明訓高校の誉れある野球部員──と言えども、本業は学生。
もちろん、早朝練習の後は学校で授業を受け、普通の高校生生活を送るのだ。
ただ、この学校の野球部員が他と違うところは、学校が終わった後に部室に行くのではなく、レギュラー部員が住み込む合宿所に行く、というところであった。
そう、明訓高校は、常時「野球部合宿所」が存在し、レギュラー獲得部員達はソコに住まい、日夜厳しいトレーニングに励むのである。
それもこれも、野球部員の栄光ある戦いの歴史の賜物なのであった。
おかげで、毎日野球三昧な日々を送ることが出来るのだが──たとえ高校野球に関しては常勝明訓の名を掲げた部員達だとて、校舎という箱の中に入ってしまえば、ただの「学生」。
教師達の欲目はあれども、ひいきは存在しない。
そのため、毎日ヘトヘトになるほど練習をしても、自室に帰って少し休んだ後は、各部屋に設置されているテーブルを広げて、学業を行わなくてはいけない。
たとえ試合前であろうとも、宿題は出るからである。
今日も今日とて、宿題に出た科目の教科書とノートを広げ、彼らはテーブルで勉強会をしていた。
同じクラスの者通しで、食堂で宿題をやりあっても良かったが、山田と里中の場合、「同じクラス」=「岩鬼とお互い」だったので、素直に部屋に引き上げるほうが、効率が良かったりする。
そこで、今日も山田と里中の二人は、食後の小休止の後、揃って部屋に引き上げ、勉強をしていた。
「やまだー、数学のノート借して。」
数学の教科書とノートを睨みつけていた里中は、寝ぼけていたらしい自分の字で分からないところにぶつかり、目の前で明日の英語の予習をしていた山田を見上げた。
「あぁ。」
里中の呼びかけに答えて、山田は机の横に重ねてあった宿題の束に手を伸ばし──、ぱらぱら、と捲った。
「ごめん、里中。カバンの中だ。」
「わかった。」
山田の声に頷いて、里中は迷うことなく端に放り出してあった山田のカバンに手をかける。
そんな里中の行動を気にすることもなく、悪いな、と言いながら、山田は再び英語の予習へと取り掛かる。
慣れた様子で里中はカバンの中を覗き込んだ。
丁寧に整理されたカバンを指先で捲ると、すぐに数学のノートは見つかった。
それを抜き出して、里中はカバンの蓋を閉めると、机の前に戻る。
ペラペラ、とそれを捲り、目的のページを探そうとした瞬間──ヒラリ、と、捲り終わったページから、何かが舞った。
「? 山田、何かノートに挟んでたのか?」
数学のプリントか何かだろうかと、ひょい、と畳の上に落ちる前に拾い上げる。
そんな里中の言葉に、ぅん? と山田が不思議そうに首を傾げる。
「何か挟まってたか?」
覚えがなさそうな山田の顔をチラリと見て、里中は手元を見下ろした。
摘み上げたのは、紙は紙だが、わら半紙ではなかった。
里中の掌よりも少し大きいくらいの、封筒である。
白い簡素なそれは、触れた感じから、中に手紙が入っているようだった。
「封筒……だな? なんだろう?」
不思議そうに首を傾げる山田に、さぁ、と同じように首を傾げて、里中はそれを山田に向けて差し出した。
表面を返して差し出すと、封筒の中央に、
【山田 太郎さま】
と書かれた宛名が見えた。
少し丸みのある字が、誰のものかなんて里中には分からなかったが、この雰囲気の封筒には、イヤになるくらい見覚えがあった。
思わず眉を寄せて、里中はそれを凝視した。
「なんでノートの間に挟まってたんだろう?」
不思議そうな顔を隠しもしまい山田は、「これ」が何なのか理解していないに違いない。
「今日、誰かにノートでも貸したんじゃないのか?」
「あぁ、字が見えなかったところがあるから、貸してほしいって言われたけど──すぐに返してくれたし、間違えて何か挟んだなんてことはないと思うんだけど……。」
手を伸ばしてくる山田の手の平に、封筒を叩き付けたい気分になったが、それをグッと堪えて、なんでもないことのようにその掌の上に封筒を落とす。
山田はそれを手にして、クルリと封筒の裏面を見た。
そこに書かれているだろう差出人を確認したのだろうが──思いっきり覗き込みたい気持ちを抑えながら、里中は山田の数学のノートを開きなおした。
瞬間、
「………………………………。」
ピク、と、右手が震えた。
思わずノートの端の一点を凝視する。
──同じ、字……だよな?
