萌えよ乙女!

日本ハムファイターズご一行いらっしゃーい 編

ちょっぴり不知火→土井垣風味(笑)








 日ハムVS千葉ロッテ戦の最終日の後。
 日本ハムファイターズの一部の選手達は、千葉の夜を楽しむために、町に繰り出していた。






 この先の小さな居酒屋の料理がおいしいのだと、連れられていった先の居酒屋。
「いらっしゃいませ。」
 ニッコリ満面の笑顔で出迎えてくれた、和服給仕姿の娘の顔に、土井垣は見覚えがあった。
 その顔を見た瞬間、ハ? と頭にハテナマークを飛ばした土井垣に気づかず、先輩選手は自分の名前を名乗ると、二階の予約を取ってると思うんだけど、とその娘に続けた。
 娘はすぐに相手が誰なのか理解すると、ニッコリと愛想良く微笑み、
「はい、お伺いしております。5名さまでよろしかったですか? どうぞ、上におあがりください。菊の間になります。」
 会釈して奥の階段を指し示す。
 同時に、奥へ予約客が来たことを伝えて、自ら先導して行こうと予約者の背後に続く青年選手たちに目をやり──……、
「あ、土井垣。」
 思わず見知った名前を、発した。
 とっさに出たと思われる声は、先ほどまでの丁寧で柔らかい声とはまったく違う、素の声であった。
 にこやかに浮かべられていた笑みが払拭され、驚いたように目を見張る娘に、
「おっ、お姉ちゃん、土井垣を知ってるのか? そう、コイツが土井垣。うちの主砲格で捕手。」
「もしかして、ファンか? なら、今のうちに特別にサイン貰ってみたらどうだよ?」
 あははは、と明るく笑う選手達の背後で、ぱたぱた、と土井垣は手の平を左右に振った。
──違う、その女は、そんな殊勝な珠じゃない。
 そう訴える土井垣のパフォーマンスに気づいたのは、先輩選手ではなく不知火だった。
「土井垣さん、もしかして──知り合いですか?」
 苦虫を噛み切った顔の土井垣を見下ろす不知火に、土井垣は手の平に顔をうずめたくなりながら、コックリ……と頷き、苦い苦い笑みで不知火を見上げた。
「お前は知らないだろうな──。
 コイツは、明訓高校の元マネージャーだ……俺の同級生だった。」
 できることなら、会いたくなかった。
 そう、うんざりした思いで説明する土井垣の声に、えっ、と声を上げたのは、不知火だけではなかった。
 先輩選手達もまた、驚いたように先導して歩いていく娘と、土井垣とを振り返る。
「同級生か、お前の!?」
「しかも、野球部マネージャー!?」
 とたん、娘は肩ごしに彼らを振り返り、
「今はしがないアルバイターなので、オフレコにしておいてくださいね。
 今をときめくファイターズの選手と同級生なんて知られると、色々と大変ですから。」
 茶目っ気たっぷりに微笑む。
 そんな彼女に、選手たちは楽しげに喉を鳴らして笑った。
 土井垣が下は小学生から上はご高齢のおばあさんまで、女性に人気がある選手だと分かっているからである。
 確かに、ただの同級生なら騒がれはしないだろうが、「元明訓高校のマネージャー」ともなると、話は違ってくるだろう。
「そりゃ大変だな。」
 同意を返してくれる選手に、そうなんですよ、とコロコロと笑いながら、娘は階段を上がっていく。
 先ほど見せた素の顔と声からは想像もできない明るく軽やかな様子で階段を上りきった娘は、コチラです、と菊の間の前に立ち、襖を開いた。
「こちらが菊の間になります。」
 この居酒屋は、上客のために個室を用意しているのだ。
 その中の、階段から一番奥の一室を開け放ち、
「お履物はこちらへお願いいたします。」
 丁寧に一礼する。
 和服給仕姿が妙に様になる立ち姿で、襖前で立つ娘の前を通り過ぎていく先輩選手の後ろから、土井垣は続こうとして──娘の前で、足を止めた。
「………………小西、お前確か、千葉の不動産に就職したんじゃなかったのか………………?」
 確か、山田が小西に里中の住居を紹介してもらったとかどうとか、言っていたような覚えがある。
 あの妄想爆発マネージャーも、たまには役に立つことがあるんだなぁ、と思うと同時、「土井垣ーっ! あのねっ、あのねっ! あんたが監督していた間の、ヤマサトについて、教えてほしいのーっ!!」──と、新しい欲望に目覚めたようなキンキン声の電話を掛けてくれたことも記憶に新しい。
 つい数ヶ月前のことである。
 その数ヶ月の間に、退職したのかと、そう渋面で尋ねる土井垣に、よそ行きの笑顔を浮かべていた娘は、その笑顔のまま土井垣を見上げたかと思うや否や、
「──……土井垣、あたし、会社に内緒で働いてるから、ばらすなよ。」
 低く、睨みあげた。
 その、どすの利いた台詞と視線にさらされた土井垣は、心の奥底から出てくるような溜息を、ホロリ、と零して。
「……………………………………………………お前、そんなに金に困ってたのか?」
