シラ→ドイで山里でマド→殿ですが、ちょびっと表現的に「シラサト」っぽい所もあります。 話のネタ上、そういう展開になるので、ご注意ください。 また同時に、不知火が不幸になったり、マドンナのオリジナル設定も入ってます。 この辺りもご注意ください。 |
どうしてこんなことになったのだろうと思いながら、不知火は動きにくい、重い体を持て余すようにして、ホテルの廊下を歩いた。
どうか誰にも会いませんようにという祈りが通じたのか、エレベーターまで到着するまでに、岩鬼も殿馬も微笑とも会わなかった──スーパースターズも、今日のバレンタインは休みのようだから、みんなゆっくりと眠っているのだろう。
エレベーターのボタンを押して、一階から上がってくるソレを待つ間、不知火は右手に持ったままだったシャツを着込んだ。
いつもの自分と違い、余計な肉がついている分だけ、何をするにも、どうにも動きにくく感じてしょうがなかった。
一体、何が原因でこんなことになったのだろうか?
今度はそっちの方面で、頭を悩ませて見る。
先ほどは、隣に見覚えのない「女」がいるということで動揺して考えて、何も思い当たることはなかったが、今度は「起きたら、山田になっていた」原因を追究すれば、何か理由に思い当たる──、
「…………起きたら山田になっていた原因って、なんだ…………?」
動揺も激しく、不知火はダラダラと脂汗を流して、エレベーターの前で自問自答してみた──が、当然、答えが出るはずはない。
とりあえず、昨日の一日を整理して追ってみるが、やはり普段どおりおかしなところはない。
あるとするならば、ピンク色のフリルのエプロンに身を包んだマドンナが、はい、と差し出してくれた「一日早いバレンタインチョコ」くらいのものだ。
「……………………あれ……かぁぁ?」
あからさまに怪しいチョコではあったが──というよりも、チョコですらなかったが──、だからってまさか、B級映画のような『体が入れ替わっちゃった』なんてことが起きるわけがない。
しかも隣あって寝ている同士とかならとにかく、離れている距離にある二人を?
──ありえない。
「……夢だよな──これは夢だ……。」
ブツブツと呟きながら、不知火がぼやいている前で、チーン、と軽快な音を立ててエレベーターが到着する音が響く。
顔をあげた先で、グァーン、と扉が開き、廊下の中よりも一段明るい光が、四角いボックスの中を照らし出している。
乗り込み、階数を押そうとして──不知火は、今自分がいる階数が幾つで、「一つ上」がどこの階数なのか分からないことに気づく。
「………………くそっ。」
小さく吐き捨てて、不知火はドスンと音を立ててエレベーターから降り、ドスドスと重い体を引きずって、近くの部屋のホテル番号を見にいく。
たったそれだけの動作なのに、ずいぶんと疲れてしまう感覚を覚えた。
この体じゃ確かに、早く走ることはできないだろうな。
そんなことを思いながら、不知火は溜息を零しながら、ルームプレートを確認した。
ここは301号室。
ということは、土井垣の部屋はこのさらに上──4階ということになる。
クルリときびすを返して、「4階だな」と呟きながら、ドスドスとエレベーターに再び向かった……矢先。
ガガーッ、と、エレベーターのドアが閉まりだす。
まずいっ、と、慌てて駆け出そうとした不知火であったが、いくら不知火の足が速くても、今の器は鈍足。
ドタドタドタと音を立てるだけで、不知火の数歩分しか進めなかった。
そんな不知火が、ようやくエレベーターの前に到着したときには、すでにもうエレベーターの扉は閉まり──ウィーン、と扉越しにエレベーターが動く音が聞こえた。
「………………────遅…………。」
ガックリとエレベーターの扉に手をかけて、不知火は溜息を零す。
頭上の階数ランプが、だんだんと下へ降りていくのを見ている余裕もなく、不知火は山田の足を引きずって、隣の階段を上っていくことにした。
本当に、どうしてこんなことになったのだろうか──そして、どうすれば戻ることができるのだろうか。
うんざりする気持ちと共に、このまま一生「やまだ」だったらどうしようかと考える。