「──差出人もないな。」
眉を寄せてそう呟く山田が、どうしようかともてあましたように封筒を見つめるのを、一瞥もせずに、里中は衝動的に消しゴムを手にしていた。
そしてそのまま、山田に許可も取らずに、ノートの文字をかき消す。
「なぁ、里中──。」
困惑した顔のまま、山田は開封しようかどうしようかと視線をあげて、動きを止めた。
目の前に居る友人は、何とも言い知れないオーラを放ち、山田のノートを睨みつけていたのである。
「……さとなか?」
思わず山田は、無表情にノートを睨みつけている彼の名を、もう一度呼んだ。
一瞬の沈黙後、ちらり、と里中が視線をあげる。
「──何、やまだ?」
────冷ややかな声であった。
「何、って……いや、だから、この手紙……。」
里中が自分に向けた冷えた声に、山田は動揺するのを止められなかった。
他人の人間に対して、里中がそういう冷たい声を吐くことはあった。──しかし、山に向けられたことは一度もなかったのだ。
里中がこういう声を出すときは、山田はいつもそんな里中と相手とのフォローをする役目でしかなかった。
なのに今、目の前に突きつけられて──山田は初めて、綺麗に整った顔立ちの、据わった目と冷たい声の攻撃が、心臓にズクリとするほど痛いこと知った。
里中は、そんな山田の狼狽した声に小さく嘆息を零すと、静かに視線をあげて──ニッコリ、と微笑んだ。
花開くようなあでやかな微笑みであったが、目と雰囲気が笑っていない。
先ほどの冷えた声を引き立てるほどの冷たい微笑みだった。
「良かったじゃないか、山田。」
「──……さ、里中?」
動揺を隠せない山田に、そのまま里中は微笑みを深くする。
「ラブレターだろ、それ?」
にっこり。
毒を吐きまくる微笑みで、里中はそう言い切った後、唖然と口を開く山田に視線を留め置かず、何事もなかったかのように視線をノートに落とした。
そしてそのまま、サラサラサラ……と、軽快な音を立ててシャーペンを走らせながら、胸の中の燃え滾るような思いを必死で隠す。
こういう時、殿馬のようなポーカーフェイスがほしいと思う。
そうしたら、しれっとした顔をして、爆弾を落とすなりなんなりできるのに。
「里中……。」
ひたすら困ったような顔で自分の名前を呟く山田に、胸がスッとするどころか、逆にイライラが溜まって来るのが分かった。
でも、だからといって、どうにかできるわけではないのだ──特に、こういう質の「イライラ」は。
安心させてほしいと思う。
たった一言──お互いにその一言を言えば、こんなモヤモヤした中途半端な思いはしなくてすむと、分かってる。
わかっては、いるのだけど……。
山田の物問いたげな視線に気付かぬフリをして、里中はページを捲った。
すでに当初の目的であった数字の確認は終えていたが、それでもノートを返すに返せず、ただペラペラと山田のノートを捲り続ける。
白い紙面に、几帳面に書かれた山田の字を見ながら、ため息が小さく零れる。
──山田は几帳面で、真面目でもある。……そればかりじゃないことは、里中も知っているけど、基本的に約束事は絶対に破らないし、優しいし。
だから絶対、ラブレターをそのまま捨て置く……なんてことはしないだろう。
里中が、貰ったラブレターにげんなりして、返事をしに行かないことについては、山田は何も言わない。でも彼はいつだって、「きちんと返事をする」ことが一番いいと思っているはずだ。──ただ、たくさん居るファンの暴挙に、里中が困っているのを知っているから、あえてそうできない理由も、理解してくれているだけで。
だから、山田は絶対、ラブレターの返事をしに行く。それは間違いない。
おれの前で封を破られるのも癪に障るし、違う場所でコッソリ見られるのも癪に障る。
自己中心的で、ワガママだとは思うけど──開封するように促すこともしなければ、席を立つこともせず……事を山田に任せることで、里中は精一杯の虚勢を張るしかできなかった。
今の自分の思いを形にしたら、さすがにそれは「友人」としては行きすぎだと──自覚は、あったから。
「──……。」
ふぅ、と、山田が小さくため息を零すのが分かった。
そ、と視線をあげると、山田は何も言わず封筒を開くところだった。
そして、小さな紙ズレの音をさせて、封筒の中から紙を取り出す。
そろり、と里中が見つめる先で、薄桃色の紙が広げられた。
──ラブレター、だよ、な?
