本日の開幕戦が行われる愛媛は松山、坊ちゃんスタジアム──、はるばる千葉から電車に乗ってやってきた愛子を待っていたのは、一足先に四国観光を済ませた「悪友ども」であった。
スタジアムまで徒歩2分という市坪駅は、混むに違いないということで、待ち合わせはその手前の駅──JR松山駅にしたのだが、ここもあまり変わらないような混雑の具合だった。
徹夜で並んでいる「徹夜組」もズラリ居ると、前日のニュースで見た時に後悔したのだが、やっぱり──真新しい……それも他球団で人気を獲得しまくっていた選手ばかりが居る二つの球団の開幕戦は、スゴイお祭り騒ぎのようである。
「あー……もう、見つかるかなぁ、洋子と美智子。」
こんな人込み、見つけられるかよ……と、ぼやきながらとりあえず駅を出た瞬間だった。
「あーいーこーっ!!!」
込み入った会場でも良く響く声──で鳴らした、友人どもの声が聞こえたのは。
ハッ、と振り返った先、昨日から松山に居る高校時代の親友が2人、こっちに向かって手を振っている。
愛子は彼女たちに手を振り返して、荷物を抱えなおしながら2人の元へ走りよった。
「見てみてっ、愛子〜っ! ほらほら、栄光のっ──スパスタファン倶楽部会員ナンバー1っ!」
「2〜っ!!」
じゃじゃんっ!
先日届いたばかりの、栄光の──本当に栄光中の栄光の倶楽部ナンバーを掲げる娘が2人、久し振りに会う親友に、揃って満面の笑みを向けた。
その手に掲げられたゴールドカードかと思うほどの輝きに、到着早々、そんな羨ましいことこの上ないものを見せつけられた愛子は、ガッターンッ、とカバンを取り落とし、なおかつ目と鼻と口を開いて、
「なんだとーーーっっっ!!!!!!!!!!!????????」
駅いっぱいに響き渡るかと思うほどの大きな声で、叫んだ。
ギョッとした人たちが振り返るのも気にせず、人目のある場所でいい年した女がやってはいけないような走り方で、ダッ、と一揆に親友2人に駆け寄ると、愛子はそのまま2人の襟首をわしづかんだ。
「なんであんた達が、栄光のヤマサト番号を取ってるのよーっ! あたしなんて、30よ、30っ! 年齢を示してるかと思うような番号なのにーっ!!!!」
「ふっふっふーん、日頃の行いがいいからよーんっ!」
えっへん、と胸を張る2人の口元がなぜかニヤリと笑み崩れているのに気づかないのか、愛子は悔しげに拳を握り締めて、見せてみろと言わんばかりに2人の手元から会員カードを取上げた。
そのまま、目を据わらせて見る先──、
「…………って、ちょっと………………?」
栄光の、輝かしいゴールドカードのはずが、きらめきを失って、シルバー……いや、もしかしたらブロンズカードくらいに見えた。
愛子は思いっきり顔を歪めて、2人を見上げる。
その視線の先で、洋子と美智子の2人は、ニンマリと笑いながら、お互いに肩を竦めあうと、
「愛子、30番なんだ〜、二桁台とは、さっすがよね。」
「本当、本当。私たち、受付始まってすぐに申し込んだけど、ソレだもん。」
ねー? と、分かり合ってる者同士の微笑みを浮かべあって顔を見合わせている。
そんな2人に、愛子は溜息一つ。
「──そうよねぇ、1番と2番なんて連番、取れるわけ、ないよねぇ〜。」
「あら、でも本当に1番と2番でしょー? ……ま、あたしはその上に三つばかり数字があって。」
「私は三桁だけどねっ!」
あははは、と明るい声を上げて笑う二人に、愛子はそれぞれの名前の入ったファン倶楽部会員カードを返す。
美智子の会員カードは2番──確かに下一桁は、「2」番。
そして洋子の会員カードも同じく、確かに下一桁は「1」番。
下一桁だけ読めば、「ヤマサトファン」にとっては羨ましい〜っ! と、思えないでもない。
「あたし、そういう見解で行くなら、21番が良かったなぁ〜、たった9人の差だもん。」
自分の会員カードを見つめるたび、「今年三十路になる年に取ったのね」と思うのよ。と、ちょっぴり年齢を感じさせることを呟く。
そんな彼女を、まぁまぁ、と左右から美智子と洋子が肩を叩いて慰める。
「まぁまぁ、二桁台のそれも前半が取れただけでも、いいじゃないの〜。」
さっすが愛子っ!
