「ピクニックへ行こう」 3














 小高い丘の上──遠目にも巨大な飛空挺が鎮座する草原の上に、シエラ号の影が薄く伸びていた。
 見上げた空は青く、柔らかく温かな日差しを降り注ぐ太陽は、西に傾き始めていた。
 あと2時間ほどもすれば、西の空は夕焼けの色に染まり始めるだろう。
 そうすれば、そろそろ帰る時間かと、クラウドは空に向けた視線をゆっくりと地上へと戻した。
 青い空に緩やかにたなびく白い雲──穏やかで優しい光景とは、全く異なる、「戦場」がそこには広がっていた。
「おいこらっ! それ、あたしんだぞっ!!」
 視線を地上に戻したとたん、目の前に銀色のフォークが飛んできて、クラウドは無言でそれを掴み取った。
 ヒュゥンッ、といい音を立てる投げ方をするのは、普段から巨大な手裏剣を投げている娘に他ならない。
 そのフォークを投げた彼女はというと、隣に座っているシドの膝に足をかけて、彼の頭を乗り越えるようにしながらもう一つ向こうに座っているザックスの髪の毛に指先を絡めている。
 その頭の上には、オヤツの時間が始まる前に、エアリスが乗せた花冠が、かろうじて耳の先で引っ掛かっているような状態だ。
 ユフィいわく「どーだ、胸だって出てきただろ」と威張っていたソレを、二年前と変わりない仕草でシドの頭に押し付けているのは、どうかと思うのだが。
「って、痛いっ、痛いっつぅの。」
 ザックスは、咥えたクッキーを指先で摘んで外しながら、自分の髪を掴むユフィの手から、逃げようとするが、食べ物のうらみが関わったユフィがそれを許すはずもない。
「だったら返せ〜! それ、あたしんのだってば!」
 シドの頭の上で、グラグラと体を揺らすユフィに、彼女の隣に座っていたティファが、呆れたように片目を瞑って彼女の背中の服を掴んだ。
 そしてそのまま、ぐい、とユフィの体をシドから引き降ろして、
「同じクッキーだったらココにもあるでしょ、ほら。」
 ザックスが先ほど口に放り込んだのと同じものを、しょうがないわね、と言いたげにユフィに向けて突き出す。
 一体、フォークを投げるほど、何をそこまで欲しがっていたのだと、視線をやれば、ティファの手に摘まれた香ばしいキツネ色のクッキーが見えた。
 真ん中に輝く宝石のような砂糖菓子がチョコンと乗せられている。
 ユフィはティファに差し出されたクッキーのその上に乗せられた小さな宝石が、オレンジ色なのに気付いて、むっつりと唇を結んだ。
「あたしは! ザックスが食べてた赤いのがいいんだよ〜! 赤いのって、ちょっとしかなかったじゃん? せっかく見つけて、あたしが食べようと思って取っておいたのに!」
「赤いのって……あぁ、りんごピール? 確かに、うさぎリンゴばっかり作ったから、皮をピールにしたのは少なかったかも。」
 ユフィに言われて、ティファは手にしたクッキーを自分の口でサクリと砕きながら、首を傾げる。
 そんなティファの横手から、花冠を頭につけたままのエアリスがヒョッコリと顔を出して、
「ユフィ〜、はい、あーん。」
 綺麗な爪先で摘み上げたクッキーを、にっこり笑顔でユフィの鼻先に突きつけてやった。
 その甘い匂いをかもし出すクッキーの上にチョコンと乗っているのは、リンゴの色鮮やかな──赤いピール。
 すかさず、ぱくり、と食いついたユフィの口の中にクッキーを全部押し込めてやりながら、エアリスは自分の指先についた粉を、ペロリと舐め取った。
「ん〜! 美味しい!」
 途端、にっこり、と相好を崩す忍者娘に、良かったね、とエアリスは微笑んだ。
 そんな彼女に、わりぃ、とザックスが片手を顔の前に当てるようにして謝意を飛ばす。
 エアリスはザックスに向けて片目を軽く瞑って答えた後、
「それじゃ、次は何食べよっかな〜!」
 嬉々として両手を摺りあわせて、目の前に詰まれたクッキーの山に向けて、舌なめずりするユフィと一緒になって、上半身をそこへと傾けた。
 ピクニックシートに円座になって座る面々の中央には、パーティー用の紙皿が置かれ、その上には種々さまざまなクッキーが見目良く並べられていた。
 ──もっとも、オヤツタイムが始まって10分しか経っていない今、すでにクッキー同士の境界線は無きに等しかったが。
 アイスボックスにスノーボール、ビスコッティ、ジャム入りクッキーにダイスクッキー、ダックワーズ、ラングドシャ、セサミクッキー……一体、ティファもマリンも、どれくらい気合を入れたのだろうと、呆れるくらいのクッキーの量だ。
 しかも、今日のオヤツはそのクッキーだけではない。
 それぞれが座る前には、小さな紙皿の上に分けられたアップルパイの切れ端が乗せられているのだ。
 先ほどユフィが投げたフォークは、そのために用意されたものなのである。
 もっとも、ユフィは、フォークも使わず手でわしづかみして、3口で一気に食べきったのだが。
 クラウドは、手にしたフォークをコロンとピクニックシートの上に転がして、片膝を立てた体勢のまま、はぁ、と溜息を零す。
 普段から甘いものは好かねぇ、とか豪語していたバレットは、自分の膝の上に乗せたマリンの手ずからクッキーを食べさせてもらって、にやにやと顔を緩ませている。
 あの分だと、マリンが作ったクッキーは、全部俺が食べる! ──と言いそうだ。
 そう思いながら視線を落し、クラウドは自分の前に置かれた手もつけられていないアップルパイに、はぁ、とふたたび溜息を零す。