考えたまま、黙々と階段をあがり……4階に到着する頃には、思わずその場にしゃがみこみたくなるほど怖い考えになった。
「と、とにかく、土井垣さんに相談しよう…………。」
フラリ、と不知火は立ち上がると、土井垣の部屋めがけて、フラフラと歩き出した。
土井垣に相談したから問題が解決するわけではないのだが、この東京スーパースターズの面子の中で、こんな突拍子もない話をできそうな人間と言えば──、「土井垣」くらいのものなのだ。
岩鬼なら爆笑して「頭が一足早い春やな、やぁーまだ」とか言ってくれそうだし、里中は「山田っ、俺が一体何をしたって言うんだっ!」と叫んでガクガク揺さぶるだけだろうし、殿馬は「しれー、づら」とか言って本気にしてくれなさそうだし、一見まじめそうに見える微笑だって「あれー、そりゃまぁ、大変っすねー」とか言って笑いそうだし。
本気で心から考え、心配してくれそうなのは土井垣さんに違いない。
というか、それ以外に東京スーパースターズの面々で、まともそうな人間は浮かばなかった。
すぐに目的の土井垣の部屋番号は見つかった。
そのドアの前に立ち、不知火は片手を軽く挙げて──そこで、一瞬、動きを止めた。
目の前のドアを叩いたら、そこから土井垣が出てくると思った瞬間──その光景を脳裏に描いた瞬間、不知火は叩こうとした手を降ろすことができなかった。
「……………………………………。」
一瞬、天井を振り仰ぐ。
なぜかドキドキと胸が鳴り始めるのを感じた。
さらにどうしてか、頬の辺りが赤らむのも感じる。
考えてみれば、土井垣さんにこうしてプライベートで、二人っきりで会うのは、何ヶ月ぶりになるのだろう?
おそらく、今年のプレーオフが始まった辺りで、飲みに行って以来のような気がする。
開幕戦が始まったら、また会う暇がなくなるから、キャンプイン前に、一度会って、ゆっくりと話したいと思っていたんだよな。
そう思っていたことを、今更思い出し──不知火は、苦い笑みを口元に刻んだ。
「……妙なところで、俺の願いがかなったことになるのかな……。」
ただし、山田の姿であったが。
「どうせ山田の姿になったんだから、ついでに俺のボールも受けてください……とか言うのも、ありか?」
他の面子から見たら、山田と土井垣がキャッチボールをしているようにしか見えないだろう。
見下ろした山田の手の平は、分厚くて指も太めで、この指ではイナズマは投げられないだろうな──と思う。
不知火は、コホン、と喉を鳴らして、改めて拳を強く握り締め、興奮を押し隠して、ドアを叩こうとした。
────その刹那。
バンッ!
叩こうとしたドアが、不知火の方に向かってドンッと開く。
「……わっ!!」
額にドアが当たりそうになり、慌てて不知火はそれをヒョイとよけた。
そんな不知火の声に、ドアの中から飛び出しかけてきた人物は──、ハッ、としたように横を見やった。
「山田っ!」
片手でドアノブを掴み、そう叫ぶ男に、不知火は両手をあげたまま──、
「土井垣さん……。」
ほろり、と綻ぶように笑って、その人の名前を呼んだ。
瞬間、土井垣は軽く目を見開いて、マジマジと目の前に立つ「山田」を見つめた後、キョロリと左右を見回し、廊下に誰も居ないことを確認すると、
「中に入れ。」
くい、と顎で部屋の中をしゃくった。
「え──あの……土井垣さん?」
まだ何も言ってないんだが、と続けようとする不知火に、土井垣は鼻の頭にシワを寄せながら、
「他のヤツラに見つかると面倒だろう……アイツらが騒いで面白がるのは目に見えてるからな。
とにかく、『山田』が、マドンナがこっちに向かってるのに一緒について、こっちに来るとか言ってるから、それまで俺の部屋にいろ。」
ほら、さっさと入れと、不知火の手を引っつかみ、グイ、と引き寄せ──ビクリとも動かない「山田」の体に、眉間のしわを濃くする。
そんな土井垣に、不知火は大きく目を見開くと、
「……『山田』が、マドンナとこっちに向かってるって……土井垣さん、それ……?」
他人から見たら、目の前の「自分」こそが、「山田」のはずだ。
そう訴える不知火に、土井垣は軽く眉を寄せて彼を見下ろすと──これもまた発見だ。山田の体だと、土井垣をこの角度で見上げることになるのか。
