──「野球が、やりたい」
 壁に向かって一人投げ込むのではなく、暗い中でただ一人素振りをするのではなく。
 あの強い日差しの下で、滴る汗に苦い思いを噛み締めながら、それでも、握り締めたボールを血を吐く思いで握り締めて、戦いたい。
 辛く、苦しい、弱音を吐きたくなるような辛い戦いでもいい。
 ただ──野球が、やりたい。
 胸を焦がすような焦燥の思いを無理矢理払うように、走りこみ続ける日々が続いた。
 そんな中──季節は、野球一色に……染まりきっていた。










 公園で、たった一人で壁に目掛けて球を投げていた。
 汗がダラダラと流れるほど強く、素振りをしていた。
 時々、バッティングセンターに通っては、打った。
 朝と夜に走りこみ、まずは体を作ることだと、ひたすら自分に言い聞かせていた。
 短かった高校時代──たった二年の間、自分の体力の無さと体の未完成さに苦しめられて過ごした。だから、野球スタイルを高校野球から社会人に合わせるのなら、まずは体力を作らなくてはいけないと──力をより強化していかなくてはいけないと、そう思った。
 だから今は、野球をやりたいという欲求を無理矢理押さえ込んで、仕事と体力づくりとを、延々と続けていかなくてはならないのだ、と。
 けれど、そう言い聞かせて一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎ──言い知れない焦燥感が体にも心にもあったのを、否定はできない。

「山田、快打連発!」
「岩鬼、堂々、1番サード!」
「殿馬、秘打炸裂!」
「不知火、プロ初登板!」

 毎日、何かの「声」がする。
 毎日、どこかで知らせが入る。
 ふと見た新聞の紙面を飾る懐かしい顔ぶれ。
 浮かんだ笑顔は、自分たちが今していることへの期待と満足が現れていた。
──その顔を、新聞やテレビで見た後に、鏡を見るのは嫌いだった。
 彼らの浮かべる表情と──彼らと肩を並べていた当時と、なんて違うのだろうと、思い知らされるに決まっているからだ。
 そのたびに、野球がやりたいと、何度も拳を握り締めてきた。
 一人で体力づくりをするのではなく、高校の時のような──あの焦がれるような熱い思いを抱いて、野球をしたい、と。
 キャッチボールをする相手もいない。
 ただ毎日、同じコースをひたすら走り、同じ壁に向かってひたすら投げて、同じ場所で素振りをする。
 ──投げかけた言葉を返してくれる相手もいない。
 何度もマウンドで孤独感を味わったことはあった──独りよがりに過ぎない孤独感ではあったけれど、その孤独に押しつぶされかけたことも何度もあった。
 でも、あの時の孤独とは違う──心の奥底から湧き出てくるような恐怖にも似たその感覚に、吐きそうなほどの嫌悪を覚えた。
 あの時は、その孤独に耐えることができた。その度に背後に居る仲間たちに救われてきた。
 けれど──今、自分のこの孤独を救ってくれる人はどこにもいない。
────プロの地で、何度も対戦する彼らを、見るのは、辛かった。
 それでも彼らの存在を無視することなんてできない。
 隣に立っていた頃よりも一層、ひときわ輝く彼らを、見ないことなんてできない。
 でも、野球中継をしている時間は、ほとんど自主訓練の時間だから、テレビを見ることはなかった。代わりにラジオを持って、ランニングをしながら──涙が出るほど懐かしい気のする快音を耳にしながら、奥歯を噛み殺す。

 あの場所へ、俺も行けるのだろうか?

