温泉へ行こう!












 毎年、明訓5人衆は、正月の混雑が終わる頃に一週間、このホテルに泊まる。
 高校を卒業した翌年──すなわちプロ野球界に入ったその年から行われたこの箱根の自主トレも、今年で10回目。
 この記念すべき日に、何もせずにいられるわけがない。
 お客様が驚き、喜ぶ顔が見たい。
 ただその純粋なまでのサービス精神を持って、ホテル大観の従業員は、この日を昨年から待ち構えていた──そう、毎年の恒例のように、山田から予約が入った、あの日から。
 その運命の2005年、1月7日。
 従業員達は、早朝ミーティングで本日の段取りを確認しあった。
 昨年のように、5人揃ってご来館してくだされば、一斉に従業員全員でお出迎えの上、クラッカーと花束贈呈──という派手な演出をするところだが、残念ながら今年はみんなバラバラにホテルに集合するとのこと。
 しょうがないので、ウェルカムドリンクにお菓子をつけ、なおかつチェックイン時に一輪の花とメッセージカードをつけることにしてみた。
 その花は、きちんと彼らが泊まる部屋に挿すところも設けたので、準備は万全である。
「さぁ、今日も一日頑張りましょう! よろしくお願いします!」
 ハキハキとした態度で、お客様に喜んでもらおうと、支配人がキラキラと顔を輝かせて叫んだ瞬間、大観の従業員達も、同じように満面の微笑みで、
「はい! 本日もよろしくお願いします!」
 一斉に頭を下げた。
──1月7日。明訓5人衆の最初の宿泊日。
 長い一日の始まりであった。














 朝、目が覚めたら、なぜか母が着替え終わった姿で、旅行カバンを玄関において、
「さ、智。早く顔を洗って準備してらっしゃい。今日は山田さんちで朝食よ。」
 と宣言してくれた。
 最近は体調が優れないらしく、朝もようようの体で起き上がることが多い母にしては珍しい、つややかな表情だった。
「……は?」
 しかし、母に起こされた形になった息子はというと、寝ぼけた目と顔で、そんな嬉しそうな顔の母を、呆然と見返すしかなかった。
──今、何と言った?
「や、山田のうちでご飯だって?」
「そうよ。」
 起きたばかりでかすれた声で呟く息子に、何を言っているのやらと、呆れた色を含ませて母。
 手元にお出かけ四点セットを置いて、息子が早く朝の準備を終えるのを待ち構えての姿である。
 布団を開いて起き上がりながら、里中はそんな母を困惑気味に見返す。
「ってお袋、それ、いつ決まったんだよ? 俺は何も聞いてないよ?」
 昨日、山田家に行った時には、そんなことは一つも決まっていなかった。
 そして昨夜、寝る前に今日のことを確認しあう電話もしたが、そのときにも山田は何も言ってなかった。
 そう訴える息子に、母はニッコリ微笑むと、
「それはそうよ。だってさっき、決まったんだもの。」
 だから、待たせておくのも悪いから、早く支度しなさい。
 そう言って急かす母の明るい表情に、里中は愕然と目を見張って──それから無言で、自分の枕元で充電している携帯電話と、自宅の電話のほうへと視線を交互に見やるが、
「いやだわ、電話なんて鳴ってないわよ。だって母さんが山田さんちに電話をしたんだもの。」
「…………………………。」
「そうしたら、山田さんが、ぜひ朝食を一緒にしましょうって誘ってくれたの。」
「…………へー………………。」
 ニコニコニコ、と笑顔を崩さない母の顔に、なんだか釈然としないものを覚えはしたが、おそらく山田かサチ子があたりが気を遣ってくれたのだろうと思うことにした。
 母の具合が良くなさそうだと話したのはつい昨日のことだ。
 サチ子は「それなら三人で暮らせばいいんだわ」と言っていた。
 多分この「朝食を一緒に」というのは、その布石なのだろう。
 そのままあれよこれよと引き止めて、泊まらせてしまう心積もりなのかもしれない。
「さ、智。ノンビリしてないで、早く着替えて行きましょう。」