「守──だろ?」
小さく口元を緩ませて、微笑んだ。
「──……っ!」
大きく目を見張る不知火に、土井垣は今度は手を引っ張るのを諦めて、トン、と彼の背を叩くと、
「とにかく中に入れ、コーヒーくらい入れてやるよ。
そのついでに……対策も考えるか。」
「はいっ。」
どうやら、不知火よりも「四国アイアンドッグス」のキャンプ地で目覚めた「山田」のほうが、行動が早かったらしい。
もっとも、不知火の場合は、隣に寝ていた里中に驚いて、行動が遅れた──ということもあったが。
「まぁ、焦ってもしょうがないだろう。当の本人同士が集まれば、なんとかなるかもしれないしな。」
「はい。」
穏やかに笑う土井垣に、先ほどまで焦っていた気持ちが、スルリと解けるのを感じながら──なんとかなるか、と思えてしまう。
そんな自分に、なんだかな、と思わないでもなかったけれども。
「久しぶりに、お前とゆっくり話すのもいいな──守?」
ニッコリと、久しぶりに向けてくれた笑顔を向けてくる土井垣の顔を見ていたら、とりあえずそういう疑問は全部、棚上げしてしまってもいいか、と。
────そう、思った。
それは、少し遅めの朝食を取る面々の前に突然現れた「台風」だった。
バンッ、と開いたドアからは、なぜか冷風が吹き抜ける。
何事だと視線をやった先──スーパースターズの面々のためだけに開かれた、バイキング形式の食堂に、突如として現れた「お嬢様」は。
「殿馬さん、おはようございます!」
手前のテーブルにスーパースターズの監督がいようと、殿馬の前に誰が座っていようともお構いなしに、そう大きく響く声で叫んだ。
「……づら?」
パンをちぎっていた殿馬は、突然ドアから現れたマドンナに、驚いたように目を見張る。
そんな彼に、マドンナはニコニコと微笑みながら、向こうのホテルを出立した時から、ずっと胸に抱いていたチョコレートを手に、
「殿馬さん、あの……。」
モジモジ、とマドンナは恥らうように頬を赤らめる。
まさかこんなところで告白タイムかと、土井垣が大仰に顔を顰める隣で、「山田」が、ハッとしたように目を見張る。
そんなマドンナから遅れること数歩。
彼女と同じように、唐突に扉を開いて入ってきた人物が居た。
「……しらぬいっ!?」
驚いたように声を上げるのは、殿馬と同じ席についていた微笑だった。
彼は、目玉焼きを口に運ぼうとしていた手を止めて、あんぐりと、口を大きく開いた。
不知火は、キョロキョロとあたりを見回し、土井垣と山田が着いているテーブルまでくると、
「里中は?」
そう尋ねた。
その──思ったとおりの第一声に、土井垣は、ハァ、と小さく溜息を零す。
それから、パンをちぎる手を止めて、
「お前が言うとおり、ちゃんと緒方や国定に頼んで、無理矢理表に連れ出してもらった。」
「そうですか……。」
良かった、と胸をなでおろす不知火の、いつもとはまったく違う色を宿す表情を、土井垣はマジマジと見上げた。
電話口の声でも、まるで不知火じゃないと思ったが、こうして目の前に立っていると、その違和感もひとしおだ。
まぁ、座ればいいさと、土井垣が進める椅子に、「不知火」が座る。
「なぁ、まも……じゃなかった、山田。お前、この『不知火』見て、どう思う?」
カタンと小さく音を立てて、椅子に座り込む「不知火」を示しながら、人の悪い笑みを浮かべて、土井垣が「山田」に尋ねる。
そんな楽しげな目を見て、なんだかんだと「嘘くさい」だとか電話口で散々言ったくせに、楽しんでるようじゃないかと、「不知火」が小さく溜息を零す。
──が、しかし。
土井垣が視線を向けた先に居た「山田」は、腰を半分ほど浮かせて、視線をマドンナに向けていた。
目を見開き、凝視し続けるのは、彼女が手にしたハート型の大きなラッピングケースである。
「殿馬さん、これ……私が作ったんです…………。」
嬉しそうに顔を緩ませて、頬を赤くして──ハート型の箱を手渡すマドンナに、
「づら。」
殿馬は彼女を見上げた後、それ以上何も言わず、自分の顔ほどの大きさもあるソレを受け取った。
「ひゅー、手作りチョコかよ。やったじゃん、殿馬。」
