さて、寝るか、と早々に布団の中に入ると、布団の中が肌に冷たく感じた。
思わず身を縮めながら、無理矢理ギュと目を閉じると──シンシンと、降り注いでくるかのような静かな夜が、やってくる……はずだった。
が、しかし、ここは長年親しんできた自宅ではなく、合宿所の中。
一人静かに就寝時間に入っても、薄い壁の向こうの住人も、就寝してくれるわけではない。
目を閉じて、ジ、と息を潜めるように布団の住人になると、起きている時には気にもならなかった物音が、カタコト、と小さく……本当に小さく耳にはいってきた。
けれどそれも、子守唄のように気にならない──はず、だったのだが。
『やまだ……、な、まだ起きてるか?』
なぜか、隣から聞こえるこの声だけは、壁を通して良く聞こえる。
その声を聞いた瞬間、石毛はギクリと肩を震わせた。
──今日も来た……っ。
それは、なんとも言い知れない──「恐怖」に似ていた。
思わず布団の中で石毛は身を縮め、ギュ、と布団の中でイヤな汗を掻いた掌を握り締める。
そのまま布団を頭から被り、これ以上聞こえないようにしようとするのだが、
『悪い、あのさ……そっち、行ってもいいか?』
声は、ぼそぼそとか細く、伝え聞こえてくる。
聞きたくないのに、全神経が耳に言っているように、過敏に里中の声を拾ってくれる。
俺は眠りたい……っ、今日こそは、眠りたいんだ──……っ!
石毛はそう心の中で叫ぶがしかし、声を拒否しようと思う心とはまったく正反対に、今日も好奇心旺盛な年頃のお耳は、小さな物音も拾ってくれる。
良く通る里中の声に答える山田の声は聞こえない。ボソボソと何か言っているような、言っていないような──そんな感覚だけだ。
なのに、里中が何を言っているのか、そして彼が今行動に移しているだろう衣ズレの音は、しっかりと耳が拾ってくれるのだ。
『山田、枕はいらないぞ。』
思わず石毛は耳を蓋した。
──ダメだ、これ以上は、俺、耐えられない……っ!!
この後、二人の寝息だけしか聞こえないのだとしても──、もし夜中に起きたときに、やってる最中だったら、それはもう、いたたまれないじゃないかっ!
毎回そんな思いに駆られ、二人がグッスリ寝ているだろうと思う時間まで、石毛は布団の中で、精神も脳みそも活発に、ただひたすら目を閉じて、起きつづけるしかなかった。
『あ、あったかい……。』
幸せそうに、とろけるように笑ってる里中の顔を想像するにつけ、涙すら滲んでくる。
──里中……頼む、壁が筒抜けだということ……いい加減、理解してくれ…………。
しかし、あたり前のことながら、布団の中で丸まっている石毛の心の声は、テレパシーとして里中に伝わることなど、ありえなかった。
なぜなら、石毛は山田ではないからである(意味不明)。
波乱万丈の関東大会が終わり、11月も末となると、日が暮れるのがずいぶんと早くなる。
ナイター設備のない明訓野球部は、早々に練習を切り上げることも多い。
そういう日は、自然と合宿所で過ごすことが多くなる──時には、就寝までの短い自由時間に、「鬼監督」の目を盗んで、コッソリと外出する者も居るには居たが、外は肌寒いから早々に合宿所に帰って来るのが常だった。
そして冬だから、ストーブのついていない自室でいつまでも起きているのも寒いだけだと、みな、早々に布団の中に入るのが普通だった。
そのおかげか、寒い朝にも関わらず、遅刻しておきだしてくる面々は少ない。元から朝に強いバッテリーは、誰よりも早く起きて、早朝ランニングを済ませてストレッチをしている光景が、良く見受けられた。
そんな中──、朝食の時間ギリギリになっても起きて来ない人間がいる。
今日も今日とて、一同が朝食の席に着いているにも関わらず、三つのトレイが手付かずのまま、カウンターに放置されている。
