恋文返し










 殿馬が、あの四国アイアンドッグズのマドンナから、ラブレターを貰った──!


 衝撃の事実は、あっと言う間にスーパースターズ内に知れ渡った。
 その理由は、とても簡単。
 マドンナが堂々と宛名に「東京ドーム 殿馬一人さま」と書いたからである。
 内容も衝撃的過ぎる面白い手紙を、黙って見なかったことにするのは、ごく一部の者だけだ。
 しかも、貰った張本人である殿馬自身が、それを口外禁止にしなかった。
 はっきり言うならば、その手紙を見たメンバーのうち、山田と殿馬張本人以外の面子は、早々に言いふらした──ということである。
 結果として、手紙が着いて少し後にはほとんどの人間が、マドンナから手紙が届いたことと、その手紙の内容を知っていた。
 それも、話が広まるにつれて、尾ひれはひれがつき──、夕方に顔を出した里中の耳に入る頃には、
「えっ!? 殿馬が、マドンナから婚姻届を貰ったっ!!?」
──そこまで話は大きくなっていた。
 どこをどう捻じ曲がってそうなったのかは、伝言ゲームの謎である。
 さらに、里中にそのことを教えた国定と緒方は、現場に居合わせてなかったにも関わらず、まるでこの眼で見たかのような口調と手振りで、内容を説明してくれる。
「そうなんだ。なんか凄かったらしいぜ。
 マネージャーが持ってきた封書には、裏にハートマークが書いてあって……っ。」
 正しくは、ハートマークが書いてあったのは、封筒の中身である。
 まぁ、アレを見た瞬間、度肝を抜かれた人間も少なくはないだろう。
 堂々と殿馬たちと渡り合っていける才覚の持ち主だと、北が太鼓判を押したほどのインパクトである。
「それで、新婚旅行は日本一周がいい、みたいなことも書かれてたらしいぜ。」
 それは、ただの日本列島の絵(しかも結構上手かった)が描かれていただけである。
 封筒の表から中身から、何もかもがそんな風に捻じ曲げられていた。
 良く考えてみれば(考えてみなくても)、「おかしいだろ、それ!」と思うところ満載なのだが、何せ相手はあの「マドンナ」。
 野球においても、普通の枠で片付けられない人物だから、私生活においてもそうに違いない──と、なぜか誰もが思っていた。
 しかも、真剣な顔で「信憑性が高い」と語られてしまうと、
「へー……そっか。電撃入籍だな。」
 アッサリ、里中は納得してしまった。
 それどころか、高校時代からの友人、殿馬の身に起きたことをこうして人づてに聞くことになった事実に、少し悔しさを滲ませながら、唇をゆがめる。
「そんな面白いことがあるって分かってたら、少し無理してでも早く来れば良かったな。」
 里中は、東京ドームで試合がある時で、時間が取れる限りは、母の通院に付き添うことにしていた。
 ちょうど今日は自主訓練の日だったし、昼過ぎに山田達と合流するつもりでいたのだ。
 まさか、そんな昼間から面白いことがあったなんて、思いも寄らなかった。。
──母とゆっくり昼食を取り、タクシーでいいと言う彼女を自宅まで送っていったために、ちょうど良い時間を逃すことになってしまったのだろう。
 どうせなら、明日手紙が来てくれたらよかったのに、と、零す里中に、待て待て、と緒方が片手を挙げて里中の納得に水をさす。
「まだ、殿馬は返事をしてないはずだろ。」
 何せ、その手紙が届いたのは、今日の昼のことなのだ。
 まだ今の時点では、「マドンナが突然プロポーズをしてきて、殿馬はビックリしている」──という段階のはずだ。
「うん? だから、昼に着いたんだろう? なら、それからすぐに出してきてもいいんじゃないか? 市役所までそんなに時間かからないし。」
「──あのな、里中。」
 根本的に、何かが違う。
 そんなことをヒシヒシと感じつつ、国定が米神の辺りを揉みつつ、
「突然、婚姻届が届いて、それにすぐサインして出しに行くわけないだろ?
 あの二人、まだ会って一週間も立ってないんだぞ?」
 正直な話、お付き合いしているかどうかも怪しいくらいだ。
 普通ならきっと、今日の夜当たりに、ことのしだいをマドンナに確認するための電話を、殿馬がすると言うくらいで、その場ですぐ婚姻届を出すようなことは無いはずだ──殿馬に限って。
「時間は関係ないと思うけどな。
 特にあの二人の場合、開幕戦の第一戦で会って、そこで惚れて、さらに試合終了の時点で両思いになったわけだろ?」
 ワケ知り顔で語る里中は、その第一戦を一人で投げ抜いているため、その過程については良く知っているだろう。ブルペンで様子を見ていた自分達とは違うに違いない。
 けれど、それとこれとはさすがに違う。
 頬の辺りを撫でながら、なんと言っていいものかと、国定が眉と目を寄せて、天井を睨む隣から、緒方が小さく溜息を零すと、
「それ以前の問題でさ……いくら恋人で、あれだけの美人でも、さすがに突然婚姻届はどうかと思うな…………。ちょっと、怖くないか?」
