パロですよ〜

新婚さんいらっしゃい 3








 新婚さん家庭は、ある意味、二世帯住宅。
 夫婦揃ってバリバリの一軍選手のため、ご飯は大抵、隣の実家で食べることになる。
 その日も、朝から恒例の夫婦でロードワークに出て、八百屋さんの奥さんから貰ったリンゴを片手に帰宅してきたところだった。
 時々、魚屋さんから魚を貰って、ロードワークを途中で切り上げることもシバシバである。
 おおむね、近所からの受けは良い夫婦であった。
「あっ、兄貴、里中ちゃん、ジャストタイミーング! ちょうど味噌汁できたところだよ。顔洗ってきな〜。」
 両手に鍋つかみを嵌めたサチ子が、五人で座るにはギリギリの大きさのちゃぶ台の上に、ちょうど味噌汁を置いていた。
「サッちゃん、お土産。」
 そんなサチ子に、里中は手にしていたリンゴを掲げて見せると、それをトンとちゃぶ台の上に置いた。
 ツヤツヤと血色のいいリンゴを見て、サチ子はパァッと顔を綻ばせた。
「わっ、リンゴじゃん! ありがと、里中ちゃんっ! さっそく切るね〜! おっかあさーんっ! 里中ちゃんがリンゴくれた!」
 かと思うや否や、リンゴを手に取り、そのままパタパタと台所へと戻っていく。
 忙しないばかりの妹を見送りながら、山田がちゃぶ台に腰を落とすと、ちょうど朝刊を読んでいた祖父が、
「昨日の試合、大きく載ってるぞ。」
 ほら、と、スポーツ新聞の一面を見せてくる。
「他の試合ってどうなってる、じっちゃん?」
 ちゃぶ台の上を半分ほど占拠させて、広げてくる新聞に、山田が身を乗り出すようにして覗くと、その隣に座った里中も、新聞の端を手に取りながら、
「アイアンドッグスの昨日の試合結果はどうだ?」
「うん? ちょっと待て。」
 額を付き合わせるように仲良く新聞を覗き込む孫達に、じっちゃんは頬を緩めながら、傍らにおいてあった暖かなお茶を手に取り、ずず、とそれを一口啜った。
──と、そこへ、
「はいはーい、本日のメインディッシュの玉子焼き……って、こらぁっ! せっかく片付けたテーブルに、何、広げるのよ、お兄ちゃん、里中ちゃん!!」
 両手に皿を乗せたサチ子が、入ってくるなり叫んだ。
 慌てて新聞をガサガサと片付ける兄と兄嫁に、まったくもう、とサチ子は憤慨したような声を零した後、改めて皿を台の上に置いた。
「そんなところで新聞読んでたら、味噌汁に埃が入っちゃうでしょー。縁側に行ってなよ。準備が終わったら呼ぶから。」
「はいはい。」
 全く、素で口うるさい小姑じゃないかと、ヒョイと肩を竦めて、山田は無理矢理折りたたんだ新聞を丁寧に折りたたみ始める。
 どうせすぐにご飯なのは分かってるから、縁台に行くだけ無駄だ。
「サッちゃん、よかったら俺、手伝おうか?」
 山田が新聞を畳んでしまえば、手持ち無沙汰になるのは里中も同じことで。
 首を傾けるようにして台所に立つ女2人に問いかければ、サチ子と加代は、なぜか意味深に視線を絡ませた後、
「ん? んー、いいよ、すぐ終わるし。
 それに、里中ちゃん疲れてるでしょ?」
「まさか、あれしきのロードワークで疲れたりしないって。朝食前の軽い運動程度だよ。」
 軽く笑ってくれる里中に、サチ子と加代は再び視線を絡み合わせ──、
「あれしき、軽い運動なんだって。」
「さすが、若い子は違うわね〜。」
 コソコソとますます意味深に話して、クスクスと小さく笑いあう。
 その意味が分からなくて、里中は首をかしげて、山田と山田の祖父に問いかけるように視線を向けるが──もちろん、先ほどまで一緒にロードワークに出ていた山田が答えを持っているはずもなく……代わりに、山田の祖父が、問いかけるような里中の視線から、わざとらしく視線を逸らしてくれた。
「…………じっちゃん?」
 不審そうな顔で、山田と2人で見ていると、じっちゃんは、狼狽したように顔をかすかに赤らめて、
