大晦日の夜 2












 明訓高校から歩いて40分、走って25分くらいの場所に、その神社はあった。
 この近隣では唯一の神社ということもあってか、正月の三箇日ともなると、結構な人で賑わうものだが、それでも酷い混雑というほどではなく、せいぜいが隣の人と方と方がぶつかりあう程度。
 ──のため、せっかくの一年に一度の「夜も解放」とは言っても、人気はまるでない。
 この寒い中、わざわざ「年越し参り」なんていうものを行おうとするのは、ひどく少数だからである。
 それにかこつけて、数年前までは柄の悪い連中が、神社の敷地内で年越しの集まりをしていて、神主さんは酷く困っていたのだという。
 それを助ける為に、近隣の高校の教師や警察が、ここを巡回し始めたのが、「明訓高校野球部の年越し参り」の始まりだとか言う話を、昨年先輩から聞いたものだが──、どこまで本当の話だかは、信憑性が薄い。
 そんな神社の、暗闇にまぎれた赤い鳥居を見上げて、山岡はキョロリとあたりを見回した。
 街灯の明かりに照らされた道路は、右からも左からも人影が歩いてくる気配がない。
 どうやら、あの場から走り出したのは、自分だけのようだと、山岡は小さく息を零して、改めて神社の参拝所に続く階段を見上げた。
 階段の左右には裸電球がロープに吊るされて、一定間隔で階段を照らし出している。
 足元が見える程度の明るさの中、山岡は石階段に足をかけた。
 階段の左右に密集する木々が、ザワザワと風に揺れて音をあげている。
 その中、一人であがるのに緊張を覚えながら、山岡は上の鳥居を見上げた。
 両手をジャンバーのポケットに突っ込んだまま、軽快な足取りで石段を駆け上がっていく。
 それほど多くない石段の半分ほどを攻略した辺りで、
「遅いぞっ! 山岡っ!!」
 ──リン、と響く土井垣の怒声が、真上から降ってきた。
 思わず反射的に首をすくめて、山岡はビシリとその場で直立不動する。
「はい! すみません、監督!!」
 土井垣の声に勝るとも劣らない、大きな声で怒鳴り返し、山岡はグ、と顎を引き締めて、土井垣を見上げた。
 土井垣は、石段の最上段で腕を組み、仁王立ちしながら、ジロリと山岡の背後を睨みすえる。
 しかし、階段を半ばほど上ってきている山岡の後ろには、誰の姿も見当たらない。
「……お前だけか、山岡?」
 いぶかしげに顔を顰める土井垣が、今年からはココに集合になったのかと言外に皮肉の棘を織り交ぜて問いかけてくるのに、山岡は慌てて顔の前で両手を振った。
「いいえっ! ちゃんと後から、みんな来ますけど、途中で除夜の鐘が聞こえて、ついそこで足を止めてたんですが──……って、岩鬼が先に来ませんでしたか?」
 あの場から逃げてきている間も、先に行ったはずの岩鬼とすれ違うことはなかった。
 だから、先に岩鬼だけ到着してるんじゃないんですかと、そう問いかければ、土井垣はヒョイと肩を竦めて、あがって来いと山岡にしゃくりながら、
「お前が一番最初に到着だ。
 ──ったく、歴代の中でも、最高に集まりが悪いぞ。」
 ブツブツと零す。
 そんな土井垣の台詞に、苦笑を覚えながら山岡は石段を再び上がり始めた。
「今年は、石毛が年越しソバを持ってきてくれて、山田たちに岡持ちを持たせてるんですよ。そのせいで、ちょっと遅くなってるのもあります。」
「年越しソバ? まさか、ココで食べるのか?」
 大仰に驚く土井垣に、ええ、と山岡は頷く。
「食べるところが無いだろうって言ったら、それは考えてあるって言ってましたけど──。」
「あぁ……徳川さんのいつもの場所のことだろうな。」
 苦い笑みを刻み、土井垣はチラリと神社の石畳から少し離れたあたりを視線で示す。
 社の左奥には、昔暴走族が溜まり場にしていたらしいという噂の一角があり、ちょうど良く配置された石だの、社や木だので、ちょうど風避けにもなり、なおかつ日も良く差すという、うってつけの「集会所」があるのだ。
 毎年ソコで、野球部員タチが寒い中やってくると、すでに徳川は保温性のビニールシートを敷いて、一人酒盛りをやっていた──時には、偶然参拝に訪れた近所の人を巻き込んで、焚き火を囲んで小宴会になっていたこともあった。
 そしてそのまま、ソコで初日の出を拝むというのが、毎年のパターなのだそうだ。
「まったく──このペースで本当に、年越し前に、ソバが食べれるのか?」
 ぼやく土井垣に、ますます苦笑を深めながら、山岡は階段の上の鳥居の前に立った。
 階段は木々に囲まれて鬱蒼としているが、社の周囲は、整然としている。
 第二鳥居から続く石畳が社の手前まで続き、その左右には表面をならされた地面。
