窓の外では、秋風がヒュルリと舞い、校門前に落ちた落ち葉を掻き撫でて行く。
その光景を、教室の窓際の席からボンヤリと見ていた姫は、昼過ぎの暖かな窓辺の空気に、ウツラウツラと瞼が重くなるのを感じていた。
長い昼休みの残り半分──おなかも満腹になり、窓辺からは西に傾きかけた太陽が、ほんのりと入り込む。
この時間と、すぐ後の授業は、本当に眠くてしょうがないのが、この窓際の席の唯一の難点だろう。
何も広げていない机の上で頬杖をついていた姫は、前と隣の席に座った友人達が姦しく喋る声も、クラスメイト達が「喧騒」とも言えるざわめきで話しているのすらもどこか遠く感じて──、まるで子守唄を誰かが歌っているようだと、くっつきそうになる瞼を、そのままパチン、と閉じようとしたその瞬間だった。
「今年の『ベストカップル賞』も、山田に決定だよな〜。」
ガクンッ。
突然すぐ傍から聞こえてきた声に、思いっきり姫はつんのめった。
そのまま、机に顎をぶつけそうになるのを慌てて食い止め、姫はガバッ、と身を起こした。
今にも眠りこけてしまいそうだった姫が、突然そんな行動に移ったので、友人達は驚いたように目を見開いて、彼女の顔を凝視する。
「ど、どうしたの、山田?」
「まだ昼休みが終わるまで、時間、あるよ〜?」
楽しげに会話を交わしていた友人2人が姫に声をかけるのに、いや、そうじゃなくって、と彼女が答えようとしたときであった。
「山田って言っても、お前のことじゃないぜ、山田。」
姫を突然眠りの縁からたたき出した声が聞こえた。
その声に、ハッ、と振り返った先──ニヤニヤと笑うクラスメートの顔があった。
もう冬も間近だというのに、クッキリ黒く焼けた肌に、思春期特有のにきびがぷつぷつと目立つ坊主頭──、野球部の少年だ。
「なんだ、坂下か。」
アッサリとそこで姫は考えることを放棄して、今度は頬杖ではなく、腕を組んだ中に顔を埋めるようにしてバッサリと机の上に突っ伏す。
「チャイム鳴っても起きなかったら起こして〜。」
ヒラヒラと掌の先で、友人2人にそう訴えると、ラジャー、と明るい笑い声が帰ってきた。
そのまま目を閉じて、頬に当たる暖かな太陽の光に身を任せようとするが、
「ってお前な! そこで話を終わらせるなよなっ!」
グイ、と強引な手が、姫の華奢な肩を掴み揚げる。
姫は胡乱気な目でジロリと彼をにらみ返すと、
「話を終わらせるなも何も、他に何の話があるのよ? あたし、昨日の夜、寝るの遅かったんだから、今日の部活用に体力保存しときたいの。話しかけないで。」
今日もビシバシしごいてやる……そう据わった目で言われて、思わず坂下は手を引っ込めた。
そのまま、再びうつぶせになる姫の背中に広がる黒髪を見下ろしながら、彼はこわごわした表情で姫の友人達を見やった。
「マネージャー……山田に言ってやってくれよ。俺達に夜更かしするなとかガンガン言うくせに、自分はなんなんだってな。」
腕を組みそうぼやく坂下に、姫の席の前を陣取る「野球部マネージャーの松坂」が、突っ伏して寝ている姫のつむじを見下ろしながら。
「うーん、なんか昨日、お父さんとお母さんの友達が家に来て、夜中まで騒いでて、お酌させられたとかどうとか言ってたからなぁ……。」
朝方、目の下に隈を作っていた姫に聞いたことを口にする。
そうしながら、太陽に輝くサラサラの髪に触れた。
「親の友達……。」
そりゃ、イヤな客だな、と眉を寄せる坂下に、そうそう、と相槌を打つのは、姫の家に二度三度遊びに行ったことのある「中山」だった。
「うちみたいに二階建てとか、自分の部屋があるんだったら、さっさと部屋に逃げ込んで後は見ないフリ〜、とかできるんだろうけど、姫ってば自分の部屋もないからねぇ。」
隣から指先を伸ばして、うつぶせる姫の髪をツンツンと突付いて、彼女は同情じみた目を姫に向けた。
「あー、自分の部屋がないのは辛いよねぇ。」
「ねぇ。」
話しながら、中山は以前に行った事のある山田の家を思い出した。
おんぼろ長屋の一角にある、祖父が経営している畳屋の店スペースと隣り合った小さな家。
数年前にようやく風呂ができた、と言っていたような小さな長屋に、現在家族7人が住んでいるという……まるでテレビで「小さな長屋に大家族!」とかしそうな展開だと、真剣に思った覚えがあるし、実際に行ってみて、「本当にココで7人暮らせてるのっ!?」と聞いたこともある。
