*はじめに。
この小説は、みゆきんさんのホームページの絵板で、みゆきんさんが書いた
「加代さんが山田のカバンの中にゼクシィを入れる(しかも目が据わってた…!)」というネタから発生しております。
「──……あれ?」
東京スーパースターズの本拠地、東京ドームが選手ロッカー室。
いつものように仲良くご出勤してきた山田と里中が、揃ってロッカーを開いた瞬間、不意に山田が怪訝そうな声を上げた。
カバンを開いた体制で手を止める山田に、ロッカーを開いたばかりの里中が不思議そうに見下ろす。
「なんだ、忘れものか、山田?」
珍しいなと、小さく笑う里中に、山田は首を傾げながら、
「いや、忘れ物じゃなくて……なんだか今日はカバンが重いなとは思ってたんだが、サチ子が雑誌を入れてくれてたみたいだ。」
カバンの中から、山田の親指の幅ほどもある、幅の厚い雑誌を取り出してくる。
「雑誌? って、ベースボールマガジンか? それとも、月間メジャーリーグ?」
時々サチ子はそうやって、定期購読している雑誌を、山田のカバンの中に突っ込んでくれることがある。
気を利かせて、「休憩時間とか、電車の中で読みなよ」というつもりらしいが、入れるだけ入れて、うっかり山田に伝えるのを忘れるということが、何度かある。
今回もそのパターンかと、里中は小さく笑う。
「ちょうどいいから、今からサロンで見ようぜ──な?」
まだ時間あるし、と、山田が取り出した雑誌を見下ろし──、自分が想像しているのとはまったく違う表紙に、里中はキョトンと目を見張った。
大きめの雑誌の表紙は、明るい色が使われ、濃いピンク色の文字が躍っていた。
白いドレスを着た外国の女性が、満面の笑顔でこちらを向いている。
雑誌の上に踊るタイトルは、「ベースボールマガジン」でもなければ、「月刊メジャーリーグ」でもなかった。ましてや、「野球」の文字は一つも散っていない。
「……………………ゼクシィ?」
思わず雑誌のタイトルを口にした瞬間、里中はどこかで聞いた覚えのある名前だと、首をひねる。
しかし、考えてもどこで聞いた覚えがあるのか、分からない。
おそらく、何かの女性雑誌であることは間違いがないのだろうが。
「──なんだ、もしかしてサチ子のヤツ、入れる雑誌を間違えたみたいだな……。」
しょうがないな、と、山田も呆れたような溜息を零した。
おそらくは、サチ子が買った女性雑誌か何かを、彼女が入れ間違えたのだろう。
そうではなかったら、岩鬼とのスキャンダルを喜んでいた当時のように、サチ子が、「兄貴、兄貴、見てみて〜♪」と、見せたい何かが載っているのかもしれない。
「ゼクシィって、何の雑誌だ? 芸能雑誌か?」
さらに首を傾げて問いかけてくる里中に、うん、と山田は頷いて、二人揃って雑誌の表紙を見下ろす。
ゼクシィ。
それは──、
「……ブライダル情報誌、結婚準備バイブル。」
揃って二人が声を出して、その雑誌の目的を読み上げた瞬間……。
ピキン……、と。
ロッカールームに居たほかの選手が全員、硬直した。
そのまま彼らは、黙って──息を潜めて、山田と里中の行動を見守る。
一気に緊迫したムードが包み込むロッカールーム内で、山田と里中の二人は、至極あっさりと、
「じゃ、ちょっと見てみるか、里中?」
「うん、そうだな。」
ロッカーをパタンと締めて、片手に雑誌を持ったまま、何事も無かったかのようにスタスタと、ロッカールームを出て行った。
残された面々はというと。
「……み、みみ……見て、どうする気だよ…………っ。」
「──……誰か、サロンを見てくる勇気のあるヤツ、いるか…………っ!?」
動揺そのままに、フルフルフル、とかぶりを振り続けた。
東京スーパースターズの本拠地、東京ドームの選手サロンは、今日もピンク色のオーラにまみれていた。
ふよふよと、サロンの先から飛んで来たピンクハートを、思わず片手に持っていた財布でバシリと叩き落し──これも、ここ数ヶ月でずいぶん慣れたものだ──、土井垣はピンク色のオーラの中心地を見やった。
そこには、想像にたがわない面子が揃い踏みしている。
