春の部活紹介














 4月──明訓高校の校門から続く木々にも、可愛らしい桜色の花が咲きほこる、「入学式シーズン」。
 今年の入学式は、前日に春の甲子園で明訓高校が見事に優勝を飾ったこともあって、多いに盛り上がったらしかった。
 その話の種である野球部員は、入学式の行われた当日の昼すぎ──新幹線に乗って、神奈川に帰ってきた。
 そして、彼らはそのままの足で、教師や生徒に歓迎され──荷物を片付ける時間も惜しんで、合宿所内にあるミーティングルームに集まっていた。
 本来なら、夏の甲子園の時のように、学校側が用意してくれた祝賀会に参加するところだが、今回は時間が無いことを理由に、まずはコレが先だと、新幹線で打ち合わせたとおり、明日までに決めなくてはいけない議題をホワイトボードに書き込んだ。
 そのミーティングルームの正面には、監督ではなく、新3年生となるキャプテンの山岡が、立っていた。
 昨年の関東大会からキャプテンを勤め上げている山岡も、堂々としたキャプテンぶりに磨きがかかってきている。
「というわけで、今日の入学式で、新一年生が入学したわけだが──去年の夏の甲子園で優勝している経験上、確実に部員志願者は、去年以上だと考えられえる。」
 硬い口調でそう告げながら、グルリと見回した室内には、レギュラー陣の顔のみ。
 もともと合宿所の中に入れるのはレギュラー陣のみとは言えど──正直に言おう、夏の甲子園を優勝し、春の甲子園まで優勝した空恐ろしい記録を持っているくせに、野球部員はこれで全部なのだ。
 厳しい練習のために、辞めていく部員が多かったのは、もともとのことなのだが、アクとクセの強い一年生達のおかげで、さらに部員がいつかなくなった。
 その、アクとクセの強い一年生達が、「超高校級」の実力を有していたのも、彼らの同学年の生徒達が野球部に入ろうとしない原因でもあろう──絶対、適わないと、分かるからである。
 すばらしい部員に恵まれているのはイイコトであるが、恵まれすぎるのも困り者だという代表が、今の明訓高校であった。
──去年の、並み居る様に居た新入部員が、結局は3人しか残ら無かったときは、「三人残れば上出来か」と、思ったものだった。
 今年がどうなるかは、始まってみないことには分からない。
 けれど、明訓は今、夏春連覇の実力を掲げているのだ。入部したがる少年は、数多く居るはずだ。
──まぁ、そんな彼らの実力がどうで、土井垣の厳しい練習に耐えれるかどうかは、また別問題ではあるが、とにかく量も質も揃った近隣の中学や、もしかしたら県外からも山田達に憧れて、わざわざやってくるかもしれないことを思えば……、去年以上の人数が残ることも実現しそうであった。
「凡人以下が、どれだけ集まろうとも、たかが知れとるやろ。」
 悠々と零し、大きく胸を張って椅子を傾がせる岩鬼を一瞥して──、山岡は小さく溜息を零した。
 ──そう、この岩鬼もまた、新入部員達がやめて行かないか、心配の種の一つでもある。クセのある先輩の居る部活というものは、なかなか新入生がいつかないものなのだ。
「その『凡人』どもに、とって代わられないように気ぃつけぇや、へたくそども!」
 ガハハハ、と続けて笑った岩鬼には、とりあえず殿馬が頬杖をついたまま、
「一番あぶねぇヤツが良く言うづらぜ。」
 何事も無かったかのように突っ込み、そのまま視線を山岡に転じた。
 同じく周囲の人間も、山岡が言いたいことに気づいて、表情を改めて彼を見やった。
 山岡は自分に集まる視線を受けて、こっくり、と慎重に頷く。
「北の捻挫が重いって言うのは、すでに土井垣監督から聞いて知ってるだろう。それから、里中の肘も──明日病院に行くんだったよな?」
