そんな君だから
















 プロ野球の人気選手といえば、その「魅せるプレー」と「実力」。
 特にそれらをかね添えた「容姿端麗」な選手ともなると、その人気は絶大。
 テレビCMには当たり前のように顔を覗かせるし、オフシーズン中のバラエティー番組からスポーツ番組には、レギュラーのように出演が確定……する、はずであった。
 しかし、今をときめく人気選手である「ロッテの里中智」選手は、テレビの出演依頼に対し、「すみません、俺はロッテ以外のCMには出ないことにしてるんです」と断り続け、「西武の山田太郎」選手は、「そういうのは苦手なので、すみません」と頭を下げる。
 また、「ダイエーの岩鬼正美」選手は、「こんなちゃっちぃCMなんかに出れるかい」と、出るCMを選り好みするのだが、その選り好みの対象が、良く分からない基準だからこそ、CMに出てほしいと願い出るほうは大変だったりする。けれど、ニュース番組などの生のテレビには喜んで出演してくれるから、彼の扱いに困らないテレビ局ならば、困ることもなく出演依頼ができる相手でもある。
 一癖も二癖もある「オリックスの殿馬一人」選手は、大抵のテレビ出演は断る。受けるとするならば、「気が向いたづら」か、「音楽関係」のみ。
 そんなこんなで、パ・リーグの人気選手の上位を占めるといわれている四人のうち、テレビ出演が比較的「容易」なのは、たった一人。しかも残り3人のうち2人は、野球関係以外でテレビに出ていることすら珍しい。──雑誌のインタビューには、高校時代から慣れているのか、きちんと答えてくれるにも関わらず、だ。
 しかし、その二人を──山田と里中を出してこそ、視聴率は上がるに違いない。
 そう睨んだ某番組のディレクターは、色々、山田と里中を釣る「えさ」を考えてみたが、二人とも金銭では動かない。某女優や某アイドルと同じ番組という手にも動かない。なおかつ、可愛い女の子の居るお店で接待なんて組み込もうと、来ることすらしない。
 困ったものだと、頭を抱え込んでいた
 確実にあの二人をテレビに引きずり出せば、「当たる」。
 それが分かっているだけに、諦めるのももったいない。
──なら、どうするべきだろうか。
 そう、毎日毎日悩み続けていた矢先のことであった。
 巨人軍恒例の「ゴルフ」番組を、気分転換に覗きに行った先──、彼は、「山田」と「里中」の同級生に会ったのである。
 そう……セ・リーグの読売ジャイアンツが「微笑三太郎」選手である。
 彼にこんなことを言ってもどうにもならないのだろうなと思いながら、彼は微笑相手に冗談半分に聞いてみた。
「山田君も里中君も、揃って出渋るんだよねぇ……あの二人が出てくれるような手って、ないものかね?」
 野球選手の前だからと、タバコを吸うのを遠慮しながら──それでも手の平がシャツの胸元の膨らんだポケットの辺りに行ってしまうのをとめられない。
 そんな彼に、タバコを吸うなら喫煙所でどうぞ、とニコヤカに笑いながら、微笑は手にした6番アイアンを地面につけて、
「山田と里中を釣るのに、お金だとか芸能人だとか接待だとかは、逆効果っすよ。」
 そう──今までディレクターの彼がしてきたことを「失敗」だと断言した。
 これが近鉄の坂田なら、話は別でしょうけどね──とも続ける。
「って言うと、微笑君は、何かいい案でもあるのかい?」
 自信満々に言い切る微笑に苦笑を覚えつつ──だが実際、彼があっさりと言った通り、山田と里中にそれを行って「失敗」してきた。
 微笑に軽口を叩くようにそう聞いてはみたものの、本当にそれで答えが返って来るとは思ってもみなかった。
 ただ、高校時代の話とかを聞けば、何か取っ掛かりが見つかるのではないかと──そう、思ったのだ。
 けれどしかし、
「いい案も何も、100パーセント確実な方法ならあるっすよ。」
 あまりにもアッサリと、微笑は断言してくれた。
 その、アッサリしすぎる口調に、
「そうかー……やっぱりそうだろうな…………って、何っ!?」
 一瞬、聞き逃しそうになったくらいだ。
 慌てて振り返った男に、おっと、と微笑は左手を挙げて、
「誰かが打つときは静かにね。」
 どっかおちゃらけた口調で笑って、クイ、と目の前を指し示す。
 示す先では、微笑にとって先輩選手に当たる男が、ティーショットのために、大きく振りかぶったところだった。
 慌てて口を閉じる男に、そうそう、と一つ頷いて、微笑は再び彼へと視線をよこした。
 カッ……キィンッ!!
