小話2 修学旅行







事前会議




 明訓高校野球部──山田と里中の部屋で、二年生たちは集まっていた。
 今回の話は、一年生たちに聞かれるわけには行かないのだ。
「──で、智。ココは重要なんだけどなっ。」
「うん?」
 食堂から持ってきたトレイの上に置いたお茶を飲みながら、里中は隣の山田の広い背中にもたれながら、軽く首をかしげる。
 この春の選抜で、医師にも見放されるほど肘と肩を痛めた里中は、つい先日の夏の予選まで、この合宿所には居なかった。毎日、小泉先生の下に通い、必死で治療に励んできたのだ。
 その甲斐もあって、夏の予選の決勝戦に登板することが出来、三度あがった甲子園のマウンドで──今度は肩も肘も故障することなく、二回戦で明訓高校は敗退した。
 その後、ばたばたと三年生たちが引退して、里中が山田と同室に戻ってきて、なんだか忘れてるなー……と思った頃、新学期が始まり、ホームルームで修学旅行の話題が持ち上がった。
 そういえば、2年の2学期に、そんな行事があったっけ、と思い出したのも束の間。
 彼らはソコにいたって初めて、「何か忘れてる」ことに気づいたのである。
 すなわち、
「お前、今、体──どうなってるんだっ!?」
 ソコである。
「……どうなってって……ちゃんと肩も肘も絶好調だぞ、ほら。」
 真剣な顔で、一同を代表して尋ねた微笑に、里中は山田にもたれたまま、グルグルと右手を回す。
 そんな彼に、そりゃ良かったなー、と笑って──。
「そ、そうやないやろっ!」
 岩鬼が、殿馬よりも先に突っ込んだ。
「? じゃあなんだよ?」
 秋季大会と関東大会を目前にして、他に何の「体調」があるのかと、疑問をぶつけてくる里中に、微笑が苦りきった顔で山田を見た。
「……山田、お前、智と毎日寝起きをしてるんだろ……どうなんだ、智の体は?」
「え、ど、どうって……普通に健康だと思うぞ。風邪も引いてないし。」
 なぜかかすかに動揺した様子で、山田が答える。
 さらに頬の辺りが紅色に染まっていたが、これも気にしてはいけないのだろう──きっと、多分。
 微笑が、自分の聞きたいことから確信のはずれた答えしか返してくれない二人に、どういったらいいものかと、米神のあたりを掻いた瞬間、
「──で、里中、おめぇよぉ、そろそろ胸とか出てきたづらか?」
 殿馬が、ひどくあっさりと、聞くに聞きづらかったことを口にしてくれた。
 瞬間、岩鬼が真っ赤になり、微笑も音が出るかと思うほど顔を赤く染めた。
 そして、問われた里中はというと、
「ぜんぜん。」
 あっさり、と手を横に振って、殿馬の問いかけを否定した。
「なんだ、体、体って言うのは、そっちのことかよ、三太郎。
 それならそうで、はっきり言ってくれないと分からないだろ。」
 まったく、と続ける里中に、だからって堂々と殿馬のように、一応「女になる」と宣言した里中を前に、「胸は出てきたか」なんて聞けるはずがないだろうが、と、微笑は顔を手のひらで覆った。
「恥じらいっちゅうもんがないんかい、おんどりゃっ!」
 岩鬼ですら、苦虫を噛み潰したような顔になるのに、里中は理解できない表情である。
「え、何が?」
「──で、三太郎、その、里中の体が目立った変化がないことが、どう関係あるんだ?」
 軽く顔をしかめる里中の重みを背に感じながら、山田がかすかにほてった頬のまま、微笑を見やる。
 そんな彼に、のんきなこと言ってるよ、と微笑が苦い笑みを刻み込む。
 春先から夏まで、里中が合宿所に居なかったから、うっかりしていた。
 しかし、合宿所で再び暮らし始める以上、考えなくてはいけない問題であったのだ──本当は。
 まずは、合宿所で一緒に暮らし始めた一年坊主に説明をしなくてはいけない。
「あのなー……とりあえず一年坊主にどうするかって言う問題もあるけどな──……っ。」
「……あれ、そういえば、説明してなかったか。」
 ウッカリしていた、と頭を掻く山田に、そうだったっけ? と里中も自分のことなのに忘れ気味である。
 つい先日までは、山岡たち3年生がこの合宿所にいてくれたから、なんとかごまかせてい……かもしれない。
「え、別にそのまま話しちゃえばいいんじゃないの?」
「どっちゃにしても、ど、どーせそんな貧弱な胸で、女やも何もないやろ。」
