パロですよ〜

新婚さんいらっしゃい

フリルエプロンDE愛妻弁当









 それは、結婚ホヤホヤの新婚夫婦が、新居に引っ越したその日のことだった。
 結婚&引越しおめでとうのプレゼントの山の中をチェックしていた夫婦に向かって、初訪問に来ていた球団仲間の一人──「微笑三太郎」が、2人の前に平べったいつややかな箱を一つ、差し出した。
「新婚おめでとーさん。これ、俺からのプレゼントな!」
 にっぱり、と無邪気な笑顔で微笑む三太郎に、へーぇ、と里中と山田は仲良く隣り合ってそれを受け取る。
 そのまま、間近に見えるお互いの顔を見交わして──ニッコリ、と笑みあった。
 ニコニコニコニコ──と、ほうっておけば、このまま日が暮れるまで顔をあわせて笑いあっているのではないかと思うほど、山田と里中は幸せそうに間近に見えるお互いの顔を見つめている。
 そんな2人に、今日何度目かわからない、わざとらしい咳払いを零して、2人の注目を自分へと集めると、
「ん、で、まぁ、開けてみてくれよ。」
 絡み合う濃厚な視線を、無理やり切断するように、言葉を割って入らせた。
 ほらほら、と手でも催促するように微笑が促すと、里中と山田は、もう一度だけ視線を絡ませた後、ようやく受け取っていた箱へと視線を落とす。
「何が入ってるんだ?」
 あっけらかんとたずねてくる里中には、意味深に微笑んで、
「開けてからのお楽しみ〜。」
 と答えてやる。
 その返答に、なんだそれ、と唇と眉をゆがめる里中に、開けるぞ、と山田が囁く。
 慌てて視線を戻した里中が、コクリと頷くのを見届けて、山田はゆっくりと箱の蓋を持ち上げる。
 白い箱の中には、淡い桃色の紙パッキンが薄く敷き詰められていた。
 その下には、薄く透ける綺麗な紙が一枚──その桃色のおかげで、箱の中の「それ」は、映えて見えた。
 柔らかな白の布地に、繊細なレース模様。ピンク色の紙パッキンと敷き紙が、その白色をひどく映えさせている。
「────…………三太郎………………?」
 手の中の箱を無言で見下ろし、山田が小さく呟く。
 その困惑した色を受け取って、三太郎はますます、にか〜、と笑った。
 ──と同時、
「三太郎、サッちゃんへの贈り物か、これは?」
 里中は、手の中の物体を見なかったことにして、ばふん、と箱に蓋をすると、そのまま山田の手からそれを奪い取り微笑の胸元へ返す。
 しかし、微笑は笑みを絶やさずに、胸元へ突きつけられた箱を、里中の前へ押し返すと、
「何言ってるんだよ、智。
 白のフリルのエプロンって言ったら、新妻の常識だろーがっ!!」
 紛れもなくこれは、新婚夫婦への贈り物なのだと──当然のように胸を張って答えてくれた。
 その、押し返された白い箱は、ひどく軽かった、が。
 なぜか、両腕にズッシリと重く感じる。
「……にいづまのじょうしきって……おい、三太郎………………。」
 うろんげな視線であげた先で、三太郎がニマニマと笑っていた。
 いや、三太郎だけではない。その奥に見える仲間達が皆、里中が手にしている箱の正体を知って、にやにやと笑みを口元に張り付かせているのが見えた。
 ──何が楽しいんだろう。
 いや、楽しいんじゃなくって、多分、これは──からかっているのだろう。
 里中はそう判断すると、手にしていた箱をポイと横手に放って、
「……って、男が身につけるもんじゃないだろ、コレ。」
 後でサッちゃんにやろうと心に決めながら、あきれたように三太郎とその後ろに見える友人達を軽くにらみつけてやる。
 けれど、新婚祝いで酒の入った男どもは、日に焼けた肌を赤く染めて、ニヤニヤと笑いながら、
「いーんや、絶対似合うと思うぜ、新妻さーんっ!」
「ぎゃはははっ! 貰ったもんは、ちゃんと使ってやれよーっ!!!」
 ばんばん、と真新しい畳を叩きつけながら、大笑いに笑ってくれた。
 里中は、そんな彼らの軽口に、あきれるやらため息しか出てこないやら。
 里中はヒョイと肩をすくめると、首を傾けるようにして、穏やかな微笑を口元に上らせた山田を見上げた。
「──新妻さんには、良く似合うらしいぞ。
 っていうか、……買うなよな、こんなもん。」
「まぁ、エプロンは、あっても困るもんじゃないだろ?」
「……こんなんでもかぁ?」
 白い箱をツンツンと指先で突付くと、山田はその手を引き寄せて、
「そう、こんなのでも。」
 最愛の人のぬくもりを頬に感じながら、小さく笑う。
 里中は、そんな山田の微笑みに釣られたように──ニッコリと笑って返した。
 そうして。
 そうやって、いつものようにピンク色の気配を垂れ流す新婚さんの周辺では。
「新婚さんだなー。」
「明日あたり来たら、フリルエプロンつけた里中さん、見れるかな!?」
「あははは、明日の朝って言うよりも、今夜じゃねぇのか?」
「あなたのベッドで、好きにして〜……ってか! あははははは!!!」
──酒の入った酔っ払いどもに、羞恥や心の制限は、まったく無かった。