 小気味良い音を立てて、白い球が高々と上がっていくのも一瞬。
 あっと言う間にフェアウェイ中央をポンポンと転がっていくボールに、
「ナーイスショッ!」
 微笑は楽しげに声をかけて、それから改めてディレクターの男を見やった。
 彼は、ヤキモキした表情のまま、焦ったように微笑を見上げる。
「そ、それで、微笑君……っ。」
 切羽詰まった男の表情に、微笑は、あー、あー、と頷くと、
「100パーセント確実に、山田君と里中君をテレビに出演させる方法って……っ!」
 今にも、ガシッ、と掴みかかってきそうな男に、「お金もかからない、超簡単」な話を、ニコヤカにしてやった。
「簡単っすよー。里中んちに電話して、『山田君も出るんだけど、一緒にテレビ出演しないかい?』って言って、山田んちに電話して、『里中君がぜひ君とテレビ出演したいって言ってるんだけど』って言えばいいんすよ。あ、ちなみに順番は逆でもいいっすよ。」
「……ふむふむ──で、次は?」
 こうなったら、やれることはすべてやろう! やってしまおう!
 そんな気持ちで、メモを取っていた男は、そのまま視線をあげて、微笑を促すが──促された相手はというと、アッサリとした態度で、
「次も何も、それで終わりっすよ。」
 ひらひらひら、と手を振ってくれた。
「………………は?」
 そりゃ一体、どういうことですかと、目を瞬く男に、微笑はアイアンにもたれるようにしながら、ニンマリと笑って、
「それで80%確実っすね。で、残る20%は、『ホテルの部屋は、スイートルームを取らせていただきます』で確定。」
 アハハハハハ、と、明るく笑ってくれる。
 あんまりにも楽しげに笑ってくれるから、男はそんな微笑の顔に、ガックリと肩から力が抜けていくのを覚えた。
──つまり。
「……って、微笑君、冗談はやめてくれよ……思わず本気にしたじゃないか。」
 まじめにメモした紙を見下ろして、溜息を一つ。
 そうだ、あれほど難攻不落な「二人」が、そんなことで落ちてくれるはずもないじゃないか。
 微笑の言葉をメモした紙を見下ろし、クシャリ、とそれを手の中で丸めたディレクターの男に、微笑はヒョイと眉をあげて、心外そうな顔を作ると、
「冗談なんかじゃないっすよ。──まぁ、だまされたと思って、一度試してみてくださいよ。」
 にんまりと、意味深な笑みを広げて見せた。
 そんな、自信たっぷりにも見える微笑の口調に、男は軽く目を見開いた。
 そのまま、チラリ、と自分が握り締めたメモ用紙を見下ろす。
 くしゃくしゃになったゴミのようにしか見えないそこに書かれた、「くだらない」内容。
 これが本当に、「革命」を起こすのだろうか?
