多分2年目か3年目。
「ねぇねぇお兄ちゃん、今度、福岡ドームで試合だよね〜?」
朝食の席で、白いご飯を食べながら、不意にサチ子がそんなことを言い出した。
太郎は手を止めて、サチ子に頷いてみせる。
「うん、ダイエーと試合だからな。」
まさか、またこの間みたいに連れて行けと言うんじゃないだろうなと──学校の休みとぶつかっているのなら、連れて行ってもいいのだが、今回の試合の日は平日。
旅行や遊びに連れて行ってやれなかった分だけ、ムリではない『遊び』への誘いなら、一緒に連れて行ってやるのもいいのだが──、さすがに学校のある日は、ダメだ。
「だったらさ、お兄ちゃん。」
肯定した兄に、パァッと顔をほころばせると、、サチ子は両手を組んで、おねだりポーズで彼をキラキラと見上げた。
まさか、本当に「試合に連れてって」じゃないだろうなと、太郎が軽く顔を顰めるよりも早く、
「空港でも駅でもいいから、長崎カステラ買ってきてっ!」
サチ子は、満面の微笑みで、そう叫んだ。
「この間、チカちゃんの家で食べさせてもらったんだけど、すっごく美味しかったんだ〜。」
どこかウットリした眼差しで、にこにこ笑いながら言うサチ子の口から出た「チカちゃん」は、彼女の小学校の同級生の名前だ。
時々サチ子がチカちゃんの家に遊びに行っては、そこのお母さんからオヤツを出してもらっているのも知っている。
どうやらこの間は、長崎カステラをオヤツに出して貰ったらしい。
「──……サチ子。」
思わず苦い色を乗せながら、サチ子の名前を呟くと、彼女は大きな目を瞬かせて兄を見上げてくる。
「え、なに?」
そのサチ子の顔は、兄がカステラを買ってきてくれるに違いないと、そう信じて疑っていないように見えた。
──が、太郎はそんな妹に、生真面目に答える。
「お兄ちゃんは、福岡に遊びに行くわけじゃないんだぞ。
そんな、土産なんて買ってこれるわけがないじゃないか。」
サチ子はキョトンと目を瞬くと、兄の生真面目な台詞に、首を傾げた。
「別に、どこかによって来いって言ってるわけじゃないんだよ? 空港とか駅で売ってるもん。」
だから、ついでにちょっと買ってきてくれたらいいの。
そう続けるサチ子を、ジ、と見つめながら、太郎はもう一度彼女の名を呼んだ。
「サチ子。」
「…………う。」
その、太郎が向けてくる視線に、サチ子はかすかにひるむ。
滅多に怒らない太郎ではあるが、サチ子のわがままが過ぎたときは、祖父よりも厳しく怒る。
今がまさに、そのときの雰囲気そのものだった。
「カステラなんて、スーパーにも売ってるだろう? それで我慢しなさい。」
ビシリ、と告げる太郎の言葉に、思わず話の成り行きを黙って聞いていた祖父が、顔を上げて太郎の名を呟く。
「────……太郎。」
その、そこまで言わなくてもいいんじゃないのかという響きの宿った祖父の声に、しかし太郎は頑なに譲る表情を見せない。
サチ子は、太郎の厳しい顔を、ジ、と見つめた後──キュ、と唇を噛み締め、拳を握り締めて、涙目で叫ぶ。
「……な、何よっ! お兄ちゃんのバカっ! 野球バカっ! 朴念仁っ! すっとこどっこい!!
ヒカリマートには、そんな高尚なもんは打ってないやいっ!!
