『ね、クラウド。』
名も知らない黄色い花が咲いている。
どこまでも続く黄色い花畑が、遠く地平線で青色と交錯する。
抜けるような青い空。クラウドの瞳の色。
その中に、ぽつんと浮かぶ小さな綿菓子のような白い雲──。
それをぼんやりと見上げるクラウドの背中に、気配が一つ。
ひどく見知った気配だ。
一緒に行動したのは、ほんの数ヶ月にも満たない時だったけれど、お互いに──たぶん、なくてはならない存在だった……「彼女」。
背中合わせに立っている。
そう感じるのは、これで何度目だろう?
分からないけれど──世界が滅亡するかと思ったあの日。ホーリーの光が世界を包み込んだあの日から、旅をしていたときよりもずっと、彼女を身近に感じていた。
広がるのは黄色い花畑。
視線を落とせば、クラウドの履いている無骨なブーツの先が緑の葉に埋め尽くされていた。
そこを掠めるように、ひらり──と風に舞ったピンク色の布地が、優しく撫でていく。
「──……エアリス。」
驚きはなく、ただ小さく彼女の名を呼んだ。
そうすれば、軽やかに空間に響くように返る言葉。
『──また、会えたね。』
くすくすと、楽しげに鈴が鳴るような声が、花畑の中で優しく響きわたる。
彼女はそのまま、軽く伸びをして──掌を、はるか空へと掲げたような気がした。
『──……何度目、かなぁ? こうして、お話、するの。』
「うん……何度目、かな。」
ひとり言のように呟かれた言葉に、クラウドは同じように呟き返す。
エアリスの声は優しく……星の上を撫でるように駆け抜けていく風のようだと思う。
「ここ」に来たときの約束事のように、クラウドは後ろを振り返らない。
代わりに、空を見上げる。大地に咲き誇る花を見下ろす。
この間ここに来たときには、白い花が一面を埋め尽くしていた。天国の雲の上みたいでしょ、とエアリスは笑っていた。
いつものように、背中合わせにたわいの無いことを話す。
デニムパンツの横に落としたクラウドの手に、時々柔らかで優しい手が触れる。
その指先が、イタズラをするように掌をくすぐって、エアリスは何が楽しいのか、クスクスと笑う。
たわいのない幸せだと思う。
彼女の顔を見ることは出来ないけれど、瞼を閉じれば、いつも笑顔が思い浮かぶ。
最期に祈りをささげていた彼女が、その翡翠の瞳に自分を映し出した瞬間に、ほろりと解けるように桜色の唇に笑みを浮かべた瞬間。
顔をクシャリと歪めて、腹を抱えて笑ったそのあどけない笑顔。
大人びた表情で空を見上げながら、うん、大丈夫、と笑った──あの決意に満ちた笑顔。
そのどれもが、エアリスの優しい、染み入るような笑顔だった。
楽しげに笑うエアリスの笑顔が見れないのが、少しだけ悲しい。
でも、振り返らない。
振り返ったら、この夢は覚めてしまうと分かっていたから。
振り返ってもエアリスの笑顔が手に入らないと分かっていて──落胆を繰り返すなら、少しでも長く、彼女と穏かに話すほうがいい。
たわいのないことを話し合う。
運び屋をしながら色々巡った救われた世界の話。
バイクを駆りながら見た景色のこと。
シドが新しい飛空挺でチョコボを飼いはじめたこと。
ユフィがヴィンセントの後をちょこまか付いて歩いていること。
ヴィンセントが忘らるる都を見回ってくれていること。
それから。
──それから。
エアリスは、言葉数の決して多くないクラウドの、とつとつと話す話に、いつも耳を傾けるばかりだった。
楽しげに笑って、楽しげに喋って。
そうして、ふと空を見上げて、こういうのだ。
『今日も、面白かったよ、クラウド。』
またね。
彼女の笑顔は、いつもキレイだ。
でも──その笑顔は、いつも見れない。
最後に見てから……あぁ、一体、どれくらい経ったかな…………エアリス?