「微笑君──。」
 キッ、と、微笑を見上げて、もう一度確認をしようと男が言い出そうとした瞬間。
「三太郎ーっ! お前の番だぞーっ!」
 ブンブン、と手を振って、微笑を呼ぶ声がした。
「おっ。はーい、今行くっす!」
 すかさず微笑がそれに手をあげて答え、6アイアンを手に取ったまま、小走りに駆け出す。
「って、微笑君っ!」
 慌てて引きとめようとするディレクターの男を、あ、そうそう、と微笑は思い出したかのように脚を止めて肩ごしに振り返ると、
「山田と里中を同じ番組に出演させる気なら、保険に岩鬼とか読んでおくといいっすよ。後、土井垣さんとか。──以上、俺からの忠告っす。」
 おちゃらけたように軽く片手を挙げて、ひょい、と挨拶してくれる。
「…………ぇ、あ──おぅ。」
 思わず手を挙げて返事をした男に満足したのか、微笑はそのままティーショットを打つために、ヒョイヒョイと軽い足取りで、歩いていった。
 その細長い背を見送りながら、男は握り締めたメモ用紙に再び視線を落とし、それから目を上げて先輩に背中をどつかれている微笑の背中を見て。
「………………だまされたと思って、一度試して……、か。」
 目に痛いばかりの蒼い空を──見上げて、ぽつり、と、そう……呟いた。












「守、お前、今度のテレビの出演依頼、受けたんだって?」
 自主訓練の帰り際──突然そう声をかけられて振り返った先に、今の不知火の「恋女房」である青年が立っていた。
「土井垣さん。」
 アンダーシャツ姿に、手にしたタオルで首筋を拭きながら、土井垣は軽く手をあげて、ぽん、と不知火の肩を叩く。
「確かその番組は、山田と里中、岩鬼が一緒だったよな?」
 考えるだけでうんざりする面子だな、と、少し呆れた色を含んで笑う土井垣に、不知火は小さく頷く。
「ええ、けれど、次のシーズン向けて、俺にとってもいい刺激になると思いましたから──今シーズン、山田が何を目標にしていくのか聞けますしね。」
 視線を静かに上げる不知火の眼差しに、強い闘志の炎が見えるのを認めて、土井垣は満足げに頷き……かけたが、そこでふと動きを止める。
 普通の人間なら、岩鬼がそこに出演すると言うだけで、不安を覚えることもあるだろう。
 けれど土井垣は、明訓時代の2年間を彼らと共に過ごし、岩鬼の外面は良く理解している。彼は記者やテレビの居る前で、決しておかしな言動はしない……いや、正しくは、超越するような言動はしない。そこに加えて、岩鬼を押さえ込むすべを持つ山田が居るのなら、「問題」は、心配しなくてもいいだろう。この面子に殿馬が加わったら、岩鬼抑えとしては完璧だ。
 ──そう、岩鬼抑えは完璧なのだが。
「……………………守。」
 土井垣は、不知火の肩に置いた手の平に、キュ、と力を込めて握り締める。
 不知火は、驚いたように土井垣を見下ろすが、見下ろした先にある顔は真摯な光を宿していた。
「──……ど、土井垣さん?」
 驚きながら──そして同時に、間近に見下ろせる土井垣の真剣な顔に、なぜかドキドキして、不知火は思わず視線をさまよわせる。
 そんな不知火の動揺に気づかぬまま、土井垣はきつく下唇を噛み締めると、正面から不知火の顔を覗き込むように見上げ、もう片手でしっかりと不知火の肩を握り締めた。
「どうしたんですか──土井垣さん……っ。」
 動揺を悟られないように、必死にクールを取り繕う不知火の、帽子の切れ目から覗く片目をしかと見据えて、土井垣は真摯極まりない態度で、もう一度不知火の名を呼ぶ。
「お前に……お前にしかできない、頼みがある──。」
 その、どこか切羽詰ったような響きの宿る声に、不知火はコクコクと頷く。
「俺にできることでしたら……っ。」
 なんでもっ、と、上ずる声を必死で押さえ込みながら、勢い込んで叫ぶ不知火に、土井垣は一瞬驚いたように目を見張ったが、しかしそのことに疑問を抱くことはなく、それならば、と不知火の顔を見上げながら、眉間の辺りに濃いシワを刻み込むと──。
「…………そのテレビ番組に出演したら、何においても、山田と里中の席を離せ。」
 切羽詰ったような雰囲気を前面に押し出し、キッパリハッキリと、言い切った。
 その、真剣極まりない土井垣の視線を受けて、言葉の塊にならない期待を覚えていた不知火は、
「────────……………………ハ?」
 期待していた言葉とは、まったく関係のない「頼み」に、眉を寄せて首をかしげずにはいられなかった。
 しかし、この数日後、不知火は真剣な顔で土井垣が「依頼」した意味を知ることになるのであった。













 テレビ局の中に入り、何度か試合の時に目にしたアナウンサーに頭を下げられて、同じように頭を下げて挨拶して──本当に昼でも夜でも「おはようございます」なんだなー、と思いながら、控え室に案内された。
 出演するテレビ番組のタイトルが表示された紙の下に、本日の出演者の名前が一覧になっている。
 誰かさんの性格を思ってか、一番上に大きく書かれたのが「岩鬼正美さま」──まぁ、これは分かる。
 そしてその隣に、山田太郎さま。一段下がって下に里中智さま、不知火守さま。
 ……名前の書き順に、あれやこれやと文句をつけるような、岩鬼みたいなことをしたいとは思わないが──さすがにコレはないだろうと、不知火は小さく溜息を零す。
 俺と里中は、このすぐ後にお互い先発投手で戦うんだぞ?