 別に、食べたくないわけじゃ、ない。
 ティファが、久しぶりに皆に食べてもらうのだからと、嬉々としてリンゴを餞別していたのも知っているし──下手をしたら、店に出すものよりも丁寧に作っていたのを知っている分だけ、目の前の甘いかぐわしい香を出すソレが、とても美味しいことも分かっていた。
 そして、ココで食べなかったら、ティファによって「クラウド、食べないんだったら、しばらく携帯食で過ごしてね」と冷ややかに言われるのも、分かっていた。
 分かっては、いたのだけど。
「──……。」
 無言で腹の辺りを撫でると、
「……どうした、クラウド?」
 隣に座っていた男が、低い声で尋ねてくる。
 クラウドがチラリと視線をあげれば、ヴィンセントが緩い風になびく髪を邪魔そうに払いのけているところだった。
 その彼の膝の前に置かれたアップルパイの皿は空。
 思わずソレを見て、クラウドは自分の前のパイとひっくり返してやろうかと思った──もっとも、クラウドの目の前に座るユフィとティファとエアリスの目を逃れられるとは思えなかったが。
「いや──さっき、昼食を食べたばかりだから……食欲が沸かないだけだ。」
「……そうか。」
 飛空挺に乗る二時間前には食べなくてはいけないだろうと、おやつの時間直前に無理矢理食べた「お弁当」。
 酔いは随分と楽になっていたつもりだったが、それでも胃を働かせるには、少しばかり厳しい量だったようで。
 正直な話、目の雨で甘い匂いをさせている食べ物たちを見るだけで、胸ヤケがする気分なのだ。
 それでも、せめてこのアップルパイくらいは倒さねばならないか。
 クラウドがゲンナリした溜息を押し殺しながら、フォークを手にしたのを認めて、ヴィンセントは同情めいた視線を落してくれたが、クラウドのアップルパイを無理矢理奪い取ってまで食べてくれることはなかった。──もしそんなことをすれば、女性陣から批難が飛ぶことが間違いないからである。
 特にティファときたら、その生身そのものが武器なのだから、マテリアや武器を持っていないから──なんていう油断は禁物だ。
「マーリーン、これは何クッキーだぁ?」
 にたにたと垂れ下がりそうな笑顔を浮かべて、バレットが手にしたクッキーをマリンに向けて突きつけている。
 マリンはそれに答えるように、パッチリとした目を揺らして、うーんと、と顎に手を当てた。
 それを無言で見ていたヤズーが、フイに自分も手にしたクッキーを見て──それから、ザックスを見上げて、首を傾けた後、おもむろに逆隣のクラウドに向けて、
「兄さん、これは何のクッキーなんだ?」
 ぐい、と、突き出した。
「────…………………………。」
 フイにクラウドの脳裏に、「子供って、こういう時期に、親の真似をしたがるものなのよね〜」と言っていた、スラム街の誰だったかの台詞が浮かんだ。
 ちょっぴり眩暈も覚えたが、だからといって、ヤズーが突き出してきたクッキーが無くなるわけでもない。
 先ほどまでのサンドイッチの時も思ったが、食べ物に興味を持つことに、何も言いはしないが──なぜ、わざわざ、俺に聞く?
「──……あのな……俺は、クッキーの種類なんてわからないから、聞くな。」
 うんざりした口調で、溜息交じりにそう言えば、ヤズーが驚いたように軽く目を見張ったのが分かった。
 さらにそのヤズーの頭越しに見た向こうでは、ザックスが必死で肩を震わせて笑いを堪えている。口の中に含んだクッキーを吹き飛ばさないように、シドの肩を掴むようにしながら、笑いの発作を飲み込んでいる最中だ。
 ──くそ、後で覚えてろよ、ザックス。
 一発は殴りつけることを心の中に誓ったクラウドが、しぶしぶティファにクッキーの種類を聞こうと口を開いた瞬間、
「なんだ、ヤズー、泣くのか?」
 のんびりゆったりとした口調で、ヤズーの正面に当たる場所から声が飛んだ。
 視線を向ければ、マリンとバレットの親子が座る隣に腰をかけたロッズが、カリ、とわざとらしく音を立ててクッキーを食べるところだった。
 その顔には、揶揄するような笑みが浮かべられている。
 どうでもいいことだが、マリンを挟んで、ロッズとバレット、デンゼルが座っている様子は、妙に目に悪い光景のように見える。──しかもその全員が、クッキーを食べているものだから余計だ。
 エアリスなどは、その光景を見ても、ニコニコ笑って、「マリン、モテモテね」と一言で終らせたが──……どうなんだろう、実際。
「泣くかよ、ロッズじゃあるまいし。」
 ふん、と鼻を鳴らしたヤズーは、クッキーを口元に運ぼうとして、鼻先でふとそれを止めた。
 そのまま、いぶかしげな表情でクッキーを見下ろすヤズーの顔に興味をそそられたのか、ロッズは彼が持っているクッキーと同じものを手にした。
 三兄弟の中で一番いかつい顔をさせた男は、自分の大きな手の中にチョコンと乗るクッキーを、マジマジと見下ろし──恐る恐るヤズーと同じように鼻を近づけた。
 とたん、彼は顔をクシャリとゆがめて、今にも目を潤ませそうな顔になった。
「……くせぇ……。」
 呟いた声はウンザリとしていたが、それでも興味があるのか、鼻先にそれを押し付けて、犬コロのようにクンクンと鼻を蠢かせる。
 そんなロッズの仕草に興味を引かれたのか、ユフィはティファの袖をクイクイと引っ張って、彼らが手にしたクッキーを指差す。
 ほんのりと色づいたクッキーの中には、まだらに紫色の葉のようなものが張り付いているように見える。
