あてんしょん ぷりーず。 16禁 です。 山岡さんと石毛さんファンは、閲覧注意してください。 できればバックしたほうがいいかと……。 そして、濃厚なのをお求めの方も、 「所詮こんなものか」と言う気持ちでどうぞ。 |
ふ、と意識が浮上したかと思うや否や、不意に頭がクリアになった。
思いもよらず、ぽっかりと目が覚めてしまったような──そんな感覚だった。
目が覚めた? と思った瞬間に、もう視界にうすぼんやりとした天井が映っていた。
先ほど布団に入って、「寒い寒い」と言いながら、石毛と笑って耳栓を詰めて横になったのは覚えている。
そして今、気がつけば山岡は、天井を見上げていた。
あまりにはっきりとした覚醒だったため、山岡は呆然と目を見開いて、天井をマジマジと凝視した。
──……なんで俺、起きてるんだ?
キィン……と、耳の奥で小さく耳鳴りがした気がする。
耳栓をしっかりと嵌めている耳には、よほどの物音でない限り、届くことはない。
時々、岩鬼の足音が聞こえてくることがあるのは、お約束としても。
「──……。」
見開いた目で、ただジ、と天井を見つめていると、不意に顔にヒンヤリとした微風が吹いてきた。
思わずブルリと体を震わせて、そこでようやく山岡は、自分の顔がイヤに冷たくなっているのに気づく。
暖かな布団の中に顔を埋めると、なんとも頬の辺りが心地よくヌクヌクした。
「──あぁ……寒いから目が覚めたのか。」
げんなりとした声で、思わず呟いた声が、イヤにくぐもって聞こえる。
耳栓のせいだとわかって居た。
そのまま顔を上げて、部屋の中に霜が降りてくるのではないかと思うくらい、ひんやりと冷えた布団の外へと視線を飛ばした。
枕元の時計は、もう5時を示していた。
真冬になると、3時から5時くらいが、一番寒くなるんだよなぁ──と、さらにヌクヌクした布団の中へ潜り込んだ。
けれど、冷え切った顔と目が温もりに安堵を覚えているにも関わらず、一向に眠気は落ちてこない。
「…………………………。」
ゴロリ、と寝返りを打って、再び視線を枕元にやると、耳栓をしているのでもっぱら目覚まし時計の役割りを果たしてくれない目覚ましの長い針が、チクリ、と角度を進めた。
「……あと一時間か……。」
起床時間は6時。
たった一時間、されど一時間。
このまま布団の中に居続ければ、絶対、起きれないのは間違いない。
まぁもっとも、現在は、起床時間には誰かが起こしに来てくれる「山田と里中の隣部屋の唯一の特権」があるから、「起きれないかもしれない」と悩まずに一時間を寝てしまうと言う手もある。
だが、ここまですっきりと頭が冴えてしまっていたら、寝ようにも寝れないし、
「………………起きるか。」
小さく溜息を吐いて、なんで起きちまったのかなぁ、と山岡は小さく欠伸を漏らしながら、ムクリと起き上がった。
薄いパジャマに、部屋の中の冷気がヒンヤリと冷え込んできて、思わずブルリと身を震わせる。
そのまま再び布団の中に戻り──起床時間が一時間違うだけで、こんなに空気が冷たいものなのか、それともたまたま今日はこれだけ冷え込んでしまったのかと、山岡は手だけ突き出して、枕元に置いてあったジャージを布団の中に引き寄せた。
ヒンヤリと冷たい布地に、ひぃっ、と小さく悲鳴を上げながら、それを抱え込み、まるで親鳥が卵を守るようにヌクヌクと服を温めながら──モソモソと布団の中でパジャマを脱ぐ。
そのついでに、もう必要がなくなった耳栓をキュポっと抜いて、ポイと枕の上に放り投げた。
肌に優しい毛布の温もりを感じつつ、山岡は布団の中でジャージに着替え終えると、ぷはっ、と顔を出して、布団の中から抜け出た。
脱ぎ終えた服を、ポイポイ、と布団の外に放り出した拍子に、
「……やまおか……朝っぱらから、なんだよ…………。」
寝ぼけた舌たらずの石毛の声が、隣から飛んできた。
ふと見やると、モッコリと盛り上がった布団の中から、石毛の眠そうな顔が覗いている。いつも以上に瞼が下りていて、ほぼ三白眼に近い状態になっている目つきの悪い顔に、山岡はアハハハ、と笑った。
「……あ、悪い、もしかして起こしたか?」
