*下ネタ注意報発令中! 下ネタ嫌いな人は、バックプリーズ♪*
毎日、学校が終れば日が暮れるまで練習をして、その後、風呂に入って飯を食う──そんな生活を続けている彼らに、近くの本屋に雑誌を買いに行く暇など、無いに等しい。
けれど、時には月刊ベースボールや高校野球などといった類の雑誌を、彼らは学校の図書室で借りてきて合宿所に持ち帰ってくることもあったし、同級生の友人が漫画雑誌を貸してくれることもあった。
週刊誌に、週刊漫画雑誌、隔週漫画雑誌──、世間には数多くの漫画雑誌が出ていて、電車通学の生徒の中には、暇つぶしに学校の行きに駅の売店で買ってくる者も居る。
朝の電車の中で読み干したその雑誌を、彼らは持って帰るのが面倒だという理由で、こうして「野球以外の娯楽のない野球部員」たちに、提供してくれるのだ。
そんなわけで、大体、二日か三日の割合で、なんらかの雑誌が談話室の中に転がっていたりする。
今日もちょうど漫画雑誌の発売日だったのか、談話室には3冊くらいの種類の雑誌が転がっていた。
見るテレビもなかったので、ちょうど傍に放り投げてあった形の雑誌を手に取ったのは、ただの暇つぶしだった。
山田は、微笑と先日の練習試合について語り合っているし、岩鬼はお気に入りの漫画が載っている雑誌を、渚から取り上げて読んでいる最中だ。
他にすることもないし、山田を置いて部屋に戻ってもしょうがなかったので、何気なく手に取った雑誌は、見たことのない週刊誌だった。
ペラペラとページを捲ると、すぐにそれが四コマ漫画ばかりが収められた雑誌であることに気づく。
何気なく最初の巻頭カラーのページに視線を落としながら、すぐ傍で聞こえる山田の微笑の声に耳を傾けた。
「悪いな、山田。古典はお前が一番得意だからな〜。」
頬杖を付きながら、うんざりした様子で畳の上にノートを広げた微笑の前で、山田が古語辞典を広げている。
その一ページを示して、ここだ、と示す山田の手元を、微笑は覗き込みながら──あぁ、そういうことかと、ノートに素早く走り書きをする。
「いや、古典の山本先生は、宿題を出すのが好きだからな……。」
普段の日でも宿題は山のように出て来るというのに、秋の楽しい連休前ともなれば──夏休みの宿題のつもりかと思うほどの量の宿題が出される。
「だからって、関東大会真っ只中の、栄光なる野球部員に特別宿題なんか出すか、普通?」
しかも、ややこしい。
そう眉を引き絞って笑顔で困った顔を作る微笑に、山田も苦笑じみた笑みを零す。
──とは言うものの、確かに詰まれた山のような宿題は、この時期の厳しい練習を乗り越える人間には、少々酷である。
きっと他のクラブの人間も、そんな気持ちであるに違いない。
もっとも、その「他のクラブ」は、自分たち野球部のように「この連休は試合三昧」ということはないだろうから、十二分にマシなのだろうが。
「三太郎達のクラスで、今日、これだけの量の宿題が出たということは、明日には俺たちのクラスか……。」
「うは〜、俺たちのほうが一日余裕があるってか。」
「これだけの量じゃ、そうそう変わらない気もするな。」
どちらにしても、試合当日までに半分は片付けておかないと、どうしようもない。
今の監督である「大平」は、文武両道に重点においているからこそ、宿題をしなかったとなれば、まだ残暑の厳しい季節の中、窓も占めっぱなしでミーティングルームに放り込まれて、延々と宿題をさせられるに違いない。
体を動かすのが好きな運動部にとって、それは苦痛と地獄以外の何者でもない。
「──……ぅあ〜、な、山田、これはさ、何用句だったか?」
「ん? どれだ? ──あぁ、それならこっちの教科書に……。」
微笑が差し出してくる問題用紙を一瞥して、隣に置いてあった教科書を手元に引き寄せようとした。
