恋心事情
高校を卒業した後、千葉の小さな不動産に就職した。
最初は一人暮らしにもなかなか慣れなくて大変だったけど、それでも「今、土井垣は明訓高校に監督として在籍していて、里中ちゃんとラブっぷりしてるに違いないわ」という希望を胸に、がんばってきたのだ。
しかし、高校を卒業して二年後。
愛子は、自分のその思いが、根本から間違えていたことを知った。
すなわち。
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トゥルルルル……トゥルルル……。
コール音は二度まで。
そこですかさず電話を取り、手元のメモ用紙を引き寄せながら、
「はい、いつもありがとうございます。光圀不動産でございます。」
慣れた口調でそう言いながら、すばやく左手でパソコンのキーボードへ。
顧客管理の名簿を開き終えれば、ちょうどその規定の文句が言い終えるのだ。
少しの雑音が耳元で聞こえる。
少し電話が遠いかな、と感じると同時、
『あの──すみません、明訓高校の山田と申しますが、小西さんはいらっしゃいますでしょうか……。』
ひどく不器用な声が、聞こえた。
「…………はいぃ?」
思わず愛子は、耳元で聞こえた声が信じられなくて、素っ頓狂な声を上げる。
そんな愛子に、電話の相手は、少し慌てたような口調で、
『え、あの──そちら、光圀不動産さんですよね?』
それでも丁寧に、そう尋ねてくる。
愛子は、一瞬息を呑み、その後、
「……小西はわたくしですが──……明訓高校の山田って……もしかして、里中ちゃんと同室だった山田?」
同じ室内の同僚達の目を気にしつつ、受話口に手を当てて、愛子は声を小さくしながら、電話の向こうに話しかける。
と、安堵の吐息を零したような気配の後、
『あ、はい、そうです。里中とバッテリーを組んでいた、山田太郎です。
あの……お久しぶりです、小西先輩。』
耳に心地よい穏やかな声に、まったく久しぶりだと、小西は頷く。
「どうしたのよ? というか、どうしてあんたが、私の職場に電話してくるの? なんで知ってるのよ、あたしがここに居るって? あ、もしかして、新しい新居でも探してるのー?」
クルクルと右手のペンを回してから、メモ帳にするつもりだった紙の上に、山田の顔を描いてみた。
彼の顔を書くのは、実に高校3年以来であったが、今でもなかなか似せて書くことができた。
ん、なかなか上出来。と思いながら、筆の進むままに今度は愛しの里中ちゃんの顔を描き始める。
仕事用の取り澄ました声とは違う、二年前に良く聞いた「小西マネージャー」の声に、電話の向こうの山田は、緊張を解したらしい。
『はい、そうなんですよ──と言っても、俺の新居じゃないんですけど。』
「あぁ、そういえば、西武に入団決まったんだよね? おめでとう。
西武ドームなら埼玉だから、神奈川からでもがんばったら通えるしねぇ。──って、最初は寮に入るんだったっけ?」
あんたの新居じゃないよねぇ……と言いかけて、はた、と愛子は眉を寄せる。
山田は今、軽口ついでに叩いた「新居でも探してるの?」という台詞に、「はいそうです」と答えた。
さらに、自分の新居じゃないとも。
と、言うことは。
ピロピロリーン、と、一瞬の間に、愛子の頭の中で妄想の嵐が駆け巡った。普段から妄想欲に従順な愛子の脳みそは、あっという間に山田の言葉から想像できうる限りの妄想を浮かび上がらせた。
その中で、一番信憑性が高いものと言えば。
「里中ちゃんの、新居を紹介してくれってこと、もしかしてっ!?」
──ロッテに第三位で指名された「里中智」のことだった。
思わず大きな声で叫んだ愛子を、周囲の机に着いていた面々が、驚いたように見上げた。
その視線をまったく感じぬ様子で、愛子は両手でしっかりと受話器を握り締めると、真剣な眼差しでメモ帳に落書きされた「里中ちゃん」の顔を見つめた。