 右手にはコンコンと水が湧き出ている手水舎が置かれ、そこにも裸電球が幾つか吊るされてライトアップされていた。
 石畳の左右には、大きなかがり火が焚かれ、パチパチと火が爆ぜている。
 右手へ続く石畳の先には、小さな社務所があり、扉も障子も閉められてはいるものの、中に神主は居るらしく、中から暖かそうな明かりが漏れている。地面に伸びる窓の形の明かりが、暗闇の中、いやに眩しく見えた。
「はー……今年も閑散としてますね。」
 息をつくと、白い色がボンヤリと空気に滲む。
「どうせそのうち、またうちの酒盛り目当てに近所のヤツラがやってくるだろうさ。」
 どこかさびしげに呟く山岡に、軽い笑い声を立てながら、土井垣は鳥居の下に仁王立ちしたまま、左手首の腕時計を見下ろす。
 かがり火に浮かび上がる白い盤面は、すでにもう日付変更線まで15分を切りかけている。
「──ま、日付が変わった後くらい……ってとこだろうな。」
「あれ? あれって、毎年のことなんすか?」
 驚いたように山岡は顔を上げる。
 思い出すのは、昨年の「酒盛り」の最中のことだ。
 いい感じに酔っ払った徳川に襟首をつかまれ、酒を口に突っ込まれた後のことは、正直な話あまり覚えてはいないが──それでも、いつの間にか人数が増えていて、日本酒だの焼酎だのおせちだのが、シートの上に鎮座していたのを覚えている。
 そして、ハッ、と我に返った時には、山岡の体の上には毛布が鎮座していて、そこかしこでダウンした先輩や同級生がゴロゴロと毛布を奪い合っていた。
 見回した先では、ドンちゃん騒ぎに近い状態で、飲み交わす見知らぬおじさんとおばさんと徳川監督の姿。どう見ても小宴会の状態だったのだが──。
「らしいぞ。先輩達も、なんだかんだ言って、毎年明け方まで宴会になるんだと言っていたしな。」
 そして、早々に徳川監督だの、おじさんやおばさんだのにダウンさせられた高校球児達は、初日の出が昇る時間の前になると、彼らによってたたき起こされるのだ。
「でも、今年は残念ですけど、俺たちはその宴会兼初日の出には参加できませんね。」
──何せ、徳川監督が居ませんから。
 そう言って笑った山岡に、土井垣は軽く肩を竦めると、意味深に含み笑いを浮かべて見せた。
「それは、どうだろうなぁ……。」
「……って、監督、それはどういう……?」
 意味なのか、と、驚くように目を見開いた山岡が、土井垣を見上げる。
 言いかけた言葉が、最後まで言葉になる前に、突然土井垣は、ガラリと表情を変えて、石階段の真下を睨みつけた。
 かと思うや否や、
「おまえらっ! 遅いぞっ! 何をしていたんだっ!!」
 唐突に、怒鳴った。
 土井垣の声につられるようにハッと下を見下ろすと、電球の明かりに照らし出された階段の下に、見慣れたチームメイトの姿を認めることができた。
 真っ先に石階段を駆け上り始めたのは、両手に銀色の岡持ちを握り締めた石毛だ。
「す、すみませんっ、監督っ!」
 慌てたようにガチャガチャと音を立てて駆け上ってくる石毛に、
「あーあ……、ソバ、漏れるぞ……。」
 山岡が呆れたように呟いた。
「その前に、──年越し前には、ソバを食えそうにないな。」
 まったく、と、こちらも呆れた様子を隠そうともせずに、土井垣は腕時計の分針がさらに角度を狭めたのを認めて、ヤレヤレと溜息を零す。
「おまえら、ここまで何分かかってるんだ。」
 毎年、11時に校門前集合。
 その後、ここまで走ってくる──というスケジュールだから、普通は11時半過ぎにはここについていて当たり前なのだ。
 にも関わらず、現時間は11時50分。
 どう考えても年越しソバは無理だろう。
「ったって……こっちも大変だったんすよ……監督……。」
 はぁ、と、息を切らして駆け上がってきた石毛が、がしゃん、と地面に岡持ちを置く。
 続いて駆け上がってきた仲根と今川が、肩で息をしながら、
「あー……ようやく着いた〜。」
 へなへなと、鳥居に体ごと抱きつく。
 そのまま山岡に顔を向けると、
「やっぱ、山岡大正解だぜ。俺たち、アレを突っ込んで、すごい脱力感に駆られたからな……。」
 そう、告白した。
「その脱力から復活するのに、体力使ったよ。」
 仲根の言葉に続けて呟いて、今川はチラリと石階段の中ほどを視線で示す。
 そこでは、先輩達が階段を駆け上がっていったというのに、のんびりと岡持ちを持って歩いてくる後輩達の姿がある。
「だろ?」
 軽快な足取りで昇ってくる殿馬と、少し後を歩く微笑──そんな二人の後ろから、のんびりと笑顔を交わしながら階段を昇ってくる山田と里中。
 生ぬるい微笑みが、再び山岡達の口元に昇ってくるのを止められなかった。
……というか、正直に言おう。
