*再びオリキャラ”腐女子”マネージャーネタ*
「大変っ、大変、大変っ、大変よーっ! 美智子っ! 洋子ーっ!!!」
バァンッ!!
激しい音を立てて、ドアが開いた。
それと同時、甲高い悲鳴が室内に上がった。
「きぃやぁぁぁーっ!!!」
「きゃーっ! なっ、何ぃっ!?」
思いっきり開いたドアに、驚いた様子を隠せず、室内に居た少女達は、慌てたように脱ぎ掛けていたブラウスの前を掻き寄せた。
──とは言っても、漫画やドラマにあるように、堂々と制服を脱いで下着姿になって着替える生徒は居ない。良く「女って、見せずに着替えるのがうまいよな」と言われるほど、見事に脱衣してみせるからだ。
真夏で汗がびっしょりな場合は、堂々と上半身だけ脱ぎ捨てて、さっさとブラウスを身にまとうことはあるかもしれないが、見回した女子生徒の誰もが、下着姿は露出していない。
単にブラウスの前を開いていた少女達は、ブラウスの第3ボタンまではずして、制汗スプレーを振っていただけである。
それでも、更衣室という「女子」の密室空間を、突然開いた人間に対する視線は厳しい。
たとえ、開いた者が、自分達と同じ少女であっても──、だ。
「って、何やってるのよ、愛子〜っ!」
「ほらっ、早く閉めて、閉めてっ!!!」
慌てて、上半身に半そでの体操服を身に纏い、下半身はスカートのまま──という、侵入者が叫んだ名前の少女が二人、ドアに向かって駆け寄ってくる。
非難もあらわな室内の女子高生の視線をものともせず、日に焼けた頬を紅潮させて、愛子はその二人の腕を掴むと、
「いいからっ、はやくーっ!!」
グイッ、と、手を引っ張った。
思わず前につんのめった美智子と洋子の二人の足が、ふらりと更衣室から出たとたん、ドア近くに控えていた少女が、慌てたようにドアを閉めた。
バンッ、と──背後で閉まった更衣室のドアに、美智子と洋子は小さな悲鳴を喉で引きつらせる。
「あーっ、あたし、まだ着替え終わってないのにぃっ!」
「もーっ、何よ、愛子ったらっ! お昼休みは、まだたっぷりあるでしょーっ!?」
きっとドアの向こうでは、自分達のクラスの女子が、着替えの邪魔をされたことを──さらに言えば、使用中の更衣室のドアを思いっきり開いた愛子へ、ブツブツと文句を言っているに違いない。
「……あーあ……あたしたちが更衣室の鍵を返しに行かなきゃいけないの、決定だよ……。」
本来なら、それは体育係りの仕事で、自分達ではないのに。
そう、うんざりしたように呟く洋子に、それどころじゃないのと、愛子はズンズンと二人の腕を引っ張りながら、廊下を歩いていく。
昼休みのざわめきに満ちた廊下では、お弁当を片手に持った生徒が、中庭に向かっていたり、早速購買から買ってきたらしいパンと牛乳を持ちながら、教室に戻ろうとしていたり──そこかしこから、おいしそうな匂いが漂ってきている。
その中、いまだに上半身体操服姿の──体育の授業が終わって、着替えている最中に拉致された二人は、何が起きたのだろうと、こっそりと視線を交し合った。
愛子の「大変」な用件を済ませた後、更衣室に戻った頃にはきっと、更衣室には誰も居なくて、「着替え終わったら、さっさと鍵を片付けてね」と言わんばかりに、目立つところに鍵が置かれていることは間違いないだろう。
特に今は昼休みということもあって、みんな、さっさと着替えてご飯を食べて、ゆっくり化粧直しやおしゃべり、携帯チェックなどがしたいに違いない。
体育係りだって、もしかしたらちょうどいいから、鍵の返却は自分達に押し付けてしまおうと、今頃せっせと着替えをしているかもしれなかった。
「これで、くだらないことだったら、怒るよ。」
「で、何があったの? まーさーか、また徳川監督が、職員トイレで飲みすぎで倒れてたとか言わないでよー? ああいうのは、沢田達の仕事でしょ。」
あの人、アレで選手を見る目もあって、練習メニューを組む実力も無かったら、本当、ただの酒のみだよ。
眉を寄せながら、制服姿の中を体操服とスカートという姿で走る羽目になった自分に溜息を覚えつつ、美智子が愛子の興奮したような後ろ頭を睨みあげる。
そんな二人に、目的地に向かって一直線に早歩きしていた愛子が、
「何、言ってるのっ! そんなくだらないことで、あたしがわざわざあんた達を呼びに行くわけないじゃないっ!」
嬉々とした声は、今の愛子の気持ちをそのまま指し示しているように思える。
「……へー……先月の梅雨の時期に、徳川監督から『白新高校の新エースピッチャーの中学時代の記録ビデオ』を、自室から取ってきてくれって頼まれたときにも、あたし達を呼びに来なかったっけぇ?」
「アレは非常事態だったの。
だって、まともに掃除もしてない徳川監督の、合宿所の自室に入らなくちゃいけなかったのよ!? しかも、ジトジトシメシメ時期にっ!