『はい、そうなんですよ。里中、実はロッテに指名されて、それを受けることになったんですけど、引越し先を探そうにも、色々と騒がれる可能性もあるだろうから、小西先輩を頼ったらどうかと、先生達が紹介してくれたんです。』
「あー……そーねー。あたし、一応マネージャーだったしねぇ〜。」
なるほど、だいたいの事情は分かった。
伊達に現国と美術の成績が常にクラスNo.1だったわけじゃない。少しの情報で推理……いや、妄想して補完するのには慣れている。
早い話が、土井垣が日本ハムに入団を決めたときに、一人暮らし先を決めるのに苦労したのと同じ原理だろう。
それでも土井垣は、現役選手から直接入団をしたわけではない。その土井垣と比べると、里中の人気は……確かに、面倒くさそうだ。
話をしながら、愛子は受話器を顎と肩で挟みながら、両手でパソコンを取り扱いし始める。
「んー……うちの不動産で扱ってる物件を、いくつかピックアップしてあげるわね、それじゃ。
で、頭金とか敷金の説明とか、部屋の物件の確認とかしてもらわなくちゃ行けないんだけど──里中ちゃん、いつ暇?」
そう当たり前のように切り出しながら、愛子の頭の中には、グルグルと回るさまざまな思惑が走り回っていた。
──里中ちゃんに久しぶりに会えるっ! しかも生里中ちゃん! プロになったら、滅多に会えないに決まってるから、今のうちに、タップリと充電しておかねばっ! 写真とか写真とか写真とか!
『千葉へ行く日ですよね? それなら、冬休みに入らないとダメかと思いますよ。』
「うんにゃ、あたしがそっちに行くから、いつでも好きな日を言ってよ。」
『──……って、えっ!? こ、小西先輩がこっちに来るんですかっ!?』
大仰に驚いた山田の声に、何が文句あるのよ、と愛子は片目を見開く。
「あのね〜、ロッテに入団決まった里中ちゃんが千葉に来て物件探したら、そりゃ目立つでしょー?
だったら、まずはあたしがそっちに……保土ヶ谷に行くから、それである程度の物件を決めて、最終的に一緒に物件を見にいく線で決めたほうがいいでしょ。」
生里中ちゃん、生里中ちゃん。
頭の中でその台詞がグルグルと回っているなんて、電話の向こうの山田は気づく様子もない。
少しの沈黙の後、
『小西先輩がそれでいいのなら……明訓高校まで来てもらえますか?』
「もっち、バッチリOKよ。」
というか、喜んで行こう!
そんな愛子の心の声に反応するように、彼女の手元のメモには、ハートマークが乱舞している。
『それじゃ……今度の土曜日の、お昼から……。』
説明してくれる太郎の声を聞きながら、うんうん、とそれをメモした後、愛子は一際明るく大きい声で、
「それでは、また次回、お会いした時に詳しくご説明させていただきますね。」
と、周りの同僚に話を聞かせるかのように告げた後。
んふふ〜、と、ニコヤカな笑みを貼り付けて、手元のメモ用紙を見下ろし──、山田のイラストと里中のイラスト、さらに付け加えるように散らされたハートマークに。
「…………なんか、山田と里中ちゃんがラブラブみたい…………。」
ぽっつりと、呟いてみた。
目の前に居るのは、この夏に高校野球を一層賑わわせた「明訓高校」の黄金バッテリーのはずである。
明訓高校の一角にあるサロンで、山田がおごってくれたジュースを片手に、愛子は今をときめく二人と一緒にテーブルに着いていた。
丸い円テーブルの向かい側には、寄り添うようにしてパンフレットを覗き込む二人の姿。
「このマンションなんてどうだ?」
「二人で住むには、広すぎないか? 1LDKくらいでいいよ。」
けれど、パンフレットと住宅物件の詳しい詳細が乗った地図の束を広げたテーブルに着いている二人は、「バッテリー」というよりも……、
「やっぱり、トイレとお風呂は別がいいな。」