 何が楽しいのか、行く気満々で加代は笑って里中を急かせる。
 一体、サチ子は何を言ったのだろうかと──ふと里中は、昨日の山田家からの帰りに、山田が言っていた言葉を思い出した。
 『サチ子のやつ、一体何をたくらんでいるんだか。』
「…………みんなで温泉についてくる……なんてことはないと、思うんだけどな……。」
 まさか、な。
 そんな微苦笑をもらして、里中は急かす母に、はいはい、とおざなりな返事を返しながら、洗面所に向かって立ち上がった。












 そろそろ来る頃かと、チラリと視線をあげて時計を見上げる兄の横では、サチ子が鼻歌を歌いながら自分のピンク色の旅行カバンをひっくり返していた。
 本当なら、今日、彼女も兄と里中と一緒に、このカバンを持って出かけるはずだった──昨日、突然キャンセルさえしなかったら。
 それなのにサチ子は、自分の旅行がダメになったことを、全然気にしてないようだった。
 それどころか、見ている限り、ウキウキすらしているように見える。
 ムリをしているなら、小さい頃から親代わりをしていた山田が分からないはずはない。
 なら、おそらくは、「ウキウキ」するような嬉しいことがあるのだろう。
 けれど、首を傾げて考えてみても、スキー旅行を放り出してまで嬉しいと思うようなことがあるようには思えない。あるとするならば、里中の箱根自主トレに協力できたというくらいのことだろう。
──やはり、昨日、俺を追い出してから何かあったな。
 そう渋い顔になる山田の前で、サチ子は鼻歌を途切れさせることなく、フンフンと歌いながらカバンの中のものを一つ一つより分けていた。
 山田のカバンに比べて、それほど大きさ的には変わりないカバンの中からは、みっしりと詰まった色々なものが飛び出てくる。
 最近のホテルには、バスタオルも歯ブラシも、シャンプーのリンスも化粧水なども揃っているというのに、サチ子のカバンの中からは、なぜかおきにいりのタオルとバスタオルのセットに、自宅のシャンプーとリンスを小分けしたボトル、体を洗うためのスポンジまで入れている。
 さらに普段は化粧っけもないくせに、旅行のためにとわざわざ新調したらしい化粧ポーチに鏡。手櫛で充分だと思うような長さしかないくせに、櫛とスプレー。
 野球一筋で生きてきた兄には、どうしてそんなものを持っていくのか理解できないようなものが、所狭しと入っている。
 サチ子に言わせると、「女同士の旅行は、ココが勝負どころなの!」とのことらしいが──山田には一生理解できないようなことなのは間違いなかった。
 サチ子は荷物をより分けながら、下着が入った袋の下から出てきたものを取り出し、
「あった〜っ! コレコレっ!」
 パンッ、とそれを広げた。
 何を探してたんだと、祖父と顔を見合わせながらサチ子が高々と掲げたものを見ると、それは特別何かあるわけじゃない──ただの、ニット帽だった。
 ピンク色のソレは、「スキー場は寒いから、頭に被れるようなニット帽は必需品なの」と言って、近くのデパートで買ってきたものだ。
 何度か頭に嵌めて、みっともなくないか確認していたから、良く知っている。
「サチ子、まさかお前、それを返品するつもりじゃないだろうな……。」
 スキーに行かなくなったなら、いらない、と言ってデパートに返品する気かと、さすがにそれはどうかと思うと眉を寄せる兄に、サチ子は呆れたように片目を眇めた。
「なーに言ってるのよ、兄貴ってば。そんなもったいないことするわけないでしょ〜。」
 言いながら彼女は、パンパンと埃もついてないニット帽を掌で叩きながら──不意に目をあげて、あ、と小さく声をあげた。
「お母さんと里中ちゃんが来たっ! ほら、兄貴、ぼやぼやしてないで、さっさと朝ごはんの準備しなよ!!」
 窓の向こうに見えた姿を認めたとたん、ピョンと立ち上がり、サチ子は兄の大きな背中をバーンッ、と乱暴に叩くと、ニット帽を片手に玄関先へと駆けて行く。