 同じ控え室に通すか、普通?
 いや、それを言い始めたら、先発投手同士を、同じテレビに出そうというのがまたスゴイ。
 きっと里中は、あの大きな目一杯に敵意を込めて──闘志を燃やして、「不知火には勝ちます」と宣言してくるのだろう。
 そう思った瞬間、フツフツと不知火の胸の中にも、負けてたまるものかというライバル心が芽生えてきた。
 なんだかんだ言って、実を言うと「東郷学園」の小林や、現近鉄の坂田などと言った面々よりも、不知火が「投手」として一番ライバル心を刺激される「投手」は、里中だったりする。
 明訓のエースであり、負傷しても投げぬく根性と言い、自分のピンチ時には自分で活路を切り開くバッティングセンスと言い──お互いに認め合っている仲なんだと、土井垣が笑って言っていたのには、「冗談言わないでくださいよ」と言ったが、実際のところはそれに近いだろう。
「…………──ふっ、俺も、里中には負けるつもりはないがな。」
 胸に沸き立つ闘志を口に出して、不知火はそのままの勢いでドアノブに手をかけた。
 土井垣の勧めにしたがって──なぜなのかという理由は、土井垣は決して口にしてはくれなかったが──、時間よりもだいぶ早めに到着している。
 きっと中には誰もいないだろうと、そう踏んで、そのままガチャリと回した。
 そのまま、意気揚々と開いた先。
「山田、これいらない。」
「しょうがないな。」
 先に到着していたらしい二人が、控え室の畳の上に座って、弁当を広げていた。
「………………………………………………。」
 黒く薄い発泡スチロールの弁当バットに入ったそれは、確実にスタジオ御用達の幕の内弁当だろう。
 二人が仲良く広げている弁当と同じ色の弁当ケースが、ピンク色の水玉の散ったビニール袋に包まれて、不知火が開けた扉の前に置かれているから、それは確実である。
 思わず、開いた先の畳の上で食事をしていた二人の姿に、凝固した不知火に、
「……ん、あれ? やぁ、不知火。」
「なんだよ、そんなとこに突っ立ってないで、早く入ったらどうだ?」
 里中が箸でつまんだプチトマトを、口に入れた山田が、何もなかったかのようにこちらを向いて気軽に挨拶をしてくれた。
 それに続いて、温められたおかげで皮が剥けていたプチトマトを、無事に山田の口の中に入れることに成功した里中が、いぶかしげに続けてくれる。
 その二人を見て──不知火は、ちょっと引きつりつつ、
「…………──よぅ。」
 小さく、それだけ口にした。
 ──まぁ別に、ちょっと早く着いたから、先に弁当を食べていたのは、かまいはしない。
 しかし、だ。
 扉を開けた瞬間に、里中が自分の弁当から取り上げたプチトマトを、山田の口の中に「はい、あーん」している所を見てしまった自分の、この最初っからの脱力ぶりは、どうしたらいいのだろう──……?
「そこにおいてある弁当、お前の分と岩鬼のぶんな。」
 クイ、と扉の横に置いてある弁当を顎でしゃくり、里中は自分の弁当の中身に視線を落とす。
 山田の弁当の方が、半分以上なくなっているのに対し、里中の方はまだ3分の2も減っていなかった。
「まだ岩鬼は来て無いんだよ……。」
 箸をとめて、穏やかに不知火を見上げる山田に、そうか、と不知火は呟き──二人からあえて視線を外して、自分の分だと里中が示した弁当を片手でヒョイと持ち上げた。
 そのまま、パタン、と後ろ手にドアを閉める。
 と同時、濃厚で濃密なオーラが、不知火の体を包み込んだ気がして、彼は不快感に眉間にシワを寄せる。
「あのスーパースターのことだから、どうせ最後に登場して目立とうって言うハラじゃないのか?」
 体中をゾワゾワを這い上がるような、この感覚は何だろう?