朝食の準備を終えたおばさんが、心配そうに時計を見上げながら、
「岩鬼君はいつものこととしても、石毛君と北君、最近は遅いわね……。」
キッチリした性格の彼らが、ここ数日、毎日のように寝坊しているなんて珍しいことだ──そう、溜息を零す。
山岡は、そんなおばさんの言葉に、渋面顔で時計を見やった。
「──確かに、ここ数日、たるんでるんだよな……あの二人。」
確かに北は、去年も冬の朝には弱い様子を見せていたが、それでも朝食の席に遅刻するようなことだけはしなかったはずだ。
今年は一体どういうことなんだろうなと──もしかしたら、合宿所最高年齢となったことで、たるんでるんじゃないかと、キャプテンとしての使命感がムクムクとこみ上げてくる。
それが一日や二日のことなら、「珍しいこともあるものだ」だとか、「何を夜更かししてるんだか」で笑って済ませてやることもできるが、ここ一週間、ほとんど毎日ともなれば、そうも言っていられない。
「毎日、寝不足そうだよな〜、なんか夜中にやってるんじゃないか。」
にしし、と笑う仲根の何かを含んだような笑みに、山岡は苦笑を刻み込む。
「え、夜中に何かって……何をっすか?」
分かりきってるくせに、微笑までもがニヤニヤと話に加わるのに──これが朝じゃなかったら、喜んで輪に入ってやるのだが、
「お前等は先に食べててくれ、起こしてくる。」
練習時間が無くなることを危惧して、山岡はヒラリと手を振ると、身軽に食堂から出て行く。
そんな山岡の後ろ背に、
「押し倒されないように気をつけろよ〜!」
なんていう、仲根と今川の、笑うに笑えないジョークが飛んで、アハハハハ、と食堂内が笑い声に満ち溢れる。
山岡はそれを背に、何を言ってるんだか……と苦い笑みを刻みつけながら、ひんやりと冷えた廊下を、北と石毛の部屋へ向けて走る。
思い出すのは、最近すっかり寝不足気味に二人の顔である。
石毛はとにかくとして、あの北が、授業中に居眠りしているというのは、重大事件だ。
三年に在学中の土井垣に、「練習がきついんじゃないのか」と、北のクラスの担任がおせっかいを焼いたという話も聞くが、関東大会で優勝した後は、あっと言う間に日が暮れるおかげで、夏ほど練習時間は割いていない。正直な話、授業中に居眠りするほど厳しいとは思えない。
一体、何をそんなに寝不足になってるんだかと、呆れた思いで、山岡は石毛のドアをドンドンと乱暴にたたき付けた。
「石毛ーっ! 起きろっ! お前、このまま遅刻するつもりかっ!?」
朝練習に遅れたら、もれなく「土井垣監督を肩車しながらグラウンド1周」がついてくるぞ、と。
そうからかい半分、呆れ半分にドアを叩く。
大きく廊下に響くようなドアの音に、うー、と中からうめき声が返って来た気がして、山岡がピタリと手を止めた瞬間。
ガチャ。
ドアが開いたのは、石毛の部屋の二つ隣の、北の部屋だった。
お、と山岡が目を向けた先で──今日も目の下にクッキリと隈を作った、どこかやつれた面差しの北が、フラフラとドアに寄りかかって出てくる。かと思うと、ドンヨリした目で、山岡を見上げた。
「……おはよう、山岡。」
疲れた面差しと、疲れた顔色。
寝不足だと顔いっぱいに書いてあるその北の顔を見て、今日はまた一段と鬱蒼としているなと、山岡は苦笑を刻み込んだ。
「もうみんな食べ始めてるぞ、北。夜中まで勉強のしすぎか?
いくら実力試験で成績が落ちてたからって、体を壊しそうになってまで、することか?」
学生の本分は、確かに「勉学」かもしれない。
それでも自分たちは、それと同じくらい野球を優先しなくてはいけないんじゃないか、と。
──そう説教口調で苦く呟く山岡を、北は眼鏡の奥の、ショボショボした目でギロリと睨みつけると、
「俺だって、さっさと寝たいよ!」
出来ることなら……っ!
