小ネタ「HAPPY BIRTHDAY」の続き。
明訓高校野球部の合宿所──練習後の風呂上りの部員達が、口々に喉が渇いたと言いながら食堂向けて駆けて行くと、そこは常にない甘い匂いに支配されていた。
「──……えっ、もうおばちゃん、何か作ってくれてるのっ!?」
驚いたように叫ぶ高代の後から、渚も首を突っ込み、
「イイ匂いだな〜、おやつか、もしかして?」
ウキウキと浮き立つような表情でそう目元を緩める。
練習が終わった後の体の中身は、いつも空っぽだ。
疲れた体を引きずって風呂に入るまでは、「疲れた〜。今日の練習もきつかった」しか言えないのだが、風呂に入って疲れをとりあえず落とした状態になると、今度は腹の虫が鳴き出すのだ。
夕飯まで待てない成長期の小僧どもは、そのまままかないのおばさんが作っているだろう夕飯を一刻も早く食べるべく、食堂に自動的に集まってくるのだ。
もしかして今日は、おばさんが里中さんの誕生日だからと、気を利かせて何か作っているのかもしれないと、ウキウキと食堂に飛び込む。
うまく行けば、おばさんが何かをオマケしてくれるに違いない。
そんな期待を込めて、飛び込んだ食堂には、明かりが灯り、ストーブに火が煌々と焚かれていた。
食堂に一つしかないテレビはついておらず、食堂の中はガランとしていた。
立春は過ぎたとは言えど、まだ2月の下旬──日が暮れるのは早いこの時期、ナイター設備のない明訓高校は、日が暮れると練習を終了しなくてはいけなくなり、自然と合宿所に居る時間が長くなる。
練習が5時半に終わったからといって、ご飯の時間が早まるわけではない。
夕飯の時間は、夏を基準に7時。それ以上遅くなることはあっても、早くなることはない。
夏はそれまで我慢できていたのだから、冬になっても我慢できるだろうと思うかもしれないが──そういうわけには行かない。
腹が減って死にそうだと、そんなことを口々に言いながら、ドヤドヤと入っていった先。
「──……って、あれ、里中さん……。」
真っ先に風呂に入って、さっさとあがっていった──自分たちが片づけをしてから風呂に入りに来たときには、もう着替え終わった後だった──本日の「主役」が、ストーブ近くに立っていた。
彼はこちらに気づいていることのない様子で、厨房に続く小さな窓のあるカウンターに両肘を置いて、中を覗いているようであった。
「里中さん?」
疑問を抱きながら首を傾げてそう声をかけると、里中はそこでようやく後輩達に気づいたらしく、こちらを振り返った。
「おぅ、お前ら、今、風呂からあがったのか?」
そういう彼の髪はすでに乾いていて、白い頬はホンノリと赤らんでいた。
見回した食堂には、里中が一人居るだけで、他の姿は見えない。
「そうですけど──山田さんは部屋ですか?」
岩鬼はまだ風呂で浸かっているし、微笑はそんな彼に付き合って長風呂の最中だ。
殿馬は一足先に出ていったが、先ほど部屋の前を通ったらピアノの音がしたから、自室でおもちゃのピアノで作曲でもしているのだろう。
そうすると、足りない先輩は漏れなく一人。──てっきり里中と一緒に違いないと思っていたのだがと、高代が尋ねると、
「うん? 山田に用なのか? ならちょっと待て。」
いや、用があるわけじゃないのだと、慌てて高代が手を振るよりも早く、里中は覗き込んでいた厨房に目をやると、
「山田〜、高代がお前に用があるらしいぞ。」
楽しげに頬杖をつきながら、そんなことを中に向けて叫んだ。
「──……って、山田さんっ!?」
驚いたように声をあげる渚に、里中はくるりと振り返ると、
「ん?」
いぶかしげな表情で叫んだ渚を見返した。
「里中さん! ……山田さん、厨房にいるんですかっ!?」
まかないのおばさんじゃなくってっ!?