そうもてはやす友人どもに、どーもどーもと気のない返事を返した後、愛子は気を取り直して、待ち合わせた駅の中をグルリと見回す。
「それにしても、まだ試合開始まで時間があるって言うのに、スゴイわよね……、さっすが山田世代ってとこ?」
埋もれる人、人、人。
その人のすべてがと言ってもいいくらい、明るい顔を見せながら、メガホンだのタスキだのを手にしている。
遠目に見ても、「応援に来たんだ〜」と良く分かる光景である。
「うちの息子も、岩鬼の大ファンなんだよ。」
へへへ、と笑う、どこか自慢げな顔の洋子に、そういえば、と愛子は思い出したように彼女を見上げる。
「そういえば洋子、あんた、お子ちゃま、大丈夫なの?」
首を傾げる愛子に、今更なことを聞いてるよ、と美智子が軽い笑い声を立てた。
「すごかったんだよ、昨日! ワンワンワンワン、携帯ごしに30分なきっぱなしっ!」
「ええーっ! あんた、高貴君、置き去りにしてきたのっ!?」
そんなことは無いと分かっていながら、美智子の声に悪ノリするように身を乗り出して愛子が尋ねると、洋子もそれに乗ったように、困ったように頬に手を当てて、わざとらしく、
「そうなのよ〜、ハッパ見るなら僕も行くーってうるさかったから、布団でグルグル巻きにして、旦那に押し付けて来ちゃったからもう、夜に電話したら、拗ねるわ泣くわ、僕もハッパ見るんだー、って叫ぶわ。」
「で、旦那さんが、『ハッパならテレビで見ろよ』とか言って、『なんでママだけ〜!』ってさーらーにワンワン泣き〜っ!」
あっはっはっは、と、腹を抱えて笑い転げる「母親」と、「友人」に、決して息子の真摯な思いは伝わっていないようである。
そもそもが、息子が赤ん坊の頃から、ぐずって泣いてる息子を見下ろして、
「あははは〜、もー、ワガママな子だから、抱き上げてもらわないと、こうやって泣くのよ〜。」
と、笑って放っておいたような母親である。
ちなみにその息子もしたたかで、泣けば抱き上げてくれるのが分かっているので、泣いてはチラリと見上げ、さらにまた泣くという芸当を繰り返す。──なんとなく、成長したら素直に育つことはなさそうだと当時から思ってはいたが。
「まったく、私が一泊旅行で居なくなるのなんて、毎年1回か2回はあるのに、ほんっと、ママっ子なのよね、タカちゃんは。」
ふふふ、と笑う洋子に、すかさず愛子と美智子は突っ込む。
「それ、あんたが居ないから泣いてるんじゃなくって、あんただけスパスタの試合に行ってるのがズルイって泣いてるだけだからっ!」
「最低〜っ! 母親失格ーっ!!」
そう突っ込みあいながらも、それぞれの顔も笑っている。
説得力がないことこの上ない。
毎日、家事に育児にパートにと、頑張っている洋子のために、旦那は今も必至に拗ね続けている息子をあやしているのだろうが──。
まさかその妻が、年に二度の休息日に何をやっているのか──なんてことは、彼には考えもつかないに違いあるまい。
もう少し息子が大きくなったら、イベントに連れて行ってもいいかしらね〜……なんて洋子は言っているが、一体どういう息子に育つのか、本当に先行きが不安極まりない。
「でも、大変よねー。旦那さん、あんたのディープな話を聞いて育った高貴君の『野球マニア』に付き合って、一体どこまで耐えられるのかっ!」
「絶対、最後まで持ちませんっ! パパ様、威厳大ナシですっ!
ついでに、『パパ〜、こういうのをね、目と目で通じ合うバカップルって言うんだよ〜』とか言って、バッテリーを示して、何を言ってるんだ、うちの息子はーっ! とか思っているに違いありません!」
愛子と美智子があおるのを聞きながら、洋子はうんうんと頷いた後、
「そうなのよね〜、だから、明訓メンツ復活のこのお祭りには、絶対、高貴は連れて来れないのよ!」
そう、連れてこれるはずがないっ!
隣でお母さんが、いつも以上に野球観戦に熱が入る程度ならとにかく、女友達と一緒になって『キャーッ、里中ちゃん、かぁわぁいぃーっ!』だとか、『今っ、土井垣君、今、不知火君と見詰め合ったわっ! やっぱりベンチが向かい合わせって、さいっこうーっ!!』とか、ついうっかり漏らしてしまうのを、まだ、聞かせるわけには行かないのだっ!
