温泉のお約束


読む前のあてんしょーん


恒例のごとく、色モノネタです。
スパスタ編7巻、マドンナ温泉乱入シーンです。

でもって、色モノらしく、絡み(?)があります。
誰と誰の絡みかは……まぁ、オチなので、予想通りの代物。

ただ「それ」を書きたかっただけなので、オチもへったくれもありません。

以上、お気をつけください。














 冬の寒さがビリリと染みる空気を丸ごと包み込むように、湧き立つ湯気があたりをうっすらと白く覆っていた。
 汗を掻いて疲れた体を暖かなお湯の中に沈めると、冷えた体に熱く感じるお湯がとても心地よい。
 真夏のグラウンドで掻く汗も気持ちいいけれど、温泉で掻くお湯は、ジンワリとにじみ出てくるようで、また気持ちがいい。
 岩で囲まれた浅めの風呂にスッポリと腰を落とすと、鎖骨のあたりまで体がお湯に浸かった。
 頭を岩に乗せるようにして、ふぅ、と穏かな息を零す。
 1人で占領するには勿体無いくらいの広い風呂を見回すと、高めの竹柵の向こう側ぶ、明るい青い空が見えた。
 立ち上がると、その柵の向こう側に富士山が見えるのだと言っていたような記憶があるが、残念ながら風呂に浸かった状態では、柵が高いために見る事は適わなかった。
 お湯から出ている肩先に、ぱしゃん、とお湯を掛けて、そのまま掌でお湯を掬い挙げる。
 まだチェックイン前ということもあってか、露天風呂に他の人気はない。
 風呂なんてものは、普段から1人で入っているのだから、不満はないどころか、この露天風呂を1人で貸切できることが喜ばしいと──そう思うほどなのだけれども。
「──……、あっちは、楽しそうだな……。」
 掌に掬い挙げたお湯を顔にかけてから、里中は頭を逸らすようにして自分が背にしている柵を見上げた。
 周りを覆っている柵よりも、さらに一段高い柵は、向こう側──男湯とを区切るものだ。
 作りもしっかりしていて、不埒なことを考える男が穴を開けたりしないようになっているらしい。
 とは言うものの、登ろうと思ったら登れない高さではない──が、さすがに登るわけには行かないだろう。
 さすがの里中も、分別というものがある。
 わいわいと楽しげな話し声が聞こえる男湯に比べるて、ポツンと1人残された寂しさを感じても、柵を越えたりしてはいけない。
「かと言って、先にあがっても、岩鬼もまだ戻ってきてないだろうしな〜。」
 部屋に戻って、一人退屈でゴロゴロしているのもイヤだ。
 少し遠く聞こえる山田たちの声は、何を話しているかまでは分からない。
 男湯と女湯で会話が出来るのは、山田家の近くの銭湯くらいしか経験がないが、大観ではできたためしがない。
 風呂の中と違って密閉空間ではないから、声はひどく聞きづらいのだ──今のように。
 温泉は気持ちいいし、露天風呂ともなれば気分も開放的になって、長湯もしたくなるけれど。
「──…………向こうだけ楽しそうでもなー……。
 最近、一人で風呂入るのって、なかったしな〜……。」
 なんか一人で入ってると、この辺りが寂しいなんだよなー。
 そんなことを呟きながら、里中は自分の右隣の水面をパシャンを叩いた。
 その音は耳に良く響き、同時に向こう側の男湯から聞こえていた男どもの声の響きを掻き消した。
 これで向こう側に岩鬼がいたら、少しは違っただろう。
 岩鬼の声は露天であっても良く響いて、叫んでいる内容までもが女湯にいて聞き取れるほどなのだ。
 それを聞いているだけでも楽しく感じて、──さらに出る時には、「サトー! 出るでっ! はよ身支度せぇや!」と叫んでくれる。
 けれど今は、男湯で何を話しているのかも、彼らがいつ出るのかも全く分からない。
 岩鬼がいるかいないかでココまで違うとは──と、里中は後頭部を岩に押し付けるようにして溜息を一つ零した……瞬間だった。