 上目遣いに、里中と国定の二人を交互に見やる。 
 その緒方の意見に、国定はそうだな──と同意を示すが、
「そうか?」
 里中は不思議そうに首を傾げるばかりだ。
──たぶんに、このスーパースターズの面子の中では、土井垣と里中の二人こそが一番、ちょびっと怖い女性ファンからの手紙をたくさん貰っていると思うのだが……彼の手元には、そういう類のファンレターが届いていないのだろうか?
「そうだよ、自分の恋人からでも、突然、郵送で婚姻届貰ってみろっ、絶対、怖いからっ! 里中だって分かるだろ?」
 力説する緒方と国定の台詞に、里中はますます首を傾げると、ゆっくりと目を瞬き、
「けど、山田は、そういうのは郵送するよりも、直接手で渡してくれると思うぞ?」
 そんな二人を見上げてから、うん、と一人納得するように頷く。
 そこへすかさず、最近、自分でもイヤになるくらい慣れてきた調子で、国定と緒方が同時に里中に突っ込んだ。
「誰も山田だなんて指定してないっ!」
 あまりに見事なハーモニーに、お互いに里中向けて突っ込みあった瞬間、乾いた笑みが漏れた。
「え、でも、自分の恋人からって、おまえらが言ったんじゃないか。」
 何を言うんだかと、そんな表情で呆れたように呟く里中に、国定が無言で視線をツイと逸らす。
「つぅかお前等、ほんっと、オープンになったなー……半年も経ってないのに…………。」
 そして、そんなオープンな彼らに、突っ込むのがうまくなった自分達も、どうかと思う。
──思うけれど、突っ込まずには居られないのだから、しょうがない。
 なんだか遠い目をして、何かを振り返っているらしい国定をとりあえず置き去りにして、緒方はコホンと咳払いをすると、気を持ち直し、
「まぁ、山田でもいいけどさ。普通、婚姻届なんてものは郵送で送らないだろう? しかも相手に内緒で! それが送られてきたら、怖いだろ……って話だよ。」
 引きつった笑顔で浮かべながら、無理矢理話を元に戻してみた。
 ここで戻しておかないと、里中の、里中のための、里中一人で語り続ける「山田話」で十数分は無駄になることが分かっているからである──これは、1月の再会の時から身に染みて分かっている事実だ。
 里中は、そんな緒方の台詞に、少し考え込むように顎に拳を当てて首を傾げたが、すぐに目を上げて、
「んー……でも、山田の字で、すでに名前とハンコを書かれてたら、俺は迷うことなく俺の名前も書いてハンコ押して、山田の家に書き留めで送り返すかなー。」
 そう言った後、「あ、確かに、すぐに自分では出さないな。」と、一人勝手に納得する里中のこの台詞に、いろいろ突っ込みどころはあったが、とりあえず国定は、
「書留かよっ!」
 ソコから突っ込んでみた。
 そんな国定には、なぜソコを突っ込まれるのか分からないような顔で、
「なくなると困るだろ。」
 里中は当然のように真顔で答えた。
 やっぱり、目の付け所が違うのが、山田世代のようである(意味不明)。
「乗り気満々だな、里中の場合は。」
 堂々と告げる里中に、呆れたように緒方が呟く。
 突然婚姻届が送られてきても、里中はソレが山田からで、山田の字であったなら、いいらしい。
──まぁ、相手が山田なら、そんなことはまずありえないが。
「離婚届が郵送で送られてくるって話なら良く聞くんだけどな。」
 このまま話を続けていても、なんだか突っ込みができないような展開になってくる気がして、どっぷりとつきそうになる溜息の代わりに、緒方はそんな風に話の矛先をずらしてみた。
 その話に、国定が同意を示すように頷いて、乗ってきてくれる。
「そうそう、あと、自分の部屋の合鍵が、ある日封筒で送り返されてくるとかな──……アレ、結構こたえるんだよなー。」
「え、何? 国定もしかして経験者?」
 興味津々……初めて付き合った相手と、いまだに続いている里中には、そういう経験はまったくと言っていいほど無い。
 面白そうに顔を覗きこまれて、国定はウッ、と言葉に軽く詰まると、コホコホ、とわざとらしい咳を零した後、
「──で、結局、殿馬はその婚姻届をどうしたんだろうな? 結婚する気がないにしても、さすがに付き合い始めの頃には、送り返せないだろ。」
 話の矛先をまた戻した。
 せっかくオレが話を横にずらしたのにな……と、緒方は苦笑をかみ殺したが、国定の気持ちも考えることにして、その話に乗ってやった。
「捨てるに捨てれないしな、そういうのって。」
 どうするんだろうな、と──結局他人事でしかない、そんな言葉を口にすると、それを受けるように、
「事務所にシュレッダーがあるから、大丈夫だと思うけどな……。」
 里中が、暴言を吐いた。
 マドンナが聞いたら、ショックを受けるに違いない台詞である。
「里中…………お前な………………。」
 思わずガックリと、肩と頭を落とす二人を、里中はいぶかしげに見上げるのであった。
──自覚がないのは、恐ろしいことである。