里中ちゃんは、いっつも買ってきてくれるぞーっ!」
「サチ子!」
厳しく叱咤する兄に、さらに続けてサチ子は、
「お兄ちゃんなんか大っ嫌いっ!!!」
伝家の宝刀を力いっぱい叫び、ダッ、と家から飛び出していった。
思わず、呆然と、太郎はその小さな背を見送る。
「さ、サチ子……。」
まさか、カステラごときであそこまでサチ子が叫ぶとはおもっても見なかっただろう、愕然とした表情の太郎に、祖父は苦い表情で孫をたしなめる。
「太郎……お前の気持ちもわからんでもないが……。」
サチ子に久し振りに「だいっきらい」と言われて、少し落ち込んだ太郎であったが、それでも──、頑なに、彼は繰り返す。
「でもじっちゃん、仕事で行くんだよ。遊びに行ってるわけじゃないから、土産とかそういうのは、買ってこれないよ。」
そういう、まじめなところも太郎のいいところではあるが、──他所様には融通が効くのに、家族には人一倍厳しくなるのが、太郎の困ったところもであるな。
祖父は、そ、と溜息を零して、自分の財布を手に取るのであった。
泣いて叫んで家を飛び出したサチ子は、誰も居ない空き地の土管に座り込んで、ぐす、と鼻を啜りながら、一通り兄の文句を連ねていった。
その兄への文句が、これ以上思い浮かばない状態になって、いつしか文句が兄のソレからなぜか岩鬼への文句に切り替わった頃──、
「サチ子。」
空き地の向こうから顔を出して、祖父が名前を呼んだ。
サチ子はその声に顔を上げるものの、迎えに来たのが兄ではないと知って、少しガッカリしたような表情になる。
そんな兄にべったりにしか見えないサチ子の表情に、苦い笑みを刻んで、じっちゃんはサチ子を探しに来る前に寄ってきた店の紙袋を掲げる。
「ほら、サチ子、おじいちゃんがカステラを買ってきてやったぞ。」
その台詞に、サチ子は思わず顔を上げた。
「えっ!? ホントにっ!?」
パァッ、と満面の笑顔を浮かべると同時、チラリと走った兄への罪悪感にも似た色に、じっちゃんはカステラの袋を片手に、ぽん、とサチ子の頭に手を載せた。
「太郎も今頃は、言いすぎたと思って反省しとるよ。
サチ子、これでも一緒に食べて、仲直りしなさい。」
「────…………うん、ありがとう、おじいちゃん。」
差し出してくるカステラの袋を受け取りながら、サチ子はその紙袋に刻まれた名前が、決して自分の望むカステラではないことを知った。
駅前の、少し高級感溢れる店のカステラは、じっちゃんにとっては痛い出費であったに違いない。
でも。
──ザラメがついてる、長崎カステラが食べたかったなぁ……。
そんな望みは、小さく胸の中にしまって、サチ子は嬉しそうな顔で祖父を見上げると、
「サチ子がお茶を入れてあげるね!」
そう言って、祖父と手を繋いで、ぴょん、と土管から飛び降りた。
福岡ダイエー戦から帰って来たという山田から連絡が入ったのが、つい今朝のこと。
今、羽田空港にいると言われて、「ハ?」と驚きはしたものの、九州から飛行機に乗って帰って来たのだろうとすぐに見当はついた。
さすがにあの距離を電車で帰って来ると、時間がかかり過ぎるためだろう。
今日空いているかと聞かれたので、その誘いを断るはずもなく、羽田からコチラへ向かってくるという山田と駅前で会う約束をして、電話を切った。
考えてみれば、まともにプライベートで会うのは、1月の自主トレ期間に入る前以来かと、少し浮かれる気持ちが無かったわけじゃない。
──が。
「はい、里中。いつもサチ子に土産を、悪いな。」
会うなり早々、再会の喜びを分かち合うよりもまず、手に持っていた紙袋を手渡された。
黄色い紙袋に入ったソレは、近くの大きなデパートの名産品売り場でも見かけることが出来る、有名どころの──、
「……え、長崎カステラ? 別にいいのに、土産なんて。」
まさか山田が「仕事」で行った先の土産を買ってくるとは思わなかった。
そんな驚きに目を見開いて、里中はそれから少し困ったように首を傾げる。
「土産って言っても、俺も大したものは買ってないよ? ただ、移動中の待ち時間に見つけたものとか、駅とか空港で買ってるだけだから、ほんと、地域の名産でさ。」
お袋の分を買うついでにお願いしてるだけなんだと、山田が差し出した長崎銘菓とも言えるカステラを覗き込む。
土産を置きに行くついでに、山田の顔でも見れたらいいかな……と思って、わざわざサチ子に土産を買っていたのだと言う事実はソ、と胸の中に仕舞い込んで、
「山田が気を使うことなんてないんだぞ?」
逆に気を遣わせちゃったかな、と里中はかすかに苦い色を吐く。
「いや、でも、いつも悪いから、これくらいは受け取ってくれ。」
「…………サンキュ、山田。」
穏かに笑う山田の目を見上げて、里中はカステラの入った袋を見下ろす。
「──でも、ちょっと……俺と母さんの分には、多い……、かな?」
紙袋の中に入っているカステラは、どうやら二本分あるらしい。
そう眉を寄せる里中に、
「普通のと抹茶味があったから、両方買ってみたんだが──。」
やっぱり二人分にしては、多いか?