「──ふっ、冬の新刊、ちょびっと凝りたくてね…………。」
 さりげなーくそらされる視線と、彼女の口から零れた「冬の新刊」の意味が、理解できる自分が悲しかった。
「──────…………。」
 聞かなきゃ良かったと、土井垣は心の奥底から思った。
 元マネージャーの今の現状まで心配してしまい、とっさに口に出た自分の「頼れる兄貴」気質を、後悔した瞬間だった。
 そうだ、あの高校の三年間、この女子マネージャーには、苦労させられたじゃないか。
「そうか……。」
 何か余計な一言を零せば、そのまま襟首を掴まれてトイレに引きずり込まれ、「──でっ!? 今、里中ちゃんとはどうなってるの!?」とか、面白おかしい質問をされそうな気がして、土井垣は靴を脱ぐとそのまま菊の間に上がった。
 その後に続いた不知火は、チラリと静かに微笑んでいる元明訓野球部マネージャーで、土井垣の同級生だという娘を見下ろした。
 彼女は、にっこり、と笑顔で不知火に一礼してくれる──が、やはり記憶をさらっても、その顔に覚えはなかった。
 人の顔をおぼえるのは得意な方だが、さすがに高校1年のときの明訓の女子マネージャーなんて、覚えていなくても、仕方がないだろう。
──明訓にも、女子マネージャーなんてものが居たのか。
 記憶する限り、山田が居た明訓には、男子マネージャーしか居なかったような気がする。
 それを言えば、自分の居た白新高校野球部も、同じようなものであったが。
 思わずマジマジと娘の顔を見すぎたのだろうか、彼女はふと視線を感じたように視線をあげ──バチ、と目線がかち合った。
 かと思うや否や、彼女はほんのりと頬を赤らめて、それを隠すように俯き、
「あの、それでは……後からドリンクの注文に伺いますので。」
 それを恥らうように、早口にそう告げたかと思うと、頭を下げてそそくさと立ち去っていった。
「……?」
 首をすくめているような、少しだけ丸まった背中を見送りながら、不知火は軽く首を傾げて──菊の間に入り、襖を閉めた。
 中ではすでに、左に2人座り、右に2人座っている。
 不知火は素直に出入り口脇の席に腰を落とすと、
「後で飲み物の注文に来るそうですよ。」
 と、ちょうどソコにあったメニュー表を差し出した。
 けれど、やっぱり一番最初はビールであることは疑うこともなく、差し出したメニュー表に目を落とす者は一人も居なかった。
 代わりに、置かれていたお絞りに手を伸ばした男が、
「しっかし、奇妙な縁もあるもんだな。」
 そう、しげしげと土井垣を見つめながら呟く。
 何のことを言っているのかは、丸分かりである。
 土井垣は、先ほど見た「来る冬コミ新刊のために、お金を貯めてるのv」という娘の顔を思い出し、苦い色を刻んだ。
「あぁ……マネージャーのことですか。」
 なぜこんなところで同級生に──しかもよりにもよって「彼女」に会わなくてはいけないのだろうか。
 時々思い出したように、一方的に連絡を取ってくるが……しかもそのどれもが、「最近、里中ちゃんと会ってる?」という、非常にくだらない連絡である。彼女のモットーは、「現実から卓越した妄想に走るのもいいけど、やっぱりベースにはリアリティが欲しいの!」だからこそ、情報を収集したいのだとかなんだとか。
 ついうっかり口を滑らせた「この間のオールスターで、久し振りに里中の球を受けた」という台詞を聞いた瞬間の、「〜〜…………っ!!」という、声にならない歓喜の悲鳴は、鼓膜を破るかと思ったほどだ。
 あんなのでも、明訓野球部時代は、マネージャー頭として活躍してくれて、非常に助かった覚えもあるので、多少の行為は多目に見ているが──ちなみに高校時代の同級生達に言わせると「土井垣はフェミニストだからな」となる──、いい加減、付き合いは切りたい。
「明訓ってことは、神奈川だろ? こんな千葉で、しかも球場近くでアルバイトをしてるなんてな。」
──正直に言うと、知りたくはないが「小西愛子」が、どうしてココでアルバイトをしているか、土井垣は説明する事が出来た。高校時代の彼女の行動を省みるに、「会社から少しばかり遠くて(会社に内緒でバイトしてるから)、どうせだから何かの機会に里中ちゃんが見れそうな職場にしよう!」……ココに決めた動機は、他にありえないだろう。
「小西は、高校時代から里中のファンでしたからか……そのファン心理って言うヤツじゃないでしょうか。」
 あえて土井垣は、そんな風に表現をとどめておいた。
 一口に言う「里中のファン」でも、その層は幅広い。その幅広い層の中でも、ごく一部のマニアックなファンに当たる小西の行動と理由を、説明するつもりはサラサラなかった。
「へぇ……里中ファンなんですか。」
 驚いたように目を見張る不知火に、土井垣はコクリと頷いた。
 確かに里中は、女受けする顔だよな、と先輩達が話しているのを聞きながら──、

