恋愛 援助 ドットコム

「H STYLE」の裏話(続き?)。
実はあの居酒屋は、彼女の居酒屋だった……っ!(笑)











 明訓高校OGにして、野球部「萌え」三人娘の一人、小西愛子。
 彼女は最近、会社のパソコンを使って、ブログで「萌え」ホームページを更新していた。
 その話題はもっぱら、「山田世代」における、カップリング考察と萌え考察である。
 早い話が、オフラインでのコミケ活動が金銭的な問題でままならなくなってきたため──これがマイナージャンルには難しい問題なのである──、とりあえずつきることのない萌えを発散するためだけに、オンラインで活動をし始めた……ということだ。
 そのついでに、各球団のホームページで、色々選手グッズがショッピングできるのもいい、と彼女は思っている──おかげで、最近は、副業であった夜のバイトの収入が、山田携帯ストラップと里中携帯ストラップに消えてしまっていたりとか、最近「中西球道くんもいいわよね〜」とか言い出したりとか、そういうことにもっぱら使われてしまっている。
 それはとにかく、そんなこんなで、ロッテマリーンズの球場から近いこの居酒屋での副業暦も、すでに数年──もうこの居酒屋でも、ずいぶん後輩がたくさんできてしまっていた。
 そうなると、仕事ぶりに余裕もできてきて、新人の頃よりもたくさんの萌えを追求できたりする。
 最近の小西の楽しみは、近くのサラリーマン二人組みが、いつも二階の個室で部屋を取ることだ。それもたっぷり2時間半! 最初に料理を注文するだけ注文したら、その後は追加注文もなく、そのまま二時間半。
 あぁ……一度でいいから、彼らが居る部屋に、盗聴器か盗撮機を仕掛けたいっ!(←犯罪です)
 そう思うのだが、残念ながら一度も実行に移したことはない。
 そんな、高校時代から相変わらずの愛子が、今日も真面目に男性ウォッチング(ただし、彼女の場合は普通の独身女性のウォッチングとはイミが違う)をしながら仕事をしていたときのことである。

トゥルルル……トゥルルル……。

「サヨコちゃーん、電話おねがーい。」
 出入り口のレジ近くで鳴る電話に、愛子はちょうど近くに居たアルバイトの女の子にそう指示して、自分は厨房から出来上がったばかりの料理を手に取る。
「この後、サクラの間の片付けに入りますから、何かありましたら内線でお願いします。」
 そういい残して、愛子はその料理の提供先に笑顔で提供を終えた後、二階のサクラの間の片付けに入った。
 座布団を全部取り払い、ゴミが落ちてないかすばやく確認した後、机の上のものをすべてどけて綺麗に拭き、補充物の確認。部屋の中をぐるりと見回して、汚れなどがないか確認した後、途中の掃除用具室から持ってきた匂い消しをプシュプシュと吹く。
 それから、座布団を確認しながら、一つ一つシワを撫で付けておいていく……という作業の途中で、部屋の扉横に設置されていた電話が鳴った。
 内線だろうと、愛子は受話器を手に取ると、
「はい、サクラの間、小西です。」
 あやうく「いつもご利用ありがとうございます。あなたの光圀不動産です」と言いそうになるのを、無理矢理堪えてそう名乗った。
 一応ここでは、事務所の人以外には「昼間は他でバイトしている」と言うことになっていて、不動産で事務をしているのは内緒になっている。
『あ、小西さん? ごめんねー、あと5分くらいで、新規のお客様がソコ使うらしいから、すぐに片付けてくれる?』
「あ、はーい、じゃ、箸セットは準備しておきますね〜。何名様ですか?」
 おやおや、タイミングの良い客だ。
 そう思いながら愛子は電話を切り、あと5分、と口の中で繰り返して、もう一度点検するように部屋の中を見回した。
 ちょうど二階の個室の客が帰った後に予約を入れるこのタイミングのよさ。
 まるで見ていたようだなと思いながら、愛子はメニュー表と箸セットを5人分用意し、その部屋を退去した。
 足先にスリッパを引っ掛けながら、ふと愛子は、
「そういえば今日って、ロッテと日ハム戦、そこのマリンスタジアムでやってたんだっけ。」
 もしかしたら、この新規のお客さんって……時間的に考えて、野球選手だったりして?
 ちょっぴり期待もしてみるけれど、
「まさかまさか。」
 今までそう期待して、一体何度失敗してきたと言うのだろう?
 そんなことはない。
 だって、選手達のほとんどは、球場近くではなくて、ホテル内で済ませることが多い。
 最近は、そこらにコンビニもできたからねぇ……と、思いつつ──それでも愛子は、少しばかり期待を寄せて、自分の携帯電話を懐にしのばせることを決意するのであった。
 最近の携帯って、カメラ機能にボイスレコーダー機能までついているのだ。
 携帯一個あれば、いつでも情報収集ができる。
 階段を下りたら、ちょっぴり休憩室に寄って、携帯電話を取ってこなくっちゃ。
 愛子はそんなことを思いながら、今日も見果てぬ夢に、期待を持ちながら廊下をスキップしそうな勢いで、降りていった。











