あてんしょん ぷりーず



ここは、「そういえば、パラレル話の注意書きに、『明訓女子高校とか言うバカなことをするかもしれません』と言って置きながら、書いてなかったな……っ!
ということに気づいた管理人が、閉鎖前にやってしまえと自暴自棄(笑)になって書いてみたネタです。
ので、明訓高校に在籍している人間は、すべて「女」であることを前提に描いた、ロマンちっくで恋愛要素があって野球で(謎)、そして失笑を前提にした、

限りなくバカワールドです。

太郎君や岩鬼君が、明訓高校の女子の制服を着ているシーンをアリアリと想像できちゃうあなたっ! 危険信号です! このまま読んでやってください(大笑)。


あ、ちなみに設定は、お笑い前提なので、「山田総受け」です(大笑)。








「明訓女子高校 初デート編」

*シラヤマ注意報発令中〜*













 その日は、常になく残暑が厳しかった。
 昇降口から校門へと歩きながら、グラウンドを照りつける太陽が、ギラギラと恐ろしい色合いを宿しているのを、眩しげに見上げる。
 数週間前までは、あの真下で野球をしていたんだなぁ、とどこか懐かしく思った。
「グラウンドで掻く汗は何も思わないけど、ブラウスで掻く汗って、なんかベタベタしないか?」
「そうだな……特に教室の中は、最悪だな。」
「窓開けても、風が吹いてこないんだぜ? うちも私立なら、クーラーくらい入れろって言うんだ。」
 おかげで、シャツの下に着ていたキャミを、何回着替えるハメになったことか。
 まったく、と下唇を尖らせながら、里中は一番上のボタンを外したブラウスの襟元を指先でさらに広く開ける。
 薄く日に焼けた喉元と、抜けるように白い肌とのコントラストが、目についた。
「日焼け、薄くなってきたな。」
「ん? あぁ、そうだな。俺はもともとそんなに日に焼けないからな。」
 言われて見て、里中は自分の右手の甲を見下ろす。
 左手はグローブをしていることが多いから、右手と比べると一目瞭然だ。
 山田の手が右と左で色が違うのに比べて、里中はまるで変わらない──白い掌のまま。
 毎日日焼け止めクリームをせっせと塗っているクラスメイトが聞いたら、「どうせ、将来ソバカスになるわよ!」と悔し紛れに叫びそうなうらやましい体質である。
 どれだけ食べても運動で発散するから太らないし、しなやかな筋肉はついているし、小柄な体にパッチリとした瞳、サラサラの黒い髪と続いたら、近隣で最も「高嶺の花」だといわれてもしょうがないだろう。
 本人は、そのつもりは皆無のようだが。
 山田はそのまま、楽しそうに花のかんばせを綻ばせる里中を見下ろしながら──これから自分たちは、どういう道に進んでいくのだろうと、ボンヤリと空を眺めた。
 里中は、「山田なら絶対、プロの世界でも男に混じってやっていける」と豪語してくれたが──里中は多分、大学で女子野球をした後は、渡米すると思うと、漠然とした意見を口にしてくれた。
 女子のプロ投手の例があるのだから、里中の実力なら大丈夫だと思うのだけれど、こればかりは球団がスカウトしてくれないことにはどうにもならない。
 里中の話に相槌を打ちながら、そんなことを思っていた。
 目の前に校門が迫り、向こうのアスファルトがジリジリと焼き付けられているのが見えた。
 そのまま校門の外に足を踏み出そうとした瞬間、ふと里中は山田を見上げて、
「あ……なぁ、山田、帰りに本屋に……。」
 寄っていってもいいか、と──そう続けるはずだった言葉はしかし、
「山田……!」
 突然、校門の外──壁にもたれかかっていた男の呼びかけによって、中断された。
 耳に飛び込んできた聞きなれた声に、思わず里中と山田は顔を見合わせた後、揃って声の方角に顔を向ける。
 ス、と背筋を正す長身の青年が1人──、
「……不知火!?」
 その姿を見つけた瞬間、里中は思いっきり『女子高校の前で待ち伏せをする男』という、不審極まりないことをしていたライバル高校の投手であった男を指差した。