そうじゃなかったらいい、と思うと同時、このパターンでそうじゃなかったことは、里中には一度もなかった。
だから、心配になる。
山田から数学のノートを借りたということは、同じクラスの女子だろう。
誰なんだろう?
チラリと視線を山田のノートに走らせた。
先ほど里中が消しゴムをかけた場所──今は空白になったソコには、自分では到底まねできないような可愛らしい文字で、小さく、「ありがとう」と書かれていた。
なんでもないただの挨拶の言葉だ。そう分かるのに、モヤモヤとした気持ちがこみ上げてくるのは、同じノートに封筒が挟まっていたからなのだろう。
はぁ、と、勉強に身の入らないわが身を嘆きながら、里中は山田のノートを閉じる。
その前で、山田もちょうど読み終えた手紙を、封筒の中にしまうところだった。
思わず動きを止めて、里中は彼が丁寧に封筒にしまう手紙をマジマジと見つめた。
山田は、そんな里中の視線に気づかず、仕舞い終えた手紙を脇に置くと、なんでもなかったかのように再びペンを取り上げた。
そして、そのまま英語の予習の続きを始めてしまった。
里中は、一瞬だけチラリと山田の顔を見上げたが、彼の顔には何の変化もなかった。
──ラブレターだと、思ったんだけどなぁ。
違ったのかな、と、里中はかすかに首を傾げる。
けれど、山田に手渡した手紙の宛名書きが、女の文字であったのは確かだ。それも、こんな風にコッソリと入れているなんて言うのだから、十中八九ラブレターのはずだ。
でも、山田は気にしてないみたいだし。
「……………………………………。」
なんとも複雑な気持ちを、どうしても拭えないまま、里中はコツコツとシャーペンの先で自分のノートを叩いた。
なんだったんだ、と、聞いてもいい。山田は気にもせずに答えてくれるだろう。
けれど──聞けない。
さっき、あんな風に山田に「ラブレターだろ?」と指摘した手前もあるし。
「────…………。」
なんであんな風に、後先考えず、感情を抑えるためだけに言っちゃったんだろうと後悔するが、それが今役に立つわけではなかった。
無言でノートを見下ろし、シャーシンを出して、押し付けるようにしてそれを戻す。
そのままノートを見下ろし続けるが、何も頭に入ってはこなかった。
耳につくのは、山田がサラサラと書く音と、ペラペラと辞書を捲る音ばかり。
いつもは気にならないそれらの音が、今日はとても耳についた。
イラ、と苛立ちがこみ上げてくるのを覚えながら、里中はシャーペンをカチカチと鳴らし続ける。
知りたい。──その手紙がラブレターだったのか。
聞きたい……どう答えるのか。
でも、そう思うと同時、恋愛ごとで話し合うような友人が居なかった里中には、そこまで干渉することをしてもいいのかどうなのか、分からなかった。
自分の中にあるもてまし気味な感情の名前を、最近は自覚してしまったから、なおさら──聞くのにためらいを覚えるのだ。
押し続けたシャーペンから芯が零れ、コロリとテーブルの上に落ちた。
ポトン、と白いノートに落ちたシャーペンの芯を、ボンヤリと見つめたまま、里中は新たにシャー芯を繰り出す。
そんな里中を、山田はチラリ、と見上げた。
けれど、心ここにあらず風な里中は、山田の視線に気付くことはなかった。
いつもなら、すぐに山田の視線に気付いて、ニッコリ笑ってくれるのに──今は、少し睫を伏せて、はぁ、と無意識のため息を吐くばかりだ。
日にほんのりと焼けた頬に、長い睫の影が濃く落ちている。
いつもパッチリとした瞳は、今は憂鬱気な色を宿して伏せられている。
暗い表情や痛々しい表情、悔しげな表情などは、良く見てきたけれども、こんな表情は見たことがなかった。
もともと里中は、面差しが整っていて、その大きな目でジッと見つめられるだけで気恥ずかしいような気にさせる美少年だ。
黙って立っていれば美少女とも見まがうような綺麗で可愛い容貌ではあるが、態度も雰囲気も性格も、見事にそれらを裏切っている。