 

 さきほどの電話予約の5人が、サクラの間に入ったと聞いたのは、ちょうど一階のカウンター客が一度に帰ろうとしていて、レジと片付けで愛子がてんてこ舞いしていたときだった。
 きっちりと男チェックするつもりだったのだけど、そんなことをしている暇はなくて、チィッ、と密かに舌打ちしている間に、そのサクラの間の担当は別のアルバイトに当てはめられてしまった。
 残念に思うが、とりあえずカウンター席をさっさと片付けて、それから彼女にどういう人物だったのか聞こうと思っていたのだが──、カウンター席を片付けている間に、次のお客様が入って来てしまい、残念ながら愛子はそのお客様の相手を割り振られてしまう。
 カウンター席の客は、注文するのが早い上に、一品ずつ次々に注文してくれるから、なかなか手が空かないのだ。
 ──まぁ、個室の客は、長居するもんだし……、こっちがあらかた片付いたときに、こっそり様子を見にいっても、十分だ。
 そう思いながら、それでも急く気持ちを押し殺してせっせと接客した後、カウンターのお客様の注文が滞りなく終わった後、
「手空きに、二階チェックいってきます〜。」
 誰かに先を越される前にと、嬉々として愛子はポケットの中の携帯電話を確認しながら、トントントン、と階段をステップで上った。
 もし、客が望みの人物じゃなかったとしても、個室を取る男どもというだけで、一見の価値はある。
「うーん、でも5人じゃ、スワッピングになっちゃうかなぁ。」
 こんなことを呟いている最中に、客とすれ違っていたら大変なことになるが、幸いにして個室に居る客達は、トイレに行く機会でもない限り、部屋から出てくることはない。
 愛子は先ほど自分が片付けたばかりのサクラの間の前に立ち、備え付けの靴置きを確認した瞬間──、
「──……っ!!!」
 慌てて、叫びだしそうになる自分の口元を手で覆った。
 そしてそのまま、目を見開いて、愛子はマジマジと自分の前にある靴を見つめる。
 それは、お世辞にも綺麗な靴ではなかった。
 使い込んだ──けれどきちんと手入れされた運動用の靴だ。
 5つとも、すべて。
「やっだぁ……もしかして、もしかしなくっても……たまにはそういう運もある?」
 ドキドキと胸を高鳴らせながら──あぁ、これぞ、ロッテがマリンスタジアムで試合をするときは、常にシフトを入れた甲斐があったと、愛子は胸の前で手の平を握り締めながら、その場に屈みこむ。
 そして、そのまま部屋の中へ続く扉に視線を向けると、この数年の間にスッカリ身につけた隠密の技……いや、盗み見できるポイントまで移動すると、
「……どうか里中ちゃんでありますようにっ。」
 そう祈りながら、中が見える隙間から、そ、と内側を伺う。
 それと同時に、中での会話が聞こえてくる。
 誰かが叫ぶ声──防音効果はそれなりにしてあるので、廊下に出ると、誰かが騒いでいる気はすると思うことはあっても、何を叫んでいるのかまでは分からない。
 けれど、こうして覗き見できる場所で耳を澄ませば、中の声がイミのあるものに聞こえる。
 今回もそのパターンだった。
 そして、聞こえてきた声は。

『だから俺に聞くなっ! そういうことはっ!!』

「…………どいがきぃぃ?」
 微妙に嬉しさとかなしみが混じった、非常に自分でも判断しにくい声が、自分の口から零れた。
 覗き穴から中を覗き込むと、見えたのは見慣れた坊主頭──あぁ、やっぱり土井垣だ。
 ったく、高校の頃から変わらない頭だなぁ、と思いながら視線を手前に持ってくると、
「! し、不知火君だわ…………っ。」
 まぁっ、と、愛子は両手で赤く染まった頬を挟みこむ。
 思わず身を乗り出して、愛子は部屋の中の様子を伺う。
 だって、だって、だって、不知火君と土井垣よっ!?
 土井垣がまた先輩とかに連れてこられたなら、またいつものことかと思うところだけど、今回はなんと不知火君つき! それも個室! しかも隣同士っ!
「まぁまぁまぁまぁ、とうとう二人も、そんな仲に……っ。」
 グッ、と拳を握り締めて、愛子は感激に胸を震わせる。
 個室で隣同士で酒を飲み、気づくと土井垣の手は、そ、と不知火の手の平に重なり……。
「大丈夫よ、土井垣っ、ここは防音効果があるし、部屋の中に防犯カメラも盗聴器も仕掛けられてないから、好きなだけ声をあげさせてもっ!」
 でも、私はここから覗き放題だけどねっ!
 そう続けた後、愛子は少し考えて──、
「……今から食事休憩貰ってこようかしら…………。」
 彼らが居る間、ビッシリ張り付いて居たいし。
 すっかり、新規の客が「5人」だったと言う事実を忘れて、真剣に今から下に戻って、そう女将さんにお願いしようかと思いながら、ポケットの中から携帯電話を取り出した瞬間だった。