「そうだな。そうじゃないと、さすがに長期間住むのに辛いだろう。」
「あ、アパートで二階以上なら、ベランダも居るんじゃないか? ほら、洗濯とか干すところはほしい。」
「乾燥機よりも、お日様のほうがいいしな。」
「うん。」
さまざまなアパート物件を捲りながら、ああでもない、こうでもない、と話し合う。
新居をどうするか友人に相談していると言うよりも。
「まるで、あんた達が二人一緒に住む新居を探してるみたいねぇ。」
思わず愛子は、ポツリと、呟いた。
しげしげと、目の前で山田と笑顔を交し合っている里中の──二年前に比べて美しく可愛らしくなったような気のする容貌に、うっとりと見とれながら、愛子はジュースを一口、口に含んだ。
すると、目の前で千葉の物件情報をチェックしていた山田と里中は、揃って顔を上げて、
「い、いやですね、小西先輩。俺は、自宅がありますよ……。」
「そうですよ、一緒に住むなら、俺が山田の家に引っ越しますよ。」
なぜか照れたように山田が呟き、里中がキリリと真摯な顔で言い切ってくれる。
その二人を交互に見やり、愛子は、自分の胸のうちから、ムクムクと何かが顔をもたげるのを感じた。
人、これを「萌え」という。
「……なんだか二人とも、ラァブラブよねぇ〜。」
んふふ、と、パンフレットで口元を覆って、愛子はニッコリと目元を緩めた。
そんな彼女に、山田と里中は、なぜか揃って目線を合わせて、ポッ、と頬を朱色に染めた。
──できてるっ! ぜったい、この二人、できてるっ!!
愛子は、思わず握りこぶしで心の中で「よっしゃっ!」と叫んだ。
だがしかし、高校3年間で培った、見た目は普通の微笑を浮かべ続ける。
「先輩……岩鬼みたいなこと、言わないでくださいよ……。」
コリコリ、と頬を掻く山田が、チラリと里中を見下ろすのに、
「べ、別にラブラブなんかじゃないですよ?」
里中も、わざとらしいくらいわざとらしい仕草で、顔の前でパタパタと手を振る。
うん、この二人、完璧☆
愛子はそのままその場で飛び上がって大喜びしたくなるのを必死でこらえて──しかし、ウズウズしている足や手が、微かに震えて引き攣るのをとめられない。
何ソレ、何ソレ、何ソレーっ! っていうか、今すぐ屋上に行って叫びたいっ!
神様、本物をありがとうーっ!!
その気持ちをグッとこらえて、愛子はニコニコと微笑むと、
「考えてみれば、野球のバッテリーって、夫婦みたいなものだって言うもんね。
山田と里中ちゃんって、本当に息が合うバッテリーだったもん。そこらの夫婦よりも、ツーカーなんだね〜。」
うふ、と笑う愛子の微笑みが、非常に欲望に満ちていることに、彼女の友人達であったなら、気づいてくれただろう。
だがしかし、目の前に居るのは、愛子とたった半年ほどしか付き合いのなかった、山田と里中であった。
試合中になると洞察力が深くなる山田も、なぜか女子相手にはその威力をあまり発揮しない。
よって、山田は愛子の心の中に吹き荒れる愛の嵐に、まったく気づくことはなかった。
「──そうでしょうか……。」
照れ照れ、と照れたように笑う山田に、里中もニッコリと笑って、
「うん──俺、またいつか、山田と一緒に野球したいと思ってるんです。」
「……里中……。」
「山田……。」
愛子は、そうなのー、と笑いながら──コレだっ! 生で見たわっ! 野球中継中にしていた『二人で目で会話』よ! と、萌えあげる気持ちを抑えつけることができなかった。
そのまま、がしっ、と両手を握り締めて、愛子はキラキラと輝く目で見詰め合っている山田と里中を見つめる。
多少、山田の外見が達磨のようでも、里中ちゃんが可愛いなら、気になるはずもない。
ううん、違うわっ! ここまでラブラブな二人を、どうして私が止めることができるだろうかっ!
っていうか、見せろっ!