「──で、石毛? お前、山田の岡持ちを持ってやったんだよな?」
 チラリ、と見やった視線の先には、石毛の足元に置かれた二つの岡持ち。
「……いや、こりゃ、里中の分の岡持ちだ。」
 しかし石毛は、あっさりと山岡の質問に答えてくれた。
 その答えに、思わず無言で山岡と土井垣は石階段を仲良く上がってきている二人を見た。
「………………あー……もういい、何があったのか、だいたい分かったからな。」
 あっさりと、土井垣はそれ以上の石毛たちの答えを放棄した。
 何が途中であったのだとしても、今現在、日付変更まで少ししかなく、山田と里中の二人が未だに一緒に岡持ちを持っている事実は、変えようがないからである。
 先輩達が、そんな風に達観したような、あきらめたような雰囲気ムンムンで待っている中、図太い神経の一年生達は、ようやく第二鳥居をくぐった。
「あ、土井垣監督、こんばんは。」
 ニッコリ、と赤くほてった頬で里中が笑う。
 そんな里中の右手をしっかりと握り締めて、
「こんばんは、監督。その──遅くなってすみません。」
 ぺこり、と頭を下げる山田。
 石毛が岡持ちを持ってやった好意は、無駄に過ぎなかったんだな、と、言う言葉は、あえて口にすることはない。
 何せ里中の冷たかった左手は、無事に彼のポケットの中に収納されているからだ──無駄ではない、決して。
 土井垣は、グルリと面々の顔を見回し、さらに階段の下を見て──、
「……………………──────で、山田? 岩鬼はどうした?」
 ここに姿のない、最後の一人の名前を口にした。
「──って、えっ!? まだ来てないんですかっ!?」
 大仰に驚いた山田が目を見開くと、
「やっぱり、行き過ぎたんだぜ。」
「今頃、『神社なんて見えてこーへんやないけ!』とか叫んで、近所迷惑してるに違いないな。」
「存在自体がよぅ、迷惑なヤツづらぜ。」
 里中、微笑、殿馬が、それぞれ勝手に納得したように頷きあう。
──さもありなん、と思ってしまうあたりが、岩鬼というものである。
 土井垣は、困ったように額に手を当てて、重い溜息を零すと──どうしてこうも、今年の一年生は、頭痛がするようなヤツラばっかりなんだ。野球にかけては、信頼のおけるヤツらなのになぁ、と、うんざりした心地で思いながら、社の奥を顎でしゃくった。
「しょうがない。岩鬼はとりあえず置いておくとして、先に年越しソバを食べるぞ。
 ──さすがに、岩鬼を待って年を越すのはゴメンだな。」
 「二年越し」でしたことを、その年は良くやるようになる、と言う。
 来年一年、岩鬼を待ち続ける年になるなんて、ゴメンだ。
 そう大げさに眉を寄せて続ける土井垣に、それは言えてると、ドッ、と笑い声が零れた。
「そんじゃま、ソバでも食べながら、岩鬼を待ってようぜ。」
 ヒョイ、と、地面に置いたままの岡持ちを持ち上げて、いい加減ソバも伸び放題だと石毛が笑う。
 ──まぁ、ある程度ソバが伸びるのは覚悟していたものの、さすがに作って1時間も過ぎているのは、洒落にならない。
「これなら、カップラーメンとポットを持ってきたほうが、正解だったかもしれないな。」
「ああ、それは言えてるかもな。来年はそうしよう──って、俺たちは来年がなかったな。」
「来年は受験生まっさかりだぜ〜。」
 石毛が両手に持つ岡持ちを一つ受け取りながら、山岡が肩を震わせながら笑う。
 そんな風にゾロゾロと、一同が社の横手に向かって歩き出した先──土井垣が、かがり火がかろうじて届く辺りに向けて、片手をあげた。
「すみません、遅くなりました。」
「──……? 監督?」
 突然その方向に向かって頭を下げて謝る土井垣に、一体誰に向かって話しかけているのだと、山岡が問いかけようとした先。
「って、なんでぇ……おめえら、感心だな。大晦日の年越し参りにも、鍛錬かよ?」
──つい数ヶ月前まで毎日のように聞いていた声が、聞こえた。
 開きかけた山岡の口は、ヒュ、と乾いた空気の音を通すばかりで、声にならない。
 驚き眼を見張る後輩達を背後に、土井垣は掛けられた声に、当時のように几帳面に答えを返した。
「いえ、これは年越しソバなんだそうですよ。石毛が自宅から持ってきてくれたらしいです。」
「へぇ……そりゃありがてぇな。ありがたくいただこうとしようじゃねぇかい、べらんめぇっ!」
 地面に敷いたシートの上──居てはおかしいはずの男は、だらしない様子でノンビリと胡坐を組みながら、酒徳利を掲げた。
 夏に良く見かけた薄着ではなく、さすがに厚着をしては居るものの、ホンノリと赤くほてった顔は、さむさのせいではないだろう。
 周囲にホッカイロが散乱している上に、明るさをとるためのランプまで置かれている。