 国定と緒方と、殿馬が今年中に結婚するかもしれないと、さんざん盛り上がった里中は、彼らと別れた後、山田を探しにドーム内をウロウロし始めた。
 携帯に電話もしてみたのだが、練習中は電源を切っている山田の携帯は、想像通りつながらなかった。
 ということは、まだどこかで素振りなり筋力トレーニングなりをしているということだろう。
 それならば、だいたい居るところの検討はついている。
 そう思いながら、里中はブルペンの方角へ向かいかけ──その途中、人気のない一角に、先ほど噂話で盛り上がった張本人がしゃがみこんでいるのを発見した
 ベンチの上に座り込み、片足を組んで背をかがめている。
 手にペンを持ち、白い紙を数枚ベンチの上に広げて……良く見かけるその光景は、作曲風景に違いない。
「こんなところで作曲か?」
 軽い調子で声をかけると、サラサラとペンを走らせていた殿馬が顔を上げ、ニッコリ笑っている里中を認めて、微かに目を細めた。
 そのまま、うんざりしたような様子で、里中が歩いてきた方角を顎でしゃくると、
「向こうはうるせぇづらぜ。」
 そう零した。
「しょうがないさ。さっきの今なんだろう?
 どうせなら、開幕戦二日目の時に、熱愛宣言でもしとけば、ここまで騒がれなかったんじゃないか?」
 自分も「その話」は知っているのだと、そう肩を竦めて告げる里中を、殿馬は変わらない表情で見上げていたが、向かっていた紙から体を少しだけずらす。
「その方がよぉ、面倒づらぜ?」
 「熱愛宣言」を否定しない辺り、これは結構本気かと、里中はチラリと頭の片隅で思う。
 第一戦目が終わった日の夜──ホテルの部屋で、山田が「明日のマドンナは、絶好調かもな」と零していたのをふと思い出した。
 確かにその翌日は、土門が絶好調だと言うこともあったが、マドンナは始終お花畑に居るかのように、浮かれ続けていた。
 そんな彼女相手に、山田はとてもやりにくそうだったし──いや、それを言えば、アイアンドッグズの誰もがやりにくそうだった。
 後で不知火に聞いてみたら、第一戦目の後、バスの中でもマドンナはすごかったらしい……あの彼女の「すごかった」を、見てみたい気がしたが、どうすごかったのか聞いても、不知火は決して口を割ってはくれなかった。
 きっと、「すんごかった」のだろう。
「で、殿馬? 返事、書くんだろう?」
 愉悦を含ませた笑みで問いかける里中に、殿馬は指先でペンをクルリと回した後、首をすくめる。
 ただその動作だけで、何も口にしようとしない殿馬に、里中は軽く首を傾げると、
「書かないのか、もしかして?」
「恋文っちゅうのは、苦手づら。」
 どこかうんざりしたような響きを宿した殿馬の台詞に、里中は小さく笑った。
「あの『ラブレター』の返事なら、言葉がなくてもいいんじゃないか?」
 ──まるで、どんなラブレターを貰ったのか、見ていたような台詞だと、殿馬は彼を見上げる。
「づら?」
「オレなら、そのまま婚姻届を送り返すけどな──オレの名前とハンコ付きでさ。」
 にやり、と笑う里中を、殿馬は目を丸くして見上げて……それから一拍遅れて、
「サトは、それでいいづらな。」
 ヒョイ、と肩を竦めて、手元の作曲用紙に目線を落とした。
 題名も何も書かれていない用紙には、音符がいくつか並んでいるだけだった。
 指先でリズムを取り始める殿馬の邪魔にならないように、里中は殿馬と同じように肩を竦めると、
「ま、一生の問題なんだし、困ったら相談にくらいは乗るよ。」
 人生の恋愛の先輩として。
 そう、楽しげに話しかけた。
 殿馬は、そのまま何も無かったかのように歩き出す里中に向かって、ヒラリ、とペンを持った手を上げると、
「山田なら、ベンチに居たづらぜ。」
 聞かれるまでもないと言わんばかりに、里中が探している人物の居所を、口にした。