 そんな彼らに、ティファはニッコリと笑って、
「ハーブ入りクッキーよ。今日のオヤツで評判が良かったら、店でも出そうと思って。」
 ペロリ、と舌を出して笑う。
「あ、ティファ、実験体にしたの?」
 そんなティファを下から覗き込むようにして、エアリスもイタズラ気に笑った。
「ちゃんと味見はしました! ただ、確かにちょっと──匂いはきついかも。」
 ちょっと語尾をしぼませて、上目遣いに笑うティファの言葉に、
「試作品、試作品♪」
 ユフィがヒョイと手を伸ばして、彼らと同じクッキーを取り上げた。
 ヤズーやロッズと同じように鼻先にクッキーを突きつけてみるものの、彼らが大げさに反応するほど匂いがするようには思えない。
 首を傾げて、ぽい、と口の中に放り込むと、
「うん、普通にうまい。」
 モグモグと噛み砕きながら、あっというまに試食を終えた。
 そんなユフィの純朴な感想に、嬉しそうに微笑んだのはティファではなかった。
「ほんと!? ユフィおねえちゃんっ!」
 パフ、と両手を叩いて、マリンがバレットの膝の上から立ち上がる。
「そのクッキー、私も手伝ったの!」
 誇らしげに笑うマリンの顔に、驚いたようにバレットにロッズ、デンゼルが顔を上げる。
 へー、と呟いたヤズーが、興味なさそうな顔でクッキーを軽くかじった。
「うん、マリンには、ハーブを刻んでもらって、型抜きしてもらったんだよね。」
 ティファがくすくすと笑いながら、マリンの言葉に相槌を打った瞬間──、デンゼルが、体を伸ばして皿の上のクッキーへと手を伸ばす。
 それを横目に、バレットは未だにマジマジとクッキーを見ているロッズに顔をむけた。
「まさか食わねぇなんて言わねぇだろうなぁぁ、ロッズ?」
 んん? と、下から睨み揚げるように脅しをかけるバレットに、
「バレット、舌巻かないの!」
「そーだぜ、おっさん。大人げないぞー。」
 こらっ、とティファが軽く怒り、その彼女の語尾に重なるように、ユフィが軽い笑い声をあげながら忠告してくれる。
 あはははは、と軽やかで明るい笑い声が広がり、草原の中のピクニック広場は、ほのぼのとした雰囲気に満ちていった。
 クラウドはその光景をグルリと一巡りして見た後、ふたたび自分の足元へと視線を落とした。
 どれほど時間が経過しようとも、広げられたクッキーたちが消化されようとも、クラウドの目の前に置かれたアップルパイの姿は消えない。
 仕方なく、銀色のフォークを伸ばして、さっくりとパイを一口サイズに切り取った。
 それから、フォークの先をそれに突きたて、クラウドはそれを自分の手前まで持って来た後、腹と胃の辺りがグルグルと満腹感を訴えるのを我慢しながら、口を開いた──瞬間。

 パク。

 クラウドの肩越しに現れた影が、フォークの先につき立ったアップルパイを、かっさらった。
「────……………………。」
 何が起きたのか理解できず、動きを止めたクラウドの顔のすぐ横手で、さらり、と柔らかな音を立てて、銀糸が揺れる。
 一瞬、カダージュがヤズーがわざわざ移動してきて食いついたのかと思ったが、視界の隅にかろうじて移る範囲に、彼らは二人とも鎮座している。
 ヤズーは優雅に紅茶を傾けていたし、カダージュはヴィンセントの隣でクッキー前種類制覇に精を出している最中だ。
 ──と、いうことは。
 ダラダラ、と額に汗が滴るのを感じて、クラウドは自分の前にある三本の鋭い刃先を見せるフォークを睨みつけた。
 かすかな油脂がテカリを生んだソレを食べた主は、クラウドの耳元から顔を離さないまま、
「──甘い、な。」
 低く……耳朶を噛むような仕草で、官能的な響きを伴った呟きを零してくれた。
 途端、ぞくぞくぞく……っ、と全身に鳥肌が立つのを覚える。
 と同時、クラウドの体は、反射的に動いていた。
 手にしたフォークを指先で持ち替え、その刃先を「神出鬼没な敵」に目掛けて向けながら、立てた膝の方向を転換する。
 そのまま、バッ、と上半身を捻らせるようにして、いつの間にか己の背後に近づいていた男向けて、フォークを突き出す。
 ヒュンッ──と、風を切る音を立てたフォークは、白い肉に埋まることなく、サラリと揺れる銀色の髪の合間を抜けて……軽く首を横に逸らすことでフォークを避けた男は、口元に嫣然とした笑みを浮かべたまま、す、と一歩退いて、クラウドの腕を掴みあげると、そのままの動作で捻りあげようとする。
 けれどそれよりも一瞬早く、クラウドは膝で地面を蹴り上げ、男向けて足を繰り出す。その攻撃すらも見切っていたような動きで、男がさらに背後に一歩後退──するように見せかけて、逆位置の足を前に踏み出しながらクラウドの懐に入った瞬間、
「サンダガ。」
 ニッコリ笑顔の娘の全体化攻撃が、問答無用で二人の頭上に落ちた。
「……エアリス……せめてサンダラくらいにしたほうが…………。」
 自分の魔力値を理解してるのかと、うろんげな口調で呟いた仲間達の一言に、エアリスはクッキーを食みながら、小首を傾げて、
「クラウドも、セフィロスも、魔力防御値、高いんだもの。
 しょうがないよね?」
 ぜんぜん反省していない笑顔を満面に浮かべた後、仲良く地面に倒れている二人を一瞥した後、
「それに、せっかくのクッキー、台無しにされるより、いいよね?」
 仲間達の同意を求めるように、ニコニコニコニコ、と笑顔を深めて見せた。