そう、悔しげに胸の内から吐き捨てる。
床に向けて捨てられた悔しそうな台詞に、山岡が軽く目を見開いた瞬間、その北の苦しそうな声に反応するように、ギィィ……と、ドアが開いた。
「…………俺も……寝たい………………。」
いかにも、今の山岡の騒ぎで起きました、と言いたげな顔と姿で、石毛が生けるゾンビのような様相で、ノッソリと出てくる。
思わず一歩退いた山岡の肩を、ガシッ、と握り締め……石毛は、半分落ちた瞼を無理矢理広げて、半分白目の状態で、山岡の顔を覗きこむと、
「頼む──山岡……っ!
俺の……俺の──……部屋を変えてくれ…………っ!!」
そう、懇願した。
困ったときの土井垣さん頼み。
その台詞に従順に従い、山岡は三年生の教室を訪れていた。
すっかり受験一色に染まりきった教室は、休み時間もピリピリとしていて、廊下側の席で参考書を開いている生徒に、土井垣を呼んでくれるように頼むのにも気を使った。
「土井垣ー。おまえんとこのキャプテンが、面会に来てるぜ〜。」
ヒラヒラ、と窓際の席で読書に勤しむ土井垣を呼んでくれた男子生徒は、相手が顔を上げるのを確認すると、再び元のように参考書に目を落とした。
すみません、とその男に山岡が謝っている間に、土井垣は微かに顔を顰めて、山岡の方へ歩いてきた。
「どうしたんだ、山岡?」
何か野球関係で問題が起きたのなら、部活の前の着替えの時に話してくれるはずだ。
にも関わらず、こうしてわざわざ教室に来るということは──三年生の階に下級生がこの時期に来ることは、ずいぶん気を使うだろうに。
そう問いかける土井垣に、山岡は小さく頷いて、とにかく人気のない廊下に出るように願い出た。
12月も間近な三年生達は、目の前の冬休みも「最後の追い込み」に他ならず、推薦入学や専門学校、もうすでに就職の内定を貰っている者以外は、これからが本格的なシーズンだ。
廊下に出ている生徒も数人いるにはいたが、教室の中で頑張っているクラスメートの邪魔にならないようにしているに過ぎない。
元気な一年生や二年生の階とは、まったく違う空間のように感じて、山岡は居心地悪そうに学生服の襟元を引き締めた。
「土井垣さん……実はですね、ちょっと……石毛と北が、相当精神的に参ってまして……。」
「石毛と北が?」
声を潜めるように続けられた台詞に、驚いたように土井垣が目を見張る。
先ごろ入部した面々ならとにかく、一年のときから頑張り、昨年の三年生が退部した後にはレギュラーを獲得した……あの二人が、精神的に参るなんて、一体どういうことだ。
「確かに、ここ数日、練習に身が入ってないようだとは思っていたが……。」
顎に手を当てて考え込む土井垣に、そうなんです、と山岡は同意をするように頷いた後、ますます声を潜めて、
「夜、寝れないらしいんです………………。」
そう、ポッツリ、と、続けた。
「────…………ハ?」
精神的に参っている+寝不足=不眠症?