「ステキな友情ね〜。」
うふふふ〜、と意味深に笑って、愛子は里中と山田をじっくりと見つめた。
二人は、そのまま間近に笑みを交わし続ける。
ステキ……。
愛子は、二人が見詰め合ったまま、なかなか手元のパンフレットに目を落とさない事実を、まったく気にも留めず──それどころか、今度来るときは、もっとパンフレットの数を小出しにして持ってこーよぅっと。
そうすれば、二人がドコまで進んでいるのか、確実に! チェックできるわ〜♪♪
愛子がそんなことを思っているとは、露とも気づかず、里中と山田は気を取り直して、
「家具が入るサイズを考えると、2DKは居るだろう、里中?」
「え、でも、それだと山田が泊まる部屋がないぞ?」
「里中──さすがにその、ロッテの本拠地である千葉に、そうしょっちゅう泊まりにはいけないだろ……。」
「あ、そっか──そうだよな。」
しょぼん、と肩を落とす里中が、あんまりにも可愛くて──いや、可哀想で、思わず愛子は、里中を困らせる山田に、節度ある助言をして差し上げた。
「山田。そういう時は、神奈川と千葉の間として、東京でホテルを取ればすむことなのよ。
最近は、カラオケだけじゃなくって、ホテル内にプールやバーやビリヤードやスロット、飲食店があるラブホテルもあるから、退屈しないわよ。」
ニッコリ、と営業スマイルを浮かべる愛子に、山田も里中も、大きく目を見開いた。
親指を差し出す愛子は、自分の失言に、まったく気づかない。
それどころか、キラーン、と微笑みすら見せ付けて、
「そうそう、コスプレレンタルと、アダルトグッズ自動販売機なんかある所だと、後々も楽しめるわよね〜。」
「…………………………………………こ、ここ、小西先輩…………っ。」
真っ赤になる山田と里中が、慌てたように口もごるのに、なぁに、と問いかけようとして──はっ、と小西は、自分が失言をしたのに気づいた。
慌てて、口元に手を当てると、
「あ、いやっ、ほら、最近のラブホって、一人でも泊まれるところとかあるし!!」
ぱたぱた、と手を振って、ごまかすようにアハハハ、と笑ったが──十中八九、ごまかせていないのは、確かであった。
+++ BACK +++
その後、自宅に帰って「ヤマサト」を検索する愛子の姿があったとかどうとか……↓
「私……今、すっごく高校生活、損してきたと思うのよねぇ……。」
はぁ、と溜息を零して、愛子はアパートの本棚の前に正座して座った。
その本棚に並んだノートとアルバムの束を見れば見るほど、愛子は溜息が零れるのを止められなかった。
私、なんて人生を損してきたんだろう……。
これほどまで、自分のバカさ加減を後悔したことはない。
愛子は、はぁ、と溜息を零して、せめてその自分のバカさ加減を少しでも悔い改めようと──正しく言えば、少しでも残っているかけらを集めようと、千葉に就職が決まって、アパートに引っ越してくる際に、「この命も同然のネタ日記だけは捨てられない!」と抱えてきた、ダンボール一箱分はあるだろう、「高校時代の日記」を取り出した。
ドサドサ、と床に零れ落ちたノートの中から、適当に一冊取り出すと、愛子はそれを開いてみた。
日付を確認すると、それは高校一年の時のものだとわかった。
「一年の時は、さっとなかちゃんも、山田も居なかったしなぁ。」
この頃は、「土井垣ってきっと、三年生の先輩達に、可愛がられてたのよぅ。でもって、その後、徳川監督にめでられてるのv」とか言っていた覚えがある。
今、自分が欲しているのは、土井垣の一年時代ではなく、──いや敢えて言うなら、土井垣ですらない。
「里中ちゃんと山田の、ラブラブ具合が知りたいんだけどなぁ〜。」
んも、絶対、次の冬の新刊は、ヤマサトで一本書いてやるっ!
そう心に誓った以上、書かなくてはいけない。
うんうん、と愛子は頷いて──けれどとりあえず、当時はどういうことを書いていたのだろうと、もう今から4年も前になる、恐ろしい記録を捲り始めてみるのであった。
***
高校1年 6月
今日は三年のお姉さまマネージャーから、とってもステキ☆な情報をいただいちゃった♪
なんと! 7月になったら、予選に向けて、レギュラー陣は合宿所入りなんですって!!
しかもしかも、今の現時点で、土井垣君がレギュラー入りはほぼ確定!