 夏春連覇の偉大な功績の代償は、重かった。
 山田は、山岡の視線が自分を掠めていくのに、かすかにピクリと肩を揺らし、さりげない動作で右手首を隠す。
 その隣に座っていた里中は、ジクリと痛む右側に視線をやり、コクリ、と頷いた。
「はい。明日、朝一番に行ってみるつもりです──ちょうど休みだし。」
 新幹線の中で、すでに彼らは土井垣から、帰宅した翌日は休みにすると言うことを宣言されていた。
 だから、それを利用して行ってきますと告げる里中に、そうか──と、山岡はどこか残念そうに里中を見下ろす。
 朝一番に病院にいくにしても、今の里中の負傷箇所は多い。
 治療と検査も込みで、どれくらいの時間がかかるかは分からないだろう。
 そう思えば、明日──入学式の翌日に行われる……、
「……そうすると、部活紹介オリエンテーションには間に合わない、か。」
 山岡が顎に手を当てて、自分が考えていた『プラン』は使えないかと、低くうなった。
 その途端、
「部活紹介お、おりえん……ちゅうのは、何じゃい?」
 昨年ソレに参加していたはずの岩鬼が、頭に疑問符を貼り付けて問いかけてきた。
 呆れた顔になる先輩達を、なんじゃい、とジロリと睨む岩鬼に、山田は苦笑を噛み殺しながら説明してやる。
「去年の入学式の次の日にしたやつだよ。ほら、講堂の壇上で、それぞれのキャプテンが部活の特色とかを話してただろう?」
 新入部員獲得に燃えるクラブは、面白おかしいクラブ紹介をしていた。
 また、本気で打ち込んでくれる者のみを求めるクラブは、自分達の意気込みと練習の厳しさに耐えられる者のみ募集だと、熱血に語っていた。
 各部活の、部員獲得大会とも言える、新入部員を欲するクラブにとっては、とても重要なオリエンテーションである。また、そうではなくとも、お祭り騒ぎのように盛り上がるクラブも多い……何せ、弱小クラブなどは、こんなときでもない限り目立つことはできないからである。
「……あ、あの、つまらん集会かいな。
 そんなもん、寝とったに決まっとるやろが!」
 岩鬼が堂々と宣言するとおり、所属クラブをすでに心に決めていた者には、退屈極まりないに違いない。
 事実、新入生の一部は、出る必要ナシとサボる者も居るくらいだ──すでに帰宅部で心を決めている人間などは、特に。
「クラブ紹介ですか……確かに、ちょっと気合を入れて、新入部員は欲しいところですよね。」
 ふむ、と頷く微笑には、軽く仲根が笑って首を振る。
「そんなことしなくても、うちは大入りには違いないさ。
 実際、関東大会の後にも、途中入部したいって言うヤツは多かっただろ?」
「ただし──1人も残らなかったけどな。」
 ヒョイ、と肩を竦めて、石毛が苦笑を噛み殺す。
 今度の夏の大会には、ベンチ要員をギリギリまで書き込んで大会に提出したいものである。──志は低いが、秋季大会と春の選抜で、そう思ったのは本当のところだ。
「まぁ、質の良いのが残ってくれりゃ、何よりだ。」
 クセや個性があっても充分。今の新二年生以上のクセがある者が来ない限り、微動だにすることはない。それどころか、クセが弱すぎたりすれば、実力不足ではなく、精神力不足で自主退部を申し出られてしまう可能性も、なきにしにあらず……だし。
「……とりあえず、ピッチャーの控えは数人欲しいところですよね。」
 微笑が、部屋の中に目立つ空いた空席を見ながら、ポツリと呟く。
 その言葉に、ピクン、と里中が肩を揺らした。
 彼は少し不安げに自分の右腕を見下ろし……無言で、キュ、と唇をかみ締めた。
 確かにそうだ──投手の替えが、岩鬼しか居ないようでは、とてもではないが夏の大会は勝ち抜けない。
 ……自分の肩と肘が治るかどうか、まだ分からない現状では、何も口を挟むことなどできない。
