「サチ子はいいよねー。」
 学校帰りの定番──ファーストフードの店で、ポテトに噛り付きながら、突然そう零す友人に、ハ? と、サチ子は目を瞬いた。
 パッチリと見開かれるサチ子の魅力的な目を見上げて、友人はうらやましそうにため息を零す。
 ぱちぱち、と瞬きするたびに揺れる長い睫も、その奥から見える双眸も、形良い鼻梁、ふっくらと形よい唇。10人中10人は彼女を「美人」と評するだろう。
 現に、彼女と歩けば道行く人は振り返るし、ショッピングをしていれば芸能のスカウトにあう。
 そして、これほどの美人で、兄は有名なプロ野球選手で、頭の良くて……なのに、まるで気取ったところがなく、明るくやさしい美少女。
 文句なしである。
 サチ子は、うらやましそうにほほ杖をつきながら自分を見上げてくる友人を見て、自分が手元に持っていたチキンを見下ろす。
 そしてそれを摘み上げて掲げると、
「いる?」
 うらやましいならうらやましいと、そう言ってくれたら分けてあげるのに。
 そう差し出すサチ子には、
「ちっがぁぁーっう!」
 ギュッ、と、テーブルの上で強く手を握り締めて、ブンブンと友人はかぶりを振った。
「え、でも、これが欲しいんでしょ?」
 ほら、と、サチ子が差し出してくる、こんがりと焼けたチキンをジトリと睨んで、友人は首を伸ばして、かっぷり、とそのチキンに噛み付いてやった。
「なーんだ、やっぱり欲しいんじゃない。」
 そう笑顔を見せるサチ子に、そうじゃなくって──と、彼女は口に含んだチキンを噛んで飲み下すと、改めてサチ子を見た。
「そりゃ思わず食べちゃったけどさぁ、あたしが言いたいのは、そう言う事じゃないの〜。」
 訴えるように叫ぶと、サチ子は、ん? と首を傾げるばかりだ。
 その大きくてパッチリした目を見ていると、これくらい美人なら、しょうがないかなぁ、と思わないでもない。
「そういうことじゃないって……他には何もないよ?」
 自分の目の前に置かれたトレイを見下ろし、グルリと一巡りさせる少女に、そういう意味じゃなくって、と彼女は指先でサチ子の隣に置かれた彼女の携帯を指で指し示す。
 その指先をたどって見下ろした携帯は、友人が持っている携帯とは何も変わらないような気がする。変わっているものがあるとすれば、ついているストラップが違うということくらい。
 彼女達がつけている天然石のカワイイストラップや、お菓子の玩具についているマスコットキャラの物とは違う、「お兄ちゃんたち」が所属している球団のストラップ。
 正直言って、カワイイとは言い切れないが、岩鬼は自分のストラップが出ると必ず自慢気にくれるし、兄のストラップが出たらやっぱり嬉しいものだから、ついつい買ってしまう。
 そんなわけで、常にサチ子の携帯には、常に5球団のストラップがぶら下がっている──これに正月辺りになると、里帰りしてきた土井垣さんからの「日本ハム」が加わるから、スゴイ状態になったりもする。
「……なんか欲しかったら、うちにあるのを分けてあげるよー?」
 サチ子が持ち上げると、携帯はジャラリと音を立てる。
「あっ、ソレっ!」
 すかさずサチ子の友人は、ビシリと彼女の携帯を指で指し示した。
「えっ、どれ?」
 目を見張るサチ子の手元──携帯のバッテリーに貼られたプリクラ写真を的確に刺す。
「羨ましいのは、ソッチ〜っ!」
 サチ子は思わず目を見張って、クルリと携帯をひっくり返すと、あんまりにも長いこと貼り続けていたので、ウッカリ忘れていたプリクラ写真を見下ろす。
 少し色褪せたそれは、どれくらい前だったかに兄と一緒に撮ったものだ。
 プリクラ撮ろうと、困った顔をする兄と里中の腕を引いて、無理矢理連れ込んだゲームセンターの中に引きずり込んで、撮ったソレ。
 こんなの撮るの初めてだと言っていた二人の顔の真ん中で、今とは季節の違う服装で、ピースサインをしている。
「兄貴と里中ちゃんと撮ったプリクラじゃん。」
