10年ぶりの…









 移動中のバスの中──することもなく、ボンヤリとゴムボールを握り締めながら、外を見ていた緒方の隣で、里中は先ほどから真剣な表情でスケジュール帳を睨みつけていた。
 それがほんの数分ならまだしも、すでに十数分になるのだから、一体何を考え込んでいるのかと、気になることこの上ない。
 何気なしにチラリと視線を走らせると、開かれた来月分のスケジュールに、赤丸がしてあるのを発見した瞬間、思わず首を傾げていた。
「里中、その日って何かあるのか?」
「ん?」
 首を傾げる里中に、一言断りを入れてから、緒方は彼のスケジュール帳の赤丸を指差す。
 その指先を見て、
「何かって、見ての通りだろ?」
 何を言うのかと思った、と、アリアリと顔に書いてキッパリ告げる里中に、緒方は無言で視線を落とした。
 スケジュール帳に書かれている日付は、どう見ても……。
「ゴールデンウィークの……子供の日……だよな?」
 見ての通りと言われても、そのイベント以外は思いつかない。
 そう顔を歪める緒方に、ごく当たり前のように、
「山田の誕生日。」
 誕生日の張本人を抜いた、元明訓ナインから、答えが返った。
 四方八方から飛んできた、抑揚のない複数の声に、緒方は一瞬言葉に詰まった。
 グルリと見回すと、何事も無かったかのように、隣に座っている人間と話している面々の顔が見えた。
 どうやら当たり前のことらしいと、素直に緒方は聞き流すことにして、
「……あぁ、山田の誕生日って、子供の日なんだ。」
 ごく当たり前の感想を口にしてみた。
 その誕生日を、スケジュール帳にチェックしている理由と、そのチェックしている理由を口に出来る明訓ナインも、どうかと思った。
「そうそう。だから、一緒に過ごせるのが、10年ぶりなんだよな。」
 なにせ、山田の誕生日は常にゴールデンウィーク。
 お互いに試合がない日というほうが珍しい。
 しかも、高校3年の時のゴールデンウィークは、明訓に居なかったため、里中は実に高校2年以来の、直接彼に会って、堂々と「おめでとう」を言える日とあいなったわけである──まぁ、公式戦の只中に、里中が堂々と言えなかったかどうかという話になれば、それはそれで別問題であるが。
「──……。」
 ニッコリ、と嬉しそうに顔をほころばせる里中に、果たしてこれ以上何と答えていいのか、緒方には分からなかった。
 ただ、同じように笑い返し──大分引きつっていたが。
「そっか、それは良かったね。」
 たぶん、彼なりに上出来な結果であっただろうと……思われる。
 これでこの話はお終い、になるはずだったのだけど。
「あ、それで行くと、俺達もお互いの誕生日に一緒になるのって、高校以来だよな。」
「高校の時は、おばさんが小さいケーキを用意してくれたな。」
 微笑と山田が、アッサリと話に花を咲かせてしまった。
「懐かしいなぁ〜、アレから、10年になるのか。
 俺達も年をとるはずだぜ。」
 しみじみと感じ入る微笑に、ニョッキリとハッパを突き出して岩鬼が、
「なんやなんや、三太郎。おんどりゃ、そーろそろ、体力に衰えでも感じはじめたんかい?」
 ドッシリと、バスの背もたれに身を乗り出して、顔を乱入させてくる。
 微笑と山田の肩を割るように顔を突っ込んできた岩鬼に、微笑はヒョイと肩を竦める。
「気力体力ともに充実してますよー。
 ただ、もう28なんだぜ、俺達。あと2年で三十路。
 人生の半分近く、つるんでるんだなぁー、とか思わない?」
 そう思うと、感慨深いだろ? と、背後を振り返り口にする微笑には、
「……あ、本当だな。おれと岩鬼は、ちょうど半分だよ。」
 山田が、思い当たったように呟く。
 そう、中学の2年からだから、ちょうど丸々半分近く付き合っていることになる。