「って……徳川さんっ!!?」
「なんで徳川さんがここにっ!?」
 土井垣の影から、ギョッと驚いたように目を見開き声をあげる山岡達に、徳川は陽気な様子で酒を一気にかっくらう。
 そのまま、慣れた仕草で手の甲で口の周りを拭い取ると、
「ぷはぁ……。なんでぇ、俺がここにいちゃいけねぇか? この神社での年越し参りっつぅのはよ、もともと俺が考えたことだぜ?」
 にぃ、と笑みを吐いて、ばんばん、とシートを叩いた。
「ほれ、とっとと座れ。
 石毛! 俺の分のソバもあるだろーな?」
「あ、は、はい……山田か岩鬼が二杯は食べるだろうと思ったので、一杯余分にありますけど……。」
 当たり前のような顔で笑う徳川元監督に、つられたように石毛はフラフラとシートの上に上がりこむ。
 そして手にした岡持ちを開くと、徳川はさっそく割り箸を手に取り、パッチンとそれを割った。
 そのまま徳川ムードに入り込む前に、土井垣はコホンと咳払いをして、一同の注目を集めると、
「──……ということで、今回は特別に徳川さんが参加する。」
 にや、と──どこか意味深に笑った。
 もちろん、前持って「徳川監督時代の年越し参り」のことを聞いていた者たちが、土井垣の笑みの理由を理解しないはずがない。
 これは早々に年越しソバを食べ終えるべきである。そして後は、徳川監督にとにかく酌をして、彼を酔わせなくてはいけない。
「はい! 了解です、監督!!」
 ビシッ、と、一同を代表して山岡がわざとらしい敬礼を作ると、いそいそとシートにあがりこむ。
「……で、何がどうなってるんだ?」
 意味が分からない、と首を傾げるのは、昨年の様子を聞いてない里中である。
 彼は疑問を問いただすように山田を見上げるが、もちろん山田もこの二年越し参りが、徳川参加の場合のみ「お神酒大会」と呼ばれるなんてことを知っているはずもなく、さぁ、と肩を竦めるだけである。
 そんな出遅れたバッテリーに、
「ほれ、里中と山田も、んなとこでお手手繋いでねぇで、とっとときやがれ! 酌の一つでもせんかい。」
 徳川が、ホレホレ、と自分の徳利を掲げる。
「酌も何も、直接口をつけてるじゃないですか。」
 里中は呆れたように眉を上げたが、それ以上突っ込むこともなく、素直に割り箸を口にくわえた徳川の近くに腰を落とした。
 山田もその隣に座ると、自分が持ってきていた分の岡持ちを開いて、中から冷めたソバを取り出した。
 丼を持つと、完全に冷え切っているわけではなく、ホンノリとした温もりが残っていた──人肌程度の温もりだったが。
「ほら、里中。」
「ん、サンキュ。」
 里中の前にソバを置き、ついでのように彼の分の割り箸をパチンと割ってやる甲斐甲斐しい山田の姿は、とりあえず一同揃って視界から消した。
「石毛さん、いただきます。」
 丼を掲げて微笑が一言断りを述べると、
「おぅ、食べてくれよ。今ならまだ年越しに間に合うぜ。」
「岩鬼の分は、間に合いそうにないけどな。」
 土井垣の手元の時計が指し示すのは、あと8分。
 なんだかんだで、ソバを食べて年越しになりそうである。
 一体、岩鬼はどこまで走っていったのやら……、と、一同が呆れたように思う傍ら、ドンブリにかかったラップを外していなかった山田が、
「あの──それじゃ、俺が様子を見てきましょうか?」
 ドンブリの上にまだ割ってもいない割り箸を置いて、先輩達に提案する。
 しかし、その山田の提案は、ソバを食べ始めた土井垣達によって、アッサリと却下された。
「いや、お前もそんなつまらんことをして年を越す必要はないだろう。」
「今日くらい、岩鬼のおもりから解放されておけよ。」
 立ち上がりかけた膝を、中途半端に浮かせたまま、そんな彼らを困ったように見回す山田に、
「食べ終わってからでいいだろ?」
「づら。」
「ま、岩鬼が迷子になって走り回って、それを山田が探すって言うのも……『らしい』って言ったら、らしいけどな。」
 ほら、と割り箸を割って渡してくる里中に、すでにソバをすすり始めている殿馬と微笑が相槌を打った。
 山田はその割り箸を受け取って、戸惑うように視線を神社の入り口の方に向けたが、さらに隣の微笑から、ホイ、と湯気の立ったコップが回ってくると、あきらめたようにその場に腰を落とした。
「山田、見て、伸び放題。」
 そんな山田に、明るい笑顔を見せながら、里中が自分の分のソバを割り箸で持ち上げる。
 もっさり、と持ち上がる伸びたソバに、あははは、と山田は乾いた笑いを立てて、微笑から回ってきたばかりの紙コップを置こうして──つん、と鼻先に香った匂いに、軽く首を傾げる。
 無言で見下ろした紙コップの中には、半透明の液体が、白い湯気を頼りなく上げている。