 そんな彼女の言葉に、「いや、そーゆー問題じゃないだろ」と突っ込める人は、一人もいなかった。
 いや、もしかしたら、デンゼル辺りはちょっぴりそう思っていたかもしれないが、この場の半数以上を占める「星の救世主たち」の前では、呟くことが出来なかった。
 何せ、
「……っだよねー。セフィロスのおっさん、いっつもクラウドにケンカ売っちゃぁ、あたしのマテリア勝手に使うしぃ、ご飯零すしぃ、あれっくらいしないと、懲りないもん。」
 ユフィは、エアリスの攻撃は当然だというように頷くし、
「あれくらいで懲りるとは思えないわよ? 何せ、クラウドとのコミュニケーションは、アレ以外にとる方法知らないんじゃないかってくらい、毎度毎度、アレだもの。」
 ティファはヒョイと肩を竦めながら、せめて店の中では止めてほしいのよね、と首を傾けて呟く。
 ヴィンセントは腕を組んで考えるスタイルをとりながら──しかし、本当に考えているわけではなく、
「……やはり、アレだけ誘わなかったから、拗ねているのではないだろうか?」
 誰もが心の中で思いながらも、口にはしなかったことを、呟いてくれただけだった。
「んなこと言ったって、──いなかったんだろ? セフィロス?」
 タバコの代わりに爪楊枝を歯に挟んでいたシドが、ザックスとエアリスに視線を向ければ、ザックスはヒョイと肩を竦めて、
「それ言ったら、こいつらだっていなかったのに、なんでか今日の朝には、いただろ?」
 こいつら、と言いながら、ザックスは目でヤズーたちを示す。
 このピクニックの計画を立てたのは、つい先日だ。そしてその場には、この三兄弟もセフィロスも居なかった。
 ──もちろん、当初の予定では、三人を誘う予定もなかったのだが……なぜか、今日の朝、シドが飛空挺で向かえに来た場所に、彼らは当たり前のようにリュックを背負って待っていた。
 ソレを見た衝撃のあまり、「なんでリュックと水筒さげてんだよ、お前ら……っ!」とシドが叫んだ声は、飛空挺の出す音よりも大きく響いたとかどうとか。
「なんだ、お前が誘ったんじゃなかったのか?」
 バレットが驚いたように声をあげて、自分の隣に座っているロッズと、デンゼルの向こうに座っているカダージュを、マジマジと見る。
 そんなバレットの今更の驚きに答えるように、エアリスが手をあげる。
「あ、それ、わたし。」
 あっさりと、白状してくれた。
「今日ね、出かける前に、三人が、ちょこん、って座ってたの。
 だから、リュック渡して、水筒渡して、『クラウドに、会えるよ』って、言ったら……ついてきたよ?」
 愕然。
 あまりにニコニコしたまま告げてくれるエアリスに、「実はそうじゃないかと思ってた」という言葉すら、口から出て来ることはなかった。
 唖然と口を開く男性陣に対し、ティファは小さく溜息を零した後、額に指先を押し付けながら、エアリスの顔を覗きこむ。
「あのね、エアリス? 人が増えるなら増えるって言ってくれないと困るよ?
 だって、お弁当の量が、足りないじゃないの。」
「そうだよ! あたいの分のご飯! 減っちゃうじゃん!
 エアリスはいいよね、いつでも好きなときにティファのご飯食べれるもん。
 でもね、あたしは、シドが迎えに来てくれるか、船を我慢しないと、食べにこれないんだぞっ!」
 ティファの言葉に続いて、ユフィもブッスリと唇を尖らせて批難する。
 そんな二人の突っ込みに、それも違う突っ込みだと、誰も突っ込む気力もなく。
 レッドXIIIが、頭の上に乗せたケット・シーごと、地面にうつぶせになって、ぱたん、とシッポを落す音だけが、妙に心地良く響いた。















 ぐしゃり、と乱れた髪に指先を入れれば、どこか焦げ臭い匂いがして、クラウドはあからさまに顔を顰めた。
 そのまま髪を弄れば、炭化した髪の毛が出てくるのではないかと思ったが──そこまで酷いダメージを受けたのなら、こうすぐに起き上がれるわけはない。
 まだ指先に帯電が残っているような痺れた感覚に、ピッ、と指を振るって見る。
 体のそこかしこに重くだるいダメージがあるが、それほど酷いわけでもないようだった。少しばかり強いスタンガンの衝撃を受けたようなものか。
 そう思いながら、フルリと緩くかぶりを振って、隣に視線をやれば、ちょうどセフィロスも顔を顰めたまま起き上がるところだった。
 彼の細く柔らかな髪は、クラウドと違ってクシャクシャになることはなく、頬の横から肩まで、さらりと零れるだけ──いや、その一部には、まだ電気が残っているのか、服や頬にべっとりと張り付いていた。
 それをうっとおしげに掻きあげた拍子に、バチッ、と小さく火花が散って、顰められたセフィロスの顔は、ますます渋い色を浮かべた。
 クラウドはそんな彼を一瞥した後、パチパチと静電気が残る服をパンと叩いて、まだ痺れた気配を残す足を引きずるようにして、シートの自分の席へと戻る。
 まだかすかに強張っている気のする指先を、やんわりと握りこんで確かめていると、ふ、と隣に温もりが寄り添った。
「クラウド、だいじょうぶ?」
 すり、と腕に擦り寄る少し乾いた毛の感触に視線を落せば、赤い毛並みの狼が、片目でクラウドを見上げていた。
 クラウドは口元を柔らかに緩めて、レッドXIIIの頭を手の平でサラリと撫でた。
「あぁ、大丈夫だ。エアリスも手加減してくれたしな。」
 ──多分。
 微笑を浮かべながら心の中で呟いたクラウドに、レッドXIIIは幼子のように首を傾げて、ちらり、とエアリスを見やる。