──山田家では、なんだかんだと太郎もサチ子も良く食べるので、二人分ならそれくらいかと思っていたが、食の細い里中家には、二本のカステラは少々荷が重いらしい。
「そうだな……ドッチか一本、持ち帰ろうか?」
確かに言われてみれば──と、そう苦い笑みを刻む山田に、里中は小さく笑ってかぶりを振ると、
「いや、それよりも──山田、お前、もうこれからスグに帰るのか?
良かったら、うちでお茶でも飲んでかないか? ……これでさ。」
つい今しがた山田から受け取ったばかりの紙袋を掲げてみせた。
「──って、いや、いいよ、そんな悪いし。」
慌てて遠慮したように──何せ、そんなつもりでカステラを多く買ってきたつもりはないのだ──、両手を顔の前で振る山田に、里中は少し気分を害したように唇を歪める。
「山田が急ぐって言うなら、無理にとは言わないけど。」
「今日は休みだから、それは大丈夫だけど……。」
「なら、来るよな?」
ジ、とうわめ遣いに見上げられて、山田は素直に白旗をあげる。
「分かった、行くよ。久し振りに、ゆっくり話したいしな。」
ポン、といつものように里中の肩に手を置いて笑いかけると、里中もニッコリと花ほころぶように微笑む。
「うん、俺も、山田が会いに来てくれて、嬉しい。」
素直にストンと落とされる言葉に、一瞬、山田は言葉を止めて──そういえば、最後に会ったのはいつだったかと、頭の片隅で考えてみた。
多分、恒例の箱根の後……、自主トレに入る前に会ったのが、最後だったような気がする。
「──……たまには、こうやって土産を買って来るのも、いいかもしれないな。」
「え?」
「……土産を渡すのを口実に、里中に会えるじゃないか。」
「…………………………!」
ぽつり、と零した台詞に、里中は驚いたように目を見張った。
まさか山田の口から、自分が思っているような言葉が、漏れるとは思っても見なかったのだ。
そのまま山田を凝視する里中のまっすぐな視線に、彼は照れたように目元を赤らめると、
「いや、でも良く考えたら、俺もお前も、同じ球場に行くんだから、意味は無いかもしれないけどな。」
そう口早に続ける。
里中は、そんな山田の顔を、ジ、と見つめて──すぐに破顔して笑った。
「俺が自分で買うより、山田が買ってくれるなら、そのほうがいいに決まってるだろ。」
──なんだ、結局、思うところは同じだったわけだ。
なんだかんだで里中の家で話し込み、さらに里中の母が勤務先から帰ってきてから、話が盛り上がり……、
「山田、夕飯もうちで食べてくか? なんならいっそ、今日は泊まってくか?」
母親談「常に見ないほどの嬉しそうな顔でした」という顔で、里中が誘いをかけるような時間になってしまっていた。
「あ、いや、そうしたいのは山々だが、そういうわけには行かないよ。
明日のこともあるしな。」
そう言えば、成田についてから一度も自宅に電話をしていない。
その事実にようやく気づいた山田は、「せめて夕飯だけでも……」と引き止める里中親子に何度も謝って、慌てて里中家を辞した。
残念そうに駅まで見送りに来てくれた里中と名残惜しくも別れた後、山田はガタガタと電車で揺られて自宅に帰りつく。
すると、すでに夕飯の支度を終えようとしていたサチ子が、台所から包丁を振り回して飛び出してきた。
「兄貴っ! 遅くなるなら遅くなるで連絡くらいよこしなよ! じっちゃん、事故にでも遭ったんじゃないかって、心配してたんだからねっ!」