 おそらく、誰かが魔法瓶か何かを持ってきていて、それを配ってくれたものだと思うが。
「………………もしかして、これ…………。」
 鼻先に香ってくる匂いは、今、徳川がソバを食べながらあおっている徳利の中身と、同じもののような気がした。
 思わず山田が顔をあげた瞬間──、
「どけどけどけぇぇえーっ!! 男・スーパースター・岩鬼さまのお通りじゃいっ!!!」
 ドタドタドタッ、と、激しい足音がした。
 地震が起きたかと思うほどの轟音と、彼独特の恒例の怒声の登場に、おっ、来た来た、と待っていたかのように土井垣は時計を見やる。
「5分前だな。──ソバは間に合わんが、年越しには間に合ったか。」
「どけどけも何も、誰もいないじゃんか……。」
 呆れたようにソバの汁を啜りかけた手を止めて、そう零す石毛に、
「おぅよお、あんま暴れるとよ、ソバに埃が入るづらぜ。」
 殿馬が肩ごしにようやく到着した岩鬼を見上げる。
「岩鬼ー、お前一体、どこまで走ってったんだよ?」
 微笑も同じように、すぐ近くに立ち止まった、肩で息をしている岩鬼を見上げて、軽く眉を寄せる。
 そんな顔をしても、相変わらず笑っている微笑を見下ろして、岩鬼は大仰に顔をゆがめる。
「な、なんじゃい! スーパースター自らが、走り込みをしとるっちゅうのに、へたくそどもは円座で仲良く弁当かい!」
「走りこみじゃなくって、迷子だろ。」
「年越しソバを食うって、最初から言ってるじゃねぇか……。」
 頭ごなしに怒鳴りつけて唾を飛ばす岩鬼から、慌てて自分のソバをかばいながら、山岡と石毛が突っ込む。
「岩鬼、間に合ってよかったよ。お前のことだから、年越しの瞬間にここに来ないはずはないと思ってたけどな。」
 心から安堵したように、山田が一つ息をついて、ニッコリと笑う。
 そんな山田の台詞に、
「そうだな……岩鬼がその瞬間を見逃すはずは、ないよな。」
 うんうん、と納得したように微笑が頷き、それに一同が同意を示す。
 お祭り男と言っても過言ではないこの男が、「新年」を忘れるはずはない──と思う。
 一人走りすぎた結果、年明けの瞬間、「なんやとーっ!」と空に向かって叫んでいるのも、岩鬼らしいと言えば岩鬼らしいが。
「ほら、おまえの分のソバだ。」
 北が、ポツンと中央に置かれたままだったソバを一つ、岩鬼に向かって差し出す。
 すっかり冷めてしまったソバは、もう湯気も立てていない。
 差し出してきた北からそれを受け取り、岩鬼は彼の隣に腰を落とそうとして、ん、と目の前に視線を当てた。
 グルリと円陣を描く明訓ナインの顔に、おかしなところはない。
 見回した顔も良く見知った顔ばかり──だが。
「……!!!」
 ピピーンッ、と、岩鬼のハッパが縦に立った。
 かと思うや否や、ガタンッ、とソバを片手に立ち上がり、
「どえがきっ! なに考えとるんじゃい、おんどりゃ! なんで徳川のジジイがおんねんっ!?」
 できることなら、到着した当初に気づいてほしいことである。
 再び唾を飛ばす勢いで、岩鬼は徳川の下に届くかと思うほど、ぐいーん、とハッパを伸ばしてさらに土井垣向けて叫ぶ。
「このジジイは、あの千葉ハイスクリーンの監督でっせ!?」
 そんな彼へ、
「千葉クリーンハイスクール。」
 その場にいた全員がとりあえず突っ込んでやる。
 訂正を入れられた岩鬼は、目をぎょろりと動かせた後、
「そ、そや、クリーンハイやっ!」
 ギュッ、と片手の拳を握り締めて言い直す。
 そんな岩鬼の視線を受けて、徳川は食べ終えた空の丼を目の前においてから、徳利をグビリとあおった後、
「べらんめぇ、そこはとっくの昔に辞めてきたぜぇ。今はブラブラしながら、こうして酒を飲んで過ごしてるってワケでぃ。」
 ひっく、と体を軽く揺らした後、徳川は明訓ナインが懐かしいと思うような動作で、徳利をクルクルと回す。
「そやからって、う、裏切り者を参加させてどないするんや!」
 叫ぶ岩鬼に、土井垣は小さく溜息を零した後、
「とにかく座れ、岩鬼。
 もうあと3分で年越しだぞ。」
 指先で自分の腕時計を指し示す。
「な、なんやてっ!?」
「のんびりランニングなんかしてるからだ。」
 目をひん剥く岩鬼に、何もクソもあるかと、土井垣は呆れたように言った後、彼に向かって紙コップを手渡す。
 岩鬼がそれを怪訝そうに見下ろすのに、
「徳川さんからの差し入れだ。ありがたく頂戴しておけ。」
 意味深に、にやり、と笑みを刻む。
 岩鬼はその台詞に、円陣を描いている誰の前にも紙コップが置かれているのを認めて、その半透明の白い液体に鼻を近づけると、ピピーンッ、とハッパを尖らせた。
「さ、酒やないけっ!」