 世間一般で言うところの日曜日。
 早朝のすがすがしい空気の中、薄い水色の空に、白い朝焼けの色をにじませた雲が、薄くたなびいている。
 吸い込んだ空気が、喉から肺へとひんやりと通りぬけるのを感じて、微笑は両腕を広げて、吸い込んだ息を鼻先から零した。
「静かだね〜。」
 西の空には、まだぼんやりと夜の色が残っている。
 それを背に歩きながら、正面に見える太陽の輝きを目に留めて、微笑は軽く目を細めた。
「……朝、早ぇとよ、空気がうまいづらぜ。」
 ふふん、と鼻先で笑うように答える声が、背後から返ってきて、肩越しにチラリを振り返れば、殿馬がづらづらといつもの調子でついてきているのが見えた。
 早朝の人気のない歩道を、ことさらのんびりと歩きながら──あまりに車道がガランとしているので、フラフラと車道に出たくなったが、飛ばす車にはねられては洒落にならない。
 素直に歩道を歩きながら、そうだなぁ、と殿馬の台詞に相槌を打ちながら、チラリと方角を確認するように先に見えるマンションを見上げたときだった。
「なぁーにが、空気がうまいじゃ、ボケ! おんどれらは、何、とろとろしとるんじゃい!
 まーだ寝ぼけとんのかい! まったく、スポーツマンとは言えへん頭しとるんじゃから、始末におえんわい。」
 はるか先──微笑の立つ位置から十数メートル前から、岩鬼がこちらを振り返って怒鳴り込んできた。
 彼が立つ位置の目の前には、下へと下る数段の階段──そこを下りたら、山田が中学時代から住んでいる小さな長屋に入る。
「それじゃ、岩鬼が一番、スポーツマンとは言えねぇづらな。」
 片目を軽く瞑って、殿馬はいつものクールな口調でそう零すと、笑みを乗せる顔をますます笑み深い色に染める微笑の隣に追いつくと、
「とっとと行くづらぜ。その岩鬼の言うところの『スポーツマン』が、そろそろ早朝ランニングから戻ってくるだろうづらからよ。」
 ヒョイ、と肩をすくめて、微笑を追い越していく。
 今度は殿馬の後を、微笑がついていく形になった。
 右手に聳え立つマンション──あの何階だったかに、「元里中家」の部屋がある。
 思わずそれを見上げて動きを止めた微笑に向かって、
「サンタ!! 何、ぼやっと突っ立っ取るんじゃ! とっとと来んかい!! ココまで来といて、まだ寝ぼけとんのかい!!」
 岩鬼が叫んだ。
 その声に、はっ、と我に返ると、すでに殿馬も岩鬼の隣に立って、長屋を見下ろしていた。
「おっと、悪い、悪い!」
 慌てて2人の元に駆け寄り、長屋へと続く階段を下りていく。
 早朝のために、しん、と静まり返った長屋の左手──山田畳店もカーテンが閉められ、眠りをむさぼっているように見える。
 これが平日ならば、朝日が昇って間もないとは言えど、山田畳店とその隣の山田さんちは目覚めている。──さらに隣で暮らしている新婚夫婦のおかげで、朝が異常に早いのである。
「おっ、山田も里中も起きてるみたいだな。」
 階段を下りきるとすぐに、畳店と山田家が隣接している隣──つい少し前に、新婚夫婦が引越したばかりの家は、カーテンが開いて明かりがかすかにもれていた。
「朝食の支度もしてるみてぇづらな。」
 のんびりとそろって歩きながら──ほんの十数歩で、つい先日も引越し祝いで足を踏み込んだばかりの家の前にたどり着く。
 古びた感のある横開きの扉のガラスは、模様入りの曇りガラス。その横には、表札が二つかかっていて、「山田」「里中」と流麗な字で書かれていた。
「なんや、まだ朝飯食ってないんかい。」
 あきれたように目を見開く岩鬼に、殿馬は片目だけを瞑って、あえて口にすることはなかったが──今はまだ、普通の家は寝ている時間だ。
 特に今日は日曜日だから、朝日が昇って間もないこの時間帯に、起きているのは岩鬼いわく「健康なスポーツマン」くらいのものだろう。
「朝食の支度中ってことは……おっ、ようやく智のフリルのエプロン姿が見えるってワケか。」
 にやり、と笑う微笑のどことなくうれしそうな顔は、サチ子がその場にいれば「オヤジくさい……」と指摘しただろう、あまりファンには見せられない笑い方に見えた。
「里のエプロン姿なんて見て、何が楽しいんじゃい。」
「そういうのは岩鬼だけだろうな。──チャンスがあったら、写メール撮ってみるか。」
 ポケットの中に手を突っ込んで、微笑は携帯電話を取り出しながら、カチカチ、といじって──さて、どうしようかと彼は新婚夫婦のドアの前に立った。
 そしてそのまま、
「まだ寝とるんちゃうか、あやつら、朝、遅いやろ。」
 ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、岩鬼がうそぶけば、殿馬がつまらなそうな顔で──けれど、にやりと口元に笑みを上らせながら、
「そりゃよぉ、おめえと違ってよ、一人身じゃねぇづんづらから、朝が遅くてもしょうがねぇづらぜよ?」
「ぅわっ、言うねぇ、とんまちゃん。」
 アハハハ、と、そのとおりじゃーん、と微笑が笑う。
 その声が、異様に静かな早朝の長屋に響き渡り、殿馬はニヤリと笑みを乗せる。
 そんな2人につられるように、岩鬼もガハハハ、と笑い始めて──うるせぇづら、と殿馬が首をすくめてそう呟いた瞬間。

