修学旅行の前日──二年生は授業も午前中のみだけで、それだけでも心浮かれるというのに、明日からはいよいよ待ちに待った修学旅行なのである。
クラスはすでにお祭りモードで、最後の授業が終了した直後、わぁっ、と歓声があがったほどであった。
「お前らっ、修学旅行の本番は明日だからな! 今日からハメ外すんじゃないぞっ!」
ホームルーム中に、担任からそう言い含められて、はーい、とイイ子の返事をする生徒たちの心がすでに、学校が終わった後にあることは、口に出さずとも分かることで。
そんなニコニコ笑顔の生徒の顔を、ジロリ、と見やった担任教師は、出席簿を手にしたまま、はぁ、と溜息を一つ零し、
「明日は朝5時に校門前に集合。5時半に出発だから、遅れるなよ。」
本日最後の締めの一言を口にするのであった。
その言葉を終了の合図として、本日の日直が号令をかける。
いつもはダラダラと立ち上がる面々であったが、今日ばかりは違った。
一秒でも早く終わりたいのか、ビシィッと立ち上がり、続く号令を待った。
その、あからさまな様子に、担任があきれる暇もなく、礼、と鋭い声が響き、元気の良すぎる挨拶が教室にこだました。
「……はい、さようなら。」
まったく、と、呆れを滲み出させながら、別れの挨拶を口にした担任が、下げた頭を起こした時にはもう、ほとんどの生徒が帰るためにカバンを手にしていた。
いつもはゆっくりと教室に残っている少女たちも、今日ばかりは早々に教室を出て行く。
「ねぇねぇっ、帰りにCDショップ寄ってかない? バスの中で聞くCD買いたいのよ〜。」
「私、キャミが欲しいんだけど、なかなかいいのが見つからなくって──……ねっ、最後の悪あがきに、付き合ってよ〜っ!」
このまま素直に帰る気がないのは満々で、浮かれた足取りで扉をくぐっていく少女たちに、担任教師は一応、
「まっすぐ帰れよー。」
と声をかけるが、ひょい、と首を竦めるようにして頭を下げた彼女達は、返事だけはイイ子に、その言葉に従わないのは見え見えだった。
全く、と出席簿で肩を叩いて、担任は溜息一つ、教室を出て行った。
山田はカバンに教科書を詰めて、しばらく立ち寄ることのなくなる自分の机の中を覗き込む。
岩鬼と違って、机の中には何も入ってはいないので、このまま一週間こなくても大丈夫そうではある。
うん、と確認を終えた山田は、そのままカバンを手にして、暢気に椅子にふんぞり返っている岩鬼を見やった。
「岩鬼、お前も一度合宿所に戻るんだろ?」
「はぁ? 何言うてるんや、当たり前やろ。これから練習があるんやで?」
まったく、この男は──そんな顔で首を振り、肩を竦めた岩鬼に、山田は思わずカクンと肩を落とした。
そんな山田の心を代弁するかのように、里中が二人の間に割ってはいる。
「──って、何言ってるというのはコッチの台詞だ、岩鬼。
二年生は、今日は部活はナシだぞ?」
すでに彼は、肩からカバンを掛けて、帰り支度は終わっているようだった。
「なにぃっ!? わいはそんなこと、聞いとらへんぞっ!?