そう驚いたように声をあげる一年生達に、里中は嬉しそうに目元を緩めて、
「ああ、今、俺のホットケーキ作ってるんだ。」
本当に嬉しそうに笑う里中の笑顔に、一瞬見入った高代と渚であったが、すぐにハッと我に返り、
「…………た、誕生日のケーキなら…………。」
里中さんを驚かせようと思って、こっそり買って、冷蔵庫の中に……。
そう言いかけながら、指先をあげるが、
「あっ、ど、どおりですごくいいにおいがすると思いましたっ!」
慌てて後ろから伸びてきた、長い蛸田の手によって、高代も渚も、バフッ、と口を閉ざされた。
もごっ、と手の中で呻いた二人を、さりげに背中の後ろに追いやりながら、
「良かったですね、里中さん。でもあんまり食べすぎないようにしてくださいっすよ。」
アハハハ、とあからさまに怪しい脂汗を流しながら、香車が笑いかける。
そんなあからさまな後輩達に、不思議そうな表情を浮かべた里中であったが、それよりも嬉しさのほうが先に立つのか、ニッコリ微笑んで、
「大丈夫、大丈夫。そんなに食べないからさ。残った分は、明日の朝食べるし。」
な? と里中は喉をのけぞらせるようにして背後を振り返る。
嬉しそうな様子を隠そうともしない里中に、後輩達は密かに拳を握り締める。
何も用意してないフリをして……「おめでとう」の言葉しかないのだと思わせておいて、最後の最後に驚かせるつもりで、せっかくケーキを買って隠しておいたというのに──、さすが山田と言うべきか。
「…………山田さん、ずるい…………。」
友人どもの手を払いのけて、自由の身になった渚が、思わずそんなことを呟いてしまったのも、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。
渚の小さな呟きに、そうだよな〜、感動半減だよなー、とガックリ来る気持ちを隠そうともせず、高代たちがそれぞれに頷いた瞬間、
ぐぅぅ……。
まるで申し合わせたように、おなかの虫が盛大に鳴いた。
ハッ、と頬を赤らめる後輩達を、里中は驚いたように振り返り──それから、にっこりと花ほころぶように笑った。
「しょうがないな。少しだけなら、分けてやるよ。」
食堂内に広がる、甘い匂いに負けず劣らない、甘いとろけるような微笑みだった。
「やったーっ!!」
「もう、腹が減って、あと一時間以上も待てなかったんですよ〜っ!」
「里中さんは命の恩人ですっ!」
ばんざーいっ、と大喜びで両手を挙げる後輩達に、良く言うぜと里中は呆れた色を隠せない。
「お前等、そんな時用に、カップラーメンとかを部屋に蓄えてるくせにさ。」
「疲れてるときは甘いものが食べたくなるんですよ〜。」
すかさずそんな里中に答えながら、高代はウキウキと食堂の椅子に座る。
食堂の中に充満する、バターの良い香り!
この甘い匂いを嗅いで、部屋でむなしくカップラーメンを啜るのは、出来れば遠慮したい。
そう宣言する高代に、確かにそれは言えてるな、と笑って里中は、厨房の扉へ歩き出しながら、
「お前等、お茶の用意くらいはしとけよ。」
5人分の皿の用意くらいはしてやろうと、厨房へと入っていく。
はーい、と良い子の返事をする後輩達に、まったく──と首に手を当てながら渋面を作ってみるが──……厨房に入った途端、包み込むような甘い匂いに、自然と顔がほころんだ。
太い腰周りに白いエプロンを巻いた山田が、新たにフライパンにバターを乗ているのが見えた。
じゅぅぅ、とバターが熱される良い匂いがしたかと思うと、お玉で掬ったクリーム色の生地が流されていく。
生地が焼ける心地よい音に耳を傾けながら、里中は食器棚の中から皿を7枚取り出す。
それをテーブルの上に置いてから、フライパンの前に立つ山田に近づいた。
いつの間にかフライパンの横には、焼きあがったらしいキツネ色の焦げ目のついたホットケーキが4枚、鎮座している。
「あっ、もう焼けてる、俺のホットケーキ。」
思わず目を輝かしてそう呟くと、山田は肩を揺らしながら笑って、フツフツと空気穴が出来た生地を、フライ返しでひっくり返した。