まったく悪びれずに謝る山岡に、石毛は眠そうな目をしかめっ面にして、
「なんだって?」
かすれた声で聞き返してくる。
そんな彼に、だから、と言いかけて──自分の枕元に放り投げてあった耳栓に気づき、指先で自分の耳を示して、
「耳栓、抜けよ。」
栓を抜くジェスチャーをしてやる。
「……あぁ、忘れてた…………。」
寝ぼけた目と顔のまま、石毛はモソモソと手を動かすと、キュ、と耳の中から栓を取り出し、ふぁぁ、とあくびを一つ。
耳栓を枕元へ放り投げるついでに、目覚まし時計が指し示す時間を認めて、大きく顔を歪めた。
「なんだよ、まだ5時じゃないか。お前、いつからそんなに早起きになったんだ〜?」
あと一時間も寝れる、と、耳栓を外した後、そのままモソモソと布団の中の住人に戻ろうとする石毛から、
「まぁそういうなって、ほら、早起きは三文の得だって言うだろ? たまには俺達も、山田たちを見習って、早朝練習前にランニングとかしてみないか?」
グイッ、と半ば乱暴な手つきで、布団を剥いでやった。
とたん、部屋の中にシンシンと降り積もるのではないかと思うくらいの冷気に晒された石毛は、一瞬で全身に鳥肌立てて、ブルリッ、と大きく身震いする。
「さっみぃ〜っ!!」
「な、一気に眠気も吹き飛んだだろ?」
思い切り良く身を縮めてブルブルと震える石毛に、にんまりと山岡は笑う。
「吹き飛ぶ前に、凍死で永遠に眠っちまいそうだよ……。」
この野郎……と、睨みあげてくる石毛に、山岡は枕元に雑に畳んであった石毛のジャージを手に取ると、ぽい、とそれを彼に向かって放り投げながら、
「そうならないように起きろって、ほらほら。」
さっさと自分と石毛の分の布団を畳み始める。
そんな彼に、このやろう……と呟いていたが、寒さに冴えてきた頭で改めて時計を見ると、あとたった50分で起床時間であることが分かる。
それを見ていると、このまま寝ても、逆に疲れるだけだと思えてきて、石毛は諦めたように溜息を零した。
そしてしぶしぶ布団から降りてジャージをモソモソとパジャマの上に着込みながら、
「俺の布団は、俺を起こした罰として、お前が片付けておけよ。」
そんな不精なことを言ってくれる。
「って石毛……お前な、ちゃんとパジャマくらい脱げよ……。」
パジャマの上に、ジャージを着て、着替え終わり〜、という、なんとも不精なことをしてくれる石毛に、大げさに顔を歪めた山岡には、
「ちゃんと体があったまったら脱ぐからさ。」
あー、寒い寒い、と、今度は靴下を履き始める。
そんな彼に呆れた様子を隠せない山岡であったが、かく言う自分も先ほど布団の中で着替えた身であるため、特にそれ以上突っ込むこともなく、おとなしく石毛の言うように布団を畳み始めた。
ぼー、とした目で、石毛が窓のカーテンを見つめる中、一人黙々と布団を畳む山岡。
二人の間に、シン、とした空気が落ちる。
寝起きはなんとなく、口が軽くはならないものだ──岩鬼は、口から先に起きたかのように、朝から元気だが。
──と、そんなときである。
「……ん?」
不意に、ボンヤリと窓を見ていた石毛が、軽く首を傾げて、キョロリと部屋の中を見回す。
布団を畳み終えて、押入れに布団を仕舞おうとしていた山岡は、そんな石毛の声に、いぶかしげに振り返る。
「なんだ?」
「……いや──今、なんか聞こえたような……。」
キョロキョロと辺りを見回し、石毛は座り込んでいた畳から、フラリと踏み出す。
そのまま、カーテンの傍へ近づくと、シャッ、と音を立ててカーテンを開いた。
押入れを開けた山岡は、そこで手を止め、石毛と同じ場所を視線で追う。
窓の外は、まだ日が昇っておらず──けれど、かすかに東の空が明るくなり始めているようだった。
シン、と静まり返った外は、うっすらと白い霜が降りているようだった。
窓も凍るように冷たく、カーテンを開いただけで、吐き出した息が白く濁った。
「誰もいないよなぁ?」
不思議そうに首を傾げて、石毛は再びカーテンを閉める。
「悪い、気のせいだったみたいだ。」
しかし、そう言って振り返った先で、山岡が宙に視線を泳がせて、何かを探るような目つきをしていた。