「いや──その、……うん。」
「……わからないよ、じっちゃん。」
 何が言いたいんだと、ますます首を傾げる山田に、里中はクルリと視線を向けて、台所から茶碗と箸を持ってやってきた加代を見上げた。
「お袋、じっちゃんに何を言ったんだよ。」
「まだ何も言ってないわよ?」
 しれっとした顔で加代はジットリと睨んでくる息子の視線をサラリと流し、そのまま膝を曲げて腰を落とすと、カチャカチャと茶碗を台の上に並べながら、
「でも──そうねぇ……。」
 少し考えるように指先を頬に当てて首を傾げて──後からやってきたサチ子がお碗とコップを持っているのをチラリと一瞥した後、
「あんなに毎晩頑張ってるのに、一体、いつになったら孫の顔が拝めるのかしら……っていう話くらいは、したかしら。
 ねぇ、山田さん?」
 ふふふ……と、邪気のない笑顔を満面に浮かべて、じっちゃんに話を振った。
 とたん、加代とじっちゃんに挟まれる形になっていた山田と里中が、2人揃って噴出した。
「ぶはっ! ──……おっ、おっ、お袋っ!!!!?? なっ、なな、何考えてるんだよ!」
 顔を真っ赤に染めて、抗議の声をあげる息子に、加代はただニコニコと微笑みを浮かべるばかりである。
 話を振られたじっちゃんはと言うと、顔を赤くして狼狽するばかりだ──それがまた、図星を付かれたように見えて、仕方がない。
 動揺と狼狽を隠せない男どもの前に、お茶碗を並べ終えた加代は、丸いお盆を両手で抱えて、ニンマリと笑った。
「んふふふ〜、一度言ってみたかったのよ、こういうセリフ。」
 加代の悪びれない態度に、里中がいい加減にしてくれと、そう叫ぼうと口を開いた瞬間、今度は湯飲みを並べていたサチ子から、
「あ、お母さん、毎晩じゃないよ、だって、朝もじゃん。」
 あっけらかんとした声が飛んできた。
「──……さ、ささささ、サチ子……っ!!!」
 目を見開くほど驚いたのは山田である。
 一気に顔を赤くさせて、目じりをきつく吊り上げると、サチ子に向かって怒鳴りつける。
「嫁入り前の娘が、なんてことを言うんだっ!」
「だーって、本当のことだもーん、ね、お母さん?」
 けれど、強い味方がついているサチ子は、図星を点かれて兄の怒りに謝らず、代わりに「味方」へと話を振ってみた。
 その味方であるところの加代はというと、首を傾げて問いかけてくるサチ子に頷いて、
「そうね〜、朝から目覚ましいらずね、って、サッちゃんと言ってたのよね?」
「ねー?」
 2人揃って、盆を両手に持ったまま、お互いにニコニコと笑いあってくれる。
 その言葉は、意味深を通り越して、そのものズバリをついていた。
 慌てて、はじけるように里中が顔を上げる。
「ちょ……っ、何、勘違いしてるか知らないけどっ! 今日は別に何もしてないぞっ!?」
「えー? 本当に勘違いなのかしら?」
「絶対、お袋の勘違いだっ!!」
 目じりの辺りを真っ赤に染めて、里中は叫ぶが、母はそれを右から左に綺麗に聞き流して、ちゃぶ台の隅でなんとも言えない顔で縮こまっている山田家の祖父向けて、ヒラリと手を翻すと、
「山田さん、ご飯を盛りますよ。」
 何でもないことのように、ニッコリ笑った。
 その、普通の聞き流してくれる母に、
「だから──……っ。」
 さらに言い募ろうとする息子へ、
「それじゃ、まだまだ孫の顔を見るのは、先の話かしらねぇ〜。」
 体を伸ばして、じっちゃんの前に置いた茶碗を手に取りあげながら、ね? と、駄目押しのように微笑んだ。──その顔が、ひどく楽しそうだと思うのは、里中の気のせいではありえないだろう。
「──……だ……っ、から……っ! できるわけないだろーっ!!!!」
 思わず声を張り上げて里中が叫んでしまったのも──今朝のところは、無理がない、と……、思う。