「うん、里中の負担が楽になるしね。」
 今川も間をおかず微笑の言葉に同意してみせた。
「今年の新入部員獲得には、少し気合を入れるか!」
 石毛が、拳を握り締めてそう宣言する。
 それに、おーっ! と、腕を振り上げたのは、新三年生の一部だけだった。
「……って、オイ?」
 振り上げた拳の行方も寂しく、石毛と仲根、今川が見回す先で、当然やろう、と、岩鬼がハッパを揺らしながら。
「放っておいても新入部員が入るっちゅうなら、なんでおり、おり……えん……なんとかちゅうのを、わざわざせなあかんのや。」
「おぅよー、でもよー。岩鬼が壇上に立つっちゅうのはアリづらな。」
 やる気なさそうに頬杖をついたままの殿馬が零す。
 それに岩鬼が、キラーンッと目を輝かせるのを見て、オイオイ、本当に壇上にあがって演説をしだすんじゃないかと、石毛が頭を抱える。
 そんなことになろうものなら、新入部員が入るという希望すら、無くなってしまいそうだ。
 けれど、続けて微笑が、
「あ、そりゃいいな。そうすりゃ、岩鬼が居ると分かった上で来るヤツらばっかりになるしな。」
 第一関門の心配をしなくて済むな、と、お気楽に告げてくれた。
──なるほど、そういう考え方もあるかもしれない。
 その微笑の言葉に、ハッ、と反応したのは岩鬼であった。
 やばい、言い過ぎたか、と、微笑が思うよりも早く、
「あ、あかんっ! そうなると、わいのファンばっかりで溢れてしまうがな。」
 ガーンッ、と、1人嬉しいショックを受けている岩鬼の想像はさておき。
「…………………………えーっと、まぁ、それはとにかくとして。
 で、山岡? 今年はどういうクラブ紹介演説をする気なんだよ? やっぱり、『さすが強豪っ!』って言う感じで、つかみは取りたいよな。」
 石毛が気を取り直して咳払いをした後、いまだ難しい顔をしている山岡に話を振ってみた。
 けれど、帰ってきたのは山岡の渋面だった。
 アレ、と、目を瞬いた石毛に、山岡は少し遠い目をしてから──続けた。
「いや、部員に関しては、実はそう心配はしてないんだ。」
 というよりも、生半可な気持ちで野球部に入ろうと思っているだろう者達の入部を、最初から断りたいと思っているくらいである。
 まぁ、わざわざそんなことをしなくても、土井垣の初日からの扱きに耐え切れずに辞めて行く人間の方が多いだろうが。
「そうなのか?」
 でも、今現在の明訓野球部を思えば、新入部員を1人でも多く獲得したいところじゃないだろうか?
 そんな目で自分を見上げる石毛たちに、うーん、と山岡は腕を組んでうなった後。
「……ソッチよりも、深刻な話で欲しい人材が居るよな、って、監督とも話してたんだけどさ、まさかソレをオリエンテーションで話すわけにも行かないし…………。」
「欲しい人材?」
「そう。だから、悪いけど、里中にエサになって貰えたらいいかなー、とか思っていたんだが……。」
「エサッ!?」
 苦笑をかみ殺す山岡の言葉に、ムカッ、と噛み付くように里中が叫ぶ。
 そんな彼を、まぁまぁ、と山田が抑える。
 岩鬼と里中以外の誰もが、山岡が口にした【ほしい人材】の意図を、簡単に想像できたからである。
 それはつまり、昨年の夏に三年生が引退して以来、ずっと存在しなかった──、
「マネージャーかっ!!」
「そう。」
 重々しく頷いて、山岡は溜息を零す。
「あー……そういや、うちにはマネージャーが居ませんね。」
 今更であった。
 夏が終わり、三年のマネージャーたちが辞めた後には、もう居なかったのだから、すでに丸々半年以上はマネージャーが居なかったのである。
 もっとも、夏の大会前は、合宿所の掃除や洗濯は、山田の仕事であったが──「男所帯に女は立ち入り禁止」なのだそうである。