 今ここに、里中たちが来ないように、半ば本気で土井垣は祈った。

 何せ、あの明訓高校野球部始まって以来の「キワモノ」マネージャー三人組のリーダー格である小西が、ここにはいるのだ。
 ここでウカツな行動に出れば、どんな「カモ」にされるか、分かったものではない。
「ロッテの里中はな、人気は本当にダントツだしな。」
 まさか、一度の登板も無いのに、オールスターに選ばれるとはな。
 絶対今年は、不知火だと思ったのに。
 未だにそう臍を噛む先輩選手たちに、不知火は苦い笑みを噛み殺しながら、コッソリと土井垣を見下ろした。
 なぜか土井垣は、ひどく真剣に──まるで山田相手に勝負しているような表情で、ジ、と、お絞りを見つめていた。
 ──あのマネージャーの女と、何か、あったのだろうか?
 ふとそんな思いに駆られると同時、先ほど彼女が見せた、微かに赤らんだ頬と、羞恥を覚えたかのような動作がよみがえる。
「………………。」
 同級生の、マネージャー。
 彼女は、土井垣と──きっと、親しかったのだろう。
 そう思った瞬間、ふとこみ上げてきた苛立ちにも似た理由の分からない感情に、不知火は鼻の頭に皺を寄せ……それを無理矢理飲み込むように、キュ、と奥歯を噛み締めた。