 隣で山田も、ビックリしたように目を見開いている。
 不知火が明訓のグラウンドにやってくるのはいつものことだが、こうして堂々と校門前で待ち伏せしているのは初めてだ。
「ど、どうしたんだい、不知火君?」
「お前、どこからどう見ても不審者だぞ。」
 驚いた顔を隠そうともせず見上げる山田に対し、隣の里中は不審の目で不知火をジロリとねめつける。
 不知火は、そんな里中には一瞥を向けることもなく、正面から山田に対峙すると、
「山田! 俺と付き合ってくれっ!」
 思いっきり良く、叫んだ。
 その、どこか切羽詰ったような眼差しを見上げて、山田はパチパチと目を瞬く。
 突然何を言うのかと思ったと、そう言いたげな山田の腕に、スルリと里中は自分の腕を絡めると、そのままギュムとふくよかな山田の腕を抱きこみ、
「何、バカ言ってるんだよ。山田は今から俺と本屋に行くんだよ。お前なんか、邪魔だ、邪魔。」
 ベ、と赤い舌先をペロリと唇の合間から突き出す。
 その可愛らしいけれどコ憎たらしい仕草に、不知火は大仰に眉を寄せると、
「お前には関係ないことだろう、里中。これは俺と山田の問題だ。」
「何がお前と山田の問題だよ! だから、山田は今から俺と本屋に行くって言ってるだろっ! 不知火なんかに付き合ってる暇なんて、一秒たりともないね!」
 さらにベェ、と舌を突き出して、里中はプイと顔を横に向けると、引っつかんだ山田の腕を手元に引きながら、
「さ、行こうぜ、山田。不知火なんかに構ってたら、駅前の本屋が閉まっちまう。」
「あそこは夜8時までやってるだろ。閉まるかっ。」
 戸惑うように立ち尽くす山田の腕を引きながら、強引に不知火の前から山田を連れ出そうとするが、山田のもう片腕を不知火がつかんで引き止める。
 片手には里中の華奢な体がしがみつき、もう片手にはその彼女とは対照的な大きな掌に握られて。
 挟まれた山田は、一体どうしたらいいものかと、右と左に見える言い合いをしている二つの容貌を交互に見やった。
「閉まらなかったとしても、お前に付き合ってる時間が勿体無いって言ってるんだよっ!」
「だったら里中、お前だけさっさと本屋にでもどこにでも行ったらいいだろうがっ! 俺は山田に用があるんだっ!」
「山田に用があるなら俺を通せ! そんな常識も知らないのか、白新高校はっ!」
「いつそんなものが常識になったんだっ!?」
「俺と山田はバッテリーだからなっ!」
「もう野球部は引退して、お前も山田も何の関係もないだろうがっ!」
「それを言うなら、他校のエースとは、まったくもって関係ないだろっ!!」
 喧々囂々と校門前で、山田の腕を引っつかんで怒鳴りあう美形二人に、山田は困ったように眉を寄せながら、左右を見る。
 片手には子犬がキャンキャン吼えてるような里中。
 もう片手には、ドーベルマンが低くうなっているような不知火。
 これがグラウンドの中なら、野球で決着をつけようというところなのだが──。
「──……あー……えーっと…………。」
 この2人、普段はそれほど仲が悪いわけじゃないのに、時々こうして犬猿の仲だと思うくらいに言い合うことがある。
 その原因は、他から見ても分かるくらい「山田」以外にありえないのだが、その原因たる山田張本人は、そのことに全く気づいていない。
 山田を挟んで叫びあう二人を、校門から出て行く明訓の女子生徒たちが不思議そうに伺っている。おそらく、このまま叫び続けていれば、職員室から教師がやってくることは間違いなかった。
 そこで山田は、里中と不知火に引っ張られている自分の腕を、強引にグイと引き寄せて引き抜くと、
「里中、不知火君、ちょっと待ってくれ!」
 頼むからっ。
 強引に話の間に割って入った。
 とたん、ピタリと口を止める里中に向かい合って、
「里中、本屋には一緒に行くから、少しだけ時間をくれ。不知火君がせっかく待っててくれたんだから、話は聞きたい。」
 真摯な目でそう里中を説得した。
「──勝手に待ってたんだから放っておけばいいのに、山田のそういう優しさにコイツはつけこんでるんだぞ。」