『……〜っ、何かあったら、いつでも相談に乗ってやるぞって言ったじゃ………〜……………っ!?』

 思わず妄想にふけっていたために、良く聞こえなかった声が、そう耳に飛び込んできたのは。
「……さっと………………っ。」
 慌てて、驚愕のあまり叫びそうになった自分の口に蓋をする。
 それから、ゴクリ、と喉を鳴らして、愛子は部屋の中を覗き込む。

『どこが相談だっ、どこがっ!』

 確かに、居る。
 良く見たら、土井垣と不知火と里中の三人で「3P!?」とか思えない面子が揃っていた。
 ここで瓢箪というひょろひょろ捕手が居なかったら、「ドイシラ」で「キュウサト」もいいなぁ、とかほざけたことを呟いているところだが、残念ながら5人。
 しかもその配置。まるで「智姫をみんなで愛でようの会」に見えてならなかった。
 その上里中は、ほんのりと頬を染め、目元を酔ったためかウルウルさせ、口元も花開くようにホンノリと色づいている──妖しさ満点である。
 思わず愛子は手を握り締め、まぁ、総受けだわっ。とかほざけたことを呟いた──瞬間。

『だから週に何回くらいやってるのかって、参考に聞いてるでしょうっ。』

 里中の爆弾発言が投下された。
 その里中の言葉に、一同がドッと疲れたような体になるのに対し、愛子の目は、みるみるうちに輝いていた。
 それどころか、一瞬で頭の中にブワリとバラの花が咲き、彼女の脳裏には一瞬で話が1本できあがった。
 何、つまりこれって……さ、里中ちゃんの恋愛相談ッ!? し、しかもソッチ系のっ!?
「……神様は居るわ…………っ。」
 思わずそんなことを呟いて、愛子は手にしていた携帯のボイスレコーダーのスイッチをONにする(←犯罪です)。
 本当は動画で行きたいところだが、そんなことをすれば、携帯のバッテリーも充電もすぐになくなってしまうのは(過去の経験上)分かりきっていた。
 その点、ボイスレコーダーなら、1時間か2時間は余裕で撮れる。
 よし、とそれをバッチリな場所に置いた後、愛子はすぐさま慣れた足取りで──抜きあい差し足忍び足を使って、ダッシュで……ボイスレコーダーを使っているとは言えど、生で聞きたいのが人間と言うものっ!
 早く……っ、
「早く女将さんから、食事休憩を貰ってこなくっちゃ……っ!!!」
 愛子はもう、迷うことはなかった。
 普通の女子ならば、その「何回」というのが、何のことなのか色々と分からなかっただろうが、愛子は違った。
 彼女は明訓高校野球部の代表すべき腐女子だった。
「土井垣に相談するってことは、絶対、山田とのエッチ回数だわっ!!」
 ──迷うことはなく、限りなく真実に近い妄想を、脳裏に描きつつ、ダッシュで階段を駆け下りていった。