そう、母親らしい(?)台詞を吐く洋子に、愛子と美智子は揃って目を据わらせながら、
「いや、それ以前にさ、あんたがタカ君連れてこないのって、タカ君に気を取られて、萌えの瞬間を逃したくないからじゃないの?」
突っ込んだ。
そんな親友達の、この上もないほど的確な突っ込みに、洋子は、うっ、と胸を押さえて背をかがめる。
「──……ぅっ。そういう、痛い突っ込みは、後にしてぇぇ〜っ、せめて、萌えつくした後に〜っ!」
頭を抱えて、ブンブンと顔を振った。
洋子の叫びに、アハハハ、と愛子と美智子は明るい笑い声を飛ばした。
実を言うと二人とも、ココまで突っ走ってきた以上、自分たちも洋子と大差ないことはしっかり分かっていたからである。
──子供と同人、どっちが大切かと言われたら、子供、と答えたい……とは、思っているのだけど……一応。
「さぁって、遊んでないで、とっとと行きましょうか。」
ハイハイ、と纏めるように手を叩いて、愛子がその場にしゃがみこんで蹲っている女を突付いた。
背中を突付く手に、泣き崩れるフリをしていた洋子は、慌てたように立ち上がる。
「あっ、そうだったっ! 早く行って、両方のベンチが見れる席を取らないとっ!」
なんてったって、バカップルぶりを見せ付けるのは、ベンチの中っ!
だから、両方のベンチが見れるような場所に陣取らないと、楽しみは半減以下になってしまう!
そう握りこぶしを握る洋子に、愛子も乗り気満々で拳を突き出す。
「そうよっ! なんてったって里中ちゃんは、隙間がないくらい、ぴったり山田の傍に張り付くからねっ!」
「そうっ! そして土井垣君も、里中ちゃんの隣に常に居るしねっ!」
──お前ら一体、何を見に行くつもりだと、そう周りから突っ込まれそうなことを叫び、三人は昔のようにガシリと手を組み合わせると、それぞれに持ち寄ってきた応援道具を、バックの上からバシリと叩く。
「ふっふっふ、テレビ観戦は、私の携帯にお任せ〜!」
「ちゃんと双眼鏡も持ってきたわっ! これで遠くの席でも、里中ちゃんは観戦できる!」
そう間近でニヤリと笑いあう二人──洋子と美智子に続いて、愛子もカバンからデジカメを取り出すと、
「カメラも万全OK! これで、がんばって坊ちゃんスタジアムの構造をチェックしないとっ!」
うんっ、と、やる気満々で拳を握り締める。
そんな彼女に、そうねっ、と答えかけて──ん? と、2人は首をかしげた。
「……なんで坊ちゃんスタジアムの構造がいるのよ?」
ここは、東京スーパースターズの会場じゃないのよ、と、不思議そうな顔をして尋ねてくる洋子と美智子に、自信満々に愛子は頷くと、
「決まってるじゃないのっ! スタジアムはどこであろうと、細かいところまでチェックして、イザって言う萌えの時に使うのよっ!!」
同人女の鑑のような台詞を吐いてくれた。
──そう言えば、愛子は夏と冬の祭典の後、東京ディズニーランドに連れて行ってくれたときにも、同じようなことを言って、写真を撮りまくっていたような覚えがある。
なるほど、つまりあの時のように、「東京ディズニーランドinコジドイ」だとか、同じくシラドイだとか、ヤマサトだとか、ドイサト百合っぽいのとか書いてみせるつもりなのだろう。
と、同時、美智子がキラキラーと目を輝かせて、ガシッ、と愛子の手を握り締めた。
「そうよねっ、愛子っ! 私、スッカリもうろくしていたみたいよっ!
考えてみれば、今日は、コジドイにとっての祭典なのよねっ!
そうっ! 坊ちゃんスタジアム! それはまさに、大事なステージ!! 新しい愛の導っ!」
「そうよ、美智子っ! 人様の球場でウッカリその気になっちゃった山田が、里中ちゃんをロッカールームに連れ込んで、最後までやっちゃうのもアリよっ!!」
「あぁぁっ! ってことは、愛子、美智子っ! それはもしかして、不知火君が、若さゆえの過ちで、久しぶりに顔を見た土井垣とトイレで再会して、そのまま個室に押し込むって言うのもアリってことなのねっ!!!??」
三人揃えば妄想の海。
ここが幕張などと言ったオタクの祭典の地じゃないことをスッカリ忘れ果て、三人はガッシリとお互いの手を強く握り合った。
ちなみに三人とも、話は噛み合ってないのだが、全く気にする様子はない。
ゴールデンウィークの新刊は、これで決定したも同然であった。
そんな三人を、遠目にこわごわと──子供が指差して尋ねるのを、「しっ、みちゃいけませんっ!」と母親が叱るという光景が見受けられた。
もちろん、そんなことを気にしていては、元明訓高校の妄想マネージャーなんて勤められない。
硬く握った手を見下ろし、愛子は爛々と目を輝かせ、2人の顔を交互に見つめた。
「私、今度の休みに、東京ドームツアーに参加しようと思っているのっ!」
「ツアーっ!」
思わず大声を出した二人は、そのままマジマジと愛子の顔を見つめる。
もう三十路に入ったとは思えないほど、キラキラと少女めいた輝きを宿して、愛子は夢見るような目で空を見つめ、両手をしっかりと組み合わせる。
「バカにして、遠足のときにもツアーは申し込まなかったんだけどねっ!