 手加減するんだったら、サンダガなんて唱えないと思うんだけど。
 そんなことは、クラウドも分かっているだろうから口に出さず、ただ小さく笑った。
 それから、クシャリ、とレッドXIIIの鬣を掻き乱すと、彼の耳元を指先で掻いてやる。
 レッドXIIIは、クラウドのその仕草に、甘えるようにスリ、と彼の手の平に頭を摺り寄せた。
 クラウドがそんな彼に、目元を緩ませて、笑おうとした──その隙を狙ったかのように、
 ──ザッ。
 クラウドの目の前を、白刃がひらめいた。
「──……っ!!!」
 目を見開き、顎をとっさに上げたクラウドの前を通り過ぎた長い刃は、そのままレッドXIIIの鼻先を掠めて、ざくり、と勢い良くピクニックシートに突き刺さる。
「ぅわっ!!!」
 慌ててレッドXIIIが、シッポをピンと跳ねさせて、ヤズーの方に体を寄せるのと、クラウドが膝を立てるのがほぼ同時。
 ヴォンッ、とレッドXIIIの毛が逆立ち、炎の気配が彼の全身を覆った。
 そんなしゃべる獣を一瞥した男の──薄い緑の瞳は、す、と細められた。
 そのまま、突きたてた正宗を地面から抜いて、返す手でレッドXIIIに向けて突き出そうとするかのような──一触即発の雰囲気が湧き上がる。
 何事だと、面々が構えるよりも早く、
「セフィロスっ!」
 クラウドが、苛立ちと批難を込めた声で、男の名を呼んだ。──途端、セフィロスは、煌く刃を薙ぐ仕草をピタリと止めて、チラリとクラウドを見下ろした。
 その色の薄い双眸の中の瞳孔が、一瞬縦長にひらめき、クラウドの肩が強張る。
 けれどそれも一瞬。
 セフィロスは、わざとらしく詰めていた息を大きく吐き捨てると、正宗の刃先の向きを手元で変えた。
「……──ふん……くだらんな。」
 翻った正宗の刃先が、陽光を反射させて無造作に鞘の中に収まる。
 恐ろしく長い凶器が完全に鞘の中に消える。
 それを険しい眼差しで見守ったクラウドは、肩先から全身に走りかけた緊迫感を、ゆっくりと解きほぐす。
 そんなクラウドにチラリと流し目をくれてから、セフィロスは長いさやを腰のベルトから抜き放ち、堂々とシートに上がりこんだ。
 ぐしゃり、と足元でビニールのシートが歪む。
 先ほどよりも近づいたセフィロスに、レッドXIIIが警戒して四足で身を低くする。
 セフィロスはクラウドとレッドXIIIの間に割り込むように腰を落とすと、毛を逆立てるレッドXIIIの目の前に、わざとらしく音を立てて正宗の鞘を立てかけた。
 何でもないような表情で、サラリと銀色の髪を肩から滑らせる「元神羅の英雄」の姿に、円座に参加する面々は、それぞれ、いつの間にか手に取っていた武器から手を外した。
 てっきり、いつものように「運命の痴話げんか」でも始めるのかと思って身構えていたのだが、エアリスの魔法を受けてまで続けるつもりはなかったようである。
 ティファは手に嵌めた革手袋を元のようにポケットに入れなおすと、ユフィが肩にかけた大型手裏剣を裏手でこつんと叩いて、彼女に仕舞うように促す。
 それから、そのままの仕草で、なぜかガックリしたように魔法を放ちかけた手を下ろしていたエアリスに視線を向けると、
「エアリス、アップルパイって、まだ残ってた?」
 彼女の隣に置かれたバスケットを指差しながら、もう片手で紙皿を掴み揚げる。
 何をしようとしているのかなんて、一目瞭然で、エアリスはクスリと笑みを零すと、
「──うん、一個、残ってたよ。」
 ティファに笑いかけながら、その方面を見ずにバスケットの表面を手でなぞり、蓋を開いた。
 エアリスの横に置かれたバスケットの蓋には、先ほどアップルパイを切っていたナイフがペーパーに包まれた状態で置かれている。
 それを取り上げ、エアリスは微笑みながらバスケットの中へと視線をやり──……。
「………………………………。」
 笑顔のまま、固まった。
「エアリス? どうしたの?」
「……うん、あのね、ティファ。」
 エアリスは、ゆっくりと小さく深呼吸を繰り返した後、果物ナイフを握った手を胸元に当てて──うん、ともう一度息を吸い込み、視線を上げた。
 斜め横手。
 そこに座る青年が持ち上げる白い紙皿に載せられているのが何なのか、的確に判断して……同時に、彼は、自分の分のアップルパイを、確かに食べていたはずだと、思い出して。
「…………最後のアップルパイ、カダージュがいつの間にか、食べちゃったみたい。」
 えへ、と──不肖の息子のしでかした罪を、笑ってごまかそうとする母親のように、可愛らしく笑って首をかしげながら、ティファを見上げて見た。
 その答えに、ティファの顔が歪むのを認めたと同時、
「なぁぁにぃおーっ!!!?」
 なぜか悲鳴が、ティファからではなく、ユフィから零れた。
 彼女はそのまま、ティファの頭を抱きかかえるようにして、エアリスのほうへと身を乗り出してくる。
「あたしのアップルパイ、お代わりないってことーっ!!?」
「って、ユフィ……あなた、もう3切れも食べてるじゃないの……。」
 グイグイ、とユフィの胸に頭を押されながら、ティファが緩くかぶりを振る。
「だぁかぁら! ティファの作ったの! エアリスとかはいつでも食べれるかもしんないけど、あたしは違うんだから、こういうときくらい、おなか一杯食べても、バチはあたんないと思うよ!?」
 作っている人間が、一番自分が作った料理のことを分かってない!