 今まで感じたことのない類のものだと、不知火はますます眉間にシワを寄せながら、まさか風邪を引いたんじゃないだろうなと、緩く首を傾げる。
 そんな不知火が畳の上に上がりこんでくるのを見ながら、山田が、言えてる、と笑う──その先。
 里中が、自分の弁当の中身を、せっせと山田の弁当へ移していた。
「…………里中…………お前、勝手に山田の弁当に、何をしてるんだ。」
 思わず怪訝気な表情で問いかけた自分を、不知火は次の瞬間に後悔することになる。
「しょうがないだろ、俺はこんなに食べられないんだから。
 もったいないから、山田に食べてもらおうと思って──あ、山田、ウサギりんご欲しい。」
 自分の弁当の中身を半分以上山田の弁当箱に移し終えて、里中は箸先で山田のデザート欄を指し示す。
 そんな彼に、行儀が悪いと山田は溜息を零しつつ、左手で里中が示したウサギりんごを取り上げて、
「ほら、里中。
 お前は、りんご一個で生活できそうだな……。」
 当たり前のように里中の口元にりんごを突き出した。
「…………ってオイ。」
 思わず、弁当を開こうとしていた手を止めて、不知火が突っ込むよりも早く、里中は山田の手に取られたりんごに、パクリと食いついた。
 シャリ、と軽い音が立ち、里中は三口でりんごを口の中に入れ終えると、続けて不知火をさらに呆然とさせた。
 当たり前のように、山田の指先についたりんごの汁も舌先で舐め取ったのである。
「ん、サンキュ、山田。」
「……って、サンキュ、じゃないだろ、里中っ!!?」
 あまりのことに、頭が真っ白になると同時、不知火は弁当箱を開こうとしていたことも放り出して、叫んだ。
 バンッ、と畳を叩いて、キョトンを目を見開いている里中を睨みつけ、そのまま視線をずらして山田を見る。
「お前もお前だ、山田っ!」
 突然叫んだ不知火に、山田はどうしたのかといぶかしげな顔をしたが──すぐに、ああ、と不知火が怒っている原因に気づいて、照れたように笑った。
──照れるなら、最初っからそんなことをするな……っ!
 そういいたい気持ちをグッとこらえる不知火にしかし、山田は、
「そうだったな、不知火。
 りんごは、食事の後だよな。」
 コリコリ、と頬を掻きながら──ちなみに、さきほど里中が舐めた指先である──笑う。
 その、人畜無害そうに見える山田の笑い顔に、ガックリと……あの悪夢のような「痛恨のルールブック」の敗戦時の思いが胸に蘇ってきた。あれほどの屈辱と悔しさが胸に訪れたのは、本当に久しぶりである。
 さらにそんな不知火の、めまいすら覚える脱力をあおるように、
「なんだよ、不知火って、そういうのにうるさかったか?」
 里中が、残り少なくなった弁当をつつきながら、そんなことを言ってくれた。
 そんな彼に、
「……………………………………。」
 もう何かを突っ込む気力もなく、不知火は自分の弁当をチラリと横目で見ながら──、今、土井垣が「山田と里中は引き離せ」と言った意味が、身に染みて分かったような気がした。
 まだ番組も始まっていないのに、である。
 そんな顛末が、不知火が弁当をモソモソと食べ終えるまでに──ちなみに、この控え室を満たしているのが、二人から放たれるピンク色の、濃厚なラブオーラだと知ってから、不知火は胸やけを覚えてしょうがなかった──、数度繰り返されたことは、言うまでもないだろう。
 その結果、不知火は弁当を閉じると同時、すぐさまその場で携帯電話を開き、「土井垣さん……助けてください……っ!」と言いたくなったとかどうとか。
 岩鬼が遅刻してくることを、誰よりも呪ったのは、実は彼であったとかどうとか……しかしそれは、根性強い不知火の胸の中に仕舞われ、結局誰も知ることはないのである。







────かくしてその日、不知火は、土井垣の指示通り、山田と里中を引き離すことに成功して、テレビの収録が終わったあとも、
「俺と不知火が、端と端に設置されてたのは、次の先発投手同士だからってことで分かるけどさ、なんで山田が不知火の隣なんだよ……。」
