小話集





1 スパスタ編8巻ネタ(だけど、9巻(未発売)ネタバレ)


 2005年の開幕戦──楽天戦が終わった後、里中はしばらく自分の掌を見つめていた。
 その、どこか切羽詰ったような真摯な面差しに、誰もが口をつぐまずにはいられなかった。
 開幕戦で負けることは、珍しいことはない。
 特に投手は、打者よりも立ち上がりが遅いということもある。
 そんなことは、投げた里中自身、良く分かっているだろうに──確かに、あのルーキー真田1人にいいようにあしらわれたあとあっては、里中も悔しいだろうけど。
 だからと言って、着替えを済ませた後のバスの中にまで、里中がそれを引きずるのは珍しかった。
 いつもなら、明日の試合のために、今日の試合の冷静な分析をしているところだろうに、今日の里中は、バスに乗り込んでからずっと、無言で右掌を見下ろして、隣に座っている山田に目もくれない。
 そして山田も、そんな里中のショックを思ってか、何も言わずに無言でいるばかりだ。
 指先を開いたり閉じたりして、それから軽く手首を捻る。──何かを確認するような仕草は、もしかしたら試合中にどこかに痛みでも感じたのではないかと不安にさせられる。
 山田は、そんな里中を、ただ静かに見つめていた。
「やっぱり、真田1人に点を取られた……って言うのが、応えてるのかな?」
 斜め後ろの座席に座っている里中と山田を一瞥した後、木下はシートに座りなおしながら呟く。
 その心配そうな呟きの言葉に、窓際で頬杖をついていた国定が、声を潜めて軽く笑った。
「悔しいとは思ってるだろうけど、それはないと思うけどな……。」
 冗談のように笑うつもりだったのだけれど、それでもかすかに苦笑の色が篭ってしまったのは──多分、万全の状態の里中が投げて、ここまで見事荷「完敗」してしまったのを見たのが、初めてだからだろう。
 あの状態の里中から、それでも点を取ってしまった真田がスゴイのだとは思うが──次にもそれが通用しないのが、あのバッテリーだ。
 心配することは、ない。……と、言い切るには、今夜の里中の様子は少しおかしい。
「試合が終わった直後は、あんなんじゃなかったんだけどな。」
 木下と国定のひそひそ話が耳にはいってきたのか、前の座席から緒方が身を乗り出して話に加わってくる。
「悔しそうだったけど、次は覚えてろよ、二度はないぜ〜、って感じだったよな、確かに。」
 そしてそんな里中に、山田も岩鬼も、当たり前だと頷いていた。
 ──はず、なのだけど。
「じゃ、なんで今、あんなに静かなんだ、里中?」
「疲れてるんじゃないのか? ニヒ。」
 三人の投手の会話に、今度は緒方の隣から足利が首を突っ込んでくる。
 足利は三人の視線を集めると、里中の顔をチラリと横目で見やった。
 掌を見下ろしている里中の様子は、遠目に見れば、うなだれているようにも、疲れてぼんやりしているようにも見える。
 薄暗いバスのほのかな明かりで、うつむいた里中の白いうなじと首筋が、奇妙に青白く見えた。
「そりゃ、疲れただろうなぁ……。」
 完投するだけでも疲れるのに、今回は負け試合──しかも、たった一人に翻弄されての負け試合だ。やりにくいことこの上なかっただろうし、疲れも人一倍だろう。
「それでも、あそこから踏ん張って投げきれるのは、さすが里中ってとこだな。」
 椅子の背もたれに頬杖を付きながら、目元を緩める緒方の言葉には、確かになぁ、と──今度はまた違う方向から返事が返って来た。
 視線をやれば、巨体をシートからはみ出させた星王が、笑みを口元に浮かべていた。
「ああいう、ワケの分からないヤツを相手に戦うのは、疲れるもんだしな。」
 のんびりとした笑みを浮かべながらそう零す星王に、お前がソレを言うかと、四人の視線が突き刺さったが、星王は特に気にした様子もない。
「まぁ、そうやって相手に喰われるのも、今回だけだろうがな。」
「だな。実際、点を取られたのは最初だけだし。」
 試合には負けたし、試合の内容的にも真田一球に翻弄されたと言えるが、それでも、悪い試合だったわけじゃない。
 この試合が、今年の開幕の全てを決めるわけではない。
 今年新設の東北楽天イーグルスとの最初の試合だったから、それなりに重要な意味合いを持つことは持つ。あちらはきっと、山田と里中のバッテリーから勝利をもぎ取ったことが、幸先のいいスタートになったと思っているに違いない。
 それは確かに、スーパースターズとしても「最初の一敗」以上の意味を持つ、重要な「負け試合」になるわけだが──。
「里中が、気にするようなことじゃ、ないよなぁ……。」
「あれは、俺らだって抑えきれないぜ。」
「投打内容で負けたわけじゃないよな。」
 ひそひそと話し合いながら、チラリと見やった視線の先──、里中は、掌に落としていた視線を、ゆっくりと上げ始めた。
 思わず、ハッ、と一同が口をつむぐのと、里中が山田を見上げるのとが、ほぼ同時。
「山田。」
 疲れて沈んでいたとは思えないほど快活な口調で山田の名を呼ぶ里中の声に、バスの中全体が、奇妙な沈黙に包まれた。
 息を飲み込んで見守る木下達とは違い、他の面々も、なんだかんだでいつもと違う里中の様子を気に留めていたと、そういうことだろう。