目を覚ますと、そこはいつもの教会の中。
本堂の奥にある小さな部屋の床の上で、上等とは言えない毛布に包まっていた。
起き上がると、暗い室内にドアから細い一筋の明かりが漏れ出ているのが見えた。
まだボンヤリとする頭をすっきりさせようと、顔を洗うためにドアを開く。
本堂の──壊れた屋根からは、さんさんと光が降り注いでいた。
ちょうどその真下には、たくさんの生花に囲まれた「聖なる泉」が鎮座している。
あの事件でこの教会を埋めた水を、石のタイルで囲んで、このスラムに住む者たちが勝手に名づけたのだ。
今でも時々、噂を聞いて、星痕が残っている人がやってくることがあり──クラウドの引き取った孤児たちは、いつの間にか周囲から、泉の管理人の子供たち……なんて呼ばれていた。
その子供たちが、昔のように教会を花で溢れさせようと、泉をタイルで囲んでもらった後、その周囲に花の種をまいた。
おかげで、前よりもずっと荘厳な雰囲気になったような気がする。
そのうち、誰かがこの泉のタイルに大きな十字架を備え付けてくるんじゃないだろうか──というのは、この間訪ねてきたティファとマリンの共通した意見だった。
それをボンヤリと見上げて、クラウドは小さく溜息を零すと、乱れた髪を撫で付けた。
いつもは孤児なり客なりで賑やかなその教会も、なぜか今日ばかりは静かだった。──誰もいない。
それがなぜか胸の中に寂寥にも似た思いを抱かせて、クラウドはゆっくりと泉の方へと歩み寄った。
あれから時が経っているにも関わらず、泉の水はリンと冷たく、清涼としていた。
掌で掬えば、混じりけのない純粋な透明感──それを、ためらう間もなく、ぱしゃん、と顔に当てた。
──この【聖なる泉】と名づけられてしまった水で、洗顔するのなんて、クラウドくらいだ。
そう言っていたのは、シドだったか、ユフィだったか……正直、覚えてないし、どうでもよかった。
星痕を癒す力のあるこの水は、同時に少しくらいなら傷の直りを促進してくれる効果はあるようだったが──それだけだし、特に問題はない、と、思う。
冷たい水で顔を洗って、一気に目が冷めたクラウドは、そのまま頭を大きく振って水気を飛ばしながら、ぐい、と頬を拭い取った。
それから、チラリと開いた屋根の上へと視線を飛ばしてから、新しく購入したばかりのPHSを取上げながら、そこに表示される時間とこれからのスケジュールを確認したあと、
「──……顔、見せにいくか。」
小さく、そう呟いた。
長い間閉鎖されていた「セブンスヘブン」は、つい先日のミッドガルを襲った「反神羅派の強襲(と表向きにはされている)」の後、営業を開始し始めた。
店を切り盛りするのは、昔と変わらず黒髪の娘。
さらに今では、昔からの看板娘に付け加えて、もう1人おじさん連中から好評の看板娘が増えていた。女と呼ぶには、あと数年の月日が要する彼女は、一生懸命テーブルとテーブルの間を走り回っては注文をとり、仕事帰りのおじさんたちからチョコや飴と言った「お小遣い」を貰っているのだ。
裏方に回れば、少年がビールケースだのジュースケースだのを、せっせと外に運んでいる姿が見れるだろう。
──けど、それも、営業している時間の時のこと。
朝と呼ぶには遅く、昼と呼ぶには早いこの時間帯は、いつも賑わっているセブンスヘブンもシンと静まり返っている。
まるで誰も居ないようだと思ったが、二階の窓は開け放たれている。
中にはきっと、午後からの営業に備えて、準備をしているティファが居るはずだ。
慣れた足取りでクラウドはセブンスヘブンの裏口に回り、そのままドアを開く。
鍵がかかっているわけでもないドアは、簡単に開いて──スラム街の真ん中に居を構える酒場としては、無用心すぎると親切な人達は助言をしてくれる。
店を再開していなかった頃ならとにかく、今はそこそこ店も軌道に乗ってきているのだから、その助言のことも考えなくてはならないだろう。
今度バレットが帰ってきたら、2人で頑丈な鍵つきの扉でも作るかと、チラリと考えてみる。
──まぁ、そう急ぐことはない。
この辺りの人々は気のいい人が多いし、何よりも、人気が高いセブンスヘブンの看板娘は、ティファだし。
1stソルジャー相手でも遅れを取らないどころか、あっさりと素手で倒してしまえるほどの強さになってしまった彼女を襲える暴漢など、セフィロスか自分たち以外にありえないような気がする。
暢気に思いながらドアを開いて中に入ると、店舗側のほうから、明るい笑い声が聞こえた。
ふ、と顔をあげると、厨房には甘い香が漂っているのが分かった。
スポンジと生クリームの匂いと、ミルクの香。──多分、マリン達のオヤツにとケーキを焼いたのだろうと思うが、ミルクティの匂いがするのは……。