ってことは! あの! 夢のような!
先輩による、後輩への性の洗礼を、この目でしかと見られるかもしれないってことよねーっ!!!
あぁっ! もう、どうしよう! 今から私の頭の中では、土井垣君が可愛がられて、皆から引っ張りだこになってるところが、アリアリと思い浮かぶわっ!!
土井垣君は抵抗するんだけど、抵抗しきれないの! 鬼畜ねっ! そう、路線は無理矢理系っ!
あぁ……いいかもしんない………………ウットリ。
どうかしら、やっぱり運動会系って、初めての○慰は、先輩からしてもらうって言うのは、本当なのかしらっ! でもってそのまま、土井垣の感じてる顔とかに、先輩が我慢できなくなっちゃったりするのかしら!
いいえっ、やっぱりこういうときは、あれよねっ!! 最初の一発は、「この監督だろうがよ」とか言って、こういうときだけちゃっかり徳川監督の登場なんだわっ!
よし! この夏の新刊は決まったわっ! 真夏の甲子園っ!
徳川監督による、土井垣蹂躙18禁よっ!!
そのために、今から逐一チェックしておかないと……ふっふっふっふ。
高校1年 7月
本能のままに書いた、土井垣受けの徳川監督が半強姦する話、土井垣君に見られちゃったv えへv
いや、まだトーン貼ってなかったけど、ペン入れまではしちゃってたからなぁ……しかも台詞も、鉛筆だけど入れてあったんだよねぇ〜。
あーあ。やっぱり夏コミ新刊に間に合わないからって、やっぱり部室に持ち込んで書いてたのが間違ってたかなぁ〜。
あの時の、原稿用紙を手に真っ白になっていた土井垣君の顔、やられちゃった後の放心状態にバッチリな感じで、スケッチしとけばよかったなぁ……って思ったわぁ。
ま、ちゃんと破られる前に回収したし!
見られちゃった以上、今度は直接土井垣君に、「監督とはドコまで行ってるの」か、「先輩の洗礼を最初に受けたのはいつ」だとか、聞いてみよぅ〜っと。
高校1年 12月
夏の甲子園を見たという、「少年野球ホモ連合」の人と、土井垣受けと土井垣攻について、アツク語り合った。
すっっごく、楽しかったぁぁ〜vv
やっぱり誰が見ても、土井垣は攻で受けなのよねっ、リバーシブルよ!
でも残念ながら、徳川v土井垣の同士は居なかったわ……洋子と美智子の趣味の幅が狭いだけだと思ってたけど、そうじゃないのかしらん? なかなかツボだと思うんだけどなぁ。
さて、明日の学校では、土曜日に追求しそこねた「首筋の赤あざは何!?」について、土井垣に追求しなくては! ふっふっふ……あれは絶対、先輩がつけたやつだと思うわっ! キャv 冬は寒いから、人肌恋しくなるってものよね……あぁーら、んふふ、春コミの新刊は、コレで、き・ま・り・ねvv
高校1年 2月
学年末の文集に、イラストを一枚描いてくれと先生に頼まれたので、ひっしに耽美にならないように注意をして書いて見た。
一枚くらい、ホモっぽい絵があってもいいかな〜、と思ったので、元キャプテンの佐瀬古先輩と土井垣のツーショットを、描いてみた。
佐瀬古先輩はね、あたし……受けだと思うのよっ!!!
その思いのたけを乗せながら、手を握り合い見詰め合う二人のイラストを載せたら、
「小西は、本当に野球部が好きなんだな。」
と先生から誉められた。
……どうやら、元キャプテンが、土井垣の資質を見抜いて、後を託すシーンだと解釈されたらしい。
えー……見て欲しいのはソコじゃなくって、握り合った手が「恋人握り」になってるとこなのよぅ。土井垣の指先が、なんかいやらしいでしょーっ!?