 どういうことだよ! と、なぜかティファに逆切れしてユフィが彼女の頭を抱え込むようにしがみ付いてくるのに、もー、とティファが肩を揺らす。
 ティファの髪を掴んだユフィの手に、エアリスはソ、と自分の手を重ねると、
「うんうん、わかる、わかるよ、ユフィ。その気持ち。」
 しんみりと、ユフィに同意してくれる。
 ユフィはユフィで、そんなエアリスの言葉に、だよねっ、と大乗り気で体をますますティファに傾けてくれるから──ティファの頭はますます重くなる。
 一瞬、本気でユフィにメテオドライブでもかけてやろうかと思ったティファに気付いてか、シドが苦い色を滲ませながら、ユフィの尻をポンポンと叩く。
「ほれ、ユフィ。お前さん、もう少し落ち着いて座れ。」
 とたん、ユフィの跳ね上がった足が、ドゴッ、とシドの顎を蹴り飛ばし、彼女はティファの頭にますますしがみつくようにして、背後を振り返り、
「あにすんだよ、おっさん! スケベ! いくらあたしが魅力的だからって、セクハラだ、セクハラ!」
「だ──れが、んな色気のねぇ尻なんて触るかよ。」
 顎を摩りながら、呆れたように答えるシドに、ユフィは大きく、ベー、と舌を突き出すと、ようやくティファの頭を解放して、ストン、と元の席に戻った。
「で、結局、アップルパイがなんだって?」
 けろん、とした顔で、肩をコキコキ鳴らしているティファを見上げて、ユフィは自分の目の前に積み上げられたクッキーの山に手を伸ばす。
 エアリスとティファは一瞬目を見合わせた後、苦笑を滲ませて──、揃って小さく首を竦めあった。
 くすくすと、お互いに分かるように笑いあうと、くい、と顎と肩先でそれぞれ自分たちの正面に座る二人組みを指し示し、
「なんだか、緊迫してるみたいだったから、和ませてあげようかと思ったの。」
「あのままだと、また、クッキー蹴散らして、ケンカ、しちゃいそうだもんね。」
 二人に促されて視線をやれば、正面に座る男が二人、肩先が触れ合うほど間近で睨みあっていた。
 間近で見ているレッドXIIIは、戦々恐々としているようだが、その向かい隣のヴィンセントは、さすがに年の功。表情も変えずに、いつのまにかシールドをクラウドとの間に張り巡らせていた。
 さらに視線をずらせば、デンゼルが心なしバレットの方に近づいていた。──デンゼルもマリンも、不安の表情を浮かべてクラウドとセフィロスを見ているのが分かった。
 バレットは、そんな二人をたくましい腕で抱きとめるようにしながら、苦虫を噛み潰したような顔で、──まったく、情操教育に悪いぜ、とブツブツ呟いている。
「なんだよー、アップルパイって、セフィロスにやるのー?」
 ぷく、と子供じみた表情で膨れるユフィに、ティファは小さく笑って、目の前からラングドシャを摘み上げると、それを彼女の口元に当てた。
 とたん、ユフィは迷うこともなく、パックリとクッキーに食らいつく。
 芳醇なバターの香と、サックリと口の中で溶けるような触感。
 みるみるうちにニッコリ微笑み顔になるユフィに、ティファはくすくす笑いながら、エアリスに向けて片目を瞑ると、
「気がささくれ立った時には、食べ物でつるのが一番だもの。──ね?」
 経験者は物語る。
 あの旅の最中で、そのことを合言葉にご飯を作ったことも、一度や二度じゃないのだ。
「そうそ。美味しいもの、食べたら、笑顔になるね。」
 ニコニコと微笑みながら、エアリスはティファとユフィを見て、それからもう一度視線を正面へと戻した。
 ケンカまでは行かないが、あまり楽しいピクニックの雰囲気とは言えない。
 とは言うものの、疲れたときの「美味しいものと甘いもの」は、目の前のクッキーしかない。
 エアリスはクッキーをつまみあげて、さらに首をかしげた。
 私たちは、これでもいいけど、セフィロスはどうかなぁ?
 ここは、彼らを昔から知っているザックスに聞くべきだろう。
 そう思って、少し身を乗り出すようにして、シドの向こうにいるザックスに視線を向ければ、黒髪の元ソルジャーは、なぜかとても楽しそうな顔をして、クラウドとセフィロスの無言のにらみ合いを見ていた。
 胡坐をかいた膝の上で肘を突いて、頬杖をしながら、彼は漏れ出る笑みを隠しきれない様子で、ニヤニヤとそれを見ている。
 思わずエアリスは、む、と眉を寄せて、ティファに近づくようにして更に身を乗り出す。
 すると、ザックスはピクンと緊張の糸を取り戻し、ジットリと自分を見ているエアリスに視線を走らせると、慌てて頬杖を取り外し、
「……──たぁっく、しょうもねぇなぁ……。」
 わざとらしいほどわざとらしい仕草で、大げさな溜息を零した。
 エアリスが睨み付けなかったら、そのまま能天気に第三者として、ことの成り行きを見守っていたに違いない。
 ザックスは、エアリスの半ば据わった視線を受けながら、彼女からわざと視線を逸らすように、がりがりと黒髪を無造作に掻いて、近くに置いてあった紙コップを取り上げた
。それから、それをヒョイとセフィロスに投げかけながら、
「あんた、ピクニックに参加したいなら、も少し早く来いよな。
 昼飯はとおの昔に終っちまったぜ?」
 誰も話しかけようとしなかったセフィロスに向けて、ごく当たり前のように口火を切った。
 てっきり無視するかと思いきや、セフィロスは飛んできた紙コップをパシンと受け取り、その口を上に向けて、無言でクラウドの前に差し出す。
「別にピクニックに付き合いたいわけじゃない。」
 憮然とした表情と声で呟くセフィロスの、長い指先につままれた紙コップの存在に、クラウドは胡乱気に視線を落す。
「………………。」
 無言の圧力だった。
 クラウドは、物言わぬ紙コップの圧力を見下ろし、セフィロスを見上げ──それから問いかけるようにザックスを見た。──いや、ザックスに向けた視線は、問いかけるというよりも、「余計なことをするな」と言っているようだった。
 ザックスはクラウドの批難の色を的確に読み取りながらも、目配せをするようにしてクラウドに「注いでやれ」と伝える。
 そうしながら彼は、嬉々とした──からかう気満々の表情で、にんまり、と浮かび上がってくる笑みを殺しきれずに、セフィロスの無表情に見える顔を見上げた。
「なーに言ってんだか。
 思いっきりナナキに嫉妬してたくせにさ〜?