 ルンルン気分で雑巾片手に「食事休憩」に入っていく愛子に、疑問を覚える従業員はもう居なかった。
 きっとまた何か「趣味」でも見つけたのだろうと、生あたたかい微笑みで見送ってくれる。
 愛子はそんな従業員の視線をまったく気にせず、サクラの間の前まで来ると、部屋の中を覗き込んだ。
 なぜか脱力している四人の選手たちに囲まれて、里中は酷く心細そうに見えた。
 一体自分が居ない間に何があったのと、愛子は悔しげに奥歯を噛み締める。
「何? なんだって、里中?」
「智、悪かったでげす。つい……その……見栄を張ったのは謝るでげす〜。」
「わりぃ、俺もちょっと見栄張った。」
 シュンと型そんな風に、中西と瓢箪が謝っている。
──何っ!? 何があったのっ!? ちょっと、途中で席を外してた私にも分かるように、説明しなさいっ!!!
 俯いた里中の目元に涙が見えた気がして、愛子は拳を握りしめて土井垣の後頭部を睨みつける。
 目から火が出ることが出来るなら、土井垣の後頭部は燃え上がっていること間違いなしである。
 ──が、もちろん、ただの腐女子である愛子にそんな能力もなければテレパシー能力もない。
 彼女の懇願は土井垣にも誰にも届くことはなく、里中はガックリと肩を落としたまま、
「…………俺……もう、駄目なんだ…………。」
 何を言うのっ、里中ちゃんっ!!
 愛子はとっさに雑巾ごと手を握り締めて、そう叫びかけていた。
 けれど隠密調査はなれたもの。叫びかけた口をグッと堪えながら、代わりに心の中で叫ぶ。
『あなたがそんな風に弱音を吐くのは、山田の前だけでしょ!!』
 今のその顔で、濡れたようなその声で、うわめ遣いにそんなことを山田に言ったら、もう十中八九、確実に喰われてお終いだわっ!
 ──あぁっ、どうして今目の前に居るのは、土井垣たちで、山田じゃないんだろう……っ。
 つい数年前まで山田のことを邪魔者あつかいしていた人間とは思えないことを心の中で吐き捨てながら──結局愛子は、なんだかんだで「受け」が幸せならそれでいい人間なので(でも鬼畜も大好き)、里中が現実に山田を選んだのなら、ドイサトやキュウサトは脳裏で補完するだけにして、現実ではヤマサトを応援することにしているのだ。
 妄想と現実は違う。
 それを含めた上で、妄想をするのが愛子なのである。
 思わずそのまま、「山田の前でほんのりと酔いながら、自分のダメなところを話す里中に、ムラムラ欲情した山田」というマンガのネームが一本頭の中で切れてしまった愛子であったが、そんな愛子を無理矢理現実世界に引き止めたのは、
「で、里中? お前、どれくらいやってないんだ?」
 そんな中西の言葉であった。
 ハッ、と、目が覚めた。
「やってないって……ヤってない、よねっ!!?」
 愛子がそう叫ぶのと、
「だから聞くなよっ!!」
 土井垣が中西向けてメニューを投げつけるのが、ほとんど同時だった。
 思いっきりメニューを、中西の顔にぶつけた土井垣に、
「土井垣っ、どうしてそんな素敵な質問をする中西君に、メニューなんてぶつけるのよっ!」
 そこは聞いておくべきでしょう!
 と握りこぶしで力説する愛子の台詞は、当然室内には届いていない。
 慌てて土井垣を止める不知火に、ちょっぴり「あぁんv シラドイもいいかも〜。」と一瞬で思う愛子は、やっぱり根っからの腐女子である。
 ──が、そんな愛子の脳裏をさらに激震するべき台詞が、続くのである。
 里中が、ぽつり、と。
「……………………オールスターの後……。」
 素面ならば絶対に教えてくれないようなことを、吐いてくれたのである。
────!!
 叫ぶ声を堪えるあまりに、喉が焼ききれるかと思った。
 それだけでも悶絶しそうだったというのに、さらに付け加えて、なぜか土井垣と不知火が、
「………………そういや、今年のオールスターの後、なんでか同じ部屋に泊まってたなぁ……っ。」
「あー……そういや、朝、同じ部屋から出てきてたな……。」
 そんな風に続けるものだから、愛子は思わず扉をたたきそうになり──あぁっ、これだとばれてしまうと、慌てて自分の手の平向けて、ゴンゴンゴンと拳をぶつけた。
 震えるこの肩を、一体誰に止めてもらえばいいのだろうっ!?
 っていうか、
「里中ちゃん〜! もう、里中ちゃんったら里中ちゃんったら里中ちゃんっ!!」
 それだけしか小声で叫ぶ余裕はなかった。
 この全てがボイスレコーダーに記録されていると思ったら、本当に、もう!
 この先一年以上は、これでご飯が食べれるっ!!
 愛子は目の前に煌く世界に、心の奥底から感謝したくなった。
 雑巾を握り締めたまま、興奮マックスな愛子を前に、そんな腐った妄想癖がある娘が扉の外に居るとは思っても居ないメンツは、あたり前のように会話を続けていく。
「中西と瓢箪さんの言うとおりだぜ、里中。お前は考えすぎだろ。
 そもそも、シーズン中の前半丸々会わなかったりとかだってあるだろ、お前らは。」
「……えっ、し、不知火は智の恋人を知ってるんでげすかっ!?」
「しかもどういうエッチ周期なのかまでお見通しかよ。」
「………………そういう表現はやめろ、中西。」
 ──まぁっ!
 それもなんだか素敵じゃないっ!?
 いつのまにか不知火にエッチ周期を知られていて、恥ずかしがる里中ちゃんとかっ!
 もうココからは完全に聞き手に回りつつ、なおかつ本のネタを拾わなくてはいけないわ!(といつも思うのだけど、興奮のあまり話を聞き逃すことも毎回のことである)
 今から頑張れば、冬コミには5冊の新刊くらいはいけるっ!
 とりあえず1冊目のヤマサトの漫画が二本くらい頭の中に出来たっ。
 よし、これで私は今日から冬まで、その本の費用のために頑張れるわっ!
 そんなネタを、ドンとちょうだいっ!!
 カモーン、な状態で両手を広げて──いや実際は、かぶりつくように──、覗き込み、愛子はいつも常備しているメモ帳を広げる。
 いついかなるときも、メモとペンは持ち歩く。
 これが愛子の信条である。
 そのおかげで、高校時代の生徒手帳は、ものスゴイことになっていたりする。
 今日だけで、多分その当時の数倍は行く予感がした。
 愛子は一字一句萌え用語を漏らさないように──すぐ間近でボイスレコーダーが回っているとは言え、油断は禁物だ。
「あー……すまん、中西。俺も誰が相手なのかまでは、詳しく聞いてないんだ。」