ちぇっ、まだまだ理解されない世界よね……ボーイズラブって。
***
「あら、私、この頃は土井垣攻よりも、土井垣受けの方が強かったのねぇ。」
捲るページ捲るページ、徳川監督と土井垣のイラストばかりだ。
愛子は首を傾げて、懐かしい「真夏の甲子園」の表紙のラフが書かれているページを見下ろした。
真夏の甲子園、と手書きで書かれた題名の下に、特徴を似せた徳川監督のイラストと、その徳川に肩を抱かれた土井垣のイラスト。
少し照れたような土井垣の顔が、非常に似ていると、今でも愛子は思う。
「はぁ……やっぱり、土井垣って、いいわよねぇ〜。」
冬に向けて、ヤマサト本だけじゃなくって、土井垣受け本も作っちゃおうかしら。
思わずそう呟いて、愛子は今作るなら、大介土井垣本かしらね〜、と首を傾げた。
「そうそう、二年生の時には、山岡と北と石毛なら、どれが一番マシかって、美智子と洋子と話したっけぇ。」
結局、愛子は「やっぱり土井垣受けなら徳川さん。」と言い切って、二人から不評を買った。
「──って、そうじゃなくって、山田と里中ちゃんだってば。」
慌てて愛子は、ポイと高校一年と二年の日記をダンボールから放り出し、目的の日記を取り出した。
***
高校3年 4月
今日は記念日っ! 絶対記念日ーっ!!!!
あぁっ! なんてステキな誕生日なのかしらー!
まさかまさか、こんなステキな誕生日の贈り物をもらえるとは、思っても見なかったわ、私!
毎年、始業式のすぐ後が誕生日だなんて、冗談じゃないわよ、このやろうっ! とか思い続けてたけど!
今、今日が誕生日で最高に嬉しいよ、あたしっ!
里中、智。
よし、忘れないうちに覚えた……っちゅうか、忘れるはずなんてないじゃん!!
絶対、覚えてる〜っ!
私達は彼のことを、あの繊細で華奢で、でもって元気がよくって、ちょびっと小生意気で、それでもって入部のときの名乗りを上げる笑顔がさいっこうに可愛かった、美少年!
私たちは彼のことを、黄金ルーキーと呼ぶことにするわっ!!
もう、絶対、さとぴょんっ! 里中ちゃんっ! ってゆーかヒロインっ!
あの子以外、私達の求める受けはありえない〜っ!!!
あぁ、もう、どうしよう……っ! あたし、ほかの新入部員の顔、覚えてないぃ〜っ!!!
──って、いや、それは毎年のことなんだけどね。
だっていっつも、新入部員の人たちってば、すぐやめちゃうからさ。
でも、里中ちゃんが辞めたら、あたし、絶対、マネージャーにスカウトするぅぅ〜!
まかせて、里中ちゃん! あたし、絶対、あなたを土井垣のステキな女房にしてみせるわ!
高校3年 5月
ゴールデンウィークも、部活〜。
結局今年も、ゴールデンウィークのコミケにはいけなかったわ……。
ま、それはいい。その分、夏コミでがんばるからっ!
なんてったって、今年はもう、色々とネタがあるんだもん──んふふ〜。
そう言えば、今日は新入部員の一人、山田太郎って言う、市役所で見かけそうな名前の一年生の、誕生日らしいわよ。
子供の日生まれだそうね。
どうしてソレを私が知ってるかというと、里中ちゃんが、そう言ってたから。そういって、山田君にジュースおごってたわ。
思わずその話を聞いた瞬間、「里中ちゃんの誕生日が出てこないかしら!」って思って耳を澄ませたのよ!
そうしたら山田君が、ちゃんと聞いてくれたわ。
偉いっ、山田っ! 捕手希望って言う、どう考えても今年は未来がなさそうな境遇のあんただけど、今日ばっかりはお姉さん、君が今日誕生日だったことに、諸手をあげちゃうわよっ!
里中ちゃんは、2月17日生まれのA型らしいわ。
ふふ……今日これから、里中ちゃんと土井垣の相性調べてみーよぅっと。
なんか、今年の新入部員の三人って、クラスが同じらしいのよね。仲がいいと言うのか、毎日一緒に帰ってるのわ。
ああいうの見ると、土井垣が合宿所住いなのが、とっても残念に思えるわね。
まぁ、あと少ししたら、里中ちゃんも合宿所住いになると思うし。
……ふっ、可愛い子好きの徳川監督が、里中ちゃんを合宿所に入れないはずがない!