キャプテンがやる言うたら、やるんじゃい!」
ガタンッ、と大きな音を立てて立ち上がる岩鬼に、まだ教室に残っていた面々が、ビクリ、と肩を竦めて、ソソクサと教室を出て行く。
そんな彼らを背後に、里中はヒョイと肩を竦める。
「まぁ、別に参加してもいいとは思うけど──。」
事実、野球部以外の部にも、本日は自由参加の扱いにしているところも多いし。
そのまま、山田を見やると、山田も小さく笑って頷いた。
「練習しないほうが、なんだか変な気がするしな。」
合宿所に寄って荷物をまとめたり掃除したりするついでに、何球か投球練習するのもいいかな、と思っていた気持ちがあったのも確かだ。
少しくらい、1年生たちの練習に付き合ってみるのもいいだろう──岩鬼の気がすむまで。
「そうだな、修学旅行に行ったら、せいぜいが投球フォームの練習とか素振りくらいしか出来ないしな?」
里中の台詞に、そうだな、と頷きかけた山田は、苦笑を口元に刻む。
結局、全国大会の時と同じように、自分たちは宿でどういう練習が出来るのか、考えている。
「山田?」
不思議そうに首を傾げる里中に、いや、と首を振って、
「それじゃ、そろそろ合宿所に行こうか。」
山田は、里中と岩鬼に向けて、そう笑いかけたのであった。
まだ一年生が授業中であるため、合宿所はシンと静まり返っていた。
足を踏み入れると、残暑の色が残る、どんよりとした空気が濃厚に漂っていた。
窓を開け放ちながら、廊下を進んでいくと、途中でドアを開け放したままの微笑の部屋にぶつかった。
覗くと、先に帰っていたらしい微笑が、よ、と片手を上げる。
「いよいよ明日だな。」
にっかりと笑って口にした台詞に、山田に続いて顔を覗かせた里中は、プッ、と噴出した。
「三太郎、それ、今朝も言ってたぞ?」
明るく笑った里中に、そうだっけ、と頭をカリカリ掻いて、微笑は照れたように笑う。
どうやら、思っている以上にこの面子で修学旅行にいけるという事実に、浮かれているらしい。
「でも──本当に明日からだな、山田。」
里中は、笑顔を隠すことなく、山田を見上げて笑った。
少しはにかんだような表情に、うん、と山田もとろけるように笑い返す。
そのまま、嬉しそうに視線を交し合う黄金のバッテリーに、やれやれと微笑は肩を竦めた。
全く、出物腫れ物ところ構わずという言葉はあるが、このバッテリーは、所構わず二人のムードを作り出す。
「…………って、何も俺の部屋の前で、このモードに入らなくてもなぁ……まったく。」
あぐらを掻いた腿の上にヒジを置いて、はぁ、と頬杖をつきながら、微笑は溜息を零す。
そして、もうしばらく続くだろう見つめあいを見守ることを放棄して、生ぬるい空気が流れるソコに背をむけ、自分の部屋の片付けを始めるのであった。
壁の薄い隣の部屋からは、岩鬼と殿馬の、相変わらずの漫才が聞こえてくる。
とは言っても、地声の大きい岩鬼の声ばかりが聞こえてくるだけだったが──まぁそれでも、普段の二人の会話を思い出せば、殿馬がなんと言っているのかはたやすく想像がついた。
その声をバックに、里中と山田は、自分たちの部屋の掃除をしていた。
今日から1週間部屋を空けるのだから、綺麗にしておかなくてはいけないからだ。
いつも干してある練習着も畳んで、今朝から外に干してあった布団も押入れに仕舞いこむ。
そうするだけで、元々家具などない部屋は、ガラン、と空っぽになったような印象があった。
「着替え──は、家にあるし。」
何か持ち帰るものはあっただろうかと、毎日を過ごしている部屋をグルリと見回した里中は、机の隣に置いてあったグローブに目をとめた。
かがみ込んでそれを手にすると、しっくりとした感触が手の平に当たる。
柔らかに微笑んだ里中は、それを左手に嵌めて、ぱん、と一度叩いた。
軽やかに響いたその音に、ん、と山田が振り返る。
「なんだ、グローブを持っていくのか?」
小さく微笑み尋ねる山田に、里中は照れたように首を傾げた。
「ん──どうしようかな、とは……思ってる。」
中学の時の修学旅行の時は、すでに野球を止めた後で、こんなことは思わなかった。──毎日ボールに触っていたいと思っても、グローブを持っていってもそれを受けてくれる人がいなかったからだ。
けど……今は、違う。