 玄関と居間とを区切るドアを開くと、ちょうどうっすらと二つの人影が見えたところだった。
 サチ子はピョンと飛び降りて、足先にサンダルを引っ掛けると、
「はいはーいっ、里中ちゃん、お母さん、いらっしゃーいっ!」
 二人が玄関に手をかけるよりも早く、ガラッ、と勢い良く開いた。
「さ……サッちゃんっ!?」
「おはよう、サッちゃん。」
 突然目の前に現れたサチ子に、驚いたように目を見張る里中と、小さく目を見張りながら──それでもニッコリと笑って、加代が小さく頭を下げる。
 その加代に、サチ子はニッコリと笑い返してから、里中を見上げた。
「おはよう、里中ちゃん。」
「う、うん、おはよう──良くわかったね、俺たちが着いたってこと。」
 まだ驚きを隠しきれないのか、パチパチと忙しなく目を瞬きする里中に、サチ子は玄関を大きく開きながら、中に入ってと二人を促した。
「ちょうど窓から見えたのよ。」
 玄関に入った二人の背後で、玄関のドアを閉めながら、サチ子は外から流れ込んできた風にフルリと体を震わせる。
「うぅっ、さっむーいっ。今日も雪が降りそうね。」
 玄関先でコートを脱ぐ加代と里中をさらに促して、サチ子は居間へと続くドアを開けながら、身をかがめる。
 先ほどまで居た部屋の中に足を踏み入れると、ストーブの温もりが心地よく空気を温めていた。
「けど、空は快晴で気持ちよかったから、お昼には温度もあがるわよ。
 お洗濯日和だわ。」
 脱いだコートを腕にかけながら、お邪魔しますと入ってきた加代が、ほぅ、と幸せそうに吐息を零す。
「少し風が冷たいけど、これだけお日様が照っていたら十分だわ。」
 部屋の中に篭っているのがもったいないくらい、あったかい日になるわよ。
 お出かけ日和ね、と微笑む母を、里中は小さな溜息とともに見下ろした。
 洗濯物や掃除は、最低限で済ませて、俺が帰って来るまで置いて来いと、そういうのは簡単だが、きっと里中がそういえば、母はしたり顔で「そんなことをしたら、異臭で部屋の中が臭くなって、家にいられないわ」というに決まっているのだ。
 もう一人前に働いている息子がいるのだから、甘えてくれたらいいと思うのだけど──彼女は一向に「楽」をしようとしてくれはしない。
 いっそのこと、どこかのホテルにでも放り込んでしまえば、何もせずにおとなしく寝ていてくれるかもしれないと、そう思わないでもないのだが。
 そんなことを苦く思いながら、加代に続いて部屋に上がりこむと、ちょうど山田がちゃぶ台を広げたところだった。
「おはよう、山田。」
 肩に背負ったカバンを、部屋の入り口の隅に置いて、里中はジャンパーを脱ごうと手をかけ──ふ、とその手を止めた。
 部屋の隅のほうに、中身が半分ほど入っているピンク色のカバンが見えた。
 山田の旅行カバンじゃないのは一目瞭然のソレの周囲には、散らかったボトルだのスプレーだのと言ったものが転がっている。
──一目で、サチ子がスキーに行くための準備をしていたカバンをひっくり返していたのだと分かった。
 思わず一瞬、視線をそこで止めた里中に、
「おはよう、里中。外は寒かっただろう?」
 山田が、穏やかに声をかけてくれた。
 ハッ、と視線をピンクのカバンから逸らすと、にこやかに笑った山田が、押入れの中に積んであった座布団を二枚、取り出すところだった。
「あぁ……うん、そうだな。やっぱり朝は冷えるな。」
 コクリと頷くと、山田はそうだろうなと小さく笑いながら、
「今、あったかいお茶を入れるから、お母さんと一緒にストーブの前に座ってろよ。」
 クイ、と顎でストーブの前をしゃくる山田に、里中は小さく頷き、
「悪いな。」
 お言葉に甘えてそうさせてもらうと、そう言いかけた里中は、山田と一緒にストーブの前を見て──、
「って……お母さんはもうすでに、サチ子と一緒にストーブの前だな。」
「……だな。」
 二人で仲良く、ストーブの前であったまりながら、会話を弾ませているサチ子と加代に、軽く肩を竦めた。