 真新しい畳の匂いがする狭い寝室に、大きめの布団とマットレスを敷いて、その上に座り込んで少し。
 豆電球の頼りない明かりの下で、幾度かの口づけを交わした後で、山田の唇が顎を滑って喉元に降りたところで、肩に回されていた里中の手が、ひるむように揺れた。
「……や、まだ──……、ちょっと、待っ、て……。」
 長い口付けに上がった息で囁きかける言葉が、着込んだばかりのパジャマの裾から入り込んでくる手の平や、首筋に甘く噛み付く唇に、途切れて揺れる。
 鎖骨に降りてきた唇の動きから逃れるためなのか、さらに深く口付けがほしいとねだっているのか──緩くフルリと振られた頬を白いシーツに押し付けながら、里中が潤んだ目で山田を見下ろす。
 肩に置かれた手の平が、山田の両頬を包み込み、クイ、と上を向かせる。
「……今日は──、ダメ、だ。」
 そう零す里中の唇はけれど、強情に感じる言葉に反して、先ほどの口付けで艶やかに濡れていた。
 薄暗闇の中で、濡れた唇は熱を持ちふっくらと美味しそうに薄く開かれている。
 口付けをねだられているようだと、里中の手に従うように顔をあげると、乱れたパジャマごしに互いの熱を持った体が重なる。
「里中?」
 顔を近づけると、はぁ、と熱い吐息が間近で絡み合う。
 かすかな明かりの下、上気した白い肌が鮮明に浮かび上がっている。
 その中で、しっとりと汗ばんだ額に乱れかかる前髪が、首筋に張り付く黒く細い髪が、どれほど扇情的に映えて見えるのか、里中自身は分かっていないのだろう。
 潤んだ目で、長い睫を緩慢に瞬きながら、
「──……今日は、ダメ。」
 かたくなに、里中は繰り返す。
 その熱を持った瞳を前にして、誘うようにゆれる唇を前にして──しかもこれから同じ布団で寝るというのに、それはあまりにも無茶だろうと、山田は眉を落として里中の顔を見下ろす。
 惹かれるように顔を近づけると、里中はそれを拒むことはしない。
 唇の端に触れるような口付けを落として、少し角度をずらして下唇をついばむと、もっと、とせがむように柔らかな感触が追ってくる。
 それなのに、手の平を肌に這わせようとすると、ダメだというように身じろぐ。
「──……里中……。」
 ますます困ったと、声に出して囁くと、里中も同じように情熱を持て余したような、けれどそれを必死に押し込めているような顔で、キュ、と唇を一文字に結ぶと、チラリ、と視線を横手に飛ばした。
 何かを気にするような視線に、山田もその視線の先を追い──あぁ、と気付く。
 そこには、引越し当日から変わりなくその場に聳えている、くすんだ色の壁がある。
──隣家である山田の生家とこの家を隔てる壁である。
 構造上、隣の家とこの家は、アパートのような構造でつながっていて、しかも間に押入れなどの隔てる物もない。
 箪笥か何かを置けばよかったかと、今朝の女どもの話を聞いて、ちょっとそう思ったが……かんがえてみれば、箪笥などを置いても、防音効果が得られるわけでもない。
 山田が視線を寄越した先を認めて、里中は、きゅ、と山田のパジャマの肩先を掴み取った。
「──せめて、今日は……、な?」
 あんな話を朝からされて、夜にその気になるなんて──まるで、覗かれて嬉しがってるみたいじゃないかと、頬を赤らめる里中に、山田は唇を捻じ曲げて心の中で唸る。
 ──だからって、こんな状況で、はいそうですかと、止まるわけもない。
 それは、里中だって良く分かってるだろうに。
「──里中、それじゃ……、場所を移動するか?」
 我慢はできない。
 そういうように、火照った熱を押し付けると、ぴくん、と体の下で里中の体が小さく動く。
 けれど、その熱さを避けることは決してなかった。
「……移動って……どこにだ?」
 山田の肩に両手をかけながら、里中は囁くように尋ねる。
「隣の部屋か? それでも、あんまり変わらないと思うぞ?」
 言葉を続けながら、里中は上半身を起こすようにして、自分の上に覆いかぶさっている山田の顔に、ちゅ、と軽く口付ける。
「いや、──風呂場、とか。」
「──……冗談だろ!? ──……あんな……、声、響くじゃん……。」
 思わず声を荒げて叫んで──里中は、慌てたように声を潜めて、ボソボソと呟く。
 そのまま、首を竦めるようにして上目遣いに睨み揚げてくる里中に、山田は、分かったというように頷くと、
「お湯はもう抜いてあるから大丈夫だ。」
 腹の辺りで止まっていた手を、そのままスルリと背中に回すと、ぐい、と里中の体を手元に引寄せて、立ち上がった。
「──……って、おいっ、山田っ!?」
 半ば抱えあげられる状態で立ち上がることになった里中が、慌てたように両腕を突っぱねるが、力で山田に適うはずもなく。
「明日以降のことは、また明日、考えよう。な、里中?」
「──って、お湯抜いてたって、反響するじゃないか……っ。」
 里中の反論はけれど、あっさりと、
「それほどひどくはないさ。」
 の一言で収められてしまう。
 ──というか、山田はきっとそれすらも楽しみにしているような気がしてならない。
 キュ、と唇を噛み締めた里中は、そのまま風呂場に向けて歩いていく山田を軽く睨みつけたが、すぐに諦めたように、
「──……ま、後始末が楽でいっか……。」
 そんなことを、ぼんやりと呟いた。









 そして、そんな薄い壁の向こう側では。
 横に並べた布団の上で、おそろいのパジャマに身を包んだ義理の母娘が、顔を見合わせながら、
「──……そんな会話も全部、丸聞こえだったりするのよね……。」
「いいのかなぁ…………。」
 まだまだ、ツメが甘いなぁ、──と、苦いような、楽しげなような──そんな笑みを、交し合っていた。








 翌日、新婚さん夫婦の家に、防音効果のある壁を入れる工事が入った時には、加代もサチ子も、笑わずにはいられなかったという。








+++ BACK +++


だから何だと言うんだろう…



という世界へいらっしゃい〜。
なんだよ、新妻エプロンも、愛妻弁当も、欠片ともありゃしません。マズイです。
次回こそは……愛妻弁当と新妻エプロン書いたら、もう私、満足だからさ……次回こそは…………。