「ってこら守。ウソをつくな、ウソをっ! お前だって高校時代に、散々辛酸を舐めてきてるだろうが……っ!」
 日ハムバッテリー、最高!
 思わず愛子は、その文字をすばやくメモに書き付けた。
 だってだってだって、高校時代から辛酸を舐めたってことは、高校時代からラブラブ? 実は不知火君と土井垣も、結構頻繁に連絡取ってて、その様を見ていたってこと?
 っていうか、良く知ってるじゃない、土井垣〜vvv
 ソレに何よりも、
「高校時代から、ヤマサトは公認カップリングだったんだぁ……。」
 くぅっ、惜しいっ!
 どうして私……っ、
「高校を一年留年しなかったのかしら……っ!!!!?」
 小西愛子、結構本気で後悔した一瞬であった。
 きっとあのまま在学していたら、「辛酸を舐めた」バカップルっぷりが拝めたはずなのだ。
 そりゃもうきっと、スゴイ事に違いない。
 里中のお引越し先を探す手伝いをした時にも、ハチミツ入りのチョコレートを食べたような、ものすっごいアマアマも見せてもらったけどv
 っていうか、わざわざ同じパンフレットを、それぞれ片手で持って見ているところとか、疲れたと言う里中に肩を貸してあげるところとか、なぜか広いベンチなのに、ピッタリと横になって座るところとかっ!
 もう、一個一個あげたらキリがないほどの、その一つ一つの所作が全て、愛子の萌えであり──つまりそれは、総じて土井垣たちの疲れに繋がるわけなのだが──、それを目の前で見せ付けられた彼らを、愛子は心の奥底から羨ましいと思うのだ。
 はぁ……と、悩ましげな溜息を零しながら、愛子が片頬に手を当てた瞬間、里中が二回目の爆弾を投下した。
「──考えてみたら、確かに高校の頃は、山田、良く、キツイって言ってた………………。」
 その衝撃の言葉が、里中の口から零れた瞬間、愛子の動きが完全に止まった。
 目はヒタリと前を見据えたまま、愛子は耳をダンボにして先を一文字たりとも逃すまいと、うるさく鳴り出す心臓にすら叱咤をし、息を呑む。
 そうしていても、頭の中ではグルグルグルグル同じ言葉が回っている。
「キツイって、何がだよ?」
 その、愛子の頭の中に回った言葉を裏付けるような台詞を中西が吐いた瞬間、「ナイス、中西君っ!」と、愛子はドンドンと扉を叩きたくなったが──そのまま一気に、里中ちゃんの口から色々聞き出すのよっ! と、胸にたぎる熱い炎を、彼に託そうとする先から、
「だから聞くなって言ってるだろう、中西!」
 土井垣が、中西にむけてすかさず攻撃に出てくれる。
 まったくもって、愛子のこの思いを理解してくれない男である。
「バカっ、このヤボ男っ!」
 全国の土井垣ファンを敵に回すようなことを叫んで、愛子はこのまま乱入してしまおうかと凶暴な思いに駆られるが──里中もまた、土井垣の突っ込みや攻撃をまったく無視することが出来る男であった。
 愛子の欲望を満たすかのように、
「やっぱり俺……俺、やりすぎてゆるゆるになっちゃったんだっ。」
 里中が、激白した。
 それと同時、室内からあまり綺麗じゃない噴出すような音が聞こえたが、当然愛子の耳には入っていない。
 彼女の頭の中では、里中の激白がグルグルと回っていた。
 あまりの激情と動揺と感動のあまりその場にガバッとしゃがみこんで、意味もなくブンブンと雑巾を振り回してしまった。
「さ……里中ちゃん、愛してるっ!!」
 心一杯の叫びを、自分の膝小僧に向けて吐き捨てる。
 あぁ……っ! なんて、なんて甘美な台詞を叫んでくれるの、里中ちゃんはっ!!?
 この胸の内から湧き立つような喜びを示す為に、廊下でクルクルと回りたい気持ちになりながら──それを堪えて、愛子は両手を組みながら、ニマニマと震えながら笑みを刻む顔を、改めることなんてとてもではないが出来なかった。
 今っ! どうしてここに、喜びを分かち合うための美智子や洋子が居ないのだろう……っ!
 今すぐ電話して、彼女たちにもこの喜びを分かち合ってあげたい!
 だって、だって、だって……っ、生里中ちゃんの口から「やりすぎてゆるゆる」よっ!?
 あんたこれはもう、同人界なら一度はそれで受けを苛めたいネタを、里中本人の口から、聞くことが出来た女は、世界広しと言えども、自分しか居ないに違いないっ!
「キャーっ! キャー! キャァァァっ! んもっ、どうしよ……真剣、本気で、あたし、悶絶死しそう〜っ!!!」
 ジタバタジタバタと手を振り回し、それでもこの興奮が収まりきれず、頭に血が上っていくのを感じる。
 ダメだ……このままじゃ、本気でのぼせる……!(笑)
 今週末は絶対、美智子と洋子と一緒に、この携帯のボイスレコーダーで、萌え談議よ、萌え談議ッ!
 さすがにココまでの台詞をはいてくれるとは思わなかった愛子は、そのまま口元から零れかかった唾液をぬぐい取りながら、恐ろしいわね……里中ちゃん……っ、と零す。
 そのまま、なんとか必至で立ちあがった瞬間、さらに室内からとどめが降ってきた。
「ガバガバだと、やっても、全然気持ちよくないんだって、雑誌に書いてあった。──山田、俺がそんなだから、エッチしてくれないんだ……っ。」
 ぶはっ!
 がくり、と膝が折れ、愛子は再びその場にしゃがみこんだ。
 手にした雑巾を、汚いだとか色々思う以前に口元に当てて──、
「は……鼻血出そう……っ。」
 興奮のあまり、もう顔も耳もそこら中が真っ赤に違いない。
 それでも、この先の言葉は一字一句、紛れもなく聞き逃してはいけない!
 その決意だけは確かに、バクバクと強く鳴る心臓の音を必至に叱咤しながら、愛子はさらに耳を澄ませる。
「……さ、里中……あのな…………えーっと……お前のカンチガイじゃないのか?」
 土井垣のかすれた声を聞きながら──あぁ、動揺した土井垣さんも可愛いなぁ、とか不知火君が思ってくれてたら最高v ……と、結局、悶絶死しそうになりながらも、新たな萌えに目先を奪われた瞬間、
「でも、高校の頃はキツイって言われてたのに、いつ頃からか全然そう言われなくなったってことは、俺がそうじゃなくなったってことですよねっ!?」
 ガハッ!
 思わず口から、血を吐きそうになった。
「…………さ、里中ちゃん……す、すごい攻撃力だわ…………っ。」
 胸を抑えながら、愛子は本気でこのまま悶絶死しそうだと思った。
 もう頭の中は、「高校の頃」の文字で埋め尽くされている。
 高校時代……あぁっ、どうして私、留年しなかったのっ!?
 いいえっ、そうじゃないわっ!