「そうそう! そうなのっ! やっぱりそうよね!?」
ティファが笑いながら、ドンドンとテーブルを叩いているのが聞こえた。
彼女がこれほど明るく笑い、浮かれているのは珍しい。
客が来ているのは分かったが、ティファがこんな声を出すということは、ひどく親しい相手だと言うことだ。
その上、ミルクティとケーキを出してきたということは、ユフィ辺りだろう。
そう見当をつけると同時、この分だと顔を出した途端に、紅茶のお代わりを自分に請求されそうだと思った。
思わず眉がへの字に寄るのを止められないまま──けれどクラウドは、そのままユーターンして帰ることはせずに、店の方へと足を進めた。
ティファが楽しげに笑う声は良く聞こえるけれど、そのティファ以上に良く響くはずのユフィの声はなぜか全く聞こえない。
珍しいことだ。──彼女が静かなのは、乗り物酔いをしているときだけだと思っていたけれど。
そう思いながら、クラウドはカウンターに続くドアを潜り抜け──……そこで、動きを、止めた。
「もう、アレは絶対、買いだって思ったんだけど、ちょうどマリンと一緒だったから、買うに買えなくって。」
カウンター席にではなく、丸いテーブル席に腰掛けたティファが、両肘を突いて向かいに座る娘に明るい笑顔を向けている。
テーブルの上には、紅茶のカップと空のケーキ皿が二組ずつ置かれていた。
「だよ、ね。アレはさすがに、マリンとじゃ、買えないよね。」
うんうん、と、ティファの向かいに座った娘が、頬杖を付きながら相槌を打つ。
そのゆったりとした仕草と、おっとりとした口調には、覚えがあった。
──そう、イヤになるくらい、覚えがあった。
「そうなのよ。まだマリンには早いしね。」
「うんうん、早い、早い。」
呆然とクラウドは眼を見張り、ガランとした店の中に二人っきりで座っている娘達を交互に見やる。
片方はティファだ──あの時から弾けるように笑うことはなくなったその顔が、今は明るい笑顔に染まっている。そうしていると、大人びて見える容貌が、幼く見えた。
肩を軽く竦めるようにして笑いながら、彼女は自分のティーカップを手に取り、それを口元に運ぶ。
そんなティファの前に座る娘は、頬で揺れる亜麻色の髪を指先でいじって、
「今度、マリン、一緒じゃないときに、買って来てよ、ティファ。」
ワンピースに包まれた背中を少し伸ばすようにして、娘はティファの顔を覗きこむ。
ティファはそんな彼女の仕草に、少し背を逸らすようにしながら、天井の節目あたりに視線をやって。
「売り切れてないといいなぁ……。」
「売り切れてても、絶対、買って来て。」
ぐ、と娘が両拳を握るのを見て、ティファは小さく眼を見張った後──いたずらげな笑みを浮かべた。
「無理言うなぁ、エアリスは。」
「だって、私じゃ、買えないもん。
ティファだから、お願い、してるの。」
明るく笑って……さっき見た夢の中で見せたような笑い声で、彼女は肩を軽く揺らして笑ってる。
あまい色を宿す柔らかな笑い声に、クラウドは──ただ、呆然と、娘の背を見詰めた。
間違えるはずはない。
けど、ありえるはずもない。
ティファよりも少しだけ小柄な身体。
腰まで続くツイストされた髪。ヒラヒラと揺れる赤色のリボン。
ピンク色のワンピースで、ちょこん、と椅子に座った娘の顔は見れない。
けど、その顔には、笑顔が浮かんでいるに違いない。
翡翠色の瞳を細めて、柔らかな笑みを浮かべながら、小さな白い歯を覗かせて。
──ありえるはずが、ないのに。
ただ呆然とその場に立ち尽くすクラウドにまるで気付いていない様子で、ティファは傾けた紅茶のカップを、かたん、とソーサーに戻して、しれっとした顔で「エアリス」に向かって告げる。
「そういうのは、運び屋のクラウドさんにお願いしてください。」
ティファの口から当然のように出てきた名前に、クラウドはなんとも言えない顔で唇をゆがめる。
声をかけたほうがいい──そう思うのに、開きかけた口から言葉が零れることはなかった。
そんなクラウドの存在に全く気付かず、ティファは首を傾げるようにして彼女を下から見上げて。
「というよりも、さっきもクラウドと話してたんでしょ? 直接頼んじゃったら?」
ごく当たり前のように、そんなことを口にしてくれた。
思わずクラウドが、カウンターへと身を乗り出し、どういうことだとティファを詰問しようとするよりも一足早く、
「えー〜? ライフストリームまで、女性雑誌、一丁、って?」
ころころころ、と、鈴の鳴るような声で、「エアリス」が笑う。
そんな彼女に、ティファも軽やかに笑いながら、
「そうそう、ついでにザックス宛にうちの酒を数本おすそ分け〜、なーんてね。」
ブラックジョークだとしか思えない台詞をはいてくれるものだから。
ガタガタガタッ!!