 ──行きたい、と、そう、思う。
 けれど、同じくらいの強さで思うのだ。
 行けるのか? と──俺に、そこへ行く勇気があるのだろうか、と。
「………………。」
 見下ろした手の平が、高校時代よりも薄くなったような気がする。
 握り締めたら、指も手首も腕も──ポキリと折れてしまいそうな気がして、体がゾクリと震えた。
 高校の時よりも、体力も力も付いているはずだった。
 なのに、見下ろした手も体も、あの頃よりもずっと筋肉が薄れているような気がしてならなかった。
 ギュ、と──掌を握り締めて、里中はキリリと唇を噛み締める。
 この手が、彼らが戦うプロの地で通用するとは思えなかった。
 高校時代に、山田や微笑から、「お前は自己評価が辛すぎる」と言われたことがあるが、そうは思わない。
 冷静に見て、自分の力では──体力では、彼らと同じ土俵に立つことすらギリギリだといつも思っていたのは、事実だと思う。
 体が出来ていない……ということも、もちろんあっただろう。事実、中学のときから標準よりも低い身長で、厳しい評価を受けてきた。
 けれど、それでも──「小さな巨人」と、他人から呼ばれるほどには、成長したつもりだった。
 どれほど苦しくても、どれほど辛くても──……。
「…………っ。」
 彼らと──「山田世代」と呼ばれ始めた彼らと同じ土俵に立ち続けるために、努力を怠ってきたつもりはない。
 努力に努力を積み重ねて、ようやく自分はあの場所に立てていたのだと思う。
 「小さな巨人」という名前は、そうして「超高校級」の彼らと同じ土俵に上がれた自分へ贈られた「賞賛」だった。
 ──努力に努力を積み重ねて、ようやく同じ位置に立つことができた自分を褒める言葉であると同時に、その自分のギリギリさをいつも痛烈に皮肉っていたように感じた。
「明訓四天王……、か。」
 結局、その「四天王」に守られた、ただのひ弱なお姫様に過ぎなかったのかと、今の自分を見て苦く思う。

『里中、また負傷!? 高校最後の本選、出場できず!
 小さな巨人、復帰せず。』

 一年前──そんな風に新聞が書き立てていたように、結局、おれにはアレが精一杯だったと言うのだろうか?
「──……っ。」
 それでも、と、里中はギリリと唇を噛み締め、掌を強く握り締め、弱気になる心を必死に奮い立たせて、吐き捨てるように祈る。