 どうして私、高校を卒業した後、明訓高校野球部の合宿所のまかないのおばさんにならなかったの……っ!!!!????

 ハァハァと、虫の息でそんなことを本気で、心の奥底から後悔する愛子の耳に、さらに彼女を追い詰める里中の声が飛び込んでくる。
「だったら土井垣さんは、不知火か小次郎さんに聞けるんですかっ! 俺は締め付け悪くてガバガバなのか、なんてっ!」
 ドンッ!
 堪えきれず、愛子はその場で床を叩いた。
 ドンドンドンドンッ。
「も──ちょ……もう、だめ……っ。」
 仮死状態になるかと思うほど、愛子は悶え、床を叩く手とは逆の手で、自分の体を抱きしめた。
 それでも胸や腹や頭や喉は、焼けつくように熱い。
 この、心の奥底から出て来るような激しい感情を、なんと名づけていいのか、愛子には分からなかった。
 もうこれは萌えなんて生易しい表現では語れない。
 これは……──っ!
「だいたいそもそも、やってないも何も、お前らこのあいだのオールスターの後にやったんだろっ!? あれから一ヶ月も経ってないじゃないかっ!」
 土井垣までもが、いつもの堅物めいたことを吹き
「こないだの西武戦の時だって、会って話してご飯食べて、それで別れただけなんですよっ!? そんなの、いつもの山田なら、絶対、ありえませんっ!」
 里中は絶好調だった。
「も……ダメ……あたし…………っ。」
 グ、と、床を叩いていた手で拳を握り締めて、愛子は下唇を強く噛み締めた。
 そしてそのまま──キュゥ、と眉を寄せると、
「萌え死にしそう……っ。」
 ──小西愛子。
 人生のほとんどを里中ちゃん受けに燃やしているけれど。
「……わが人生に悔いなし……っ。」
 あまりの喜びに、苦しいのか嬉しいのか分からない涙が、ホロリと目の端をこぼれていった。