首を傾げたまま、自分を見下ろしてくる山田を見上げると、里中は左手に嵌めたグローブを見下ろした。
「持っていったら、お前が相手をしてくれるよな、もちろん?」
「あぁ、もちろん。」
右手でグローブを撫でながら、里中が笑いかけると、想像通りの山田の微笑みが返ってくる。
「じゃ、持っていく。」
ニッコリ笑って、里中は手からグローブを外した。
後はボールだな、と、一部屋に一つあるボールを手にして、それを軽く上に投げてから受け取る。
そのままグローブの間に挟み込み、ポン、とそれを上から叩く。
それから……なんだかなぁ、と、小さくクスリと笑みを零した。
「さとなか?」
そんな小さな笑い声を聞きとがめた山田が、いぶかしげに──少し心配そうな色を載せて、里中を振り返る。
「──ん、いや、なんだかんだ言って、合宿所とあんまり変わらないなぁ、って思っただけだよ。」
ただ、修学旅行である以上、全国大会の時や、合宿所とは違って、野球中心──とは行かないだけで。
でも、やってることも、面子もほとんど一緒ではないか。
何せ、
「だって、部屋割りは、山田と岩鬼と一緒だろ? ──まぁ、クラスメイトも同じだけど。」
「自由行動の班は、三太郎と殿馬と同じだしな。」
確かに、緊張することはないが、新鮮味はないな、と同意する山田に、でも、と里中は眉を寄せて続けてやる。
「明智先生も一緒だけどな。」
よりにも寄って、あの「明智先生」だ、と、げんなりした顔でそう口にはするが、口調に重い響きはまったくなかった。
先生と一緒の自由行動──しかも相手は明智である──なんて、羽目は外せないし緊迫した雰囲気はあるし、イイコトなんてないに決まっている。
だから本来なら、ガッカリしてしかるべきなのに──げんなりした顔を造って見せたはずの顔が、すぐに口元からほころんでくるのを止められない。
山田の顔を見上げたときには、すでに口元には微笑みがこみ上げてきていて、楽しみだと心から思っている自分が居る。
見上げた先では、山田も嬉しそうに笑っていた。
ニコニコと笑いながら、視線を交し合う。
ココに誰か通りかかったら、またやってる──とあきれ返るところだろうが、今回見詰め合っている場所は、二人の自室であったおかげで、邪魔するものは何もない。
かろうじてあるとすれば、
「じゃかぁしぃわいっ! ええかげんにせぇっ!」
隣室から響いてくる、岩鬼の声であった。
どうやら、殿馬に何か茶化され、またもや叫んでいるようである。
まぁ、いつものことだ。
里中と山田は、お互いにクスリと笑いあった。
「この声も──いつもと同じだ。」
きっと修学旅行に行っても、この声を聞くことに変わりはないだろう。
もちろん、今日までと同じ、一日中──である。
「あぁ、そうだな。──まぁ、今夜ばかりは、聞くこともないけどな。」
山田の言葉に、里中はそりゃそうか、と笑った。。
「じゃ、久し振りにゆっくり眠れるか。」
夜中、突然吼えられることもないわけだ。
「あまりに静かすぎて、寝れないかもしれないな。」
おどけたように肩を竦める山田に頷いてから、里中は、ペタン、と畳の上に座り込んだ。
なんだか布団がないだけで、ずいぶんガランとした気がする。
別に、二度と帰ってこないわけじゃないのに、どこか郷愁を覚える自分に、苦笑がこみ上げてきた。
そんな女々しい気持ちを振り払うように、ブルンッ、と頭を振った後、里中は隣に座っていた山田の肩に、こつん、と頭を預けた。
「……楽しい修学旅行に、なるかな?」
そのまま目線をあげて山田に微笑みかける。
少しだけ寂しげな様子をみせる里中の微笑みにはけれど、中学の修学旅行を語ったときのような憂いは見えなかった。
山田はそんな里中のまっすぐな瞳を見下ろし、ふわり、と笑った。
「──……なるよ、きっと。」
手を伸ばして、里中の肩をしっかりと抱きとめて、軽く揺さぶってやる。
「里中が居れば、おれも楽しい。」
ほわり、と、心を揉み解すように笑いかけられて、里中は間近に見上げた山田のその表情に、少し照れたように笑った。
そして、うん、と小さく頷いて、
「おれも、山田が居てくれたら──楽しいな。」
照れくさそうに、そう零してくれた。
とろけるように笑った里中の笑顔に、良かった、と同じように山田は笑い返した。
それと共に、里中のためにも、楽しい修学旅行にしてやらないとな、と心の中で思う。