ツンツン、と隣から微笑に肘でつつかれて、まんざらでもなさそうな様子の殿馬と、そんな彼を嬉しそうに見つめるマドンナとに、不知火は視線を交互に走らせた後、
「殿馬っ! それ、今すぐココで食べたらどうだっ!」
そう、力を込めて叫ぶ。
そんな彼に、土井垣は小さく目を見張り、不知火の姿をした山田に問いかけるように視線をあげた。
けれど、山田は首を傾げて肩を竦めるだけだ。
山田は何せ、目覚めたら見知らぬホテルの部屋の中で、不知火の姿形になっていて、とりあえず状況を確認すると同時に、手を打つために土井垣に連絡したに過ぎないのだ。
マドンナがこちらに向かうというから、それならば「不知火@山田」を確認するために、同行してきただけで──、一体どうしてこんなことになったのかは、山田は土井垣と同じ程度にしか理解していない。
「づら?」
突然、全力で叫ぶ山田を、驚いたように見上げた殿馬であったが、嬉しそうに顔をほころばせて頷くマドンナが、
「ぜひそうなさってくださいませ、殿馬さん。よろしかったら、みなさんもご一緒にどうぞ。
ふふ……実力作なんですよ。」
ニッコリと手の平で進める。
そんなマドンナに、不知火は、よしっと拳を握り締める。
とりあえず今のところ、自分と山田が入れ替わった要因には、「マドンナの炭チョコ」しか思い当たらない。
「──づら。」
マドンナと「山田」の言葉を受けて、殿馬はスルスルとリボンを解く。
綺麗にラッピングした包装紙を解いていくと、マドンナが感極まったように体をブルリと震わせた。
普段から岩鬼を見ているからこそ良く分かる。
彼女は今、「あぁ……っ、私の愛が、受け入れられているわっ!」と、喜んでいるに違いないのである。
かさかさと包装紙が開かれると、シンプルな箱が出てくる。ハート型のそれを、カポ、と開いた中には。
「………………………………………………。」
沈黙する殿馬の視線と、
「…………………………………………ちょ、………………チョコ?」
興味津々に覗き込んだ微笑の引きつった視線の先で、黒々と光を反射する──塊? があった。
「…………マドンナ………………。」
思わず不知火は、手の平を額に当てて、その場に崩れそうになった。
土井垣も「不知火」も目を見開いて、
「……ず、ずいぶん個性的なチョコだな。」
「──……えーっと…………き、綺麗な飾りつけですね。」
そう口にするだけにとどめた。
そんな彼らの無言の疑問を抱く視線の先には、ハート型の箱にビッシリと詰まった「炭チョコ」が入っている。
香ってきた匂いも、姿形も、どうみても炭を丸めて固めたようにしか見えない。
「…………お前…………、失敗作を俺たちに食わせたわけじゃ……なかったのか………………。」
ガックリ、と肩を落とす不知火にまったく気づかず、マドンナは笑顔のまま、
「ささ、殿馬さん、ぜひ私の愛をお食べください。」
手の平で「ソレ」を進める。
無言で見下ろす微笑の額には、ジリ、と冷や汗が浮いていた。
もしここで、「微笑さんもどうぞ」と進められても……食べれらない。ぜったい、無理。
殿馬は、無言でその炭をヒョイと持ち上げると、
「……………………づら。」
殿馬は、それをヒョイパクと口の中に放り込んだ。
──瞬間、
「…………!!!!!」
シュボンッ! と、音を立てて、殿馬の頭が吹き飛ぶ。
それだけで、何が入っているのか、不知火は理解したような気がする。
誰が見ても、殿馬の口の中で何が起きたのか、分かる──はずなのだけれども。
「きゃーっ! 殿馬さんったら、だ・い・た・ん♪」
何をどう受け取ったのか、マドンナはクネクネと腰をくねらせる。
そんな彼女を横目に、不知火はジットリと彼女手作りの「怪しいチョコ」を睨みつけると──、
「………………よし、行くぞ、山田。」
「──って、は?」
目を瞬く「山田」の腕を引っつかみ──毎日当たり前のように触れているはずの「不知火」の手首に、一瞬、不知火は動きを止めた。
けれど、そのように戸惑っている暇はない。
このままでは、他にも被害が出てしまうのかもしれないのだ──っ! そう、多分に、このチョコが今回の事件の原因なのだからっ!