高校時代に「夏子はーんv」としょっちゅうピンク色を通り越したショッキングピンクのオーラを撒き散らしていた岩鬼が、いつものように里中の頭を肘置きにして何かうんちくを垂れている。そのほぼ正面に当たる位置のテーブルに、行儀悪く腰を落とした殿馬は、そんな岩鬼にポーカーフェイスで突っ込んでいて。一人だけピンクオーラの中心地である二人と同じテーブルに腰掛けた微笑は、片手にブラックコーヒーを持ちながら──スーパースターズで、溶けそうに甘いオーラにさらされているおかげで、コーヒーは無糖派になりましたと、この間笑っていた──、目の前の二人が一緒に覗き込んでいる雑誌を指差している。
一見した限りでは、どうしてソコからピンク色のオーラが流されているのか、まったく、理解できない光景ではある。
もし今この状態をテレビで見たならば、スーパースターズの有名人5人が、雑誌を見下ろしながら談笑しているだけの姿にしか見えなかっただろう。
──だがしかし、土井垣はテレビ越しにこの光景を見ているわけではない。それを証明するように、フヨフヨと浮いてくるピンク色のハートが、目に映るように感じるほど濃厚な、「桃色の雰囲気」を、肌でヒシヒシと感じ取っていた。
思わず目を横にして、サロン内に広がる空気を財布でパタパタと仰ぎながら、その五人の方へと近づいていく。
できることなら、このまま通り過ぎ、何も見なかったことにして、サロンの端っこでコーヒーを飲みたいところだが、そんなことをしても結局は、この間のように土井垣を発見した岩鬼やら微笑やら山田やら里中やらが、わやわやと近づいてくることだろう。そしてその挙句、コーヒーだのデザートだのと、ねだって去っていくのだ。
なら最初に、声をかけて置いて、彼らの動向をチェックしておいたほうが、土井垣の気持ち的には楽であった。
どうせ「おごってくれ」と言われるなら、最初に言われたほうがまだマシだ。
そう思いながら近づいていくと、山田達の会話が耳に入ってきた。
特に良く響く岩鬼の声は、サロン内のドコに居ても聞こえてくるが、彼の台詞だけを聞いていては、何の雑誌を見て話しているのかは分からない──最も、彼らのことだからどうせ、ベースボールマガジンだとか、月刊メジャーリーグの雑誌だとかに違いない。
だが、あの二冊は、確か10日前後の発売日だったはずだから、時期的には違うか……と、土井垣は苦い笑みを浮かべた。
「俺は、国外よりも国内だな、やっぱり。」
「リゾートって柄じゃないしな、俺たちは。」
里中が呟けば、山田が楽しげに笑って同意している。
──どこか旅行でも行く気か、もしかして?
では、開いている雑誌は、旅行雑誌かと、土井垣が眉を顰める瞬間を狙っているかのように、
「やっぱり神奈川かな?」
「だろうな。」
土井垣の「旅行か?」という台詞を否定するような台詞を、二人で零してくれる。
さすがに、地元に旅行に行くことはないだろう。
──ならば、国内だとか国外だとかリゾートだとか……、何の話だ?
内心首を傾げつつ、土井垣が近づいていくと、足をぶらぶらさせていた殿馬がふと顔を上げた。
どうやら土井垣にようやく気づいてくれたようである。
「づら。」
挨拶をよこしてくれる殿馬に一つ頷くと、それに反応したように、岩鬼がピョコリとハッパを揺らした顔を上げた。
「なんじゃい──って、どえがきはんか。」
「おはようございます。」
こちらに背を向ける形になっていた微笑が顔を上げ、目線でお辞儀をしてくれる。
そんな彼らの声を聞いて、真剣な表情で雑誌を見下ろしていた里中と山田も、申し合わせたように顔を上げた。
「あれ、おはようございます、監督。」
「おはようございます。」
ぺこり、と揃って頭を下げる二人へ、土井垣は頷いて挨拶を返しながら、
「あぁ、おはよう。
お前らも朝から、仲が良いな。」
特に誰と誰が、とはあえて口に出さなかったが、土井垣がやった視線の先を、誰もが理解してくれたらしい。
「でしょ? だから俺たちも、こうして山田達に協力してるんすよ。」
テーブルに近づいてくる土井垣のために、微笑が笑いながら自分の隣の空の椅子を引く。
ここにどうぞ、と促されているのは見て分かったが、到着した早々から、このピンクオーラの源泉である人間の傍に堂々と座る勇気は無かったため、土井垣は座ることなく、彼らのテーブルを見下ろした。
ソコには、少し大きめの雑誌が、ドン、と置かれている。
見開きページ一杯の、蒼い海と美しいプール、そしてホテルの部屋……ならぬ、ステンドグラスの美しいホテル(?)の外観の写真と、白いドレスを着た女性……???