 里中はその山田の目を真摯に見つめ返しながら、やっぱり憎まれ口を叩いたが、その後小さく溜息を零して、
「俺もココに居ていいか?」
 首を傾げて不知火に視線を移す。
 決して、「話を聞いてやるぞ」と言う言葉を零さない辺りが、憎憎しい。
 不知火は、顔だけ見ていれば可愛いことこの上ない里中の小ぶりの顔を睨みつけ、
「別に聞かれて困る話でもない。というよりも、俺の用件はもう言ったはずだ。」
 胸を張って、山田を見下ろした。
 そんな不知火に、山田はパチパチと目を瞬き、里中と顔を見合わせると、
「え、いや──付き合ってくれってことだよね?」
「そうだ。」
 頷く不知火に、再び山田と里中は顔を見合わせると、
「どこにだ?」
「今からだったら、里中と本屋に行く約束もしてるし、夕飯の支度もあるから、今度にしてくれると嬉しいんだけど……。」
 揃って二人は、不知火の顔を見上げて、尋ねてくれた。
 その二つの顔を見下ろし──不知火はかすかに目元を赤く染めると、
「そっ、そういう意味じゃない! だから──その……っ。」
 その──……と、さらに口篭る不知火に、いつもハキハキキッパリとした夏祭り男が、珍しいこともあるものだなぁ、と里中はボンヤリと彼を見上げ──はっ、と、不知火が言いたい事実に気づいた。
 大きな目をさらに大きく見開き、彼女はキッと不知火を睨みつける。
 不知火はなんとも言えない顔のまま、自分を見上げている山田を見下ろすと、
「──返事は今すぐじゃなくてもいい……そういえば、お前だって分かるだろう?」
 野球の試合の最中は、イヤになるくらいバッターやピッチャーのリードを読みつくすくせに、グラウンドを出たとたん、コレはないだろう、コレは。
 そんな疲れたような溜息を零す不知火の台詞を聞いた途端、山田が軽く目を見開いた。
──と、同時。
 げしっ!!!
 思いっきり良く里中が、スニーカーで不知火の弁慶の泣き所を蹴った。
「──……っ!!!!!」
 声にならない悲鳴をあげて、不知火はその場にしゃがみこみ、被害にあった左足を抱える。
 あまりに突然のことで、何の心構えもしていなかったところへの攻撃に、不知火は声も出ない。
 ただグッと険しい顔で堪えるのみだ。
「さ──……、里中っ!? 突然、何を──……っ、し、不知火君、大丈夫かい!?」
 慌てて山田がしゃがみこむ前で、里中は足を開いて仁王立ちすると、冷ややかな眼差しで不知火の帽子を見下ろした。
「……──不知火……、貴様、甲子園で優勝したことはおろか、山田に勝ったことすらないくせに、どこの面さげて、山田を嫁に欲しいと言いやがるっ!? この、厚顔無恥っ!!」
「──……ぶっ!!」
 不知火を指差して叫ぶ里中に、思いっきり山田は噴出す。
 そのまま、ゴホゴホと咳き込む山田を他所に、不知火はまだビリリと痛い足をさすりながらも立ち上がる。
 さすがは、在学在学2年と半年の間に、覗きをアンダースローで叩きのめしたこと十数回、合宿所に忍び込もうとした下着ドロをバットで百叩きすること数回、満員バスでのチカンで噛み付くこと数回、金的すること十数回──の、知れ渡っているだけでも相当数ある戦歴を誇る里中智だけのことはある。
 はっきり言って、場慣れしすぎていた。
「確かに甲子園で優勝したことはない──それは認めよう。
 だがな、里中! 山田に勝った事がないだとっ!? お前は、高校2年の秋季大会のことを忘れたのかっ!? この山田を、スランプに陥れたのはこの俺だぞっ!?」
「その後、速攻で岩鬼に満塁ホームランくらって大負けしたのはどこのどいつだよっ! ハッ! そういう台詞は、俺からまともに点を取って、明訓に勝ててから言うんだなっ!」
「なんだとっ!? お前の球なんざ、ハエが止まってるようにしか見えないぜ!? 山田のリードがあったからこそ裏をかかれただけだってことを、重々承知しておけ!」
「はっ! 俺と山田がこれ以上なく息があったバッテリーだからってうらやんでるんだろ? 男の嫉妬はみっともないぜ、不知火!」