 ガラ。


 ガラスの引き戸の音が間近で聞こえた。
 この女湯に他の客が入ってきたのかと、何気に視線を向けると白い湯気が立ちこめる向こう──岩で作られた浅い階段に、白い足が差し込まれるのが見えた。
 スラリとした脚は、野球選手である里中に負けず劣らずしっかりと筋肉がついている。
 胸元から膝の上まで白いタオル──端に「大観ホテル」と印字されたそれを身につけて、公共の風呂だというのに肩先に髪を垂らしている。
 湯気に包まれた風呂場に脚を踏み込んで、しっとりと濡れた床に、軽く眉を顰める彼女の顔は──良く、見知っていた。
「──……ま……っ、マドンナっ!!?」
 ばしゃん……!
 里中は腰を浮かしながら、現れてはおかしいはずの人物の名前を叫んでいた。
 その彼女の言葉に、入ってきたばかりの女は、首をかしげるようにして湯気に包まれた温泉の中へ視線を落とし──あら、と軽く目を見張った。
 長い睫をパチパチと揺らして、整った顔立ちにニッコリと上品な笑みを浮かべ、女は迷うことなく里中の方に歩み寄ってくる。
「里中さんじゃないですか、お久しぶり。」
 いつ会っても、歌うように軽やかな声で話す彼女は、嬉しさがにじみ出ていた。
 何が嬉しいのか──ここに突然現れた目の前の彼女を見ていたら、分かる気はする。
 ──確かに、ありえないことでは、ない。
 この箱根の自主トレが終ったあと、自分たちはそのまま春のキャンプにかけての個々の自主トレに入る。休養の後の体作りの始まりだ。
 そうなれば、マドンナは「愛する殿馬」に一目たりともあえなくなるだろう──もっとも、今でも会っているかどうかといわれたら、疑問だが。
 タオルから零れだしそうな豊満な胸元にタオルを当てながら、里中の方へと歩いてくるマドンナに、里中は唖然としながら問いかける。
「マドンナ……もしかしてお前、わざわざ俺たちが泊まってるホテルを調べたのか?」
 あの殿馬が、マドンナ相手に自分が箱根で泊まっているホテルを教えるはずはない。
 まだ手紙のやり取りはあるようだが、直接デートしたと言う話は聞かなかった──確かシーズン最後にアイアンドッグズと対戦した時にも、「殿馬さーん、またお手紙しますね〜」と言っていただけだし。
……古風に文通の繰り返しだと言うのが(そしていつも面白い手紙の内容だというのが)、殿馬とマドンナらしいと言えば、らしい。
「あら、そうじゃなかったら、どうして私がここに居ると思っているんですの?」
 そしてマドンナは、平然と里中の「まさか」を、肯定してくれた。
 まったく悪気はナシである。
 立ち上がりかけていた体が、すぐに脱力めいたものを覚えて、尻からお湯の中に落ちた。
「里中さんがお風呂に居るって言うことは、やっぱり殿馬さんも今はお風呂の中ってことですわね。」
 うんうん、と一人で勝手に納得したマドンナは、そのままクルリと足先を変更して、里中の入っている方角まで軽やかな足取りでやってくる。
 てっきりそのまま、自分の近くで風呂に入るのものだと思っていた里中は、うんざりした顔で彼女を見上げるが──しかし、マドンナはそのまま、ス、と里中の手前を通り過ぎていってしまう。
 どこへ行くつもりだと──そのまま先へ進んだら、ホテルの外壁と繋がる岩場にたどり着くだけだ。
 確かにそこからなら、富士山が良く見えるが……、そのためだけにそこに近づくのかと、眉を寄せる里中の視線の先で、彼女は片手を腰に手を当てて、クルリと踵でターンする。
 そのまま、男湯と女湯を隔てる柵に正面向かって、それを見上げる。
 見渡せる柵は、自分たちの背丈のほぼ二倍。
 普通なら飛び越せるわけがないと言うところだが、マドンナはそれを越える自信があった。
「この向こうに、殿馬さんがいらっしゃるのね……。」