その里中が浮かべる表情は、男らしいほど男らしいものばかり──だったのに。
今、山田の前でため息を付いている里中の表情は、今まで山田が見てきたどの表情とも違った。
零れた吐息すべてに色がついているような──、見ているこちらが恥ずかしくなるような、そんな綺麗な表情に、山田は自分の頬が紅潮するのを感じた。
見慣れている里中の容貌が、まるで別の誰かのように思えて──陶然とその顔に魅入った。
どれくらいそうして見つめていたか、不意に里中が、カチ、と、シャーペンを押す手を止めた。
ポトリ、と二本目のシャー芯が落ちて、それ以上里中のシャーペンから芯は出てこない。
「────────………………なぁ、やまだ。」
ゆっくりと、瞳を上げる。
里中の静かな表情に、ドクリと心臓が強く鳴った気がした。
強い眼差しが、憂いを宿して山田を見上げる。
刹那、里中はかすかに顔を引きつらせ、山田の顔を凝視したが──瞬きの間に拭い取られる。
代わりに、里中の目に宿ったのは、楽しそうな色だった。
「里中?」
先ほど一瞬見せた表情が気になって──目の前の里中の楽しそうな笑顔が、ムリに作られたもののような気がして、山田は怪訝げに里中の名を呼んだ。
「それ、ラブレター……だっただろ?」
からかうように問う里中の言葉に、山田は一瞬喉を詰まらせた。
まさか、里中からそう来られるとは思わなかったのだ──先ほど自分が、里中に話をしようとしたときには、バッサリと切り捨てられたというのに。
「さ、さとなか……。」
動揺したように頬を赤く染める山田に、里中はヒョイと肩を竦めて、カチ、と再びシャーペンを叩き──芯が全て飛び出ていることに気付いて、軽く眉を寄せた。
なんでもないことのように、芯を拾い上げ、それをシャーペンの中に放り込む。
「そんな赤い顔してれば、すぐに分かる。
──というか、見ただけで分からないかなぁ?」
指先が震えないように、そ、と押し込めた芯を確認するように、カチカチ、と鳴らしながら、里中は再び視線をあげて山田を見上げた。
言葉にすがりつくような──そんな感情が入らないように、ことさらなんでもないことのように口にする。
「うちのクラスの女子……だろ?」
「……………………。」
無言で眉を寄せる山田の表情に、はぁ、と嘆息が零れた。
山田は優しいから──きっと、誰が相手でも、差出人のことを口にしたりはしない。
「ゴメン、ムリに聞くつもりはないんだ。──ただ、気になっただけだから。」
でも、聞きたいと思った。
他の誰でもない山田の口から。
彼女から、貰ったんだけど、でもその気がないから、断るんだって──その説明が、聞きたかった。
────そんなこと、言いはしないと分かっていたけど。
ゴメン、と、もう一度呟いた後、里中は何もなかったように再びノートに向かいだした。
山田は動揺を押し隠せぬまま、里中のつむじを見つめた。
頬の辺りにまだかすかに熱が残っているのは、貰った恋文のせいなんかじゃないのは、他の誰でもない山田が良く分かっていた。
頬に掌を当てて軽くさすりながら、山田は細く吐息を零す。
──自分が、こういう色恋事に鈍いというか、縁がないが故に里中ほど聡くはない自覚はあった。
だが、まさか「数学のノートに挟まっていた手紙」=「同じクラスの女子からのラブレター」とまで見抜かれているとは、思いもしなかった。
視線を右手に逸らすと、便箋の桃色が透けて見える白い封筒が、ちょこんとテーブルの上に鎮座していた。
ラブレターなんてものを貰ったことがないので、これが他のものと比べてどうなのかなんて、山田には分からない。
けれど、相手の誠意はきちんと伝わってきた。だから、きちんと会って断りは入れようとは思っている。茶化すようなことではない──そのことは、ラブレターをたくさん貰っている里中だって、分かっているはずなのに。
────どうして、あんなことを聞いてきたんだろう?