あら、ってことは何かしら? 例年通り、可愛い子のお初は、徳川監督が食べちゃうのかしら?
──はっ、ってことは私、今から土井垣に「合宿所に入る前に、食べちゃいなさい!」って言わなきゃダメっ!? 忠告してあげなくっちゃ、ダメなのかしらーっ!!!!?
高校3年 7月
山田君と里中ちゃんと岩鬼君と殿馬君が、合宿所に入ることになりました。
それで山田君はすでにもう、捕手の補欠は確定だから、彼は毎日練習に参加せずに、私達のお手伝いをしてくれるの。
お手伝いって言うか、合宿所に入った一年生達のしなくちゃいけない用事というか、ね。
さすがに、女子マネージャーの私達に、パンツとか洗濯はして欲しくないだろうしねぇ、土井垣たちも。
私的には、里中ちゃんが合宿所に入ったから、もう、部屋の掃除であろうとパンツであろうとゴミ箱のティッシュあさりであろうと、やってやるわよっ! なんなら、土井垣の部屋のベッドメイキングに一番力入れてやってやろうか、って所っ!!
枕元には真新しいティッシュ──あ、里中ちゃんは肌が弱そうだから、やっぱりカシミアティッシュかしら?
そうそう、ちゃんと家族計画は買ってきておいてあげないとね。
あら、でも、後で綺麗に洗ってもらうって言うほうが、同人的には萌えかしら?
エッチの最中に鬼畜な攻めが、終わったあとにねちねち風呂場でも優しく洗いながら攻め立てるの──って、そりゃ、昨年もおととしも、土井垣と徳川監督でやったネタだよ。あっはっはっは。
タオルもシーツも、毎日私が洗ってあげるわっ!!
そう心から思ってたんだけど──ふぅ、残念ながら、全部山田が洗っちゃってくれるのよねぇ〜……あーあ、あたし、アンダーシャツじゃなくって、ソッチ洗いたい〜!
高校3年 9月
秋の文化祭に発行する、漫画研究会の「同人誌」に、ゲスト出演した作品。
が、土井垣に見つかっちゃったv
しかもその上、学校のコピー機で刷ってたところを見つかったらしくって、漫画研究会の面子は、なんと! 私の大事な原稿用紙を、土井垣に奪われたって言うのよーっ!! んもっ、信じられなーい! 何考えてるのよ!
私があの作品をどれほど、18禁にならないようにホモっぽく仕上げたと思ってるのよ! あれを読んで、里中ちゃんと土井垣のツーショットを見る人が、「キャv」とか言えるようにしたいって言う、私の思いが込められていたのよぅー!!
しかもその上、土井垣から、
「小西……コレはどういうことだ……っ。」
とか詰め寄られるしぃ。
ちゃんと名前も変えたし、18禁じゃないでしょう! と力説したけどね☆
土井垣って、怒ると怖いのよね……ふぅ、女相手にはフェミニストなくせに、絶対私のことは女だと思ってないわ、あいつめ……っ!
あーあ、もう学年末の文集に、徳川v土井垣漫画と、土井垣v沢田漫画を載せるのはあきらめよう。
代わりに、原稿用紙は取り返して──そう、絶対に原稿用紙を取り返してね! 冬コミに再利用してやるわーっ!!!
高校3年 10月
久し振りに明るく笑っている里中ちゃんを見た……。
里中ちゃん……大変だったのね……肘と肩の故障。
直ってくれて、私も嬉しいわ。
もっと言えば、土井垣が徳川監督の後をついで、監督になってくれて、もっと嬉しいわ。
──はっ、そうか! 里中ちゃんが嬉しいのは、土井垣が監督になって戻ってきたからなのねっ!? だから最近、輝くような眩しい笑顔なのねーっ!!!?
でも、里中ちゃん、私が今書いてるネタでは、土井垣が徳川監督から監督業を引き継ぐ時に、さんざんもっぱら弄ばれるっていう話になってるのよ……その方が萌えたから。
ごめんね、キミのところに帰って来た土井垣は、すでにもう徳川監督によって、ボロボロになってるんだわ…………。
………………この漫画、卒業文集に投稿しようかな……………………。
けど、ボロボロになった土井垣を、キミの明るさと根性と優しさで、支えてあげてねっ!!
