病院に行って来ると、浮き足立った様子の里中と、そんな彼女に手を引っ張られる形で山田が出て行った後。
そんな2人を見送った面々は、ドッ、と、肩から力が抜けるのを感じた。
里中の爆弾発言の後、知らず知らずのうちに緊張を覚えていたようである。
「はぁぁぁ〜……。」
思わず深いため息が零れて、一同はそのまま椅子の背もたれに深く腰掛けた。
あの岩鬼ですら、なんとも言えない顔で椅子に巨体を傾けている始末である。
「それにしても……里中さん、嬉しそうでしたよねぇ…………。」
おばさんが気を利かせて入れてくれた暖かなお茶で、緊張のあまり血の気が抜けた気のする冷えた指先を温めながら、疲れた声で高代が呟く。
その声に、同じように疲れた表情で上下が相槌を打つ。
「嬉しそうだった……。」
「しかも、ウキウキしてた。」
続けて、地を這うような声で渚がぼやいた。
彼はそのままテーブルに力なく頬杖をついて、普段から感情の浮き沈みの多い先輩の整った顔を思い浮かべる。
あれほど彼女が嬉しそうな顔を浮かべるのは、試合に勝ったときくらいだと思っていた。
「嬉しいんだろうなぁ。」
顎に手を当てて、そう微笑が零す。
微笑のその言葉に、「何が」と、問う勇気は誰にもなかった。
──そう、嬉しいのだろう。
それは、誰にも分かる。
普通の女子高生なら、その事実が嬉しかったとしても──もう少し、悩まなくてはいけないのではないかと思うのだが。
というか、ソレをアッサリと母親に告げていた辺りが、すでに里中の家庭は少し違うような気がしないでもない。
「──山田さん、動揺してたよな。」
香車が座っている椅子を傾けながら、そう零す。
その台詞には、そりゃそうだろ、と間髪いれずに返事が周囲から返った。
自分達の彼女から「できちゃったのv」などと言われた経験がない面々ではあったが、もし言われたら──と思えば、そのときの動揺とショックは計り知れないと推測することくらいは出来た。
夏の甲子園大会で、大抵はクールに切り抜けてきた山田であったが、さしもの彼も、こういう場面で動揺を抑えることはできなかったということだろう。……というか、動揺したのは知りたくても、一緒に動揺したかったわけではないのだが。
里中の落とした爆弾の威力はなかなかに強く、2人が合宿所から去っていった後も、こうして一同の上に強い焦りと狼狽と気疲れが残っていた。
「……っていうかさ…………、出来てたら、本当に生む気なのかな…………?」
フイに声のトーンを落として、渚が呟く。
その言葉に、二年生と一年生は、シンと静まり返った。
高校に入ってから今まで、野球一筋で来た面々であったが──もちろん、途中で失恋したからヤケ酒を飲むだとか、コッソリと淡い恋を抱いていたりとか、そういう恋愛経験はあったが──、それなりに同級生や下級生の「噂話」も耳にしている。
どこのクラスの誰それが、へまをして彼女を孕ませたからカンパしてやってくれ、だとか、どこのクラスの女子が子供を身ごもったから、退学して生む、だとか。
そういう話は、長期休暇の後に耳に挟むことが多い。そんな噂話を聞いて、野球一筋で過ごした長期休暇に後悔はないが、そういうひと夏の経験とかしたかったなー、とうらやむ思いを抱えていたから、なおさら胸に残っていた。
でも、そういう「カンパ」の類の話は、どこか遠い世界の話のように感じていた。──がまさか、自分達の先輩がその身になるとは。
しかも、高校野球界においては、知らない者が居ないと言われる二人が、揃って当事者。
隠し通すにも限度があるんじゃないだろーか。
「………………ま、でも、智と山田が決めることだろ。」
生むつもりがないのなら、どうするのか……誰も口にしないまま、微笑が難しい顔でそう呟く。
その言葉に──納得できたのか、納得できないのか、示し合わせたように誰もが口をつぐんだ。
──妊娠してるみたいだ、と、嬉しそうに笑った里中と、先ほどプロポーズをかました山田の心境は、もう決まっているようだった。
でも、その道を選ぶのは、決して楽ではない。
「せめて、もう少し後なら……そしたら、出産が卒業後だったのになぁ。」
長い手で頭を抱える蛸田には、誰も声に出さずに頷いてやって。
──本音を言うと、子供は次の機会にしたらどうだと、そう言いたいという気持ちがある。
どうか出来ていませんようにと、そう願う気持ちもある。
たとえ本人がどれほど喜んでいようとも──大変な思いを、してほしいと思わないから。