「ほら、サチ子。お母さんに座布団を。」
 手にしていた座布団のうち一つを、自分の目の前に置き、残った一つをサチ子に向けて差し出すと、ストーブの前でピンクのニット帽を──先ほどカバンの中から出してきたソレを、広げていたサチ子が、自分の肩ごしに兄を見上げた。
「あ、うん、サンキュー、兄貴。」
 受け取った座布団を、ささ、と加代に差し出すサチ子に、加代が小さく微笑んで頷く。
「ありがとう、山田君。
 おばさん、最近年のせいか冷え込んじゃってねぇ。」
 ストーブと座布団はありがたいわぁ、と頬に手を当てて笑う加代に、里中は呆れたような色を見せたが、やはり賢明にも何も口にすることはなく、山田が出してくれた自分の座布団の上に腰を落とした。
「今日は最高気温が12度だって、天気予報でやってましたから、昼を過ぎれば暖かくなりますよ。」
 お茶を入れてくると立ち上がりながら、ストーブの前で「冷え性会議」を開いているサチ子と加代に声をかけると、ちょうど台所からじっちゃんが、お盆の上に湯飲みを載せてやってきた。
「茶ならわしが入れてきたぞ。」
 ニコニコと、目が落ちるかと思うくらい相好を崩して、じっちゃんは後ろ手に台所とのドアを閉める。
「あっ、ごめん、ジッちゃん。」
 慌ててお盆を持つよと手を差し伸べてくる山田には、台所から朝食を運んでくれと伝え、ジッちゃんはちゃぶ台の上に湯のみを置いた。
「ささ、冷えたじゃろうて、お茶でも飲んであったまりなさい。」
「ありがとうございます。」
 差し出してくれるジッちゃんの手から湯飲みを受け取り、里中はその一個を、ピンク色のニット帽を広げている母に声をかけて、ちゃぶ台の上に置いた。
 その母はというと、ジッちゃんに愛想良く礼を言った後、再びサチ子のニット帽に視線を落として、
「最近のニット帽のデザインは可愛いわねぇ〜。」
 としみじみと呟いた。
 昔のデザインは、なんだか田舎っぽくてぜんぜん可愛げがなかったのよね、と自分の高校時代を思い出しているような口調だ。
「でしょ、でしょー。
 でもね、買ったのはいいんだけど、どうも私、このデザインが似合わなくって。」
 ほら、とサチ子は帽子を頭の上にかぶせて、ね? と首を傾げる。
 山田と里中には良く分からなかったが、それを間近で見た加代には、サチ子が言う台詞の意味が理解できたようである。
「うーん──そうねぇ、サッちゃんにはちょっと、シンプルかなぁ?」
「でしょ? だからね、これは。」
 ズリ、とサチ子はニット帽を下ろして、それを両手でつまんだ後、両手を挙げて、
「里中ちゃんにプレゼントしようと思って!」
 ニット帽を、里中の頭に遠目にあてて、ほら、似合う、と笑った。
「……ぶっ! さ、サッちゃんっ!?」
 まさか、突然名前が出てくるとは思っても見なかった里中は、口に含んだお茶を思いっきり噴出して、彼女を見やる。
「向こうはきっと寒いから、里中ちゃんはコレであっためておいたほうがいいって。」
 似合わない人よりも、似合う人が身につけたほうがいいの。
 そうきっぱりと言い切るサチ子は、身軽に立ち上がると、ごほごほと咳き込んでいる里中の背後に回ると、
「ほら、似合う〜。」
 かぽ、と、ニット帽を里中の頭に嵌めた。
「サッちゃん〜。」
 情けない声を上げる里中に、サチ子は軽やかに笑うと、
「里中ちゃん、今日は遠慮せずにこれをかぶって箱根に行ってね。
 風邪を引いたら大変だもんね。
 ま、兄貴に付きっ切りで看病してほしいって言うなら、話は別だけどね〜。」
「って──あのね……。」
 頭の上に載せられたニット帽を下ろして、里中はサチ子にかぶせられたそれを見下ろす。
 確かに手触りもいいし、暖かいとは思うけれど──、
「あら、良かったわね、智。」
 ニコニコと微笑んで、加代は自分の分の湯飲みを取り上げ、じっちゃんに向かって軽くそれを掲げると、
「いただきます、山田さん。」