 物思いにふけっていた里中は、急に静かになった周囲に気づかず、指先をゆるく折り曲げながら、
「今日の試合でさ、真田が投げた球……覚えてるか?」
「あぁ……うん、色々な投手を真似てたな。」
 そういえば、高校時代は「明訓」になりきって、試合をしていたっけ。
 そんな懐かしいことを今更ながらに思い出しながら──あれも厄介だった、と零す山田に、里中は首を傾げるようにして頷きながら、
「有名な人ばっかりだったけどさ。」
「でもその反面、昔の人ばかりだったから、『知っている』はずでも、知識がすぐに繋がらなくて、苦戦するな……あれは。
 真田がどれほどの投手の真似を出来るのかは知らないが、一種の芸術だな……あの領域まで行くと。」
 ──というより、どの有名人になっても、その人物の切り札とも言える球種を、本物さながらに使えるのは……化け物だ。
 眉をよせて、唇を捻じ曲げる山田は、それでも今日という日を糧にして、次の試合に臨むつもりがあるのだろう。
 あれをどうして解きほぐし、打ち勝っていくのか──頭の中で、山田は考えているに違いない、が。
「土井垣さんが言ってたんだけどさ、背面投げのときに、ボールが『はいはいめんめん』って喋ってたらしいんだ……。」
「──……そういえば、岩鬼もなんかそんなことを言ってたな。」
「そんな風にさ、ボールが話すっていうのも忍術なのか?」
 上目遣いに聞いてくる里中の問いかけに、けれど山田は小さくうなって、顎に手を当てるしか出来なかった。
「……腹話術、とかか?」
「だよなー? 普通、それ以外にありえないよな?」
 山田の零れた、あまりに普通過ぎる答えに、やっぱりそうだよな、と里中も頷く。
「だと、思うぞ。──あとは、ボールに表情が見えたとか。」
「表情?」
「そう。ほら良く言うだろ? ボールが楽しそうに見えるとか、悲しそうに見えるとか。」
 表情、と里中は口の中で繰り返して、緩く首をかしげた。
 それから、自分の手の平を見下ろして、山田の顔を見上げて、
「俺の球は、表情なんてあるのか?」
「そうだな──時々は、ある、かな?」
 考えるように目を細めた後、山田がくれた答えに、里中はギョッとしたように目を見開く。
 表情と言われて思い出すのは、
「えっ、それって、どういうのだよ!? 俺の球も、カーブだとかストレートだとか喋ってたら、マズイよな!?」
 驚いたように叫ぶ里中の良く響く声に、山田はただ苦笑しただけだったが、バスの中に居たほかの面々は違った。
 里中に気付かれないように、激しく突っ込む。──ありえないから、それは!
「いや……さすがにそれはないと思うぞ。」
「でもお前、俺の球に表情があるって言ったじゃないか。」
 軽く拗ねたように顔を顰めて見上げてくる里中に、山田は小さく笑うと、
「そういう意味じゃなくってな。そうだな──例えば、ピンチの時のお前の球は、何がなんでも勝ってみせるっていう気迫に満ちてたりとか、……うん、そういう感じだな。」
「……ふぅん? 良くわからないな……。」
「投げてるお前は、自分の球筋を見ることなんてないだろうしなぁ。」
 軽く唇に指先を当てて、不思議そうに首をかしげる里中に、山田も顎に手を当てて、そうだなぁ、と天井を見上げる。
 心地良いバスの振動を感じながら、今日見たばかりの真田の球筋を思い浮かべつつ──そういえば、自分に対しては球は「語りかけてこなかった」ような気がする。
「なら、真田が俺の真似して投げたときに、バッターボックスに入ったら、俺の球筋が見えるってことか?」
「いや、それはどうだろうな? 星王に聞いてみないとわからないけど、お前の球とはやっぱり違うと思うぞ。実際、高校の時も似てるのはフォームだけだったしな。
 結局、球の表情って言うのは、本人の気合みたいなものだからな。」
「………………ふーん……そうか。
 それじゃ、真田がいくらおれの真似をして投げたとしても、それはあくまでも真田の球って言うことか。」
「だと思うぞ。」
 すぐに返ってきた答えに、そうだよな、と微笑み返して──それから里中は、少しイタズラめいた笑みを浮かべて、彼を見上げる。
「真田が俺の真似をして投げたんだったら、俺の球はなんて言ってるかな?」
「ん……そうだな……里中の球の特徴って言うことだよな?」
 まさか、さすがの一球でも、スカイフォークは投げられるわけはないだろう。
 だとすると、一体、何があるだろう?
 うーん、と腕を組んで考え始めた山田に、里中は軽い笑い声をあげると、
「そんなに考えることないだろ、決まってるじゃないか。」
「そうか?」
「そう。俺の球だったらさ、間違いなく。」
 そこで一度言葉を区切って、里中は山田の腕に手の平を当てると、ニッコリと笑いながら彼の顔を覗きこんで、
「『やまだ』って言ってるさ。」
「──……さとなか……………………。」
 にんまり、と目元が笑っている里中のその言葉が、真剣なのか、揶揄なのか──、山田が里中の名を呼ぶ声からは、判断しがたかった。
 いや、それ以前に。
「──……バカップルか……お前らは……っ!!」
「あほだ……アホの子がいる………………。」
 生理的な涙を浮かべて、死屍累々に近いダメージを受けたスーパースターズの面々は、虚脱感に堪えるのが精一杯で、そんなことに気を配ることは出来なかったからである。