彼は耳を澄ませるように顔を顰めて、
「今、うめき声が聞こえなかったか?」
どこか顔を蒼くして尋ねる。
そんな山岡に、石毛はギョッとした顔になった後、手の先を口に当てながら、ブルリと体を大きく震わせた。
「……うめき声? いや、俺が聞いたのは、どっちかと言うと、すすり泣きのような…………。」
二人は、そこで一瞬、ブルリと背筋を震わせて、同時になぜか目覚まし時計を見下ろした。
時計が指し示す時間は、早朝の明け方。
「……幽霊とかが出るには、もう遅い……よな?」
思わず顔を見合わせる。
大抵の怪談ものとかに出てくるのは、「草木も眠る丑三つ時」のはずだ。
朝日が今にも昇ろうとしているこの時間帯に、幽霊など出るはずもない。
「──気のせいだよな?」
「……だな。」
そうお互いに納得したような、してないような、微妙な引きつった笑みを交し合う。
あははは、と乾いた笑いを零しあい──、一瞬、二人の間に沈黙が落ちた。
朝の清涼とした冷たい空気の中、しぃん、と耳を打つほどに静けさが落ちる。
その、長いとも短いとも言える沈黙の中。
『──……ぅ……っ。』
空気を微かに震わせるような、うめき声が聞こえた。
「……──っ! で、で、出た……っ!?」
ヒィッ、と、山岡と石毛は、慌ててたたまれたままの布団の傍で、お互いの体に手を回し、キョトキョトと周囲を見回す。
けれど、静かな部屋の中は、寝る前と同じ様子で、何も変わった様子はない。
「まさか、お化けなんて、居るわけがない……。」
そう必死に自分に言い聞かせるように呟きながらも、石毛も山岡も、視線を忙しなくキョトキョトと躍らせることを止められなかった。
「どれだ……っ!? 音楽室の光るベートーベンか? それとも、保健室の動く人体模型?」
「いや、うめき声だから、西階段の泣く女子高生じゃないか……っ!?」
この夏に、一年坊主にしたばかりの「明訓七不思議」を思い出しながら、お互いの体を必死と抱きしめあう山岡と石毛の耳に、再び小さな声が聞こえた。
『……う──ん……っ。』
小さな……静かすぎるほど静かな部屋の中だからこそ、かろうじて聞こえる程度の声に、山岡と石毛は、声の大本を探ろうと、忙しなくあたりを見回す。
「なんで合宿所にそんなもんが……っ。」
「知るかよっ、校舎が寒いから、こっちに来たんじゃないのかっ!?」
泣きそうな気分で、山岡と石毛は、必死で周囲を見回す。
とにかく、あともう少しすれば朝日が昇るに違いない。
だから、それまでなんとか逃げ切るしか……、いや、聞こえなかったフリをするべきか……っ!
そう、二人が決意をしたとたん。
『…………ぁ……っ、だめ……っ。』
声が、明確な台詞を吐いた。
──いや、正しく言えば、それは決して「明確」な台詞ではない。
「……………………やまおか………………。」
石毛のさまよっていた視線が、自分たちが座る位置のすぐ左手にある壁へと注がれる。
隣を見ることもなく、山岡も同じ位置を見ていることは知れた。
「いしげ……。」
小さく、山岡が石毛の名を呼ぶ。
そして二人は、恐怖心からか、別の意味でか、
「…………ま、まさか……な?」
引きつった声と表情で、お互いの顔を間近で見つめあう。
ヒクリ、と引きつった喉が、お互いの考えていることを示しているような気がした。
恐怖にも似た感情がわいて出てくる中、お互いの肩や背中をつかみ合う手の平が、しっとりと汗ばむ。
神経という神経が、耳に集中していくのが分かった。
寒いのに……部屋の中に露が落ちてくると思うほど寒いというのに。
『……ん──……っ。』
甘い色を含んだ、切ない音色。
『──う……ぁっ、は……っ。』
良く耳を澄ませば、聞き覚えのある「声」だと分かるソレに、タラタラと汗が額に沸いて出てきた。
カタカタと、小さく手の平が震えるのを感じながら、石毛はガバッと山岡の顔をすがるような視線で見上げた。
「……って、オイ……まさかコレ……っ。」
「────…………っ!!」
喉が、ヒュッ、と──音にならない音をかもし出す。
「い、いや……落ち着け、落ち着くんだ、石毛……っ!