 ほんわりと微笑む。
 そんな加代に、うんうん、とじっちゃんは頷くと、台所から朝食を運んできた孫息子に一瞥くれながら、そのさらに向こう──明るい窓の向こうを見ながら、
「昼間になってあったかくなったら、縁側でお茶でもどうじゃな、里中さん。」
 のんびりと、そう笑いかけてみた。
 その笑顔を受けて、加代は小さく頷くと、少しだけ目を細めて、緩やかな朝日に照らされる食卓を見つめた後、
「そうですね……久しぶりに、ゆっくりするのもいいかもしれませんね………………。」
 そう──、呟いた。















 ホテル大観のロビーには、すでに微笑と殿馬が座っていた。
 その二人の前には、お絞りとホットコーヒーが置かれている。
 受付の中に居た女性が、山田と里中の二人が先に来ていた二人と同じソファに腰を沈めたのを確認して、ドリンク係りに合図を送る。
 それに頷いたドリンク係りが、お絞りとメニューを持って歩き出すのを確認して、受付係りは視線を手元の進行表へと視線を落とした。
 まだ最後の一人である岩鬼が揃っていない。
 けれど、その彼ももうすぐ来るだろう。
 そうすれば、全員にゆっくりと休んでもらってから、車を用意して、バスでいつもの練習用球場へ向かうのだ。
 問題は、その後。
 帰ってきた彼らに、何をするか、だ。
「帰ってきた後、私が全室に向けて連絡をするんだったわね……。」
 花を一輪手渡し、部屋に案内──いや、その前に温泉に案内するんだったか?
 朝のミーティングのときにはスラスラ言えたことが、彼らが前に立ったとたんに飛んでしまったと、彼女はペラペラと焦ったように進行表を捲った。
──と、同時。
 トゥルルル……トゥルルル……
「っと。」
 受付の電話が、高らかに己を呼ぶ。
 手を伸ばして、彼女は受話器を取り上げると、
「はい、いつもご利用ありがとうございます、ホテル大観でございます。」
 すました声で、そう口にした。
──と、同時。
 電話の向こうから聞こえてきた綺麗な声に、彼女は一瞬息を呑む。
「え、あ、はい……はぁ……あ、空いてますけど…………。」
 その声が求める内容に、彼女は困惑しながらも、それでも頷く。
 頷きながら──どうしよう、と、チラリと視線をあげた。
 その視線の先には、一つのテーブルを囲む、仲のよさ気な四人の姿。
「あ、は、はい。一泊二日ですか? はい、はい──。」
 頷きながら、彼女は予約者一覧のノートを開き、そこに箇条書きで書き記していく。
 一泊二日二食付。本日のチェックイン時に到着、一人部屋を一室。
 別に何も、困るような内容のものではない。
 正月ラッシュは終わって、部屋は空いているし、問題はない。
 突発の予約を入れるお客さんなんて、今までだって何度も経験してきた。
 だから、問題は、ないの、だけど。
「──わ、わかりました。それでは、本日のお泊りということで、承らせていただきます。」
 いつものように、本予約扱いで処理しながら──それでも彼女は、困惑した色を消せずに、自分が書いたばかりの文字を見下ろしながら、受話器を置いた。
「………………やっぱり、四国アイアンドッグスのマドンナが泊まるのって……まずいかしら………………。」
 でも、受注しちゃったしなぁ……。
 眉を落として、そんなことを呟きつつ……男と女だし、泊まる階も違うし──このホテルもなんだかんだ言って広いし。
 よほどこのことがない限り、顔はあわせないと思うんだけど。
 そう思いながらも、彼女はなんとなく落ち着かない気分になり、ソワソワと体を揺らすのであった。








 何か、一波乱、起きそうな予感がするのは、きっと、間違いじゃ……、ない。





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ニット帽の謎……(←笑)。

ということで、仲のいい山田さんちと里中さんちでお送りしました。