…困ったなぁ……










 窓の外は何も見渡せないくらいに真っ暗。
 小さな畳敷きの部屋の中には、中央に二つ布団が敷かれ、それぞれの上に枕が置かれている。
 その枕の上をポンポンと叩いて、上掛け布団の上にチョコンと座った状態で、里中は机に向かっている山田の大きな背中を見ていた。
 山田は、今日、図書館で借りてきたばかりの本を真剣な顔で見ていた。
 それがいつものような月刊雑誌なら、一緒になって覗き込むのだが、山田が今読んでいるのはこの夏休みの宿題、「読書感想文」用の本だ。
 横から余計な邪魔をするわけにもいかないので、おとなしく布団の上に足を投げ出して、山田が読書を終えるのを待っていた。
 チラリと見上げた視線の先──枕元の目覚まし時計は午後11時を指している。
 明日も朝から、この秋の大会めがけての練習が待っていることを思えば、そろそろ眠りたい時間ではある。
 今日も日が暮れた後のギリギリまで練習をしていて、風呂に入ってご飯を食べて──後はばてたとばかりに布団の中に入るところだが、山田は岩鬼と違って真面目なので、寝る前の時間を使ってこうして夏休みの宿題を片付けるのだ。
 高校にもなって読書感想文なんて面倒くさいと思い、里中は去年と同じ内容でいいやと適当なことを思っているのだが──ちなみに殿馬は、昨年も今年も『クラシック雑誌のエッセイ』で秀逸な読書感想文を書いたのだというから、ある意味すばらしい。
「──……。」
 そのまま山田の背中を見つめていても、山田の背はピクリともしない。
 里中は眠さを訴え始めた自分の目元を手の甲で擦りながら、コロリ、と布団の上に横になった。
 見上げた天井は、見慣れた木だったはずだが、枕に頭をおいて見ているのと、布団を横断するように横になって見ているのとでは、少しだけ風景が違うような気がした。
 静かな室内に、ペラリと山田が本を捲る音がする。
 布団の上で体をひっくり返して、山田の手元に視線をやれば、ハードカバーの本は、まだ半分ほど残っている。
 さすがに今日中に読むのは無理だろうと思えた。
「……………………山田。」
 小さく呼びかけるが、本に没頭しているらしい山田の背は、ピクリとも動かない。
 よほどその本が面白いのか、本を読んでいる最中の山田は、返事もいつも上の空だ。
 里中はしばらくその体勢で、顎を逸らすようにして山田を見ていたが、ムクリと体を起こすと、四つんばいになったままで山田の後ろまで這っていった。
 そのまま、ヒョイ、と山田の体の横手から彼の読んでいる本を覗き込む。
「な、やーまーだー。」
 ぽてん、と山田のふくよかな腕に顎を乗せて、隣に見上げることができる山田の顔をジと見つめた。
 そこでようやく山田は、手元に落としていた本から顔をあげると、すぐ真横にある里中の顔に、驚いたように目を見張った後──照れたように小さく笑った。
「すまん、明るくて寝れないな。」
 今日はここで終わりにするよと、山田は本の間にしおりを挟む。
 じ、と里中のまっすぐな目で見つめられて、背中にこそばゆいものを覚えながら、山田は落ち着かないように尻をずらす。
「もう、寝るか?」
 じー、と見つめられて、山田はその問いかけに頷く。
「あぁ、そうするよ。残りはまた明日だな。」
 明日中には読み終わらないと、感想文がかけない。
 そう言いながら、山田は腕を折るようにして自分の腕に乗っている里中の頭をクシャリと撫でる。
 穏やかな微笑みを零しながら、
「それじゃ、寝るか。明日も早いしな。」
 ゆっくりと腰を上げようとするが、里中は山田の腕から顔をどけない。
 いつもなら、山田が少しでも動く気配をすれば、素直にどいてくれるというのに。
 里中の軽い重みを感じながら、山田は戸惑うように起き上がりかけた腰をそのままに、里中の顔を見下ろす。
 大きな瞳が、パッチリと見開かれて、山田を無言で凝視している。
 その澄んだ黒い瞳が、ただまっすぐに山田を見ている。
「──里中、どうかしたのか?」
 肘を曲げれば、ちょうどその二の腕と腕の間に里中の顔が挟まれる形になる。
 かと言って、体を預けるようにして里中は山田の腕に全身を預けてくれているので、下手に動くわけにも行かず、そのまま動きを固めるしかなかった。
「里中?」
 促すように名を呼ぶと、里中は気だるげに顎を上げて、
「……なんでもない。」
 フルリ、と力なくかぶりを振った。
 そしてそのまま、山田から少し離れて、ペタリと畳の上に座り込む。
 無言で見上げてくる里中を見下ろして、山田は立ち上がることも忘れて、そのまま里中を見下ろした。
 すでに寝る準備の済んだ里中は、いつものように上はタンクトップ一枚、下はいつもの明訓のジャージ姿である。
 これがもう少し涼しい時期になってくると、タンクトップが長袖シャツになるのだが──、
「──……〜……。」
 思わず視線を逸らして、天井を見上げる山田を、里中は不思議そうに見上げて首をかしげた。
「山田? 寝ないのか?」
「──いや、寝る……けど、里中は寝ないのか?」
「寝る。」
 即答して、里中はジ、と山田を見上げる。
 その、一年前に比べて随分薄くなった気のするむき出しの肩や鎖骨を見下ろして──それに目と意識が奪われかけた自分を慌てて制しながら、山田は里中からくるりと視線を背けた。
 バクバクと心臓が高鳴っている気を覚えながら、立ち上がって自分の布団の方へと歩いていった。
──里中は、言っていることと行動していることの「自覚」が、全く噛み合ってない。
 俺を好きだと言うなら、もう少し頓着して欲しい所だ。──純粋にも程がある。