ほら、9月にも、おかしな声が里中の部屋から聞こえてきて、慌てて踏み込んだら、単に二人で腕立て伏せをしていただけだったってこともあったじゃないかっ!」
ダラダラと額から汗が流れていくのを感じながら、山岡は必死に小声で石毛に叫ぶ。
その山岡の必死さに応えるように、石毛も山岡の肩をしっかりと握り締めながら、コクコクと頷く。
「そうだな……っ。きっと、朝は寒いから、外に出る前に運動をしてるんだな……っ!」
そうに決まってる、と、石毛も焦ったような声でそう言い切るが。
そんな二人の必死さをあざ笑うようなタイミングで、
『……ぁっ──や、まだぁ……。』
鼻にかかった里中の甘い声が、聞こえてきた。
────やってるよっ、おいぃーっ!!!!
これはもう、無理矢理納得するだとかそういう問題じゃない。
二人はガックリとお互いの肩に頭を置いて、心の中で絶叫した。
「いいいい、いくら寒くても、こ、こんな運動してるなよなっっ。」
「そそ、そうだよなっ。」
必死で取り繕うと声を荒げるのは、一重に耳に入ってくる声や衣擦れの音を聞くまいと、必死にそう思っているからだ。
そうやって、お互いの声と顔に神経を集中させていると、聞こえてくる声も聞こえなくなったかのような…………、
『んぁ……ちょっ、そこは……駄目……っ。』
まったくの気のせいのようである。
「ど、どうする……っ、山岡っ!」
慌てて石毛は、掴んでいた山岡の肩をがくがくを揺らす。
小声で叫んでしまうのは、自分たちが出刃亀をしているような気持ちになってしまっているからだろうか。
焦りを浮かべる石毛の顔も、それを受け取る山岡の顔も、寒さではなく確実に真っ赤に染まっていた。
「どうするって……どうすりゃいいんだ?
こういうときは、踏み込んで『俺の女に何やってんだ』とかいうのが常套文句か!?」
焦った山岡が、同じように石毛の体をガクガクと揺らす。
やはり石毛同様、小さく叫んでしまうのは、小心者だからかもしれない。
「て、そりゃ、何の映画のみすぎだろっ!」
すかさず石毛は突っ込み──あぁ、けれどそう突っ込んだ自分も、山岡の台詞以外、どうすればいいのか浮かんでこない。
そんな自分に泣きそうになりながら、
「し、しかしどうしたら……っ。」
二人は、必死で壁から耳を逸らそうとする。
だが、静かすぎる合宿所の薄い壁は、二人に無情だった。
『や……まだ……。』
いつもの覇気ある元気な少年のソレではなく、甘えを含んだ掠れた色の入ったもの。
その、まったく聞き覚えのない声に、石毛も山岡も、鳥肌立つのを覚えた。
しかし、いつまでもこうしているわけには行かない。
今、どこの段階まで進んでいるのかはわからないが、「不純同性交遊」の最中なのは確かだろう。
このまま、何事もなかったかのように部屋を出て、食堂で時間が過ぎるのを待つか、それとも壁を叩いて、「そこでストップだーっ!」と怒鳴るか……非常に悩むところだ。
いやそれ以前の問題で、二人はあまりのことに、動くことすらできなかった。
お互いの体だけが支えだというように、二人は必死に互いの肩を掴み続けた。
黙って目を伏せ、ジ、と待っていると、その間も口にしたくもない擬音が微かにもれ聞こえてきて──とうとう、石毛はこらえ切れなくなったのか、グッ、と山岡の肩を掴んだかと思うや否や、キッ、と目を上げて、
「…………うぅぅ──よ、よしっ、山岡、ちょっと待ってろっ!」
すばやく小声で、そう覚悟の一言を吐いた。
「え、い、石毛?」
驚いたように目を見開く山岡に、石毛は男らしい、りりしい笑顔を貼り付けると、
「すぐに問題は解決するからなっ!」
ビシッ、と親指を立てると、石毛はダッ、と部屋の外へと走り出す。
その軽快な足取りに、山岡は驚いたように彼を振り返る。
「石毛っ!?」
しかし、その時にはもう石毛は、自分たちの部屋を飛び出していた。
山岡は、そんな彼を、呆然と見送る。
──…………ま、まさかアイツ、直談判に行くのか……?