2 チャンピオン最新号ネタ


「お袋……日本シリーズが終ったら、俺、サッちゃんにプロポーズするよ……。」
「智……。」
「山田を俺にくださいって……っ!!」
「そう……そうよね……って、違うでしょ、智!!」
「うん、そうだよな。(←聞いてない)
 あの家の実権を握ってるのはサッちゃんだから、じっちゃんよりも先に、まずサッちゃんの了解をとるのが先だよね。
 さすがお袋、良く分かってるよ。
 俺、うっかり、先に山田にプロポーズするところだった。」
「って、いや、だからね、智! そうじゃなくって、サッちゃんがね……!」
「俺と山田が結婚したら、サッちゃんが俺の妹になるわけだから、今まで以上に大事にしないとね。分かってるって。」(←ぜんぜん聞いてない)
「……サッちゃんが、智の妹…………。ということは、つまり、私の娘になるってことかしら?」
「うん、そうなるよね。」
「──あらあら、まぁ、それじゃ……別にそれでもいいかしら?(この息子にしてこの母あり)
 でも智。それだと、智と太郎君と、一体どっちが花嫁さんになるのかしら?」
「え、どっちも花婿でいいんじゃないの? っていうか俺は別に、結婚式なんてどうでもい……。」
「ダメよ! 母さん、智の結婚式に出たいわ! それにちゃんと、こういうことはきちんとして、監督さんも岩鬼君も微笑君も殿馬君も呼ばないと! そうそう。中西君と瓢箪さんもね。
 だから、どっちが花嫁なのかも決めないとダメよ。」
「うーん……さすがに山田も、ウェディングドレスは着てくれないかと……。」
「じゃ、智がウェディングドレスを着るのね、分かったわ。母さん、ちゃんと選んでおいてあげるから!」
「っていやちょっと待ってよおふくろ。まだ何も言ってな……。」
「よーし、それじゃ、今年の日本シリーズで優勝したら、太郎君と智の結婚式ね! 母さん、サッちゃんと一緒に、がんばるわよーっ!!」
「──……って、お袋……あ、だめだ……聞いてない…………。」