慌ててそんなサチ子を背中かだ羽交い絞めにする祖父が、
「これ、サチ子っ、危ないじゃろうが!」
と叫ぶがしかし、それをサチ子はまったく耳に入れずに、噛み付くように怒鳴る。
「午前中に空港に着くと言っていたくせに、何やってたんだよっ!」
「い、いや、ちょっと里中の家に、行ってたんだよ。」
「里中ちゃんちーっ!!? 兄貴のバカっ! それならどうして私も連れてってくれなかったんだよっ!!」
もう! と、再び包丁を振り回そうとするサチ子に、ゴメンゴメン、と山田は謝る。
そんなサチ子を必死で止めながら、なんとかサチ子をなだめようと、話を別の方角へ持っていくよう努力をする。
「里中君ちに行ってたって?」。
「あ、うん。里中に土産をね、置いてきたんだけど、つい話し込んじゃって。」
サチ子の剣幕に首を竦めつつ答える山田に、ますますサチ子は目を吊り上げた。
「何それー!? お兄ちゃん、里中ちゃんにはお土産買って、私にはダメだって言うのーっ!?」
そのまま、さらに山田に向かって言い放とうと、口を開くが──じっちゃんは、更に慌ててサチ子を抱きかかえるが、サチ子はそれ以上口を開くことなく、代わりにはぁ、と溜息を一つ零した。
「……──って、ま、それが兄貴だよね。」
あきらめたように、すとん、と肩から力を抜くサチ子に、もう大丈夫そうだと、じっちゃんがようやく腕を解く。
ようやく落ち着いたらしいサチ子に、山田はカバンの中から、黄色い紙袋を取り出した。
「何を納得したのか知らないけど、サチ子……里中には、お前がいつも土産を貰ってるから、そのお礼をしに行ってきたんだよ。」
──まぁ、久しぶりに里中に会えて、色々話し込んでしまったというのも、否定はできないが。
「お礼〜? ──ほんとにそれだけぇ?」
ジットリと見上げてくるサチ子に──彼女もなんだかんで年頃の娘。最近、とみに、里中と山田の関係を疑うことが多い。小さい頃みたいに、「里中ちゃん、いつうちにお嫁さんに来てくれるの〜?」と言うこともなくなったし。
「本当だよ。ほかに何があるって言うんだよ。」
あはははは、と笑いながら、山田はカバンの中から取り出した紙袋を、はい、とサチ子に手渡した。
サチ子は無言でそれを見下ろすと──、
「あっ! おおおお、お兄ちゃん……こ、コレっ!!!」
がばっ、と両手でしっかりと紙袋を握り締めて、サチ子は驚いたように目を見張る。
畳の上に上がって、カバンを下ろした山田は、苦い笑みを刻み込んで、
「うん──俺も、言いすぎたよ、サチ子。ごめん。」
軽く首を傾げるようにして、そう言った。
サチ子は、受け取った紙袋を見下ろして、それからそれをキュ、と抱きしめた後、
「──……! ありがとう、兄貴っ! 大好きっ!」
ガバッ、と正面から山田に抱きつくと、そのままチュ、と山田の頬にキスをした。
「食後に食べような、サチ子。」
「うんっ!」
満面の笑みを浮かべるサチ子に、山田は朗らかな微笑を浮かべた。
そしてサチ子の待ち望んだ食後。
ウキウキとテーブルの上でカステラを切り刻んだサチ子は、そのカステラを皿の上に乗せた。
そして、三人で揃って向かい合い、さっくり、とフォークを突き刺した。
上機嫌でカステラを口に含んだ瞬間。しっとりまったりとした味わいが口の中に広がり……、
「お兄ちゃん……これ、本当に長崎カステラなの? ザラメがないよ?