けれど、そこに置いてあったはずの教科書に指が触れなくて、山田は首を傾げて背後を振り返った。
そこでは、壁にもたれた里中が、手にした雑誌を見下ろしながら、首を傾げていた。
その里中のすぐ手前に、目的の教科書を見つけて、山田は体を伸ばしてそれを取り上げる。
ついでにチラリと里中の顔を覗きこむと、なにやら物憂げな表情で、雑誌を睨みつけていた。
「……………………。」
真剣な表情で雑誌を見ている里中の、あまりに真剣な表情に、一体どういう雑誌を見ているのかと気になった山田は、ヒョイ、と覗き込み……、
「──……四コマパラダイス?」
愉快そうな表情が描かれた表紙である。
その楽しげな雰囲気を撒き散らした雑誌を、里中はなぜか難しい表情で睨みつけている。
さらにそのまま一ページを凝視していたかと思うなり、首を傾げて、
「? ?????」
次のページに移って、また戻ってくるという作業を繰り返した。
一体何を見ているんだろうと思わないでもなかったが、
「オイ、山田? 智に見とれてないで、頼むからそれを貸してくれ。」
微笑から催促が飛んできて、慌てて教科書を手にして彼を振り返る。
「別に見とれてたわけじゃないぞ。」
「はいはい、いちゃつくのは部屋に帰ってからでもできるだろ。」
ただ──やはり、里中の様子が気になる。
本来なら、部屋の真ん中で堂々と寝転がりながら、漫画雑誌を見て笑っている岩鬼のような態度が、「四コマ漫画」を見ている時にふさわしい態度のはずだ。
なぜ、娯楽であるはずの四コマを見て、あんな顔をしているのだろう?
微笑に向かって教科書を広げながら、チラチラと里中の方を肩越しに振り返っていると、微笑が生ぬるい笑みを口元に浮かべて、コリコリとシャーペンで頬を掻いた。
「……あのなぁ、山田。」
「ん? な、なんだ、三太郎?」
溜息交じりに呼ばれて、慌てたように山田が顔をあげると、視線の先で微笑が、なにやら──分かりきったような顔で笑みを広げていた。
かと思うや否や、山田が手にしている教科書を、そ、と自分のほうに引き寄せると、もう片手で、ポンポン、と肩を叩かれた。
「さ、三太郎?」
「山田、しばらくは自力で問題を解くから、智が気になるから、かまってやれ。」
「えっ、い、いや、別にそんなことは……っ。」
慌てて顔の前で両手を振る山田の肩を、さらにポンポンと叩いてやりながら、
「そんな遠慮することはないぜ。ほら、智も、すごい顔してるしな。」
クイ、と微笑が顎でしゃくった先では、まだ里中が考えるような顔で雑誌を睨んでいた。
その真剣な面持ちを見つめる微笑と山田の視線に気づいたのか、里中はふと顔を上げる。
そして、自分を見ている山田に気づくと、雑誌を膝の上に置いて、
「──……な、山田。」
軽く眉を寄せながら、山田の名を呼ぶ。
壁から背をはがして、軽く前かがみになって聞いてくる里中に、ほらおよびだぜ、と軽くからかい口調を混ぜながら、微笑が山田の背を突付く。
「どうかしたのか、里中?」
その微笑の突っつきを背中に受けながら、山田は苦笑を滲ませて里中に問い返す。
穏やかに微笑んでくる山田に、里中は小さく首をかしげながら頷くと、
「ちょっと聞きたいんだけどさ、ザーメンって何?」
室内に良く響く声で、山田の目をまっすぐに見つめながら尋ねた。
途端、ブハッ、と、室内のそこかしこで、何かを噴出すような音が聞こえた。
──が、もちろん、里中はそんなことを気にせず、ただまっすぐに山田を見上げていた。
その大きな瞳を覗き込みながら、うん、と山田は一つ頷いて、サラリと里中の質問に答えようとして──、
「あぁ……それは────…………って、さ、ささ、さとなかっ?」
とてもではないが、こんなところで平然と答えられるような質問ではなかったことに気づいて、山田は動揺も露に里中の顔を凝視した。
「ちょ、ちょっとソレは……っ。」