3 UN BALANCE 9〜10の間ネタ。

山田さん一家+アルファ






 大きく開いた縁側は、昼間は垂れているすだれが巻き上げられ、かすかな冷気を伴った風が、舞い込んでいた。
 風鈴が、チリリン、と心地よい音を立てる。
「すみません、お邪魔しちゃって。」
 真新しい畳の匂いがする山田家の居間に上がりこみながら、知三郎はペコリと頭をさげた。
 兄達と違って、基本的に礼儀正しい知三郎のそんな仕草に、先に部屋に入った山田が振り返りながら、笑う。
「いや、かまわないよ。俺が誘ったんだしな。」
 肩から大きなスポーツバックをボトンと落とす山田の声に答えるように、厨房から冷えた水を運んできたサチ子が、ことさら明るい声をあげる。
「そうそう、遠慮なんかしなくてもいいのよ〜、私も、知三郎ちゃんが来てくれると嬉しいもん。
 シシマルさんが来ると、うちの床が抜けちゃ居そうで怖いけどねっ。」
 サチ子は快活に笑いながら、兄が出してくれたちゃぶ台の上にゴトンとお盆をおいた。
 そのまま、冷えたお茶の入ったグラスを持ち上げるサチ子の、歯に衣を着せぬ言い方に、山田は渋面になると、コツンと彼女の頭を軽く叩く。
「こら、サチ子。」
「だーって、本当のことじゃーん。」
 あくびれず、この間、シシマルさんも自分で言ってた! と言い張って、サチ子はクルンと目を動かせて立ち尽くしたままの知三郎を見上げた。
「それで、そのシシマルちゃんは、今日は一緒じゃないの?」
「シシマルさんは、今日は映画を見てきて、そのまま外食だって言ってました。」
「そうか。」
 そういえば、シシマルの趣味は映画鑑賞と舞台鑑賞だったかと、ちゃぶ台の前に腰掛ながら頷く山田に、贅沢ですよねー、と知三郎が呟きながらその隣に腰を落とす。
 山田と対面になる席に、お盆を持ったまま、チョコンとサチ子も腰掛けて、
「映画か〜、いいなぁ〜。チサちゃん、今度サチ子とデートしようよ、デート。」
 頬杖を付きながら、年頃の娘とは思えないほど色気のないデートへの誘いを口にする。
 そんなサチ子に、山田はますます呆れたような顔になる。
 自分の顔が整っているということを自覚しているくせに、年上の男はみんな「お兄ちゃん」だと思っているところがあるこの妹は、本当になんていうか──……「女の自覚」がない。
「映画くらい、友達と見に行けばいいだろう。」
「みんなロマンスとか見るから、面白くないんだもん。ホラーとか、アクションとか、そういうのが見たいの!」
 ──全くもって、女らしくない。
「うーん、でもそれだとおれは、推理物ものとかサスペンスとかのほうがいいかな?」
「それじゃダメだね。」
 思わず誘われていたはずの知三郎がガックリするほどのあっけなさで、サチ子は彼を誘うのをあきらめると、
「しょうがないから、今度、三太郎ちゃんでも誘って行くか。
 帰りはパフェかな?」
「……サチ子、お前また三太郎にたかってるのか!?」
「たかってなんかないよ! 三太郎ちゃんが、『男の甲斐性だ』って言うんだもーん。」
 可愛らしく、つーん、と顎をあげるサチ子に、山田が、額に手を当てる。
「それにね、別に一方的に供給されてるわけじゃなくって、ちゃんと私も、三太郎ちゃんの恋愛相談に乗ってあげてるんだから、フィフティー・フィフティーなんだよ。」
「恋愛相談って……お前がかぁ?」
 胡散臭げに見据えてくる兄に、妹はチラリと片目を開いて、意味深に知三郎と兄とを見比べた後、
「……お兄ちゃんとチサちゃんが相談に乗ってあげるより、いい答えを返してると思うな!
 だってほら、女の気持ちは女にしかわかんないって言うじゃない?」
「サチ子が女だったとは、知らなかったな……。」
 はぁ、と、あからさまに当てこすりのような溜息を吐く兄に、サチ子は、なんだよっ! と叫んで、手元にあった新聞紙を取上げると、それでバシンと兄の豊かな肩をたたきつけた。
「ってこらサチ子! なにするんだ、お前はっ!」
「兄貴が失礼なこと言うからだろ! チサちゃんもいるのに、なんてこと言うんだよ!」
「こらっ、新聞で殴るな! 新聞広げるとゴミが入るって、お前がいつも言ってることだろっ!」
「兄貴のお茶にはたくさん入ったほうがいいよ、もう!
 ──でもチサちゃんのお茶に入ると困るから、これくらいにしてやるよ。」
 しょうがない──そんな言い方で、サチコはクルクルと巻いた新聞を広て、その手元に視線を置いた瞬間……、
「あっ! これ、今日の新聞じゃん!! マズイ! まだ切り抜きしてないのに!」
 大仰に驚いた仕草で、バシンとちゃぶ台に広げた新聞紙を叩き、皺になっちゃった! と続けて叫ぶ。
 そんなサチ子に、そこに置いてあったんだから、今日の新聞なのは当たり前だろうがと、山田が額に手を当てて、ふかぶかと溜息を一つ。
 そんな兄妹の楽しい漫才に、知三郎は必至で肩を震わせて、笑いの発作を堪える。
 サチ子は、皺になった新聞紙を丁寧に広げて、一面記事と三面記事を流し見ると、