「オイオイ、すげぇ勇気あるな…………っ。」
まさかまさか、と思いながら、そのまま山岡は、しっとりと汗ばんだ手の平を見下ろした。
そして、ジ、と石毛の言うとおり、そこで彼が問題を解決してくれる瞬間を待った。
だがしかし、いつまで経っても隣の部屋に石毛が乱入する気配はなかった。
布団の前に座って、じ、と待つ山岡の耳には、必死で声をかみ殺しているらしい里中の声に付け加え、山田の声まで届いてくる。
石毛が居るときよりもずっと神経が敏感になっているためだろうか、壁一つ挟んだ向こう側の声も音も、山岡の耳を刺激してならない。
『……や……お願い……山田、お、おれ……もう……っ。』
必死に呟く里中の声が、掠れた色香を放っている。
そんな声で、潤んだ瞳で見上げられたら、征服欲を掻きたてられるばかりだろう。
『もう少し待て、里中──まだちゃんとほぐれていないから。』
切羽詰った里中の声に対し、山田はまだ余裕があるようだ。
その声にかかるように、クチュ、と聞こえたような気がする音が、何の音なのか、山岡は想像したくもなかった──が、勝手に脳みそが煙を放ちそうなほど、羞恥を覚える。
『いいから……な、はやく……っ。』
あがった息が、はぁ、と零れる気配がした。
思わず頭の中で、三年生の先輩達がこの合宿所を去るときに「餞別」とくれた、いかがわしいビデオテープの中身が、再生されてしまった。
「あぁぁぁ……石毛ぇぇ〜、何やってんだよーっ。」
いてもたってもいられなくて、山岡は頭を抱えて、たたんだ布団の上にバフリとうつぶせた。
右へ左へとゴロゴロ寝返りを打っていると、『声』は聞こえるが、何を言っているのかまでは分からなくなる。
「あいつら、本番いっちまうぞ〜っ!? というか、こんな中に一人で残すなぁ〜っ!」
小さな声で、毛布に向かってそう叫ぶ。
叫びながら、まだ本番じゃなかったってことを知ってしまった自分が、ひどくイヤだった。
ゴロゴロゴロ、と、布団の上を二往復くらいしている間に、隣の部屋でも何かのやり取りがされていたようだが、山岡の耳には幸い入っていなかった。
しかし、いつまでも布団の上でゴロゴロしているわけにはいかない……さしもの明訓高校のキャプテンも、いい加減目が回ってきた。
頭を抱えて、どうすれば……っ! と山岡が唇を噛み締めたときだった。
バンッ。
扉が開き、山岡が待っていた人間が、飛び込んできた。
「悪い、待たせたな、山岡っ。」
少し弾んだ声で──けれど隣を思ってか、小さな声で叫ぶ石毛の登場に、布団にうつぶせていた山岡がガバッと起き上がる。
「い、石毛……お前、一体何をやってたんだ、あいつら、もういよいよって感じだぞっ!?」
今にもなきそうな声で叫ぶ山岡に、石毛は軽く息を弾ませながら、山岡の傍にしゃがみこむ。
そんな彼に、一体何をやってたんだと、山岡が問い詰めるよりも早く、焦りを浮かべた表情で石毛は壁を一瞥しながら、
「そうか……それじゃ、間に合ったな……山岡、ほら、これを。」
手にしていたものを、山岡の手に握らせた。
「おう!」
迷わず山岡はそれを受け取って、ギュ、と石毛に持たされたものを握り締める。
これで、里中と山田の「シーン」から、逃れることになるのだろう、きっと。
そう思い、手に握った冷たく堅い感触の物を、見下ろし──。
「──……って…………………………コップ?」
山岡は、思考をとめた。
マジマジと見下ろした手の中には、紛れもなく、ガラスのコップ。
これは一体何のつもりだと、顔をゆがめて山岡が視線を上げると、
「さ、山岡。」
石毛が、同じガラスのコップを手に──コップの口を壁にあて、その底に自分の耳を当てて、クイ、と指先で山岡を促した。
「………………………………………………。
………………って、そりゃ、盗聴だろうがっ!?」
両手の平でコップを握り締めて、山岡は小さく石毛に向かって叫ぶ。
そんな山岡に、石毛は軽く笑いながら、
「いや、どーせ逃れられないなら、ちょうどいいから、聞いておこうかとか思ってさ。」
ぱたぱた、と手の平を上下に揺らした。
「って、あのなぁぁぁぁっ!」
手渡されたコップを握りながら、山岡が叫んだ瞬間──、
『ぅあっ……は……きつ……っ。』
苦しそうな、里中の声が耳に入ってきた。
と同時、
「おぉっ。」
石毛が思わず声を荒げる。
その興奮した面持ちに、山岡は無言でガラスのコップを見下ろし、さらに石毛を見て。
──……カポ。