「いや、なんかこの四コマ漫画のオチなんだけどさ、さっぱりイミがわからん。
山田も知らないのか? ザー……。」
再び口にしかけた里中の口を、慌てて山田は手の平で覆った。
こんな狭いところで、公衆の面前で、良く通る里中の声で言われては、たまらない。
その一心で、ガシッ、と手を押し付けて、
「さ……里中っ──……っ。」
「ん……?」
全く分かってない様子の里中が、小首をかしげるのに、なんと言ったものかと、ダラダラと汗を流す山田の隣──、里中の爆弾発言に、思わず持っていたプリントを取り落としてしまった微笑が、それを拾い上げながら疲れたように溜息を零した。
「あのな……智……。」
健全なる高校男子ともあろう者が、そんなものも知らないのかと、呆れたように言うのは簡単だが、野球バカの中には知らない者が居てもおかしくはないだろう。
かと言って、部屋の片隅から、興味津々の眼差しを注いでいる一年坊主どもの期待に沿える答えをくれてやっても、どうかと思う。
さて、ココはどうしたものか──やっぱり、今日の宿題完遂は諦めて、山田と里中を揃って部屋に戻すのが一番かと……、コリコリと微笑が頬を掻きながら思った瞬間だった。
「なんや、里。おんどりゃ、そ、そんなもんも知らんのかい。」
寝転がって漫画雑誌を読みふけっていた岩鬼が、ムクリとその巨体を起こしたのである。
そして彼は、威厳溢れる態度で、ドン、と自分の胸元を叩くと、見守る一同の期待にそぐわず、朗々と里中に向かって彼の疑問に答えるべく、説明してくれた。
すなわち──、
「ザーメン言うたら、ほれ、ビールとかのつまみに出て来るやろ。塩っ辛いパリパリした……。」
「そりゃザーサイづらぜ。」
もちろん、期待にそぐわないボケに、殿馬がすかさず突っ込み、近くに転がっていたボールを蹴るようにして岩鬼の頭に投げつけた。
ポコン、と気のない音を立てて跳ねたボールを、岩鬼が掴んで、何するんじゃいと殿馬に叫ぶ傍ら、微笑がゾクゾクと背筋を震わせて、そんな岩鬼に怒鳴りつける。
「つぅか、食い物と一緒にするなよ、んなものっ! 食えるかっ!!」
そんなものがかかったビールのつまみって、一体、どんなもんだよっ、と叫ぶ微笑に、そーですよねぇ、と生ぬるい笑みで一年坊主どもが同意を返す。
そんな彼らに、里中はますます不思議そうに首を傾げて、自分の膝上の雑誌に視線を落とすと、
「……飲めないのか、ザーメンって?」
「──……い、いや、だからな、里中……。」
山田に口元を押さえられたまま、上目遣いで尋ねる里中のくぐもった声に──多分、他の人間には届いていないだろうと思いながら、山田は小さく溜息を零して、彼の口から手を外した。
「でも、この3コマ目で、『いつも飲んでる』って書いてあるぞ?」
「────…………どういう四コマだよっ、そりゃっ!!」
すかさず裏手で突っ込んだ微笑に、これ、と里中は雑誌を掲げ持つ。
その拍子の絵を見た途端、ああ、と相槌が渚から返ってきた。
「あー……その雑誌の四コマって、下ネタが多いんですよね〜。」
なるほど、それでさっきの台詞になったのか。
そう納得するように二度三度頷く渚に、里中は雑誌を微笑と山田に手渡しながら、驚いたように目を見張る。
「え、下ネタなのか? ラーメン屋が??」
「ラーメン屋ぁ〜?」
何のことだ、それは一体。
そんな不審な表情を顔いっぱいに浮かべて、微笑は改めて視線を落としたところで──、あぁ、と山田と一緒になって、里中が言うところの「四コマ」を発見した。
それは多分、その四コマ漫画で定番の主人公らしき男性二人と、大人びた女性一人が織り成す、「日常的な下ネタ」の突っ込みとボケによる四コマ漫画らしかった。
1コマ目。
男「俺、ラーメン。」
男「俺は、アレ……、えーっと、なんていったかな……。」
2コマ目
男「そうだっ! ザーメンスープくださいっ。」
スパコーン!