あの家で、親の友人達がやってきてひしめいたら──、姫は寝るスペースすらないだろう。
だから、今日くらいは寝かせてあげてほしいと、そう優しげな微笑みを浮かべる中山に、坂下は納得できないように首を傾げる。
「マネージャーは、山田に甘いよな……っ。」
「しょうがないよ、姫、かわいいもーん。」
「そうそう、坂下君とはぜんぜん違って!」
あはははっ、と軽やかな笑い声を上げる同級生2人に、呆れた様子で坂下は自分の口の前に指を立てて、
「静かにするんだろ、お前ら〜。」
とささやくように続けた。
とたん、あわてて自分たちの口を封じる中山と松坂は、ソロリ、と視線だけで突っ伏した姫を見下ろすが、姫の頭も肩もピクリとも動くことはない。
それにホッと胸をなでおろした後、2人は姫の「昼寝」の邪魔をしないように、そ、と椅子から立ち上がり、坂下達が集まる机の方にずれた。
「で、坂下? さっき山田のことを口にしてたみたいだけど、何の話だったの?」
そして改めて、話を元に戻す。
覗き込むように尋ねてくるマネージャーに、坂下は目をぱちくりと瞬き──、自分が姫に話しかけるまで話していた友人達を振り返った。
すると彼らは、手元に広げていた雑誌を示し、コレコレ、と指差す。
そこには、「山田」は「山田」でも、いまやプロ野球に興味がない人でも知っているような有名人の「野球選手」が、笑っていた。
「あーっ、スーパースターズの山田選手ね。」
日本シリーズの只中の写真に撮ったインタビュー記事のようだった。
「ほら、山田選手ってさ、スーパースターズに入ってからずーっと、『ベストカップル賞』取ってるじゃん?
今年も取るんじゃないかなー、って話してたんだよ。」
「すげぇよな〜、俺たちの『先輩』なんだぜ。」
しかも、今も地元に住んでるんだし。
そう拳を握って、憧れの眼差しで雑誌を見下ろして語る少年達に、へー、と気のない相槌を打って、中山はその雑誌を手元にひったくった。
「ベストカップル賞? 野球選手なのに?」
「そりゃ、ベストカップルだろ。」
「だって、あの夫婦が登板してるときの勝率、ダンチだもんな〜っ!」
くぅっ、となぜか興奮して拳を握るクラスメートに、ワケが分からないと首を傾げる「プロ野球を見ない」中山に、彼女の肩に手を置きながら雑誌を覗き込みながら、あー、と松坂が頷く。
「あのね、山田選手の奥さんって、この人──、里中選手なのよ。」
「──……って、えっ、プロ野球選手同士で夫婦なのっ!?」
「そ。」
思わず叫んだ中山に、ぴくん、と窓際の席で姫の肩が揺れたが、彼女が寝ているものだと信じている面々は、誰も気づかなかった。
「俺さー、小学校の時ショックだったんだよな〜。
子供心に、里中のファンでさ──、里中は一生独身で居るんだって信じてたのに、実はすでに山田と結婚してます、なんて…………、あのニュースが流れた日、俺、学校フケたもん。」
ガックリ、と──もう6年前になるだろうか、懐かしいことを思い出して肩を落とす坂下に、分かる分かる、と相槌がいくつか返って来る。
そう──アレは子供心にもショックだった。
女性ながらに男どもと対等に投手を勤め上げ、その美貌でCMにも多数出演していた里中選手が、東京スーパースターズになった途端、あっさりとテレビ番組の生放送中に、暴露してくれたのだ。
あの時、画面が真っ暗になった後、『しばらくお待ちください』という表示が出たのを、まだ小学校高学年だった自分たちは、愕然と見守ったものだった。
しかも暴露した台詞がまたすごかった。
『里中選手も、そろそろ結婚……なんて考えてるんじゃないですか?』と、楽しげに話を振ったアナウンサーの女性に対して、悪気もない愛らしい顔で、『え、俺、もう結婚してますよ? それに今、三ヶ月ですし。』と答えたのだ。──球界のアイドルを地で行く里中に、ちょっと「スキャンダル」ちっくに話を振ってやれと番組側のディレクター辺りから指示が来ていたのだろうが、結果は成功というか、ある意味惨敗しすぎたというか。番組の混乱具合は、さぞかし凄かったはずだが、あまりのショックにその先を覚えていない。
「俺もショックだった……今や、二児の子持ちだろ?」
「あれ、三人だろ? スパスタになる前に、実はもう一人生んでたって話を聞いた覚えがあるぜ?」