思わずその方程式が頭に出来たが、土井垣にはその言葉とあの二人が結びつくことはなかった。
どちらも夏の甲子園、関東大会を戦い抜いてきただけあって、少々プレッシャーに弱いところはあるが、基本的に負けん気が強くて、精神的にもタフだ。
レギュラーを常時続けていくには、少しばかり気になる面もあるにはあったが、それも扱いていけば、いいだけの話で──その扱きに耐えられる根性を持っていると、思っていたのだが……、
「一体、なんでまた?」
難しい顔になる土井垣に、山岡は視線を泳がせ──、クルクルと無意味に指で円を描いた後。
「…………山田と、里中が…………同じ部屋だからです………………。」
とりあえず、ソコから話してみた。
──その、真夜中に行われた「ミーティング」は、必要以上に長引いた。
結局最終的には、本人達に話すのが一番だということに落ち着くのだが、そこからまた問題が勃発するのだ。
「イヤっすよ、俺〜っ! そんな、聞けますかっ!?」
そこで早速、同じ一年坊主達に、「お話係」を任命してみたの──微笑はブンブンと両手と頭を振って辞退申し上げてくれるし、
「おっよー、もう出来てるもんは出来てるもんっちゅうて諦めてよ、とっとと耳栓買うづらぜ。」
殿馬はミーティングルーム内であるにも関わらず、足元でゴロゴロとボールを転がしながら、消極的な意見を述べてくれる。
ちなみに岩鬼に至っては、話がまとまらない恐れがあるので──話している最中に、山田と里中の部屋に乱入して『どういうことやっ、こ、この神聖なる合宿所で、なぁーに考えとるんやっ、やぁーまだっ!』と叫んで、始末に終えなくなりそうなため──、満場一致で「強制不参加」である。
「諦めろって……耳栓して済む問題じゃないだろ〜っ!」
正直、隣の部屋である石毛的には、そんな「しょうがないか♪」で済む問題ではない。
今はまだそういう声が聞こえてきたことはないが、それも時間の問題のような気がして……今日か、今日こそは行っちゃうのかっ! と、毎日怯え暮らしている自分の気持ちが、分かるかぁっ! と、拳を握って怒鳴りつける石毛には、土井垣が同情たっぷりの苦笑を浮かべる。
──思い起こせば、過去3年間……その危惧を抱いた同室者に、まったく出会わなかったわけではない。
…………まぁ、あの二人ほどあからさまではなかったが。
「っていうか、本当に出来てるのかな? 山田と里中。」
今川が軽く首を傾げて、ポツリ、と呟いた瞬間、
「でっ、出来てるとか言うなーっ!」
仲根が恐怖に身を震わせた。
今にも頭を抱えてしゃがみこみそうな勢いの仲根に、今川がゴメンゴメンと頭を下げた。
「いや、でも校則では、『不純異性交遊』は禁止されてるが、『不純同性交遊』については、何も書いてないしな……。」
北が、見ていて可哀想なくらいゲッソリした頬に、チョコン、と乗っている眼鏡を押し上げながら、そう呟く。
そんな北の様子に、山岡は涙を禁じえなかった──お前、そんなことを考えるほど、精神的に参っていたのか、と。
「──……あー……とにかく、そうだな…………。
それじゃ、山田と里中の部屋を、別々にするか?」
コリコリ、と頬を掻きながら──確かに石毛も北も、相当参ってるなと、溜息を零しながら土井垣はマトモな提案をしてみる。
そこで里中が、「どうしてなんですか!」と噛み付いてきたら、素直に「お前等がいちゃつき過ぎるから、苦情が来た」といえばいいのだ。
それくらいなら、そっけなくあたり前のように言うこともできる。
──多分、あいつらも、自分たちが「いちゃいちゃ」してる自覚くらいはあるだろう。
この期末テスト明けくらいに、「山田里中強制引き離し」を、実行するかと、土井垣が疲れた溜息を吐く。
が、しかし。
ゴーロゴロと、ミーティングルームをボールに乗って1周の旅を終えて戻ってきた殿馬の、
「べっつべつにしてもよぉ? どーせ山田も里中も、就寝直前まで、ドッチかの部屋で、イチャイチャするづらよ? 俺はよぉ、寝る前までずーっとイチャイチャしてる部屋にいるのは、ゴメンづらぜ。」
「………………──────部屋を出た後、戻れないかもしれないな……………………。」
一瞬、遠い目になる一同であった。
山田か里中と同室になった人間は、苦労をするに違いない。
思い出すのは、先日の「山田記憶喪失」の一件であった。
あの後、しばらく里中は、山田がドコへ行くにもチョコチョコついて回っていた。
ちなみに、学校では、ジ、と山田を見つめ続けていたという報告も入っている。
「なんだか子供が、親が自分のことを忘れないかって、心配になってるみたいに見えるわね〜。」と能天気なことを言ってくれた給仕のおばさんに、突っ込みたい気持ちを抱いたのは、一人や二人ではないはずだ。
「──なら、しょうがないから、合宿所に張り紙するって言うのはどうでしょう?