 ふふふ……と、どこか黒い色を持って微笑むマドンナの声に不穏なものを感じて、里中はパシャンと水音を立てて彼女を見上げる。
「──……おい、マドンナ?」
「待ってて、殿馬さん……っ! 私が今、そちらに行きますから……っ!」
 キュ、と拳を握り締めて、目標──あまり目立たない柵の端の方に向かって歩いていくマドンナに、慌てて里中は派手な水音を立てて立ち上がる。
 一瞬、頭の中でクラリと何かが弾けた気がしたが、それにかまっている暇はない。
「って、ちょっと待てっ! 何、言ってるんだよ、お前はっ!!」
 ヒラヒラと前から剥がしたタオルを振り揺らしながら、ルンルンと柵の具合を目と手で確かめるマドンナに、風呂の中で立ち上がって叫ぶ里中を、彼女は肩越しに振り返る。
「何って、いやですわ、しっかり聞いていたではないですか。」
「聞いてたから聞き返してるんだろっ!」
 温泉に入って、湯気でほんのりと赤く染まった里中の顔を見下ろして、マドンナは、あら、と口元に手を当てた。
 マドンナがアイアンドッグズの一軍になる前は、パ・リーグ唯一の一軍女性選手であり、同時にパ・リーグ随一の「美形」であると称されていた里中は、試合上で見る限りは、全く色気を感じさせない選手であった。
 殿馬の追っかけをしている間に(あまり記憶に残ってないが)見た里中も同じで、その面差しが整っている分だけもったいないと思っていたのだけれども。
 温泉で温められた体で立ち上がる里中は、試合で見せるような鋭い視線で自分を睨みつけているものの、その風合いが全く違って見えた。
 しっとりと濡れた黒い髪が、額や項にペッタリと張り付き、滴る雫が色を持って彼女の白い肌を伝っていくようで。
 黒曜石のような美しい双眸も、熱でかすかに潤み、白い頬はほんのりと朱色に染まっている。
 ふっくらした唇も同様で、いつもと同じようにきつく真一文字に引かれているというのに、つまみ食いしたくなるように美味しそうに見えた。
「あらあらあら。」
 マドンナは頬に手を当てて、マジマジと里中の顔を見る。
 そんなマドンナに、里中は憮然とした面持ちで、
「あらあらじゃない。男湯に入るのは禁止だっ。常識で分かるだろうがっ!?」
「あら、でも里中さんも同じでしょう?」
 マドンナは微笑みながら首を傾げて、柵を乗り越えようとあげかけていた脚を下ろして、そのまま彼女の隣まで歩いてくる。
 近づいてきたマドンナを、里中はいぶかしげに見上げる。
「何がだ?」
「野球選手である以上、私達は男も同然ですわ。
 ですから、男同士、お風呂に入って、何かおかしいでしょう?」
「おかしいだろ、普通にっ!」
 ばんっ、と岩を手の平で叩いて、頭痛を覚えたようにヒクヒクと米神を揺らす。
──殿馬に来る手紙の内容からしてすでに、意味が分からない人だと思ってはいたが……本当に、わけがわからない。
 けれど、ここで止めねば、彼女は本当に身軽に柵を飛び越えて──彼女の身軽さは、試合で何度も経験ズミだ──、男湯に紛れ込んでいってしまいそうである。
 向こうに居るのは三太郎と殿馬と山田だけのようだから、間違いはないと思うが──……、
「というか、別に三太郎や殿馬の裸を見ても一緒に風呂に入ってもかまわないけど、今はダメだっ! 山田がいるからなっ!」
 きっぱりはっきり宣言する里中に、マドンナはゆったりとした動作で首を傾げて、マジマジと里中の顔を見下ろした。
「……なんだよ?」
「いえ、里中さんって……。」
 【古風なんですね】とでも言われるのかと、胡乱気な目で見上げた里中の隣に尻を落として、マドンナは足先を水面につける。
 どうやら男湯へ入るのは諦めたのかと、ほ、と密かに胸を撫で下ろした里中は、すぐに「掛け湯は?」と温泉の先輩として、彼女に忠告しようと顔をあげた刹那。
 