 野球がやりたい。

 たった一人で、孤独の闇に晒されて──ただ、それだけを強く願ってしまうのは。

──あの頃の光を、ただ、求めてしまったせいなのかもしれない。

















 片手にスパイク、小脇にグローブ。肩からかけたスポーツバックの中には、先ほどまで着ていたユニフォームにタオル。
 少し遅れて歩いてきているチームのキャプテンが、つい先ほどまで戦っていた敵チームのキャプテンと、今日の試合について話し合っている。
 そんな彼らの肩には、まるで揃えたかのように同じ色のクーラーボックス──試合中に、誰もが水分補給をしたために、中身はすでに空っぽのはずだ。
 2人の少し前を歩くのは、全員の分の金属と木製のバットの入ったバットケースを持つ男達。ついでのように小脇に抱えているのは、今日使った試合用のボールが入っている。
 その誰も彼もが、楽しそうな笑顔を浮かべていた。
 少し疲れた色を宿しながら、それでも仕事で疲れたときとはまるで違う、満足げで楽しげな表情は、老いも若いも関係なしに、ただ明るさと無邪気さに満ちていた。
 20歳くらいの青年は、両手でバットを握る仕草をして、隣を歩く父親ほどの年齢の男に、笑いかけている。それを聞いて、更に少し前を歩いていた男が……コチラは今の今まで試合をしていたユニフォームのまま、髭をたわませるようにして笑って、おどけるように殴りかける仕草をした。
 慌てて大げさに避けようとした青年が、そのまま後に下がり──ドン、と、斜め後ろを歩いていた青年に当たる。
「──……っと、悪い、里中。」
 老いも若いも揃った仲の良いチームメイトの中、ひときわ若さが目立つ青年──里中は、つい最近このチームに入ったばかりの「新人」であった。
 5月のゴールデンウィーク後くらいから、毎週のように野球の試合見学をしていたかと思うと、ある日突然、「自分もやりたい」と申し出てきたのだ。
 高校を中退する前までは野球をしていたと言うこともあり、すぐさま入団が許可され、それから毎週のように肩を並べて「野球」をしている。
 線の細い、容貌の整った顔立ちをしている彼は、無表情にしているとどこか人を突き放したような雰囲気があったが、驚いたように目を見張る表情は、まだあどけなく見えた。
「いや。」
 里中はフルリとかぶりを振って、そのままぶつかってきた青年の肩をポンと叩いた。
 それから、にやり、と口元を緩めて笑みかけると、
「でも、あんまり暴れると危ないぜ。いくら車どおりが少ないって言っても、ごくたま〜に、通るんだからさ。」
 それほど力もいれずに、トン、と彼の肩を前に押し出す。
 まるで力を入れていないような仕草にも関わらず、強く押されたような痛みを受けて、彼はよろよろと足をよろけさせる。
 なんでもない一押しで、そんな風によろける青年に、周りから笑い混じりの野次が飛んだ。
「飲んでもないのに、もう千鳥足か〜っ!?」
 どこか下卑た表現が宿すその野太い声に、ドッ、と笑い声が上がる。
 それに釣られるように笑う里中の整った顔を、照れたように笑いながら青年はチラリと見て──誰にも分からないように無言で肩を掌で押さえた。
 本当になんでもない一押しだった──軽く小突く、程度の力しか入っていないように思えたのに……事実感じた力は、里中の華奢な腕で思い切り良く押し出されたと思うほどに強かった。
 ──けどそう口にしても、体格が一回りくらい違うのに、何を言っているんだと、オヤジどもにからかわれて終わるだけだろう。
 だから彼は、何も言わず、先ほど里中に──つい最近、自分たちの草野球チームに入ってきたばかりの彼に、突付かれた場所を二度三度撫でてから、『里中は馬鹿力』と、心に刻み込んでおいた。
「それにしても、今日は面白かったよな〜……お前のトンネルがっ!」
「いや、アレは手前でイレギュラーしたんっすよっ!」
 ワイワイと、川べりにあるグラウンドの、駐車場まで続く道を、試合の後にそうやって笑いあいながら歩くというのが、この地区の「リーグ」のお決まりのパターンだった。
 小さな地区の、野球が好きだという人間ばかりが集まった、チーム数が4つしかない小さなリーグ。
 そのため、それぞれのチームに属する人間同士も仲が良く、試合中も和気藹々とした雰囲気が流れることが多い。
 時々起こるイザコザも、なんだかんだでフォローや止めに入ってくれる人間ばかりで、居心地はとてもいいチームばかりだった。
 その中の一つ──仕事先がある地区の人間ばかりで作られたチームのユニフォームに身を包んで、里中は彼らと同じように肩を並べて歩いていた。
 この私設リーグは、「4月1日」から「9月15日」までの期間、毎週土曜日と日曜日に試合をする。たった4チームしかないリーグだけれど、時々他の市町村からも練習試合の申し込みなどが入り、それなりに活気溢れているのだという。
 もちろん、試合とは言っても、高校野球やノンプロ、プロ野球などとは違って、みな野球を楽しむための試合をしているため、ルールにのっとっていると言うだけで、ある程度はハメを外すことが許されている。
 何よりも、「誰もが野球を楽しむ」ための草野球だからこそ、その当日にならなければ誰が来るのか分からない……なんていう展開もある。
 一つのチームに所属しているのはだいたい20人前後。そのうち、毎週来ることが出来るのは4〜5名程度で、残りはその時々によって参加、という形である。
 もちろん来たからには、最低でも1度は打席に立たせてもらえるし、ラインマンや審判などをすることもある。
 そのため、その時々で誰がどこの守備に付くのかが変化する。たとえば今日などは、投手が3回変わった。
 先週は、里中は生まれて初めてのキャッチャーの4番を勤めることになり、草野球だからこそ出来ることだな──……なんて、暢気に思ったものだった。
 ココででの「里中」は、「あの明訓の投手」ではなかった。
 ただの、野球が好きで、ココに居る──そんなチームメイトの一人に過ぎなかった。
 その証拠にと言うか──里中は、未だキャプテンの意向で、「投手」はさせてもらってはいない。彼が言うには、「硬球と軟球は違う。軟球になれるまでは、投手はしないほうがいい」と言うことだったが──それが、いつまでのことなのかは分からない。