でも。
「ま、なんとかするづらぜ。」
同じくらい、なんとかしてやりたいと……そう思う気持ちも、あったから。
飄々とした態度でそういった殿馬の台詞に、一同は、大きく頷いた。
「ただいまー。」
合宿所の入り口から、聞きなれた声がした瞬間、ガタンッ、と渚が大きな音を立てて椅子を蹴倒した。
「里中さんが帰ってきたっ!!」
瞬間、垂れていた緊張の糸が、再びピンッと辺りに張り巡らされる。
ただムッツリと黙り込んで椅子に座り込んでいた岩鬼が、目を薄く開く。
「さっ、里中君、どうだったのっ!?」
厨房で片づけをしていたおばさんが、エプロンで濡れた手をぬぐいながら扉から駆け出してくる。
血相を変えたその表情は、まるで里中の本当の母親のようであった。──もしかしたら、実の母親よりも血相を変えているかもしれない。
一同の声が聞こえてきた食堂に、ヒョッコリ、と里中が顔を覗かせる。そして、呆れたように、自分が出て行った時と同様の姿で座り込んでいる面々を見回した。
「なんだよ、みんな揃って、何、食堂にいるんだよ?」
「誰のせいだと思ってるんだよ……。」
不思議そうに首を傾ける里中を、ジトリ、と睨みあげて答える微笑に、ますます里中は分からないと言いたげに首を傾げる。
そんな里中に、いや、だから……と、微笑が苦い笑みを刻み込んだ瞬間──。
「サト。」
2人が出て行ってからずっと、何事か考え込んでいた岩鬼が、里中を呼んだ。
ハッ──と、ナインの間に緊張が走る。
あの騒がしいことこの上ない岩鬼が、ずっと黙り込んでいた……この事実に、ようやく今、一同は気づいた。
どこかいつもと異質の空気を纏わせる岩鬼に、慌てたように高代がことさら明るい声で里中に声をかける。
「さ、里中さんっ、あの、山田さんは後からくるんですかっ!?」
「ぅん? あぁ、すぐ後から来るよ。」
すぐに帰ってきた返事に、高代はそれ以上問いかける言葉を失い、そうですか……と、引き下がる。
ここで再び沈黙が訪れたら、岩鬼が爆発するかもしれないと、
「さ、里中さんっ!」
今度は渚が口を開いたのだが──頭に浮かんでくるのは、「検査の結果はどうだったんですか」だとか、「それで、赤ちゃんは出来てたんですか」とか、そういう直球の言葉ばかりだった。
思わずパクパクと口を開け閉めする渚を、ツンツン、と上下が突付くが、そんなことで直球以外の台詞が出てくることはなかった。
「なんだよ、渚?」
腰に手をあてながら、里中が首を傾げるところへ、
「サトーっ!」
ガタンッ、と椅子を蹴りつけるほどの勢いで、岩鬼が立ち上がった。
「いっ、岩鬼君……っ。」
その巨体がかもし出す威圧感と声に、慌てておばさんが里中と岩鬼の間に入ろうとするが──それよりも早く、
「それで、男やったんかい、女やったんかい! さっさと言わんかい!!」
拳を握り締めた岩鬼が、叫んだ。
ギリギリと今にも歯軋りしそうな様相は、恐ろしいものに見えたが、見慣れた同学年の者達は、滅多に見れない岩鬼の超緊張モードだと言うことを理解していた。
「まずはそれ以前に問題づらぜ──で、里中、どうだったづら?」
騒然となる食堂にあって尚、1人平然としていた殿馬が、椅子の背に片手をかけながら、ひょい、と軽い態度で里中を見上げる。
渚が言おうと思っていて、あえて言えなかった台詞を、あっさりと口にした殿馬に、「さすが殿馬さんっ。」という、この場面で送ってもらっても嬉しくない賞賛の視線が注がれた。
「あぁ、それなら山田が……。」
と里中が言いかけたとたん、
「ただいま。」
もう1人の当事者が帰宅した。
彼は、食堂の入り口に立つ里中を認めて、いぶかしげに顔を歪める。
「里中、何やってるんだ?」
里中の少し後ろから食堂の中を覗き込むと、朝出た時と同じような位置に、ナインが勢ぞろいしていた。
さらに顔をしかめた山田を、里中が明るく笑って見上げる。
「あ、ちょうど良かった。山田、アレくれよ、アレ。」
言いながら、ヒラリ、と差し出してくる小さな掌を見下ろして──山田は、苦虫を噛み潰したような表情で手にしていた封筒を差し出す。
大きさは、定型封筒よりも一回り大きいくらい──ノートサイズくらいの茶封筒を受け取って、里中は笑顔でそれをおばさんに差し出す。
「はい、コレ、検査結果。」
とても嬉しそうな満面の笑みに、おばさんはいぶかしげな顔で封筒を見下ろす。
──妊娠の検査に、診断書なんてあったかしら?