山田の中学時代は、岩鬼が色々とやらかしてくれて、まぁ心労が絶えなかった修学旅行ではあったが、それでもそれなりに楽しかった覚えがある。富士山は綺麗だったし、ご飯も美味しかったし。
けれど、里中の表情を見ていた限り、彼はそうではなかったらしい──分からないでも、ないけれど。
ポンポン、と里中の肩を叩いてやっていると、あ、と、不意に腕の中で彼が身じろぎをした。
「山田、でもさ、いつもと違うこともあるよな。」
少しイタズラ気に微笑む目が、楽しそうに山田を見上げる。
その目を見下ろし、山田は首を傾げた。
「違うこと?」
「そう。違うことって言うよりも、絶対に出来ないこと?」
里中の右手が山田の背中に回され、ぐい、と間近に顔が近づけられる。
大きな瞳に間近で見つめられ、思わず山田は、目を瞬いた。
「絶対に……って。」
厳密に言えば、「出来ないこと」なんていうのは、たくさんある。
けれど、里中が言っている「出来ないこと」は、そういうのではないようだ。
何のことを言っているのかと、ジ、と彼の瞳を見返すと、ほんのりと彼の白い頬が上気した。
「今夜の分も……かな?」
掠れた声で、小さく囁かれる。
「──……え?」
自分で言い出しておきながら、少しためらうように恥ずかしそうに、里中は一度目を伏せた。
軽く指先で山田の背中を掻いて──睫をかすかに震わせる。
その、どこか色香を宿す表情を見下ろして……今夜の分、と心の中で繰り返す。
いつもしてること。
いつもと違って、出来ないこと。
今夜から、しない、こと。
「やまだ──な、キス、して?」
クイ、と、カッターシャツを引っ張られた。
「……さっ、と、なか?」
もしかして、と思っていた通りの台詞だったけど、だからと言って動揺しないわけではなかった。
思わず目を見開いて見下ろした先で、恥ずかしそうにはんなりと頬を染めながら、里中がゆっくりと目を瞬いて、小さく笑った。
「おやすみのキスと、おはようのキス。
いつもの分だけ……やり溜め?」
「…………里中…………。」
思わずガックリくるほど色気のない台詞に、少しため息が零れた。
けれど、な、と、催促されるように再びシャツが引っ張られて、見下ろした先で、ニッコリ笑われてしまっては、抵抗する気も起きなかった。
その催促に促されるまま、山田は里中に向かい合った。
照れ隠しにせわしなく目を瞬く里中の顔に、そ、と顔を近づけると、自然と里中の瞼が下りる。
「今夜の、分。」
ふっくらと柔らかそうな里中の唇が、触れあう寸前、かすれた声で囁いた。
その言葉を閉じるように──、一瞬だけ攫うように、触れあうだけのキス。
そ、と離れた唇を名残惜しむように目を開くと、窓から差し込む明かりが、イヤに明るく見えた。
差し込む太陽に照らされた中での「おやすみのキス」が気恥ずかしくて、いつもより頬が上気した。
「あと、あしたの──おはようのキスの分。」
今度は、里中が身を乗り出し、触れる寸前まで瞳を薄く開いて──ゆっくり唇を重ねた。
押し当てるだけの優しい感触──離れる瞬間、柔らかな唇が名残惜しげに吐息を零した。
なんだか照れくさくて、なんだか恥ずかしくて、そのまま山田の視線を直視できなくて、催促するように目を閉じて顔をあげた。
「それから……。」
「明日の、夜の分。」
過たず、熱い感触が落ちてくる。
今度は、ちゅ、と音を立てて、ついばむようなキス。
「ん……。」
喉を鳴らした里中に、小さく笑うように、
「あさっての朝。」
続けて、もう一度口付けが落ちる。
山田のシャツを握り締めて、そのキスを受ける。
先ほどよりも少し長いキスの後、再び唇が離れて──はぁ、と熱い息が零れた。
そ、と目を開くと、少し潤んだ里中の瞳が、じ、と山田を見上げていた。
「それ、から。」
コツン、と額を付きあわせて──里中は、山田のシャツを握り締めていた手を、スルリと彼の首へと回した。
間近で見つめあいながら、近づいた容貌に、お互いに瞳をゆっくりと閉じていく。
それから。
「…………ん。」
山田の手が、しっかりと里中を抱き寄せる。
それに抵抗することなく、すんなりと彼の腕に収まったまま、里中もまた山田の顔を抱き寄せた。
唇を合わせて、どちらともなく薄く開いた唇から、舌先を絡めあう。