「殿馬っ、貰うぞっ!」
殿馬が口から「シュッシュッポッポー」と煙を噴出しているのを、引きつりつつ見ている微笑の隣から手を伸ばし、不知火は正体不明の怪しいチョコを二粒、手に取った。
そしてそのまま、
「し、不知火っ?」
驚いたように目を見張る山田の口へ、不知火は手にした粒を、無理矢理突っ込み──もう片手に持った粒を、唇を大きくゆがめた後。
「…………っなむさんっ!」
パックリ、と──飲み込んだ。
「不知火っ、山田っ!」
慌てたように土井垣が椅子を蹴りつけ、立ち上がる声も、周囲から上がる悲鳴のような声も。
何もかもが……遠く、小さく、暗く。
『──……あぁ……これで……戻れたら、いいなぁ………………。』
ちょっぴり弱気に、そんなことを思ったのが、その時の最後の記憶だった。
*
夜景が綺麗に見えるシングルのワンルーム──大きめの窓から見渡せる夜景が綺麗なのは、ここに宿泊した当日の夜にすでにチェック済みだ。
しかし、冬の夜の窓辺は寒くて、ひんやりと冷えた風を感じてならないので、今日も窓にはカーテンが敷かれている。
そうすると、シン、と静まり返った部屋の中には、隣の部屋から聞こえるテレビの音だとか、水を流す音だとかが、耳に入るばかり。
その音を聞きながら、里中はベッドの上に腰掛ける山田を振り返った。
「里中?」
かすかに頬を火照らせる里中を、不思議そうに──けれどどこか安堵したような色を滲ませて、山田が呼ぶ。
里中はそんな彼に……他ならない彼の名を呼ぶ声に、どこかホッとしたような笑顔を見せた。
そのまま、山田に促されるままに彼の隣へ腰掛けると、
「山田?」
「うん、里中。」
「……やまだ?」
「里中?」
そ、と彼の手に自分の手を重ねて、里中は一瞬視線を落とすと──キュ、と覚悟を決めたように唇を噛み締めて、ゆっくりと手を胸元にかけた。
恥らうように視線を落とし、ほんのりと頬を火照らせる里中に、山田は不思議そうに首を傾げる。
──なんだか、「帰ってきて」から、里中の様子がおかしい。
向こうで異変に気づいてから、慌てて土井垣に電話をして状況を説明したが……土井垣は一向に信じてくれる様子は見せてくれなかったが、真剣に頼んだところ、「とにかく、今日一日、里中と山田を引き離せとけばいいんだな。」と一応の了承は見せてくれた。
だから、「山田@不知火」が、里中に襲い掛かることはなかったと思うのだが──。
自分の前でしか見せない里中の顔を、目の前で見せ付けられた男が、我慢できるとは思えない。
何よりも、そんな里中を、自分以外に見せたくはない。
そう思ったからこそ、現状をいぶかしげに思うよりも先に、土井垣に電話をして早急の処置を取ったのだが──やはり、遅かったのだろうか?