 またもや喧々囂々と言い争いを始める里中と不知火に、山田は慌てて2人の間に割ってはいる。
 不知火の一番最初の発言が自分に与えた衝撃に、浸っていては、あっというまに教師を巻き込む騒ぎになることは間違いないのだ。
「待てっ、落ち着け、里中っ! 不知火君もっ!
 ここは校門の前なんだから、頼むから落ち着いてくれっ!」
 今にも不知火につかみかかっていきそうな里中の華奢な肩を抱きしめるようにして必至に押しとどめながら──不知火は紳士だから、襲い掛かった里中に仕返しをするということはない……と思うのだが、さすがにこれほどの身長差の二人が取っ組み合いなどになったら、しゃれにならない。
「落ち着いてるよ!」
「俺もだっ!!」
「──どこがだよ……。」
 がうっ、と噛み付くように二人に同時に怒鳴られて、こういう所だけ息が合わなくてもいいじゃないかと、山田はたっぷりと溜息を零す。
 とにかく、ここでいつまでも言い争っていてもしょうがない。
 不知火には悪いが、またで直してきてもらうことにして──そう、返事はいますぐじゃなくてもいいと言っていたのだから。
 そう疲れたように思った瞬間……山田は、ここに来てようやく、不知火が何を口にしたのか思い出した。
「──……わっ。」
 とっさに、山田は大きな手で自分の顔の半分を覆った。
 顔が真っ赤に染まっているのは、わざわざ鏡を見なくても分かる。顔中の血液が集まっているのではないかと思うほど、顔が熱いからだ。
「つ……つつつ、付き合ってくれって……そ、そういう……意味、だよ、な?」
 小さく呟いて、まさか、と山田が大きな体をちぢこめた瞬間だった。
「そこまで言うんだったら、勝負だ、不知火!」
「望むところだっ!」
 ちょっと目を離した隙に、言い合いを続けていたらしい里中と不知火が、そんなことを堂々と張り叫んだのは。
「──……はっ!?」
 どうして、なぜ、いつのまにそういう話になったのだと、驚く山田を他所に、二人は好戦的にやる気満々である。
「三球勝負で、お前が俺から一球でもヒットを出せば、今度の日曜日の山田とのデートを、許可してやる!」
「……は、はぁぁぁっ!!!?」
 堂々と胸を張って言い切る里中の台詞に、目が飛び出るかと思うほど驚く山田のすぐ背後で、チッ、と忌々しげに不知火が舌打ちするのを聞いた。
「わざわざお前の許可がいるのにはウンザリだが、仕方ないな。」
「いや、仕方ないって、里中、不知火君!? いつのまにそんな話になってたんだっ!?」
 何も聞いてないぞと訴える山田に、クルリと里中は顔を向けると、ガッシリとその手を握り締めて、
「大丈夫だ、山田! お前の貞操は俺が守るからっ!」
「いや、いやいやいや、ちょっと待て、里中!」
「そうでかい口を叩けるのも今だけだぜ──……っ!」
「って、不知火君も、その気にならないでくれよ、頼むからっ!」
 慌てて山田が、バチバチと火花を立てあう二人の顔を交互に見る──が、山田を挟んで超好戦的な二人は、ギンッ、とにらみ合った後、示し合わせたかのように校門の中に足を踏み込んでしまう。
「里中っ! 不知火っ!!」
 慌てて山田が追うのだが、やる気になった二人を止めれるはずもなく……なんだかんだと言い争いを続けながら、ズカズカとグラウンドまでたどり着いた頃には、山田は説得疲れして、バックネットにガシャンと体を預けるハメになってしまった。
 その隣では、残暑厳しいというのに学ランを着ている真夏の男が、バサリと学生服を脱ぎ捨てているところだった。
 さらにその隣では里中が、カバンを放り投げて、さらにスカートのチャックに手をかけようとしている。
「さーとーなーかーっ!!!!」
 慌ててダッシュでバックネットを叩きつけるように体を起こすと、山田はスカートのチャックを下ろした里中に横手から抱きつく。
「ぅわっ! な、なんだよ、山田!? 邪魔しようったってムダだからな!」
 キッ、と目じりを更にきつくさせる里中の手を引っつかんで、
「いや、勝手に色々と決めてくれた里中に言われたくはないと思うんだが──あのな、里中。それ以前に……お前、まさか、スカートを脱ぐつもりじゃないだろうな?」