男「飲めるかーっ!!」
3コマ目
女「(茶を啜りつつ)あら、でも私、いつも飲んでるわよ?」
4コマ目
男「すみませーん、ザーサイスープください。」
女「あら、無視なの?」
「…………………………………………。」
そのあまりにも、日常的にありそうに見える字面なのに、決してありえない展開の四コマに、微笑と山田の顔に影線が走ったのも、仕方がないと言えば仕方がないであろう。
「な、さっぱりイミが分からないだろ?」
雑誌を覗き込んで、思わず固まってしまった二人に、里中が天然そのものの様子で、山田の隣から顔を覗かせてくる。
そうしながら、無言で固まり続ける山田と微笑に、
「ザーサイスープなら俺も知ってるけどさ、ザーメンスープって、ザーサイの仲間か何かなのか?
っていうか、飲めないものなのか?」
オチがさっぱりわからないと、そう眉を寄せて呟く里中に、見守るような、生暖かな視線が注がれる。
「な──山田ってば。」
そんな視線に気づかない様子で、里中はただ乾いた笑いを口元に貼り付ける山田の袖を引いて、彼の顔を覗きこむ。
サラサラと揺れる髪に埋もれかけた彼のつむじを見下ろしながら、山田は興味津々の眼差しを注いでくる一年生達を軽くにらみつけた後──、そ、と溜息を一つ。
「…………里中。」
「うん?」
見上げてくる大きな瞳を見下ろして、
「今は説明できないから、後でな。」
「──……うん? よし、分かった。」
苦笑を滲み出す山田の「苦笑」の原因が分からず、里中は首を傾げたが、後で説明してくれるならそれでいいかと、気にせずに頷く。
コリコリと、頬を掻く山田に、ニヤリと微笑が意味深に笑いかける。
膝の上に雑誌を閉じながら、こっそりと参った表情の山田の耳元に口を寄せて、ごにょごにょ、と何事かささやく。
「──さっ、三太郎っ。」
「あはははっ、いや、やっぱり、そういうオチだろ、こういうときは!」
珍しくさらに動揺を激しく肩を震わせた山田の背中を、愉快気に二度三度と叩いた後、微笑はパチパチと目を瞬いている里中に向かって、ポイ、と雑誌を放り返すと、
「分からないネタは、全部拾っておいて、後で山田に聞くといいぜ、智。」
にぃんまり、と、それはそれは面白そうに、「忠告」してやった。
雑誌を受け取った里中は、どこかムッとした様子で、
「俺だって、知らない単語が出て来るんじゃなかったら、オチくらいわかるぜ。」
まったく、とブツブツ呟きながら雑誌を広げるが、渚の言葉が本当なら、その雑誌に載っている四コマはほとんど下ネタばかりのはずだ。
──知っていてもおかしくない単語を全く欠片も理解できない彼に、どこまで理解できる単語があることやら。
な? と、隣の山田を見やると、山田はそんな微笑の声に、答えることはなく、ただ首を竦めるようにして仄かに赤らんだ頬を隠すのであった。
+++ BACK +++
久しぶりに小ネタっぽいネタを。
──最初に下ネタですと銘打ってますけど(っていうか、うちのホームページってこればっかり……)、伏字はしたほうが良かったんでしょうか? 伏字するとイミが分からないかな〜……とか思ったのでそのまま書いてみました。
ちなみにこの元ネタは、高校時代の私……。当時はピュアだったんですよ、ええ、最初の一年間くらいは。
作中にも出てきた四コマ漫画のネタが、どうしても分からなくて、駅のプラットホームで、同じ高校の人間が満ちてる中、大きな声で友人に聞いたことがあります。
はたかれました。
ピュアなあの頃が懐かしい………………。
今じゃ「イミが分からなくても、お父さんお母さんに聞いちゃダメよv」という注意書きをするような下ネタギャグを跳ばすような身になってしまいました…………。
──ごめんなさい、当時のピュアな私……。
──え、この後?
そりゃもちろん……三太郎さんの後押し&期待の通りだと思いますよ?(笑)