こんなことになると分かっていたなら、昨日はちゃんと服を着てから寝ればよかった。
「里中──。」
彼の肩に手を置くと、ピクン、と里中の肩が震えた。
見ている限り、乱暴で無茶なことは、何もされていないように見えたが、本当にそうだとは限らない。
──どう里中にばれないように、今日の「俺」がしたことを、聞き出すべきだろうかと、山田がひそかに頭を悩ませている間に、里中は山田の手をソ、と取り上げ、
「あのな……山田。」
照れたようにそう呟いて、里中は小さく微笑んだ。
「うん、なんだ、里中?」
そんな里中に微笑みかけて、肩を抱く手に力を込めると、そ、と顔を屈めて、チュ、と彼の唇に口付けを一つ落とす。
「……っ!」
驚いたように目を見張る里中の顔を見下ろして、山田は今日、ようやく触ることができたと、ホ、と胸をなでおろす。
そんな彼を見上げて、里中は頬を火照らせたまま、自分が掴んだ手の平を握る手に、キュ、と強く握り締める。
それから、今度は自分から山田の膝に乗り上げるようにして、彼の唇に己のソレを押し当て──ペロリ、と舌先で軽く舐めてから、
「今日、初めてお前からのキスだ。」
小さく笑いかけながら、さらに里中は身を乗り出して、そのまま山田の膝の上に乗り上げる。
そんな彼を抱きとめながら、
「……それは、里中からもそうだろう?」
背中を支えた手を、スルリと里中のシャツに忍び込ませながら、そうささやく山田に、里中は小さく唇を尖らせて、
「お前、やっぱり、朝は寝ぼけてたんだろう……っ。
俺、昨日の夜──お前の機嫌を損ねることをしたのかって、すごく悩んだんだぞ。」
チュ、ともう一度キス。
軽く触れて離れる唇を、追うように口を寄せて、
「…………ん?」
山田が先を促すように問いかける。
それに里中は、上半身を彼に傾けながら、はむ、と山田の耳に噛み付きながら、
「だって山田、俺は朝、一度お前にキスしてるぞ?」
「…………………………あぁ、そうか……うん、すまん。寝ぼけてたな──確かに。」
「そのまま、部屋に帰ってこないし、緒方達は、なんか俺のこと連れ出すし……。」
ブツブツと、山田の頭に手を回して抱きつきながら、そんな風に零す里中の髪をなで、素肌の背中を撫でさすりながら──最終電車でアイアンドッグスのキャンプ地に帰っていった不知火のことを脳裏に描いた。
──そんなことは、一言も言ってなかったな……不知火………………。
ふ、と暗い笑みが口元に浮かんだ山田に気づかず、里中は抱き寄せた頭に、チュ、と口付ける。
「もう、あんなのはゴメンだからな、山田。」
「うん、すまん──多分、もうないと思うよ。」
目の前にある里中の首筋に、噛み付くように口付けると、ピクン、と里中の背筋が反りあがった。
「──当たり前だ。今度なんてないよう……しっかり、俺のことを覚えさせてやるよ。」
「里中。」
頭に回した手を、肩の上に置き──里中は、首を傾けるようにして山田の頬から口元へと唇を滑らせる。
チュ、と食むようにして山田の唇を唇で挟んで、そのまま何度かフレンチキスを繰り返した後、
「……今日は、たっぷりサービスしてやるよ。」
照れたように、里中は微笑んだ。
そんな里中に、山田は嬉しいようなはにかむような表情を浮かべ──、
「明日、起きあがれなくなるぞ。」
からかうように、笑った。
里中は、少し目を見張った後……キュ、と山田に正面から抱きついて、彼の耳元に囁いた。
「手加減、してくれよな。」
甘く甘美な響きを宿した、囁きを。
+++ BACK +++
すみません……そんなこんなで、やってしまいました感が大です。
でも、まぁ、楽しかったから、いっか……(←よくない?)。
ちなみに里中は、国定達に「バレンタインだし、チョコを買いに行こう! 絶対山田も喜ぶからっ!」と言って連れ出されてます。
なので、一応チョコを買ってきてます。
多分終わったあとに、二人でベッドの中で分け合いながら、食べることでしょう。