「里中、電気を消すぞ。」
 布団の上に立ち上がり、真上で灯っている電灯の紐に手をかけると、里中は畳の上に座り込んだままの体勢で山田を見上げてくる。
「──布団の中に入らないのか?」
 見下ろすたびに視界に入ってくる、日に焼けた喉元から続くくっきりと白い首元と、細い首、形良い鎖骨。──そして緩く里中の首元を覆う、胸元。
 タンクトップ一枚しか着ていなくても、そこにふくらみはないと分かっている──分かっているにも関わらず、電灯の明かりに照らされて白く眩しい胸元に視線がやれなくて、思わず目が泳いだ。
「……なぁ、山田?」
「早く布団に入らないと、肩を冷やすぞ。」
「──……うん。」
 頷きながらも、コックリと首をかしげて、里中は上目遣いに山田を見上げると、
「………………──────おやすみのチュー、してもいいか?」
 かすかに目元を染めて、問いかけてくる里中の声に、
「────…………っっっっ。」
 カチン、と、動揺のあまり、山田の手の中で電灯の紐が一回、音を鳴らした。
 部屋の中を煌々と照らしていた電灯が一つ分小さくなって、先ほどよりも薄暗くなった部屋の中で、里中が少し拗ねたように唇を尖らせる。
「なんだよ、ダメなのか?」
 上目遣いに睨んでくる顔がまた可愛くて、睨みつけてくる里中の目から視線を逸らすわけにも行かず、山田はとりあえず上目遣いの里中の目から逃れようと、布団の上に腰を落とした。
 結局そうしても、里中の方が身長が低いので、結局見上げられることになった上に、白い素肌が間近に迫っていて、さらに目にまぶしくてしょうがなくなったが。
「い、いや、そういうわけじゃないけど──……っ、な、なんで、突然……っ。」
「だって、俺たち、付き合ってるんだろ? だったら、キスの一つや二つくらいしてもおかしくないじゃん。
 なのに、ここのところ、ぜんぜん──だったし。」
 慌てる山田に、里中はますます拗ねたようにブッスリと唇をゆがめる。
 そのふっくらとした唇に視線が誘われて、山田は密かに溜息を零す。
「それは──甲子園大会もあったし……。」
「今年は二回戦で負けたからな。練習もいつも以上に厳しかったのは分かってる。」
 実際、里中だって悔しかったから、今まで以上に練習に練習を重ねて、部屋に帰って来たら布団を引く余裕もなくてそのまま畳みの上で寝てしまったことも一度や二度じゃない。
 朝になると不思議なことに布団の中に入っていたが──それは同室の山田の仕業であることは、確認するまでもない。
「でも、山田はいつも、部屋に帰って来ると宿題ばっかりしてるだろう? 別に俺にかまってくれとは言わないけどさ、キスくらいは、いいじゃん?」
 な? と、小首をかしげるようにして、覗き込まれて──山田はなおさら、ほとほと困って里中を見下ろした。
 実際、分かってないのは里中のほうだと、山田は思う。
 畳の上で寝ている無防備な里中を、布団の中に運んでやって、なおかつ時々はパジャマに着替えさせているその現実が──どれほど辛いか、一度青少年の身になって考えて欲しいところである。
 練習で疲れているのは山田にしても同じことで──厳密に言えば、タフな山田はそれほど堪えては居ない──、眠さをなんとか我慢して毎日宿題をしているのも、精神的なそういう「理由」から、逃げるためだとは、里中は決して理解してはくれないのだろう。
 特に今のように、無防備どころか一歩間違えれば誘っているようにしか見えない服で、上目遣いで、見上げられては、──本当に困る。
 自分が座っている場所が布団の上だと言うのも、そうだ。
 それでも必死で──いっそ、電灯を全部消して真っ暗にしてしまえば、里中の顔が見えなくてちょうどいいのではないかと、山田が本末転倒なことを考えた瞬間だった。
「それとも──……ダメ、なのか?」
 少しだけ寂しそうな色を滲ませて、しゅん、と里中が上目遣いに問いかける。
 その、動物のようにカワイイ仕草と目を見て、どうして黙っていることが出来ようか。
「里中……。」
 結局山田は、あっさりと折れて、里中の両肩を掴み、その小さな体を引き寄せることを選んだ。
 理性を総動員しながら、嬉しそうに山田の背に腕を回してくる里中の華奢な体を抱きしめつつ──毎日の練習よりも、夏休みのたくさんの課題よりも、ずっと厳しく辛い現実に、直面するのであった。
「……山田。」
 見上げてくる白いかんばせの、うっすらと赤く染まる頬や、そ、と伏せられる睫の長さ、肌のきめ細かさに目を奪われるようにして重ねた唇の、温もりと柔らかさと。
──いっそ、何も考えずに押し倒すことが出来れば、どれほど幸せだろうか、と。
 それを強引に推し進めたら、結局、己が後悔することになると分かっていながら、今日もチラリとそんなことを頭の片隅で考えてみた。





──純粋で可愛すぎる恋人が居るというのも、問題だ……、と。












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イミもない。

なんか、書きかけのまま置いてあったのが見つかったので、適当に(笑)、書き足してみた。
何を書くつもりだったのかは分からなかったので、今日の気分で、適当に……。

ホンノリ甘い風味。
まだ出来てない(笑)。

っていうか、どうして書きかけの時に、これをパラレルのほうにもって来ていたのかわからない。
多分下ネタでも書くつもりだったのでしょう。

これくらいなら、両思い相思相愛ビームとか、わけのわからないギャグで落として置けばよかった……ふぅ。