ホントにあった怖い話












 それは、プロ野球のオフシーズン中──年の暮れも近づいた、とある日のことだった。
 久しぶりに家族の居る自宅に里帰りしていた球道は、母に頼まれた買い物をしに外に出た先で、偶然、同じ球団の瓢箪と会った。
 どうしても手に入れたいものがあったので、遠出をしたところ、少し遅くなってしまい、これからどこかで外食でもしようと思っていた──ということだったので、球道は彼を自宅の夕餉に誘った。
 それだけを見れば、それほど珍しい光景ではなかったが、自宅に帰ったら、なんとも奇妙な顔ぶれが揃うことになった。
 それは、球道の父、大介と同じ日本ハムの捕手である土井垣と、投手である不知火が揃ってちゃぶ台を囲んでいたのである。
 驚いて目を見開いた球道と瓢箪であったが、シーズン中ならとにかく、すでに時は12月も中旬……そして揃って野球バカということもあって、ちゃぶ台の上に料理が次々に出される頃には、今シーズンの笑い話が次々に出てきて、あっという間にアットホームな雰囲気ができていった。












「──っと、そろそろ俺達は、これでお暇しますね、中西さん。」
 ツマミが乗せられていた空になった皿がいくつか積まれた頃、ほんのりと酒に酔った色を頬に乗せた土井垣が、手にした腕時計で時間を確認して、そう切り出す。
 その声に、なんでぇ、と目を瞬いたのは、球道であった。
「まだまだ宵の口じゃねぇか。」
 するとそれに頷いて、
「終電までまだ時間もある。ゆっくりしてけ。」
 大介までもがそう言うが、そういうわけにも行かないと、土井垣は苦笑をにじませる。
「そうしたいのは山々ですが、あまり今日飲みすぎても、明日に響きますから。」
 まるで明日の朝から試合でもあるみたいな言い方だな、と、瓢箪が突っ込むと、それには不知火が答えた。
「うちは、明日の夜に忘年会をする予定があるんですよ。
 ──あれは、もう……前日から気合を入れないと、正直、辛いしな。」
「あはは、守は去年、中西さんにシャンパンシャワーを三本くらい浴びせられてたっけな。」
「って土井垣さん、それは言わない約束ですよ。」
 苦笑をにじませる不知火に、いつぞやの自分を思い出してかニヤニヤ笑う土井垣に、そんなこともあったな、と、こちらも人の悪い笑みを浮かべて大介が自分の顎をなでさする。
「ならなおさら、今日、思いっきり飲んで、明日ドーンッと迎い酒って言うのが一番効くぜ、不知火。」
 ほらほら、と、球道が楽しそうに笑いながら徳利を差し出してくるが、不知火は目元を赤らめた程度の顔で、思いっきり良く顔をしかめる。
「バカ言え。酒が少しでも残ってるような状況で、明日参戦したら、どうなるか分かったものじゃないぜ。」
「守は人気者だからしょうがないんじゃないか?」
 バッテリー組んでる俺も鼻が高い、と、楽しげに笑いながら土井垣は、彼を促すようにして立ち上がる。
「あら、もう帰るの、土井垣君、不知火君。」
 ちょうどお盆の上に新しい料理を乗せてきた球道の母が、秀麗な顔におどろきの色を乗せて問いかけるが、土井垣は後ろに掛けてあった自分のコートを手に取りながら、スミマセン、と頭を下げる。
「まだ明日がありますから。
 今年こそは、中西さんに負けないように、最後まで立っているつもりですし。」
「おっ、今年も挑戦か、土井垣? まだまだ若手には負けんぞ。」
 にやり、と笑い返す大介に、オレもです、と土井垣が返す。
 そんな二人のやり取りを横に、不知火も立ち上がった。
「それじゃ、中西、瓢箪さん、また来季に。」
 ぺこり、と頭を下げて、土井垣と不知火が帰ろうとするところへ、愛子が慌てたように、
「ちょっと待って、土井垣くん、不知火くん。今、お料理を包むから、持って帰って!」
 ヒョイと首だけ出してそう言ったかと思うと、再び台所へと姿を消してしまう。
 思わず顔を見合わせる土井垣と不知火に、大介は手にしていた酒の入ったグラスを軽く掲げて、
「もう少し付き合っていけ。」
 笑いかけた。
 コートを着込みかけた土井垣も不知火も、苦笑をにじませた後、何も言わずそのまま座布団の上へと腰を落とした。
「でも、酒の勝負は、明日の忘年会で受けますから、今日はこれ以上はナシですからね。」
 土井垣が座るのを待っていたかのように酒を差し出してくる大介に、きっぱりと告げて、彼は片手で差し出してくる酒を断る。
「この程度で参ってたら、明日もまだ惨敗だぜ、土井垣。」
 ヒョイと眉を上げて笑う大介に、今年もスゴイことになりそうだと、不知火が苦い笑みを刻む。
「やっぱり、明日は家に帰れそうにないな……。」
 ぼっそり、とそんなことを零す不知火に、忘年会なんてそんなもんでげすよ、と瓢箪がヒョイと肩を竦める。