同時に、もしかして婦人病か何かだったのかもしれないと、心配がムクリともたげる。
このような封筒に入っているとなれば、レントゲンか何かの結果の可能性もある。
受け取るのを、おばさんが一瞬ためらった隙に、
「みせてみぃっ!」
横から岩鬼がひったくった。
とたん、微笑も殿馬も、渚も高代も──その場に居たみんなが、ワッ、と岩鬼の周りに集まる。
そんなみんなを、ニコニコと見守る里中に対し、山田は──苦笑を噛み殺したような顔で、その封筒を見つめていた。
岩鬼の大きな指先が、封筒の中に突っ込まれ、そこから一枚の厚めの紙を取り出す。
「むっ。」
短くうなった彼は、封筒から出てきた紙を、いぶかしげに見つめる。
「……って、なんだよ、コレ?」
微笑も、拍子抜けしたような顔で、岩鬼の手に掴まれた紙をマジマジと見つめる。
「ただの黒い紙じゃないですか。」
「レントゲン……? にしちゃ、骨とかも出てないしな。」
呆れたような渚の肩から、ヒョイと覗き込んだ蛸田が顔を歪める。
そう──岩鬼が手にしているものは、白い縁を残して、黒と灰色で印刷されたような、そんな紙だった。
「里中さん、コレ、なんなんですか?」
みんなに阻まれて見えない高代が、岩鬼の手の下から覗き込むようにしながら、困惑の表情で里中を見る。
「サトッ! おんどりゃ、何考えとるんじゃいっ!
なんじゃい、これはっ!!」
岩鬼が、怒りにか震える手で、その黒い色が印刷された紙を里中の眼前に突き出す。
山田は、なぜか疲れた顔をして、あははは、と渇いた笑いをあげていた。
岩鬼が紙を突き出した段階で、ようやくその紙の中身を見ることが出来たおばさんは、それを見て──あっ、と、短く声をあげた。
「──里中君、もしかして、これって……っ!?」
驚いたようにおばさんが里中を見た瞬間。
「これづら。」
岩鬼の手の先にやってきた殿馬が、おばさんが凝視している一点を、指し示した。
「……へ?」
目をパチクリと瞬いた高代が、上を仰ぎ見るようにして黒いレントゲン写真のようなものを見上げる。
殿馬が指で示す先──白と灰色、黒で形どられたもの。どこかで見たような気のする形をしている……ような気がした。
どこで見たんだっただろうか──と、高代が悩むよりも先、あっさりと殿馬は答えを出した。
「ココ、これが、胎児づらな。」
「………………たいじ?」
唐突な台詞にしか思えない面々は、その殿馬の台詞を、なんと漢字変換していいものか分からず、首を捻った。
そして、ワケ知り顔の殿馬に向かって、里中がニッコリと笑った。
「そう♪」
「……エコーを印刷してもらったのね。」
そんな里中を見て、なるほど、とおばさんが納得したように頷く。
殿馬とおばさんだけは理解できているらしい展開に、「?」マークを飛ばしながら、岩鬼は自分の手元に紙を持ってくる。
黒い周囲に、ぽっかりと何かの形に浮き出た白い部分。その中に白と灰色と黒で作られた──形があるもの。
「里中とおばさんが、絶対にみんなに見せたほうがいいって言って……印刷してもらったんですよ。」
山田が後ろ頭を掻きながら説明しだした段階で、ようやく微笑が、あっ、と理解を示す声をあげた。
「たいじ……って、胎児っ!?」
同時に、言われてみれば保健体育の教科書か何かで見た覚えのある形が、写真の中央に陣取っていると理解できた。
それと同時、
「まだ男か女かは分からないんだけどさ、でも、カメラで見てたら、ピクピクってかすかに動くんだぜ。」
里中が、幸せ満面の表情で、そう笑った。
「さ、里中さん……そ、それって…………?」
動きを止めた岩鬼の手に握られた黒い紙を、覗き込んでいた渚が、恐る恐る里中を上目遣いに見やる。
できればそうではないといってほしい……という気持ちがムクムクと湧き上がってくる。
しかし、現実は無情だった。
「黒づらな。」
「ビンゴってことか。」
アッサリと、殿馬と微笑が、現実を突きつける台詞を吐いてくれた。