「切り抜き〜……って言っても、最近は兄貴の分しかないんだよね。」
「……切り抜きってことは、スクラップしてるんですか?」
 なんとか噴出しそうなのを飲み込んだ知三郎が、問いかけると、サチ子はアッサリと頷く。
「そう。高校の時のは、じっちゃんがしてたんだけど、プロの入ってからは私がしてるの。」
「最初の年は、岩鬼の分とかもしてたんだけどな……いつの間にか……。」
「ハッパの分なんて、するだけ無駄だろっ! どーせあいつ、自分でやってんだからさ!」
 打てば響くように返って来たサチ子の頬が、ほんの少しむくれている。
 どうやらまたいつものように、ケンカでもしたらしいと、山田はヒョイと首をすくめて見せた。
「それで、山田さんの分だけなんだ。」
 知三郎が、くすくすと笑みを噛み殺しながら、近くの棚へと視線をやる。
 高校時代からの山田の「勲章」が置かれているその棚の近くには、彼の栄光の始まりとも言える写真が、ペタペタと何枚か貼られていた。色あせてはいるものの、埃も積もっていなければ、ツヤツヤと放つ光沢は昔のまま──きっと毎日、サチ子や祖父が気にかけているのだろう。
 その中に映る人の中には、見覚えのある人もいたし、見覚えのない人も居た。
──ちなみに、先月メールをくれたっきり、まったく連絡をくれていない人物も。
 思わず、ジットリとその写真を──貼られている写真のほぼ80%近くの占有率を誇る「黄金バッテリー」が揃って映っているソレを、知三郎が睨みつけた瞬間だった。
「……里中ちゃん……、どうしちゃったのかなー……。」
 不意に、寂しそうな声音で、ポツリ、とサチ子が呟いたのは。
「──……えっ?」
 思わず、驚いて振り返った先で、サチ子は頬杖をついて、自分が広げた新聞を見下ろしていた。
 どうやら、知三郎が写真の中の、明るく笑う少年を睨みつけていたことには気づかれていなかったようである。
「里中さん、ですか?」
 サチ子は、小さく溜息を零しながら、新聞のスポーツ欄を隅から隅まで見やって──それから、悲しそうに眉を寄せた。
「そう、里中ちゃん。怪我でもしてないといいんだけどな〜。」
 心配だなぁ……と続けて、サチ子は新聞の皺をピンと指で弾く。
 サチ子の口から出た言葉に、知三郎は目をパチリと瞬きながら──前回のメールのやり取りから一ヶ月、連絡がないのは元気な証拠だと昔から言うが、里中に限ってはその限りではないことも分かっていたので、確かに、「心配」と言えば「心配」かもしれない。
「いや、でも怪我だったら、記事に書かれてると思うから、きっと元気にしてるよ。」
「でも、だったらなんで最近、載ってないんだよ!」
「いや、それは……分からないけどな。」
「たんに休暇を取ってるということもあるじゃろ。──ほれ、この間の殿馬君のようにの。」
 バンバンっ、とちゃぶ台を叩くサチ子に釣られたのか、それとも兄妹の会話に里中の名前が出てきたから反応したのか、隣の部屋に居た祖父が、ヒョッコリと顔を出してきた。
 知三郎は彼に軽く頭を下げながら、そういえば、里中さんの記事って見つけられないな、と暢気に思う。
 今日、寮に帰ったら、インターネットで、里中の所属しているチームのホームページを見てみるのもいいかもしれない。
──怪我、という文字が入っていないのを祈るばかりだ。
「だったらいいんだけど。
 里中ちゃん、明訓の時から無茶ばっかりしてたからな〜……。」
 ふぅ、と悩ましげな溜息を一つ零して、サチ子は丁寧に新聞を折りたたみはじめる。
 それから、改めて知三郎を見上げて、
「そういえば、チサちゃんは里中ちゃんのこと、知ってたっけ? 明訓のエースだった、里中ちゃん!」
「そりゃ知ってるよ、俺達『山田世代』で、明訓の黄金バッテリーを知らないヤツは居ないしね。」
 ──とは言うものの、正直な話、進学校に通っていた当時の知三郎は、徳川監督に言われて、初めてその名前を知ったような状況だったのだけど。
「でも、おれは残念ながら、里中さんと対戦することはなかったけどね。」
 今でも、一度くらいは戦ってみても良かったんじゃないかと──いや、今だからこそ思ったりもする。
 山田とバッテリーを組むようになって、彼のリードの巧みさを知るたびに──自分と同じような球種とボールコントロールを持つ彼が、どのように投げ、どのように戦ってきたのか……見て見たい、と思うことが多くなった。
 プロの世界で明訓のOB連中と戦うたびに、甲子園で彼らと戦いたかったと、ひしひしと感じるのだから、里中がいた「万全の明訓」と戦ってみたいと思っても、不思議はないだろう。
 もしその機会が与えられるなら──おれも喜んでその敵方に回るかもしれない……兄貴たちを、バカにはできない。
「そうか……そうだったな……。」
 少しだけ寂しそうな笑みを浮かべて、山田はチラリと背後を振り返った。
 先ほど知三郎が見ていた、写真が貼り付けてある場所──その中で、一際良く目立つ位置にある、一枚の写真。