俺が前にいた下宿屋さんでも、『女連れ込み厳禁』とか貼ってあったんですけど、それを応用して『合宿所内、不純同性交遊厳禁』って。」
校則で禁止されていないなら、合宿所内で禁止すればいいのだと、ぱちん、と指を鳴らして提案してくれる今川に、誰もが心の中で「規則なんて、破ってなんぼだろ」と思ったが、あえてそれは口にせず──それしかないか、と、お互いの顔を見やる。
とりあえず、張り紙で堂々と「不純同性交遊厳禁」と書いておけば、里中はとにかくとして、基本的にまじめな山田は、合宿所内では自粛してくれるだろう。
──というか、俺達、あいつらが出来てるの前提に話してないか、オイ?
その事実に気づいて、なんとなくショックを受けている山岡の隣で、ごほん、と土井垣が一つ咳払いをした。
「すまんが、その案は却下だ。」
「えっ、どうしてですかっ!?」
「ダメなんですか……監督……。」
目を見開く石毛と北の、どこか頼りなさそうな視線に晒されながら──すまん、と土井垣はもう一度謝って、
「この合宿所内には、定期的に先生が見回りに入るのは、お前達も知ってるだろう?
そのときに、堂々と張り紙に『不純同性交遊禁止』なんて貼ってあったら、何を言われるか分かったものじゃない。」
渋面のまま──そう、言った。
言われて見て、一同もその事実にようやく気づいた。
野球部の面々が授業で居ない間に、酒やタバコが持ち込まれていないか……などのチェックを、抜き打ちで教師達が行うのである。
もちろん、健全をモットーにする野球部員たちは、引っかかったことはなかったが──いつ抜き打ち検査でやってくるかわからない教師が、廊下に「不純同性交遊禁止」なんていう張り紙を見たら、「お前等、何か心当たりがあるのかっ!」と詰め寄ってこないとも限らない。
「──……あぁ……ダメっすねぇ……。」
というよりも、詰め寄られるよりも何も、「この野球部……そういう可能性があるんだ」と思われるほうがイヤだ。
ガックリ、と両肩を落とす山岡に、そうっすねぇ、と微笑が同意を示す。
前の学校でやっていたようなことで、何かいい案があればと考えて、先ほどから色々と思い出してはいるのだが、このような現場に直面したことがないから、なんともいえない。
一番いいのは、あの二人に直接、「合宿所内ではやるな」というのが早いのだろうが、現時点で、ヤツラが本当に「できている」という確証もない。石毛と北の話を聞く分には、里中が夜中に寒くて起き出して、山田の布団に潜り込んでいる……というところ止まりのようだし。──────たぶん。
あと、風呂上りにマッサージしていたりとか、柔軟体操やストレッチをしていたりとかするのは、普通に見かける光景なので、あえて考えないことにしておくとして。
「ならよ、わざわざ『不純同性交遊』なんちゅう、親切な言葉はやめてよぅ、『不純交遊禁止』にしときゃ、いいづら。」
「──……っ!」
「それだぁぁーっ!!!!」
パチンッ、と、誰もがゴロゴロとボールを転がしながら発言した殿馬を仰ぎ見た。
まったく目から鱗であった。
そうだ、その手があった!
たとえその張り紙をして、その張り紙どおりに二人が行動してくれるかどうかはさておき、その紙を彼らの部屋のまん前に堂々と貼り付けておけば、きっとヤツラだって、すこしは考えてくれるだろう!
「よし、そうと決まったら、早速書くか。」
「あ、ちなみに仲根、不純交遊と銘打ったからには、お前にも有効だからな、コレ〜。」
「なっ、なんだってっ!? 俺、今年のクリスマスは彼女と一緒に……っ!」
「禁止だな。」
「一緒に青春の汗を流そうぜっ! クリスマスに、グラウンドでっ!」
一転して明るい表情になった二年生たちが、お互いに肩を組んで軽口を叩き合うのを聞きながら、とりあえずコレで解決だなと、土井垣が安堵の吐息を零した、その瞬間を狙ったかのように、
「づらで、結局、山田と里中がよ、いちゃいちゃちゅーってする分はよ、我慢するづらか?」
大本の問題は、解決したづらかよ、と──殿馬が、テンションを一気に下げてくださった。
「…………………………。」
「………………………………。」
「──────…………あぁぁぁあーっ! そうだっ! 結局そんなことしても、俺の安眠は確保されないんだーっ!!!」
がばぁっ、と、大げさに頭を抱えてたおれこむ石毛と北に、山岡が慌てて膝を折り、二人の背中に手を当てる。
「お、落ち着けっ、でもほらっ、えーっと、そのー………………。
……………………なっ!?」
フォローしようとしたが、何も浮かばず、無理矢理笑顔を張り付かせて、な? と言い含める。
だがしかし、そんなことで言い含められるはずもなく、
「何が、なっ、だよーっ!