「脱がないと投げられないじゃないか。」
「──……っ。」
 思わず山田は、そのまま頭を抱えてしゃがみたくなった。
「いや、あのな、里中……っ。」
「それに、ちゃんと下にはスパッツ履いてるぞ。」
 ほら、と、ぴらリン、と里中がスカートを捲った下には、確かに黒のスパッツ。
 それは、確かに山田も知っている。
 スカートを履いていようと履いていなかろうと、岩鬼と同じでドタドタと走り回っている里中のスカートは、良く捲れからだ。しかも邪魔だと言う理由で、彼女はいつもスカート丈を膝上にしているので、山田たちに比べても捲れ易い。
 もちろん、神奈川県下のみならず、すでに全国の高校球界アイドルとも言える里中の、そういう瞬間を狙う不埒なカメラ小僧は後を絶たない。
 そのため、里中は基本装備としてスパッツを着用しているのだが──、
「いや、それでも、スカートを脱ぐんだったら、合宿所に行け──……っ。」
「だって面倒臭いじゃん。」
 山田の腕が緩んだ隙に、ストンと里中はスカートを落としてしまう。
 そのまま、足先でヒョイとスカートを落とす。
 いくら女子高の只中だとは言っても、目の前には不知火もいるんだ。
「──……里中…………。」
 今は里中が野球部から引退しているおかげで、彼を狙うカメラ小僧がいないからいいものの──、もしこれで里中を追いかけ続けているカメラ小僧がまだいたら、とんでもない数のフラッシュが焚かれていることになっただろうことは、想像に難くない。
 スカートの下がスパッツだから大丈夫だというのは、ただの「里中の理屈」だ。
「あぁ……もう──。」
 脱いでしまったものはしょうがないと、山田は溜息を零しながら、地面に脱ぎ捨てられた里中のスカートを拾う。
 そうしている間にも、里中と不知火は堂々とグラウンドの中に踏み込み、ギョッとしている野球部員に片手をあげて、グローブとバットを取り上げる。
「ほら、さっさとボックスに入りやがれっ!」
「はっ、余裕だな、里中? 投球練習くらいさせてやるぜ?」
「お前も、素振りくらいしておいたほうがいいんじゃないのか? 俺たちよりも、随分前に野球部を引退してるんだからなぁっ!」
 嫌がらせのように叫んだ里中は、手に嵌めたグラブが自分のサイズじゃないのに、かすかに鼻の頭に皺を寄せた。──そういう意味では、里中のほうがずっと不利だ。
 というか。
「──……一体、何がどうなって、勝負になったんだ…………。」
 里中のスカートを腕に掛けて、山田はカシャンとバックネットに指先を引っ掛けた。
 一体、何がどうなってこうなったのかは分からないのだが──とにかく、この二人の勝負が自分の運命を分けているのは確かだろう。
 マウンドの上を、スニーカーでならしている里中と、同じくバッターボックスの中をスニーカーでならしている不知火。
 本来なら、里中の実力を十二分に引き出すために、山田自らマスクを被るべきなのだろうが、里中はそれならそうで、山田に「構えろ」ということだろう。
 だが、これは完全に投手対打者の勝負のようだから、山田のリードを借りてはいけないということなのだろう──多分。
 パシン、とグローブでボールを受け取った里中が、ランランと輝く目で不知火を睨み揚げる。
 その視線の先で、不知火も燃えるような色で彼女を睨みつけた。
 里中は、手にしたロージンバックをバシンと地面に捨てると、グローブを持った手で不知火を示し、
「行くぜ不知火!」
「全力でこないと、後悔するぜ、里中!」
 やる気満々である。
 なぜこの二人がやる気で勝負をしているのだろうか?
 里中はその不知火の言葉にギリと唇を噛み締めて、くるりと背後を振り返った。
 そこには、守備練習を兼ねて各配置についていた明訓高校の仲間達がいる。
 彼女達は、何が起きたのか分からず、ただ目をパチパチさせていた。
 その、やる気のないメンツを振り返り、
「お前らっ! 飛んできたボールは、絶対取れっ!」
 喝を入れるために、里中は腹の底から声を出して彼女達を叱咤した。