「前のマネージャーたちって、道具の整理とかで一日終わってたよな。」
「そうそう、あと、アンダーシャツとタオルと道具の掃除。
 ほかの洗濯掃除は、山田だったっけな。」
 当時はまだ、捕手希望であった山田の出番はまったくなく──何せ、正捕手には土井垣がすでに居たのだ──、徳川監督が彼にそれらの掃除を押し付けたのを、誰も疑うことはなかった。
 しかし、今は違う。
 現状で、山田にいつまでも洗濯や掃除をしてもらっているわけにはいかない。
 そう思ったからこそ、夏の大会が終わった後は、全員で手分けして掃除や洗濯をするようにはしているが、それにも限度がある。
 合宿所で暮らしている以上、日常のゴミや掃除や洗濯と言った仕事も出てくる。自宅に居たら家族がしてくれるだろうことのほとんどを、自分たちでしなくてはいけない。
 それにプラスして、部活動の時の汚れや道具の整理整頓、修繕も必要となってくる──もちろん、それにプラスして各個人の練習チェックなどもしなくてはいけないのだけれども。
「人数も居ない今の状況じゃ、マネージャーはやっぱり必要だろう。
 他校のチェックとか偵察とかにも行ってもらえるし。」
 こつん、とホワイトボードに書かれた、「クラブ紹介オリエンテーション」の文字を叩いて、山岡はぐるりと顔を見回した。
「なんとかして、マネージャーを獲得したいんだがな……何かいい案はないか?」
 部活紹介のオリエンテーションに、監督は出場することは許されない。
 そして里中は、明日は病院で居ないから、出れない。
 となると、可愛い華あるマネージャーがたくさん──なんてことは、期待できそうにもない。
 いや、もしかしたら来てくれるかもしれないが、岩鬼を間近で見て、入部届けを置くこともなく去っていってしまうかもしれない。
 そう懸念を示す山岡を代弁するように、
「まぁでもさ、昨日の放送とか見て、『けなげな里中ちゃん、素敵ぃ』とか言って、新入生だけに限らず、二年とか三年のお姉さまたちも、来てくれるかもしれないしさ。」
 パタパタ、とお気楽に石毛が呟くと、ギロリ、と里中は視線を尖らせる。
「美人なマネージャーならなおよしっ!」
「でもそれならいっそう、里中目当てって言うのが悲しいよなー。」
 仲根と今川がお互いに間近で語りあう。
 部活動一番、野球が一番、野球バカ万歳……とは言えど、やはり華がほしいと思うのは本当の所。
 グラウンドの周囲から、黄色い悲鳴を上げて、里中や土井垣を応援している女子生徒の声を聞いているのは、少しばかり物悲しかった。
「でもさ、もしかしたら昨日の試合とかで、ステキぃ、仲根さぁーんっ、とかってマネージャー志望がきたりとかするかもしれないじゃん!?」
 夏の甲子園には出ていなかった今川と仲根たちが、思わず声を浮かれさせた瞬間。
「おっ、それ、いいなーっ。」
 石毛は思わず身を乗り出して、その案に大賛成をし、
「おいおい、仲根、お前彼女はどうしたんだ。」
 とりあえず山岡は突っ込んでやった。
 そんなこんなで、まだ来ても居ないマネージャーに盛り上がる新三年生たちに──そのマネージャーをどうやって獲得するかと言う話し合いをするはずだったと言う事実を、天井付近まで吹き飛ばしてくれた彼らに、やれやれ、と微笑は頬杖をついた。
「マネージャーなんて、地味でしんどい仕事だからなー……たくさん入っても、智応援団になるだけで働いてくれなかったら、意味がないっすよ。」
 それに、いくらマネージャーでも、女子禁制の合宿所の掃除洗濯などについては、自分たちがしなくてはいけなくなるだろう。