 どごっ!
 岩鬼が笑い終わるよりも先に、実はフェミニストな殿馬の攻撃が彼のみぞおちに決まった。
 油断していたところに入った攻撃に、ごふっ、と岩鬼がもろくも崩れ去る。
 それを横目に、殿馬は視線を戻すと、
「問題は修学旅行づらな。
 里中、おめぇ、普通に男湯に入るつもりづらか?」
 ごく当たり前に、先ほどから微笑と岩鬼が危惧していることを口にしてくれた。
 瞬間、一瞬の沈黙の後──、
「……あ、そっか。」
「──……あ。」
 里中と山田が、一拍遅れて反応した。
「…………考えてなかったのかよ…………。」
「うん、ぜんぜん、思い出しもしなかった。
 そういやそうだよなー、風呂があるんだよな。」
 そう言う里中に、これだから、と岩鬼と殿馬、微笑がこぞってため息をこぼす。
 特に岩鬼のため息は、ひどく芝居じみて深かった。
「まぁ、部屋に風呂が付いているかもしれないし、そうじゃなくても時間をずらせば──大丈夫だろ。」
 山田が、自分の背中に凭れ掛かる里中の肩を、自分の肩越しにぽんぽん、と叩く。
 里中はそんな山田の手を見て小さく微笑み──彼の手に己の手を重ねるように、ぽん、と手を置いた。
「どっちにしても、いまの現状じゃ、おれも昔と何が違うのかわからないくらい、元のままだし。
 そこまで気にしなくてもいいと思うぜ。」
 事実、今、合宿所などで他の者と時間をずらしてお風呂に入っているのも、一応「自覚」して、「決意」したのだからと、その区切りみたいな形で行っているだけで、体に特にコレといった変化は見えないから、普通にお風呂に入っても大丈夫だという思いは残っている。
「──それならいいんだけどな。」
 微笑が、苦い笑みを刻みながらカリカリと米神を掻くのを見ながら、
「何もねぇと思うづらがよ、万が一っちゅうこともあるづら……、岩鬼とおめぇで里中の布団を左右から固めるくらいのことはするづらぜ。」
 殿馬が山田を見る。
 そんな彼に頷いて、
「……うん、それはそうするよ。」
 ──明訓高校の人気者である「里中智」が、24時間体制で一緒にいる修学旅行で、下手なちょっかいを掛けられないとも限らない。
 里中が男であろうと女であろうと関係ナシに──里中を手に入れたいと思っているだろう男女が、この機会を逃すはずはない。
 殿馬が言っているのはそのことだろう。
「わ、わいとやァまだで、サトの布団を囲うっちゅうことかい。」
 不満そうに鼻を鳴らす岩鬼は、それでも協力してくれることは間違いない。
「頼むよ、岩鬼。」
 穏やかに笑った山田に、岩鬼が腕を組んで頷く。
 そんな二人を見比べて、里中は軽く首をかしげると、
「──早い話が、おれが山田の布団で一緒に寝たらいいのか?」
「どこでどうなったら、そういう話になるんだっ!!」
 微笑は、思わず畳をドンッと叩きつけた。
 かすかに揺れた畳に、岩鬼がバチンと顔を叩いた。
「あかん……このやァらしさにゃ、わいも手におえん。」
「やらしいって何だよ。岩鬼だってしょっちゅう山田の布団の上に転がってただろっ! 大阪で!」
 むぅ、と唇を尖らせた里中の反論を、とりあえず微笑は手のひらを上げて遮ると、
「とにかく、修学旅行は、なんとかする! ──これでいいな、智っ!?」
「いいも何も、おれは何も言ってない…………、って、あ。」
 結局、何のために集まったんだと、疑問を頭に貼り付けた里中は──ふと、思い出したように目を瞬いた。
 そんな里中のそんな仕草に、なんだ、と部屋の中にいた全員が視線をやった瞬間、
「そういや、生理来たら、どうしよう?」
 不安げに、眼差しを揺らして見せた。
 その里中の顔を認めて、一同は一瞬絶句した後、
「…………………………。」
「…………………………。」
「…………………………………………おばちゃんに聞いとけ。」
 微笑が、知るか、そんなもの……と心の中で吐いて、かろうじてそう口にした。








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第二弾。
また生理ネタかい! と突っ込まないよーに。
女性たるもの、修学旅行で気になるのはそっちですヨ。修学旅行中になったらイヤですしね〜。

高校生活は不穏です……(笑)。

みんな、なんだか過保護そうだ。