「……なんだ、この雑誌は? 旅行雑誌か?」
細かい字が、写真の隣や下に入っていて、「ハワイ」のような風景が何枚か写真が撮られている。
彼ら五人が、正月に箱根で自主トレをしていたのは知っていたので、今年は国内ではなくて、国外で自主トレをできるようなところを探していたのかもしれない。
──と、思えないこともなかったが、そう思うには、先ほどの微笑の台詞が気になった。
仲が良いなという発言を受けて、山田達に協力していると答える。
そして見下ろしたテーブルには、やはり旅行雑誌にしか見えない雑誌……もしかして、山田と里中が、「婚前旅行」に行く相談でもしているのかと、土井垣は苦虫を噛み潰した気持ちで雑誌を見下ろす。
そんな土井垣の心中を知ってか知らずか──いや、十中八九、知らないだろう──、里中は目元を緩ませて嬉しそうに微笑む。
その微笑こそが、土井垣に底知れない恐怖に似たものを抱かせていると、まったく気づかずに、彼はニッコリと微笑みながら、
「いえ、コレ、結婚情報誌なんです。」
ほら、と──、わざわざ雑誌を閉じて、表紙を見せてくれた。
婚前旅行とか、旅行だとか、それをすっ飛ばして。
「………………あぁ……道理で、ハートが飛びまくってると思った。」
ぺシリ、と、土井垣は無表情に目の前にフヨフヨ飛んできたピンクハートを叩き落した。
「……え? ハートって、何がですか?」
素で不思議そうに聞いてくる山田の前では、微笑と殿馬が、納得したようにウンウンと頷いている。
そう、本人達には見えないだろうが、周囲に居る人間には、良く見えているということだろう。
思いっきり脱力しただろう土井垣のために、ささ、どうぞどうぞ、と微笑がニコヤカに笑いながら椅子を引く。
土井垣は、その椅子を無言で見つめたが、このままこの二人を放っておくのも、怖くて、ついフラフラと腰を落とした──力が抜けて、思わず椅子にすがりついたとも言う。
「結婚情報誌って始めて見たんですけど、結構、色々と、面白いんですよ。
何を注意したらいいのかとか、面白い結婚式とか、ちゃんと色々説明されてて、勉強にもなりますし。」
キラキラ、と目を輝かせて、嬉しそうに情報誌を捲る里中に、へー、そうか、と生ぬるく微笑みつつ──お前が勉強してどうするんだと、心の中でだけ突っ込んでおく。
「わいがおらへんと、すぐに二人の世界に入りよるからな、やぁーまだとサトは。」
ずず、とおちょぼ口で紙コップの中身を啜る岩鬼が、したり顔で呟くのには、
「おめぇが居ても居なくても、一緒づらぜ。」
殿馬の飄々とした突込みが冴えた。
確かに──同じテーブルに岩鬼が居ようと、殿馬が居ようと、微笑が居ようと……そして今、目の前に土井垣が増えようと、雑誌を囲んで楽しげに笑っている山田と里中から湧き出ているオーラは、ごまかしようがない。
「サロンに入ってこれる人間が居るのか、こんな状態で……。」
思わずうんざりと呟いた土井垣に、
「まぁまぁ、そのために色々と突っ込んでやらないといけないんっすよー。」
あははは、となぜか楽しげに微笑は笑った後、改めて情報誌を開いていた里中の手元に指を伸ばし、
「おっ、コレなんて智に似合いそうじゃないか?」
──どう考えても、バカップルを増殖させようとしているとしか思えない台詞を吐いて、「ウェディングドレス特集」を指差した。
微笑が当たり前のように白いドレスを着たモデルを示すのに、思わず土井垣はテーブルに突っ伏した。
──……突っ込むどころか、促してどうする……っ!!