 どうせ、出てきたのだって、三兄弟やナナキが、クラウドに取り付いてるのを見て、面白くなかったからなんだろ?」
 クラウドがしぶしぶ、近くにあったコーヒーの入った水筒を取り上げるのを確認してから、ザックスは軽く顎をあげて、からかうように声に愉悦を含ませる。
 とたん、セフィロスの柳眉に、険しい皺が浮かび上がるのを見て、ザックスは笑いが込み上げてくるのを、感じた。
 それでも、それ以上セフィロスの機嫌を損ねては、面倒臭いと、必死で喉で笑いをかみ殺していたというのに、
「なーんだ、ただのヤキモチかよ。何かと思って構えて損した〜。」
 シドの向こう側で、肩膝を上げていたユフィが、どっかりとその場に胡坐を掻き直しながら、つまんないのー、と呟く声が聞えた瞬間。
「ぶはっ。」
 堪えきれずに、噴出した。
 途端、クラウドとセフィロスから、キィン──と音がしそうなほど鋭い視線が向けられるが、その殺気を感じたからと言って、飛び出た笑い声が止まるはずもなく、また止めるつもりもなかった。
「ゆ、ユフィちゃん……あんた、さいっこう……っ!」
 バンバン、と地面を叩いて腹を抱えて笑い転げるザックスに、セフィロスの眉がもう一段階跳ね上がった。
 その親指が正宗のツバにかかるのを認めて、レッドXIIIがズザザっ……とヤズーの方に後退する。
「へっへーん、なんかわかんないけど、まかせとけって。」
 なんだか分からないけれど、ザックスが爆笑してくれた理由が自分にあるのだと、えっへん、と胸を張るユフィに、ティファが額に手を当ててゆっくりとかぶりを振る。
 ちょっと疲れたように肩が落ちるティファの背中を、エアリスが慰めるようになで上げながら、
「まぁま、ほら、ユフィって、自分に素直だから。」
 何のフォローになるのか分からない言葉を──これまた目元に愉悦の色を含ませながら言ってくれるものだから。
 すぐ間近で、そんな表情のエアリスと視線を交わしたティファもまた、口元を緩めてそれに参加せずにはいられなかった。
「そっか。それじゃ、クラウドも一緒だ。」
 たっぷりと余裕を持って頷いて、クラウドに視線を移せば。
「──……なんで俺が……っ。」
 セフィロスの前に、どん、と乱暴な仕草でコーヒーを置くクラウドが、気色ばんで反論するが、
「だってクラウド、セフィロスが来てから、セフィロスしか見てないんだもの。」
「そうそう、ずーっと、セフィロスと、見詰め合っちゃって、私たち、疎外感感じるよ。」
 さりげなく頬に指先を当てて、少し遠くを見るように呟くティファの、悲しさを装った声に続けて、頬に手の平を当てたエアリスが、これまたすごく寂しそうにつぶやいてくれる。
 そのどちらも、寂しそうで悲しそうなリアクションをしているとは思えない笑みが、口元に浮かんでいるのは、しっかり理解しての仕草である。
「ちっ、違うだろっ! これは、セフィロスが何かしないかって……っ。」
「ぶはーっ! も、ちょっと……俺、ダメ……アハハハハハ!!」
 慌てて腰をあげて反論するクラウドの声に、大きく噴出す音が重なった。
 ギッ、と視線を向ければ、最初に噴出した男が、ますます腹をよじれさせて、シドの肩をバンバンと叩いて笑いまくっている。
「ザックス……っ!」
 ぐ、と拳を握り締めて、クラウドが彼の名を呼べば、チャキン、と小さな音が鳴り、
「……ザックス……貴様、よほど死にたいらしいな。」
 片膝をあげたセフィロスが、冷ややかな眼差しで元部下を一瞥する。
 かと思うや否や、
「あっ、こらっ! セフィロス! シートの上は土足厳禁!!」
 思わず指差し叫ぶティファの声を背に、
「……おわっ!!」

 ぎぃんっ!!!