とたん、なんとも言えない苦いものがこみ上げてきて、渚はエコー写真から視線を逸らした。
そんな風に逸らした視線の先で、まかないのおばさんが、ぱふり、と両手を軽く鳴らして、
「おめでとう、里中君。」
祝福の言葉を漏らしていた。
──思わず、「おめでとう」なんだ……と、ジャリ、と口の中で砂を噛むような思いを感じた。
「はい、ありがとうございます。」
そんなおばさんに返す里中の顔には、晴れ晴れしいほどの笑顔だ。
他の誰が祝福していなくても、里中自身が、この事実を祝福していることは間違いがない。
「……え、え、……そ、それって……。」
あたふたと、理解できたような理解できていないような顔で、高代が他の面々の顔を見上げる。
しかし、見上げたほかのメンツに浮かんでいた顔も、複雑そうなソレであった。
「胎児って……カエルみたいだって言ってたけど、これ、人間になるのか?」
「保健体育の教科書で見たよな……。」
香車と蛸田が、額を付き合わせるようにしてボソボソと岩鬼が持ったままの写真を見ながら囁きあう中、
「それはそうと、智? 出来てたなら──どうするんだよ、これから?」
微笑が、渋面で里中を見下ろす。
「どうするって、とりあえず子供が生まれるまで、山田の家に居候することは決定したよ、さっき。」
「………………………………あぁ……うん。」
微妙に視線をずらす山田の様子から察するに、病院に行った後、彼が自宅に寄ったことは間違いないだろう。
そこであの優しいけれど厳格な祖父に何を言われたのか──もしくはこれから何を言われるのか……自業自得とは言えど、同じ男として、同情を禁じえない。
「で、予定日は3月の終わりだから、卒業式が出れそうにないんだよな……冬休みが終わったら、3学期始業式だけで自由登校だからさ、始業式をサボっちゃえば、どうとでもなるとは思うんだけど。」
ヒョイ、と肩を竦める里中に、予定日が三月ね、と、おばさんが相槌を打つ。
「卒業式の一週間くらい前に出産しておけば、上手く行けば卒業式にも出れるんだけどねぇ。」
「さっすがに、臨月の大きな腹抱えて、出るわけには行かないもんなぁ。」
なんとなく視線が里中の薄い腹に行ってしまうのを抑えきれずに──これからこのおなかが、大きくなるのだろうかと、想像もつかないことを思いながら、微笑が首を捻る。
卒業式は全員で参加したいと言う気持ちはある──何せ、中学のときと違って、高校の卒業式は……とくに、このメンツで迎える明訓高校の卒業式は、特別だから。
けれど、さすがに臨月で大きくなったおなかの──どれほど大きくなるのかは、街中で妊婦さんを見ているから、ある程度想像はできる──里中が、卒業式に並ぶのは……だめだ。
ただでさえでも有名人な二人の卒業式に、よりにもよってそんな格好で参加させるわけにはいかない。
「そーだな。もともと山田みたいな体格なら、ばれないんだけどな。」
微笑がひそかに頭痛を覚えているのにはまるで気づかず、あっけらかんと里中が笑った。
「って、里中……。」
なんとも困った顔で、山田が唇を歪める。
「アハハハ、冗談だよ、冗談。」
そんな山田の背中を、バンバンと叩いて笑った後、里中は柔らかな微笑みを口元に浮かべて──そ、と、自分の下腹部に手を当てた。
そんな彼女の仕草に、マジマジと写真を見つめていた岩鬼が、
「しかし、ちっこいのぉ。これがお前の腹におるんか、里中?」
写真の、まだ頭と体の区別が出来ただけのような気のする胎児と、里中の腹を見比べる。
写真では、実際の大きさがどのようなものかは分からないが、これがそのまま彼女の腹に居るようには見えない。
どこか不思議そうな顔で尋ねてくる岩鬼に、里中は上目で茶目っ気たっぷりに笑った。
「そう、触ってみるか?」
「……っ! ええわいっ!!」
とたん、写真も放り出し、イヤそうな顔になる岩鬼に、あははは、と里中は軽やかに笑った。──本当に嫌悪から出たわけじゃない言葉だと分かるからこそ、楽しくてしょうがないらしい。