 特に独身の選手が、1次会で帰れるはずはない。先輩選手に誘われて、二次会、三次会……気づけば朝露が落ちる時間になり、さらには地面に積もる霜が朝日に輝くさままで見てしまう──ことも、当然だ。
「うちの忘年会も、おんなじようなもんでげす。」
 言いながら、瓢箪は何かを気にするように自分の携帯電話を取りだし、ピ、と電源を入れる。
 そんな彼の動作に、あ、と、短く球道が声をあげた。
「そういや、瓢箪さん。里中に連絡取れたんすか?」
 首を傾げながら顔を覗きこまれて、瓢箪は携帯を目の前に掲げながら、軽くかぶりを振る。
 突然球道の口から出てきた聞きなれた名前に、土井垣が顔を顰める。
「里中がどうかしたのか?」
 反応を示す土井垣に、そう言えば彼は里中の高校時代の先輩だったな、と言う事実を思い出しながら、
「忘年会の時間が変わったんすよ、それを伝えるように言われてるのに、アイツ、ぜんぜん連絡が取れなくって。」
 ひょい、と球道は肩を竦めた。
「自宅の方にも出ないのか?」
 それは珍しいこともあるものだ、と、土井垣は首を傾げる。
 たしか里中の家は、母子家庭で、基本的に自宅の電話は留守番電話にしてあると、聞いた覚えがあった。
 時々おかしな電話がかかってくるので、ナンバーディスプレイを入れたとも言っていたから、電話さえかけて、留守番電話に入れておけば、あの几帳面なところのある里中が放っておくなんてことはないと思うのだが。
 しかも、そんな大事な電話を──いや、彼のことだから、忘年会に出たくないという理由で、連絡があったのを見てみぬフリしている可能性がないとも限らない。
 ふとそんなことを思った土井垣であったが、口と顔には出さずに、心配そうな表情を宿して球道と瓢箪を交互に見やった。
「いえね、自宅の電話は壊れてるらしいんすよ。
 で、連絡は携帯のほうにしてくれって言われてたんすけど、その携帯の方も電源が入ってない状況で、どうにもこうにも。」
 渋い顔をする球道は、こうなったら同じ千葉に居るんだから、直接自宅に押しかけていってやるかと、そう思っている節も見受けられた。
 そんな彼へ、瓢箪は驚いたように目を丸くさせて、
「って、アレ……? 中西には言ってなかったでげすか? 里中、携帯を川に落として壊したらしいんでげす。」
 そう片手を上に広げて説明する。
 ──瞬間、
「落としたっ!?」
「川にっ!?」
 何をやってるんだと、土井垣と不知火が、呆れたように声をあげる。
 短気な里中のことだから、何か携帯でムカつくことを言われて地面にたたきつけた壊した──というほうが、よっぽど理解できる。
「って、それじゃ、里中に連絡が取れないじゃないっすか!」
 ビックリしたように球道がバンッと畳を叩くのに、まぁまぁ落ち着くでげす、と瓢箪は彼をなだめるような動作をしたあと、
「里中には連絡は取れてないけど、連絡を取る方法を聞いたんで、なんとかなるでげすよ。」
「──って、まさか自宅訪問とか、手紙とかですか?」
 ほかに「連絡を取る方法」は思いつかないな、と、不知火が問いかけるのに、瓢箪はかぶりを振る。
「中西にはまだ言ってなかったでげすが、実は忘年会の時間が変わるらしい──って言う頃に、里中から寮に電話があったんでげすよ。」
「えっ──って、なんだ、じゃ、瓢箪さんが忘年会の時間変更は伝えてくれてたんっすか?」
 それなら、自分が一生懸命連絡を取ろうと、暇があったら携帯に掛け続けていた日々は一体……。
 愕然と目を見張る球道に、いやいや、と瓢箪は手を振る。
「まだ時間が確定してない時でげす。
 その時に、里中から携帯電話を川に落としたから携帯が通じないって聞いたんでげすよ。
 で、時間が変わりそうだと伝えたら、別の連絡先を教えてくれたでげす。」
「というと、里中の母親か。」
 その場に居る誰もが、その答えに疑うことはなかった。
 土井垣がすぐさま口にした名前に、そうだな、と不知火も中西も頷いた──のだが、至極あっさりと、瓢箪がソレにかぶりを振った。
「いや、彼女でげすよ。」
「……………………………………彼女?」
「──彼女っ!?」
「へー……彼女。」
 答えた瓢箪に対する反応は、上から土井垣、球道、不知火である。
 微妙に首を傾ける土井垣の胸のうちは、「………………………………………………サッちゃんか?」という、長い沈黙と疑問符つきである。
 ちなみに球道は、余りに驚きすぎたのか、片膝まで立てかけてくれた。
 そして不知火は、ただ感心するように頷く。
 別に年齢を考えたら、彼女が居てもおかしくはないだろう──なんだかんだ言って里中は、フェミニストなところもあるし。
「彼女の携帯先だけど、そこに伝言してくれたら連絡は取れるって言うから、連絡はしたんでげすよ、その携帯に。」
「──で、どんな女性だったんすか?」
 自分が取り出した携帯を見下ろす瓢箪に、キラキラと目を輝かせて球道が訪ねる。
 あの、里中の、恋人。
 興味がないと言えば嘘になる。