ちゃんと長崎カステラ、買って来たの〜?」
いぶかしげに──それでもこのカステラおいしい、と食べ進めるサチ子に、。
「え、いや、でも里中のうちで食べたときは、ちゃんとザラメがあったぞ?」
同じものを買ってきたはずだと、山田は首を傾げながら、サックリと自分の分のカステラにフォークを入れた。
そのままパクリと食べると、里中家で食べたのと同じ味と、そして。
──ザラメの独特の触感は、しなかった。
あれ、と、首を傾げる山田に、同じようにカステラを口に含んだジッちゃんが、確かにザラメがないなと呟いた後──ふ、と思い当たったように、
「太郎……もしかしてザラメが……溶けたんじゃないのか?」
夏だし。
「────────…………………………。」
そういえば、ザラメというのは、砂糖のこと。
そして、空港から里中の家へ、里中の家からここへ。
夏のこの時期、砂糖が溶けないような温度であったかと聞かれたら、自信は、ない。
思いっきり未練たらしく、カステラの裏をひっくり返すサチ子を見て──、
「──すまん、サチ子。
その……今度は、ちゃんと家に直行するよ……。」
山田は、肩を落として、そう小さく言い訳なんぞをしてみた。
──ちなみにこの後、ちょうど山田家に立ち寄った微笑は、
「長崎カステラって、デパートの地下にも売ってるよな〜。」
と言って、
「デパートで買えるのっ!? 長崎カステラっ!? 東京ってスゴイね!」
「三太郎、それはドコで売ってるんだっ!」
と聞かれたとかどうとか。
+++ BACK +++
半実話。
大好きな長崎カステラのメーカーのカステラを、某都会(嘘)のデパートで買って帰ってきたら、
真夏なせいもあってか、ザラメが溶けてました……がーん。
長崎カステラのザラメが好きなのに……。
なので、長崎カステラを買うのは、今度から冬にしようと誓ったというお話です。
……いや、山田家って、貧乏だからデパートとかには縁がなさそうじゃないですか。
だからきっと、長崎カステラとかは、地元で買うしかないとか思ってそうだなぁ、と……え、暴言吐いてます、私?(笑)
ついでに小ネタ←→高校時代編。
「山田さんち」
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。
学校にね〜、家族構成って言うのを出さなくちゃいけないんだけど、先生が『一緒に暮らしてる家族だけで、一緒に暮らしていない人は書かなくていいんですよ』って言うの。
お兄ちゃんは、一緒に暮らしてる人に入るのかな?」
「入るよ、サチ子。だから、サチ子の家族構成は、じっちゃんと、おれと、サチ子の三人だな。」
「え、でもおにいちゃん、いっつも合宿所にいるじゃーん。」
「いや、それはそうだけど、でもほら、合宿所は寮とは違うから……えーっと、なんて言ったらいいのかな? おれが「家の住所」を書くときの住所が、「いつも一緒に暮らしてる住所」になるんだよ。お兄ちゃんあての手紙は、うちに届くだろう? だから、お兄ちゃんがいつも暮らしてるのはおうちになるんだよ。」
「いつも居ないのに?」
「いつもってワケじゃないよ。ちゃんと練習が無い日は帰ってるじゃないか。」
「うーん、分かった! 通い兄って言うやつだねっ!」
「…………サチ子…………。」
「あれ、サッちゃん、どうしたんだい? 学校の宿題?」
「あ、里中ちゃんだ〜っ! こんばんは!」
「うん、こんばんは。どうしたの? 珍しいね、こんな夜遅くに来るなんて。一人かい?」
「うん、そう! じっちゃんはねー、お得意先に集金に行ったまま帰ってきてないから、遊びに来ちゃった。──あ、ちゃんと手紙は残してきたから、じっちゃんが迎えに来るまで、ココにいるの。」
「そうなんだ。あ、それじゃサッちゃん、一緒にトランプやろっか。」
「うんっ、やるっ! あのね、サチ子、七並べしたい〜。」
「わかった、ちょっと待ってて、トランプを持ってくるから。」
「いや、いいよ里中、俺が持ってくるよ。」
「そっか? 悪いな。」
「悪いな、太郎!」
「はいはい。」
「よーし、それじゃ、太郎が帰って来るまでに、ちゃっちゃと片付けるかっ!」
「ああ、学校の宿題?」
「そう、お兄ちゃんは数に入るのかどうか、聞きにきてたの。」
「へー、家族構成の表なんだ。ココの空白はもしかして、山田の顔をサッちゃんが書くのかい?」
「うん、そう。コッチはサチ子。」
「あ、上手い上手い、可愛く書けてるじゃない。」
「太郎の顔を書くのも得意なんだよ、サチ子。」
「え、そうなんだ?」
「うん、ほら、四角く顔を書いて──あ、端っこは丸めないとダメだよ。
で、頭をこう塗りつぶして、眼は横線。鼻と口。
ねっ、ほら、お兄ちゃん〜!」
「ぷっ! あはははははっ! 似てる似てるっ!!