 と、ことあるごとに、あからさまな皮肉をぶつけられることになったが──それはそれで。
 ゴールデンタイムのお茶の間に、バカップルぶりを見せなかったことへの達成感で、中和されてしまう……の、かも、しれない。









+++ BACK +++



この後、彼らは多分一緒に飲みに行って、飲み屋で里中は山田の隣にちゃっかりと座って、「テレビ局では隣に座れなかったからな」とか言う。
そして、一緒にメニューを覗きながら──もちろん、メニューの両端は、それぞれの手で持ち合い、残った手は机の下で重なってる。それを机の下にメニューを放り込む際に、不知火は発見して、床の上に突っ伏すことになることは間違いないナシ。
そして、同じ受け皿から飯を食う二人を見ながら、平気でカポカポと飯を開ける岩鬼に、ある意味感動するんです。岩鬼はしっかりと、局弁当も食べてるんですよ、絶対。

こうして不知火は、土井垣さんの苦労症が移っていくのでした。チャンチャン。

エーット……プロ編何巻収録だったか忘れたけど、多分4年目か5年目くらいだったような違ったような……。岩鬼がテレビ収録に遅刻ギリギリの話です。


ちなみに里中は、山田がいつどういう状況で打ったのか、見分ける能力があると思います。





 携帯チェックをしている里中の携帯を、ヒョイと覗き込んで第一声。
「お前の携帯の待ち受けって……山田なのか……。」
 なんだか呆れよりも諦めの色が混じっているように思うのは、気のせいではないだろう。
 里中はメールチェックを終えた携帯をパタンと閉じながら、不知火を見上げて答える。
「ん? あぁ、こうしてると、どこでも持ち歩けるだろ?」
 持ち歩くなよ! と突っ込みたくなる気持ちをグッと堪えられた自分は、なかなか大人になったと思う。
 土井垣さんから、常に「あのバカップルは相手にすると痛い目を見る」と、昔の話を聞き続けていたおかげだろう。
 ──高校時代のエピソードを聞いていると、こんなバカップルに負けたのかとか、俺が猛練習してるときに何やってるんだとか色々、むなしい思いもしたが。
 そんな風に、不知火がちょっぴり遠い思い出に浸っているとも気づかず、里中は嬉しそうに──彼のファンがその笑顔を見たら、百万光年の果てまで飛んで行ってしまいそうな満面の笑顔で、
「ちゃんとランダムにしてあるから、いつも開くたびに違う山田なんだぞ。」
 自慢そうに教えてくれた。
「あぁ……そーかよ。」
 なぜオールスターに来てまで、里中の「山田節」を聞かなくてはいけないのだろう。
 この調子だと、この間西武ドームに行ったときに、物販で山田の生写真を買おうかどうしようか悩んでいたという話は、本当なのかもしれないと思えてきた。
 しかもその挙句、さすがに自分が買うとまずいからと、「サッちゃん」に頼んで買ってもらったとかどうとか…………あぁ、なんだか本当っぽい気がしてきた。
 それを言うと、先日の千葉マリンスタジアムで行われた、日ハムVS千葉ロッテの試合の時に、物販スペースを山田の妹がウロウロしていたような気がする。なぜ西武の試合でもないのに山田の妹が……っ!? と思っていたので良く覚えている。
──お互いに、考えることが一緒なのかもしれない、このバカップルは。
 そんな、あからさまに遠い目をしてみせた不知火は、あの瞬間に土井垣が生ぬるい笑みを浮かべていた真相を、今、初めて知った。
 まぁ、千葉ロッテには、さまざまなファンアイテムが売ってるから……、な、と、納得するのには、少しばかり頭痛を覚える。
 そんな静かな衝撃を不知火が受けているとも気づかず、里中は嬉々とした様子で携帯を再び開くと、あっ、と小さく呟いて、ほら、と不知火に山田のフルスイングの写真を示し、
「ほら、これ、お前の160キロをホームランした時の山田。」
「…………………………──────っ。」
 その台詞は、打たれた張本人を前にして言うことじゃないだろーがっ!