 これ? と指で指し示すサチ子に、そう、と友人は頷く。
 見上げた先で、彼女は頬を赤く染めて、どこか興奮した表情だった。
 ロッテのユニフォームに身を包んでニッコリスマイルを浮かべている里中とは違う、どこか甘えたような色がにじみ出ている私服姿の里中は、狭い画面に収まるのに必死な様子の山田と、額をくっつけるほど間近で笑っている。
 窮屈そうな山田と、その隣で笑っている里中の前面で、満面の笑顔を浮かべるサチ子。
 はっきり言って、
「羨ましい……っ! すっごく、絶対、あんた、全国の里中ファンからうらやまれてる……っ!!」
 ぐっ、と拳を握る友人は、そう言えば里中ちゃんのファンだったっけ、と今更ながらにそのことをサチ子は思い出す。
 憧れの人とは会いたい、でも一介のファンが、友人のツテを利用して会ってもいいものだろうかと、悩み続けること数年──結局、生の里中に会ったのは、球場で遠目に見ただけ……という日々である。
 その里中と、愛想笑いの写真に一緒に収まるのではない、プリクラっ。しかもココまで密着してっ!
 それを当たり前のように携帯に貼り付けてっ!
 これが羨ましくないわけないじゃないっ! と、友人としては自覚のないサチ子を、ジットリと睨みたくもなるというものである。
 兄や兄の友人達の試合スケジュールがビッシリと書かれているサチ子のスケジュール帳にも、プリクラ台紙に「彼ら」との写真が載っているのも、正直な話、羨ましい。
 そう心の底から訴えるような友人に、サチ子はキョトンと目を見開く。
 それから、絶対うらやましい、と言い切る彼女を見上げて、
「──……そんなにいいもんでもないよ……?」
 なんとなく、サチ子は視線を逸らさずには居られなかった。
 そもそもこのプリクラ写真だって、実は自分の顔が一番邪魔だと思っているんじゃないだろうかと思う──兄も里中ちゃんも。
「えーっ、どこがよーっ!?」
 悲鳴を上げる友人に、知らないっていいなぁ、とサチ子は心から思った。
「どこがって──……えーっと、来るのって里中ちゃんだけじゃないし……。」
 里中の場合、来るたびに和気藹々としていってくれるが、常に視線が兄に返っていくし。
 机の周りは空いてるのに、なぜか兄と隣同士に座るし。
 持ってきてくれたお茶菓子を、これが美味しいんだと笑いながら、フォークに刺して、なぜかそれを兄の口元に運んでくれるし──以下略。
 そのことを思い出すと同時、そう言えばこの間、里中ちゃんが買って来てくれたカステラ、大事においておいたら、突然やってきた岩鬼にパックリと一口で全部食べてしまったと言う事実を思い出す。
「……そうそう、岩鬼なんてこっち方面に来るたびにうちに泊まってくし、人のおかずは狙うし、洗濯物を干してやったらやったで、男のパンツを洗うなんてスケベだとか言いやがるし、人の歯ブラシ使ってくるし、いつの間にか置き茶碗とか置き箸とか増えてるしーっ!!」
 バンッ、と机を叩きつけるように怒鳴ると、ビックリしたような顔で友人が目を見開く。
「さ……ささ、サチ子……っ?」
「とにかくっ!」
 どこか怯えた様子になる友人を、ギロリ、と睨みつけて。
「憧れの人にユメを見ても、すぐに破れるだけなのよっ!!!」
 この上もないくらい、力の篭った一言を、叫んだ。
 そんなサチ子の勢いに飲まれた様子で、友人はゴクリと喉を上下させた後、ギッ、と上目遣いに睨み挙げてくるサチ子に──コクコク、と……頷いた。
 否、頷かざるを、得なかったので、ある。












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あえて何も言うまい。

本当はね〜、ヤマサトが書きたかっただけなの〜……なのにヤマサトにならなかった……(笑)。
いや、多分、今、山田と里中書いたら、ひたすらいちゃついてるイミナシな話になることは間違いない。