「いや、それが留守番電話になってて、そこに伝言を吹き込んだだけでげすから、まだちゃんと里中に伝わってるかどうかも分からないでげすよ。」
 それが昨日のことだから、そろそろ連絡があると思うんでげす……と、もう一度携帯を瓢箪が見下ろした瞬間だった。
 まるで漫画のようなタイミングで、携帯電話が鳴り出すではないか!
「おっ、着信っすよ、瓢箪さん。」
「噂をすればでげす。」
 携帯を見下ろした瓢箪は、画面に書かれた着信のマークと「里中の恋人」と己自身の手で入力した名前とを確認した。
 同じくそれを覗き込んだ球道が、
「里中の恋人って……瓢箪さん…………。」
 なにか言いそうな目で彼を見上げたが、その時にはすでに瓢箪は携帯を耳に当てて、応答に入っていたので、あえて先を飲み込んだ。
 そんな球道に、大人になったなぁ……と、大介がしみじみとしてるのは横に置いていく。
 なんとはなしに話を進める瓢箪の顔が、なんだか微妙に歪んでいる──正しく言うと、顔満面に「???」が貼り付けられているのに、不知火が不思議そうに見る。
 無言で土井垣は、視線を落とし、何かに耐えるようにギュ、と足の上で拳を握り締めた。
「……えーっと……あ、そうでげす。ロッテの瓢箪です。
 ──あ、はい……えぇ、里中に連絡を……携帯が壊れて連絡が取れないから、そっちへ電話してくれと言われてて……え、明日会う? そうでげすか。なら伝言をお願いしても……あ、はい、えーっと……忘年会の日時の変更なんでげすが──。」
 相手は快く応対してくれているらしいが、話せば話すほど、瓢箪は困惑の色を濃くしていく。
 そして、最後に、
「それじゃ、お世話さまです。」
 そう言って、ピッ、と、携帯を切った。
 そのまま彼は、なんとも言えない顔で携帯を見下ろす。
「──でっ、どうっしたっ!?」
 その瞬間を待っていたように、球道と不知火が、興味深そうに瓢箪を見るが、彼はやはり無言で自分の携帯を見下ろし、困惑の色を乗せたまま──、
「…………なんか、山田だったんでげすが………………。」
 そう──不可解そうな、不思議そうな声で、呟いた。
 一瞬、沈黙が舞い落ちる。
 自分の手で新しく酒を注ぎ込んでいた大介がその手を止め、球道が目を見開き、不知火が意味が分からないと眉を寄せる。
「……………………ハ?」
「──山田って……あの、西武の山田か?」
「今の電話が、山田?」
 それぞれ思うがままのことを口にするなか、無言で土井垣だけは──三人の誰とも違う沈黙を身に纏い、ギュゥ、と、足の上で拳を握り締めた。
 瓢箪は、こくり、と頷いて、
「しかも、どうして自分の携帯に、オレからの伝言が入っているのか、まるで分かってないみたいでげしたよ。
 まぁでも、明日の昼に会う約束をしてるから、その時に伝えるといってくれたから……いいんでげしょうけど。」
 ピッ、と、瓢箪は携帯の着信履歴を確認して──ふぅ、と溜息を零した後、それをポケットにしまいこむ。
「里中も、ウッカリしてるでげすね──手元に携帯がなかったからって、間違えて山田の携帯番号を教えるだなんて。」
 まったく、と……日ごろ携帯電話に頼っている人間は、相手の携帯番号を覚えないため、携帯がなくなってしまうと、誰の携帯番号が誰のものだったか、さっぱりわからなくなってしまうのだろう。
 だからって、彼女の携帯番号と、山田の携帯番号とを間違えなくてもいいでげしょうに。
 そう呆れたように零す瓢箪に、土井垣はひたすらノーコメントを貫き通した。
 そんな土井垣が背負う暗雲に気づいてくれたのは、彼の隣に座っている不知火だけであった。
 彼ら二人の目の前では、明るく笑う中西親子と、携帯の登録をしなおしでげす、と零している瓢箪が座っている。
「あはははは! なぁーにやってんだか、里中も!」
「おっ、でもソレ、おまえも良くやりそうだな、球道?
 うちの番号も忘れそうだぞ、おまえは。」
 ばんばんっ、と膝を叩いて大笑いする球道に、同じく笑いながら大介が突っ込む。
「ま、何はともあれ、これで里中にも連絡が取れたから、ヨシとするでげしょう。」
 瓢箪も、それ以上疑問に思うこともなく、肩の荷が下りたと、すっきりした顔である。
 そして──気づかなかったらいいのに、気づいてしまった不知火は、無言で足を睨みつけている土井垣の、フツフツと湧きあがるような怒気を横目で見やりつつ、
「──土井垣さん……里中………………本気ですよね?」
 というか、気づいていない球道と瓢箪も、ある意味、スゴイ。
 そう暗に含めて聞いてみるが、土井垣はそれをまったく聞いていなかった。
「……………………ふっふっふっふ…………あいつら……隠しておけと言っているのに、まったく聞いてないな……………………。」
 ──まるで、地獄の底から響くような低音であったと……不知火は、後に語ったという。