里中は、微笑が示した指先に視線を落とし──大仰に顔をゆがめる。
「俺がドレス着るのかっ!? 冗談じゃないぞっ。」
裾が広がる柔らかな印象のドレスは、胸元に細かなレースが細工されていて、繊細な中にもゴージャス感があふれている。
「じゃ、俺が着るか?」
思わず椅子を引いてイヤがった里中の隣で、山田がアハハハ、と笑って問いかける。
その山田の冗談には、
「うげぇ〜、それこそ冗談だろー。」
微笑が顔をゆがめて、イヤそうに首を左右に激しく振った。
「づら。」
重々しく殿馬が微笑の台詞に同意すると、さらに続けて岩鬼も、腕を組みながら偉そうにのたまう。
「やめとけやめとけ、んなもん、誰も見たないわい。
サトのウェディングドレスも目ぇが腐るけど、やぁーまだのは捨てられへん生ゴミやで。」
頭を振り合う三人に、土井垣はテーブルの上に突っ伏したまま、「そういうことを突っ込んでどうするんだっ!」と思っていたが、自分から突っ込む気力がない。
そんな風に、土井垣が突っ伏した頭の上では、何も無かったかのように明るい会話が繰り広げられる。
「だから、ドレスから話はずらそうぜ。
俺は男なんだから、モーニングコートとかタキシードとかだろ。」
ドレスの紹介ページにある「男性用」のページを示しながら、里中がコレとかコレ、と指し示す。
そのメンズ編の説明を見下ろしながら、殿馬が懐から出したマイタクトで、ツイ、と示す先。
「サトはよ、テールコートづらぜ。俺と一緒づんづら。」
「……俺は、もう標準身長あるんだよ……っ。」
「背が低い人用」と書かれている、メンズ衣装を示され、フルフルと里中は拳を握り締める。
「けど、デザイン的には、確かに里中には似合いそうだな。」
山田は、殿馬が示したテールコートを見下ろしながら、満足したように微笑む。
確かに、里中には似合いそうなデザインではあるが。
「何着ても、七五三にしか見えんで。」
チラチラとハッパを揺らす岩鬼の悪辣な台詞には、
「……俺は、そうかもしれないな。」
アハハハ、と山田が苦い笑みを刻む。
──確かに、山田には普通のモーニングコートのほうがよさそうである。
その山田に軽く首を傾げながら、確かこの辺りに……と、里中はページを繰りながら、
「山田なら、ほら、和装の方がいいんじゃないか?」
コレ、と、指で指し示す。
最近の和装も、華やかな色あいが美しいものが多く、ドレスだけではなく、なかなか見栄えがいい。
微笑んで、山田を見上げる里中に、山田もニッコリと笑い返す。
そんなほのぼのムードをかもし出す二人を横に、微笑は手を伸ばしてページを捲ると、おっ、とそのページで目を輝かせた。
「ぅわ、コレも可愛いじゃん。智、コレにしよう、コレっ。」
ウェディングドレスを着てポーズをとっている女性の写真が何枚か載せられているうちの一枚を、コレだっ、と指し示す。
「なんで三太郎が乗り気なんだ…………。」
横で大盛り上がりに盛り上がっている微笑が、コレはいいっ、と叫ぶのに、土井垣は頭痛を覚えたように手の平を額にあてながら、ゲンナリと呟く。
──なんだかんだ言ってこいつら、「ピンク色のオーラ」を削除させる役割をするどころか、増加させてないかっ!?
「それは三太郎の嫁さんに着てもらえよ。」
呆れたように里中が、微笑が指差すドレスを冷たく一瞥して呟く。
まったくもって正論であったが、微笑にも微笑なりの言い分がある。
「その前にお前らが結婚するんだろ〜。
それにこのドレスは、お前にこそ似合う。」
きっぱりはっきり言い切る微笑の指元に視線を落とし、誰もがそのまま視線を上げて里中を見上げた。
山田と殿馬、岩鬼が、うんうん、と頷くのに、つられたように土井垣も雑誌を見て、里中を見て──確かに、里中に似合いそうだと思う自分に、苦いものを覚える。
「な……っ、なんだよ、それ……っ!」
カッ、と里中は羞恥に顔を赤らめて、四人の視線にさらされて、体を竦める。
「そんなにドレスがいいながら、三太郎が着ればいいだろ……っ。」
「おっ、いいな、ソレ! 俺が女だったら、『智〜、ブーケ私に投げてぇん』とか言うのになっ。」
里中の台詞に乗って、くねくねと腰を曲げる微笑に、気持ち悪いんじゃいっ、と岩鬼が怒鳴る。
「って、だから俺は着ないって言ってるだろっ!」
ばんっ、と里中が雑誌を叩き、目を吊り上げて怒鳴るが、まぁまぁ、と山田になだめられ、立ち上がりかけた椅子に戻って座る。