初めは、瞼の裏から差し込む明るい光に気兼ねするように、おずおずと、ゆっくりと。
「……ぁ……ん。」
零れ出る唾液を堪えて、小さく里中が眉を寄せる。
ちゅく、と、舌が蠢くたびに小さく音が立つのが恥ずかしくて、でもそれから逃げることはしない。
何度か唇を離して、再び合わせて──少し角度を変えて、口腔内を舐めあげる舌に、ゾクゾクと背筋がしなった。
「里中。」
とろり、と、とろけるほど絡んだ舌がようやく解け、唇が離れる。
「……ハッ……ァ。」
少しあがった息を弾ませて、里中は静かに睫を揺らして瞳を開いた。
目の前には、いつもの穏やかな山田の──けれど、滲み出る欲情の色を隠しもしない恋人の顔がある。
その唇がシットリと濡れているのを認めて、里中は頬を羞恥に染めた。
「──やまだ……。」
甘い声で名を呼び、首を傾ける。
ジン、と腰に残るその声に、山田は苦笑を刻みながら、里中を覗きこんだ。
「大丈夫か、里中?」
「ん……。」
優しい山田の手の平に撫でられながら、コトン、と里中はその胸元に頭を預ける。 柔らかなぬくもりに、ほぅ、と短い吐息を零すと、そんな里中の背中を、山田が優しく撫でてくれた。
軽いキスだけじゃ物足りないのに、少し激しいキスになると、すぐに息があがる。体がもうついてこない。
そんな自分を少しじれったく思うけれど、いつも後から山田がこうして抱きしめて、息が整うまで背中を撫でてくれるのは、嬉しいから。
だから、もう少しこのままでも……いいかな、とか。
「……これで……一週間分?」
ゆっくりと瞳をあげて尋ねると、山田は曖昧に笑って首を捻った。
「ごめん、数えてなかった。」
もう一回、する?
──そう小さく聞かれて、里中は目元を赤く染めて、山田の胸に頬を摺り寄せた。
「……………………まだ、足りない……な。」
強請るように、そのまま顔を上げて──そ、と目を閉じた。
同時に、山田がゆっくりと顔を傾ける気配がして、キュ、と山田のシャツを握っていた手に力を込めた。
その瞬間。
「やぁーまだっ! サトーっ! 練習や、練習やでーっ!!!」
ドタドタっ、と、隣の部屋から岩鬼が叫びながら飛び出す声が聞こえた。
慌てて二人は、ズサッ、と揃って左右に飛びのいた。
その瞬間を狙ったかのように、二人の部屋のドアが開いた。
「さっさといくでぇっ! 殿馬なんぞに負けてたまるかい!」
ギリギリと目をひん剥いて叫ぶ岩鬼の台詞に、二人は隣の部屋で何があったのか大体のところを悟ったが、特に何か言うこともなく、そ、とお互いに照れた眼差しで視線を交し合った。
「すぐ準備するよ、岩鬼。」
朗らかに笑って、山田がヒョイと身軽に起き上がる。
それに続いて里中も立ち上がり、
「……遅くまで練習することになりそうだな。」
軽く肩を竦めて、山田を見上げた。
そんな二人に、
「はよせんかい!!」
岩鬼は、思いっきり怒鳴りつけると、早々に部屋を飛び出していくのであった。
山田と里中は呆然と岩鬼を見送り──行くか、と、着替えるためのシャツに手をかけた。
そして、シャツを脱ごうとして……あ、と、山田は小さく零して、
「里中。」
「──ん?」
振り返った里中の唇に、軽くキスを一つ落とした。
「──……っ。」
思わず目を見張って動きをとめた里中は、キョトン、と山田の顔を見上げる。
「数えてみたら、一回、足りなかったから──。」
照れたようにニッコリ笑う山田に、何をされたのか、ようやく悟った。
「……………………っ。」
かぁっ、と、顔を赤らめて……里中は、指先を柔らかい感触の残る唇に押し当てた。
まだ濡れた感触の残るソレに、恥ずかしそうに唇を震わせて、ジトリ、と山田を見上げた。
「──ずるい、山田。」
可愛らしく睨み上げる里中に、ゴメン、ゴメン、と山田は笑った。
そんな彼へ向かって、ぐい、と手を伸ばし、里中は彼の襟首を掴み取った。
あっ、と、短い悲鳴をあげる山田に向かって、ツイ、と背伸びをすると、チュ、と──キスを一つ、押し付けた。
「里中……っ!?」
「……でも、好き。」
ニッコリ、と──勝ち誇ったように、里中は微笑んで見せた。
+++ BACK +++
こんなの書いていて、良く恥ずかしくないなぁ、とわれながら思います。
っていうか、恥ずかしいっちゅうねん!
バカップルだよなぁ〜……とか思いつつ、それでも文章に色気のない自分に万歳。