「手伝ってくれるなら、焼きあがったのを皿に移してくれるか? お前の分は二枚な。」
「うん。」
本当なら、今日の主役なんだから座って待っていろと言いたいところだが、厨房に入ってくる前も、ずっと食堂のカウンターで肘を付きながら、「ホットケーキの話」をし続けてくれたくらいだ。
そんな、待ち遠しくてしょうがないだろう里中がチョコマカと動くのを感じながら──こんなに楽しみにしてるんだったら、ホットケーキミックスなんていう楽をしないで、ちゃんと小麦粉から測って作ってやればよかったかな、とチラリと後悔する。
「って、山田。このホットケーキ、なんか一枚がずいぶん小さい。」
用意した皿の中央のくぼみにスッカリ収まってしまう大きさのホットケーキに、不満を訴えるように里中が軽く唇を尖らせる。
大きさ的には、最近スーパーで良く見かける「ホットケーキ」パンと同じくらいの大きさだ。
この大きさだと、バターが乗ったら、すぐに落ちてしまうのじゃないかと、真剣な顔でそんなことを心配する里中に、山田はこみ上げてくる微笑みを隠さず、穏かに口を開く。
「そりゃ、普通の大きさのを食べたら、里中は夕飯が入らなくなるじゃないか。
ちゃんと夜は食べないとダメだぞ。」
──さっき冷蔵庫を覗いたら、ケーキの箱が入っていたのは、とりあえず黙っておいてやろう。
そんなことをコッソリ胸の中で続けて、山田は厨房の小窓から見える、後輩達の姿を横目で見やる。
彼らは額を付き合わせるようにして、ああでもない、こうでもないと……おそらくは、あのケーキをいつ見せるのか話し合っているのだろう。
「それはそうだけどさ……。」
それでも、楽しみにしていた分、小さいとなんだか物悲しいのだと零す里中に、山田はもう一つ、里中には内緒にしていたことを心の中で続ける。
せっかくおばさんが、今日はお前の誕生日だからって、里中の好物ばかり作る気でいるのに……残したりしたら、申し訳なく思うのはお前なんだぞ、と。
冷蔵庫を覗いて、そんなことに気づくくらいなら、最初っから、ホットケーキは今日の朝か昼にでも作ればよかった。
今更ながらそんなことを思うが、食の細い里中の胃が大きくなるわけでもなければ、ホットケーキを楽しみにしてる里中の楽しみを奪えるわけでもなく。
「ご飯を食べた後で足りなかったら、もう一度焼いてやるから。」
好物ばかりの夕飯と、さらにその後に待ち受けるケーキを食べても尚、ホットケーキを食べれるような余裕なんて、里中にはないと分かっていて、山田はそう笑った。
その山田の言葉を受けて、自分の分と山田の分に用意した皿にホットケーキを二枚重ねて乗せて、
「そっか? ──うん、なら、とりあえずこれで我慢する。」
首だけ傾けて山田を見ると、ちょうど山田は焼き終えた一枚を、フライパンから降ろすところだった。
そのままの動作で、濡れ布巾の上にフライパンを乗せ、じゅう、と音をさせてから、再びバターの欠片をフライパンの上の落とす。
「な、山田? 先にバターとハチミツを乗せててもいいか?」
ウキウキした声で、里中がバターナイフを片手にホカホカと湯気を立てているホットケーキを見下ろす。
早くしないと、バターを乗せた瞬間に、バターが溶けなくなる。
真剣な表情でそう言い切る里中に、6枚目の製作に入っていた山田は、肩越しに里中を振り返る。
「分かった、里中の分は好きにデコレーションしてくれていいぞ──と、そうだ。俺の分は一枚でいいぞ。」
「えっ、なんでだよ?」
自分のホットケーキの上に、バターをポトンと落とした瞬間、ホットケーキに触れた部分からバターがジンワリと半透明に溶け始める。
溶けたバターが、ホットケーキに染み込んで行くのが目に見えて分かって、里中はゴクリと喉を上下させた。
耳には、じゅぅ、と食欲をそそる音を立てるバターの音と匂い。
「作ってるうちに、甘い匂いで一杯になってきた。」
「でも、美味しそうだぞ? 山田のホットケーキ。」
そう言いながら見下ろし──テーブルの上に置いてあるハチミツを手に取る。
茶褐色のハチミツの容器の表面には、丸い白いシールで「蜂」の絵が描かれている。