そんなこと言うなら山岡! お前、一週間でもいいから、変わってみろよっ!」
「そうだぜっ! 夜中に突然、『山田、寒いからソッチ詰めろ』とか言い出した里中の声とか、聞いてみろよっ!」
「石毛は里中の声しか聞いてないからいいだろっ! 俺なんて、山田の声まで聞こえるんだぜっ!? 『寒かったらもっとこっちに来い』だとか、『遠慮せずに足を挟んだほうがいい』とか言ってるんだぞっ!? お前等、今、どんな格好で寝てるんだーっ! とか突っ込みたくなるだろーっ!!」
がばっ、と起きた二人が、今までの鬱憤を晴らすように怒鳴りつける。
その二人の口から自然と出てきた叫びに──あー……と、山岡は生ぬるい微笑みを貼り付けずにはいられなかった。
そしてそのままの微笑みを、隣の土井垣に向けると、
「……監督──。」
助けを求めてみた。
山岡にとって、土井垣は「ドラえもん」のような存在のようである。
その、救いを求める視線を受け取って、土井垣はただただ苦い笑みを刻み付けると、
「……その、北の案を貰って──こうするか。」
思い浮かんだばかりの、譲歩の提案を口にした。
かくして、明訓高校始まって以来の、「学期末毎に行われる席替え」ならぬ、「毎月1日は部屋替えの日」が、作られたのであった。
この日の作成と、殿馬一人君オススメの耳栓の導入により、野球部の「寝不足君」たちは、減ったのではないかとか、変わらなかったのではないかと──……言われている。
+++ BACK +++
ここで区切ってみました……ハイ、すみません……なぜか私の書く「先輩」たちは、オバカばっかりです……(涙)。
本当は、下のような話が書きたかっただけなんですが、ノリ的には上のほうが楽しかった…………(笑)。
>クジ引き「大抽選」会
その、就寝までの短い自由時間の中──明訓高校始まって以来の、
「今から、先だって告げていた通り、『クジ引き』を行う。」
異例とも言える、「クジ引き」が行われることになった。
ミーティングルームの正面に立ち、どこからか調達してきたらしい箱を手に持ちながら、そう告げる山岡の言葉に、ワッ、と歓声があがる。
「良かった……ようやくかよ〜! これで俺の安眠が確保されるぜ……っ!」
「とかなんとかゆうけどよぉ、クジ運っちゅうのもあるづんづらぜ〜。」
「殿馬は、なんだかんだでクジ運よさそうだよな……。俺、当たったらどうしよう…………。」
今にも手を取り合って大喜びしそうなチームメイトや、不安な一言を零すチームメイトに対し、山田と里中だけは、山岡の言葉に戸惑うしかなかった。
「クジ引きって……何のクジ引きですか?」
どうやら、他のメンツは、なぜ自分たちがミーティングルームに召集されたのか、きちんと聞かされているらしい。──が、山田も里中も、ミーティング内容を聞いてはいなかった。
春の甲子園についての会議にしては時期尚早だったので、今度の期末テストのヤマかけやノートでも貸してくれるのだろうかと、思っていたのである、が。
「ん? あぁ、お前等には関係ないって言ったらないんだけどな。」
山岡が、微妙に引きつった笑顔でそう告げる。
そこへすかさず、最近寝不足気味の石毛が、
「……元凶だからな……。」
ボッソリ、と一言零した。
「? はい?」
関係ないって……何の話だ?? と、里中がいぶかしげに顔を顰めるのと、
「元凶ですか?」
さらに意味が分からないと、山田が首を傾げるのとが、ほぼ同時。
そんな二人に、生ぬるい微笑みを送って、山岡が、
「いや、単にな、土井垣監督から許可が下りたから、12月から毎月、『部屋替え』をすることにしたんだ。