「触って、中に居るってわかるのか?」
大げさにのけぞった岩鬼とは逆に、興味津々そうに身を乗り出してきた微笑が、里中の腹部を示して首を傾げる。
「うーん……カメラで見る分には微妙に動いていたような気がするんだけど、まだ小さいから分からないな。」
「もう少ししたら、おなかも膨らんでくるから、外からでも動いているのが分かるのは、それかららしい。」
腹を撫でながらそう零す里中の言葉を受けて、山田がやんわりと微笑みを浮かべる。
その彼の目にも、新しく芽生えたばかりの命をいつくしむ光が宿っていた。
里中と山田は、視線を交し合って、ニッコリと微笑みあった。
いつもの光景だけど──なんだか今日は、その微笑みあいが、神々しさすら放っているような気がして、はぁ〜、と、周囲から感嘆のため息が零れる。
「里中くん、いつでも困ったら、おばさんに相談してちょうだいね。」
応援しているわ、と、里中の手を取って、おばさんが励ますように強くその手を握った。
そんな彼女に、里中はホロリと解けるように笑って頷く。
「はい。ありがとうございます。」
輝くばかりの──幸せ満面の微笑みに、ようやく動揺から立ち直った面々も……照れたような微笑みを浮かべることが出来た。
「さ、里中さん……お、おめでとうございます。」
それでもまだ動揺を隠せない様子でそう口にした蛸田に、うん、と里中が頷く。
「うん、ありがとう、タコ。」
「山田さんも、おめでとうございます。」
蛸田ばかりに言わせてはならないとでも言うのか、香車も上下も、揃って声を上げて山田と里中に軽く頭を下げる。
それを受けて、山田は照れたように笑った。
「──うん、ありがとう……。
な、なんか照れるな。」
それから、こりこり、と頬を掻いて──里中のつむじを見下ろして、うん、と1人、決意したように頷く。
「……おれも父親か。しっかりしないと。」
そのひとり言を聞いていた微笑が、バシンッ、と彼の広い背中をたたきつける。
「しっかりしてるさ、パパ! ──っていうか、学生パパだな、山田。」
最後の一言は、にしし、と笑いを含めたからかい口調で──そのままツン、と肘で腰をつつかれた山田は、ウッ、と、低いうめき声を漏らした。
「でも、山田は18歳だから、結婚は出来る年なんだぞ。」
フォローになっているのかなっていないのか、そんなことを里中が口にすれば、
「サトは誕生日はまだやろが。」
バカにしたように岩鬼がポンポンと里中の頭を叩く。
そこへ、
「岩鬼さん──女性は16歳で結婚できるんですよ……?」
呆れたように──というか、やっぱり勘違いしてるんだろーなぁ、と言う視線で、渚が突っ込む。
そんな突っ込みに、いつものように一瞬顔を崩した後、
「そんなことはわかっとるわいっ! 常識やろがっ!」
ガァッ! と渚に向かって吼えた。
その勢いに、首をすくめて、そ、そーですよね、と、渚が同意した瞬間、
「おっよぉ、そうづらぜ、常識づらぜな。
けどよぉ、里中? お前、まだ籍は男のままじゃなかったづらか?」
────ごく当たり前の、殿馬からの突っ込みが入った。
とたん、ガタガタッ、と、岩鬼と渚の2人が床に突っ込んだ。
「なっ、なんやとっ!? サトッ! おんどりゃ、それを先に言わんかい!!」
復活の早さもさることながら、岩鬼はガバッ、と身を起こして、里中に向かって怒鳴りつける。
「何言ってるんだよ、卒業するまではこのままで行くって言うのは、もともと話してあっただろ?」
「本当にそのままでいくのか?」
呆れたように床の上に胡坐を掻く岩鬼を見下ろす里中へ、微笑が心配げな表情を浮かべる。
彼が口にする「そのまま」には、さまざまな意味があった。
それを悟った山田は、何も言わずただ笑みを口元に浮かべる。
──里中が望むなら、そのために最低限必要なことをしようと思っている表情だと、すぐに知れる笑みだ。