たっぷり入ったハチミツ容器の蓋を開けて、それをひっくり返して自分のホットケーキの上に、たっぷりとハチミツを垂らす。
溶けたバターと混ざり合うように、ハチミツがトロトロと落ちていく。
それはこんがりと焼けたホットケーキの上で、艶やかな色を作り出していた。
「ハチミツって美味しいんだけど、糸引くから、どこで止めたら滴らないかが、難しいんだよな。」
言いながら、ジ、と真摯な目でハチミツの行方を追う里中に、山田は苦笑を滲ませる。
「あまりハチミツを掛けすぎると、くどくなるぞ。」
「でも俺、ハチミツでビショビショなくらいでもいいし……って、わっ。」
「里中?」
7枚目のホットケーキをフライパンから降ろし、8枚目──最後のホットケーキの製作にかかろうとしていた山田は、突然声をあげた里中に、驚いたように振り返る。
自分ならとにかく、ホットケーキにバターとハチミツを掛けるだけの里中が、火傷をするはずなんてない──と思うのだが。
驚いて振り返った先で、里中はハチミツのボトルを慌ててテーブルの上に置いて、指先を口に咥え込んだところだった。
「──里中、どうしたんだ?」
慌ててガスコンロのスイッチを切りながら、里中の元に駆けつけると、
「……ん、いや、なんでもない。単にハチミツが零れただけ。」
口に咥えた手を外し、手の甲に飛んだハチミツをペロリと舌先で舐めりながら、里中はもう片手でテーブルの上を示す。
白い皿の上に乗ったホットケーキの上には、たっぷりとハチミツが乗せられている。
その皿の周辺に、ハチミツが小さな水溜りを作っていた。
「なんだ──突然声をあげるから、何があるのかと思ったよ。」
近くにあったキッチンペーパーを取り、それでザッと机の上のハチミツをふき取る。
けれど、ねっとりとしたハチミツは、ペーパーで軽くふき取ったくらいでは綺麗にならない。
まだテーブルの上にネトネトしたのが残っているのを見て取り、山田は軽く眉を寄せると、
「里中、軽く濡れ布巾で拭いておいてくれ。」
「ん、さんきゅー、山田。」
ペロリと手の甲を舐め終えて、ん、甘い、と里中は目元を緩める。
そのまま最後の一枚のホットケーキを焼きに戻る山田の背を見送って、里中は干してある布巾を手に取り、流し台でそれを塗らしてテーブルを拭く。
それから改めて、皿を手に取り、山田が焼き終えたホットケーキを皿に移す作業に戻る。
ほかほかのホットケーキは、ふかふかふっくらとしている。
焼きたてを見下ろしていると、このすべてにバターを落として、ハチミツを垂らしたくなる。
「な、山田? 山田のはバターとハチミツ、いる?」
最後の一枚を、フライパンの上でひっくり返した山田を見上げて尋ねる里中に、山田はそうだな……と困ったように顔を顰めた。
「ハチミツ……は、甘いよな…………。」
いつもなら、里中の好みでしてくれと言うところだが、今日はこれから夕飯とデザートのケーキが待っている。
そう思えば、バターとハチミツたっぷりは──少し、遠慮したい。
そんなつもりで顔をゆがめた山田の言葉に、あぁ、と里中は首を傾げて頷くと、
「ちょっと待ってろ。」
ホットケーキの乗った皿を持って、テーブルに戻ると、ハチミツのボトルを掴む。
ふっくらと膨らみ始めたホットケーキに、そろそろかと細い目を、さらに細めた瞬間──、ニュ、と目の前に何かが差し出された。
思わず身を引いた山田の前に、節ばった綺麗な指先……、その先端から人差し指の根元にまで、半透明の液体。
ボトルに入っているときには、茶褐色に見えるソレは、彼の指先で黄金色に光って見えた。
というか。
「………………さ、里中………………?」
「ほら、山田。」
にっこり、と笑う彼の意図は、分からないでもない。
きっと先ほどの山田の台詞を受けて、ハチミツの味見をさせてやろうと言うことなのだろう。
思わず無言で見下ろす先で、里中はニコニコと笑っている。
その彼の突き出す指先を見て──、ま、いっか、と山田は素直に首を傾けた。
「そんなに甘くなかったら、ホットケーキにこれえお前の顔を描いてやるよ。
小さい頃、良く母さんがそうやってウサギとか描いてくれたんだよな。」