 甲子園で初めて優勝したときに撮った記念のそれは、里中の額に白い包帯が巻かれていた。──そう、彼は、いつもどこかしら怪我をしていた。
「さっとなかちゃんが明訓にいたら、絶対、3年の夏も明訓が優勝してたよ!」
「サチ子、それは──しょうがないだろ。」
 苦笑を滲ませながら、ゆっくりと振り返ると、軽く拗ねたように唇を尖らせたサチ子が、小さく低く、そうだけど、と呟く。
 それでも──やっぱり、悔しかったのだと。
 そう呟くサチ子の言葉に、山田は苦い色を見せた後、サチ子が開いたままの新聞に視線を落とし、
「でも……里中は、野球をやめずに続けている。
 すぐにまた、一緒に野球が出来るさ。」
 その成果が、新聞に載ってないのは、確かに心配だけどな、と続く山田の言葉に、サチ子は、キュ、と唇を歪めてから、ニッコリ微笑んだ。
「そう、で、お兄ちゃんと一緒の西武に入るから、チサちゃん、身の危険だ〜。」
 不意に軽い口調で話を向けられて、知三郎はギョッとした表情を装いながら、
「ええっ? 俺と里中さんで山田さん争いするんですか? うーん、それは俺の身の危険ですね〜。」
 ゆるく首を傾げて、にんまりと目元を緩めてみせる。
 山田さん争い。──正直な話、里中さんに勝てる気はない。というより、里中と山田がバッテリーを組むことがあるなら、それを味方の立場ではなく、敵の立場として立会いたいと思う。
 ──あの、常勝明訓と、戦ってみたい。
「っておいおい、まだ里中が西武にはいると決まったわけじゃないだろう?
 里中ほどの実力なら、どこの球団も引く手あまたさ。──ノンプロに入って、ますます実力をあげてるしな。」
「そうそう、投げてはパーフェクト、打っては打率3割! スゴイよね〜!」
「──……あぁ、早く里中とやれる日が来るといいんだが。」
「くるよっ、来年、絶対っ!」
 グッ、と拳を握り締めて、サチ子はキリリと山田の顔を覗きこむ。
 その言葉は、願望を多く含んでいるように見えた。──が、
「……──来年?」
 知三郎は、何かを信じているらしいサチ子の目を、マジマジと見つめずにはいられなかった。
 ──来年、来る? ……何が??
「──……最近は全然名前を聞かないから、その点が不安なんだが……。」
 ちょっと話に着いていけなくなった知三郎を置いて、山田とサチ子の話は、トントンと続いていく。
「なんならサチ子、今度の休みに、里中ちゃんの所に行って来ようか?」
「って、サチ子。それは危ないだろう? お前、一度も行ったことがないくせに。」
「大丈夫大丈夫。サチ子だってもう、中学生なんだもーん。
 なんなら、じっちゃんも一緒に行くし。」
「そうじゃな──里中クンのことも心配だしな。」
 ねー? と首を傾げて話を振るサチ子に、じっちゃんがもっともらしく頷く。
 山田がそれに、渋面とも言える表情を見せるのを、交互に見やりながら。
 知三郎は、ゆっくりと傾けた首を元に戻しながら、
「……行くって……里中さんのところに、ですよね?」
「そうだよ〜。あ、そうだ、一緒にハッパも連れてってやってもいいかな? あいつ、生意気に車の免許持ってるから、使っちゃえ!」
 パチン、と指を鳴らして楽しげに笑うサチ子に、またお前は……と、山田が疲れたように溜息を零す。
 じっちゃんも、こら、と軽く叱り飛ばすが、サチ子はどこ吹く風の様子である。
 知三郎は、明るい笑い声をあげる山田一家を、不思議そうに順番に見た後、
「岩鬼さんも連れて行くって……アメリカにですか?」
 それはさすがに、「次の休み」に行くのは、無理じゃないかなー、と。
 苦い色を口元に刻みながら、緩く首をかしげた。
「そう! アメリカ……って、違うよ、チサちゃん! 誰もハッパとハネムーンなんて、冗談じゃないよ!?」
「サチ子っ!」
 何を言い出すんだと、慌てたように山田が叫ぶが、これもまたサチ子はサラリと無視をして、腰に手を当てながら小さな胸を張ると、
「そうじゃなくって、私は里中ちゃんに会いに行くんだよー。」
 にやり、と唇の端を捻じ曲げて笑った。
 その自信満々な微笑みに、知三郎はますます小首を傾げると、
「だから……里中さんに会いに行くなら、アメリカ、だよね?」
 なんだか話が噛み合ってないような気がする、と、眼鏡の奥の目を瞬いた。
 そのいぶかしげな知三郎の言葉に、サチ子は大きな目をキョトンと見張り──それから、知三郎の隣に居る兄を見やった。
 兄は兄で、呆然とした表情で知三郎を見上げている。
「──……アメリカ……、って……里中が、か?」
「そうですよ? だって里中さん、今シーズンから、アメリカに移籍したじゃないですか。」
 わざとらしいほどわざとらしい態度で驚く二人の兄妹に、何を言ってるんですかと、知三郎は呆れた調子で続ける。
 まさか、知らなかったわけでもあるまいに、と。
 ──そう思った刹那。
「──……え、え………………えええええーっ!!!! さっ、さ、里中ちゃん、アメリカに居るのっ!!?」
 バンッ! と、サチ子の両手が激しく机を叩いた。