「──あかん、こんなんとわいは、人生の半分も付きおうとったんかい……。」
 ガックリと肩を落とす岩鬼に、オイオイ、と微笑が突っ込む。
 里中が聞いたら、わがままを言うなと怒りそうな台詞だと思いきや、里中は里中で、
「何言ってるんだよ、そりゃ、山田の方の台詞だろ。」
 肘掛から身を乗り出して、にやりと彼は笑った。
 その台詞に、どういうこっちゃい、と岩鬼が噛み付く。
 そんな彼らの話の言葉尻に乗るように、
「なんだ、山田と岩鬼は中学からの付き合いなのか?」
 ヒョッコリと巨漢の星王が、顔を覗かせた。
 その疑問には、彼の傍に座っていた賀間が変わって答える。
「そうだ。2人とも同じ中学で、同じ部活をしていたからな。」
「うん、僕と違って、二人は同じ高校に進んで、プロになった後も一緒だったわけだから──大親友ってワケじゃないかな?」
 中学時代の話になり、懐かしげに目を細めて、木下も話に加わった。
 言いながら、岩鬼をチラリと見やり──当時から岩鬼は、ある意味「スーパースター」だったよな、と、苦笑をかみ殺す。
 その視線に晒されて、ゾクゾクと岩鬼は背筋をしならせると、
「アホ言うなっ! だ、だぁーれが、大親友じゃい!」
 気色が悪いと言わんばかりに吐き捨てる。
 そんな岩鬼には、
「照れるなづらぜ。」
 殿馬が興味なさそうな顔で、いつものように一言零した。
「なんだかんだ言って、岩鬼が一番山田の家に入り浸ってるしな〜。」
 その、継いで二番目に山田家に出入りしている微笑が、感心したように呟いた瞬間──、
「えっ、山田の家に泊り込んでるのって、里中じゃないのかっ!?」
 四方八方から、驚愕の声が飛んだ。
 思わず身を乗り出した面々も居ることから、普段里中がどう思われているのかが良く分かることであった。
「高校時代から、しょっちゅう泊り込んでたのは岩鬼だぜ。」
 里中が呆れたように頭をシートに預けて告げると、岩鬼も岩鬼で、
「よう言うわ。最近はわいが行くと、サトら母子揃っておるから、サチ子に追い出されるがな。」
 そう答えてくれる。
 早い話が、ドッチもドッチだと思うのだが──その、友人連中にしょっちゅう押しかけられている山田は。
「うちは狭いからな……。」
 コリコリ、と頬を掻くばかり。
 そういう問題でもないような気がする。
「ま、山田のうちは、なんだかんだ言って居心地いいしなー。」
「それは言えてるな。」
「たまには、貧乏臭い家で過ごしてやな、初心に返るちゅうのも、スーパースターには必要なんや。」
 なんだかんだ言って、仲の良い五人である。
 そのまま話はズレにずれ──気づいたら、元の話がどこから始まったのか、なんてことは、最初に質問した緒方の胸の中だけに、ソ、と仕舞われることになったのであった。








──なったのだけれども。
 それで山田の誕生日がお流れになるわけでもなく、里中のスケジュールの赤丸が消えてしまうわけでもない。







「……誰だよ、5日の次の日が休みだなんて指定したのは。」
 うんざりした顔で頬杖をついた誰かが、ボソリと零した理由は……推してはかるべし。









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6日って、休試合日なんですよね…………。
ただそれだけ……(笑)。

でも、里中ってスケジュール帳とかを持ち歩いてなさそうですけどね……まぁ、話の都合です。
ちなみに里中の誕生日はキャンプ中ですから、一年目のキャンプ中は、さぞかしステキな光景が見れたんだろうなぁ〜v とか想像するしか……ないところが……(涙)。
誕生日なんて、いっつも原作でスルーされちゃうもんね──ふふ。