 食事休憩から帰ってきた小西愛子が、なぜかゲッソリとやつれている上に目には涙を浮かべたような跡があった──にもかかわらず、スキップして鼻歌を歌っているという、常人には理解できない様子であったことに。
「……君子あやうきに近寄らず。」
 みな一様に、そんなことを呟いて、決してその理由を問いただすことはなかった。
 そんな物分りの良い同僚達に囲まれながら、愛子はルンルン気分で接客をしては、折を見て二階に様子を見にこまごまと走っていた。
 残念ながら部屋の中の会話は、すっかり「ソッチ方面」から今シーズンの日本野球やメジャーの話題に持ちきりになっていたようだったが。
 それでも愛子の頭の中と持ち携帯の中には、先ほどのステキな萌えネタがグルグルと回っている。
 里中ちゃんと山田は、高校の頃からずーっと、そーんな関係だったんだ〜♪
 し・か・もv やる過ぎだって、や・り・す・ぎvv
「きゃーんっv もう、どうしよう〜っ!!」
 バシバシと、手にしていた雑巾で壁を叩きながら、怪しい笑みを満面に浮かべて、愛子は再び二階の階段を上がっていく。
 そのまま雑巾を振り回し、愛子は階段を上がりきろうとして──、
「──……っ!」
 ちょうどサクラの間のドアが開くのに気づいた。
 慌てて愛子は階段にうつぶせ、階段を拭くフリをして体を前に屈める。
 それから、チラリ、と顔を上げてサクラの間から出てきた人物を見上げると、その人影は後ろ手にドアを閉めて少し足取り危ない様子で、二階のトイレに向かって歩き出すところだった。
 あっ、と、愛子が見守る前で、彼はそのままこちらに背を向けて、トイレへと迷わず歩いていく。
 どうやら、散々色々叫んだあと、土井垣に酒を奪われ、水を飲ませられたところで、酔いが覚めてきたらしい。
 その里中を認めたとたん、愛子はピョコンっ、とその場に立ち上がって、ダッシュで階段を下りると、従業員のロッカーへと走り、そこからカバンの中に入れっぱなしにしてあった本を取り出す。
 薄っぺらい本は、どこか手の平に頼りない感触を与えたが、普段からこういう類の本を読みなれている愛子は、何も思わずそれを引っつかむと、再び二階へとダッシュで舞い戻った。
 階段を段差飛ばして駆け上がると、ちょうど里中がトイレから出て来るところだった。
 間に合ったっ、と愛子はその場で本と雑巾を振り上げると、
「さっとなっかちゃーん。こっちこっち。」
 彼の名を、呼んだ。
 と、里中はその声に、あれ、と少しだけ焦点が合わない目でキョロリと見回し──、
「……って、──こ、小西先輩っ!?」
 驚いたように、微かに潤んだ瞳を見張った。
 ホンノリと火照った頬と、どこか空ろな瞳が、いやに色っぽくて、先ほどの生々しい話がグルリと頭の中をめぐった。
 ──あんな話をされて、その上にこんな姿を見せられて、どうして土井垣ったら、あの場で里中ちゃんを押し倒さないのかしらっ!? 私なら、絶対、食ってるわよっ!!!
 と、心の中で激しく叫んだのはさておき、
「どうして先輩がここにっ!?」
 里中は驚いた様子を隠そうともせず、階段に向かって歩み寄ってくる。
 そんな彼に、愛子はチラリとサクラの間に視線を走らせたあと、白い指先を口元に当てて、
「しぃぃー!」
 静かにしてねと呟きつつ、階段の上に上がった。
 そのまま愛子は、ニッコリと微笑を張り付かせると、
「って言うか、覚えててくれて嬉しいわぁ。こないだ街角で岩鬼とすれ違ったけど、ぜんっぜん、覚えてなかったしね、彼は。」
 あははは、と──野球部の後輩に全く覚えてもらってなかったことには、なんとも思ってないように……笑い話のように話す。
 高校時代の最初のたった半年しか接していなかった──それもまともに接した覚えのないようなマネージャーのことを覚えていてくれて、本当に嬉しいよ、と笑う愛子に、里中は、覚えてないはずはないじゃないですか、と続けた。
「覚えてますよ、だって先輩には、色々お世話になりましたし。
 今のアパートも、すごく住み心地良くて、母も喜んでますよ。」
 ──まぁ実を言えば、愛子といつも一緒に居た二人の女の先輩を、今ここで会っても、見分けられるかどうかといえば、疑問だったが。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。ま、トラブルとかあったら、うちに遠慮なく言ってね。そういうのも取り扱ってるから。」
 住み心地もよさそうで良かったわと言いながら──続けて、『山田君が居るときに、ぜひ私を呼んでちょうだい』と言いたくなったが、そこをグッと愛子は堪え──自分が右手に持っていた本と雑巾に気づいて、これこれ、と里中に差し出した。
「──っと、そうじゃなくって、里中ちゃん、コレプレゼント♪」
 はい、と手渡されたソレは、薄いノートのような大きさの、綺麗な水色の本だった。
 表紙には金色の箔押しで「LOVERS」とだけ書かれている。
「……って、……本? ……にしては、薄っぺらいですね??」
 何ですか、これは──と、ひっくり返した後、ページを捲ろうとした里中の手を、愛子はやんわりと止めた後、
「後で読んでちょうだい。……きっと里中ちゃんの悩みに、役に立つからっ!」
 自信満々に微笑んだ。
 そんな愛子に、「──……悩み?」と疑問を覚えた里中だが、彼女のらんらんと輝く目と、自信たっぷりな笑顔に、その疑問を喉元で飲み込んだ。
「──……は、はぁ。」
 多分、野球部マネージャーだった彼女のことだから、野球のために何か役立つことでも乗っているのだろう。