なんだか懐かしいと笑う里中に、そう言えば前にうちでホットケーキを作ったときにも、同じようにハチミツでクマか何かの絵を描いていた。それで「山田」だと言い張って、サチ子から爆笑を買っていたような覚えがある。
楽しそうに笑う里中の指に、そろり、と舌を近づける。
とろりとしたハチミツの色が、山田の舌の上で甘露な甘さを感じ取らせた。
ぺろり、と──先ほど里中が手の甲を舐め取っていたのを思い出しながら、里中の指先から根元へ、細い指を咥え込むように口の中に入れると、びくん、と里中の肩が震えた。
「────…………っ。」
今更ながらに、自分が何を無邪気に提案したのか分かったのか、チラリと見上げた里中の顔は、真っ赤に染まっていた。
慌てて身を引こうとする里中の肩を掴み、片手でその手首を捉えて、指先に絡められたハチミツを、ゆっくりと舐め取る。
フルフルと震える指先を咥えると、
「や……山田、もういい……。」
赤く染まった頬で、里中が恥ずかしげに呟くが、
「中途半端だと、ベタベタするぞ。」
山田はそれを聞いてくれず、ペロリと指の根元を舐めあげる。
「……うぅ……。」
その山田の顔を見下ろして、里中はなんとも言えない顔と声を零して、むずがるように体を揺らしたが、そのまま山田の気が済むまで見下ろして──いた、けれども。
じゅぅぅぅぅ………………。
「………………やまだ……………………。」
耳に届く音が、なんだか違う色を宿した気がして、里中は彼の名を呼んだ。
その里中に、山田も目線をあげ──、彼が訴える視線の先に目をやった。
「────………あ………。」
見下ろした先で、ホットケーキがこんがりと綺麗なキツネ色の表面を見せていた。
──表面は。
慌てて山田は片手を伸ばして、カチ、とコンロの火を切る。
「焦げてるか……?」
恐る恐る覗き込む里中の目の前で、コロン、とフライ返しでひっくり返すと、表に比べてずいぶんと色の濃い裏が見えた。
「いや……弱火にしてたから……まぁ、──食べれないことはない……、な。」
「……ゴメン。」
目を落として、シュン、と頭を落とす里中に、山田はかぶりを振って、伸ばした手でクシャリと彼の髪をかき乱す。
「いや、大丈夫だ。これくらいなら、俺が食べるよ。」
「…………山田…………。」
「だから里中、ちょっと大目に蜂蜜をかけてくれるか? ──あぁ、皿も取ってくれ。」
穏やかに微笑む山田を見上げて、里中はそれでもすまなそうに山田を見上げたが、彼の言葉にコクリと頷いて、
「それじゃ、山田の顔を描いてやるよ。」
すぐにニッコリと微笑んで、山田にそう約束した。
そのままクルリと身を翻す里中の背に向かって微笑みながら、
「あぁ、頼む。」
山田は、少しだけ焦げ付いたフライパンを見下ろし──そのまま洗い場に移動した。
「まだまだ修行が足りんな……。」
そんなことを、苦い笑みとともに呟きながら。
──甘いホットケーキは、甘くてとろりとしたハチミツをたっぷりかけて……甘く、あまく…………めしあがれ。
+++ BACK +++
ハチミツネタを、幾通りも考えてみたのですが、この間から「下ネタ」関係ばっかり書いてるよーな気がしたので、可愛らしく(?)まとめて見ました。
っていうか、頭の中がエロに染まってて、綺麗にまとまらなかった……ってそりゃ最近全部か(笑)。
えー……ホットケーキを部屋にお持ち帰りするパターンだと、もれなくアンダーラインつきますねぇ……。
なんていうのかしら、奥様、ご存知?
「ハチミツはお肌にいいんですよ。ハチミツ配合の石鹸とかは、保湿成分に役立ち、冬の乾燥肌には最適! ハチミツパックなんていうのも、スベスベしっとりするんです。牛乳1さじにハチミツを1さじ混ぜると最高ですね。生クリームはもっと保湿成分が多いので、それを一さじ、お風呂に入れるだけでも大分違いますよ」
から、ハチミツを直接肌に滴らせ、「これでマッサージすると肌にいいんだぞ」と大嘘をついて(笑)、オイルみたいにマッサージするとか? で、洗ってもベタベタするから、舐めるしか……っ!