──────四国、坊ちゃんスタジアム、食堂。
 昼食時に、その騒動はおきた。
 手紙を持ってきた事務員から、それを受け取った瞬間。
「きゃぁぁぁっ!」
 狂喜の悲鳴が、彼女の形良い唇からこぼれたのである。
 ギョッとした男達の視線の前で、椅子からガタンと踊りあがったマドンナは、それを嬉々としてその場で開いた。
 彼女の繊細で長い指先につままれているのは、先ほど事務員が手渡したばかりの、白い簡素な長形封筒である。
 100円均一ショップでも、コンビニでも、当たり前のように見かけるものである。
 マドンナはそれを、ぴりぴりと開いて、頬を紅潮させながら中身を取り出した。
 彼女が手にしたのは、白い便箋が3枚ばかり。そのうちの一枚は、便箋というには、少し紙が薄いように感じる。
「──……なんだ、一体?」
 眉を寄せて武蔵は呟き、驚いたように汗を掻いている事務員に顔を寄せて問いかける。
「誰からの手紙だよ? アレ?」
 そう、手紙は手紙だろう。
 マドンナは、大切そうに空の封筒を小脇に抱えて、便箋を三枚、きっちりと開いた。
 その一枚目を見た瞬間、彼女のパッチリとした瞳が大きく見開き、目で見て分かるほど彼女の両頬は紅潮した。
 さらに続けて、目が微かに潤みを帯びて、唇が歓喜に火照った。
 かと思うと、興奮の面持ちを残した表情で、手荒に二枚目を捲りあげ──彼女は、
「ステキっ!!」
 一声、叫んだ。
 そしてそのまま、ギュゥッ、と、いとしげに手紙と封筒をその胸に掻き抱く。
 周囲に居た男達には、何が何だか分からない展開である。
「おいおい、一体、何の手紙だよ?」
 飲みかけていたコーヒーのカップを握り締めたまま、呆然と不知火が呟く。
 その視線の先で、マドンナは喜びを全身から撒き散らせながら、つま先だってくるくると踊りだす。
 開幕戦のスーパースターズとの第一戦の夜も、何があったのか、ひたすら喜びの踊りを舞い続けていたマドンナであったが、今日の彼女は一際スゴイ。
「そう言えば、三日目くらいに、マドンナさんがポストの前で、封筒を投函してるのを見ました。
 アレの返事じゃないでしょうか?」
 唖然とした顔の面々の中、のんびりと昼食を取り続けていた「トカヘン」が、思い出したようにのんびりとした声をあげる。
 そんな彼に、マドンナにつられたように踊っていた阿波が、あげかけた手を止めて、
「投函?」
 首をかしげた。
「……誰に?」
 イヤな予感が頭の隅を掠めた気がして、不知火が顔をゆがめる。
 そんな彼の前で、武蔵が引きとめた事務員の首を抱き込み、
「あの手紙は、誰からの手紙だよ?」
 そう、にぃっこりと笑みを貼り付けて問いかける。
 間近に見える武蔵の顔に、事務員が引きつった笑みを、無理矢理口元に浮かべた瞬間、
「あぁ……──っ、殿馬さん……っ。」
 うっとりとした声で、マドンナが手紙の差出人の名前を叫び、自分の体ごと手紙を抱きしめながら、見事な三回転半ジャンプを決めてくれた。
 そのままマドンナは、頭上からスポットライトを浴びたような体勢で、ピタリ、と動きを止める。
 思わず阿波とトカヘンが、パチパチパチ、と手の平を打ち鳴らして拍手を送る。
 武蔵に抱き寄せられた事務員も、それに釣られたようにパチパチと手を鳴らすが、抱き込まれた腕の主にジロリと睨まれて、慌てて首を竦める。
「殿馬だって?」
「なんで殿馬から、マドンナあてに手紙が来るんだ……。」
 まさか──本当にあの二人、付き合ってるとか、そういうオチか?
 開幕戦の後、山田や里中、岩鬼がそんなことを言っていたような気もしたな……と、武蔵と不知火がお互いの顔を見やる。