でもっ! 今、私はとても後悔しているわ……っ!」
やっぱり、「野球大好き少女」である以上、たった千円の出費を惜しむのではなかった。
「スタンドコースなんてどうでもいいわっ! グラウンドコースっ! そうっ、地下通路にブルペン! ベンチを見て、萌えるのみっ!
っていうか、できればロッカールームやシャワールームなんか見てみたいわっ!」
拳を握り叫ぶその声は、ファンの生の声と言うよりも、生の腐女子の悲鳴である。
「そうね……東京ドームは、確かに資料として欲しいわっ!」
「っていうか、今、見に行ったら、ネタの宝庫ねっ!」
何をネタにしようとたくらんでいるのかは、愛子がはいた台詞で十分だろう。
これは燃えるわっ!
そう拳を握る愛子の手を、がっしりと洋子が掴む。
「愛子──そのときは、一緒よ。」
「そう、私たち、いつも一緒でしょうっ!?」
カランカラーン、カランカラーン。
懐かしい、始業のベルの音が、どこか遠くで鳴ったような──そんな既視感を覚えた一瞬だった。
「洋子、美智子……っ!」
再び三人は、通行の邪魔になるような場所でガッシリと手を握り合うと、
「それじゃ、とにかく今日は……っ。」
「そうよっ! 燃えられる限り、萌えましょうっ!」
「もちろんよっ! ──あ、ちなみにできれば、高貴の機嫌を取るために、岩鬼のサインくらいは持って帰ってやりたい……。」
そこんとこ、母親でありたい……。
そう小さく訴える洋子に、この人手で、どうやってサインを貰うんだと、美智子と愛子は呆れ顔である。
同じサインを貰うなら、まだ東京の方が貰いやすかったのではないだろうか? ──売店でサインボールとかも売るだろうし。
「……そんなの、高校の時の卒業アルバムで十分じゃないの? アイツ、あたしらの卒業アルバムに全部、『卒業おめでとう、男岩鬼』って書きやがったじゃん。」
おかげさまをもちまして、恥ずかしくて誰にも卒業アルバムが見せれません。
そう言い切る愛子に、確かにそうなんだけどね、と苦い笑みを零す。
なんだか不思議な気分だった。
つい12年前までは、合宿所だのそこらだので、岩鬼の字が散乱していたのに──いらないと言っても、勝手にサインまでしてきたのに、あの当時は、これほど彼のサインが売れるなんて、思いもよらなかった。
──そう言えば、卒業アルバムと一緒に貰った、野球部の後輩達からの寄せ書きって、ドコに行ったっけ? アレって、売る気はないけど、売ろうと思ったら、ずいぶん大した値がつくんじゃないの? 何せ、今のスパスタメンバーの「元明訓ナイン」は、全員書いてくれてあるんだから。
「あの頃は、金を貰っても、岩鬼のサインなんて要らないって思ってたのにねぇ〜。」
「ほーんと、今じゃ、息子にねだられて、彼のサインを東京ドームで買うことになるのよ? ビックリだわ。」
軽く肩を竦めて、洋子は笑った。
その笑顔を見て──うん、と愛子も美智子も笑う。
きっと、こんな思いは、あの当時──彼らとともに居たみんなが、抱いているに違いない。
少しの寂しさと、驚きと、そして誇らしさ。
彼らとともに経験してきた、そんな──色鮮やかな思い出。
そしてこれからは、
「スパスタ万歳っ! やってやるわよ、今年もっ!」
おーっ! と、振り上げた三人おそろいのメガホンが、どこか楽しく……彩られていくに、違いあるまい。
それは、周囲のファンの人たちとは、少しばかり違う意味あいではあったけれど──これもまた、ある意味「純粋」なファンには……違い、ない…………と、思う。
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腐女子シリーズの最終回となるハズだった代物……(ハズ、なんだ……・笑)。
っていうか、彼女達が作中でかきたいと叫んでいるシーンは、ほとんど、私が読みたいor書きたいネタです……っ!!(大爆笑)
東京ドームはシャワーかな……、でも、シャワールームがあるかどうかも分からないし、どういう構造になっているかも分からないんですよね……うぅーん、先生、昔のお風呂シーンみたいなサービスシーンを書いてくれないかなぁ、シャワーでいいんで。お風呂シーンって、箱根しかないじゃん……っ!
シャワールームでもヤマサト隣同士っていいじゃん(別に同じ個室内でもい……ごほごほっ)。仕切りごしに会話するのよネ!
……か、書きたい…………っ。ムズムズ……〜っ。