「えっ、マジ? そうなのっ!?」
「詳しくは知らないけどさ、多分中学生くらいじゃないか?」
そのくだんの「一人目」が、自分たちの横で寝ている少女だなんてことは、誰も思いはしないのだろうかという突っ込みはさておき。
「へー、スゴイのね、女性なのに……やだ、なんだか私もやれそうな気がしてきた……っ。」
やる気満々で叫ぶ中山に、ねっ、そう思うでしょっ? と、松坂が彼女の肩を強く握り締める。
「それ聞いてねっ、姫を見てたら、私もなんだかやれそうな気がしてきてね……っ! 姫なら絶対、来年の夏、甲子園で優勝してくれるわっ!」
「してくれるわよねっ!!」
ガシっ、と、お互いの手を強く握り合う中山と松坂に、オイオイ、と坂下は気のない調子で突っ込む。
「試合するのは俺らだっつぅの。」
しかし2人はそんな坂下を見ることもなく、クルリと顔を向けると、先ほどよりも深く顔を突っ伏した姫を見て──きっと熟睡してるだろう彼女に向かって、
「姫っ。頑張って応援するよっ。」
「そうそう、ガンバれっ!」
そう叫んだ。
「………………ありがと……………………。」
机に突っ伏して寝ているはずの姫から、そんな小さな答えが返ったが、残念ながら脱力しきっていた姫の口から零れた台詞は、彼女の口の中で消えてしまい、二人に届くことはなかった。
もちろん、姫が寝ていると思っている二人は、姫からの返事を期待することはなかった。
代わりに、坂下達が覗き込んでいた雑誌を改めて見下ろして、見開きページで笑いあっている二人の選手の写真に目を落とすと、
「よーしっ、それじゃ、とりあえず景気づけに、私も今年のベストカップルに山田選手と里中選手が選ばれるように、祈ろうっと。」
「選ばれるくらい仲がいいってことは、相性バッチリ! 来年もきっと優勝してくれるってことだもんね。」
「そうすると、スパスタのファンの山田……姫も、頑張ってくれるしなっ。」
うんうん、と勝手にそんなことを頷きあうクラスメート達の会話が、イヤが応にも耳に入ってくる。
その言葉を聴きながら、姫は、これ以上机に突っ伏すことは不可能だと思いながら、ゴリゴリと机に額を押し付けてみた。
閉じた瞼が、どこか苦痛の色を宿している。
「────…………どっちかって言うと……ベストカップルに選ばれたら、あたし……辛い…………。」
頼むから、今年は、別の夫婦が選ばれないだろうか……。
そんなむなしい祈りを、自分の机に向かって吐いて見るのであった。
小さな長屋住いの山田家は、日本シリーズが終わると部屋が増える。
──と言うのも、シーズン中はほとんど居ない両親が、たかが二ヶ月強の時期とは言えど、家に毎日のように居るからである。
普段は夜くらいしか人口密度が増えない家も、このときばかりは酸素不足になりそうなほど密集する。
なので、家族団らんを設けてやるために、曽祖父と祖母の2人が、隣接する畳店にある「一応作った住宅スペース」に移動するのである。
とは言っても、寝るときに移動するだけで、普段は二部屋の間のふすまを取り払い、開けっ放しで団欒をしている。それだけあれば、7人一間で十分に過ごせるからだ。
もっとも姫個人としてみたら、「そろそろ畳店の奥のスペースを、私と、そういうことが分かるような年になってきた小太郎に譲って欲しい」と思わないでもないのだが。
「……パパとさとパパが別居だったときは、それもしょうがないな、って思ってたけど──、なんで今、誰よりも一緒に居るような状態で、ココまでくっつき続けれるかなぁ……。」
頬杖を付きながら、ちゃぶ台の向こう側で隣同士に座りながら、なぜか膝を突き合わせている両親をジットリと見据える。
父の大きな膝の上には、年齢の割りにはやせっぽっちな小次郎が座っていて、楽しそうにぶらぶらと足を揺らしている。
その父の膝と合わせるように、高さが半分ほども違う母の膝がぴったりとくっついていて、なぜか一つの雑誌を、肩を寄り添ってみている。
別に雑誌は逃げないのだから、一緒に見る必要はないと思う。
「2人とも、一緒じゃないときを探すほうが早いくらいじゃない? っていうか、一緒じゃないのって、箱根の温泉くらい? ──あぁ、一応試合中とか練習中もか。」
他はずっと一緒に居るのに、どうしてココまで飽きないんだろう?