 するり。

 お湯ではない感触が、皮膚の上を撫でるように走った。
 ビクリ、と体を震わせ、とっさに手でそれを払いのけようと体を起こすのを待っていたかのように、、
「試合ではぜんぜん気付きませんでしたけど、結構、スタイルいいんですわねっ。」
 がばっ! ──と、マドンナが背後から抱きついた。
 最後の一言は、跳ね上がるような語尾を伴って、風呂場に良く響いた。
「──……っ! なっ、なななっ……っ!?」
 突然の攻撃に、体も頭もついていかなくて、里中はただ目を白黒させて、自分の体にぴったりとくっついてくる他人の皮膚の感触に、ゾクリと悪寒を走らせる。
「何、するんだ!?」
「あら、女同士でお風呂に入ったら、こうするんだって、わたくし、高校時代の友人から教えてもらいましたわよ?」
「し……しない! こんなこと、しない!」
 慌ててマドンナの手から抜け出そうとするが、それよりもマドンナの手の方が速い。
 スルスルスル……と、肌を一気に撫で下ろされて、ますます鳥肌が立った。
「里中さんったら、お肌のお手入れもちゃんとしてるんですね。すごく綺麗ですわ。どんなボディローション使ってます?」
「つ……使ってないっ! 温泉に入ってるから、そう感じるだけだろっ!?」
「それに……ま、この辺りの筋肉は、さすがスターズさんのエース。
 私も随分、筋肉が着いたと思ってましたけど、里中さんに比べたらまだまだですわ〜。」
「って、ひゃっ。くすぐったいっ……っ。」
 思わず首を竦める里中に、マドンナは高校時代に出来なかった「お約束」を楽しむように、さらにエスカレートしていく。
 これもまた、露天風呂という開放感のなせる技なのだからして、しょうがない。
 ペタリ、と両手を胸元に押し付けると、
「──なっ、なんてとこ触ってるんだ、お前はっ!!」
 カッ、と顔を真っ赤に染めた里中が腕の中で抵抗するものの、体勢が体勢な上に、マドンナの手が当たっているところが当たっているところなので、ロクな抵抗はできない。
 マドンナはそれを良く分かっているかのように、里中の耳元に顔を寄せて、
「うふふ、もしかして、感じちゃいました?」
「そーゆー問題じゃないだろっ!」
「ほら、分かります、里中さん? 私の手も、おマメさんとかできちゃいまして、手の皮もほら、こーんなに硬くなってしまいましたの。」
 顔を逸らすようにしてマドンナを睨みつければ、彼女は目元がニンマリと歪んでいる。──楽しんでいるのは、一目見て分かった。
「わっ……かるか!」
 忌々しげに吐き捨てる里中に、マドンナはものすごく楽しそうな笑みをほころばしながら、
「あら、どうしましょう、私……。」
「……くそっ。」
 やられっぱなしでなるものかと、里中が奮起して拳を握り締める傍ら、マドンナは耳元まで赤く染まった里中の項を見下ろしながら、
「──なんだか、山田さんの気持ちが分かってしまいそうですわ♪♪」
──さすがは殿馬に惚れただけのことはある「女」な台詞を吐いて、うふ、と、楽しげに笑ってみせてくれた。
「……って、いつまでも俺がやられっぱなしだと思うなよっ!!」
 ばしゃんっ! と、派手な水音を立てて、里中は手の平で水面をたたきつけ、マドンナの意識を逸らす。
 その隙をついて、彼女はすかさずマドンナの手を払いのけると、そのまま今度は、驚いたように目を見開いている彼女に向かって飛び掛った。
 この後、里中が無事にマドンナの魔の手から逃れることができたのか、それとも仕返しに成功したのか──それは。




「…………なななな、なんか、隣から……妙な声が聞こえないか……?」
「風呂のお約束づらな。」
「お約束って……いや、だってあれは里中の声だろう!? 里中以外に、いったい、誰が入ってるんだっ!?」
「誰って──いや、でも……な、何してるんだ、ほんと!?」
「づら。」
「さ、里中! 大丈夫かっ!? ──────って、返事がない……っ!」
「そりゃーよ、夢中で聞こえてないんじゃねぇづらか?」
「夢中っ……!? って、何にっ!?」
「ナニ? ………ごぼっ、ごぼぼぼっ!!」
「迷言づらな。」
「……ごぼごぼっ……っ、ぷはっ!!
 山田っ、すまん、冗談だっ、冗談だから、俺を沈めるな〜っ!!」
「言っていい冗談と悪い冗談があるだろうっ!」




 動揺しきる男湯の面々が、のぼせて茹で上がったという事実が、物語っているものと思われる。









+++ BACK +++


いやね、里中が女湯に居たら、絶対マドンナを止めてただろうな〜とか。
ついでにそのまま、風呂のお約束に突っ走って、男湯を動揺させてほしいな〜とか。

アホなことを考えていたのをそのまんま書いて見ました!(←バカ)


多分この直後、山田さんは真剣に「女湯に乱入しようかどうか」悩んでるかと思います、恒例の黒いトーンを貼ってね!(笑)

で、三太郎みたいな良き好青年にはぜひ、柵越えにチャレンジしていただきたいです(笑)。


──────…………ということで、おあとがよろしいようで。

最後に、ほんっと、すみません〜っ!