ほら、お前等のクラスでもするだろ? 学期ごとの席替え。アレの部屋バージョンだと思ってくれればいい。」
ガサガサ、と箱の中のクジ引きを揺らしながら答えてやる。
キョトン、と目を見開く山田と里中を他所に、さっさと円陣を組んだ石毛達が、早速クジを引く順番を決めるためのジャンケンを始める。
「最初はグーからな。」
「って、オイオイ! ちょっと待てよっ! 俺も入れてくれっ!」
慌てて山岡が主張をするかのように片手を挙げて、箱をポイと机の上に放り出し、円陣の中に入る。
そんな彼らの背中に向けて、ようやく事態を認識したらしい里中が、
「……部屋替えっ!? えっ、部屋を変えるのかっ!?」
大きな目をますます大きくさせて、叫ぶ。
その隣から山田も、困惑した色を隠せず、円陣を組んでジャンケンに挑もうとする面々の背中を見やった。
「って、あの──俺達は何も聞いてませんよ?」
しかも、二人ともまだジャンケンの円陣に入っていないと言うのに、チームメイトたちは、さっさとジャンケンを始めようとしてくれる。
一体これはどういうことなのだと、微かに憤慨した様子を見せる里中をチラリとふりかえり、
「いいんだ、お前等はそのままだから、関係ない。」
キッパリと、山岡が言い切った。
さらに続けて、
「そうそう、お前等はそのままでいいんだよ。俺達が勝手に変わるんだから。」
パタパタ、と石毛までもが手を振って、お払い箱だと言うように、きっぱりと言い切ってくれる。
というか、別にしたら、同室のヤツらがかわいそうだ。
そんな言葉はコッソリと胸の中に吐き捨てて、一同はジャンケンを始めた。
その円陣を、ハブチにされて見つめながら──山田と里中は、一向にワケがわからない、と、首を傾げあうのであった。
あっ、そうだっ。クジ引きの前に、クジで部屋番号決めないといけないじゃないですか!
ってことで、オマケのようにさらに追加↓
「さぁ、部屋番号を決めるぞ。
ココが、山田と里中の部屋な。
で、その右隣がA,左隣がB。」
「ってちょっと待ってくださいよ。なんで俺達の部屋が中央でそこから始まるんですかっ。」
「お前等の部屋は代わらないって行ってるだろっ。」
「そうそう、里中も山田も、今のままでいいから。」
「えーっ、仲間はずれですかっ!?」
「じゃ、里中、おめぇよ、山田と部屋が変わっていいづらかよ?」
「それはヤだ。」
「────…………なら問題ねぇだろ。」
「ないよな。」
「それに今の部屋でせっかく慣れたのに、なんで部屋かえなんかするんですか?」
「席替えとかするだろ、それと同じだよ、それと。」
「これから一ヶ月毎に、毎回犠牲者……いや、部屋替えをすることにしたんだ。
あんまり同じムードでも、こう、たるんじゃうからな。」
「へー……で、どうして俺と里中は同じなんですか?」
「別々にしても結局一緒に居るだろ、お前等は。」
「っていうか、こないだの山田の記憶喪失の事件の後から、引き離すほうが面倒くさくなってきた……いや、せめて同じ毒なら、一緒に閉じ込めておいたほうがいいだろ。」
「そうそう、俺達はそう悟ったんだ。」
「──……? は? ……あの?」
「ただ、問題が一個あったな。」
「うん、まさにソコだ。」
「…………壁がなぁ……薄いんだよなぁ……。」
「ムズ痒くなるよな……──。」
「そうそう……気になって寝れないんだよな──。」
「だから、一ヶ月毎の部屋がえなんだ。」
「────…………えーっと…………すみません、おれには、ワケが分かりません。 山田──俺って、そんなに寝言かいびき、うるさいか?」
「いや、里中はそんなことはないが……もしかして俺か?」
「「二人ともだ、二人とも」」