 その上、その大きさからは想像も出来ないほど機敏な動きで、山田は身を乗り出すと、ガシッ、と知三郎の肩を掴むと、
「知三郎……それは、一体、どこで聞いたんだ? 雑誌か、新聞かっ?」
 冷静さを装った声で、山田は知三郎の顔を覗きこむ。
 けれど、声は平静を装っていても、その目も態度も、おどろおどろしいほどの雰囲気に満たされている。
 肩を掴む手は、食い込むほど痛い力で握られていて、知三郎は痛みに眉を寄せて軽く身をよじった。
「山田さん、痛いですよ……。」
 不満を訴えるように声を出すと、慌てて山田は謝って手を離してくれたが、その目と雰囲気は、知三郎から答えを得るまでは決して離さないと言っているように見えた。
 知三郎は、ヒリヒリと痛みを訴える肩の辺りを手の平で撫でながら、ギラギラとした目で自分を見据える兄妹に、溜息を一つ零す。
「どこって……里中さん本人からですけど……。
 最後に連絡貰ったのは一ヶ月前ですけど、つわものばかりでやる気がムンムン沸いてきたとかワケの分からないこと言ってましたから、まだ帰ってきてはいないと思いますよ。」
 肩を撫でながら、チラリと視線をあげると──山田とサチ子の二人が、険しい表情でジトリと知三郎を睨んでいた。
 その気迫に、思わず知三郎が肩を揺らしたのと同時、
「──……里中ちゃん、本人……って……。」
「一ヶ月前に……連絡?」
 低い声で、兄妹が同時に零す。
 その声の抑揚に、知三郎は何が起きているのか、だいたいの所を理解した。
 理解すると同時に、思わず視線をツイと畳の上に投げつけて、「里中さん……。」と、遠い海の向こうに居るだろう青年向けて、怒鳴りたくなった。
 つまり、これは、何だ?
「知三郎……お前、里中と知り合いなのか?」
 キラン、と山田の、普段は穏やかな目が奇妙な色に光った気がして、知三郎はビクリと震える肩をなだめつつ、
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
 そらっとぼけた台詞をはいて見せた。
 ちなみに、言ったつもりは、一度もない。
「俺の大学入学当時から、メル友なんですよ。
 時々会ってたんですけど──えーっと、アメリカに行くって言う一週間前に会ったのが最後かなぁ〜?」
 里中が故意に何をしていたのか正確に理解しながら──けれど、決してそれを表に出さないように、知三郎は明るく軽い口調でそう続ける。
 そうしながら、ますます山田の目が細まっていくのを感じて、極めつけの明るい笑顔を口元に貼り付けると、
「てっきり俺、山田さんにも会って行ったものだとばっかり思ってたんですけど──違うんですか?」
──あれだけ普段から、山田山田言ってるくせに、何やってるんですか、里中さんっ!
 絶対、今夜、問答無用で100行メールくらい送ってやる。
 そんなことを心に決めながら、可愛らしく小首を傾げて見上げる知三郎に、サチ子はブッスリと唇を歪めて、山田は苦虫を噛み潰したような顔になった。
 ……知三郎の想像通りの結果だということだろう。
「──……いや……里中とは……高校3年の春に会ったのが、最後──だな。」
「連絡もなかったんですか?」
「……ない、な。」
「ぅわ……里中さん、やるなぁ…………。
 ──俺と話してても山田さんのことばっかり聞くもんだから、直接本人に聞けと言ってたんけど…………。」
 ここで山田の不当な怒り(知三郎にとったら、不当だ)を買うつもりはない。
 知三郎は、あくまでも知らないフリ・今気付いたばかりのフリをしてみせて、苦い笑みを刻み込む。
 というか、本当に──何やってんだ、あの人は。
 まさかあの性格で、「山田と改めて話すのって、恥ずかしいじゃないか」とかなんとか言う気だろうか。
 ──……あーあ、いいそうだ、あの人。
 知三郎は、今度は違う意味で苦い色の笑みを刻み込んで、まったく──と、前髪を掻き揚げる。
 そうしながら、前髪のこちら側から、フルフルと肩を震わせるサチ子と、苦い色に何か不穏な色を纏わせる山田とを、交互に見やる。
 温厚な山田が怒鳴るところや怒るところなんて見たことがないけれど、山田の表情からすると、多分──「怒っている」のだと、思う。
 あの山田が怒っている表情に興味があって、チラリ、と知三郎が視線をあげてこっそりと伺うよりも、早く。
 がんっ!!!
 激しい音を立てて、サチ子が握った拳を机にぶつけた。
 かと思うや否や、
「なっ、なんだよっ! 里中ちゃんのバカっ! チサちゃんに連絡とって、うちに連絡ないってどういうことだよ〜っ!」
 今にもちゃぶ台をひっくり返しそうな勢いで、サチ子が叫んだ。
 さらに握り締めた新聞紙を無理矢理捻じ曲げ、千切ろうとするのを見て、慌てて山田が我に返って、彼女の手首を掴んで止める。
「こ、こら、サチ子っ! 里中にも里中なりの事情があるんだ、そんなワガママは言ったらダメだろ。」
「だって兄貴〜っ!!」