一人じゃ怖いじゃないっ!?」
ズカズカと歩きながら、肩ごしに振り返って力説する愛子に、反論した洋子は、彼女に掴まれた手とは違う手を口元にあて、「う……確かに……」と、思いだしたくないものを思い出して心なし青ざめた。
その洋子の想像を補うように、
「私……部屋の中にキノコが生えるなんて、漫画の中の出来事だと思ってた……。」
美智子が、ボッソリ、と呟く。
その瞬間、洋子がブルリと身を震わせて、
「それは言わないお約束ーっ! ……って、愛子っ! 前っ、前向いてーっ!!!」
ズカズカ進みながら、自分達を振り返っている愛子の正面を、慌てて指差す。
目の前にはずんぐりむっくりな男が、驚いたように目を見開いて、こちらを見ている。
慌てたように身体を避けさせようとするが、それほど広くない廊下では、たとえ彼が壁にべったりと張り付こうとも、洋子か美智子がぶつかることは免れそうにない。
悲鳴に近い声をあげる洋子に、愛子は目を丸くさせ、慌てて顔を戻すと同時、
「──……っと、おぉっと! すまん、山田っ!」
女子高生らしくない声を上げて、慌てて洋子と美智子を掴んでいた手を離して、背中を壁に押し付けた山田を、間一髪避けた。
「こ、小西マネージャー……危ないですよ、前を見て歩かないと。」
驚いたように細い目を精一杯見開いている山田に、すまんすまん、と愛子は明るく謝る。
そんな友人に、洋子と美智子は、愛子が山田を「男」として認めてない事実を悟った。
山田は、明るく謝る愛子の背後に立つ、同じ野球部のマネージャー二人を認めて、軽く目を見張る。
──なぜ二人は、体操服を着ているのだろう?
その疑問が顔に表れた山田の顔に、誰も好きで昼休みに体操服を着たままなワケじゃないのよ、と、洋子と美智子は居心地悪げに首を竦める。
そうすると、なんだか全身から体育の汗臭さがにおってきた気がして──実際はそんなことはなかったけど──、ソソ、と、山田から少し遠ざかる。
「ゴメンゴメン、ちょっと急いでたから……って、そう言えば山田。」
そのまま山田の横を通り過ぎようとした愛子であったが、クルリときびすを返して、壁に背をくっつけたままの一年生新入部員の一人を見上げた。
今年の新入部員は、たった4人。
その中でも目の前に立つ山田は、神奈川県下でも名高い捕手の土井垣がこの高校に居るにも関わらず、キャッチャー志望で入ってきた新入生だ。
おかげで、「土井垣が卒業するまでは補欠が決定」づけられているも同然で、マネージャーである愛子達とは、道具の修復や整理などでほかの新入部員よりもずっと接する時間が多かった。
そのため、愛子も自然とほかの後輩部員達よりも、山田に対して遠慮が無くなる。
──もともと、自分の趣味のためには傍若無人なところがある彼女であったが。
「あんた確か、里中ちゃんと同じクラスだったわよね?
もう土井垣って、そっちに行った後?」
首を傾げて、山田を見上げる愛子の口にした台詞に──、ピピンッ、と、洋子と美智子の肩がはねた。
「あ、はい。さきほど、キャプテンと一緒に、出て行きましたけど……里中に用でしたら、おれから伝えましょうか?」
マネージャーの女子とは言えど、先輩は先輩。
話す言葉も丁寧に、背筋を正して礼儀正しく答えてくれる山田を、洋子と美智子は、目からうろこでも出たかのような目つきで、見つめた。
そしてそのまま、キラキラと輝く擬音がこぼれそうな目で、自分達の腕を先ほどまで引っ張っていた愛子を見た。
「あ、愛子……、キャプテンが、里中ちゃんの所に行ったって……。」
「しかも、一緒に出て行ったって……っ。」
知らず、洋子と美智子は、感動にむせび震える指先で、お互いの手を握り合っていた。
突然、変貌したかのように見えるマネージャー二人に、山田はギョッとした面持ちを隠せない。
しかし、かれは必死でそれを押し殺し、愛子と洋子、美智子の三人を交互に見やる。
「そう。だから急いでたのよ! 土井垣が里中ちゃんに、部室で話があるって言ってたから……これはもう、『先輩後輩の教え』以外にはありえないと思ってっ!」
大変でしょっ!?