 自分が「あの明訓の里中だ」とは名乗っていないが、チームメイトの半数は気づいていることだろう──ただ、里中が投手をしないのは、やはり肩を壊しているからだと、そう勝手に想像してくれているようだから、「投手をしてくれ」と言われないだけで。
 ──最も、もし投手をしたとしても、軽い肩ならし程度の球しか投げることはできないだろうことは分かりきっていた。……受け止めるキャッチャーがいないのだから。
「そういえば、今朝の新聞見ましたっ!?」
 駐車場のすぐ手前まで来た時……不意に一番前を歩いていた青年が振り返った。
 高校の時に地元の高校で野球をしていたという彼は、すごく嬉しそうな顔でニコニコと笑いながら一同の顔を見回す。
 野球が好きで好きでしょうがない、と満面に書いてある彼の顔に、周囲の視線が集まった。
「今朝の新聞って言うと、今年のオールスターだろ?」
 にやり、と、打てば響くように青年に答えたオヤジさんに、そう、それっ、と彼は指先を突きつける。
 とたん、隣に立っていたオジさんが、ペシン、と彼の頭を叩いて、「人を指差すもんじゃねぇ。」と渋い顔で忠告した。
 叩かれた頭をさすりながら、唇をへの字に曲げた青年は、それでもめげずに、コクコクと頷く。
「すごいっすよね、今年! ほとんどルーキーっしょ?」
「まだまだ中間発表の段階だろ? これからどうなるか分からんさ。」
 ヒョイ、と肩をすくめる男は、先日の試合の時に、コンビニで持ってきていたらしいファン投票の用紙をカバンの中に入れていた。
 多分、あの帰りに投票してきたことは間違いないだろう──そして口ぶりから判断するに、
「──あ、ってことは井上さんは、やっぱルーキーには入れてないワケだ?」
 ポケットの中に手を突っ込んで、チャリ、と車の鍵を取り出しながら、オヤジさんが笑った。
 井上と呼ばれた男は、その言葉に一瞬何かを喉に詰まらせたような顔をした後、うぉっほん、と、わざとらしすぎる咳を零した後、
「……まぁ、なんだ? 俺は速球投手が好きだからな……。」
「あーっ! ってことは井上さん、不知火に入れたんでしょ!? 日本ハムの!」
 里中の隣から、青年が声を荒げて叫ぶ。
 その口から当たり前のように漏れた名前に、どくん、と、ひとつ大きく心臓が鳴るのに、なぜか里中は動揺を覚えた。
 しらぬい。
 その名前とともに思い浮かぶのは、もう1年と半年前に見た、秋季大会の時の──彼の悔しそうな顔だ。
 いつも彼のいる白新高校との戦いでは、苦渋を強いられた。彼との戦いは、常に投手戦になるから……1点を争う戦いになることが分かっていたから、白新との戦いのときは、特に彼を意識した。──投手と投手の戦いの試合になるから、なおさら。
──────…………ギュ、と、知らず里中は手のひらを握り締めて、唇を真一文字に横に引いていた。
 高校野球を好きな者なら、誰でも知っている「明訓の里中」の名は、たった一年──春の甲子園の知名度の低さから言えば、丸二年。その月日のうちに、「そう言えば、いたな」と言う程度に変っていた。
 甲子園の優勝投手だと言えば、感心はされるだろう。けれど、誰もが知る「甲子園」は、「夏の甲子園」であって、春の甲子園は数に入れられることのほうが少ない。案外、野球を好きでしている者の中にも、春の甲子園については知識がないものは多い。
 その、春の甲子園で2回、夏の甲子園で1回。──3回優勝した明訓のエースピッチャーよりも、一度甲子園に出ただけの、白新高校のエースであった、「現日本ハムの投手」のほうが、誰の耳にも残る。──当たり前の、ことだ。
 なのに、その当たり前のことが、目の前に突きつけられて──ただそれだけのことで、胸がジクリと痛む。
 プロ野球しか見ない人だっている、自分の県から出た高校の勝ち負け以外は興味がない人だっている。
 だから、自分のことを知らなくて当たり前の人だってたくさんいて、プロに進んだ彼のことを知っている人がたくさんいる──それは、当たり前のことだと言うのに。
「──……っ。」
 その事実に、打ちのめされている現実の自分に、吐き気を覚えた。
 結局、力が足りないと判断して、自分でこの道を選んだくせに──未だに、あの夏を象徴しているような男に、嫉妬に似たライバル心を掻き立てられるのだ。
「けど、不知火はいいっすよね〜。あの速球もすげぇけど、その上に切れの良いフォークも持ってるし、文句なしっすよ。」
 そんな里中の心中を、誰かが察してくれるわけでもなく、明るく井上に同意してみせるのは、最近娘が生まれたばかりだと言う、今日戦った相手チームの男だった。確か今日の試合では、サードを守っていた覚えがある。
 よく日に焼けた肌を持つ男は、顎に手を当てながら、駐車場の入り口で自然と輪を描く様に雑談を始めた中に混じりながら、
「おれ、ちなみにダイエーの岩鬼に入れましたけど。」
 ひょい、と右手を掲げて笑った。
 瞬間、
「岩鬼かーっ!?」
「まぁ確かに、オールスターなんてお祭りだからな〜、あのお祭り男にゃ、最適かもなっ!」
 ドッ、と湧き上がる声が上がり、里中はそんな彼らに釣られるように笑って──曖昧に、目を伏せた。
 今日の新聞の結果なら、朝からコンビニで見かけたから知っている。
 現在のファン投票の一位は「不知火守」。ほかにも、見知った名前が──名前を見るだけで、懐かしさに駆られる名前が、いくつも昇っていた。
「後、確定は山田じゃないか?」
「あー……西武の山田な。」
 そうそう、と相槌を打ち合う──今年プロ野球にデビューしたばかりの、高校上がりの「プロクラス」についていけているルーキーの話に盛り上がりを見せ始めたのをきっかけに、里中は駐車場の手前で座談会状態になり始めた彼らから、足を反らせた。
 駐車場に車を止めている人間も、これから駅に向かって歩かなければならない人間も、みなそこで足を止めてしまっていた。
 普段なら、その中に混じって、大好きな野球の話に花を咲かせるところだった。
 会話のほとんどが野球のことばかりだと言うのは、里中にとって、すごく魅力的なことのはずだった。
 けれど、今、この話は──避けたいと、そう、思った。
 彼らの話になれば、誰かがもしかしたら話を振ってくるかもしれない。
 里中は、その彼らと野球をしてたんだよな? ──と。
 その質問に、里中は未だに笑顔で答えられる自信はなかった。
 自分は草野球で、彼らはプロ。
 一年後だったら、「彼らとチームメイトだったことが夢のようだ」とでも言えたのだろうか?