一度そう思って、父と母に個人別に聞いてみたことがある。
返ってきた答えがあまりにも恥ずかしくて、それっきり2人にこういうことを聞くのは止めようと心から思ったものだ。
──というか、【ベストカップル賞】を受賞するたびに、こんなこっぱずかしい台詞をテレビに向かってはいていたりするのだろうか?
例えば、「智の顔を見慣れるなんてことはないよ。いつも新鮮だし、いつ見ても──うん、綺麗だしな。」とか、テレながら言ったりとか、「俺は太郎のすべてを知って、そのすべてに惚れこんだんだから、今更太郎の知らないところなんて作りたくないからなっ。」と言い張ってくれたりとか、してるのだろうか?
……真剣に、ごめんなさいと頭を下げたい。
岩鬼や微笑、殿馬たちは、しょっちゅう見てるから慣れるだろ、と簡単なことを言ってくれるが、外での「いちゃいちゃ」と、家の中での「いちゃいちゃ」は、度合いが違う。
風呂にバスタオルを持って行くのは、小太郎や小次郎には頼めない。──そういう人様に言えない苦労をしている長女の気持ちを分かってくれるのは、いまやサチ子くらいのものだ。
曽祖父も祖母も、見守りモードに入ってくれてるし──「コタとコジにも、今から免疫つけておかないと、思春期になってから大変でしょ」というのが、祖母の言い分だが……姉としては、もう少し心の準備をさせてあげて欲しいと言いたい。
というか、2人に両親のイチャイチャしてるのを見せたあげく、小学校や保育園の先生から「姫ちゃんの所のお父さんとお母さんって、すっごくラブラブv なのね……うふふ。」とか意味深に微笑まれたくない。子供というのは素直でまっすぐで、それが言っていいことなのかどうか、判断できないものなのだから。
はぁ、と溜息を零しながら、仲のいい両親をチラリと見上げると、智が太郎の膝の上の息子の頭をなでながら、
「な、そういえばさ、この間のアレってどうなったっけ?」
首を傾げてそう尋ねているところだった。
その答えに、ああ、と太郎が一つ頷いて、
「あぁ……あさっての発表か? 例年道理みたいだな、やっぱり。」
「あ、やっぱり今年もなのか……ってことは、また俺、女物〜?」
コトン、と太郎の肩に頭を乗せて、イヤそうに溜息を零す智の肩を、ポンポンと太郎が叩く。
「そうイヤがるなよ。お義母さんだって、毎年楽しみにしてるだろう?」
「楽しみにしてるからヤなんだよ。今年も絶対、サッちゃんと一緒に色々塗りたくるんだぜ。」
「いいじゃないか、綺麗なんだから。」
ほんのりと嬉しそうに目元を緩めて、憤りを宿す智の肩にやっていた手で、彼女の首筋を指先でなぞる。
その優しげな手つきに、クスクスと楽しげに笑いながら、智は頬を肩に摺り寄せた。
「俺は、太郎が綺麗だって言ってくれたらそれでいいんだよ。」
「うーん……もったいないけど……そうだな、俺も、見せるのがもったいないかな。」
ゴトッ。
間近で微笑みあう二人に、思いっきり姫は机に突っ伏した。
そのまま、フルフルと肩を震わせ、羞恥に頬を染める姫にはまったく気づかない親に挟まれて、ワケが分からないまま小次郎はニコニコと笑っている。とにかくパパが頭の上で何を話していようと、お膝に抱っこされているので満足な様子である。
コレを毎日見ていたら、もう少し「慣れ」というものも発生するのだろう──が、いかんせん、2人はまだ現役のプロ野球選手で、シーズン中は3日に1回とか言う頻度でしか家に居ない。
居たとしても、揃ってトレーニングだとか自主トレだとかに出かけるので、実際家族のふれあいなどはほんの数時間に満たない。
その短い時間を、小太郎も小次郎も構ってもらおうと必至で2人になついているから、こうして目の前で両親が隣に座っていても、それほど「害」になるようないちゃつきっぷりは見せてないと思うのだけど──。
……これでもう少し2人が大きくなって、父と母の間になんとしてでも座ろうと、小次郎が画策したり、小太郎が頑張ったりしないようになったら──。
「……無法地帯だわ…………。」