 高代と上下、蛸田の三人は、甲子園の時に見てきた里中の気迫を知っている。けれどそれ以上に、今日の里中の気合は入っていた。
「は……はい……。」
 思わずゴクンと喉を鳴らした高代を、里中はギッと睨みつけると、
「声が小さいっ!」
「はいっ!!!!」
「よしっ。いいか、三本勝負だ。
 アウトになればそれで終わり。」
 何が何だか分からないままに、里中と不知火が勝負をするということだけは飲み込めたらしい。慌てたように構えるナインを認めて、里中はそのまま視線を不知火へと転じた。
 そして、冷ややかな眼差しで彼をにらみ降ろすと、
「俺がお前を討ち取ったら、デートはなしだ。」
 きっぱりと里中が言い切った瞬間──ざわっ、と、内野陣がざわめく。
 向こうで投球練習をしていた渚の手から、ポロリとボールが落ちるのを、山田は遠目に認めた。
 動揺も露な背後には全く気付かず、ランランと燃える目で里中は不知火を睨みつける。
 そしてそれを受けた不知火は、ハッ、と鼻先で里中の言葉を笑い飛ばすと、ゆっくりとバットの先を持ち上げ──、ピタリ、と里中の喉元で手を止めた。
「そして俺がお前を打ちのめせば、今度の日曜日は俺の自由だ。」
「はっ、好きにさせるかよ!」
 里中は吐き捨てるように呟くと、パシンとグローブにボールを叩きつけた。
 それと同時、不知火もバットを構えなおす。
 緊迫した一瞬が二人の間に流れていた。
 同じく、誰もがそれを固唾を呑んで──いや、バックネット裏からこの様子を探っている山田から見れば、興味津々に里中と不知火を見つめている。
 里中がゆっくりと振りかぶるのを見ながら、
「里中っ、投球練習もせずに、全力投球はするなよっ!」
 慌てて──今更のように慌てて叫ぶものの、もちろん、里中はそんな山田の忠告は耳に入っていなかった。
 そして不知火もまた、自分が不利になるようなことは口に出さない。里中が投球練習を必要ないと分かっているなら、させないだけだ。
──何せ里中の、気合と根性の入った変化球は、来る場所が分かっていても、そうそう打てるものではないことを、良く分かっていたからだ。
 ゆったりとした里中の動作から──指先からボールが放たれる!
 不知火が片足を引き、そこから腰を捻り……、
 ヒュンッ!
「あぁぁあああ……。」
 一球目からのシンカーに、カーブに山を張っていた不知火のバットは空を切った。
 なぜか思わず、内野陣から溜息が零れた。
 そりゃどういう意味だと、里中はジロリと彼女達を睨みつける──が、すぐさま彼女達は、我に返ったように、里中さん、ファイト! と声を飛ばしてくれた。
 バッティングピッチャーのキャッチャーをしていた少女は、里中のボールを受けたおかげで、ヒリヒリとするミットの中の手をジットリと睨みつけた。
──全く、これは取り損ねると、ミットの中でつき指くらいはしてしまいそうだ。
 心して取らねばなるまいと、バシンとキャッチャーミットをたたきながら……こっそりと、ミットの綿をつめに行く時間がほしいと、心から思った。
 できれば少しだけ時間がほしいと思うのだが、里中はボールを返せをクイクイと指先を揺らせる。
 仕方がないので、
「ナイスピッチ! 里中さん!」
 と声をかけながらボールをヒョイと里中に向けて返した。
 里中はそのボールの縫い目をじっくりと見た後、す、とプレートを踏む。
 それを見て、慌てて彼女はミットを構える。
 見上げると、不知火も真剣な表情でバットを構えて不知火を睨みすえていた。
 二球目、里中からサインが出され、頷く間もないまま、彼女はゆっくりと振りかぶる。
 肩もあったまっていないはずだし、しばらくまともな投げ込みもしていないというのに、里中のボールは常に鋭い──見た目の甘さに反するその鋭さは、彼女そのものだ。
 どれほどの痛みが来ようとも大丈夫だと、唇を引き結んだキャッチャーに向けて、里中はボールをヒュンッと指先から投げはなった。
「里中──……。」
 がちゃん、と山田の手の中で金網が鳴った。
 それと同時。