スゴイね、サッちゃん! 才能あるんじゃない?」
「あとね、ハッパも簡単だよ。ほら、こうやってこうすれば岩鬼! ちゃんとこうして『なんやとぉ!』って入れたら、もっとそれっぽい。」
「あははははは! ちょ、ちょっとサッちゃん、あんまり笑わせないでくれよ、おなかが痛い……あははは!!」
「とんまちゃんに教えてもらったんだよ。あと、三太郎君も書けるの。
だからとんまちゃんは書けないの。後、里中ちゃんも。」
「え? 殿馬に教えてもらったんだ? ────で、どうして俺は書けないんだい?」
「里中ちゃんみたいな綺麗な顔はね、で……デフォルメ? しにくいんだって。」
「綺麗な顔って……別に…………。」
「ただいま。──なんだ、サチ子、全然進んでないじゃないか。」
「いや、俺がサッちゃんの手を止めちゃったから……ゴメンね、サッちゃん。」
「ううん、全然大丈夫。
さ、トランプしよ!」
「ダメだ。先にコレを終わらせてからだろ。」
「でも、あとジッちゃんの顔を書くだけだもん〜。」
「ジッちゃんの顔……って、なんでジッちゃんの顔の欄に岩鬼がいるんだよ……。」
「あ、やっぱり見て岩鬼って分かるよな? 上手く特徴捉えてるってことだ。」
「うーん、ここはやっぱり、じっちゃんに岩鬼のハッパと帽子を被らせるしか……。」
「こら、サチ子。」
「あはははは、冗談だよー。」
「家族の絵、かぁ……。」
「あっ、里中ちゃん! あのね、里中ちゃんも、早くお兄ちゃんのところにお嫁においでよ。」
「さ……サチ子……っ!」
「そしたらね、サチ子、里中ちゃんの名前も書いてあげるし、頑張って顔も書くよ。」
「サッちゃん……──うん、そうだね、俺も早くそういう日が来るように、がんばるよ。」
「うん、がんばってねっ! よーし、それじゃおにいちゃん、トランプ貸して、トランプ! サチ子が繰る〜!」
「里中……──すまん。」
「え、何がだ?」
「その……サチ子が言うことは、気にしなくてもいいぞ。」
「うん? 別に俺は、山田の家に嫁ぐのは一向に構わないぞ? 俺も長男だけど、母さんしかいないから、母さんも一緒で良かったらだけどな。逆姑付きってヤツか?」
「い、いや、別にお前のお母さんが一緒に来るのは構わないけど……いや、そうじゃなくって。」
「え……ダメなのか?」
「いや、そうじゃなくって……うん──うん、そうだな。
今すぐって言うのは、その……心の準備が出来てないからムリだけど、いつかなら……いいかな、うん。」
「お兄ちゃん、里中ちゃーん、配り終わったよ。7出して、7〜っ!」
「あ、うん、今見るよ。」
「スペードの7出した人からでいいのか?」
「パスは3回までだからね〜。」