 その問題は、明日の部活紹介が終わり、その翌日の新入部員入部募集が始まれば──一年生たちが入ってくるから、その中で有望そうな……そう、即戦力になり、なおかつレギュラーで行けそうな者に合宿所住まいをさせれば、解決するのだけれども。
「そんなのいらないから、マネージャーは男にしようぜ。」
 さっくり。
 誰もが考えもしなかった、ひどく不毛な気のする一言を、里中が吐いてくれた。
「──……って、そんなの、マネージャーとは言わんーっ!」
 ガッシャン、と、テーブルをひっくり返そうとするほどの勢いで、新三年生たちが叫ぶ。
 必死の彼らに、里中は興味なさそうな目を向けた後、
「マネージャーじゃないですか。
 それに、男のマネージャーなら、ローラーだって扱えるし、合宿所の掃除とかもしてもらえるから、山田の負担もなくなるし。」
 いい案だよな? と、里中は首を傾げるようにして山田を見上げる。
 そんな里中には、とりあえず山岡が裏手で突っ込んでやった。
「山田がほかのヤツよりも洗濯掃除の回数が多いのは、お・ま・え・の当番を、山田が代わってやってるからだろっ!」
 コクコク、と一同が頷いて同意を示す。
 その山岡には、あわてて山田が口を挟んで反論をするが。
「いや、でも、山岡さん。冬に風呂掃除とか洗濯とかすると、里中の肩が冷えますし。」
 ただの過保護にしか見えなかった。
「その代わりに、干した洗濯物の片付けとかは、俺がしてるぜ。」
 ヒラリ、と里中が主張をするように左手を上げるが、それもまた、ただの言い訳にしか見えなかった。
「とにかく! 明日の部活紹介オリエンテーションでっ! マネージャー同時募集をしてっ! 絶対、女のマネージャーを取るっ!」
 ガシッ、と、勢い良くコブシを握り締める先輩たちに、へー、と、気のない返事を返す新二年生たち。
──前から思っていたが、彼らはどうもこういうことに関するエネルギーが、異様なほど少ないようである。
 唯一、話に乗ってきてくれるのは、昨年の秋に転入してきた微笑くらいのものだ。
「そうっすねぇ、ただでさえでも合宿所でも男所帯なわけだし、たまには可愛い女の子とかにタオルとか差し出してもらいたいっすよね。」
「だろ? だろ?」
 同意を得たとばかりに、大喜びで椅子から立ち上がる石毛と仲根、今川に、山岡もにんまりと笑みを零す。
 確かに、それは──嬉しい。
 しかも可愛い女の子で、自分にあこがれていてくれたら、最高である。
 ──だがしかし、そんな野球青少年の空想を、あっさりと、
「え、別にタオルなんて、首からかけて置けばいいんじゃないですか?」
 里中が壊してくれた。
「あー、そーだな、お前らはそうやって、タオルを共有してるからなー。」
 もうコレ以上突っ込む気力はないとばかりに、仲根がうんざり顔で呟く。
 そんな彼に、山田がなんとも言えない顔で苦い笑みを刻ませた瞬間──、
「そうやっ! マネージャーやったら、夏子はんにしてもらえばええんやないけっ!!」
 「タオルをそっと差し出す」という事実に、ピピーンッ、と、ハッパを光らせて、花を咲かせた。
 顔を真っ赤に染まらせた岩鬼が何を考えているのかなんて、わざわざ確認するのすら無意味であろう。
 その、明るいまでの顔に、殿馬が呆れたように一言。
「夏子くんに、今の部活をやめろっつぅづらか?」
「──……ぐはっ。」
 大きなダメージを与えられた岩鬼が、胸元を抑えてフラリと後退した。
 そんないつもの光景を繰り広げる、やる気のない新二年生たちはほうっておき、新三年生たちは、自分たちの野望に燃えることにした。
 野球は大切だ。自分たちが野球バカだと言う自覚もある。
 だがしかし、貴重な青春の高校生活は、あと1年しかないのである。
 夏の大会が終わったら、後は受験地獄が待っていることが分かっている以上、彼女を作るなら、今しかない──……っ!