 カッキーン──……っ!

 心地良い、快打の音が鳴り響いた。
 一度マウンド右手で一度バウンドした球は、そのまま1、2塁線を駆け抜けていこうとしている。
「……っ、セカンドっ!」
 慌てて里中が、喉を逸らして叫ぶ。
 けれど、確実にボールは捉えられていた。
 不知火が投げ出したバットが空を舞う。
 彼の俊足は知っている。
 セカンドで止められなければ、確実に一塁は不知火に奪われるということも。
 このままでは──、
「山田が、不知火のバカとデートしちゃうじゃないか……っ!」
 ギリリと、里中は不知火を軽く睨みつける。
 走り出した不知火の姿をその目で捉え──その、直後。

 パシィンッ。

 音が、聞こえた。
 それも、すぐ背後で。
「──……え?」
 と同時、ヒョイと投げられた気配がして、慌てて肩越しに振り返った先では、一塁ベースの上に足を置いた上下のグローブの中に、パスンと白い球が収められているところだった。
 思わず愕然と、不知火はそのグローブの中に収められた球を見つめて。
 里中も、そのままグルリと視線をめぐらせ──ズザザザ〜、と、セカンドを白いブラウスとスカート姿で滑っていく殿馬の姿を認めた。
 いつの間にかグローブを嵌めて、内野に飛び出してきたらしい殿馬は、滑り終えると同時に、ポイとグローブを放り投げる。
「殿馬ーっ!!」
 思わず里中は、ガッツポーズで両手を振り上げ、その場で飛び上がって喜ぶ。
 対する不知火は、飄々とした顔で立ち上がり、服に付いた土を払う殿馬を愕然と見ていた。
 里中は満面の──それこそ花が咲き誇るような笑顔で不知火を見ると、
「どうだっ! 不知火、これでお前とのデートはなしだからなっ!」
 勝ち誇ったように笑う。
 そんな里中に、山田はもう何を言っていいのやら──これが里中と不知火の間の話なら、別にそれはそれでいいと思うのだが、そもそもの原因は自分なわけで。
「──ばっ、かを言うなっ! 今のは無効だろうっ!?」
「どこがだよっ! 殿馬が取って一塁に投げてアウト! これ以上ないくらいに、見て分かるほどのアウトじゃないか!」
 確かに、今のタイミングは、どこからどう見てもアウトである。
「殿馬を使うのは卑怯だろう!? そもそも、内野が5人いることになるぞっ!?」
「誰も9人勝負だなんていってないだろ。」
 つーん、と顎を逸らす里中に、「卑怯だぞ、里中……」と、山田はバックネットに額を押し付ける。
 というか、どうしてココで、殿馬がタイミングよく飛び出してくるのかも、疑問といえば疑問であるが。
 殿馬は何事もなかったかのように、内野から出て、そのまま放り投げていたらしいカバンを足で取り上げると、首から提げてグラウンドから出て行く。
 全くもって、何をしに来たのか分からない。
「ふざけるな! 殿馬の参入なんか認めるか! 里中、二球目からやり直しを要求する!」
「知らないな。アウトはアウトだろ。審判が神様だぜ。」
「ふ・ざ・け・る・なっ! 俺の青春がかかってるんだぞっ!」
「知るか。お前のデートなんかに、なんで俺の山田を貸さねばならないんだ。」
 つーん、と里中は全く聞く耳を持たない。
 そのままマウンドを降りると、グローブを脱いで、ポイとそれを後輩に手渡すと、里中は身軽な動作でバックネット裏で待ち構えている山田に向けてスキップでもしそうな勢いで帰って来る。
「やーまーだーっ! お前の貞操は、無事に俺が守ったぞっ!」
 嬉々満面の顔の里中に、山田はちょっぴり疲れた顔で笑いかけると、
「そ、そうか──それはありがとう……。」
 …………というか、いまだに、何がどうなって、里中と不知火が勝負をすることになったのか、良く分かっていないのだが。
 里中は山田の隣にまで戻ってくると、彼女からスカートを受け取って、さっさとそれを着用すると、やはり同じく彼女の手から自分のカバンを受け取り、
「さ、山田! 駅前の本屋に行って、帰りにマッ○でポテト食べよう、ポテトっ!」
 もう何も思い残すことはこのグラウンドにはないと言いたげに、山田の手を取って走り出す。
「さ、里中! 不知火君はいいのかっ!?」
「ぜんぜんOK!」
 里中に引きずられるようにして走り出しながら、それでもグラウンドを振り返る山田に、里中は断言してくれる。
 だがしかし、
「良くないだろっ! 待てっ、里中、山田っ!!」
 怒ったような顔で不知火がグラウンドから駆け寄ってくる。
 けれど里中はその不知火に嫌がらせをするかのように、山田の腕にぴったりと引っ付きながら、冷ややかな眼差しで彼を振り返ると、