↑ソコまで考えた私は多分、大バカ者だと思います。
あ、でもハチミツがお肌にいいのは本当ですのよ。牛乳風呂にハチミツを少しだけ混ぜると、しっとりしますし、洗面器一杯のお湯に、ハチミツと牛乳を一さじまぜたをウォッシュにするといいんですよ。そのウォッシュにしたお湯は、そのままお風呂のお湯に入れて、牛乳ハチミツ風呂に〜……。
……ハチミツマッサージした後の体をそのまま風呂に入れて、風呂で更に蜂蜜を落とすためのマッサージっ!?(←危険です、DENGER DENGER)
こういうとき、絵が描けたら、描くのに……っ! と思いますネ。(思うだけ)
食堂の椅子に座って待つこと数分。
太い腰周りに白いエプロンを巻いて、厨房から出てきた山田の持つトレイには、人数分のホットケーキが乗せられていた。
溶けかけたバターと、たっぷりのハチミツがかかった二枚が乗った皿を里中の前に置き、残り5枚と、バターとハチミツの容器を丸々ドンと後輩達の前に置き、
「夕飯はすぐだから、食べ過ぎるなよ。」
好きにかけて好きに喰えと言わんばかりに、山田は5人の後輩達にフォークを手渡した。
そのフォークを受け取りながら、5枚のホットケーキを見下ろし──、一人一枚じゃ、食べ過ぎるも何も、全然物足りないじゃないかと、情けない音を立てるおなかをさすった。
「はーい。ありがとうございまっす。」
それでも良い子の返事をして、後輩達は早速自分たちの分のホットケーキに、バターを乗せ、熱でトロトロと溶ける薄黄色のその上から、たっぷりハチミツをかける。
こんがりと焼きあがったキツネ色の生地に、つやつやと輝くバターとハチミツに、高代が嬉しそうに目元を緩めながら、
「甘い物なんて食べるの、正月以来だよ〜。」
と、さっそくホットケーキにフォークを突き刺そうとするのを、
「ストーップ。まずは里中さんが食べてからだろ。」
長い手で蛸田が止める。
その蛸田の前のホットケーキは、バターが乗っているだけでハチミツはかかっていない。
「あ、そっか。そうだった。
里中さん、号令をお願いします。」
このホットケーキは、山田から里中への「誕生日ケーキ」なのだ。
──白いクリームとイチゴの『智君 お誕生日おめでとう』と書かれたバースデーケーキは、ちゃんと冷蔵庫の中で眠っているが。
慌ててフォークを手元に戻して、良い香りがするホットケーキを前に、グ、とよだれを堪える高代の促しに、里中は小さく笑いながら、
「それじゃ、いただきます。」
暖かいコーヒーを自分の前においてくれる山田を見上げて、ニッコリと彼に告げる。
その言葉に頷きながら山田は里中の隣の席に座る。
そして里中がフォークとナイフを、たっぷりハチミツにまみれたホットケーキに落とすのを見下ろしながら──、
「……ん、美味しい。」
ほろり、と綻ぶように微笑む里中に、にっこり、とこちらも満面の微笑を浮かべて見せた。
その里中の「美味しい」を合図に、
「いっただっきまーっすっ!!」
血に飢えた……否、飯に飢えた男どもが、一斉に自分の目の前のホットケーキに、襲い掛かった。
***
「あっ、渚っ、お前な、なんで俺のホットケーキにハチミツをかけるんだよっ!」
「なんだよ、バターのほうが良かったか?」
「俺は甘いのが苦手だから、パンケーキでいいんだよ!」
「ん〜、おいしい〜っ! ……って、あっ、山田さんのハチミツ、クマの顔になってますねっ!」
「そう、クマのプーさん。結構力作だろ?」
「えっ、里中さんが書いたんですかっ!?」
「うん、俺、これだけは得意なんだ。
……あ、山田? 苦くないか、大丈夫か?」
「平気だよ、これくらいは。」
「そっか、それは良かった。」
「それよりも里中、口にハチミツがついてる……。」
「ん? んん…………ここ?」
「いや、もう少し……ココだ。」
「ん。──────ちゃんと取れない。」
「ハチミツだからな……あとでおしぼりで口でもぬぐっておかないと……。」
「ん、わかった。」
「……………………………………。」
「おい、香車、手が止まってるぞ。食わないなら、俺が貰ってもいい?」
「いや…………今、『舐めてやるよ』って台詞が出ないか、ドキドキしてたんだけど、そう思ってたのは俺だけか…………?」
「いや、それは俺も思ったけど、あえて聞かない見ないフリしてみただけだよ。」
「わ〜、やっぱりホットケーキは、バターとハチミツですよね〜。」
「なっ、そうだよなー?」