 大仰に驚いた岩鬼に続いて、やっぱり、と山田が渋面になる。
 それと同時、一体ドコから回ってきたのかと思ったら、徳川さんだったのかと、苦い感情も抱いた。
──確か徳川は、自分は浴びるほど飲んでも、高校球児に酒なんて飲ませられるかと、そう言っていたはずだったが……。
「おぅ、一杯だけだぞ。体があったまるだろよ。」
 グイ、と徳利をあおった徳川は、そう物分りのいいような台詞を呟いた後、不器用に片目を瞑ってさらに続けた。
「それに、俺はもう、明訓の監督じゃねぇからな。高校の先公どもに遠慮して、てめぇらの勝手をとめる理由もありゃしねぇぜ。」
「……ま、一杯だけって言うことでな。」
 土井垣は徳川の台詞に続けてそう告げると、自分の前に置かれた紙コップを手に取り、くい、とそれを掲げる。
「とりあえず、新年と同時に、乾杯と行くぞ。」
「はい!」
 自分たちの前に回された紙コップの意図を、ここでようやく山岡達は悟り、思わず思いっきり頬をほころばせた。
 徳川から酒の入った紙コップが回ってきたのは知っていたが、これで素直に手をつけた瞬間、徳川から「かぁーっつ!」なんていうしゃれにならない怒声が飛んでくるかもしれないと、手を伸ばすに伸ばせられなかったのだ。
 それと同時、山岡達は揃って右手に温もりの残る紙コップを掲げ持つ。
 土井垣も右手で紙コップを持ちあげながら、左手で腕時計を確認した。
「よし、あと1分だ。」
 秒読みに入ろうとする土井垣に促され、目の前の紙コップを見つめていた山田も、おずおずとそれを掲げ持った。
 隣の里中も、食べていたソバの丼を置いて、紙コップを手に取る。
 彼の前の丼は、まだ半分ほど残っていた。
「結局、ソバは全部間に合わなかったな……。」
 伸びたせいだと、少し拗ねた色を覗かせて呟く里中に、
「岩鬼は口もつけてないんだから、一口でも食えただけマシだって。」
 微笑が笑いかける。
 その台詞に、そりゃそうだけど、と里中が顔を顰めた瞬間、
「年越しソバを、年越すまで残しとくなんて邪道やでっ!」
 岩鬼はそう叫んだかと思うや否や、ガボッ、と丼ごと口に突っ込んだ──ように見えるほど豪快に、ソバをあおった。
「あ……ああぁー……。」
 思わずギョッと目をひん剥く面々の前で、ゴクゴク、と岩鬼の喉仏が上下する。
 それを横目に、殿馬はヒョイと肩を竦めると、
「年の最後にバカやるづらぜ。」
 呆れたように零すが、その台詞が終わるよりも早く、岩鬼はガツンと地面に綺麗に空になった丼を叩きつけ、口元を手の甲でぬぐった。
「ごっそさんっ! 石毛はん!」
「…………あ……あぁー…………おそまつさん………………。」
 勢いに飲まれたように、石毛が呆然と声を零したと同時。
「あと30秒。──ほら、岩鬼、お前もコップを持て。」
 土井垣が、くい、と顎でしゃくる。
 その号令を待っていたかのように、バッ、と二年生たちが飛びつくように紙コップを手にする。
 岩鬼は、ジロリ、と自分の目の前に置かれた紙コップを見下ろし、自分の指には少し小さい気のするソレを掲げ持ちながら、
「なんじゃい、不細工な乾杯コップやのぉ。」
 そんな風に零すと、紙コップの代わりに徳利を掲げた徳川が、
「てやんでぇ、おめえにそっくりじゃねぇか。」
 そう嘯く。
 その瞬間、ドッと笑い声があがり、岩鬼が酒を飲む前から、カァーっ、と頭に血を上らせるが、
「10秒前。」
 秒読みに入る土井垣の、静かで響く声に、ハ、と、声が無くなった。
 しん、と不意に落ちる静けさの中、岩鬼ですら神妙な顔をして土井垣の顔を見つめる。
 誰もが期待を混ぜた顔で、時計の秒針を見下ろす土井垣の言葉を待つ。
「9、8、7……。」
 いやにゆっくりと感じる最後の秒読みを聞きながら、一同は掲げた紙コップを見下ろした。
 死ぬ直前に走馬灯が走ると言うけれど、まるでソレのように、一瞬で今年一年の思い出が流れていく。
 今この場に集った1年生5人と成し遂げた──「軌跡」。
 そしてそれはまだ、終わってはいない。
「6……、5……。」
 土井垣の声に、微妙に緊張の色が混じる。
 毎年、当たり前のように繰り返している年明けだと言うのに、なぜか妙に体に力が入った。
 それが伝染したのか、山田も、知らず膝の上においていた右手に力が入るのを感じた。
「4──……、3…………。」
 少しずつ縮まる声に、ゴクリ、と喉が鳴る。
 土井垣の言葉の先を待つように、ジ、と彼の顔を見つめていると、不意に山田の手の甲に、ヒヤリ、と詰めたい感触が落ちた。
「……っ?」
 ハッ、と驚いたように山田が視線を落とすと、ほかの誰もが土井垣を見ている中で、ただ一人、まっすぐに自分を貫く里中の大きな瞳にぶつかった。