げんなりしたように呟いて、姫は赤く火照った頬に両手を押し付けながら、はぁ、と溜息を零す。
のろのろとちゃぶ台に突っ伏した顔を上げながら、そういえば昼にも同じようなことをしたと思い出す。
そうそう。あの時もクラスメートの話題が「山田」のことで──……。
「……………………って、パパ、さとパパっ!? もしかして今の話って…………っ、こ、今年の『芸能界バカップル大賞』の、発表だったり、するっ!!?」
ガバッ、と、思い切り良く顔を上げた姫に、お互いしか映っていないような目で、互い見詰め合っていた夫婦は、驚いたような表情で姫を振り返った。
「──……そんな名前だったっけ、あの賞の名前って?」
「え、いや──違ったと思うけど……。確か、パートナーオブザイヤーじゃなかったか?」
首を傾げあう2人に、姫はそのまま机の上に再び突っ伏しそうになった。
「……──って、パパもさとパパも……今年も受賞したの……もしかして?」
胡乱気な目で見上げれば、智も太郎も照れたように顔を見合わせて、コックリと頷きあう。
その手がいつの間にか雑誌の上で重なり合っているのを認めて、姫は溜息を一つ零した。
考えてみれば、もう暦は11月も中旬。パートナーオブザイヤーの「11月22日」の「いい夫婦」の受賞者が決まっていてもおかしくはなかった。
いや、おかしくないどころじゃない。すでにもうイベントに向けて色々な活動を開始しているはずだった。
「明後日、記者発表だって、お前に言ってなかったか?」
あまりのもあからさまに溜息をつく姫に、温和な顔に穏やかな表情を浮かべて尋ねてくる太郎に、
「聞いてない〜っ! って、いつ決まったのよっ! ソレっ!」
バンッ、と姫はちゃぶ台を叩いて、2人に詰め寄る。
あまりの姫の勢いに、ひくっ、と引きつった小次郎が、太郎の腹にシッカとしがみつくのを、苦笑いで太郎が撫でている隣で、
「9月。」
顔色も変えずに、キッパリハッキリ、智が答えてくれた。
その言葉に、ますます姫は頭を抱えるようにして蹲る。
「くがつって……さとパパ……っ。」
「試合中に電話で知らされたからなー……そういや、姫には言ってなかったかもな。」
「そうだな──あの時は、色々忙しかったしな。ウッカリしてたよ。つい、毎年のことだから。」
コリコリと頭を掻きながら太郎が智に頷くのに、姫はとうとうバッタリとちゃぶ台の上に顔を伏せた。
「あーはーはーはー…………。
……ってことはこれから、またテレビや雑誌やらで、パパとさとパパの堂々イチャイチャを見ることになるんだ……。」
そして周りから「ベストカップル」だとか「最高のカップル」だとか言われた二人は、年末年始に向けてますますヒートアップしてしていくに違いない。
「テレビや雑誌だからって、別にイチャイチャなんてしてないぞ?」
「そうだぞ、姫。父さんと母さんは、いつも普通にしてるだけだぞ。」
「な、太郎?」
首を傾げながら、太郎の肩に頭を置いて、智はニッコリと彼を見上げて微笑む。
「へー……いつもどうり。」
頬杖をついて、姫は自分の目が据わっていくのを感じた。
──それってつまり、いつも家の中でしかしないようなことを、表でも堂々としてるって、そういこと?
「………………………………。」
いつも道理の2人。
その様子を脳裏に描いて、姫はしばらく沈黙してちゃぶ台を見下ろした後。
「────まぁ、ああいうのを世間様に見せびらかしたら、そりゃ毎年バカップル賞も取るわよ………………。」
小さく、そう呟いた。
+++ BACK +++
確か「パートナー・オブ・ザ・イヤー」は、スポーツ選手も対称だったような違ったような……。
ま、見ている人のファン投票みたいな感じだから、絶対この2人は毎年選ばれると思う……っ!
と思って書いてみた。
最初の娘の設定が、だんだんと「バカップルな両親を持て余す突っ込み役」になっていっている──……。いつまでも新婚ですから、この2人。
山田の携帯の暗証番号は、里中の誕生日か語呂合わせあと思う(笑)。