 高校時代の「小西愛子」の記憶はと言うと、正直、いい思い出はない。
 高校一年の夏──、部室に置いてあった小西の原稿用紙を発見した瞬間から、土井垣の小西を見る目は変わった。
 裏返した原稿に書かれていた「真夏の甲子園」という、そのまんまな題名の下に描かれた、特徴をうまく捉えた徳川のイラストと、その徳川に強引に肩を抱かれるようにして抱き寄せられている──どう見ても、自分にそっくりだなぁ、と思ったイラスト。
 文集か何かだろうかと、何気に捲った一ページ目。「明訓高校グラウンド」と書かれた文章から始まるソレに、文集ではなく漫画なのだと知った。
 小西愛子が、漫画を描けるとは知らなかったなと──もしかしたら、秋の文化祭に、野球部の活躍か何かを実録漫画にするのだろうかと、ちょっと気になった……あの時の好奇心を、できることなら今すぐに抹消したいと、土井垣は今も思っている。
 そして、凝固し続けた土井垣の目に、今更ながら飛び込んできた表紙の「R18」指定。
「俺たちは今、16だろっ!!?」
 と、その矛盾を思いっきり表紙に向かって突っ込んだときには、すでに土井垣の世界は変わっていた……。
 正しくは、小西達を見る目が。
 ちなみにコレはどういうことだと、小西を呼びつけてたたきつけた原稿を見た瞬間、彼女が叫んだ台詞は、今でも土井垣の脳裏に叩き込まれている。
「ちょっと! 人の力作を、放り投げないでくれるっ!?」
 人を勝手にモデルにするなと、コッチも叫び返したい。
 そのまま、速攻「退部しろ」と迫ったのも、記憶に新しいが、しかし彼女は自分の原稿を抱き寄せた後、
「人が人に、理想像を押し付けるのなんて、どこにでも有ることでしょう!? スーパースターの宿命じゃない! それくらい、軽く流せるようにならなくっちゃ、甲子園のヒーローにはなれないわよ!」
 堂々と彼女は言い放った。
──まったくもって、土井垣の「天敵」の女である。
 今まで、『女子には優しく』をモットーにしてきた土井垣であったが、この小西を始めとする野球部マネージャー3人組みに、そのモットーを貫き倒した記憶はない。
 何せヤツラは、少しでも隙を見せると、土井垣をターゲットに、「土井垣v沢田ってどう?」「個人的には沢田v土井垣のほうが好きだわ。」「愛子は、どうしてそうも土井垣君受けに走るのよ〜。」という会話を、ひたすら毎日繰り返してくれた。
 今でも思い出すたび、はらわたが煮えくり返る……っ!
 ぶわきぃ……っ!
 鈍い音を立てて、土井垣の手の中のものが割れた。
「ど、土井垣さん……あの、箸……折れてますよ?」
 オズオズ、と、なぜか突然ブラックオーラを発しだした土井垣に、不知火が心配そうに話しかけると、土井垣はハタとわれに返り、
「あぁ……いや、本当だな。」
 開いた右掌の上に乗った、折れた箸を、呆然と見下ろす。
──と、すかさず、
「お箸、お取替えいたしますね。」
 はい、と、両手を差し出してくる「箸を折った元凶」が、にこやかに微笑みかけてくる。
 何度か給仕にやってきている小西である。
 店の給仕アルバイトとしての行動を卓越することは決してない彼女は、この部屋にいるほかの選手と、土井垣とに、分け隔てなく接してくれる。
 こういうところは、高校時代と同じだ。
 誰か一人を優先することはしない。そういう「公私混同しない」ところが、信頼に値する──……もっとも、完全に公私混同していないわけではないのだが、それはあくまでも彼女の「趣味」の範囲内で、誰も迷惑をこうむっていなかったというだけで。……そう、土井垣の精神面以外は。