真似てみた。
「…………なんだよー、やっぱり山岡も聞くんじゃん……。」
目の前で石毛が、ニヤニヤと笑ってくるのを、ジロリと赤らんだ頬で睨みながら、
「コップを持って出刃亀を進めた張本人が良く言うぜ。」
──ま、これは、二人だけの秘密ってことで。
お互いに、照れた色を浮かべあって、笑った。
さて、隣の壁の向こうで、出刃亀をしている先輩が二人も居るなんて、露とも気づかず、朝も早くから二人の世界を築いていた恋人同士はと言うと。
起床時間までの短い逢瀬を、楽しんでいた。
つらそうに眉を寄せて、冷えた朝の空気の中に白く熱い息を吐き出しながら、里中は必死に自分の人差し指を噛む。
そうしていても、ビクリと足が揺れるたび、口から指が外れて、羞恥を誘う甘い声が漏れ出るのをとめられない。
「──……や、まだ……もっ、と……ゆっくり…………んぁ。」
紅色に火照った唇が、しっとりと潤っているのを見下ろしながら、山田も辛そうに眉を寄せて、里中の額にベットリと張りついた前髪をかきあげる。
「すまん、里中──大丈夫か?」
そこで一度動きを止めて、そ、と覗き込んでくる山田に、熱を持ったように潤んだ目で見上げて、里中は、はぁ、と短い息を零す。
「ん……平気……。」
だるそうに──それでも微かな笑顔を浮かべて、コクリ、と頷く里中の表情を確認してから、そうか、と山田もニッコリと微笑む。
それから、チラリ、と時計を見やると、少しだけすまなそうな顔で、
「けど、もう時間がないからな──すこし急ぐぞ。」
自分の腰に回されたしなやかな脚を深く抱えあげると、グ、と強く腰を押し込んだ。
「ぇ──……って、ひゃっ……うっ、ンく……っ。」
急ぐって……? と、聞くつもりだった声は、乱れて上擦る。
ズ、とせりあがった背中を、腰に回った山田の手が、強引に引き寄せる。
「ん……んぁ……っ。」
必死で指を咥えて、声を押し殺そうとするのに、山田がそのたびに強く打ち付けてきて、乱れる息に指が外れる。
「はっ…………んん……っ。」
つらそうに──けれど、確実に快楽の色を滲ませる里中を見下ろしながら、
「里中……っ。」
「あ……──やっ……、山田……おねが……っ、口……。」
手を伸ばして、動きが激しくなる一方の山田へと、キスをねだる。
反り返る里中の白い背を、彼に促されるままに抱きしめて、漏れる声を必死に押し殺そうとする里中の唇へ、己の唇を押し当てる。
山田は、里中の漏れる声のすべてを奪う勢いで、口付けを深くさせながら、さらに強引に動きを早めて行った。
・
・
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・
・
・
「山田っ! 今日は、川原まで行くぞっ。」
明るい声が、合宿所の玄関から聞こえてきた。
その声の主が誰かなんて、わざわざ確認することもない。
石毛がゆっくりとトイレのドアを開くと、里中に呼ばれた山田が、靴を履き終えて、ちょうど立ち上がるところだった。
「里中、ちょっと待ってくれ……って、あ、石毛さん、おはようございます。」
ぺこり、と頭を下げる山田は、いつもとまったく変わりのない、屈託ない笑みを浮かべている。
石毛はそんな彼に、少しバツの悪そうな表情を浮かべた後、自分が今しがた出てきたばかりのトイレを振り返り、パタン、とそれを閉じると、
「おはようさん。──今からランニングか?」
「あ、はい……俺と里中の日課ですから。」
穏やかに笑って告げる山田に、
「やまだーっ! 早くしないと、朝食に遅れるぞっ!」
腰に手を当てた里中が、合宿所の外から呼びかける。
そんな里中に、慌てたように山田は外を見やると、続けて石毛にぺこりと頭を下げて、手にしていたタオルをズボンに突っ込みながら、
「すみません、それじゃ……っ。」
どすどす、とランニング準備の済んだ里中を追いかけて、合宿所の玄関を出て行った。
山田が後ろ手で玄関を閉める手前──チラリと見えた玄関の外では、ジャージ姿にマフラーをグルグルと巻いた里中が、明るい笑顔を浮かべていた。
石毛はそんな二人を見送り、ヒラリヒラリと手を振って、──それから、振った自分の手の平を見下ろした。
「いやー……朝っぱらから元気だよなー……里中…………。」
思わず、ポッツリと、そう呟かずにはいられない。
と同時、先ほどの山田の、「俺と里中の日課」が、頭の中でグルグルと回った。
──あれも、日課か……?