 たとえば、疲弊した腕が少しでも回復するマッサージの仕方とか。
 そう思いながら本を見下ろす里中に、愛子はニッコリと満面の笑みを浮かべると、
「そして無事に役に立った暁には、ぜひ私に連絡ちょうだいっ! あ、この本の最後に、あたしの携帯アドレス書いてあるから、写メールなんかくれると、すごく嬉しいv」
「──携帯アドレスが?」
 この、本の?
「まさか、これ、小西先輩が……?」
 書いた本なんですかと、続けるつもりだった里中は、階下から聞こえてきた声に、ぴくり、と反応する愛子によって妨げられた。
「……っとと、ゴメン、あたし、仕事中だから。」
 いらっしゃいませー、という声と、ありがとうございましたー、と言う声が交差しているのに、これは行かなくちゃと呟いて、愛子はクルリと背を向けてから──、
「あ、土井垣と守君によろしく言って置いて〜。また今度、インタビューするって。」
 肩越しに振り返って彼女は意味深に笑った。
 そのまま、階段を下りていく愛子向けて、
「……い、いんたびゅー? え、小西先輩、アナウンサーか何かのバイトもしてるんですか?」
 とっさにそう叫んだところ、愛子は中ほどまで降りた階段を降りる足をそこで一度止めると、
「ンフフ……すぐに里中ちゃんも分かるわよ。」
 意味深に笑って──そしてそのまま愛子は、ヒラヒラと雑巾を振りながら、トントントンと階段を最後まで下りていった。
 そんな愛子と、彼女が残していったノートを見下ろしながら、里中は首を傾げつつ、サクラの間の扉を開いた。
 水色の表紙は、本屋で見かける雑誌とは違う──それよりも少し紙が厚くて、表面がテカテカと光っている。
 中央に金色の箔押しで「LOVERS」となんと言う文字体かは分からないが、綺麗なフォントで描かれている。
 たったそれだけの、シンプルな表紙。
 見た限りノートのように見えた。──ノートにしては、表紙の紙は少しばかり上質なようだったが。
「なんだろ、これ?」
 首を傾げながら部屋に入っていくと、すでに出来上がっていた瓢箪が窓際の壁と仲良しになっていて、中西がお猪口を片手に、土井垣と酒のやり取りをしていた。
「ん、なんだよ里中、おまえ、何持ってるんだ?」
 焼酎片手に、焼き鳥を食べていた不知火が、ふと入ってきた里中に気づいて、彼が出て行くときには持っていなかったノートをのような物に気づく。
 ファンにつかまって、サインでもねだられたかとからかうように尋ねるが、里中はそんな不知火の頭の上を素通りして、土井垣を見やると、
「土井垣さん……下で、小西先輩に会ったんですけど。」
ぶはっ!
 里中がそう告げた瞬間、なぜか土井垣は飲み込んだ酒を、思いっきり中西向けて噴出した。
「ぅおっ!」
 慌ててお絞りで顔をぬぐう中西が、何するんっすかと怒鳴るのにかまわず、土井垣はなぜか血相を変えた様子で、里中を見上げる。
「…………ここ、小西にっ!?」
「はぁ。」
 生相槌を打ちながら、自分が持っているノートのような本を見下ろす里中を認めて、土井垣はザァッと顔から血の気が引くのを覚えた。
「──まさかおまえ、ソレを小西から貰ったのかっ!?」
 フルフルと──酒のせいではなく、イヤな予感で指が震えるのを感じながら、土井垣は里中が握り締めているノートを指差す。
 そんな視線を受けて、里中は緩く首を傾げると、
「はぁ、なんか俺の悩みをこれが解決してくれるとかどうとか……。」
 悩みって、なんでしょうね? と聞かれた瞬間、土井垣の脳裏に浮かぶ光景があった。
 自分たちの先ほどの話を、扉の外で耳を当てて聞いている娘。
──絶対、間違ってない予感があった。
 と同時、
「………………捨てろっ。」
 土井垣は、そうキッパリハッキリ、里中に告げた。
「って、えっ、で、でも、貰ったものですよ!?」
「いいから、すぐに捨てろっ。捨てたほうがいい、それは絶対、お前の役にはたたんっ!」
 ドドーンッ、と言い放つ土井垣に、里中はそれでも困惑したように本を見下ろし、
「俺の役には立たないって──じゃ、これ、なんなんですか、一体?」
「見てみればいいじゃん。」
 里中の手から、ヒョイ、と中西は本を奪い取り、ほら、と開いた。
「ちょ……っ、待てっ!!」
 慌てる土井垣の目の前で、適当にページを開いた中西の手元。
 机の上で広げられた見開きページに、視線を落としたのは、壁に懐いている瓢箪以外の全員であった。
 そして、そこには。

 18歳以上の規定をクリアした小西愛子の、高校当時よりもグレードアップした絡みっぷりが、絵と台詞で、語られていた。







──新しい世界の幕が、開いた予感がする今日この頃である。







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……いやー、好きだなぁ、こういう腐女子。

私、サチ子が腐女子系で、山里に燃えている「をとめ」だったら、里中と結婚しても許せるかもしれない。
──って、それは本当に「政略結婚(違)」だからさ…………。

いやね、里中ってさ、加代さんから「サッちゃんみたいな人が、娘だったらいいのに」とか、山田から「里中にならサチ子を任せられるな」とか言われたら、たとえサチ子のことをそういう意味で好きじゃなくても、「それじゃ、結婚しようか、サッちゃん」とか言いそうな気がしてさ…………ほら、お母さんと山田さんで構成されてるから、彼…………。

うぅ……それも政略結婚だと思う……。

山里的には、どう考えてもサチ子はただの当て馬……ごほごほっ。