そう、思いっきり良く拳を握り締める愛子の、今にもレーザーが出そうなほど輝く目に、コクコクコク、と、忙しなく洋子と美智子は頷く。
そんな──あからさまに怪しいオーラを放出する三人に、山田は気圧されたように唇を一文字に結んだ。
「せ、先輩後輩の……教え……ですか。」
あえぐようにかすれた声が山田の声からもれた。
冷静沈着で、物事には動じる様子をめったに見せない山田であったが、付き合いなれない「女子」生徒の、こういう動作と雰囲気には、どうしたらいいのか分からない。
戸惑いをあらわにする山田をまったく気にせず、
「とにかくっ! コレを私達が見逃すわけには行かないわっ!
今日の昼食は、捨てる覚悟で行くわよっ!」
「大丈夫よっ! 一食くらい抜いたって、ダイエットだって思うわっ!」
「そうよっ! 食欲なんて、欲望の前には、チリよ、チリッ!!」
ガシッ、と、お互いの拳を交えて、そうキラキラしく叫ぶ。
そんな彼女達三人の光景は、思わず引いてしまうものがあったが──悲しいかな、山田はほかの部員達に比べて、女子マネージャー三人組と接する機会が多かったため、慣れていた。
──そう、部活中でも、彼女達はこんな風に突然、何かが降りてきたかのように人が変わることがある。
これさえなかったら、仕事熱心で、優しくて、良く気がつく上に、土井垣ファンじゃないとてもいいマネージャーなのだが。
三人は、目指せ部室っ! とばかりに、山田の存在をもう忘れて、一斉に飛ぶように目の前から駆けていった。
くふふふ……と、怪しい笑い声が彼女達が走っていった先から聞こえた。
「今からだったら、5限目はサボりになっちゃうかも〜!」
「こんなこともあろうかと、常にスカートのポケットに録音機入れておいてよかったわ!」
「部室に常にスケブも置いておいて、正解よねっ!!」
山田には理解できない会話を口にしながら、颯爽と目的地めがけてかけていく彼女達を、山田はただ無言で見送るしかなく……、
「………………なんだったんだ……一体……。」
呆然と呟く彼の前を、
「あーれがよぅ、乙女心と秋の空っちゅうやつづらな〜。」
どこから聞いていたのか、殿馬がずらずらと足を引きずりながら、通り過ぎていった。
こっちだ、と昼休みでざわめく教室と廊下を挟むドアで、先の角を顎で軽くしゃくる土井垣は、里中の返事を待つことなく歩き始める。
里中は軽く顔をゆがめて、そんな土井垣の学生服の良く似合う背中を問いたげに見つめたが、何も言わず小さく溜息を零すと、タッ、と駆け足で彼の背を追った。
土井垣は里中の小さな足音を耳にしながら、廊下の角を右に折れる。
里中はそれに追いつこうと、土井垣がたった3歩で通り抜けた廊下を、パタパタ、と忙しなく右に折れた。
──と同時、
「……っ。」
折れたすぐに壁に、土井垣が背を預けて立っていた。
勢いをつけて曲がったために、そのまま土井垣に突っ込んでいきそうになるのを、慌てて右手で廊下の角を掴んでこらえる。
土井垣は、そんな里中をチラリと見て──彼の頭越しに、廊下の向こう側を見やると、壁についた里中の右手を、グイ、と引っ張った。
「──……きゃ、ぷて……っ?」
グラリ、とかしぐ里中の体を、そのままクルリと自分の体を軸にして回して、土井垣は自分達が歩いてきていた廊下に背を向け、里中を自分の前に立たせた。
右腕を掴まれたまま、里中は戸惑うように土井垣を見上げる。
「──あの?」
突然先輩に呼び出されたあげくのこの状態。
土井垣の影が己の顔に落ちるのを感じながら、里中は不安げに瞳を揺らして彼を見上げる。
すっぽりと土井垣の体に収まりそうなほど華奢な里中の頭は、土井垣の胸元までもない。
その小さな身体を──本当に、これだけ小さくて野球ができるのだろうかと疑問を抱くほど細い体を、土井垣は無言で見下ろした後、
「里中、今日の練習が終わった後……。」
里中の腕を掴んでいるのとは逆の指先を、す、とあげた。
目の前に見えた土井垣の指先に、びくん、と肩を竦める里中の頬を、土井垣の指がかすめる。
そのまま彼は、手の平を広げて、里中の頬から顎のライン──耳元と小さな頭をなで上げると、