そんな風に、一瞬動きを止めた石毛の呟きに、答えが返って来た。
「…………あぁ、元気だよなー………………。」
朝だというのに、どこか疲れた声を零す山岡が、食堂からヒョッコリと顔を出した。
石毛と山田の会話を聞いていたのだろう、その顔には、石毛と同じ呆れの色を含んでいた。
「……俺たちもな。」
……いや、多分に呆れの半分は、どうやら山田達が身支度を整えるよりも早く、トイレに篭った理由のほうらしかった。
そんな山岡の、はぁ、と自己嫌悪に溜息を吐く姿に、出刃亀に誘った張本人たる石毛は、さりげに視線を逸らし、くすんだ天井を見上げながら、
「…………────いや、えーっと……それは言うなよ……。」
ガリガリ、と頭を掻いた。
そのまま、山岡がストーブをつけてくれた食堂に移動すると、トイレの中よりもホンノリと温まった空気が、石毛を出迎えてくれた。
パタン、と後ろ手に食堂のドアを閉めて、山岡と一緒にストーブの前へ移動すると──はぁ、と二人揃って溜息を零す。
「しかし……もうとっくに、出来てたんだな……。」
「それも、盲点。朝方か…………。」
「朝方だったなー…………。」
どこか力のない声で、そう呟きあう。
煌々と燃えるストーブの明かりを見下ろしながら、山岡はこれからどうやってあの二人の顔を見ようだとか、そう思ったら、明日は絶対に寝れないだとか、ついうっかり今度も明け方に目が覚めたら、どうしようだとか、色々考えていたが……、結局、彼は、ゆっくりと顔をあげて、食堂の一角にも貼られた張り紙で、視線をとめた。
「不純交遊禁止」
「…………………………。
この張り紙、意味がないんじゃないのか、やっぱり?」
「ないよな……。」
石毛も、顎を撫でながら、小さく零す。
そして二人して、黙ってその張り紙を見つめていた。
脳裏に色々な声や想像がグルグルと回っていたが、あえてそれを口にせず、石毛はポツリと呟いた。
「里中を追及したら、不純じゃないですよー、とか言い張りそうだな。」
「な。」
──事実、同級生が先生に校内エッチを見つかったときに、そう言い張った、という話は聞いたことがある。
結局通じなくて(当たり前だ)、彼らは謹慎処分になったが…………。
「もう堂々と、『合宿所内、SEX厳禁』って書いたほうが良かったかもなー……。」
なんだか疲れたような顔と声で、そう呟く石毛に、山岡はもっと疲れた顔で、
「────……多分それを貼ると、俺ら全員、先生に呼び出し食らうと思うぞ………………。」
当たり前な一言を、突っ込んでみた。
+++ BACK +++
山里が、朝、早いのは、きっとこういうことだと思うんです……っ!!
──あ、ちなみに16禁&石毛と山岡ファン閲覧注意で、石毛&山岡のそういうシーンがあると期待した方、いないと思うけど、ごめんなさい。
何もありませんから、この二人。
……………………。
……………………。
…………ゴメンなさい、書き逃げします……っ!