岩鬼や渚なら、どうだっただとか、色々聞いてきそうな気はする。三太郎も茶化すことはあるだろう。
けど、里中は自分が色々貰っているから、他人のことが気になるようには思えなかった。山田の性格を知っているから、先輩ぶって『ラブレターの処理の仕方』をレクチャーするようなこともないだろう。
それなら、どうして里中は聞いてきたんだろう?
──考えることもないくらい、答えは目の前にあるような気がした……自分のうぬぼれじゃ、ないのなら。
「──────…………里中。」
小さく、名を呼んだ。
「……なに、やまだ?」
狭い部屋の中──互いの吐息すら聞こえるような距離で、里中はコチラを見上げず呼びかけに答える。
「うん。」
そんな彼に一度頷いて、山田は自分を見ることのない里中のつむじを見下ろしながら、告げた。
「断るから。」
「…………………………。」
なんでもないことのように言って──たったそれだけの一言で、なんだか山田はずいぶん気が楽になった気がした。
どうしてなのか分からなかったけど、里中にキッパリ言い切ったことで、それで自分の中では終わったような──そんな気がした。
「──……山田っ!?」
一拍遅れて、里中が驚いたように顔を上げる。
目を見開いて、パチパチとせわしくなく瞬きをする里中に、山田は笑って見せた。
「断るって……お前……っ。」
「うん。」
呆然とした表情から、すぐに困惑の色がにじみ出て──里中は、唇を歪めて山田を見上げる。
そんな里中に、アッサリと山田は頷いた。
「今は、そういうことに気を取られてる暇はないしな。」
ニッコリと笑う山田に、それ以上何もいえなくて、里中は眉を寄せ──きゅ、と掌を握り締めた。
「……おれは…………。」
そういうつもりで──聞いたわけじゃないから。
そう続けようとして、でも、そう続けてしまったら、それならどうして気になったのかを口にしなくちゃいけないような気がして、軽く下唇を噛む。
「ムリに付き合うことでもないだろう、こういうのは。」
「…………………………………………ごめん。」
小さく謝る里中に、山田は目を見張って首を傾げる。
「なんで里中が謝るんだよ。」
そう笑い返しながらも、山田はきっと分かってる。
だからきっと彼は、本当なら言うつもりはなかっただろう「結果」を、口に出して教えてくれたのだ──里中の、ために。
里中は顔をかすかに歪めて、手を伸ばした。向かい合う山田の手の甲に自らの手を重ねる。
ぴくん、と動いた山田の手を、しっかりと握り締めて、里中は彼の目を覗き込む。
「──……やまだ……、おれ…………。」
じ、と見つめた先で、かすかに狼狽した色を乗せる山田が、目元を紅潮させて里中を見下ろす。
静かに、何かを待つように見つめる山田の目に、何か答えようと──自然、里中は口を開いていた。
「……おれ…………。」
シットリと、言葉が唇から零れようとした──まさにその瞬間。
「やァーまだっ! なんじゃい、これはーっ!!!!」
────いつものパターンが、やってきた。
思わず、がく、と二人揃って机の上に突っ伏す。
それと同時、バンッ、とドアが開いた。
その轟音と同じくらいの迫力で、巨体の男が二人の部屋に入ってきた。
「なんでわいの分だけ、破れとるんやっ!!」
片手に靴下をぶら下げて怒鳴る岩鬼を、山田は苦笑を刻み込んで見上げる。
「……タイミング悪いな──岩鬼は。」
思わずポツリと小さく零れた山田の台詞に、
「 ………………っ。」
里中は、自分が何を口にしようとしていたのか、今更ながらに気付いて──ボッ、と、顔を真っ赤に染めた。
机に突っ伏した顔をあげられぬまま、手で口元を覆った里中には一瞥もくれず、岩鬼は目をひん剥いて山田を怒鳴りつける。
「こらっ! 聞いとんのか、やーまだっ!!」
そんな岩鬼の後ろに広がる廊下から、ヒョッコリと顔を出した殿馬が、
「そりゃよぉ、おめぇが自分のだけ、破いてるだけづらな。」
いつものように、飄々と言うだけ言ってしまった。 ──が、机に目線を落としたままの里中には、その姿を見る事はできなかった。
+++ BACK +++
告白待ち。
山田はほかの人相手には非常に鈍感ですが、里中に対してだけは聡いです(笑)。