「いつものところで。」
す、と、首を傾ける。
顔の上に落ちる影が、一層濃くなり──里中は、ス、と目を閉じた。
一瞬の沈黙。
ほんの、触れ合うだけの口付け。
すぐに離れるぬくもりに、微かに指先が震えた。
同じようにすぐに離れていく土井垣の手が、もう一度名残惜しげに里中の唇に触れるのを、彼はただ黙って受け入れた。
「──……はい。」
小さく……同意の返事を返しながら。
「ッていう、シチュはどうっ!!?」
グッ、と拳を握り締める愛子の手元には、スケッチブック。
本来なら、ありありと生々しい赤裸々な合体技の描写が描かれる予定だったソコには、なぜか今現在、愛子の手によりプロットが書かれていた。
初々しいばかりの反応を示す里中の絵の周りには、スミレの花が一面に散っている。
里中ちゃんは、バラやユリじゃなくって、もっと細かくて可愛い花なのっ! と、愛子が言い切った結果である。
いや、それはどうでもいい。
問題は、せっかくのスケッチの機会が、結局スケッチではなくプロットの時間になってしまったこと事態が問題なのだ。
「そのシチュ、最高! でも、その続きのほうを書かないと。
いつもの場所って、場所はどこよーっ!? 合宿所の土井垣君の部屋っ!?」
洋子が興味津々に愛子に詰め寄ると、
「ふっ、甘いわね。あそこは隣の部屋の声が丸聞こえだから、いつもの場所って言うのは、夜の校舎に決まってるじゃないの!」
ババンッ! とばかりに、愛子が宣言する。
そんな彼女の台詞を受けて、
「え、じゃ、保健室?」
「バカっ! ちゃんとベッドの上でやって、何が楽しいのっ!」
「そうよね〜、やっぱり、図書館よね……ふふふ……。」
意味深に美智子が微笑む。
「え、私は別に、一年生の里中ちゃんの教室でもいいわよ?
で、ちょっぴり鬼畜モード入ってて、『ほら、ちゃんとやらないとおまえの机が汚れるぞ』とか言うのってどう!?」
「キャーッ☆ミ やだっ! そんなことしたら、里中ちゃん、授業中に思い出してソレどころじゃなくなるじゃなーいっ!!」
さまざまな妄想が、彼女達の頭を駆け巡っていた。
それはもう、絵にしたらR18指定が付きそうだ。
ちなみに三人の中の二人は、まだ18歳未満である。──誕生日がまだだから。
「ねね、でも、うちのクラスとかだったらどうする〜っ!?」
「どうするって、どうしようよ、もぅ!!!」
バンバンバンッ、と、部室の壁を思いっきり叩きながら、三人は興奮気味に話を進めていく。
「あぁ……もう、次から次へと、すんごいネタばっかり浮かんでくるよぅ。」
「里中ちゃん、最高!」
ビバ、里中っ!!
そんな合言葉を叫ぶ三人の声を、もしも誰かが聞いていたら「里中ファンか」と思ったに違いない。
だがしかし、彼女達が叫ぶ意味は、果てのない黒腐女子妄想しか詰め込まれていなかったりする。
かくして、スケブには本当に色々と物事がしたためられていったのだが。
「……っていうかさ、まだ部室の中じゃ、ことが起きないね。」
ちょこん、と、部室にある窓の下にしゃがみこんだまま──まだ、なにもしていない状態なのであった。
「うん……徳川監督、超邪魔よね。」
「そうそう、監督が出てかないと、ムードも出ないよ。」
そう──部室の中には、確かに土井垣と里中が居ることはいた。
だがしかし、徳川監督も一緒に居たのであるっ!
「こういうときこそ、酒でも飲んで寝てたらいいのに。」
「本当よねぇ。」
うんうん、と頷く洋子と美智子に、愛子も同意するように頷きながら、
「そうそう、酒を飲んだら鬼畜になるって設定なんだから、ここで一発、二人同時に徳川監督が相手してくれたら、夏コミの新刊が……。」
「いやっ! ちょっと待てっ、愛子っ! だからあんたは、徳川監督を使うなってっ!!!」
新しいアイデアをスケブに書き始める愛子を、慌てたように洋子と美智子が左右から止める。
止めないと、徳川監督のハーレム劇場が仕上がってしまうことは間違いなかったからである。
+++ BACK +++
あー……楽しかった…………(笑)。
いくらシチュとは言えど、土井垣里中を始めて書きました。
嘘ッぱちですね、こんな二人は(笑)。