 がら。

「……朝っぱらから、何、人んちの前で笑ってるんだよ……おまえら。」
 目の前の横開きのドアが、大きく開いた。
 そして、そこからひょっこりと顔を覗かせるのは──紛れも無い、新婚夫婦の片割れ、である。
「おーっ、智、おはようさん。」
「なんや里、起きとったんかい。」
「ようづら。」
 それぞれ好き勝手に片手をあげる面々に、里中はじっとりと目を細めると、唇をゆがめて、
「おはようじゃないだろ。朝っぱらから何やってんだよ、本当に。」
 ほら、入れ、と──しぶしぶの体を装って、里中は体を中へずらして玄関口を大きく開く。
 このまま三人を放っておけば、早朝早々から近所迷惑になるのは間違いないからだ。
 まったく、はた迷惑な。
 そんな呟きを零して、里中はチームメイトであり、悪友である者どもを、そろって中へと促した。
 ぞろぞろと続いた彼らは、ふと玄関先に入るなり、
「──……お! なんかいい匂いがする。」
「なんじゃい、朝ごはん言うたら、秋刀魚やろ、秋刀魚!」
 意地汚い台詞を吐いてくれる。
 そんな彼らの声を聞いて、部屋の中から、
「あれ、なんだ、やっぱり岩鬼達だったのか。」
 山田が、のんびりとした声を飛ばしてくる。
 里中は靴を脱ぐ三人を捨て置き、一足先に居間に上がりこむと、
「そう。ったく、朝っぱらから迷惑だよな。
 言っとくけど、岩鬼、おまえの分は無いからな。」
 ちらりと肩越しに振り返って、里中は小さくため息を零すと、早く来いと、顎で室内をしゃくる。
「はいな、はいな〜って、おっ、弁当じゃーんっ!」
 ヒョイと身軽な仕草で居間に上ったとたん、微笑が目を輝かせて歓声をあげる。
 その声に、居間の中央にチョコンと置かれたテーブルの前に座り込んだ里中が、ムッとしたように眉を寄せた。
 彼の目の前には、二種類の弁当箱。大きいのと、それよりも二周りほど小さいの。
 その中には、ほかほかの白いご飯と大きな赤い梅干、黄色い玉子焼き。ほくほくとおいしそうなソラマメに、思わずひょろりと伸びた微笑の手を、パチン、と里中は軽く叩いて、キャベツの千切りを菜ばしで摘んで敷き、その上に別の皿からこんがりと焼けた鮭を乗せた。
「愛妻弁当ってヤツづらかよ。」
「さ……秋刀魚がないやないけ!!!」
「いれないから、サンマなんて。
 弁当にサンマ入れるのなんて、サッちゃんくらいだよ。」
 即答で里中は岩鬼の縦線をしょったショックに反論して、二つの弁当箱に、おかずを綺麗に詰め込んでいく。
 そのかいがいしいように見える里中の姿に、へー、と相槌を打ちかけた微笑は、そこではた、と気づいた。
 座り込んで弁当のおかずを詰め込んでいる里中は、スーパースターズのTシャツにパンツスタイル。部屋でくつろいでいるときの服装そのままである。
「──……って、智!!」
 ガシッ、と、里中の肩をつかみとり、軽く揺さぶりながら、