そんな里中の声を、まるで誰も聞いてないということを示すように、殿馬がマイタクトを器用に操り、ペラペラと数ページ捲ると、
「ブーケは男は受け取れねぇづらが、ここによ、独身男の幸せワケっちゅうのがあるづらぜ。」
ピタリ、と一点でタクトを止める。
「え、どこどこ?」
微笑が笑いながら、殿馬が示す場所を目で探す。
「独身男の幸せのわけ」という、幸せ、の部分に惹かれて、土井垣も殿馬のタクトの先へと視線を当てる。
「あぁ……コレか。」
思わず、ガックリと溜息が零れるのを、土井垣は止められなかった。
「ガータートスじゃん〜! これ、イイ! 俺らの場合は、コレ狙いだな!」
アハハハ、と明るく笑って、微笑がドンドンと自分の膝を強く叩く。
「なんじゃい、が、ガーター? ボーリングかいな。」
意味が分からん、と岩鬼が顎に手を当てて首を傾げるのに、殿馬が呆れたように片目を瞑った。
「おめぇよう、結婚式のときに、ボーリングなんてするづらかよ?」
「…………ガーターって言うのはな、膝上くらいまでの女性のストッキングを止めるものっていうか……まぁ、太股につけるものだと思っておけ。」
なぜ俺が説明するんだろうと思いながら、土井垣が頬杖をつきながら岩鬼に説明してやる。
「あれ、土井垣さん、詳しいっすね〜。」
「バカもん。俺も結婚式で、ガータートスくらい見たことくらいある。
花婿が花嫁の足からガーターを外して、それを独身男性に向けて投げるヤツだろう? ブーケの男バージョンみたいなヤツだ。取ったヤツが次の花婿になるっていう……。」
貰ったほうは、花嫁がつけていた生ぬるいガーターをどうするんだろうと、いつも土井垣は思っていたから、余計に覚えている。
「あ、足からガーターやてっ!?」
ばっちん、と大きな手の平で顔を覆いつくす岩鬼の頬や目元が赤らんでいるのは、あえて見なかったことにして、微笑はすっかりその気で、山田に向けて満面の笑顔で催促する。
「山田、ガーターは足の上のほうにつけてもいいからなっ! その方が、盛り上がるからさっ。」
ぜひっ、と、そう頼み込む微笑に、山田は思いっきり良く顔を顰めた。
「バカ言うな。人前で里中の脚をさらけ出せるわけないだろう。」
そんなシーンを見せるわけにはいかない、と、きっぱりと断る山田に、ケチー、と微笑が片眉を上げる。
里中は、即答で断ってくれる山田を見上げて、軽く首をかしげると、
「え、じゃ、山田が俺のドレスの中にもぐって取るのか??」
キョトンとして顔で、暴言を吐いてくれた。
「さ、里中……。」
思わず頬を赤らめた山田が、絶句したのが一瞬。
「なんや、おんどれ、着る気満々やないけ。」
呆れたように岩鬼がひらひらとハッパを舞わせる。
「え……いや、別にドレスはいやだけど、でも山田と結婚式挙げるのに着なきゃいけないなら、それでもいいかなー……とか…………。」
モゴモゴ……と、最後の方は口の中に消えそうなほど小さな声になりながら──里中は、チラリ、と山田を見上げる。
ホンノリと火照った白い肌が、また可愛らしい。
山田はそんな彼に、ほんわかと笑いかけると、うん、と一つ頷いた。
「山田…………。」
「里中。」
そのまま、再び桃色のオーラが吐き出されるのを見ながら、──きっと机の下では、手を握り合っていることは間違いない。
間近でジ、と見詰め合うバカップルなバッテリーは置いておき、
「監督も、ガータートスを受けないとダメっすよね! って、俺たち、智のガーターの奪い合いっすねぇ。」
さすがに同じテーブルに着いているだけあって、微笑は慣れた様子で土井垣に笑いかける。
「…………なんかイヤだな、その言い方…………。」
ゲンナリとした気持ちと、体の奥底から湧きあがってくる脱力とを感じながら、土井垣はガックリと肩を落とす。
そんな土井垣向けて、さらに脱力するような台詞が降ってきた。
「どえがきはんは、日ハム時代から、結婚式にも出とるんやろ? ガーターなんて、捨てるほど持っとるにきまっとるやろ。」
自信満々すぎる岩鬼の台詞に、
「バカもん! 持っているわけがないだろうっ!!」
バンッ、と、土井垣はテーブルを叩いて叫んだ。
そんなものをたくさん持っていると噂された日には、近づいている結婚話も遠のくことは間違いないだろう。
幸せを呼ぶどころか、幸せが避けて通っていくような気がする。
「づらぜ。ガータートスでガーターとってたらよぅ、もう監督は結婚してるづらぜ。」
──たぶんちゅうやつづらけどな。