クラウドは、カウンターへ乗り出そうとした体ごと、カウンターの上へ突っ伏すことしか、できなかった。
リアクションとしては、減点対象である。
しかし、クラウドはそれ以外の行動を起こすことができなかった。
そして、その大げさなほど大きな音に、ガタンッ、と椅子を弾けさせるようにティファが立ち上がる。
平穏になってきたとは言えど、油断は禁物、とばかりに、隙なく身構えた彼女は、すぐにカウンターに突っ伏している青年の正体に気付いて、アレ、と眼を瞬いた。
そんなティファの正面に座っていた娘も、椅子から立ち上がりかけた体勢のまま──あ、と、クラウドに向けて眼を瞬く。
そんな二人の──仲のいいおそろいの仕草に。
「──……なんであんたがここにいるんだ……エアリス………………。」
もう、それ以外口にすることが出来なくて、クラウドは、力なく顔をあげて──全身に力を込めて起き上がりながら、ティファの目の前で座っている娘の名を呼んだ。
顔をあげた先にいるのは、紛れもなく、先ほどまで夢の中で「再会」していた娘だ。
独特の雰囲気、口調、声。
見上げた先で、彼女はかすかに暗い店内の中、はらりと花が咲き綻ぶように笑う。
──振り返りたくても、振り返ったら彼女とサヨナラだから、顔は見れない。
ずっとそう思っていて──ずっと、思い出の中の彼女の面影ばかりを必死に思い出していたというのに。
目の前で、別れたときと同じように柔らかな笑顔を浮かべて、エアリスは手の平をクルンとひっくり返すと、それを軽く額に当てて、
「また、会えたね、クラウド♪」
悪びれず、にっこりと笑ってくれた。
その途端、ぷっ、──と、ティファが腹を抱えて笑い出したのだが……クラウドは、もう、何も突っ込む気力はなかった。
すっかり空になったミルクティを追加して、ついでとばかりにクラウドの分のケーキも切り分けられたテーブルの上。
すでに三個目になるケーキを突付きながら、エアリスは3年前とまるで変わらない笑顔を浮かべながら、小首を傾げる。
「カダージュ達がね、星に、還ってくれたでしょ?