 と、思わず握りこぶしを握った、殺意にも近い感情を覚えた不知火の前で、ピッ、と携帯を操作した里中が、続けて良く似た写真を画面に出し、
「で、コッチは、犬飼さんをホームランしたときの山田。あぁ、こっちは中西のときのだな……。」
 どう見ても、微妙な違いしかないようにしか思えない山田のフルスイング姿を見せて、説明してくれる里中に、呆れるよりも先に、
「…………お前まさか、見て、どれがどれなのか分かるのか……っ!?」
 驚きが、口をついてでた。
 そんな不知火を、里中は不思議そうに見上げる。
「分かるだろ、そりゃ。」
 というよりも彼は、どうしてわからないのか不思議そうである。
「分かるかっ! どれも同じだろうがっ!」
 実際、不知火が見た限り、どれも同じ山田に見えた。
 ファンが見たら、「バックに写ってる人が違う」だとか、「ここはどこの球場だ」だとか言えるのかもしれないが──パッと見た目は、それと分からない。
 そう訴える不知火に、キッと里中は目じりを吊り上げると、
「違うっ! この立ち位置とか、腰の捻り具合とか、全然違うだろっ!」
 ほら、ちゃんと見ろよ、と、見たくもない携帯の待ちうけ山田を差し出してくる。
 良く見ると、右下のほうに西武のマークが入っていることから、どうやら里中はコレを、公式ページからダウンロードしてきたらしかった。
──…………お前な………………。
 思わず、自分の携帯で写真を取った素の山田を載せておけばいいじゃないかと、不知火が頭痛をさらに増進させているのに気づかず、里中は今写った山田の写真に、あっ、と目を輝かせたかと思うと、
「これ、とっておきのヤツだぜ。俺のスカイフォークを山田がホームランしたときの。」
「……………………そんなものまでダウンロードしてるなよ……お前……。」
 どこの世界に、自分の投げた球をホームランした男の、しかもその瞬間のシーンを、携帯電話の待ち受けにしているやつが居るんだ……。
 その気がしれないと、顔をゆがめて吐き捨てる不知火に、里中はアッサリと、
「これだけは、山田がホームランした後の写真なんだ。」
 さすがに打った瞬間のは、待ち受けにするには少し抵抗があってな。
 そう続ける里中が示す携帯の中には、ゆっくりとダイヤモンドを回っている男の写真。
「……たんにグラウンド走ってるだけじゃないか……。」
「この視線の先に俺。」
 げんなりと呟いた不知火に、里中はニッコリと笑って答えてくれる。
──あぁ、つまり何だ?
 この写真は、「山田がスカイフォークを打った写真」ではなくて、「山田がスカイフォークを打った後に、『里中、お前……大きくなったな。すごかったぞ、あの一球。』とかなんとか目で伝えてきた写真」なのだろう。
「────…………。」
 不知火は、さすがにこれ以上突っ込むのは疲れてきて、何もしてないのに凝った気のする米神を揉み揉みと揉みながら、
「おまえさ……自分が打たれたときの写真を待ち受けにしてて、ハラが立ってこないか?」
 とりあえず控えめにそういってみた。
 もし自分の携帯を開いた瞬間に、自分の最高の球を飛ばしてくれた山田の写真とかが載っていたら、俺ならその場で携帯を投げつける。
 そういいきる不知火に、里中はそうだな、と同意して笑って、
「俺の球を打った不知火の写真があったら、開くたびに携帯壊してるな。」
 山田だけは特別だと、そう楽しげに笑った。
 そんな彼のたとえもまた、どうかと思うたとえだが。
「……普段の携帯の待ち受けは、マー君にしておいたほうがいいんじゃないか?」
 無駄だと思いつつ、そんな建設的なことを提言してあげた。







まぁ、里中はそんなことしないと思いますが(笑)。

それはそうと、この間楽天イーグルスのキャラクター発表のニュースでロッテの「マーくん」が出てきてました。
やっぱり可愛いなぁ〜、と思いながら(笑)、ついでに今回のコレを書くために「球場に生写真とかって置いてなったような気がするなぁ……(←何せ最後に行った球場が、名古屋ドームで数年前……)」と思いながら、千葉マリンスタジアムを調べてみたら、ショッピングコーナーに「ドカベン・ハローキティ」とか書いてあってビックリした……っ! 商品画像なかったけど(笑)。里中ちゃんがロッテじゃなくなったから、なくなったのかなぁ? でもキティちゃんのぬいぐるみは可愛かったよ……ファンでもないのに買おうかと思ったあたしは、多分大バカ者です……。