「あぁ、悪いな。」
 素直に箸を手渡すと、少しお待ちくださいね、と微笑んで小西は菊の間をパタパタと去っていく。
 土井垣と小西がそうやって何か接するたびに、物言いたげな視線が先輩や不知火から飛んできたが、小西も土井垣もそれは完全に無視していた。
 小西にいたっては、気を利かせてくれようとする先輩選手たちに、そっけなく──けれど失礼にならない程度に、「仕事中ですから」とニッコリと断ってくれていた。その上、
「野球部のマネージャーと言っても、土井垣君は当時から厳しかったので──私、あんまり話したこともなかったんです……。」
 という、殊勝な態度までとってくれたりもした。
 営業スマイルでそう告げる彼女を見ていると、「高校の頃のあの悪い病気は、もう無くなり、普通の女性になったんだな」と、しみじみと思いたくなるが。
 忘れてはいけない。
 彼女がココで働いている理由は、「冬のコミケで新しい本を作る」ためである。
 それも多分に、この間余計な一言を言った「里中と久し振りにキャッチボール」ネタから発展した話に違いない。──考えたくもなくて、それ以上のことは頭が拒否してくれる。
 さらにその上、実は先ほどから土井垣が気になってしょうがなかった事実もある。
 小西は、料理を運んでくるたびに、土井垣の隣に座った不知火を、ジ、と見つめるのである。
──まさか、守に一目ぼれとか言うオチか?
 思わずそう、疑いの眼差しで土井垣が小西を見た瞬間、彼女はわざとらしいほどわざとらしく視線をずらし、そそくさと去っていく。
 嫌な予感がしたが、それでも土井垣はその場で彼女を追及することはなかった。
 何せ、自分も彼女も、もう同じ高校の同級生でもなければ、野球部の部員でもない。
 ここで別れれば、また次に会うのは、何年先になるか分からない同窓会くらいのものだろう──それも、夏に行われれば、土井垣は参加することすら分からない。
 何も見なかった、聞かなかった、気づかなかったことにしておけば、高校当時のように精神的苦痛を覚えることもない。
 ──そう、たとえば、明訓高校の文化祭のときに、漫画研究会が出した同人誌にゲスト出演していた小西の、「新旧キャプテン会合」と言う、物々しいような題名に反した、思わず床に叩き付けそうになった漫画を見た時の、頭痛とか。
 何を考えてるんだと、そう頭から怒鳴りつけた土井垣に、彼女も堂々と叫び返してくれたっけ。
 『ちゃんと考えてるじゃないの! 実名は出してないし、何よりもこれは高校の文化祭なんだからって、ちゃんと18禁にしてないわっ!! でも、今度の冬コミで、18禁部分は出すつもり満々だけどねっ!!』
 本気で横浜学院まで彼女を連れて行って、「土門、その藁人形ではなく、この女を的にしてくれ」と言いたくなったのは、アレが始めてだった。
 唯一の救いは、里中と山田がその漫画研究会が出した同人誌に、まるで気づいても居なかったことだろう。
 ──どうやら、殿馬や微笑辺りは、どこの筋からか見てきたらしいが。
「すみません、お待たせしました。」
 微笑みながら、小西が持ってきた箸を手渡してくれる。
 その目が、キラキラと輝き、頬が楽しげに紅潮している。
──この顔に、土井垣はイヤになるくらい覚えがあった。
 一瞬、箸を受け取った手が止まった刹那、小西がチラリと不知火を見たのが分かった。
 そして彼女の口が、ウットリと緩むのも。