そう続ける殿馬に、二人で見詰め合っていた里中と山田が、話の輪に戻ってくる。
「それなら、俺たちの仲人を監督夫婦にお願いできるのにな〜?」
が、戻ってきても、言うことはやっぱり結婚式の話題だった。
明るい笑顔で見上げてくる里中の声に、土井垣は一瞬自分の脳みそがフリーズするのを感じた。
と同時、この二人が結婚するまで、俺は結婚しないほうがいいのか……という、恐怖にも似た感情を抱くのをとめられない。
──そこであえて彼は、その想像から逃れるために、
「…………────後は、会場だな、会場。」
自ら乗り出して、ゼクシィのページを捲った。
まるで山田と里中の結婚式を、自ら仕切っているような気分になってきたが、ヤツラと仲人をすることを想像するよりも、マシだろう。
ペラペラ、と捲りだしていくと、雑誌の半分以上が、会場紹介で埋まっているのが分かった。
この地区にも、こんなに結婚会場があるんだな、と呆れ半分、「あ、ここ知ってる」という友人が結婚した会場に興味があるの半分で、ペラペラと捲っていく。
「大きい会場のほうがいいんだろう、お前らの場合は?」
「そうですね……俺も里中も、呼ぶ人は多いですからね。」
「親戚は居ないんだけどな、俺も山田も。」
頬杖を着いて、テーブルの中央に移動した雑誌を見下ろして、二人はお互いに首を傾げあう。
「うん、でもその分……今までお世話になった人は、たくさん呼びたいよな。」
「だよな。」
ニッコリ、と間近で微笑みあうたび、二人の周囲には、ふわふわとピンク色のハートが浮かび上がる。
また目の前に飛んできたような気のするハートを、ぺし、と無造作に叩き落して、土井垣は溜息を一つ零す。
「西武とロッテとスーパースターズと高校時代の恩師か? 一体、どれくらいの関係者になるんだ……。」
うんざりした顔で──同時に、そりゃもう盛大に記者陣も連なるような式になるだろうな、と吐き捨てる。
もし本当にこの二人がそんな盛大な結婚式を国内……ソレも神奈川で挙げるようなことになれば、一番胃が痛んで苦労するのは、現監督である土井垣にほかならない。おそらく、上からも「どういうことだね、土井垣君」とか言われるのだ。
今、つくづく、東尾監督と伊原監督、バレンタイン監督の気持ちが、良く分かったような気がする。
いやそれでも、同じチームに二人が居る今よりも、ずっとマシなのだろうが。
「そうなんですよね、あ、だから岩鬼達は、二次会だけだからな。」
土井垣の苦痛を理解できないまま、里中はあっさりとした態度で、岩鬼に笑顔を振りまく。
「なっ、なんやとーっ!!?」
そして、すっかり山田と里中の結婚式の時には、祝辞で延々と30分はマイクジャックをする気満々であった男は、ガーンッ、と顔に描いて、目を大きく見開く。
その岩鬼に、里中は当たり前だろうと、しゃあしゃあとした笑顔で、
「土井垣監督は、監督だから披露宴にも出てもらうけど、お前が来たら、スーパースターのおなりで、大変だろ、主役の俺と山田がかすむじゃないか──いろんな意味で。」
そう笑いかける。
──ある意味、色々と正解なのは間違いないが、岩鬼は「スーパースターが来ると主役がかすむ」のところで、うんうん、と一人納得してくれたようであった。
山田が隣で苦笑いをしているのは、どこまで里中の本音なのか、分かっているからだろう。
「俺も披露宴にはでねぇづらぜ。面倒くさいづら。」
殿馬までもがそんなことを言い出してくれて、微笑は焦ったように──、
「えー、俺はぜひとも披露宴に出て、『この二人のそもそもの出会いは、中学2年のときから……』とかやりたいぜ〜?」
ハイハイ、と手を挙げて微笑がアピールするが、雑誌の結婚式場に目を落としたまま、
「却下。」
あっさりとその訴えを取り下げてくれる。
「って、智〜……。」
ぺったり、とテーブルに懐く微笑を無視して、里中は雑誌のページを捲り、
「──って、あ、コレ、スゴイ綺麗。」
椅子の上でつないでいた山田の手を、キュ、と握り締める。
片手で、これ、と指差すと、山田がゆっくりと顔を下ろして、
「ん? コレって……あぁ、チャペルか。」
「うん、チャペルもいいよな……結婚式……。」
「そうだな……。」
ニッコリと微笑む里中を見下ろしながら、なぜか山田は苦い色を隠さず、曖昧に微笑む。
そんな山田の表情に、キョトン、と里中は首をかしげた。
やっぱり、山田は結婚式は、神前の方がいいんだろうか……?