「あー、もー、とにかく、三太郎っ! お前はこっちに混じれっ! 女子マネージャー獲得会議をするぞっ!」
 来い来い、と手を招く先輩たちに、微笑は反論もなかったので──運動クラブのマネージャーと言えば、やっぱり女の子でしょ、と、ガタンと音を立てて椅子を移動する。
「はいなはいな。」
 どこか楽しそうな雰囲気を纏わせる微笑の背中を見送り、里中は軽く首を傾げた後、隣の山田を見上げた。
「なんかもう関係なさそうだし、先に風呂でも入るか?」
 結局、なんで俺たちはここに集まってるんだろうな? と──、不思議そうに瞬きをする里中に、山田は頷いた。
「そうだな、お風呂で体をゆっくりほぐしたほうがいいだろうしな。」
 新幹線とバスの乗り継ぎでずいぶんと筋肉が固まったような気がすると、大きな手のひらで腕をもみしだく。
「理事長もよー、温泉の素でも買ってくれりゃー、いいづらぜ。」
 ヒョイと、殿馬も里中の誘いに乗るように椅子から立ち上がり、手を頭の後ろで組んで、そのまま歩き出す。
 その殿馬に倣って、山田と里中もカタンと椅子を降りる。
 新三年生と微笑は、頭をつき合わせてああでもない、こうでもない、と話し合っている。
 その横を何事もなかったかのように通り過ぎ──そして彼らもまた、邪魔にしかならない里中たちを、眼中には居れず──、三人はさっさとミーティングルームを後にした。
 後ろで、なんだかんだと新三年生たちの相談に首を突っ込んでいる岩鬼の声が聞こえたが、それも後ろ手に扉を閉めれば、遠く小さく……なったような気がする。
「やっぱり、風呂は一番風呂だよなー。」
 少し肌寒い気のする廊下を、自室の方角へと歩みながら、里中がことさら明るく笑いかける。
 その彼の動きが、少しだけ右肩をかばっているように見えるのに、山田はかすかに眉を寄せた後、なんでもないことのように彼の背中をポンと叩いた。
「熱い湯に一気に入ると体に悪いから、ゆっくりだぞ。」
「分かってる、分かってるって。」
 口癖のような山田のその言葉に、小さく微笑みかけて、里中は自分の背を叩いた山田の右手首を、気にするようにチラリと見下ろした。
 なんでもない風に装ってはいるが、彼が右手首を痛めたのはつい昨日のことだ。
 本当は、少し動かすだけでも痛みを感じるはずだ。
 2人より先にたって歩いていた殿馬が、チラリ、とそんな2人を振り返った後、自室のドアの前に立ち、手をノブにかけながら、
「温泉の素がよーく効いたら、いいづらがな。」
 意味深にそう言って笑んだ。
 その言葉に、ピクリと体を震わせる2人の見ている前で、殿馬は何でもないことのように、スルリと部屋の中に入っていった。
 お風呂に入るためのタオルを取りに行ったことは、聞かずとも分かった。
 殿馬の背を見送って、山田は小さな苦笑を滲ませると、少し辛そうに顔を歪ませている里中の背を、再びポンと叩くと、
「今度、温泉の素でも買ってくるか。」
 里中の顔を覗きこむようにして、やんわりと笑った。
 その笑みを間近で見上げて、里中もつられるように笑って──ゆっくりと頷く。
「そうだな……。」
 それが、効くかどうかは分からないけど、
「疲れは、癒えそうだよな。」
 そう答えて、山田がドアを開いてくれた、自分たちの部屋の中へ、スルリと体を割り込ませた。















──────そんなこんなの顛末の末、彼ら新三年生たちの努力の結果が実を結んだかどうかというと。
「なーんだ、やっぱり男子マネージャーにしたんじゃないですか。」
 怪我の治療のために、夏休みに入るまで一度も合宿所に顔を出していなかった里中の、合宿所に帰ってくるなりの一言が、証言していたのであった。
「誰もしたくてしたわけじゃないんだよ……。」
 新入部員よりも、女子マネージャーの方の退部率が高くて、一人も残らなかった……なんて、そんなもの悲しい真実は、誰も里中に告げることはなかった。















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……それにしても、高校時代のエピソードって、いつも里中が故障とか負っていて……つ、辛い……(涙)。
本当に試合の前とか後とか、いっつも怪我してますよね、彼は。
二年生の最初なんて、全部病院通いだし、夏が終わった後は、土井垣さんいないし。
そして秋の後は、また肩を痛めてるし。
三年の春なんて、存在すら明訓にいないし。
夏が終われば引退だし。

…………────ね?


と言うことで、明訓高校には、ちゃんとマネージャーが居るんです。
土井垣さんが「マネージャー」と呼んでいたので確かです。
でもグラウンド内に女子の姿はなかったので、きっと明訓は男子マネージャーなんだろうな、と思ったんですよ。
──まぁ、土井垣さんのことだから、女子マネージャーが入ろうとしても、ミーハー目的なら門前払いをするでしょうけどね……。