 彼は、暗闇の中でも浮き立つ白い肌の中、くっきりと目に映える黒い瞳で、ジ、と山田を見つめて──彼と視線が会った瞬間に、ニッコリと、綻ぶように笑う。
 その嬉しそうな顔を見返して、山田は自分の手の平を一瞥した。
 ほんの少し手の平を離していただけなのに、すっかり冷え込んだ里中の手が、自分の手の甲に重なっている。
 その彼の手を、無言で山田は握りこみ、里中の目を見返す。
「2……。」
 緊張が高まる一瞬、山田は穏やかに瞳を緩めて、里中に笑いかけた。
 その笑みに、里中も同じように笑い返す。
 キュ、と、お互いに握り合う手に、力が篭った。
「1……──。」
 土井垣の声が静かに響き──、一拍置いて。
「明けましておめでとーっ!」
「かんぱーいっ!」
「づら。」
「今年もよろしく!!」
 コンコンコン、と、乾杯の音頭にしては、少しばかり鈍い音が何度か重なる。
 小さな紙コップに混じって、ドン、とでかい徳川の徳利が混じり、それに誰もがおざなりに紙コップをぶつけ──差し出されたコップの中に、山田と里中のコップが無いことに気づいた。
「…………………………。」
 律儀に一つ一つに乾杯をしていた土井垣が、チラリ、と視線を落とした先では、
「山田、今年もよろしくな。」
「こっちこそ、頼むぞ、小さな巨人。」
 コツン、と、二人だけで乾杯を交わすバッテリーの姿があった。
 そのまま二人は、ニッコリ、と笑顔を交し合う。
 そんな二人に、土井垣は一瞬手を止めた。
 思わず自分の紙コップを見下ろし、残る二人に紙コップをぶつけたらいいのかどうかと、顔をゆがめて悩む。
 だがしかし、そんな土井垣の些細な悩みを掻き消すかのように、ひどくアッサリと、スーパースターが動いた。
「まったおんどれらは、二人でイチャイチャ間接チューかい。
 ちゃんと参加せんかい!」
 ぐい、と岩鬼が体を乗り出して、合わさった二人の紙コップに、無理矢理自分の紙コップを押し付ける。
 乱暴にぶつけられた紙コップから、酒が少し零れてしまう。
「間接チューってなんだよ、まだ飲んでないぞ。」
 眉を寄せた里中が文句を零すのに、突っ込むところはソコかと、土井垣は小さく溜息を零す。
「こんなもん、一口やがな。」
 二人の紙コップにぶつけた後、岩鬼はカッポリと一口で酒をあおってしまう。
 そのままポイと放り出された紙コップの中身は、酒の一滴も残ってはいない。
 そんな彼に、おいおい、と山田と里中が顔をゆがめた瞬間、
「おめでとさんづら。」
 づら〜、と、殿馬がさりげない仕草で紙コップをぶつけてくる。
 お、と里中が目を見開いた瞬間、続けて微笑も隣から腕を伸ばしてきて、
「はい、今年もよろしくな。」
 こつん、と紙コップをぶつけてきた。
 あまりにも自然すぎる動作で、土井垣が二の足を踏んでいたことをものの見事にやってみせた三人に、おぉ〜、と、二年生たちの口から感嘆の声が漏れた。
 そのまま一年生達は、先輩達を差し置いて、あっさりと紙コップの中身をあおってしまう。
 そんな飄々とした態度の殿馬と微笑を見下ろして、土井垣は二の足を踏んでしまった自分に苦笑を漏らした。
 それから、まだ中身に口のつけていない紙コップを、山田と里中に向けて差し出すと、
「この春も、優勝目指すぜ、黄金バッテリー。」
 コツン、と、コップを叩きつけてやった。
 すると、二人は軽く目を見張った後、お互いの顔を見てニッコリと笑ってから、
「はい! 今年もお願いします、監督。」
 打てば響くように、二人でコップを叩き返してくれた。
 その、どこまでも二人で一つの仕草をしてくれるバッテリーに──やっぱりこいつらは、こうなんだなと、土井垣は苦い笑みを紙コップに向かって吐き落とした後、それを無理に飲み込むように、カパッ、と酒をあおった。
 カァ〜、と喉を通り抜ける焼け付くような酒の感覚に、片目を瞑ってこらえる。
 喉を通り過ぎていった酒が、スゥ……と胃に落ちていく感覚を覚えながら、ふぅ、とゆっくりと息を零していく。
 眉間に寄ったしわを広げて、土井垣が顔を上げた先では、
「山田、里中、あけましておめでとう。」
 一年生と監督の行動に、ようやく動き出したらしい二年生たちが、黄金バッテリー向けて、それぞれに紙コップを差し出していた。
 その一人一人に挨拶を交わしながら、そのたびにお互いに視線を交し合う山田と里中の、口元に浮かんだ微笑みを見下ろしながら、
「……お前らがいる間は、全勝目指してがんばるか──。」
 土井垣は、ひっそりとそう呟いた。
──これが、俺の今年の「目標」。
 そして最終的に、山田と同年代でプロ入り……って言うのも、アリか?