────次のターゲットは、守か……っ!!!

 戦慄が、土井垣の背を走った。
「それでは、ごゆっくりどうぞ。」
 追加注文をすべて提供し終えた小西は、丁寧にその場で一礼して、ニッコリとファイターズの選手の顔を一巡して見つめた。
 最後に、シットリとした視線を不知火に注ぎ、うふ、と意味深に笑うと、そそくさと菊の間から出て行く。
 その小西の後姿を見て──土井垣は、安堵の溜息を覚えるどころか、走った焦燥に胸を焼かれるような感覚を覚えた。
 明訓の後輩どもと同じ位、あの同級生のマネージャー「たち」が食わせ物で面倒くさい存在だと言うことを、野球部の中で土井垣が一番知っていたからである。
 愕然と、土井垣が小西が出て行った扉を見つめるのを横目に、不知火は自分の手元のビールを見下ろし、顔を顰める。
「明訓に、女子マネージャーがいたなんて、始めて知りましたよ、俺。」
 まさか、隣の不知火からそう話が来ると思わなかった土井垣は、思わず噴出しそうになるのを必死に堪えて──なんでもないように取り繕いながら、不知火を見上げた。
「……な、なんだ、突然。」
「いや、明訓高校って、いつも男子マネージャーだけだった記憶しかないので、てっきり明訓も、うちと同じで男子マネージャーしか取らないってルールがあったのかと思ってたんで……、なんか、ビックリしたんですよ。」
 なぜか動揺する土井垣の様子が面白くなくて、不知火はビールに口をつけて、乾いた唇を潤しながら、小西が出て行ったばかりの襖を一瞥する。
 なんだか胸がモヤモヤすると、その思いのままに吐き捨てれば、その台詞一つで「本」が一冊出来上がるという、恐ろしい事実を、まだ不知火は知らない……いや、一生知らないほうがいいだろう。
「…………………………………………あぁ…………それな……。」
 土井垣は、無言でジョッキの中の黄色い液体を見下ろし、その先を濁そうとするが、不知火にジと見つめられて、疲れたような笑みを零した。
「実際、女のマネージャーは、あの小西たちが最後だったんだ。山岡達の世代になってから、女子マネージャーの希望はあったんだがな……岩鬼のおかげで、全員辞めていってな。」
 良く見ていれば、岩鬼はなんだかんだで女性には優しいところもあるということに気づいたはずだが、そこにいたるまで、女子は居つくことは無かった。
 それを思えば、あの中で夏の最後の瞬間までマネージャーを勤め上げていた女子3人は、やはり──凄かったのだろう。
──────あれで、おかしな妄想癖がなくて、もっとマトモだったら…………。
 ふぅ、と、溜息を零す土井垣の心理に気づかず、不知火は顔を大きく歪めて、手元のビールを見下ろした。
 その、どこか憂いに満ちた不知火の顔を。

 襖の向こうでコッソリしゃがみこんでいる娘が、カメラで撮っているとも知らずに────────。











 コッソリと、こういうこともあろうかと──正しくは、千葉ロッテで活躍し始めた里中の、先輩にカイグリカイグリされているようなステキな機会──、毎日持ち歩いていたインスタントカメラが、こんな風に役に立とうとは……っ!
 愛子は、そ、とカメラを抱きしめて、ふふふふ、と視線を天井に躍らせた。
 そして、廊下の端にある「日本ハムファイターズ」の5名様が入る座敷部屋を見つめると、きゅ、と拳を握り締めて、
「ガッツ! 明訓v白新でもいいなぁ〜♪
 あぁん、どうしよう……! 冬の新刊は、『オールスターの土井垣v里中で!』って約束しちゃったけど、ヤマサトは一本書きたいしぃ、でもでも、ドイシラもいいなぁ〜っ!」
 普通のファンとは違う、ショッキングピンクのオーラを噴出させつつ、愛子はどうしよう〜っ! と、空中で拳を何度も上下させる。
 そのまま、人気のない二階の廊下でしばらく悶えていたが、彼女はすぐに我に返ると、
「とにかく、冬コミの本の締め切りには時間があるんだもん! 頑張れば、新刊5本も夢じゃない!!」
 そのためには、お金よ、お金っ!!
 ギュッ、と新たな誓いを胸に秘めつつ、愛子はインスタントカメラをエプロンのポケットに突っ込み、
「帰りのお会計の時に、土井垣と不知火君に、一緒に写真とってもーらおっと。
 肩は組んでもらわないとvv」
 ちなみにこの場合、「土井垣と不知火と愛子」ではなく、「土井垣と不知火」のツーショットを示すということは、今更、説明しなくても分かることである。









+++ BACK +++


自分がもし「明訓高校のマネージャー」だったら、十中八九、ヤマサト写真を取りまくって、二人になる機会を作ってあげて、こっそり影から見ていることだろう(大笑)。