高校3年 11月
最近、里中ちゃんったら、いっつも山田と一緒にいるのよね〜。
ご飯食べるときも一緒だし。
教室移動も一緒だし──って、これは同じクラスだからしょうがないのか。
体育の時間も、なんでかいつも山田の隣に居るし。
やまだやまだやまだやまだって、もー、山田くらい、岩鬼にポイッってあげちゃいなさい!
ほら見なさい、今も土井垣ったら、教室の窓から、山田と一緒にいる里中を、ジーッと見てるじゃないの! 可哀想に…………。
…………………………。
…………………………。
──……。
山田→土井垣v里中って、いいかも………………vvvv
あら、でもそう考えると、いけそうじゃない!?
だってほら、山田ってば、土井垣を追って明訓に来たわけじゃない!?
ってことは、密かに今でも土井垣を狙ってるんだよ!
ってことは、里中ちゃんがいつも山田と一緒にいるんじゃなくって、山田がいつも里中ちゃんと一緒にいるってことっ!? 里中と土井垣の仲を邪魔しようと思って!? さらに言えば、あわよくば土井垣を押し倒そうとしている……っ!!?
まぁっ! なんてステキな三角関係なのっ!!!!!??
最近、土井垣が受けになれるような相手がいなくって──山岡じゃ、不十分すぎるもん──どうしようかと思ってたけど、い・い・か・もv
***
「…………あたし…………どうして、あんなシチュエーションを見ても尚、
山田→土井垣v里中なんていうバカな妄想をしていたのーっ!!!!?」
思わず、日記を左右に引き裂くかと思うほど強く、愛子はそれを握り締めた。
わなわなと腕が震えるのを感じながら、愛子は、キュ、と下唇を噛み締める。
「もったいないわ……っ! あたし、絶対、もったいないわ〜っ!!」
どうしてあの時、もっと二人を観察してなかったの……っ!?
いや、そりゃ確かに、キラーンッと目を光らせて、憧れの先輩捕手の隙を狙う腹黒い山田って言うのも、萌えるけど!
「いいえっ、愛子! まだ今からでも遅くはないわっ!」
ギュムッ、と、愛子は右手に握ったペンを握りしめ、それをクルクルクルと回すと、スチャ、とポーズを取ると、
「さっ、今から里中ちゃんの所へ、『住み心地はいかがですかアンケート』に行ってくるわよっ!!」
本人的には許される「公私混同」を実行するのであった。
里中、プロ野球を引退したら何をするか、考えてみた。
「山田、俺、野球を引退したら、政治家になろうと思ってるんだ。」
「政治家だって?」
「そう。それで、法律改正案出すんだ。
いつかきっと、改正されると待ち続けてきたけど、結局10年待っても、ぜんぜん改正される見込みがないだろ?
だから、俺が自ら政治家になって、法律を改正しようと思ってるんだ。」
「里中なら、人気があるから、すぐにでも政治家になれそうだな。」
「がんばるぞ、山田。俺とお前の未来のために!」
「でも里中、引退してからだと、ずいぶん遅くなるだろう?
お前なら、メッツの岩田さんクラスまでがんばりそうだ。」
「まさかまさか。そこまでいけるはずなんて、ないじゃないか!」
「がんばれるさ、お前なら。」
「…………山田………………。
──あ、でも、そうすると、俺……いつまでも山田と結婚できないぞ?」
「いや、里中。それならそれで、法律改正を進めるように俺たちが動けばいいんだ。
日本は、民主国家だからな。」
「……山田……。」
「里中……。」
「はいはい、お前ら二人ともー。そういう話をするのは、二人っきりのときにしろよ。選手サロンでするのは禁止っすよー。また土井垣さんに、追い出されるぜ〜。」
「まったくよぅ、所かまわずラブラブムードに入られちゃ、やってられんづらぜ。」
「なんや、まだ見つめあっとったんかい、しょーもないな。」