「なんで俺がやったエプロンつけてないんだよ!!? 新妻が料理するなら、必需品だって言っただろーがっ!!」
──頭ごなしに、怒鳴りつけた。
 里中は、右手に菜ばしを持ったままの姿勢で、ぱちぱちと目を瞬かせ──同時に、軽く睨み付けてやりながら、
「……あのなぁ、三太郎?
 おまえがうるさいから、ちゃんとエプロンはつけてるよ。」
「だったら、なんで今……っ!」
 どうせ来たんだから、ぜひ「アレ」をつけた智が見たかった。
 言外にそう叫んで、微笑がグッと手を握り締める。
──その、瞬間。
「里中、ちょっとそこをもう少し広げてくれないか? お茶を入れてきたから……。」
 厨房から顔を覗かせた山田が、その手にお盆を持ち、五つの湯飲みを載せて──なぜか、その中の三つが三つとも、今来ている客が持ち込んだ品だというのだから、びっくりだ──現れた、の……、だが。
「あ、悪いな、山田。」
 平然と山田の手から茶を受け取る里中以外、全員、愕然と顎をはずした。
 山田が里中の隣に腰を落とし──その拍子に、白い布切れが、凶暴な色を伴って、ひらりんと揺れる。
 コトコトコトンと、湯のみがテーブルの上に置かれていくのを横目に、微笑は目の前に差し迫った「もの」を、震える指先で指し示した。
「や、やややや、や……山田ぁぁぁっ!!!!?」
 絶叫。
 それに続くように、岩鬼がガタンと立ち上がり、
「なっ、なんちゅうまねさらしとんねん! やぁーまだっ!!」
「……おっよぉ……さすがのおれも、びっくりづらぜ。」
 里中は、暖かな湯気を放つ湯のみに口をつけながら、いぶかしげに彼らを見返す──特にその山田を指差して口を開け閉めさせる微笑を見上げると、
「何、ぽかーんってしてるんだよ、茶、冷めるぞ?」
「さ……ささ、さめるとかそういう問題じゃねぇだろー!! なっ、なんで山田が、俺がやったエプロン着てるんだよっ!!!」
 ──そう、まさに、問題は、それだ。
 思いっきり動揺したまま叫ぶ微笑に、里中はさらにいぶかしげに顔をしかめると、
「何、わけのわかんないこと言ってるんだよ?
 山田が着てて当たり前だろ。」
 そして里中は、弁当に詰めていたおかずを、こんこん、と菜ばし突付くと、
「だって、これ作ったの、山田だぞ?」
 ──料理している人間が着てて、何が悪い?
 そう、ごく当たり前のように口にする里中に対し、山田は照れたように白いフリルのエプロンの裾を引っ張ると、
「いや──その、サイズが小さいって言ったんだけどな、お義母さんが俺用にサイズ直してくれてな……、里中じゃ、大きくて着れないんだ。」
 それから、涼しい顔で茶をすすっている里中の顔をチラリと見た後、あからさまに衝撃から立ち直ってない岩鬼と殿馬を一瞥してから、
「──……すまん、三太郎……。」
 目を見開いて、愕然としている微笑の心境を思いやって、里中にばれないように、こっそりと両手を顔の前で合わせるのだった。