──否、いえるはずがない。

 体ができていないだとか、プロにチャレンジするのはもうしばらく後だとか。
 そんな事実は、ただ自分に言い聞かせているだけに過ぎない。
 里中のプライドは、いつも叫び続けている──彼らと同じ土俵に立ちたいのだ、と。自分は、こんなところでいつまでもくすぶっていたくはないのだ、と。
──────でも。

 野球が、したい。
 たとえ、それが望む形ではなかったのだとしても。
 もう一度、あの、命を賭けた──たった一度の奇跡を、見てみたい。

「それじゃ、お先に。また来週。」
 ジクリ、と、胸に去来する何と表現していいのか分からない──何かに怯えるような感覚を覚えながら、里中は笑顔で円を描いている彼らに軽く会釈してみせる。
 そんな彼に、オゥ、とチームメイトや、先ほどまで戦っていた相手が手を振ってくれた。
 それに笑って返しながら、里中はそのまま前へ視線を上げて──ギリ、と、唇をかみ締めた。
 言い知れない焦燥感と、苛立ちが、胸の中を占めていた。





「…………野球が…………したい…………………………。」





 この焦燥感を抑えるために、チームに入ったはずなのに。
 焦がれるばかりのこの感情は──ただ、あふれるばかり……。









+++ BACK +++




草野球編。
あと1話分続きます。

ちなみにこの草野球のモデルは、うちのお父様のチーム……(笑)。