 そんな光景が周囲で繰り広げられているとも気づかず、マドンナは思いっきり良く空気を胸に吸いこんだ後、ふぅ──と、桃色の吐息を唇から零し、改めて手元の手紙を開いた。
 手に薄くなじむ一枚目の紙は、マドンナが生まれてはじめてみる用紙だった──……けれど、その使い方も、その用途も──何よりもその意味を、見た瞬間に理解することができる!
 マドンナは、それを見下ろすたびに、うっとりと胸に走る喜びの色を確かめて、あぁ……と、熱い吐息を零した。
「殿馬さん……わたくしと同じ気持ちで居るという、これは……約束なのですねっ!」
 ステキ!
 なんてステキなのかしらっ!!
 ギュゥっ、と、もう一度マドンナはそれを抱きしめると、再びそれを目の高さにまで持ち上げた。
 その拍子に、さりげに犬神が彼女の背後に回り、ヒョイ、とマドンナの持っている紙を覗き見る。
 殿馬からマドンナへの「ラブレター」(多分)。
 一体、どういうものが……と、一瞬の緊迫が周囲に走るが、その中心であるマドンナはまるで気づかない。
 気づかないまま、その紙に書かれた殿馬の直筆の名前を見つめて──ほぅ、と吐息を零す。
 その彼女の熱い吐息は、、
「…………こ……婚姻届だっちゃーっ!!!!!????」
 犬神の、甲高い悲鳴によって、かき消された。
 あまりの驚きに、ひっくり返りそうになった犬神の態度と声を機に、、ジッ、と押し黙って結論を待っていた面々もまた、
「…………──なっ、にぃぃーっ!!!!!?」
「って、殿馬、何を考えてるんだ、アイツはっ!?」
「ひぃえーっ! えーらいこっちゃ、えらいこっちゃ!」
 パニックに陥った。
「い、いつのまに……。」
 驚くあまり、身動きもできないまま、事務員を抱き寄せる武蔵に、
「殿馬は、あの中でも常識があるほうだと思ってたんだがな……やっぱり、アイツの考えることは分からん。」
 頭を抱え込み、うなる不知火。
「──……いや…………積極的、だな……。」
 呆然と、ただそのことを呟く土門。
「えらいこっちゃ〜!」
 ひたすら踊り続ける阿波。
「はぁ〜……スゴイですねぇ…………。」
 パチパチと目を瞬いて、トカヘン。
 そんな風に驚き、ひっくり返る面々を他所に、マドンナはうっとりした顔で、殿馬のサインがされた婚姻届を捲り、二枚目と三枚目を見下ろす。
 ソコにも、殿馬からのメッセージは一言もかかれてはいなかった。
 代わりに、二枚に渡る譜面と音符が並んでいる。
 マドンナからのラブレターが、赤い糸と「殿馬命」であったように、この文字のない譜面こそが──殿馬からの、ラブレターだった。
 マドンナは、譜面に並んだ音符を指先でたどると、もれ出る笑みをこらえきれずに、ふふ、と笑うと、
「あぁ──ステキ。
 殿馬さん、わたくしきっと、あなたとの結婚式の日までに……いいえ、婚約発表までに、このステキな音楽に見合うようなクラシックバレエの振り付けを身につけて見せますわっ!」
 声も高らかに、そう──天井向けて宣言した。







 殿馬とマドンナの愛の記録(?)は、こうして周囲を騒動に巻き込みつつ、進展していく…………の、かも、しれない。








+++ BACK +++




さて、悪いのは誰でしょう(笑)。

殿馬は、来ていたラブレターをそのまま放っておくタイプじゃないよな、と思った結果、彼はきっと、文字もない譜面を送ったのかもしれない──と考えたことが発端の小説です。
マドンナが喜ぶシーンは、アリアリと頭に浮かびました(笑)。

うーん……ちょっと殿馬さんが偽者入ったかな……って、いつものことか…………ガックリ。