「チャペルは面倒だぞ。歌わなくちゃいけないしな。」
視線を落とす里中に、土井垣が先輩面してそう提言する。
立って座って歌って、神父の説教もある。
盛り上がることは盛り上がるが、あまり進んで参加したくない。
「さっすが人生の先輩、良く分かってるっすね〜。」
土井垣は、なんだかんだで面倒見が良く、結婚式に参加している数も、ここに居る誰よりも多いはずだ。
──いやそれを言えば、まともに「友人」の結婚式に呼ばれたこと自体が、土井垣以外には居ないような気がした。
今更ながらにその事実に気づき、微笑はグルリと独身男どもを見回した。
微笑が思っていたのと同じことを、里中も思っていたらしく、
「考えてみたら、俺たちって、高校時代の友人で結婚式に呼ばれそうなのって……ここにいる面子だけなんだよな────…………。」
不意に、ポツリ……と、そう呟いた。
高校時代で一番仲が良く、未だに連絡を取っている面子と言えば、ここに居る面子以外にはありえない。
その誰も彼もが、まだ独身である。
「いや、でも里中は、ロッテ時代に結婚式に呼ばれただろう?」
結婚式に呼ばれる、という意味で言えば、ロッテ時代に、何度か行っていたじゃないかと、山田が穏やかに微笑みながら問いかけると、コクリと里中は頷くものの、鼻の頭にシワを寄せて、イヤなことを思い出したとでも言うように、
「うん、でも先輩の結婚式とか後輩の結婚式とかだろ? 別に何かこう、言うわけでもなかったし……っていうか、相手の新婦の友人の人と、たくさん写真撮られて終わった。」
そう続けた。
「────…………智、有名人だしな…………。」
その光景が、思い浮かぶようであった。
新郎側で、先輩後輩に囲まれて座っている間も、パシャパシャと写真を取られる里中。
──新婦側の友人は、さぞかし嬉しかったに違いない。
「チャペルじゃダメかな、やっぱり?」
写真を見る限り、綺麗だよな? と、里中が視線を上げてくるのに──山田は、苦い色を刻み込んだ。
そして、キュ、と一際強く里中の手を握りながら、視線を少し落とす。
「でも里中──チャペルはほら……その……入場のときに、父親が手を引くものだろ? ……その……。」
小さく……、小さく呟いて、申し訳なさそうに、山田が苦笑を浮かべる。
「──あ、そうか。俺のうちは、親父が居ないからな……おふくろじゃダメだよな、やっぱり?」
「だと思うぞ。」
目を見開いた里中が、そっか、と小さく零すのに、山田が頷く。
しゅん、と悲しげに首を落とした里中の白いうなじが、イヤにはっきりくっきりと見えて、土井垣は思わず、
「それなら、父親代わりの人が、エスコートするんじゃなかったか?」
──しなくても良い助言をしてしまった。
おかしい、これではまるで、俺もお前たちの結婚式に賛成しているようではないか。
自分で口にしておきながら、一瞬視線を遠くへやった土井垣に、ぱぁっ、と顔を輝かせて、里中は笑顔を浮かべて山田を見上げた。
「そうなんだ? じゃ、えーっと……山田のじっちゃんか?」
「おじいちゃんはよ、山田の席側に座ってるづらぜ。」
すかさず殿馬が、突っ込む。
すでにもう、里中の問いかけは分かっていたと言わんばかりの、即答の突っ込みであった。
チャペル式の結婚式では、バージンロードの左右の椅子で、祭壇に向かって右側が新郎側の招待客席、左側が新婦側の招待客席と決められている。
それで行くと、山田の祖父は間違いなく右側の一番前に、サチ子と一緒に座っているに違いない。
「ていうか、それで行くと、俺たちは新郎側と新婦側と、どっちに座りゃいいんだ?」
岩鬼や微笑たちは、両方の友人であり、どちらと親しいとかそういう区別はできないはずだ。
首を傾げる微笑には、
「じゃんけんで勝ったほうが、上座じゃい。」
岩鬼が、知った風な口で挟むが、当然、その知識は間違っている。
──コイツはコレで本当に、もうすぐ三十路になるのか……。
土井垣は頭を抱えたくなるような痛みを感じながら、
「他の招待客の関係で、少ないほうに座ればいいんじゃないのか、そういうのは。」
「あ、そっか、そうっすね。」
さっすが土井垣さん、と微笑に褒められても、まったくもって嬉しくない。
友人連中が、自分たちの結婚式のときに、一体ドコに座ればいいのか……なんて話をしているとは気づかないまま、まだ目の前のバカップルは、チャペルの結婚式の時に、一体誰が里中とバージンロードを歩くべきなのか……という問題に頭を悩ませていた。
新婦を連れて、父親が入場してきて、そのまま新郎に新婦と手渡す──とても感動的なシーンであるからこそ余計に、下手な小細工はできない。