 とっさにザックスが取り上げたバスターソードと、セフィロスの長い銀色の刃とが、火花を散らして交錯する。
 瞬きをする一瞬の攻防に、ザックスの不利は誰が見ても分かった。
 というか、
「──……つぅかお前ら、やるならライフストリームの中でやってこい。」
 邪魔だ、と、ぼやくシドが、心底イヤそうに目の前でひらめく真剣での力自慢にうんざりした表情を見せる。
 ぎりぎり、──……と、胡坐を掻いていた体勢から、一瞬のうちにしっかりと剣を受け止める体勢になった、「死んでも元1stソルジャー」ザックスが、ペロリと舌先で己の唇を舐めながら、
「だんな、ちょっと見ないうちに、随分、剣の冴えがなくなったんじゃねぇの?」
「手加減してやったのがわからんのか──……痴れ者め……っ。」
 ぎち……がこっ、と、何度か刃と刃がこすれあう音が響く。
 どうやら、クラウドとセフィロスの戦いではなく、ザックスとセフィロスという、新たな試合が幕開けることになるようだった。
「もう、ザックスったら!」
 エアリスが、間近で絡み合う銀と黒の糸を一瞥しながら、腰に手を当てる。
 そんなエアリスに向かって、
「……食べるか。」
 そ、とヴィンセントが自分が保守したクッキーの皿のうち一皿を差し出す。
 セフィロスがザックスに向けて動いた瞬間、素早くユフィとヴィンセントが動き、彼の軌道上にあるクッキー皿を、一枚残らず死守したのである。
──こういう時の、行動の速さは、天下一品である。
 エアリスは、優しい香のするソレを両手で受け取って、
「疲れたときは、甘いもの、だよね。」
「うんうん、クッキーは無事だから、なんでもいいよ。」
 ユフィともども、クッキーと紅茶片手に、セフィロスvsザックス戦の観戦をするようであった。
 シドもまた、力比べをしている元ソルジャーに巻き込まれないように、しぶしぶ腰をあげると、パンパンと手を叩いて、
「ヤズー、ユフィ、ナナキ、お前らも全員、正宗の軌道外に移動だ。」
 ほらほら、と立とうとしないヤズーのケツも叩くようにして、全員で「軌道外」への移動を申し渡す。
 そんなシドのもっともな言葉に、誰も逆らうはずもなく、ヤズーは目の前に置かれた残り少ないクッキー皿を手に、いそいそとクラウドの横に移動する。
 レッドXIIIは、なにやら物騒な会話を、力の入った様子で語り合ってくれているセフィロスとザックスを悲しげに見ながら、尾を下に揺らした。
「ザックス〜、なんでセフィロスを煽るんだよ〜。」
 と耳を落しながら呟いた言葉は、残念ながら真剣な顔でセフィロスと向き合うザックスには聞えてはいなかった。
 二人の二の腕に、ギリギリと力が入り、血管が膨れ上がっているのが遠目に見ても分かる。
 こめかみにも眉にも、これ以上ないくらいの皺が刻まれ、ザックスとセフィロスの足元の土が、めり、と盛り上がる。
 もう少し観戦して、それでもこの状況が変わらなかったら、今度はブリザガ唱えようかなぁ、なんてエアリスが呟く。──これは、「止めないといけないわ」じゃなくって、「見ていてつまらないから」という理由が大半なような気がしたのは、レッドXIIIの気のせいではないだろう。現に、それを聞いたティファが、このままじゃ、オヤツのつまみにもならないものね、と言っていたから。
 のそのそと、二人の男の戦いの場から遠ざかりながら──多分、この二人の戦いもまた、エアリスの魔法により止められてしまうことは間違いないだろうし、それ以外に止める手立てもないような気がする──、レッドXIIIは、疲れたようにうなだれているクラウドの背中に擦り寄った。
 シエラ号から降りた直後の、グロッキー状態の時よりも、ずっと疲れているように見えるのは、気のせいではない。
「クラウド……大丈夫?」
 温もりを分けるように、スリ、と擦り寄って尋ねれば、クラウドは小さく苦笑して、コクリと一度頷いてくれる。
「大丈夫だ。──久しぶりだから忘れてたけど……けっこう、あるんだ、あの二人。」
 そのまま手を伸ばして、レッドXIIIを安心させるように毛並みを整えながら、クラウドは少しだけ遠い目をして、セフィロスの背中を見やった。
「けっこうある?」
「そのうち、飽きたら、突然剣を下げて、『コーヒーおかわり』とか言って来るよ。」
 首を傾げるレッドXIIIに、クラウドはヒョイと肩を竦めて答えると、少し笑って──それでも、疲れが滲んでいるような笑顔で、
「付き合うと、振り回されるのはコッチだから、気にしないほうがいい。」
 ──これもまた、経験者というものなのだろう。
 レッドXIIIは、なんだか分からないような顔でパチパチと目を瞬いたが、クラウドの向こう側からヴィンセントが、
「シドとシエラみたいなものだ。」
 なんて注釈をくれるものだから、いつの間にかヴィンセントの背後に移動していたシドによって、ゴンッ、と一発殴られていた。
 それに、レッドXIIIが、思わず噴出した瞬間。
「……兄さん。」
 小さく、クラウドを呼ぶ声がした。
 うなだれかけた首をあげて見れば、クラウドの横に移動していたヤズーが、猫めいた目で、じ、とクラウドを見上げていた。
「──なんだ?」
 問うクラウドに、ヤズーは一瞬視線を落し、自分が手にしているクッキーを見つめた後、意を決したようにそれをクラウドの前に差し出した。
 先ほどまでのサンドイッチを思い出したクラウドは、呆れたように眉に皺を寄せて、
「だから、クッキーの名前なんて俺は……。」
「あげるよ、兄さん。」
 言いかけたクラウドの唇に、とん、とクッキーが押し付けられる。
 思いもよらない言葉に、軽く目を見開いたクラウドに、ヤズーは、に、と笑みを刻むと、首を傾げるようにしてクラウドを見上げて、
「疲れてるときと、気が滅入ってるときは、甘いものがいいんだってさ。」
 はい、と、どこか誇らしげに、クッキーをクラウドの唇に押し当てる。
 その、自慢めいた表情に、クラウドはパチパチと目を瞬き──、唇に当てられたクッキーに、指を添える。
「……あ、ありがとう…………。」
 呆然として呟きながら、クッキーを手で摘むと、ヤズーは少しばかり不満そうな顔になったものの──それでも、クラウドに「疲れを取る元」を渡したことで、嬉しくなったのだろう。
 ニッコリと笑って、
「また疲れたら言ってよね。おれ、分けてあげるから。」
 自分も、クラウドに渡したものと同じクッキーを口に挟み、さく、と、噛み砕いた。
 クラウドは、そんなヤズーの銀色の頭を見下ろし、クッキーを見下ろし──「疲れたらクッキー」って、何のことだと、不思議そうにソレを裏返して見る。
 けれど、ティファが作ったクッキーだという以外、特に何か見つかるわけでもなく。
 不思議そうにクッキーを表裏しているクラウドの背後で、ヴィンセントの首を腕で締め上げていたシドが、揶揄するように笑いながら、こう教えてくれた。
「このくれぇのガキは、覚えたことをすぐ真似したがるんだぜ。」
 軽くウィンクしてまで告げてくれた内容はけれど、やっぱりクラウドには、理解しづらいことだった。
















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