+++ BACK +++





ヤマサトの出てこないヤマサト話…………(笑)。

題名の意味はですね……本当にあった話だっていうことです。
しかもその当人は、ちゃんと「彼女」と口にしました。
でも電話がかかってきたのは、男の人からでした……走る疑惑(笑)。


ちなみに、中西球道くんがプロ野球編に出てきてからは、まったくプロ野球編を読んでないので、半分以上創作……ゴホゴホッ。
大甲子園で大介パパと土井垣さんが話していたのが仲よさそうだったので、まだ同じチームに居ることにしてしまいました。
球道くんファンの人、ゴメンなさい。









「里中、昨日の夜、オレの携帯に瓢箪さんから電話が入ってたんだが……。」
「あ、そういえばオレ、山田に言ってなかったよな?」
「うん、携帯が壊れた話なら聞いてるぞ。」
「いや、おまえの携帯を連絡用に教えたって話。
 悪いな、突然でビックリしただろ?」
「……うん、まぁ──で、忘年会の時間の変更を聞いておいたぞ。」
「サンキュ。
 それまでに、新しい携帯を買いに行かないとダメなんだよな。」
「ちょうど自宅の電話が壊れたのと重なったからな……タイミングが悪かったな、里中。」
「あぁ、携帯があるから、自宅の電話は使わないって思っていたけど、こういうとき不便だよな。」
「慣れると、そうだな。
 それで里中、新しい携帯を買いに行くのか?」
「うん、行く。
 山田と同じのにしようかな? そうしたら、泊まるときに、わざわざ充電器を持ち合いしなくてもすむしな」
「オレのは大分古い型だぞ? まだ使えるから、ぜんぜん変えてないし。」
「じゃ、山田の携帯が壊れたら、オレと同じのにするということで、一緒に選びに行こう。……な?」
「あぁ、分かった。
 何年先になるかわからんけどな。」
「そうも言ってられないかもしれないぞ……うちのあの電話も、まだ3年も使ってないんだからな。」
「そうか……それじゃ、今から見にいくか。」
「うん。」




ちなみになぜ川に落としたのかは謎のまま…………。