「その当たりは、医者の先生が手を回してくれるって約束してくれたから、大丈夫だろ。あそこの先生も看護婦さんも、信頼できる人ばかりだし。
まぁ、卒業するまでは……な、できるだけ隠したいとは思ってる。
説明するの面倒だし。」
ヒョイと肩を竦める里中の、最後の台詞が「隠したい」というその表明のすべてを物語っているような気がした。
騒がれることもイヤだが、何よりも面倒な説明でうんざりするのがイヤらしい。
「なるほど、つまり、卒業するまでは隠すってことね。」
「はい、できれば。──まぁ、でも、理事長や大平先生には話して、退学しろというなら、するしかないとは思ってますけど。」
もともと中退するつもりだった高校生活だ。
それが山田の気遣いによって、最後の悔いであった夏の甲子園に出場し──さらに優勝を果たすことができた。
ここで中退をすることになれば、悔いがない──ということはない。
せっかくここまで来たのだから、このメンツで卒業を迎えたいと思う。
──けれど。
そこで一度里中は視線を落として、自分のまだまろみを帯びていない腹部を見つめ……そこに手のひらをゆっくりと当てた。
この命のためなら、それでもいいかと、そう思う。
そう、淡く微笑む里中に向かっては、
「そんなことはさせません! 俺たちも、協力しますからっ!」
「もちろんですっ、里中さんっ!」
渚と高代、さらに後ろから乗り出すようにして上下、蛸田、香車たちが顔をのぞかせて、ガッツ! と拳を握り締めた。
そんな彼らをギョッとしたように見て、里中はぱちぱちと目を見張った。
「絶対、説得しましょう!」
「づらな。」
「ヤツらとて、義理人情くらいはあるやろ。」
「とにかくチャレンジしてみよーぜ。」
そのまま、叫ぶ仲間たちに──里中は、ゆっくりと目を瞬き……笑った。
「……うん……ありがとう……。」
──2月17日。
山田家 長男 山田太郎長女、姫、誕生。
予定日よりも一ヶ月早く生まれた理由は、ナインたちからさまざま言われるが──やっぱり、あの時走ったのがいけなかっただとか、あの時キャッチボールしたのがいけなかっただとか、なんだとか。
数多くの祝いの言葉に囲まれながら、
「……最高の誕生日プレゼントだ……なぁ、山田?」
幸せそうな微笑は……誰よりも、山田の心を、ポッ、と幸せにさせた。
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楽しそうな里中のモデルは、私の友人です(笑)。
彼女も楽しそうにエコーを取ってきてくださいました。
そして別の友人は、エコーを携帯メールで送ってくださいました。
結構みんな、うれしいみたいですね、エコー(笑)。
妊娠周期の考え方は難しいですよね〜。
まじめに予定日まで考えました(←馬鹿です)。
っていうか、着床日を考えた時点で、すでにまずいなぁ、と……(笑)。
いいのっ、リアリティが出したかったんだからっ!(どういうリアリティじゃーっ! と叫びたい)
いいや、自分が妊娠したときに役に立つだろう。
↓ココからどうでもいい設定トーク
とりあえず4週1ヶ月制で、7月の予選あたりからまぢめに(笑)計算してみたら、予定日は3月29日くらいだと思いました。
ということは、「一ヶ月のブランクどうのこうの」という本誌の台詞を忠実に守るなら、6月の初旬くらいまでは学校に居たのかなー、とか考えて、いっそ予定日を3月1日(笑)にしてもいいんじゃないかと思ったのですが、これだと12月の終業式の段階で、妊娠八ヶ月になっちゃうんですよね。なので、おなかも目立つだろうと思い、一ヶ月ずらしてあげました(←余計な親切)。そのため早産です。ついでに里中の誕生日はステキな位置にあったので、ここで生んどけば、卒業式も出れるさ☆とおもいました。春季キャンプはこの際無視してやってください(笑)。
そのため、発覚時点で、12週目に入っていることになります。つまり3ヶ月目ですね! ……たぶん。(笑)