「──なんだよ?」
 つっけんどんに睨みあげる。
「なんだじゃないだろ! アレはどう考えても無効だ! お前の反則負けだろう!」
「どこが?」
 山田の腕にしがみつきながら、とぼける里中に、不知火は噛み付くように怒鳴る。
「全部だ、全部! いいか、山田っ!」
 それから、里中をかまっていてもしょうがないと、ようやく分かった不知火は、そのままグルリと山田を見据えた。
 結局のところ、自分の目的は山田なのだと、ようやく気付いたらしい。
 山田は真摯な不知火の目に貫かれ、ビクリと肩を震わせて彼を見上げる。
「な……なんだい、不知火君。」
「今度の日曜日! 駅前に10時だ!」
「──……え、は?」
「ってこらっ! 不知火! 山田とのデートは、させないって言っただろっ!」
 すかさず、噛み付くように里中が叫ぶが、不知火はそれを鼻先で笑った後、
「それを決めるのはお前じゃない──山田だ!」
「──……っ!」
 悔しげに里中は喉の奥で唸り、ギリリと不知火を睨みつける。
 その二人の体に挟まれる形で、山田は居心地悪く体を揺する。
 しかし、その山田の態度を、決して里中も不知火も許してはくれなかった。二人は、似ていないようで、似ている灼熱の投手なのである。
「山田っ! 絶対──ぜぇーったいっ! 不知火なんかとデートなんかしないよなっ!?」
「──さ、里中……。」
 ぐいっ、と迫ってくる里中の顔に、慌てて後ずさる山田の肩を、後ろから不知火がポンと叩く。
 はっ、と見上げた先、不知火は里中に向けて勝ち誇ったような顔を向けると、ポケットの中に突っ込んだままだった何かを取り出し、それを山田の手の平に握らせた。
 クシャリと感じる紙の感触に、山田が視線を落とすと同時、里中が拳を振り上げて不知火の顔を叩き落そうとする。
 それを不知火はヒョイと避けて、
「山田、来るまで待っているからな。」
 クルリと背を向けて去っていった。
「行くかっ! バカっ!!」
 べーっ、と、再び思いっきり舌を突き出して、里中は山田が手にしている紙に視線を落とす。
「山田、何を貰ったんだ、ゴミか?」
「え、いや──……。」
 そんなもの捨ててしまえと、里中が言うのを間近に聞きながら、山田は改めて握らされたものを開き──固まった。
「……八景島シーパラダイスの、チケット……?」
「──……。」
 思わず頭の中で、あの、不知火と、メリーゴーランドを乗る山田を想像して、里中は不快げに顔を顰めた──というか、不知火と遊園地と水族館いう組み合わせ事態がもう、想像できない。
「何考えてるんだ、あの馬鹿は! 山田、そんなの捨てちまえっ!」
「い、いや、でもコレ、1DAYチケットだ。水族館も遊園地も入れて乗り放題だろう? 捨てられないよ……。」
 もったいない。
 言外にそう呟く山田の精神を、不知火は正確に理解しているということだろう。
 つまり、チケットや物さえ渡してしまえば、山田は絶対に来る。
 もちろん、里中がどれほど抵抗しても、山田はチケットを不知火に返しに行こうとして失敗して、結局行くハメになるに違いないのだ。
「くっそ〜──……っ。」
 詰めが甘かったかと、里中は握りこぶしをした後、腕を組み──それから、
「……日曜日の朝10時か……。」
 意味深に呟いてみた。
「え、何か言ったか、里中?」
 キョトンと問いかけす山田が、「チケットを貰ったから」という理由で、駅に行くのは十中八九間違いないだろう。
 ならば、自分がすることは。
「ん、いや?」
 ニッコリ、と見とれるほどの美しさで里中は笑いかけた後、山田の腕にしがみつきながら、
「日曜日が楽しみだな〜。」
「──……えっ、あ……う、うーん……そうかな……。」
 呟く山田を無視して、楽しみだよ、と言い切った。
──不知火とのデートに、ひたすら反対し続けたとは思えない態度であるが。
 その笑顔の裏……里中が何を思っているのかは、彼女のみぞ知ることである──もっとも、近くを通り過ぎていった、「通りすがりのセカンド」さんは、
「日曜日は三角デートづらか。」
────…………見通しているようであったが。










 ちなみに後日、この話は、「不知火があの里中にデートを申し込んだ!」という噂となって、色々尾ひれはひれが付くことになったりする。









+++ 里中と不知火は犬猿の仲 +++



里中と不知火は基本的にこういう関係でよろしくです(笑)。
更に初デート編とか銘打ちながら、まだデートに行ってません。

続きとか描いたらダメかな〜……とか、ちょっぴり弱気です(笑)。