 ギリリと唇を噛み締めるサチ子に向かって、今度はそれまで黙って話を聞いていた祖父が、背後からやんわりとなだめにかかる。
「そうじゃよ、サチ子。里中君にとったら、太郎達のことは懐かしいだろうが、同時に苦しい時そのものでもあるんだ。──まだ心の整理が付いてないのかもしれないだろ。」
「でも──だからって、だって……サチ子、すっごく里中ちゃんのこと、心配してたのに……一言くらいあってもいいじゃないか〜っ! 年賀状とか!!」
 里中ちゃんのバカっ! と叫んで、目の前のグラスを掴み揚げると、そのままゴクゴクと一気に飲み干し、ダンッ、と乱暴に机の上にグラスを置く。
 こういう所は、太郎じゃなくって岩鬼君に似たなぁ……と、じっちゃんはなんとも言えない笑みを浮かべた。
「だいたい、兄貴も兄貴だよ! もっと里中ちゃんと、こう! 積極的に連絡取ったりしないから、チサちゃんに先を越されるんだよ!!」
「先を越されるって、なんですか、サチ子さん。」
 もしもーし、と知三郎が声をかけるものの、サチ子の耳には全く届いていない様子だ。
 サチ子は、目をキリリと吊り上げて、山田に詰め寄る。
「聞いてるの、兄貴!?」
「聞いてる、聞いてるけどな、サチ子。──でもな。」
 先ほどまで見え隠れしていた怒りの色をすっかりと払拭させた、穏やかな笑みで、山田はサチ子を見返すと、
「そういう頑固なところも、里中らしいな……──。」
 目元を緩めて、静かに──にじみでるような声で、そう続けた。
 途端、サチ子は唇を捻じ曲げて、兄の顔をしばらく見つめていたが──やがて、諦めたように溜息を零すと、ポイ、と握り締めていた新聞紙を放り投げた。
 そのまま、斜め横に頬杖を付いて、兄の前に置かれていたグラスを手に取ると、ぐい、とお茶を煽った。
「──里中君のことじゃから、落ち着くまでは太郎に連絡を取るつもりがなかったんじゃろうな……。」
「って、そんなことしてたら、もしかしたら一生山田さんと連絡取れないかもしれないじゃないですか?」
 本当にまったく、あの人は一体、何をやってるんだ。
 そんな気持ちで、思わずポロリとこぼしてしまった知三郎の言葉に、山田はひどく穏やかな表情のまま、小さく笑って、
「……はは、それはないさ。──里中は、明訓のエースを務めていた男なんだからな。」
 ごく当たり前のように笑って告げる山田に、じっちゃんもサチ子も、そうだね、と相槌を打ったのである、が。
「……………………………………。」
 知三郎は、ただ一人、その穏やかでほわほわした輪の中には、入っていけなかった。
 無言でカバンの中の携帯電話を見やると、白々しい笑みを口元に浮かべて見せた。
 ………………──里中さんの「山田さん狂い」も相当だと思ったけど、山田さんも顔に出ないだけで、結構──……スゴイ?
「そっれにしても、里中ちゃん、アメリカかぁ〜。」
 ほわほわん、と頭に浮かれた色を浮かべながら、サチ子が夢見るように頬杖をついてしみじみと呟けば、
「それじゃ、新聞に載って無くてもしょうがないな。」
 山田が穏やかに微笑みながら、そういうことかと、新聞誌を軽く叩いた。
 ノンビリのほほんとしたムードが山田一家の間に流れたかと思うや否や、突然、じっちゃんが、ぽむ、と手を叩いて、何か思い浮かべた様子を見せる。
「おお、そうじゃ、太郎。それなら早速……。」
「うん、そうだね、じっちゃん。」
 頷いた山田は、じっちゃんが何を言いたいのか、理解しているようであった。
 そして、山田とじっちゃんの台詞に、キラキラと目を輝かせて顔をあげるサチ子もまた、何を言いたいのか、分かっているようだった。
 そんな三人を見比べて、何を早速なのだろうと、知三郎が首をかしげたと同時──……、

「「「電気屋さんで、BSチューナー買ってこないとっ!!」」」

 三人の声が、絶賛に重なった。
 その、ステキすぎるハーモニーに、知三郎は口を開いて、ぽかんと目を見張る。
 パチパチと目を瞬いているうちに、
「よし、それじゃ、早速、後で買いに行くか。」
「やった、お兄ちゃん、太っ腹ーっ!!」
 ばんざーい、とサチ子が両手を挙げる。
 これで今夜から、里中ちゃんを見れるねっ! ノンプロのときよりもずっと、見れる機会が多くなる!
 満面の笑みを浮かべるサチ子に、そうだな、と山田も頷く。
 それにジッちゃんもニコニコと笑って頷いて──、

「買うんですか……っ!!!」

 思わず知三郎は、のけぞって裏手で突っ込みを入れてしまった。





 訂正。山田さんがスゴイんじゃなくって、山田家ご一行がすごかったみたいです。






「……というか、里中さんは、まだ、メジャー入りしてないですよ………………。」
 その小さな声は、聞えたかどうか……、分からない。









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思ったよりも長くなりました。
けっこうありましたね……。

色々妄想炸裂中とでも言いますか、はい。