それで、ようやく星が、落ち着いたから、私、こうして、自由に、出てこれるように、なったの。」
のほほーんとした笑顔で、ピンク色をしたムースケーキをサックリ割って、エアリスは同じようにケーキに向かっているティファを目線で見上げて、ね? と首を傾げて同意を求める。
その同意を求められた先にいたティファはティファで、クラウドの恨みがましい視線を受けながら、こり、と頬を一つ掻いてから、エアリスを軽く睨み揚げて、
「エアリス〜、クラウドに三日に一回は会いに言ってるって言ってたのに、なんでクラウドが知らないのよ……っ。」
「うん、三日に一回、ちゃんと会ってるんだ、けどね。」
悪びれず、エアリスは軽やかな笑い声をあげる。
いつも聞いていた声。──けど、その声に彼女の笑顔がついてくると、まるで違う色を伴ったような気がする。
あの花畑の中よりもずっと鮮やかに、ずっと鮮烈に。
けど、その笑顔に魅入っている場合じゃない。
問題は、当たり前のように「星に還った娘」が、ニコニコ笑いながら目の前に居て──ティファが、それを当たり前のように受け止めている事実、だ。
「……いつからだ──……。」
テーブルの上で握った拳が、白くなっている。
それを睨みつけながら、クラウドが低く問いかけると、ティファとエアリスは、揃って不思議そうに首を傾げてくれた。
「え、何が?」
ニコニコと絶え間ない笑顔が、2人の口元に浮かんでいる。
ティファが笑うことがあっても、今のように心から幸せそうに──楽しそうに笑うのは、いったい、いつぶりだろうかとチラリと思ったが、今はそれに追及するときではない。
「エアリス、あんた、いつからティファたちとこうして会ってる?」
剣呑な光の篭った魔晄の目を正面から受けて、エアリスは可愛らしく小首を傾げながら、指先で緩く巻いた髪の毛を弄る。
「うーん? ……二ヶ月前?」
問うようにティファへと視線をやれば、ティファも指先を顎に当てながら首を傾げて天井に目をやる。
「あ、それくらいかも? クラウドがカームに配達に行った後すぐだったもんね。」
すぐにニッコリ笑って、クラウドとエアリスを交互に見やるティファに、
「そんなに前から!? なんで何も話してくれなかったんだ!」
非難の色も露わに声を荒げれば、掌を組み合わせてティファが、しれっとして彼をチラリと横目で睨みつける。
「だってクラウド、うちに寄るのって滅多にないじゃない。
たまにきても、マリンたちと一緒に遊んですぐに帰ってくし。」
暗に、今日も何日ぶりだと思ってるの? ──という非難が返って来て、クラウドは思わず言葉に詰まった。
確かに──危ない仕事をしているとは思わないが、モンスターが出るフィールドを行き来している自分のことを、ティファもマリンも心配してくれていることは、知っている。
にも関わらず、二週間や10日顔を見せないこともザラで……今回も、何も用事が無い上に、10日近く顔を覗かせてないから、そろそろティファから「顔くらい見せにきなさい」と電話が掛かってくるだろうと思ったから、足を運んだだけで──ついでに昼食でも食べていこうと思ったくらいで。
そんな風に声を詰まらせるクラウドに、エアリスは楽しげに喉を鳴らせながら──相変わらず、尻に敷かれてるねぇ、なんて暢気に零して、目元を赤らめたティファから憤慨の言葉を貰った。
クラウドは今度はエアリスに視線を移して、憮然とした表情を隠そうともせずに、
「そもそも、エアリス。あんたも、なんで教えてくれなかったんだ。」
「聞かなかったし?」
しれっとして笑うエアリスの口元が、意地悪気に見えて、クラウドはますます憮然とする。
「聞かないも何も──俺はてっきり、こっちに姿を現すのは、最終手段か何かだと思ってたのに……そんなに簡単な事でいいのか!?」
ヤツ当たりのように叫べば、コロコロとエアリスは楽しそうに笑う。
楽しくて楽しくてしょうがないといった笑顔は、あの夢の中で彼女にあったときには、瞼の裏では思い浮かべなかった笑い方だ。──そうだ、エアリスは、時々こんな風に、からかうように笑うこともした。
思い出の中にうずもれていたはずの彼女の笑顔が、鮮明に目の前にあることに、頭の奥が重く疼いた気がした。
「だって、カダージュたちだって、思念体だったでしょ? なら、私と、ザックスに、できないわけ、ないじゃない?」
「…………同じこと……なのか?」
微妙に会話がかみ合わない気がして──そんな簡単なことでいいのかと、クラウドは眉を寄せる。
この星の上で命を無くした者が、星の巡りの中へ還るのは知っている……身をもって体験した。
けれど、星に還ったくせに、再び「思念体」という姿で表に出てくるのは──卑怯技じゃないのか?
許されていいことなのか、ソレって?
