚えながら電卓を叩くティファの言葉に、カダージュは腰に当てていた手で顔にかかった前髪を跳ね上げると、
「話は終ったの?」
あまり表情も変えずに、そう尋ねてくる。
そのまま彼は、カツカツカツと足音も高らかにカウンターへと歩み寄ってくると、マリンの隣に腕を突いて──それから、少し考えるように首を傾げる。
「……何か用か?」
どうせまたくだらない用事なのだろうと、クラウドは眉間に皺を寄せてカダージュを軽く睨みつける。
この間のように、晩御飯を食べている最中に、唐突に涌いてきて、「ご飯は、何杯までおかわりしてもいいんだい?」なんてどこで覚えてきたんだお前は、というようなことを言いながら、勝手に席につかれても困る。
きつい眼差しを向けてくるクラウドに、カダージュは少し身を乗り出すようにして彼の顔を覗きこみながら──気だるげに、眼を細めて。
「ね、クラウド?」
淡々と──感情がまったく篭ってない声で、クラウドを上目遣いに見上げながら、呟いた。
「………………………………。」
ピタリ、と、クラウドの洗い物をする手が止まったのを、マリンもティファも音で気付いていたが、目の前で見ているカダージュだけが気付いていない。
そのクラウドのこめかみが、かすかに揺れているのはどうしてなのだろうとボンヤリ考えながら、それでもカダージュは、先を続けた。
「今日は、僕と一緒に遊ぼうよ。」
陶然と微笑むその顔には、自分が断られるなんて可能性は全くなく。
カダージュは、見る人が見れば上機嫌に見える笑み方で、クラウドの返答を待った。
クラウドの眉間の皺が、さらに深くなったのにも気付かず、カダージュは笑みを口元に浮かべたまま、ひたすらクラウドの返答を待った。
しかし、クラウドはそれに答えを返すこともなく──無言でアッサリとそれを右から左に聞き流すことにして、ふたたび洗い物に取り掛かる。
返答は無言のままだ。
カダージュはそれでも、そのままそこに立ち尽くして、クラウドの返答を待った。
──けれど。
「………………………………………………。」
「…………?」
クラウドからの返答は、10分ほど経過しても無くて、カダージュは首を傾げて、ふぅん? と不思議そうに顎から頬に向けて手の平を押し当てる。
そんなカダージュとクラウドの様子に、マリンが先ほどから笑いを堪えて、必死になっているのだが──クラウドはそれに気付いていて無視をし、カダージュは全く分かっていなかった。
もう5分ほど経過するまで待ってみたが、クラウドは洗い物をすべて片付けて、水を切った食器を布巾で拭き出すばかりで、カダージュに意識を向ける様子はなかった。
そこでカダージュは、ふたたびクラウドを上目使いに見上げて語りかける。
「……ね、クラウド?」
「…………………………カダージュ………………。」
今度は無事に返事が返ってきた。
途端、堪えきれずにマリンが、プッ、と噴出したが──当然、カダージュはこれにも気付いていなかった。
「なんだい、兄さん?」
返事が返ってきたことに、カダージュは満足して、クラウドの顔を見上げる。
そうして見上げた先で、クラウドは柔らかな微笑を向けているはずだった。
先ほどからこっそりと木の影で見ていたことから、「こう切り出せば」、クラウドは柔らかな笑みを向けることを、カダージュは学習していた。
「ね、クラウド?」
そう言って彼を見上げれば、彼は柔らかに微笑んでくれる。今まで一度も自分たちに向けたことのない笑顔を。
だから、その言葉は秘密の呪文だ。
それを、実行してみたカダージュは、必ず自分に向けられる「兄さん」の笑顔が帰ってくるに違いないと、そう信じていた。
「…………………………要望どおり、遊んでやるよ…………。」
チャキン。
なぜか、金物の音とともに、カダージュの鼻先に包丁の切っ先が向けられた。
視線を逸らせば、クラウドの手にはティファが昨夜も研いでいた切れ味が鋭い出刃包丁。──近くに池も湖もないミッドガルのエッジでは、魚なんて滅多に扱わないくせに、なぜか出刃包丁。
「……兄さん?」
「──表に出ろ。」
包丁を突きつけたまま、低く凄んだ声で、クラウドは冷めた眼差しでクイ、と扉を顎でしゃくる。
突きつけられた出刃包丁を、無言でカダージュは見つめた。
ギラギラと凶暴な光を宿す出刃包丁の用途が、魚を捌くためではなく、酒場の面倒な客や、もっぱらセフィロス相手に振われていることを、カダージュは知らない。さらに言えば、厄介な客相手に出刃包丁を振うのはティファの仕事で、セフィロス相手に出刃包丁を振るうのはクラウドの仕事である。
そんなことをカダージュは知らなかったが、この出刃包丁が、幾多もの歴戦を潜り抜けてきた一品であることは分かった。
そして、それを手にしたクラウドが──自分と「遊ぶ」ために、これを手にしたのだということも。
カダージュは無言でクラウドの好戦的な色に染まる魔晄の瞳を見返して……おかしい、どうしてあの「魔法の呪文」を口にしたのに、兄さんは笑ってくれないのだろう──なんて、全く検討違いのことを疑問に抱きつつも。
「……いいよ、表に出ようか、兄さん。」
まぁ──遊んでくれるなら、いいか、と。
カウンターを軽く飛び越えてきたクラウドに向かって、に、と唇に笑みを刻んで笑って見せた。
──カダージュ、本日の教訓。
「ね、クラウド?」──というクラウドと笑顔にしたうえに、会話をスムーズに進ませる魔法の呪文は、どうやら、女性限定らしい。
そう、とうとうと弟達に語るカダージュの姿を見たザックスが、ライフストリームの渦の中で大爆笑していたというのは、また別の話である。
+++ BACK +++
……意味わかりませんね!
たんに、カダージュさんに、小首傾げてクラウドを上目遣いに見て欲しかっただけです。
あと、奈緒姉さんのために、セフィクラ要素も入れてみました(爆)。
時折、クラウドが朝起きたら、腰に手が回っていて、「デンゼル……寒いからって布団に入ってくるな……」と、寝ぼけながら呟いた瞬間、触れた手のひらがイヤに節ばっているのに気付いて、ギクリとすると同時、首筋に生暖かいものが押し付けられ、「他の男と間違えるとは、愛が感じ取れないな……クラウド……クックックッ」とか言う声が聞えてきて、爆発音なんぞしてくれると楽しいです。
で、それを目覚まし音に、デンゼルがモゾモゾと起き出してきて、ベッドの下に叩き落されてたせフィロスと、それを踏んづけているクラウドをを認めて、目を擦りながら、「……クラウド、うるさい。」とか言ってくれると、また楽しいですね!!
……ん? 私何か、セフィロスの扱い方を間違えてますか? 間違えてないですよね??(微笑)