 さすがにソレは、ちょっとマズイか?
 そんな風に、土井垣が思わず目を寄せて満天の星空を見上げた瞬間、
「そううまくは行かさねぇけどな……ひっく。」
 ゴクゴクとうまそうに徳利をひっくり返していた徳川が、にんまり、と目元を緩めて笑む。
「……徳川さん?」
 まさか彼から返事が返ってくるとは思わなかったと、目を見開く土井垣を見上げて、徳川は赤らんだ顔でクツクツと笑った。
「ま──せいぜいがんばるこったな。」
 そのまま徳川は、せせら笑うように顎でクイとくだんのバッテリーをしゃくる。
 土井垣はその徳川の台詞に顔を顰めたまま、山田達へ視線を向け──……気づかなくてもいいことに気づいた。
「………………………………………………。」
 思わず無言で、そこに視線を当てる土井垣に気づいたのか、徳川は口元に楽しげな笑みを浮かべると、
「せいぜい今のうちに、お手手つないでラブラーブしとけってぇ、ことだな。」
 土井垣の肩から、力を奪うようなことを呟いてくれた。
 土井垣は、そんな徳川の声を耳に受けながら、手の平に顔をうずめ──どっぷり、と溜息を零した。
「……仲がいいのは、結構なんだがな………………。」
 頼むから、人前で延々と手をつなぎあうのは、よせ。
 その言葉は、口に出すことは無く。


──今年も、野球以外の面で、苦労しそうな自分を、土井垣はヒシヒシと感じるのであった。















+++ BACK +++



はい、意味もなく終わりました(笑)。
長く引いておいて、コレですか…………。
…………途中で色々考えてやめたのがいけなかったのでしょう……。

ちなみにまだ出来上がってない設定でお送りしてます──え、そうですよ? 普通にいちゃついてるように見えても、出来上がってません。だからヤマサト前提のCPナシ話です。

……多分(笑)。

本当はもう少しCP要素満載話になるはずだったんですけどね……久しぶりにバカップルぶりを書きたかったのですが──。


酒盛り大会中





「なぁなぁ、山田? 来年はさ、ここに来るときにグラブとボール持ってこようぜ。」
「って、里中。お前、こんなに暗い中でキャッチボールするつもりか?」
「あのかがり火の近くなら、ボールも見えそうだろ?
 やっぱり、年越しの瞬間は、野球してたいじゃん。
 その年いっぱい、野球ができますように……ってな?」
「そりゃ、そうだけどな。」
「だろ? じゃ、予約な。来年のお前の年越しの時は、俺とキャッチボール。」
「お前以外に、そんなことを約束するヤツはいないよ。」
「そんなことないかもしれないじゃないか。」






「────…………。」
「あーあー、もうのめましぇーん。」
「……なんであいつらは、二人だけ離れたところに居て、同じ毛布をかぶって座ってるんだ……?」
「ちゅうかよぅ、気にしないほうがいいづんづらぜ。」
「なんじゃい……ひぃっく、わ、わいの夏子はんは、あ、明日、一緒に初詣やで……ひっく。」
「いやー、あははははは〜、もう突っ込む気も起きないよな〜。」
「いや、誰か突っ込んで来い。」
「むっりで〜す! あれは無理だって、土井垣監督も、クリスマスの時に分かりきってるじゃー、ないですかぁ。あっはっはっはっは。」
「お前らは酔っ払いすぎだろっ!」