+++ BACK +++


やっぱりこういうオチだと思ったよ。


ちなみにうちの里中さんは、「夫婦」の「婦」は、女房役の山田のほうだと思ってるっぽいです。
夜私生活では妻は里中さんなのにね!


はいはい、もう書きません。
書きませんったら書きません。

というか、書いてる時間と暇がありません(涙)。

あーあ、今となっては、突然このシリーズ(と言い張る)を書き始めたのは、チャンピオンがそんな展開になるかもしれないと、予知していたからなのかもしれませんね!!!

でもこっそり、岩サチでヤマサト前提のサトサチって言うのもいいかなー、とか考えてみる。







 二人暮しの、広いとは言えない居間──2人で使うには少し大きい折りたたみテーブルを広げて、その上に空の弁当箱を二つ置く。
 一つはステンレス製の、特注で作ったのではないかと思うほどに大きいお弁当箱。もう一つは、それよりも2回りは小さいだろう、ごく普通の弁当箱だ。
 すでにその中には、白いご飯がぎっしりと詰め込まれている。
 その中に、大粒の赤い梅干、コンガリとキツネ色に焼けた玉子焼き、アルミカップに乗ったソラマメを詰め込んで行き──そこでふと、里中は菜箸を取上げる手を止めた。
「……山田、今、誰か来なかったか?」
 玄関で、物音がしたような気がする。
 そう首を傾げて問いかける里中の言葉が終わるか終わらないかのうちに、ガタガタ、と玄関で戸が鳴る。
「こんな朝から、誰だろうな?」
 山田が問いかけてくるのに、さぁ、と里中はヒョイと肩を竦めると、玄関に出て行こうとする山田を片手で押しとどめ、
「いいよ、俺が出る。」
 身軽に立ち上がり、居間の扉を開けて、玄関においてあるサンダルを引っ掛けようとして──横開きの玄関のガラス戸に写っている人影を認めて、顔を歪める。
「サチ子かお義母さんかな?」
 ノンビリと呟いている山田に、違う、と里中は低くうなった後、鍵もかかっていないドアをガラリと横手に勢い良く引いて、
「……朝っぱらから、何、人んちの前で笑ってるんだよ……おまえら。」
──里中が、声を押し殺して言っているのが、聞えた。
 その声を聞いて、あぁ、と山田は、客の正体を悟った。
 つまり──「高校時代の親友」たちだ。
 薄い壁のおかげで、玄関で憮然とする里中に答える連中の声も良く聞こえる。
「なんや、朝からしけた顔やの。まーたおんどれら、朝からケンカしとんのかい。」
「岩鬼とサチじゃあるめぇしよ、おしどり夫婦づらぜ。」
 がやがや言いながら、玄関先がにぎやかになったのを聞きながら──山田は、蛇口から水を出して、ヤカンに水を張ると、それをコンロに掛け始めた。
──きっとかれらのことだ。このまま一緒に、「ご出勤」ということになるに違いないのだから。