「うん。ようやく、星も、余裕、出てきたってこと。」
嬉しそうに──本当に嬉しそうに、ほころぶように笑うエアリスに、クラウドはそれ以上突っ込むことが出来なくなった。
見ると、ティファも顎の下に掌を当てたまま、ニコニコと幸せそうに笑っている。
クラウドは、口元に刻まれた苦い色の笑みが、同じような色に染まっていくのを感じながら──エアリスに笑顔を向けられて、同じように笑顔を返すのが、ひどく、久し振りだと、噛み締める。
彼女の声に釣られるように笑うのではなく、彼女の笑顔に、同じように微笑む。
たったそれだけのことで、胸の奥が、ホワリと暖かくなった。
理不尽さを押し殺しきれないわけではないけど──適わないなぁ、と思った。きっと、ティファも二ヶ月前に、今のクラウドと同じことを思ったに違いない。
そして、だからこそきっと、クラウドにも同じ目に合わせてやろうと、幸せなたくらみを胸に抱いて……今まで黙っていたに、違いない。
そんな視線をクラウドから向けられて、ティファは小さく目を見張った後、クスリ、とイタズラ気に笑った。
クラウドが見通したその事が、真実であると示すように、彼女は軽く片目を瞑ったあと、
「思念体だから、体はないんだけどね、食べたり飲んだりはできるんだって。
だからクラウドも、ザックスと飲むことできるわよ?」
クイ、と、親指でカウンターの中の棚を指差すティファの言葉に、クラウドは軽く目を見開く。
「ザックスもって……ザックスも来てるのかっ!?」
どこにっ!? と、慌てて見回すけれど、懐かしい姿は目には映らない。
彼がエアリスと一緒にいるのは、あの事件の終わった日に分かっていたことだ。──それはつまり、彼もまた、その気になった思念体としてココに出てくることが出来るという事実を示している……そんな単純なことも脳みそに浮かんでこないほど、自分はまだ動転しているようだ。
そんな、子供じみた動揺を見せるクラウドに、ティファとエアリスは、揃って、「してやったり」的な笑顔を交し合うと、
「ううん、今日は、お留守番。」
「今日は、女同士、2人っきりでとことん楽しむつもりだったんだもんね。」
そのために、ケーキ、焼いたんだから。
胸を張って軽やかに笑うティファに、エアリスも頷く。
「そうそ。お買い物は、この間、たっくさん、したものね?」
──とどのつまり、前回エアリスがココに来たときに、ザックスを荷物持ちにさせて、女2人、とことん買い物を楽しんだ、ということだろう。
言われて見て初めて気づいたのだが、ティファが着ている服が、見たことがない新しい物に変わっているし、店のそこかしこに、前に来たときには見なかった小物類が増えている。
つまり──クラウドがここへ顔を出す頻度よりも、エアリスとザックスがココへ顔を出す頻度の方が、多い、と……言うことだろう。
「その代わり、ザックスったら、浴びるほどに飲んでってくれたわよね〜。」
まったく、と怒った風に口にするけれど、そういうティファの口元には柔らかな笑みが浮かんでいる。
幸せで──楽しくて、しょうがないという笑い方だ。
今度は、そんなティファの笑みに釣られるように、エアリスも柔らかに笑う。
「私も、お酒、飲めるんだけど──味、分かるのに、酔えないのは、楽しくないよね。」
口から出たのは、拗ねたような口調だけれど、顔は笑っている──とても楽しそうだ。
「あー……ザックスも言ってたわ。口に入ったのは全部ライフストリームに還っちゃうから、食べても飲んでも満腹感がないんだって。」
「お金、かかるよね。」
「かかってるのは、私です。」
クスクス笑うエアリスに、額を付き合わせるようにしてひそやかに笑うティファ。
そんな風に仲良く笑いあう二人の娘の姿に──あぁ、と、クラウドはクシャリと顔を歪めて笑うしかなかった。
懐かしい光景……もう二度と見る事ができないと思った、優しい色。
対照的な娘が2人、肩を寄せ合い、笑いあうその光景に、胸の中の切ない棘が一つ、疼いた気がした。
「だからそういう話じゃないだろ……──。」
そう呆れたように口にしながらも、たとえ思念体でも──肉体を持たないのだとしても、彼女たちと再び会うことができるのは、幸せだと、思った。
いつか、どこかで──約束の地に会いに行くのもいいけれど。
こうやって、約束の地からやってくる訪問者を迎えるのも……いい。
────【幸せの、 呼ぶ、 歌】
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