「ロッテ時代なら、監督にお願いするんだけどな……って、あ、そっか!」
指先を唇に押し当てて、里中は悩みかけた刹那、すぐに思い当たったように答えが出た。
「そうだ、それなら……。」
山田も、当然のように里中の答えに感づき、二人は同時に、
「土井垣さんにエスコートしてもらえばいいんだっ!」
──叫んでくれた。
目の前に座る、土井垣さんを期待の眼差しで見つめながら。
「あー、なるほどな、その時の監督ってことは、俺だしなー……って、バカか、お前らはっ!!!」
土井垣は、思わず目の前のテーブルをひっくり返しそうになりながら、ガタンッ、と椅子から立ち上がった。
まさか、今の今まで他人事だと思っていた世界に、突然準主役級で放り込まれるとは思っても見なかった。
血相を変えて叫ぶ土井垣に、パチパチパチ、とわざとらしい拍手が微笑から送られる。
「土井垣さんっ、ぜひ、俺のエスコートをお願いしますねっ!」
しかも、目の前の里中からは、胸元に手を当ててのキラキラ懇願モードで見上げられるし、
「花束贈呈も、それじゃ、土井垣さんでいいな。」
勝手に山田はそう決めてくれるし。
あまりのことに声も出ずにフルフルと立ち尽くす土井垣を更に落ちつめるように、彼ら二人の悪友達まで、
「お若いお父さんですね、おほほほ、とか言われるのかな? やっぱり、入場シーン時には、付け髭をつけたほうがいいっすよ。」
「それならよー、俺が登場シーンの曲くれぇ、弾いてやるづらぜ。」
「なんじゃい、貫禄のない父親やな。もっとどえがきはん、こう、胸を張らんとあきませんで。」
必要のない援護までくれる。
クラリ、とめまいを覚えかけたが、そこは明訓の元闘将、強引に奥歯を噛み締めると、
「ちょっと待てっ、俺は里中の父親役なんてするつもりはないぞっ!?」
ガンッ、とテーブルを叩いて叫んでみたが──、同じテーブルについているバカップルは、
「これで話は解決だよな〜。じゃ、チャペルと、披露宴と。」
さっぱり聞く耳を持っていなかった。
いつもならさまざまな人の意見を聞いてくれる山田も、土井垣の叫びは右から左にスルーして、里中の手をキュ、と握り締めると、
「里中、結納式はできれば、長屋でやりたいんだが。」
真摯な台詞でそんなことをかましてくれる。
もちろん、里中が山田のそんな提案を蹴るはずもなく、里中も彼の手を強く握り返し、
「もちろんさ、山田。長屋の人たちにも、祝福してほしいしなっ。」
「里中。」
「山田……。」
そのまま何度目かの見詰め合いモードに入った。
またもや目の前に飛んでくるピンクハートをパシパシと慣れた調子で叩き落し、
「仲人は、岩鬼の両親に頼べばいいか?」
微笑がコレも重要だよなー、と笑う。
そんなとんでもない台詞に、岩鬼が目をひん剥くと、ブンブンとかぶりを振った。
「お、お父様とお母様にやとっ!? そ、それはあかんっ! それはあかんでっ!」
「羽目はずして飲めねぇづらからな〜。」
「そうじゃい! って、誰もそんなこと言うとらんやろ!」
「態度が言うてるづら。」
──当たり前のように、サクサクと進んでいく話に、土井垣は、「だから聞けっ!」と叫ぶが、その叫びが聞き入れられるわけでもなく…………。
本当に、お前ら、結婚するつもりなのか……っ!!?
気づけば、ひどく今更な事実を、聞くに聞けなかった自分に、土井垣は気づくのであった。
+++ BACK +++
人様の絵板で妄想したネタで、小説書いてみました……(爆)。
快くもみゆきんさんが「書いていいよ」とおっしゃってくださった上に、うちのホムペでアップしてもいい許可をいただきましたので、好意に甘えて90作目ということで、アップさせていただきました。ありがとうございます〜♪
なんだかもぅ、山田も里中も、結婚する気満々ですが……。
まだ日本国憲法じゃ、同性同士は結婚できませんよ?(微笑)
ちなみに翌日辺りに、宝石屋に居る二人を誰かが見かけたとかどうとか……。
「山田の指輪、俺の親指でブカブカだな。」
「アハハハ、間違えることがなくていいじゃないか。」
「何言ってるんだよ、内側に名前を入れてもらってるから、間違えることなんてないだろ。」
「…………っていうか、何をお前らは、婚約指輪とか買ってるんだっ! バカかっ!!?」
「必要経費ですっ! だってコレをつけてたら、山田に変な虫がつかないじゃないですか!」
「うん、里中には必要だな。」
「違うだろ、山田に変な虫がつかないように居るんだってば。」
「いや、里中のほうが……。」
「あー……今日はショッキングピンクだなー。」
「づら。」
「あつうてかなわんわい。」